禁猟区の掟  サツキドリの夜

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月02日〜06月07日

リプレイ公開日:2006年06月13日

●オープニング

 ここは武蔵国の外れ、奥多摩のとある宿場町。博徒と的屋が共存し、街を牛耳る無法の土地。その名は鬼哭。
 かつてこの町は土着の博徒と的屋の縄張りだった。そこへ命知らずの若者たちからなる飢狼党なる新興の組織が生まれたのがかれこれ二年も前のこと。やがて街で起こった一件の殺しが火種となり、侠客たちは三つ巴の激しい抗争を繰り広げた。血みどろの抗争劇は飢狼党の壊滅と博徒の先代親分の死を見るまで繰り返された。以来、手打ちとなった博徒と的屋の間では『街中で刃物を抜かない』という掟が生まれ、今に至る。

 暮れの大抗争依頼、鬼哭は変わった。いがみ合っていた的屋と博徒は手を取り合い、再び共存して街を牛耳っている。血なまぐさい風の吹き荒れていたこの街も、今では物騒な噂一つ聞かない。抗争の折には街の一の辻の出火で街の四分の一が焼失するという惨事もあったが、それも若い連中を中心に復興が進められ、今ではもうすっかり元通りだ。
 焼けた一の辻は新しい街へと建て直され、生まれ変わった。枯れた農地が野焼きで豊かに生まれ変わるように、壊れた街もいつかはより力強く再生する。復興の手はこれを機に寂れた隣村へも及んだ。鬼哭は俄かに活気付いている。つい先月には、鬼哭に縁のあるとある冒険者によって、江戸大火難民が非公式に鬼哭へ移り住み、街は賑わいを増した。街の若い連中もキミという少年を中心に復興に尽力し、これまで以上の活気を取り戻しつつあった。

 ――だが、どんな時でも、不幸な事件は起こり得る。

 事の起こりはつい先日のこと。そうした武蔵から国抜けして来た連中の中に、つまらぬ諍いで街のゴロツキとケンカを起こし、博徒へ刃物で切りつけた男が出た。幸い斬られた博徒は腕を掠めただけで怪我は浅く、人死には出ていない。だがこの事件は男が思っていた以上に厄介な結果を招くこととなった。男が、街の掟――鬼哭宿で刃物を抜いてはならぬ――を破ったからだ。
 男は事件を起こした後にすぐに逃げ出した。だが、街の出入り口である街道と隣村はすぐさまヤクザ達が見張り、逃げ道はない。的屋も博徒も血の臭いを嗅ぐ鮫のように街中を動き回り、男が見つかるのも時間の問題だ。

 この事件を機に、鬼哭へは再び不穏な空気が漂い始めている。的屋は張元の下、今や鬼哭で一番勢いのある勢力。最大勢力の面子にかけて逸早く例の男の身柄を押さえようと動いている。一方の博徒は仲間を斬られた報復にと殺気立ち、的屋に先を越されまいと躍起になっている。暮れの抗争から共存を保っていた的屋と博徒だが、この事件が両者の共存関係にヒビを入れかねない。街へ不穏な影が忍び寄りつつある。

 そして、もう一つ。
「キミ兄、街中探したけどやっぱ見当たらねーみたいだぜ、ミキの奴」
「そうか、ご苦労だったな」
 二の辻の酒場に、街の不良少年たちが集まっている。キミと呼ばれた少年は、年の頃は15、6といった頃。赤い着物の少女のことを考えながら、少年は小さく嘆息づいた。ミキとは幼馴染のハーフエルフの娘だ。
「これだけ探していないとなると、ミキは例の男と一緒かもな」
「っすね」
 ヤクザに追われているという男は、江戸で修行を積んでいたという面職人の見習い。気立てのいい青年で子どもにも好かれた。ミキもよく懐いていたという。あれで酒癖さえ悪くなければ、こんなことにはならかなかったのだろうが。
「仲間に招集かけろ。いいか、ヤクザの連中より先に男を見つけ出して、街の外へ逃がす」
「キミ兄‥‥本気か?」
「久々にヤバい遊びになるぞ。すぐに仲間全員に連絡まわせ。鬼哭の復興は俺達の仕事だ。武蔵の連中がヤクザに消されたとなりゃ、移民との間にわだかまりができる。こんな詰まらねェことで水差してたまるかよ。それに‥」
 少年は懐へ手を入れ、忍ばせていた文を取り出した。それは江戸の旧知の冒険者からの文。江戸の復興事業に関わったというその冒険者から依頼されて、キミは武蔵国からの国抜けを密かに手伝って被災者の受け入れを行っていた。その冒険者には借りがある。
 文の結びへ目を落とすと、そこにはこう書かれている。
『キミ君の手助けなんて別にいりませんよ〜だ』
 あかんべーする少女の顔を思い浮かべ、キミはふと口許を緩めた。
(「強がりやがって‥‥だが、心配はいらねぇよ。鬼哭に火種はいらねえ。面倒は俺が全部片付けてやるよ」)


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 あんたも江戸からの冒険者か? なに、ヤクザの連中がギルドに助太刀を頼んだってのは噂に聞いてる。なに、俺はこれでも情報屋なものでな。俺の名か――そうだな、この界隈では銀狐の秀と呼ばれている。鬼哭は初めてか? なら俺が教えてやろう。
 街は、西洋の文字で言う「L」の形をしている。全部で四つの大きな辻があり、頭から一の辻と二の辻、突き当たって折れ曲がる所にある三の辻は博徒の縄張りだ。曲がった先には四の辻があり、その先は江戸への街道。逆に一の辻から街を出ると的屋の根城の隣村がある。あっちには江戸から移ってきた武蔵の民が多く住んでいる。的屋の根城は隣村の社と、鎮守の森の近辺だ。覚えておくといい。
 それで、例の事件の情報だったな。隣村へ通ずる道に、エメラルドの欠片が落ちていたそうだ。ミキが大事にしていたものだ。噂では男がミキを人質に捕まえて鬼哭界隈に潜伏してるとのことだな。そのせいでキミの奴も動いているそうだ。四の辻の遊郭のガキだ、そっちについて知りたければ郭の下女のお業という中年女が詳しいな。そうそう、大事なことを言い忘れることだった。覚えておけ、絶対に事を大きくはするなよ? 博徒も的屋も功を争ってはいるが、どちらも抗争は望んじゃいない。相手勢力とかち合っても絶対に表立って争うんじゃないぞ?
 他にも何か知りたければ二の辻の狩座屋という酒場を訪ねてくることだ。もし不在の時は‥‥そうだな、その時は三の辻の重松という万屋を訪ねるといい。主人の重一老は町一番の古株だ。きっと良くしてくれるだろう。


*鬼哭の住人
 キミ:飢狼党の元ナンバー2。郭で下働きをしている。一匹狼を気取る。
 ミキ:的屋の先代張元の隠し子。気の触れたハーフエルフの娘。キミの幼馴染。
 重一:万屋重松の店主。町の古株。ミキを引き取って暮らしている。
 銀狐の秀:狩座屋を根城にする情報屋。重一と懇意にしている。
 張元:的屋の親分。十人殺しの異名を取る侠客だが、長い牢屋暮らしで足を悪くしている。
 お業:郭の下働き。元は隣村で客を取っていた中年夜鷹。

●今回の参加者

 ea0063 静月 千歳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3619 赤霧 連(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5708 クリス・ウェルロッド(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9952 チャイ・エンマ・ヤンギ(31歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1160 白 九龍(34歳・♂・武道家・パラ・華仙教大国)
 eb1513 鷲落 大光(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1540 天山 万齢(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

パーノッド・エイブシン(eb1648)/ ノールズ・ジェネヴァ(eb2552

●リプレイ本文

 冒険者が宿へ入ってから鬼哭は張り詰めて殺気立っている。静月千歳(ea0063)がヤクザの屋敷へ到着すると子分達は集合を終えた所だ。
「姐さん、的屋の使いが来てやすぜ」
 張元の考えを伝えに来たのは用心棒の鷲落大光(eb1513)。
「状況は知ってるだろ? どうせ捕まえられないなら、わざと逃がしたことにする方が賢いやり方だ」
「お仕置き程度で許して寛大さを見せるのも良いですが、それで舐められては意味がありません」
「二度目は問答無用で斬るとでも言っておけばいい、脅しじゃないことは飢狼の一件で住人もよく分かってるだろうよ」
 だが手下をやられた手前、千歳は引かない。移民達にこの街での上下関係をしっかりと教えて置かなければ。
「彼も掟を知らなかった訳ではないでしょうに。見せしめと言う意味も含めて、この街の秩序をしっかりと教えて置かなければなりませんね。郷に入れば郷に従えです」
「人生、何もそうガチガチに構えるだけが生き方ではないぜ、嬢ちゃん」
「てめえ、姐さんに向かって‥‥!」
「――素人の刃物も抑えられないくせに口だけは一人前だな!」
 大光が吠えると子分達が色めき立つが千歳が無言で制した。その中を悠々と鷲落は屋敷を後にした。彼ら的屋の手強さは骨身に沁みている。千歳はすぐさま手下を動かした。
「隣村と鎮守の森、二手に分かれて捜索を。界隈で身を隠せるといったらそこくらいでしょうから」
 同じ頃、二の辻へ集合したキミや少年達に赤霧連(ea3619)も合流していた。その隣には赤毛の剣士の姿も。机に立て掛けた巨剣は鞘の上から布で固く巻かれている。
「不肖剣客、夜十字信人(ea3094)。連に義と借りが有る故、参った。博徒や的屋の連中に動きがあったなら‥‥お節介な剣客にも手伝わせろよ」
「一人でも戦力が欲しい時だ。助かる」
 酒場では集まった仲間達が二人を中心に打ち合わせの最中だ。そのキミの隣へ連がそっと並んだ。横顔を盗み見ると、小さく呟く。
「キミ君にお節介されるなんて私も焼きが回ったものですよ?」
「‥‥ン? 何か言ったか?」
 振り返った顔と目が合うと連は照れ臭そうに頬を赤らめた。
「いぇ、その‥‥ちょっと重一お爺ちゃんの所へ行って来ますネ」
 慌てて駆けていくその背を見送ると信人がキミを肘で小突いた。
「連の気持ちは知っているだろう。相手がヤクザでも遅れを取る訳にはいかん。分かってくれるよな、キミ?」
「‥‥言われなくても。お前も足だけは引っ張るなよ」
(「噂通り扱いにくそうな奴だ‥‥さて」)
 秀の話では事に反応して様々な連中が動いているという。ヤクザの他にも見慣れぬ顔が動いているらしい。
 そこへ不意に掛かった声は、的屋についたチャイ・エンマ・ヤンギ(ea9952)。
「娘の持ち物が隣村に向かう道に落ちてたんだろ? なら、隣村の空家か森の中って所でキマリだろうよ」
「天山の旦那は捕まえて落とし前を付けさせるつもりらしいが、拙者は小者を深追いする気はねえ、だが二度目は容赦なく斬ると伝えておきな」
 鷲落が張元を説得し、的屋は方針を変えた。それだけ伝えると鷲落は去っていった。入れ違いに連が戻ってくる。信人が事情を説明する。
「と、言うわけだ連、泥棒猫の仕事になるやもしれぬ、連絡が取れるよう、迷子にはなるなよ? 一癖も二癖もある旧知の連中も多い。油断は出来ん」
「知っている人達だけに気は抜けませんネ」
「意気込んでる所悪いんだけどさ」
 と、冷ややかにエンマ。
「顔も知らない男を探し出そうってんだから骨だねぇ〜ったく‥‥ま、娘を連れて逃げてるってことらしいから意外とあっさり見つかって終了ぉ〜ってことになるかもねぇ〜」
 天山万齢(eb1540)率いる的屋の動きは恐ろしく早かった。鎮守の森に目星をつけると、土地勘のある手下を動員し、魔法も投入した捜索でその夜の内に二人を発見した。
「来るな、近寄るんじゃねえ‥‥!!」
「そう怯えんなよ、な? 俺は的屋の天山ってんだ」
 諸肌を脱いで丸腰だと伝えると不用心に歩み寄っていく。男が短刀を振りかざして叫んだ。
「く、来るな‥‥!!」
「筋を通さずに逃げる気か?」
 笑顔は張り付かせたまま、声の調子を落として天山は告げた。
「移民への風当たりがどうなるか考えりゃ分かるよな? なに、俺がついてやる。一言ワビを入れて気持ちよく片つけちまおうや」
 それに一足遅れて博徒も森へ足を踏み入れたが、男はミキと共に廃社へ連れ去られた後だった。千歳があらゆる情報筋を使って街で情報収集を行い、何とか捜索範囲を絞り上げたが。一手先を行かれた。
 とっぷりと夜も更け、張元とエンマが煙草を吹かして待つ社へ、手下がミキ達を連れて帰ってきた。
「ぁぅーぁー??」
「なんだい! この娘、気が触れているのかい!? せっかく助かったってぇのに‥‥これじゃ〜長生きできゃしないねぇ〜‥‥。ま、男の方はもっと長生きできないけどね。生憎、慈悲や感傷なんて感情は持ち合わせてないんでねぇ〜おぉ〜っほっほほ!!」
「それはしねぇ」
 と、鷲落。
「今回は初犯ってことで大目に見てやりな」
 その代わり、と男へ凄む。
「次やったら問答無用で斬る」
 天山も頷き返すと、やがて張元が告げた。
「今日は遅ぇ。明日にでも博徒のトコへ話しつけにいってくるか」


 こうして事は収まった。二人の身柄は社の傍にある土蔵に移され、夜明けを待って博徒と話をつけることになるだろう。騒動は決着を見たのだ。やがて鬼哭へ数日振りの静かな夜が訪れた。
 その静けさの中に、夜半、不穏な灯りが浮かぶ。ぽつぽつと闇夜へ灯火が浮かびあがり、やがて列を成したそれは村の社へと行進する。照らされた顔は隣村に住み着いた武蔵の民達。手に手に鍬や包丁。殺気立った町民達は廃社を取り囲んだ。
 彼らを扇動した者がいたのだ。
「ふふ。仲間意識、良心、恩。心は柔らかく流されやすいものよ。善人の良識を刺激してやれば、意のままに人を動かすなんて簡単よね」
 裏で手を引いていたのは林潤花(eb1119)。流言に煽られた移民達は、男が的屋に捕われていると知って行動を起こしたのだ。
「俺達ゃ仲間だ、同じ江戸の仲間の危機を見過ごせるもんかよ」
「俺達だってこの先この土地で生きてくんだ。余所者だからってこんな仕打ちされて黙ってられるか」
 気づいたエンマ達も慌てて社の前で迎え撃つ構えを見せる。
「見張りはどうしてたんだい! 凄い数じゃないのさ!」
 中には暮れの抗争で子を的屋に殺された飢狼の少年らの縁者も混じっている。結構な数だ。騒ぎを聞きつけて博徒も駆けつけた。手下を引き連れて千歳が進み出る。
「夜更けに何の騒ぎです。ここは鬼哭、刃は抜かぬ掟です。余所者だから知らなかったでは済まされませんよ」
 衝突は避けたいが、これだけの騒ぎ。千歳の頭脳が冷酷に計算を弾き出す。最低限の犠牲でこの場を収めるには。
「落とし前はつけねばなりませんが、過度の報復は無用。首謀者の首で手打ちとしましょう」
「――ダメだ。もう誰の血も流させねェ」
 報せを聞いて駆けつけたのはキミとその仲間達。だが身内をやられて殺気だった博徒達はそれでは治まらない。一触即発。社の前では数十の人々が睨み合いとなる。
 そこへ無言で進み出たのは信人。その場の皆の視線を集めながら得物の巨剣を軽々と振り回した。重みを乗せて斬撃が空を切る。巻き起こった剣圧が弧の形に地面を抉った。宙高く吹き上げられた土くれがパラパラと宙を舞う。技の名は、虎落笛(もがりぶえ)。
 次は外さぬとばかりに、得物を今度は博徒へ向ける。
「小僧がいきがりやがって、ヤクザ者に歯向かって生きて帰ろうたぁ思ってねぇよな?」
「姐さん、殺らせて下せぇ」
「身の程を知りなさい。正面から当たって勝てる相手ではありません」
 場は重たい膠着に陥った。張り詰めた空気が走り、火種はいつ爆ぜるとも限らない。その最中、騒ぎに紛れて男はミキを連れて土蔵を抜け出していた。
「逃げよう、そうだ、北だ。ずっと北へ、戦のない国へ二人で逃げよう」
「ぁぅぁ‥‥」
 その手を引き、ミキが頭を振る。
「どうしたんだミキ? 急ごう、追っ手が来る」
「ぅぁー?」
 ミキの視線を追うと、男が一人。森から現れたのは白九龍(eb1160)。思わず息を呑んだ男を一瞥すると、無造作に歩み寄る。男が短刀を抜いた。その瞬間には白の蹴りが男の膝を砕いている。無慈悲にも男の喉を踏みつけ、ジワジワと力を込めていく。
「‥っ‥‥!!‥」
 涙目の男を、白の凍るような視線が見下ろした。囁いた言葉は低く、静かで、だが絶対的な凄みを帯びた声だ。
「この娘に関わるな‥‥それとも死にたいか?」
 男が白目を剥いたかと思うと泡を吹いて動かなくなる。それを爪先で転がすと、白はミキを振り返った。その時にはもう、白の瞳から張り詰めた鋭さは消えていた。
「ぅぁぅー?」
「行こう、ミキ。もう何も心配はいらない」
 ミキの手を引くと白は暗い森へと消えていった。

 膠着は唐突に途切れた。
「ったく、こう騒がしいとおいおい寝てもいられねえぜ。ガキどもが悪さしてやがるようだが、子どもは寝る時間だぜ」
 破ったのは天山。キミの視線が突き刺さる。
「‥‥オッサン、もっぺん言ってみろよ」
「スジの通し方も知らねェからガキだってんだ。テメェのケツも拭けねェガキにミキは任せられんなァ」
 言うが早いか天山が匕首を抜いた。どよめきが走る。振りかざした刃は、だが自らの掌に振り下ろされた。
「なんで小指が二本あるか知ってっか? 一本は義兄弟の為に、もう一本は舎弟がヘタ打った時の為にあんだぜ」
 その膂力で左の小指を切断すると、千歳へ投げて寄越す。
「隣村は俺らの縄張りだ。不始末は半ば的屋の責。それにもうちっと早くワビいれにいってりゃあ大事にもならなかったことだしな。今日のトコはこれで許しちゃあくれねぇか」
 天山は的屋の実質的な頭。その指となるとけして安くはない。
「仕方ありませんね。今日の所は天山さんの顔を立ててこれで手打ちとしましょう。ですが」
 と、千歳。
「この指は私には必要ありせんね。謹んでお返しします。では。――帰りますよ」
 最後を見届け一礼すると千歳は手下を引き連れてその場を後にした。すれ違いざまに鷲落が呟く。
「飴と鞭、仏心に鬼心――これから鬼哭を支配していくなら寛容さと残虐さが必要だぜ」
「おや、お忘れですか? 私はただの博徒の客分。支配などとんでもない、あくまでただの相談役、善意の第三者です」
「‥相変わらず食えん奴だぜ」
 こうして騒動は終わった。扇動された住人達も塒へと帰っていく。突き返された指を手拭で縛りながら天山がキミの横へ並んだ。
「なあキミ。人の命ってモンは砂粒見てえなモンだ。掬った端から零れていきやがる。もっと掬いたきゃ、分かるよな?」
「‥‥分かってる」
 その瞳には迷いはない。まだ若さ故に壁にぶつかることもあるだろうが、きっとそうやって成長していくのだ。天山はおどけて肩を竦めると、そのまま去っていった。
(「金や想いなんかで上手いこといきゃ世の中は平和で良いもんだがね」)


 翌朝。
「わんこ君、ホントにここなんですネ?」
 愛犬と共にミキの行方を追った連が最後に辿り着いたのは、重松であった。
「遅かったですね」
 座敷にはクリス・ウェルロッド(ea5708)の姿。重一と一緒に座布団の上で茶を啜っている。
「ぅぁー?」
「夜更けにの、ひょっこり一人で戻ってきおったんじゃ。まったく人騒がせな娘じゃて」
「ミキちゃん、無事だったんですネ☆ ‥‥それより何故クリスさんがここに??」
 不思議そうな様子の連へクリスは含み笑いを洩らした。
「先に言えば、私はこの街に何の感情も関係も無い。人がどうなろうと興味が無い。だが、罪もない少女が苦境にいると聞けば話は別です」
 噂を聞きつけて鬼哭を訪れていたクリスだったが、策を巡らせたものの一人では玄人連中を出し抜くには至らなかった。ミキの行方を追って漸く重松へ行き着いた時には事は全て終わった後だったという訳だ。
「少女が人質に捕らえられていると聞けば、一紳士として見過せない。それ以外に、私がこの街に居る意味など無いのだからね」
 他に協力者でもいれば話は変わったかも知れないが、今となっては過ぎたことだ。クリスが小さく肩を竦める。
 ふと、思い出したように連。
「そうです、さっそくキミ君に伝えてきますネ!」
 男も今回限りは罪を許され、全ては丸く収まった。結末を見届け、林はこれから町を去る所だ。
 暮れの抗争の前触れとして過去にも掟破りが幾度かあったが、いずれも下手人は捕まらぬままであった。今回もその落とし前をつけられぬ結果になれば侠客連中の面子に傷をつけることができると考えてのことだったが。
「流石は天山君といった所ね。けど、いいわ。おかげで目的の一つは達成できたものね」
 今度の事件でキミへ鬼哭の人心も集まった。いずれ玄人衆も無視できぬ人物となるだろう。だが当のキミはいつもと変わらぬキミのままだ。ただ、ミキの無事な姿を見ると少しだけ表情を緩ませた。
「ぅーぁぅー」
 ミキは頭を撫ぜられて気持ち良よさそうにしている。連がおずおずと口を開いた。
「その‥‥」
(「私はキミ君には助けられてばっかりですネ」)
 ふと照れ笑い。
「いぇ。滅茶苦茶嬉しかったのです‥‥だから、ありがとうございます」
「‥‥あ? 何のことだ?」
 キミはいつもの素っ気無い態度。そっぽを向いたキミへ連が回り込んだ。
「大切な友達だからこそこういうことは言葉にしたいんです。本当に、涙がでるくらい嬉しかったですよ?」
 ミキをギュッと抱きしめると、晴れやかな笑顔を見せる。
「てへへ、だって私はこの街の人達が大好きなのですよ♪」


 こうして騒動は終わった。鬼哭には再び平穏の時が訪れる。だが事件は唐突な結末を迎えることとなる。その晩、男が死体で見つかったのだ。首の後ろを一突き、鋭利な傷口は明らかに刃物のそれ。誰の仕業かはわからない。だが明らかに掟を破った者がいる。それも、落とし前をつけた的屋の顔に泥を塗る最悪の形で。
 これ以上の諍いは誰も望んではいない。しかし、この結果は鬼哭の住人達の間へ暗い陰を落とすこととなる。その結末を見届けて、氷雨雹刃(ea7901)は人知れず街を去る所だ。
「なるほど‥『掃き溜め』と言う訳か‥‥此処は」
 見せ掛けの平和や上辺の馴れ合いなど、この街には似合わない。少々梃子摺ったが一時の退屈凌ぎとしては十分だ。
(「さあ、屑ども‥‥殺し合え」)