【目指す光の】 常陸にシビトの群れありき

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 47 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月18日〜07月28日

リプレイ公開日:2006年07月27日

●オープニング

 江戸の冒険者であれば、道志郎の名を噂に聞いた者も少なくはないだろう。昨年の那須動乱で頭角を現した少年は、後に藤の姓を捨てて出奔し、一介の在野の士として動き始めた。那須動乱に始まり、以来、神剣騒動、上州騒乱、龍脈暴走‥‥九尾の狐・玉藻の復活から富士山暴走までの妖狐一派の一連の陰謀に立ち向かい続けた国士。玉藻の最期となった富士山での決戦以後、江戸で療養生活を送っていた道志郎は、6月、遂に江戸を発ち再び当て所ない旅へと身を投じた。

 奥多摩の温泉宿で最後の休息を終えた道志郎は馬首を東へ向けて旅立った。上野で負った右腕の怪我はいまだ癒えないが、旧知の仲間達の援助を受けて気持ちを新たに馬上の人となる。目指すは武蔵の東に位置する国々――常陸、下総、上総安房。道志郎は上野を掠めるように東進し、下野を抜けて山越えし、常陸へと入ったー―。


 山岳部を抜けて常陸入りした道志郎が見たものは、海まで続く広大な平野であった。だが村々は荒れ果て、かつてはよく整備されていた街道を行く人もない。
「これがあの常陸の国か‥‥。土地は肥え平野も広く良く耕され、海や山の幸に恵まれた豊かな土地だと聞いていたが。江戸にも噂は聞こえていたが随分と手酷く荒らし回られたようだな」
 十ヶ月ほど前、突如として現れた黄泉の軍勢に蹂躙され、常陸国は水戸の地は闇に没した。黄泉人の群れは水戸領北部に位置する越前領とを隔てる山岳から襲来し、瞬く間に水戸広域を魔界へと変貌せしめたのだ。水戸城内の主だった重鎮達は混乱の最中に行方知れず、藩主源徳頼房の子息である幼き光圀を旗印に水戸藩の残存勢力が水戸城を窺っていると噂に聞く。
 その情勢も、道志郎が水戸領へ入った頃には様変わりしていた。光圀は行方知れずとなっていた家臣の本田忠勝の救出に成功し、水戸城の奪還に成功したのだ。水戸の城下町からシビトの群れは追い払われた。だがいまだ北部は黄泉の軍勢の手に落ちたままだ。街道沿いにやがて水戸を訪れた道志郎は、更に常陸奥部へと馬を進める。
 街道を行く次の石橋という宿場はまだ黄泉人の勢力下。その宿場を迂回して直前で支道に逸れると、そのまま街道を離れれて進めば那賀という土地に至る。その那賀を抜けて、下野との境に連なる山の縁を掠めるようにして常陸の北部へと向かう。道志郎は翌日にも水戸を発った。
 だが城下の人々は誰も顔を暗くして道志郎を引きとめた。
「旅の人、悪いことは言わぬ。ここから先は行かぬ方がよい」
 那賀への支道の先にもかつて小さな村があったというが、今は黄泉人の群れに滅ぼされて住む者はいないという。辺境の村々であれば黄泉人の襲撃を受けずに生き延びていることもあるかもしれないが、この先は越前との境までもはや人の住む土地ではないのだ。
「亡者の群れは村を去ったというが、いつまた奴らと出くわすか分からん。死んではなにもならん。これ以上、常陸の土地に血を流さんでくれ」


 ――暫し時をさかのぼる。
 江戸の冒険者ギルドには、藤家の三男坊、藤道志郎に関する依頼がギルドへ舞い込んでいた。依頼人は彼の実兄だ。
「出奔したとはいえ、弟は弟ですからね」
 彼の旅を見守り、彼一人の力ではどうにもならない障害があれば陰ながら手助けしてほしい。道志郎にとっては見聞と修行の旅だが、あの怪我だ。何かあってはこれまでのように切り抜けるのは難しいだろう。
「道志郎へは依頼のことは内密にお願いします。どうか弟をよろしく頼みます」


「これが噂の村か‥‥無残だな。酷い有様だ」
 住む人がいなくなるだけで土地はこうも荒れ果てるのものなのか。井戸は枯れ、田畑は草が生い茂り、家々は毀れたままだ。村にところどころ残っている赤茶けた染みは血痕だろうか。だが村人の亡骸は一つもなかった。
 穏やかな風土の恩恵に与り、まるで常世の国だとまで評された常州。この常陸の国にかつての面影はなく、地獄と言うまるで真逆の形容が似合うのは皮肉でしかない。既に日は傾き始め、そう遠くないうちに日没を迎えるだろう。次の村までは一日ほど。馬を飛ばせば夜更けまでには辿り着けるかもしれない。
「さて、どうしたものか」
 支道は、更に村の北へと続いている。逡巡の後、道志郎は馬を下りた。今夜はこの廃村で夜を明かし、翌朝にまた北へ旅立とう。道志郎は寝床を探して村の中をつぶさに見て回る。やはり生存者はいない。既にこの村は死していた。
 遠くに雷の音。空は俄かに黒雲に覆われ、じきに雨の気配。空気は重たく、絡み付くような嫌な風が村に流れ始めた。ぐるりと見回した道志郎の視界の端に、小さな鳥居が見えた。手綱を引くと、道志郎はその奥へと消えていった。

●今回の参加者

 ea0233 榊原 信也(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2480 グラス・ライン(13歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1568 不破 斬(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2284 アルバート・オズボーン(27歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2658 アルディナル・カーレス(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

サラ・ディアーナ(ea0285)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ レジー・エスペランサ(eb3556

●リプレイ本文

 道志郎らしき若侍が宿を借りたという情報を、水戸を訪れた不破斬(eb1568)らは突き止めていた。
「水戸の現状は俺も知りたかった‥‥が」
 道志郎の愚か者が。心中で悪態をつく。
「己が分を弁えず、村人の忠告も聞かぬとは。些か甘えが過ぎているようだ」
 尤も、以前の道志郎であったら迂回などせずまっすぐ街道を突き進んでいたであろう。これを成長と呼べるかどうかは少々意見の分かれる所であろうが。道志郎の友でもある斬にはそれが歯痒かった。
 黄泉人の噂は超美人(ea2831)も耳にしているが、決して楽な相手ではない。
「侮れぬな。黄泉人とは如何なる者か。我が身で確かめるだけだ」
 一行は手勢を分けて道志郎の護衛を村へ差し向けた。イリス・ファングオール(ea4889)は最後までその仲間に加わりたそうにしていたが、気持ちを押し殺して後続の本隊へとどまっていた。
「‥‥あんまり偶然を繰り返してると、怪しまれるかもしれませんから」
 自分へ言い聞かせるように小さく頷き、道志郎の無事を祈るかのように胸の十字架を握り締める。その気持ちが斬には痛いほど分かったが、すぐにその顔へ面を当て旅支度を整えた。
「それなら不破はん、確かに借り受けましたえ」
 支度を終えた斬から西園寺更紗(ea4734)が刀を受け取る。
「これがあの九字兼定‥‥切れ味を早よ試したいわぁ」
 刀身へ映った自らの顔を眺めながら、更紗が惚れぼれとして呟いた。軽く切っ先を振り下ろすと、その軌跡へ淡い光の残像が尾を引く。この魔法の武器は黄泉人を相手にする時も大きな力となるだろう。そのやり取りを傍目に見ていたアルバート・オズボーン(eb2284)も、用意した長巻を手に馬へと跨った。
「少々厄介だが贅沢もいってられないか」
「そろそろ発とう。接触する仲間達と余り離れたくはない」
 頃合を見て超が促した。つかず離れずの距離を保ちながらの行軍は中々に難しい。頃合を見て一行は先を急いだ。


 道志郎を見下ろしていた空は徐々に暗さを増し、やがて水桶を引っくり返した様な土砂降りになった。
 目指す鳥居は村の南西に位置する森の中にある。ここでもやはり、村人の遺骸すらも見当たらない。森は小高い丘に跨っている。降り頻る雨の中に遠くで低い獣の鳴き声が聞こえた。手綱を引き、道志郎は腰の刀へ手を伸ばしながら用心して坂を上っていく。
「村人は一人残らず彼らに殺されたのか。道理であれだけ探しても見つからない筈だ‥‥‥いや、‥待てよ‥?‥‥」
 不意に視界が開けた。木々を切り拓いた中に古びた社が目に飛び込んでくる。社の前にぽつぽつと転がって見えるのは村人の遺骸だ。なぜここに?
「‥‥まさか‥!」
 その時だ。
 雨空を切り裂いて何かが道志郎の眼前を駆け抜けた。一羽の鷹。思わず道志郎が身構えて木陰を背に取ったその瞬間。先まで道志郎のいた地面を何かが抉った。手に鍬を持った半ば骨だけの男が立っている。
「ぬかった、こいつは‥‥死人憑き!」
 鷹が警告の鳴き声を発した。手綱を放した拍子に馬が参道を駆け下っていく。それを囲む林の中には無数の彷徨う死者達。既に退路を塞がれている。囲みを破って参引き返すか? 無理だ。ここは建物を背にして凌ぐしかない。
 こんな所で死ぬ訳にはいかない。長脇差を構え、これまで積んだ修練を思い出す。
(「‥‥斬、力を貸してくれ‥!」)
 死した村に響き渡る馬の嘶き。護衛に向かった仲間達もそれを耳にしていた。
「あっちや!」
 グラス・ライン(ea2480)が目を凝らし、森の鳥居から駆け出てきた道志郎の馬を指さす。すぐに脇の二騎が乗馬の腹を蹴った。馬蹄が力強くぬかるみを蹴り、丘を駆け上がる。境内に道志郎の姿、手水舎を背に無数の死人憑きに囲まれている。
 騎士の一人が手綱を絞ると、前足を上げて馬がいななく。馬上で騎士はすらりと剣を抜き放った。
「我が名はイギリス王家が神聖騎士アルディナル・カーレス(eb2658)。義によって助太刀いたす。貴殿の姓名を明かされたし!」
「――浪人、道志郎。助太刀、感謝する!」
「彼方があの―――自分は誠刻の武の者です。彼方のお名前も耳にしています。団長が気にかけていましたよ」
 アルディナルが馬を飛び降りた。駆け寄りながら数人の死人の首を刎ね落とし、囲みを破って道志郎に並ぶ。
「そうか、陸堂さんの‥‥‥助かる、だが話は後だ」
「承知した。ここは自分らに任せて下さい」
 彼は道志郎の協力者でもある陸堂の命で国士、道志郎の助成の為に仲間達から送り出されていた。
 そしてもう一人の騎士はクーリア・デルファ(eb2244)。戦乙女を模した鎧に身を包み、その手には白亜の盾。凛々しくも美しいその立ち姿はさながら生ける彫刻のようだ。
「あたいはクーリア。この地は危険だから安全な所までは同行しよう」
「すまない、助力に感謝する」
「これでも神聖騎士だからな。不浄なる者を駆除するのは教の刃として当然の行いだ」
 襲い掛かってきた敵を長巻の一撃が粉砕する。道志郎も脇差で奮戦を見せる。ただ守られているつもりはないようだ。その気概を知り、クーリアは僅かに口許を緩ませた。
「道志郎さん、あたいの背中の護りはお任せしますね」
 そこへ、暗い木々の影を背に一頭のグリフォンが空を駆けて現れた。
「やっぱりや、あの馬どこかで見た気がしたんやけど、道志郎さんやったんやな」
「グラス、どうしてここに」
「それは後で話すな。このままやったらあかん。あの社に逃げるんや」
 グラスが経典を広げて呪文を詠唱すると氷結の嵐が巻き起こる。その隙に一行は社の中へ駆け込んだ。
 すぐにグラスが結界を敷く。灯りをつけると、社の中には村人の者と思われる骨が散乱していた。
「たぶんここの村の人も、黄泉人に襲われてこの社に逃げ込んだんやね」
 逃げ遅れた者は村で黄泉人に殺され、死人憑きと化したのだろう。痛ましい亡骸を目にしてクーリアが十字を切ると、すぐに仲間達へ魔法の加護を施した。社に殺到する死人憑きへはアルディナルが門をで待ち受ける。
「獅子の家紋に誓って、ここは通しません」
 態勢さえ立て直せば凌げぬ相手ではない。彼らの様子を遠巻きに窺っていた風守嵐(ea0541)は、身を隠した太枝の上で安堵の溜息をついた。
(「もう大丈夫だろう。これ以上の助太刀は必要ないな」)
「‥旋風」
 握っていた手裏剣を仕舞って空へ手を伸ばすと、そこへ先程道志郎を助けた鷹が舞い降りる。道志郎の足取りを追って来たが、寸での所で事なきを得た。だが、雨で気づくのが遅れたせいとはいえ、窮地へ自ら飛び込んでいったのは他ならぬ道志郎である。
「金山にしろ、そして今回にせよ‥‥同じだな」
 道志郎の進もうとしている道は険しい。危険を嗅ぎ分け、自ずから避ける力がなければ、この先長くはあるまい。
(「・・・アイツは言った『自分なりに考えている』と。ならば、見せて貰おう。その覚悟を」)
 苦い思いを噛み潰しながら、嵐は闇に溶け込むようにして姿を消した。

 後続が追いついた時には戦闘の行方はほぼ決していた。斬達は周囲を隈なく調べ上げたが敵の気配はない。更紗の柴犬の鼻にも何も引っかからない。安全を確認すると、今度はそのまま次の村を目指して先行する。
 一行がそれと遭遇したのは、そうして3刻ほど夜間行が続いたときだ。行く手に見えたのは全部で30人程の武装した一団。茂みで息を殺して窺う一行の前で、それは進路を変えた。遠目には見えないが脇道があるようだ。
 明らかに軍の一部隊だ。もし戦闘にでもなればひとたまりもなかったろう。アルパートの声も心なしかうわずっている。
「こんな所にまで黄泉の兵がいるとはな。水戸城から落ち延びた黄泉兵の残党だろうか」
 そこから村まではすぐだった。朽ち果てた村は生存者も見られない。道は暫くいった所で土砂崩れにあって塞がっていた。
 不意に更紗が黙って片手を広げた。
「静かに。あの家影に何か見えまへんか?」
 月明かりに照らし出されたその先へアルバートも目を凝らすが、雨で何も見通せない。
「俺には何も見えないが」
「いや、いわれて見れば確かに人影らしきものが見える」
 斬が目を細めて呟いた。薄っすらとそれらしき影、微かに物音も聞こえる気がする。アルバートが身を乗り出した。
「黄泉人か? 俺が見て確かめてこよう」
「定石に照らせばここはやりすごし、向こうの様子をみるべきだろう」
 超の考えに異を挟む者はいない。散会した一行は壁際で息を殺して時を待つ。アルバート達の視線の先で人影は徐々にこちらへ近づいてきている。
 やがて機は訪れる。
(「しめた、3体か。ならここは奇襲で決すべきだな。戦闘音はおあつらえむきにこの雨がかき消してくれる」)
「汚らわしい魔物どもめ‥‥貴様らのいるべき暗き冥府へ送り返してやろう
 真っ先に飛び出したアルバートの長巻が黄泉人の頭部を強打した。と同時に黄泉人の背後へはいつの間にか斬が回り込んでいる。
「無念の御霊、鎮め給え我が双刀」
 振りかざした二刀は小太刀、そして桃の木刀。踏み込んだ斬が強烈な突きを繰り出すと、その意味を知った黄泉人が一瞬怯んだ。そこを超が見逃す筈もない。
「隙あり!」
 閃光の切っ先は真っ直ぐ黄泉人の首根へ狙いを済ましている。応じた黄泉人の刀は紙一重で超の頬を掠めた。次の瞬間には干乾びた首が水溜りに転がって泥水をはぜさせた。
「心、技、強。我が剣の冴えに曇りはない」
 その間にも斬が一足飛びに間合いを詰める。迎え撃つ敵は懐を潜らせまいと刀を振り下ろした。させじと斬が大地を蹴る。しかしこの雨。一歩踏み込みが浅い。
 あわやというその時、斬を包み込んだ聖なる護りがそれを押し留める。イリスがレジストデビルを唱えたのだ。
「誰も、死なせはしません‥‥」
 次いで、十字架を握り締めたイリスは神へその加護を請うた。彼女の周りへ徐々に聖なる力場が形成されていく。
 させじと黄泉人はイリスへ狙いを変えて襲い掛かるが、その脇には腰貯めに刀を構えた更紗が控えていた。
「そうは問屋が卸しまへんえ」
 力強い踏み込みから袈裟の一閃。
「秘剣、一の太刀」
 慣れ親しんだ得物ではないといえ、佐々木流の達人である更紗の剣撃を黄泉人の一兵卒如きが避けえよう筈もない。魔法の刃は黄泉人のしわがれた体を深々と切り裂いた。
 そこへ更に。
「――二の太刀」
 切っ先を切り返しての逆袈裟が止めとする。
「長巻に比べて軽いよってに、勝手が違うわぁ」
 やや戸惑いの表情を浮かべながらではあるが、恐るべき剣捌きだ。黄泉兵の数は3体。これで全部。だがアルバートが倒した筈の黄泉人がむくりと起き上がった。不死の亡者達を仕留めるには魔法の力が必要だ。黄泉人はアルバートへ向けて切っ先を繰り出した。
「‥‥!」
 暗闇に火花が散る。十手が刀を受け止め、アルバートは踏みとどまった。全身に闘気を漲らせ、逆に重い反撃を見舞う。痩せた黄泉人の体が宙を飛ぶ。だがやはりそれでは仕留めるには至らない。しかし彼の作った機を仲間は見逃さない。接近した斬が顎から脳天へ小太刀で貫き、やがて敵は下の躯へと戻った。
 同じ頃。榊原信也(ea0233)は更に水戸北部奥地へと入り込んでいた。
「‥また面倒なことに首を突っ込んでいるようだな‥‥また今回も手伝ってやるか‥‥」
 だが凄腕の忍びである信也にしても、黄泉人勢力の動向を掴むには至らない。北部は今だ黄泉人の完全な支配下にあり、信也をしても潜入は手に余る。
 敵の総勢力、首魁、その目的。全ては闇の中。その根拠地すらも分からない。いや、仮に分かったとしても単独での潜入は余りに危険すぎた。街道を進んで北を目指したが、水戸を離れれば黄泉の軍勢がうようよしている。
(「‥俺ひとりで太刀打ちできる相手じゃねえか‥‥」)
 江戸で見送ってくれた仲間達の為にも、ここで命を無駄にする訳にはいかない。殆ど進まぬうちに、それ以上の潜入は断念を余儀なくされた。

 少し時を遡る。
 道志郎達はシビトの群れを討ち果たしていた。グラスの魔法では、周囲に不死者の気配はない。念のため境内には魔法の罠を施し、グリフォンの志姫も警戒についている。
 社では手傷を負った道志郎とアルディナルへがグラスの魔法の治療を受けている。
「それより道志郎さん。どうしたん? こっちは結構物騒やと聞いたんよ。うちも知り合いに符を届ける途中やってん」
 二人の騎士は、死人憑き討伐の依頼を受けた冒険者だという。行き先を同じくするグラスと行動を共にし、これから江戸への帰途へつくのだと、アルディナルが続けて説明した。
「道志郎さんも一緒に如何ですか。ここは一人より大勢いた方が良いと思います」
 それに、道志郎は暫く考え込んだ様子だったが、やがて首を横へ振った。
「俺はまだこの地を見ていない」
 心配そうな彼らの表情を見詰め返す道志郎の顔は、迷いのないまっすぐな表情だ。
「大丈夫。余り奥地へは踏み込まないつもりだ。俺一人の力では無理だと判断した時には、ギルドへ依頼して冒険者の助力を請おう」
 その答えに満足したのか、クーリアは微笑みを返した。丁寧に研いだ道志郎の刀を手渡して言う。
「ならば道志郎さん、その意思を尊重しよう」
「ありがとう。こんなことまでしてもらって、何と礼をいえばいいか」
「なに、鍛冶師なので色々な武器を見たり触れたりするのが好きなのでね。それより、これだけは約束してほしい。この先危険は避けられぬとしても、手に負えぬと判断したら引き際を見極めること。その時はまた、この刃でも研がせてくれ。どうかな?」
 それに、道志郎はコクリと頷いた。
「分かった。ありがとう。約束する」
 夜が明ければ道志郎は再び北を目指す。グラス達も同行したいのは山々だが、江戸へ報告へ戻らねばならない。とはいえ道志郎もかつて程の無茶はすまい。それを確認すると、屋根裏に潜んだ嵐は表へと出た。
 後ほど斬から情報を受け取ったら、それとなく道志郎へ伝えるつもりだ。道志郎も冒険者を頼る考えでいるようではあるし、ひとまず胸を撫で下ろす。しかし、今の道志郎に漂うこの危うさはどうだ。
 嵐は遠く北の山々へ視線を移した。
(「せめてアイツに、師となる者と出逢えれば良いのだがな。アイツがもし将来、人の上に立つ者になるのであれば・・・それは必ずや良き糧となるだろう」)
 同じ空の下。
 イリスもまた道志郎を想って不安な思いでいた。
「‥この辺りは危ないって道志郎さんも分かっているハズなのに‥‥。あんまり無茶なことばかりしないで欲しいです」
 もっとも、その言葉を道志郎に言うのがどれだけ意味を持てるかはイリスも良く理解している。
 それでもイリスは思うのだ。
 絶対に死なない。
 そう道志郎は自分に約束したのだから。
「‥‥今度の敵は黄泉の国の不死者‥。でも、必ず大いなる母が道志郎さんの力になってくれるハズですから」