●リプレイ本文
金山への街道を脅かす野盗の討伐のため、政治顧問役のアルスダルト老は戸来朱香佑花と共に冒険者による少数精鋭の派兵を立案した。すぐさま作戦許可の上申が行われ、後は答えを待つだけ。その間も静守宗風(eb2585)ら仲間達はいつ出発の号令が下ってもいいように準備を整えている。
水や食料は勿論、武具の手入れにもぬかりはない。まだ野盗の根城は分かっていないが、それも仲間達が動いてくれている。
「前回は根城の捜索に川沿いも視野に入れていたようだが、その意見に俺も賛成だ。水辺は何かと便が良い。俺が野盗なら逃走する手段の確保も兼ねてやはりそこに行き着くだろう」
そこへ旅荷を馬に括り付けてクーリア・デルファもやって来た。江戸は小網町で万屋「将門屋」の江戸支店店長を勤める彼女は、偽の隊商を率いて囮となることとなっている。
「それなりに商いをしてれば野盗も食いついてくるだろう。商い物は食料品か医療品なんてのでどうかな」
他にも数名の冒険者が同行を希望し、上からの許可を今かと待っている。菊川響(ea0639)もまた、彼らと行動を共にしていた。
「友に協力できるとあれば、胆威の修得が遅れようとも悔いはないもんな。この地で憂いなく辛窮死険を受ける為にも、気合入れていくぞ」
所変わって。
八王子山では今月もまたキヨシ城の興行が行われていた。今日再び集まったのは6名の勇士。司会の風花誠心(eb3859)がキヨシ城家老として今日も彼らを待ち受けている。
「キヨシ城の興行も軌道に乗りだいぶ大きなものになりました。もう家老としての私の出番も必要のない頃です。
この興行が終わればキヨシ城家老の任をキヨシ兵の方にお譲りし、今日限りで私はキヨシ城家老を引退することを宣言します」
思えば城郭跡だけを残して荒れ放題だった八王寺山へ無謀な夢を見て数ヶ月。それが地道な努力によりオープンを見て、今では華僑の支援を受けてこうして日の目を見ることが出来た。
「これが私の最後の仕事です。精一杯やらせていただきます」
いよいよ挑戦の始まりだ。今回はヴェルサント隊長が不在につき、代理隊長の着ぐるみ人形「ヴェルサントくん」に率いられて火乃瀬紅葉(ea8917)が舞台へ姿を現した。
「あれから3ヶ月にございまするか、長いようで短い休みにございました‥‥あの時、王鍛錬殿に助けられておりませなんだら、紅葉今頃」
鼓漫怒失敗で竜神池に散った紅葉は義侠塾校医の手によって奇跡の復活劇を遂げたとか。
「『地武来流樽海峡』を突破し、伊珪先輩を討ち取って見せまする! 前回は遅れをとりましたが、もう越波鼓漫怒は完璧にございますゆえ」
それに混じって柚衛秋人(eb5106)やヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)ら初参加の者も列に加わっている。
「キヨシ城は初参加になる、柚衛秋人だ。みんなよろしく頼む。腕試しとがいえ、参加するからには一日城主の座を目指してがんばるつもりだ」
「いやいや〜、久々に遊びにきたら随分とにぎやかになってるのだ〜。あのキヨシ城が完成したと聞いて駆けつけたであるぞ」
これから臨む地武来流樽海峡は、手すりのない不安定な吊橋。肩幅強ほどしかない上に途中に障害物の俵があり、その前後で鞠が投げられることになっているという。その先には伊珪小弥太の待ち受ける天守閣だ。
「俺はここだぜ。是非ともあがってきてお相手してーぜ。つーことで、天守閣から皆にエールをおくる!!」
ハリボテの天守閣には義侠塾の大団旗がはためき、清も伊珪の言いつけで太鼓を叩いて伊珪と共に挑戦者へエールを送る。
第一挑戦者はウィザードのディファレンス・リング。決戦の火蓋が切られ、知己の秋人がリングを見守る。
「見極めるのも兵法のうち、ということにさせてもらおう」
杖でバランスを取りながら進むリング。だが焦れば揺れは大きくなり、足場が不安定だと鞠を受けるのもままならないようだ。鞠をキャッチしようとした所であえなく落下。
「なるほど、鞠の来るタイミングは覚えたぞ。真ん中の俵で橋もある程度安定しているようだな」
二番手はヴラドだ。
「出陣!『牙芽羅(がめら)』なのだ〜」
牙芽羅とは、子供を守護し、空すら飛ぶという伝説のエルダーシェルドラゴンレジェンドの東洋名であり、この霊獣を模した華国拳法の型でもある。ブラドは甲羅盾を背中にしょって、チェーンホイップを体に巻きつけたいでたち。頭には勿論竜頭兜だ。
四つんばいになったブラド。言ってみればハイハイだがこれが侮れない。
「これで4つ足と低重心ゆえ、バランスは安定するのだ。柔よく剛を制すのであるぞ〜」
鞠が来た所で膝立ちになって難なくこれもクリアー。のそのそしているように見えて、着実に関門を突破していく。俵を乗り越えたブラドは鞠を抱えて今度は膝立ちで進み出した。
「後ろにかかる重心は前屈みになってバランスを取るのだ〜」
遂にブラドが対岸へ渡りきると、遅れを取るまい今度は秋人が橋へ足を掛けた。
「バランスが重要そうだ、軽業は余り得意ではないし」
はやる心を抑えながら素足の摺り足で慎重を期し、得物の槍を水平に構えてバランスを取る。竜神池時代から多くの挑戦者が取った戦法だが地武来流樽海峡でもその威力は遺憾なく発揮された。
飛んでくる鞠も対策は万全。
「よっ、ほっ、っと」
覚えこんだタイミングで飛んできた鞠を串刺しにすると、これには流石の誠心も舌を巻いた。
「やりますね。ですが易々と通す訳には行きません」
すかさず誠心が投石するも難なく槍で払い落とし、じきに秋人も対岸へとたどり着いた。ここから先は落とし穴の待つ直線だ。前方を行くブラドを視界に収めながらも、ここでも慎重に落とし穴を見極めて進む。
二人の突破者を出し、遂に紅葉が動いた。髪飾りを触りながら観覧席をふり返って笑顔を漏らす。
「今回は無事の攻略を願って、姉様からお守り代わりの耳飾りを貰っておりまするゆえ、今までの紅葉とは違いまする」
身内の応援を受けながら紅葉が橋へ挑んだ。義侠塾生である紅葉には、鞠ではなく矢が投げかけられる。
「紅葉無敵虎鼓漫怒にございますゆえ、この程度の矢を受取るくらい、造作もありませぬ。確か作法は二本の指で受けて投げ返‥‥申し訳ありませぬ、もう一度下さいませ」
ちなみに一度受け損なった時点で失格であるが、耳まで真っ赤になった紅葉は気づかない。そして義侠塾生たる者、些細なことは気にしないのである。二本目の矢を掴み取ると、この日のために鍛えた秘技で突破を試みる。
「秘技、修羅駆体!」
修羅駆体(しゅらくたい)とは、己のうちに修羅を呼び込み、肉体の限界を超えた力を引き出すとされる、恐るべき暗殺拳である。華国にその人ありといわれた、准虎(じゅんこ)ら数名の武術家によって組織された、武闘家集団がその語源とされている。(『−美来斗利偉・蛾蛇虫、その輝かしき闘争の日々−』)
「しっ、しまった。この技に耳飾りは鬼門にございまする‥‥でも、まだ残りは5(待て)。この橋は死守致しまするゆえ、紅葉の分まで!」
そうこうする内に残る挑戦者は二人。義侠塾弐号生筆頭、嵐真也(ea0561)が立つ。
「ふむ、後れを取ったな。だが、今回は‥‥取る」
これまで過酷なハンデを負いながらも善戦を見せた嵐。
「地武来流樽海峡か、なるほど実物を見るに、古来より戦略的に重要な地を模していると思える。前回同様、いやそれ以上に手強そうだ。しかも最後に待ち受けるは義侠塾の学友でもある伊珪か。欠片ほどの油断も許されないな」
今回も不退転の覚悟で臨むのに変わりない。その背に重き筆頭とう名を背負い、嵐が橋へ足をかけた。
「海峡と名が付くからには、自国の海峡を渡った憧婆(どうばあ)の王であった弾武(だんぶ)にならうのが良いだろうな」
流れが急なその海峡を弾武は六人分の体力を持って無理矢理に渡りきったと伝説にいう。今でも偉大な王にならい、六人一組で海峡を渡る憧婆横断部と言う活動があると言われている。
「俺には六人分の体力など無いが、この義侠心、精神力は六人分、いやそれ以上だ。いかなる揺れにも慌てず騒がず、王の威厳を纏い前進すべし」
これぞ義侠塾の敢闘精神。だが奇跡的に対岸へたどり着いた嵐へ、無情にも誠心が立ちはだかる。
「強敵である義侠塾生の方々を易々とお通しする訳にはいきませんね。中ボスとして特別に私が相手です」
家老自ら前線に立ち、混戦の様相を呈してきたキヨシ城。ここで遂に優勝候補の最右翼、龍深城我斬(ea0031)が動いた。
「結局竜神池はクリア出来んかったか、まあしゃあない、次のアトラクションに力を入れるとしよう」
入念な準備運動を終え、コンディションは完璧。お馴染み巣羽射駆を今回用にチューンし、がっしりとした安定感で着実に距離を稼ぐ。腰を落としてどっしりと構えた上で橋の揺れと呼吸を合わせ、障害物の樽も軽々と飛び越えてクリア。鮮やかな手際に観覧席から声援が上がる。
次は鞠だ。飛んできた所へタイミングを合わせて手を伸ばす。そこで新兵器が威力を発揮する。見につけた薄手の皮手袋は掌部分に松脂が塗りこんである。この粘着手袋で取りこぼすことなくがっちり掴み取れば、もう我斬を阻むものなどない。
(「よし。‥‥天主へは二度目の挑戦か。今度こそは」)
黙々と関門をクリアすると、遂に我斬も対岸へたどり着いた。
と、ここで遂に先頭集団が天守閣の入り口へ辿り着いた。
「伊珪どの、いざ尋常に勝負なのだ〜!」
が、無情にも天主への入り口目の前に仕掛けられた落とし穴へヴラドが落下。
「余としたことが最後で詰めを‥‥む、無念なのだ〜!」
「城主殿、いざ尋常に勝負っ」
一番乗りを果たした秋人が天守閣へ踏み込むと、そこは。
「よくぞここまできやがったぜ。俺がキヨシ城のラスボス・伊珪小弥太様だ。月夜のススキの雫になりてーなら遠慮なくこいや!」
ススキがそよぐ室内ではハリボテの月が二人を見下ろしている。月夜の決闘をイメージしたアレンジだが、イメージの貧困な伊珪に変わって彼の晴れ姿に知人達が駆けつけ、夜なべしてこさえるという涙ぐましい努力によって実現したステージだ。しかしその甲斐むなしく伊珪は殿ズラに羽織袴のバカ殿スタイルで得意げに待ち構えている。
「へっ、かかってきな。全力でもってお相手するのが礼儀ってもんだよな。そこんとこ恨みっこなしだ!」
「柚衛秋人、参る」
先に仕掛けたのは秋人。真っ向から穂先を繰り出した。勝負は一瞬。同じく槍を構えた伊珪が早業で秋人の攻撃を弾いたかと思うと。
「行くぜ!暗黒流すまっしゅ!」
鍛えぬいた槍術を駆使し強烈な横殴りの柄の一撃。
「ま、参った‥‥!」
秋人を一撃で粉砕する。
天守閣前でも嵐と誠心の死闘の決着が着こうかとしていた。目隠しをした嵐は圧倒的不利。だが同じく義侠塾生の紅葉の助けを借りて遂に反撃を繰り出した。
「嵐先輩、右に御座います!」
(「そこか‥‥小細工はいらん。食らえ――轟!華運断悪(とどろき!かうんたあ)」)
襲い掛かろうとした誠心へ、強烈な鉄拳が襲い掛かった。誠心が吹き飛び、その拍子に嵐の目隠しがずり下がった。ずり落ちた布を剥ぎ取ると、嵐は天守閣をふり返って遠い眼差しを向ける。
「どんどん進化していく教練だな。だが、俺が取るべき道は唯一つ。前進あるのみ」
嵐はハンデを失ったことで潔くリタイアを宣言。攻防の行方は我斬の手に委ねられた。既に我斬は直線中程まで到達している。これまでの経験を活かした上で注意深く落とし穴の位置を見抜き、見落としていた穴は三角飛びで窮地を脱する。
とうとう我斬が天守閣へ足を踏み入れた。
「今回の最後の相手は流石にただならない気配を感じるな。下手な小細工は無用か。夢想流に二の太刀無しだ。俺の全力の一撃、見切れたらあんたの勝ちだ‥‥勝負!」
「義侠塾生たる者、いかな相手だろうと引く訳にはいかねーもんな。臨むところだぜ!」
小太刀を構えた我斬が斬りかかった。間合いへ入れじと伊珪が穂先を繰り出す。勝負は一瞬の交錯の中に。伊珪の槍が我斬の小太刀にあたって軌道を逸れ、その時にはもはや勝負は決まっていた。懐深く潜り込んだ我斬。伊珪が槍を引き戻すが間に合わない。
我斬の小太刀が伊珪の喉元でピタリと止まる。
「勝負あったな」
「ちくしょー、参ったぜ!」
▽結果発表
海峡突破 ヴラド選手、柚衛選手、嵐選手(義侠塾)
キヨシ城攻略 我斬選手
『見事成し遂げました我が精鋭たちよ!』(←貼紙)
ヴェルサント君人形に讃えられ我斬が表彰台へと上る。海峡突破者へも寸志として開発中のキヨシ饅頭が送られた。また一部では怪我人も出たが江戸から訪れた医者が手当てを行い、大事には至っていない。
そしてこれを最後に誠心は家老を引退となる。
「別れを惜しむ事は有りません。キヨシ城は発案者たる私が退場することで真の幕開けとなるのです。殿、短いようで長い付き合いでした。お元気で由良さんには『さんざんご迷惑をお掛けしました』と伝えておいてください」
「お疲れだっぜ。風花さんを永久家老に任命するんだっぜ。我がキヨシ城は永遠に破滅なんだっぜ!」
なんか縁起でもないセリフが飛んだ気もするが、こうして我斬が遂にキヨシ城の一日城主の権利を獲得したのであった。
次の興行は今度こそ3ヵ月後。装いを新たにしたキヨシ城が挑戦者を待っている。
再び野盗討伐隊。
キヨシ城の興行が終わっても、まだ城から討伐の許可はおりなかった。
「あれからもう5日ぢゃ。隣領主殿へ領内へ立ち入る許可がなければ我々も動けん。由良殿には早急に先方へ便宜を図って頂くよう申し上げたはずぢゃ」
「老、これでもこの由良は出来る限りをやったつもりですぞ。私には他にもこなすべき仕事が山とある。それをおして手は尽くしました」
他領へ兵を差し向けるというのは問題の性格としては繊細だ。それも書状の作成から何から全て由良へ一から任せているのだから時間がかかって当然だ。
「そもそも野盗の本拠も具体的に掴めていない状態では話をつけるのが難しいのもお分かりでしょう。本来ならば慎重を期して当然。人手が割けぬなら時間が掛かるのも致し方あるまい。使者は明日にでも向かわせる予定です。2,3日中には結果が出るでしょう」
清と由良は地元への地盤を切り札に源徳から金山の治世を任されているに過ぎない。外交問題を引き起こせばそれこそ一発で首などすげ変わるのだ。
誤算はもう一つあった。
「どういうことだ、江戸で馬車は用意するという手筈ではなかったのか」
当てにしていた馬車が届かないのだ。到着を心待ちにしていたマグナ・アドミラル(ea4868)が思わず声を荒らげた。報せを携えたクーリアは申し訳なさそうに頭を垂れた。
「すまない、江戸の方で隊商の手配が出来なかった。我々だけで作戦を進めねばならない」
所有者の当てもないのにそう簡単に荷馬車など用意できるものではない。討伐隊の派遣は絶望的だ。義侠塾からは久方歳三もこの数日待ち続けたが、これから大田剣術道場の試し合戦に参加するということで引き上げていった。
「金山へ商隊が向かう噂を流そうとしたでござるが、無駄になってしまったでござるな」
後には中核となった数名の冒険者が残されただけだった。響が仲間達を見回しながら口を開いた。
「6日後にはもう江戸へ戻るんだ。これ以上は待てない」
「仮に3日以内に許可が下りたとして、動けるのは2日だけか。野盗がすぐ食いつく保証もない」
「どうする。まさかこのまま帰る気か?」
だが頼みの陸堂明士郎(eb0712)は太巌組との会談の日取りを調整中で動けない。清も午前試合やキヨシ村での寄合などで予定が入っており、太巌親分の都合に合わせるのに時間が掛かったようだ。
黙って話を聞いていた宗風がポツリと呟いた。
「今回俺の肩書きは関係ない‥‥あくまで一冒険者としての参加だ」
地元から仕入れた情報では、野盗はここ暫く渡良瀬川流域で特に動きが見られるという。渡良瀬川を当たった仲間からも同様の情報が寄せられている。
「ここまで来て今更引き下がれるか。最悪集まった面子だけでも敢行しよう。俺達も子供の使いでここへ来た訳ではない」
仲間達が顔を見合わせた。
「やるか」
「決まっているだろう、俺達はその為に来たんだ」
「よし、そうと決まったら早いほうがいいな」
仲間は響、マグナ、クーリア、宗風の4人。手持ちの馬は二頭。擬装用に辛うじて太田で手配できたのは古びた荷車が一台だけ。かなり苦しいがやるしかない。
宗風が苦々しく呟いた。
「せいぜい護衛のフリでもするか‥‥」
その日の内に一行は旅立った。
二頭に荷車を引かせ、クーリアと宗風が行商人を装って進む。マグナは積荷の中だ。それを、距離を置いて響が奇襲を警戒してついていく。
野盗の本拠はまだ絞り込めていない。オーラテレパスを使った響が鳥から情報を得られないか試みたが、人と馬がいっぱいいる所と聞かれても鳥に村落と野盗の根城の区別などは期待するだけ無駄だ。
「‥‥渡りの季節だし何か見てるかと思ったけど、当てが外れたか」
後の頼りは、一行に先立って斥候として出発した仲間達だけだ。
木下茜(eb5817)は事前に入手した情報を頼りに渡良瀬川流域を下流からさかのぼっていた。
「野盗の本拠は何としてでも暴かねばなりませんね」
後は地道に足を使って調べ回るしかない。時折行きかう行商人へ声をかけたり、近隣の村に立ち寄っては聞き込みを続けること数日。
遂に茜は有力な情報へ行き当たった。
「確かですか、この更に上流に廃村があるというのは」
「ああ、間違いねえ。いつだったか、ほら、例の四尾の妖狐騒動で狐どもに滅ぼされた村だ」
その村は昨年の秋に妖怪の群れに滅ぼされたのだという。村人が皆殺しになって以来、土地の者も気味悪がって近寄らない。
(「人が寄り付かず、雨露を凌げる場所。その上、水場もある。これは盗賊が潜むには良い条件が揃い過ぎていますね」)
「その村というのは、どのくらい先にあるんですか?」
「ここからはだいぶかかるな。2,3日は先かな」
「なるほど、ありがとうございます。では」
村人に礼を告げ、茜が蒙古馬へ跨った。
その間も囮作戦は続けられた。だが数日が経っても野盗が食いつく気配はない。黙々と足を動かす宗風だが、内心はざわざわと落ち着かぬままだ。
敵の規模がわからない。こういう依頼が最も厄介だ。太田を騒がす黒夜叉は野盗の差し金とも噂されているが‥‥。
(「邪魔する敵なら斬るのが俺の仕事だ‥‥」)
ふと思考から引き戻されると、行く手に林が待ち受けている。この先の道はちょうどまばらな木々の中を分け入って進む形だ。秋風が頬へ吹きつける。その瞬間に背筋へ何か予感めいた悪寒が走ったのは、殆ど偶然にも近い出来事であった。
(「‥‥!‥」)
振り返った林道右手、木々の合間から迫り来る影がある。その手に光るは白刃。
「クーリア、奇襲だ‥!」
襲い掛かる影は、全身黒ずくめの姿。その顔は黒く染め上げられた般若の面に隠れている。その様は、まさに黒夜叉!
真っ先にマグナが身を隠していた箱から飛び出した。
(「ここまで休ませて貰った分、体力は十分に温存致したぞ」)
内圧を解き放つように躍り出たマグナは、まっすぐに林の黒夜叉へと駆けていく。完全武装した伏兵。これで何としても流れを変える!
「暗殺剣士参る」
既に宗風も林へ駆け出している。遅れてクーリアも荷車に隠していた長巻を掴んだ。
「静守、マグナ、援護する!」
そこを狙い済ましたかのように、クーリアの肩へ深々と矢が突き刺さった。狙撃されている。矢の飛んできたのは後方、風下の木々の中から狙われている。それもかなりの腕だ。
後方で警戒していた響がすぐさま弓を手に取った。敵の弓手を探しながら矢を番えようとするが、それを嘲笑うように響を二の矢が襲う。
「‥しまった、既にバレていたのか‥‥」
響が戦線を離脱する。
弓鳴りの音でマグナが事態を呑み込んだ時にはもう遅かった。
(「‥不覚‥‥罠か‥‥!‥」)
迫り来ようとしていた賊は意表をついて足を止めた。間合いまでまだ遠い。その間に続け様に放たれた矢は次にマグナと宗風を狙い打ちにした。
咄嗟に宗風は身を躱わせたが、マグナは鎧の隙間から足を射抜かれてバランスを崩した。しかし歯を食いしばって踏み止まり、尚も突き進む。
「これしきの矢‥‥今は苦痛など意に介している時に非ず!」
マグナが斬馬刀を振るった。周囲の木々がなぎ倒しながら分厚い刃の斬撃が走るが、賊は大きく後ろへ飛びのいて難なくその大振りを躱わして見せた。そこへ更に矢が打ち込まれ、遂にマグナも膝をつく。
宗風が
「‥‥貴様、黒夜叉とかいう輩か?」
「‥‥。」
宗風は後の先を取る構えだが、敵に動く気配はない。弓手に狙われている以上、このまま待ちに徹する訳にもいかない。
「悪・即・斬‥‥それが俺の刃の意味。何故貴様がそのような事に出るのかは知らんが、悪党の唱える理屈など知ったことではない‥」
覚悟を決めて宗風が仕掛けた。躱わそうとする賊の体を捉えて初太刀が血華を咲かせた。鋭い。一分の隙さえも見せず、宗風が再び構えを取る。間合いを詰め、再びの剣撃。その刹那。
唐突に爆発が起こったかと思うと、賊の姿は跡形もなく掻き消えていた。或いは力量を悟って逃げ出したか。漸く起き上がったクーリアが傍の樹木へ長巻を叩きつけた。
「‥‥取り逃がしたか」
囮作戦は失敗に終わったのだ。
渡良瀬上流の廃村を探ろうとした茜も壁にぶつかっていた。
「旅の人、この先は行かないほうがいい。この森を越えた先は野盗がうようよしているよ」
「その話、詳しく聞かせて下さい」
どうやら、問題の野盗はただの烏合の衆とも言い切れぬようだ。元は上州の乱で上野に溢れた武者崩れが民草を襲う賊になった者達だが、そんな野盗達の中に頭目が現れたのだという噂だ。腕が立てば頭も切れる。その首領に各地の野盗達束ねられ、今や大きな群れを成しているというのだ。
蒙古馬に乗った河童というのは目立ちすぎる。それ以上の捜索は断念せざるを得なかった。
全ては潰えたかに見えた。
ただ一人、野盗の本拠に辿りついたアイーダ・ノースフィールド(ea6264)を除いては。
「こんなとこに篭ってたのにね。見つけたわ、逃しはしないわよ」
茜に同じく、討伐隊に協力して野盗の本拠を探っていたアイーダは、茜達とはまた別のアプローチでこの根城へ行き当たっていた。
兵団らしき馬蹄を探りながら用心深く山道伝いに移動し、それを追跡して数日。徒歩での慎重な移動でだいぶ時間を食ってしまったが、摺り足でじわじわと間合いを詰めるような実直さでアイーダは遂に事を成した。
野盗の本拠は川辺の廃村にあった。
用心の為に着込んでいた茶系の服で色づいた木々に紛れ、アイーダは村へ近づいていく。
「見張りの交代は一刻置きね、林と茂みにそれぞれ二人ずつ」
村は渡良瀬川を背に、アイーダの身を隠す林と、そして川辺に群生している背の低い茂みとに挟まれている。林には鳴子や落とし穴、吊り上げ網などの罠が敷かれている。念のため茂みも少し探ったが、足掛け罠が幾つか見受けられた。茂みの警戒が薄いが、草の丈も低いのでここは見通しが利く。
廃村には常時3,40人の野盗が集まっている。林の脇を通る小道から、日に数度、野盗の一団が行き来するようだ。一度に全てが集まることはないようだが、その数はただの野盗というには規模が大きすぎる。
「私一人じゃどうにもならないわね、でもせめて‥‥」
一箇所だけ、林から村へ至るルートへの罠をアイーダは解除した。目印は木の根元に矢じりでつけた小さな傷。
「さて、私の仕事はこなしたわよ。こんなに危険な仕事だなんて聞かされてなかったわよ、この借り、どうやって返して貰おうかしらね」
こうして討伐隊は再び金山へと戻っていった。
外では危険な目に遭った彼らだが、再び戻ってきた領内は平和そのものだ。金井宿の居酒屋竹之屋では今日も楽しげな笑い声が漏れている。
それに混じって聞こえるのは遠い北の土地の子守唄だ。
「ぅぅー?」
故郷のユウカラ(子守唄)を歌うアトゥイに抱かれてミキはくるくる目を回している。そこへ太田宿から風斬乱が顔を見せた。
「この間は世話になったね。ミキも元気そうで何よりだ」
乱の左肩に止まる妖精の水蓮が珍しいのかミキが手を伸ばす。その頭を撫でながら乱が席へ着いた。
「お前は呑気で羨ましいものだね」
有暮れを迎えて常連客が集いつつある。今日もお千目当てに山岡忠臣が店へ顔を出した。
「景大人の方は巧く運んだのか、お千ちゃん」
「いらっしゃいませ。大人の方はお蔭様で巧くいきましたよ」
「アイヤー、もう来てたアルか。料理に忙しくて全然気づかなかったアル」
厨房から月陽姫が素っとん狂な声を上げた。普段しっかり者の陽姫がそんなことを言ったのが可笑しくて思わずどっと笑い声があがる。
「それはそうとお千ちゃん、俺様今月も頑張ってるぜー。ご褒美のデートが出来ねーんなら、せめて膝枕してくれよー。俺様も、お千ちゃんが頑張ったご褒美に腕枕してやっからよー」
「もぅ、何言ってるんですか。ハイ、いつものお料理ですよ」
軒先ではふらりと訪れたシャーリー・ザイオンがちょうどミキへ手品を披露している所だ。
「ほ〜ら、お姉さんの親指が取れちゃった〜」
「ぁぅー? ぅー…?」
「ミキちゃんは可愛いねー」
不思議そうに目を回すミキへ、村娘の真砂が腰を屈めて愛おしそうに頭を撫でる。
「なんていうかホント、食べちゃいたいくらいだな♪」
ホントにね。そうポソリと呟いて真砂はミキの横顔をじっと見つめた。当のミキはお手玉をしたりキヨシ饅頭を食べさせて貰ったりと皆から可愛がられているようだ。そんなミキに吸い寄せられる様に竹之屋は今夜も賑わいを見せた。
太田自警団からは今夜も響ら団員達が夕飯を楽しみに足を運んでいる。
「野盗征伐に出てる間は見回りを替わって貰ったからな。今夜は俺の奢りにしとくか」
今日は新入りのクリス・ウェルロッドも一緒だ。
「私も皆さんと同じものをお願いします」
気のよさそうな青年だ。注文を聞き、お盆片手にお千が厨房へ消える。
「秋の晩酌セットですね、かしこまりましたーぁ」
「おつまみだからお酒も出した方がいいと思うアルけど、飲んだこと無いアルから何がおいしいか判らないアル」
「お米を収穫したら、地酒を作ってみたいですわね。美味しければ名産品の一つとして売り出しますの」
「せやな、地酒も置いときたいな。土地の物で作った料理に土地の水で作った酒で金山を味わい尽くすのも一興や」
「夢が広がりますね!」
陽姫とアトゥイに朱と八雲も一緒になってこれから街作り店作りについて語り出す。そこを店先でのんびりとお茶を飲んでいたシャーリーが呼び止めた。
「ああ、それと香月さん。結婚資金の貯蓄も良いですが、以前私が貸した100Gはちゃんと返して下さいね」
「あ、わわわわ、えっと、その私‥‥」
(「この爆弾発言は私からの結婚前祝いです」)
シャーリーが内心で意地悪な笑みを漏らすが、朱は頼もしい笑顔を見せる。
「そんくらいの借金、どーってことないで。店も何かとか軌道に乗せられそうやし、ワイがバリバリ働いてすぐ稼いだるわ。せやろ、八雲はん」
「‥‥はい!」
朱が威勢良く啖呵を切ると、店内が静まり返った後、一斉に喝采が挙がった。竹之屋には今夜も遅くまで灯りがともり、笑い声がたえることはない。そうして今日もまた楽しげな笑い声と共に金山の夜は更けていった。