●リプレイ本文
野盗討伐隊は金山を発った。その数総勢、30名超。
七神斗織(ea3225)ら支援者の手も借りて準備は万全。先導には猟師でもある陸潤信(ea1170)がその任を買ってで、傍らでは柴犬の輝牙の鼻が辺りへ注意を払っている。周囲の地形へは飛鳥祐之心(ea4492)が警戒を怠らない。また、レジー・エスペランサとシャーリー・ザイオン二人のレンジャーが常に奇襲を警戒して斥候を努め、本隊の安全を確保する。
「敵の斥候も私達なら見つけるのは簡単ですが、他国領ですし行商や旅人に擬装されては手が出せませんね」
「仕方あるまい、この際じゃし捨て置こう。そろそろ三日目の野営を張らねばならんしなのぉ。今のとこはワシの鼻には何も臭っとらん」
鼻の利く苗里功利(eb2460)が風に混じる臭い注意を凝らしているが今の所異変はない。最後尾の静守宗風(eb2585)も辺りへ油断なく視線を走らせると、やがて頷いた。
「いいだろう。ここらで休もう」
敵の根城まであと一日余りまで到達し、最後の野営が始まった。
明日はいよいよ決戦。このままいけば夕暮れまでには到着する。そこからの夜襲の流れとなるだろう。今夜は体を休めて英気を養いたい。
「困った時はお互い様が竹之屋の信条や! 隊の食をワイらが一手に引き受けた手前、みんな今夜は気合入れて頼むで!」
「了解アル店長。補給の確保は勝利への第一歩アル。お祭りのためにも討伐隊には頑張って欲しいネ」
朱雲慧が中華鍋片手に自分の頬を叩いて気合を入れる。月陽姫ら竹之屋も後方部隊に志願している。鷹見沢桐が無言で腕まくりし、荷物の積み下ろしを始めた。陸も驢馬の久遠へ積んでいた物資を運び出しにかかる。
凍み豆腐を一度戻して、濃いめの煮干出汁をしみこませた後もう一度乾かした物。海苔へ味噌を塗って乾かしたもの。火が通り易いように薄く熨した餅。三種の乾物は全て陽姫の考えた携帯食だ。
「痛みにくくてかさばらないので行軍にも便利アル」
「じゃあ僕はちょっと贅沢なのでも作ろうかな? 明日は決戦だし、今夜くらいはいつも竹之屋で出してる様な一品物も作ってあげたいしね♪」
「自分も手伝おう。秋の味覚も用意しておいた」
ミリフィヲ・ヰリァーヱスも桐の手伝いを借りて存分に腕を振るう。
「頼むでみんな。せやけど、敵もどんな手にでるか分からん。厨師のプライドに賭けて毒を混入されない様にだけは気をつけてや!」
「異物混入は自分の舌を信じるしかないかな?」
竹之屋の面々が慌しく作業を始めると、将門司(eb3393)も手伝いを買って出た。
「俺も料理人やさかい、炊き出しの手伝いをさせて貰うわ。乾物ばかりは味気ないし、今夜も冷え込むみたいや。豚汁でも作るか」
「助かるアルな。そうアルな、少しでも暖かいものを食べて欲しいアルからな。そう思って、実は鍋物の用意もしておいたアル」
陽姫が含みを持たせて目配せする。
凍み豆腐と海苔、餅。湯を張った鍋に放り込むと、たちまち香ばしい味噌の香りが辺りへ広がった。染み込ませた煮干の出汁や、塗っておいた味噌が溶けて、ちょうどよい塩梅のダシ汁になったのだ。
「滾った湯にいれれば少し煮るだけで簡単な雑煮になるアル」
神無月の献立〜必勝祈願セット
具だくさん味噌雑炊:
煮干で味を調えた味噌溶きの汁には、凍み豆腐、海苔、餅、豚肉。
たっぷりの下ろし生姜で、疲れた体に熱と活力を呼び覚ませ!
ビスコッティ:
ワインや日本酒に浸したパンをもう一度焼き上げました。 日持ちもして携帯にも便利。
栗や葡萄、柿、季節の果物とあわせてどうぞ。
必勝おにぎり:
竹の包みを剥くと白米。中身の具は勿論、醤油で味付けしたカツオ節。
カツオおにぎりにかぶりつけば、勝利を呼び込むゲン担ぎだ。
「竹之屋特別メニューだ。今夜はこれで英気を養いつつ、一息ついて貰いたい」
制服に着替えた桐が給士を努め、戦を前日に控えた緊張も解れたのか部隊はたちまち和やかなムード。フィヲも自前のちゃぶ台に料理を広げる。
「いざって時は振り回して武器の代わりにもなる優れ物なんだよ、これ」
これまで五感を研ぎ澄ませて警戒に当たっていた功利も、美味しそうな匂いを嗅いで思わず顔を綻ばせた。その晩は楽師や旅芸人も随行して賑やかな夜となった。
討伐隊の前線指揮官に任命された限間灯一(ea1488)が乾杯の音頭を取る。
「明日は存分に力を出し切りましょう。今夜はゆっくりと休んで、行軍の疲れを癒して下さい」
その夜はも冒険者らが交代制で警戒に当たったが、こちらの警戒態勢に手が出せなかったのか襲撃は見られなかった。根城の廃村で迎え撃つ腹のようだ。
そうして遂に、討伐隊は決戦当日の朝を迎えた。
決戦当日。
斥候に出たレジーが根城の様子を窺うと、村周辺は新たに柵が張り巡らされていた。強い警戒の前に流石のレジーでも頭目の顔を見るには至らない。
後は両軍のぶつかりあいだ。
それに先駆けて、動く者達がいる。
その夜この地に翻ったのは、七尺十畳の大団旗! 突如現れた義侠塾軍は嵐真也(ea0561)弐号生筆頭の下、金山からの直進行軍で堂々と正面突破を図った。
「義侠塾軍、全軍突撃。辛窮死険開始だ。派手に暴れさせてもらおう」
進軍ルートには罠の張り巡らされた林が待ち受ける。新入生のVことヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が警告の声を上げる。
「先輩方! 恐らく悪辣な賊めらは進軍ルート上に罠を張っているであります! このままでは危険であります!!」
「分かっちゃいねえな壱号坊? 罠や待ち伏せなんてのはなぁ‥‥踏み潰す為にあるんだよっ!!」
真が不敵に唇を捲った。
行軍しながら熱唱する塾歌は突撃行軍歌罵阿痔四! 義侠塾が参加した大きな戦いに唄われる塾歌の一つである唄は、聞いた者を敵味方共撤退不可‥‥にさせるかは定かではないとかなんとか。
久方歳三らの月まで届く大音声が戦場を震わせた。
殴流! 叛出津怒!義侠塾!
殴流! 叛出津怒!義侠塾!
塾生突撃!
例え我らが全滅しようともこの戦い
義侠の意志受け継ぐ者が一人でも生き残れば
我々の勝利だ!
待ち受ける罠や障害物の木々などものともせず、一丸となった塾生は義侠の尖兵となって野盗へ迫る。闘気を全身に漲らせた菊川響(ea0639)が声を張り上げた。
「地に義侠を天に武勇を轟さん! 我ら義侠塾、日ノ本を支える礎となるため生まれきたれり!」
漲る士気は、どんな障害にもその足を止めることはない。
応戦の気配を見せる野盗へ、あらん限りの声を張り上げながら義侠塾が挑む。
全員突撃!
日ノ本の皆の未来の為に!
そうだ未来はいつだってこの魔亜血と共にある
我は今一人じゃない
いつどこにあろうと共に唄う塾友がいる
死すらも超える魔亜血を唄おう!
時をも超える魔亜血を唄おう!
義侠塾魔亜血!
義侠塾魔亜血!
進軍ルートの罠は、その道の達人である伊珪小弥太の脅威の早業により素早く解除さていく。
「へっ! 子供騙しの罠ばっかしだぜチクショウ。まるでなっちゃいぜーぜ」
「あれが伊珪先輩の罠外し‥‥!!まさかアレの継承者が残っていたとは‥!」
「罠解除は俺に任せろってーの! まあ見落としはねーと思うけど‥‥そん時は壱号生、気合入れていけや!」
久方も新ネタ破岩(ばがん)を引っさげてそれを助ける。この陽動に紛れて林にはレジーとシャーリーが忍び入っている。二人の弓手による狙撃が小道の見張りを的確に射抜き、それが合図となっていよいよ本隊も侵攻を開始した。
「義侠塾の突撃により野盗勢が浮き足立った今が勝機」
馬上の限間が軍配を掲げた。
「自警団部隊は左翼で村の川辺を包囲。冒険者隊、進撃開始。義勇兵部隊はこの場に待機、総大将をお守りします。――これより野盗を殲滅します」
的確な指示を飛ばして限間が軍配を振り下ろした。
勇ましくはためくドラゴンバナーの下、遂に戦いの火蓋は切って落とされる。司が先陣を切って小道を駆けた。
「義侠塾の奮起に報いんでは男が廃るわ。俺が道を切り開く!」
応じる野盗は弓での迎撃で討伐隊を近づけない。
「怯むな!進め!」
宗風は軍配で何とか矢玉を払いきったが、これで仲間の出足は挫かれる形となる。だが指揮を取る限間の判断は早かった。
「篭城しての手練による弓などの難は予想の範疇です。紅葉さん、頼みましたよ」
「承知致しました。紅葉が何とか致しまする」
「限間さん、敵の弓手は左右両翼に潜んでいるわ」
シェリル・オレアリスの探知魔法で村の入り口近辺の弓兵の配置は手に取るように分かる。それを基に斜線を割り出し、火乃瀬紅葉(ea8917)の魔法が煙幕を張って狙いを遮った。
「守秘火、世音火、頼みまする」
二匹の鬼火が炎壁を張って馬での突進の手を封じる。辛うじて空いた隙間から敵騎馬が迎撃に回ろうとするが、待ち受けた罠が火を吹き、馬ごと派手に転倒を見せた。
これで突破の機会は作った。功利の野太い声が切り込み隊を鼓舞する。
「拙者らがやらぬで誰がやるのじゃ! 帰りを待っておる者が居るのじゃぞ!」
それに背中を押され、身軽さを活かした陸が逸早く村へと迫った。敵は慌てて柵を閉じようとするが、陸の爆虎掌がそれごと粉砕した。そのまま村へ飛び込み、弓手が得物を持ち帰る前に手数を活かして素早く排除する。柵を突破した宗風も得物の鬼切丸で突き、払い、的確に敵兵の戦闘力だけを奪っていく。切り伏せた相手を蹴倒して道を作る。飛鳥もまた巨剣を振り回して突破口を制圧した。
「おうおうおう、野党ども!潰されても懲りねぇとは、しぶてぇにも程があるぜ! ここで引導渡してやっから、覚悟しやがれ!!」
巨大な鉄塊の起こす剣圧は脅威。加えて、使い手の飛鳥は鈍重な得物からは思いも突かぬ程に身のこなしが軽く、敵の攻撃など掠りもしない。数で押し切ろうとも巨剣で難なく跳ね返す。
限間の指示の下、一気に斬り込み隊は村へと侵入を果たした。
「無事に前哨突破ですね。紅葉さんの火魔法は心強いですね」
その脇には、儀式用プレートメイルと盾に身を固めた清が陣頭指揮に立ち、弥が上にも士気は高まる。
「なかなか似合ってるぜ清。なに、どんと構えてろや」
清がボロを出さぬようにサウティが護衛として控えている。清の指示に見せかけ、限間が全軍を指揮する作戦だ。義侠塾から出向の紅葉はその補佐役だ。
「今度デビューしました、火乃瀬紅葉にございます‥‥共に力を合わせ、この危機を乗り越えましょうぞ。必ず勝機はありまする!」
紅葉が味方を鼓舞しながら、秘技『民命亜断駆』を仕掛ける。
『民命亜断駆(みんめいあたっく)』
かつて巨人族の侵攻の際、華国の舞踏家であった琳民命丸が編み出したとされる秘技。尚、寝返った敵武将を鰤と鯛で厚くもてなす風習は、この故事に由来する。(ミンメイ書房刊『今日の魚料理』)
遂に両軍の本隊がぶつかり合い、戦闘は激化した。
討伐隊の侵入を許した野盗は、村の入り口付近にある広場に防衛線を張って一行を迎え撃った。その数はゆうに斬り込み隊の倍近く。司が果敢に斬り込んだ。
「連蛇誠司と謳われし俺の技、見切れるんかな?」
大蛇が鎌首をもたげるように、太刀が上段に構えを取る。それが振り下ろされたと同時に地を這うようにもう一匹の小蛇が獲物へ舌を這わせた。上下の連撃を見切るのは至難。大蛇の牙を受け止めたと思った時には小太刀を腹にうずめられ、野盗が野辺の赤い染みへと変わる。
「やるのう将門殿。拙者らも負けておれんのぅ」
功利も剣と十手を得物に奮戦する。野盗は手勢を全て終結させたのか、相当な数だ。しかし自警団の風斬乱の表情からいつもの飄々とした笑みは消えていない。
「さて、深追いは禁止だよ」
緊張した面持ちの団員を振り返って不敵に笑む。
団長こそいないが、乱は討伐隊長の限間にも次ぐ相当な戦上手。その采配振りは先の清による金山城攻略戦で折り紙付だ。限間の命令へ忠実に従って的確に陣を敷く。
「任務はこっちに逃げてくる野盗の処理だ。なに、そんなに難しいことじゃない」
自警団の持ち場は、草の生い茂る川辺方面の守り。林から村の側面を叩く義侠塾と合わせて、村を包囲する作戦だ。その義侠塾へも敵兵が待ち受けている。響の視界に映ったのは二十程の兵。
嵐が号令を発した。
「塾生、全員整列。これより義侠塾軍は斧吾嵐紅主の陣を敷く」
――斧がごとき苛烈をもって、吾は嵐となりて紅の鮮血舞う戦場の主とならん。
古来、何者かが残したとされるこの言葉に基づき編み出されたのが、斧吾嵐紅主(ふぁらんくす)の布陣である。その要諦は、密集して全速で敵の只中に飛び込み、嵐のような連撃を繰り出すと言う至極単純な術理。但し、繰り出されるその連撃は全て、塾生がこれまでの教練で培ってきた数々の奥義!
得物を両手に構えた真が先頭に立ち、高速回転を始める。
「むぅ、あれは挑転自主彬‥‥あれの使い手が居るとは‥!」
Vが驚愕の声をあげる前で、刃の暴風圏となった真が残った障害物を蹴散らして血路を開く。それに離されぬよう仲間達が全速で追いかけた。査輝見で敵の行動を予見した嵐が覇悪守屠・嵐を繰り出しながら柵を突破して野盗兵へ迫る。
伊珪もまた墨汁で描いたハチの字髭も勇ましく敵へ切り込んだ。
「おめーら、悪い奴らだってな。だったら俺ら義侠塾がぶっ飛ばす! 仏にかわっておしおきだぜ!」
魔ー畏武‥痲ー威鵡‥‥ 魔ー畏武‥痲ー威鵡‥‥
華麗な足裁きが敵を翻弄し、隙を突いての必殺の一撃。これぞ暗黒流奥義・魔畏武痲威鵡(まいむまいむ)。
「流石は先輩方! 自分も負けていられないであります! 奥義、帝死能徒(ですのうと)」
華国の春秋戦国時代、雷吐という暗殺拳の使い手が居た。彼は農具であった大鎌を初めて戦闘に使用し、必ず死に至らしむ、と恐れられた。今日、死神が鎌を持っているイメージが雷吐に由来することは言うまでもない。
Vもまた小さな体で大鎌を振るって奮戦し、久方も駄威離威愚亡琉怪・惨号、別名「避ける歳ちゃん」で攻撃を躱わす。嵐もミミクリーの応用技、蛇是亥(たぜい)に舞瀬射(ぶぜい)の奥義をもって、リーチを伸ばし或いは飛翔しての立ち回りで数の差を埋める。伊珪ら義侠塾生は獅子奮迅の奮闘を見せた。
「下手な小細工なんていらねー。とにかく野盗は全部ぶっ飛ばす!」
集落内での戦いは途端に乱戦の様相を帯びてきた。それは、騒乱に紛れて侵入を図ったレジーにとっては好都合だ。屋根の上へから村全体を一望する。
敵の本陣は村中央部の寄合所。正面では小道の手前にある広場で敵本隊と斬り込み隊が苛烈なぶつかり合いを繰り広げている。右手の林では義侠塾と防衛兵の押し合いの真っ只中。
そしてもう一箇所。村の後方でも戦闘が繰り広げられていた。
「拙者の名は鷲落大光、そしてここに控えるはわが盟友、秋村朱漸(ea3513)に氷雨雹刃! 我ら3人、義によって野盗討伐隊に助太刀いたす。参る!」
川を背にして侵入の恐れのなかった後方は流石の野盗も警戒が手薄だ。そこへ現れたのは鷲落ら3人と、秋村の部下が8人。川縁の浅い部分を突っ切って侵入した彼らによって、野盗は後背を突かれる形となった。鷲落を先頭に、渡世人の氷雨と秋村が徹底的に霍乱を図る。
「誰かは知らないが助かったぞ。そして‥‥」
レジーの目が、川辺に止めてあった船を捉えた。
「思った通り、やはり逃走経路は川か。ふっ‥‥野盗め、己の不明を恥じることはない。ただ俺が一枚上手だっただけだ」
次々に火矢が射掛けられ、船は徐々に火に包まれて沈んでいく。煙は空へ立ち上り、それを目にした限間がレジーの任務完遂を知る。
「残るは一手。敵主力の防衛線を突破し、頭目へ迫ります。義勇兵、斬り込み隊に続き前線へ上がります」
静かに闘気が立ち上らせて限間が指示を飛ばす。
「これで王手ですが、野党勢の頭目も切れ者と聞きます故、僅かたりとも気は抜けぬものですね‥‥」
「灯一さんの指揮能力は相変わらず凄うございますね、紅葉も負けられませぬ」
戦の流れは、この四半刻程でどちらかに転ぶだろう。
しかし敵主力には流石に使い手が多い。飛鳥達も苦戦を強いられている。
「情けねぇなあ!磨いたその技、なんで民草の為に使おうと思わねえんだ! そんなんじゃあせっかくの腕前も啼いてやがるぜ!」
隙を突い牽制からの渾身の横薙ぎ。だが敵は的確に囮を見抜き、それを受け止めた。大振りの連撃を繰り出すが、なかなか決定打が繰り出せぬまま焦りが募る。乱戦模様の前線で、宗風も風に混じる殺気を嗅ぎ分けながら刀を振るい続けた。
その背へ、野盗が忍び寄るが。
「隙あり!」
「‥‥阿呆が。隙などない」
振り向きざまの軍配が難なく剣撃を受け止める。
「臭うな‥‥下種の臭いだ。そう悪臭をぷんぷんさせておいて、よくも俺の背を取れるなどと思えたものだな」
離れ際の一閃が胴を薙ぐ。そこへ司が背中を合わせた。
「風守はん、分かっとるとは思うけど無理は禁物や」
宗風とは新撰組十一番隊での仲間。司は既に除隊したが、二人の呼吸は今でも当時と変わる所はない。
「場所はちゃうがやる事は変わらんなぁ。あんさんの背は俺が護るわ」
「当然だ、隊を抜けても悪・即・斬の精神を忘れた訳ではなかろう。‥‥背中は頼んだぞ」
いかな使い手でも、囲まれれば手数負けする。傷を負えば実力も半減だ。
飛鳥が味方へ注意を促す。
「まだ敵の数が多い!増援が来るみてえだから、囲まれんじゃねえぞ!」
一方で陸は背後を取られぬよう建物を背にして立ち回っている。鳩尾や首根を狙って非殺を貫いて来たものの、この数を相手にこれ以上は厳しい。
細く息を吸い込み、全身から熱く闘気を立ち上らせる。
「ここが正念場。これまでの功負の成果を拳に込めて、存分に発揮するだけです」
増援も駆けつけ、揺蕩っていた均衡に揺らぎが生じた。その隙を突いてこ功利が飛び出した。その巨体で強引に道をこじ開ける。
「今じゃ! 道は斬り拓いた、宗風殿、しかと託したからのぉ!」
血路は拓かれた。
宗風と司がそこを駆け抜け、レジーの指示で本陣へ迫る。
それと同時に、後方の本陣でも動きがあった。
「清、『目指すは敵首領!俺について来い!!』と言え」
サウティ清を率いて前線へあがろうとするが、当然嫌がる清。だが義侠塾の先輩でもある真からは、塾生にあるまじき情けない姿を晒すようなら半殺しと厳しく言い含められている。
傍らのシェリルが微笑みかけると、流石に覚悟を決めてへなちょこ声を張り上げた。
「目指すは敵首領!俺について来い!‥‥こ、この俺が討ち取ってやるんだっぜ!!」
一方の義侠塾軍にとってもここが正念場だ。
「このまま避け続けてもジリ貧、ここは攻撃に転じるでござるよ!」
しかし駄威離威愚亡琉怪・惨号は、自ら攻撃を仕掛けると左腕より激痛が走り完全試合と引き換えに引退を強いられる魔球。じゃなかった奥義。号泣する久方へ響の熊犬「やまざき」が薬を持って駆けつける。
「討伐隊の為にも、そして何より金山の民のためにもここは何とか持ちこたえないとな。生きて帰って、またみんなの笑顔をこの目にしてみせる!」
後方で矢撃を繰り出しながら援護するが手数で完全に負けている。その窮地の塾生を鼓舞するように、遠き義侠塾金山分校舎から時空を超えて、義侠塾名物大衝音のエールが塾生を奮い立たせる。
伊珪が天を仰いであらん限りの声を張り上げた。
「一つ! 義を見て為さざるは勇なきなり、勇なき男は侠に非ず!」
「一つ! 背中の傷は侠の恥、斃れるときも前のめり!」
それに続いて響も声を張り上げ、再び塾生の心は一つとなる。
嵐が轟!華運断悪(かうんたあ)で敵勢を押し返した。
「まさに我が道の集大成と言ったところだな。我ら義侠塾生に越えられぬ壁など存在しない。否、壁であるならば、最初から越えられる事が決まってる、それだけの事だ」
村の後方でも厳しい戦いが続いている。
少数で敵地ど真ん中に入り込んだ鷲落達は窮地に追い込まれていた。氷雨が身のこなしを活かした翻弄で二人を援護するが、猛者の鷲落はともかく、攻撃一辺倒の秋村は持ち堪え切れない。部下の殆どを失い、自らも囲まれて膾に刻まれながらも、だが秋村は全身を染める血を舐めながら猛り狂う。
「‥足んねぇ‥‥足んねぇぞテメェら‥もっと‥もっと遣せゴラァァァァァーッ!!!!」
だがその後方も光明が見えてきた。
鬼哭から天山万齢が的屋を率いて駆けつけたのだ。
ふらふらと戦場へ分け入り、手近な敵を見つけて無造作に近寄っていく。
「ああ、アンタが噂の。わざわざ大変だね、こんな所でお仕事なんて。てことはやっぱりアレか?全く抜け目の無い事で」
「あァ? なんだテメェは。ぶっこ殺し――」
「ちっ、人違いか」
男の胸板を貫いた刀を抜きながら天山は首だけで手下を振り返る。
「お前らも、落ちてる銭は拾うだろ? 雑兵2両、中隊長なら10両、大将だったらなんとビックリ50両だ。首は拾い放題だと来た。とっとと片付けて一杯呑ろうや」
戦の流れは今や討伐隊に傾いた。
怒号が戦場を揺るがす。
「後一歩じゃ!最後まで気を抜くな!!」
正面広場では、矢面となった功利が増援に駆けつけたケイン・クロードと共に一気に攻勢に回る。レジーの狙撃も的確に敵兵力を殺ぎ、また後方から桐も竹之屋の制服姿のまま加勢に加わって切り結んだ。まだ強敵も残っているが、それぞれ冒険者が相手を見定めて勝負をかけた。
陸の雄叫びが戦場に木霊する。
「おおおおおおォぉぉォォォ!!」
拳に乗せた全身の闘気が、渾身の拳打から迸った。十二形意拳、虎の奥義爆虎掌。もはや広場での決着がつくのは時間の問題だ。
頭目を討てば戦は終わりだ。
村の寄合所にある敵本陣へ一番乗りを果たしたのは、遊撃に回った義侠塾の伊珪と真。
「胆威みつけたぜー!」
六尺棒を振り回して伊珪が踏み込む。すぐに宗風と司そして、清を率いたサウティも駆けつけた。
「清の手を煩わせるまでもねぇ、俺が相手になるぜ!」
手練の護衛は十人、旗持ちの清は戦力外としてちょうど倍の数。
「今更泣き言もいってられん。元から無茶は承知だ」
だが多数を相手取っては宗風や伊珪のように体術の未熟な者にはかなり旗色が悪い。軽装のサウティは手数で補えるが、伊珪と二人は防戦一方だ。
しかも頭目の腕も噂以上の冴え。
「おのれ松本清‥‥、苦労して作り上げた俺の軍団をよくも‥‥!」
太刀の一振りが伊珪を斬り伏せた。
(「チクショーぬかった‥‥だが、義侠の名に賭けて無様は晒せねー‥‥!‥」)
伊珪は最後まで六尺棒を支えに倒れまいと堪えたが、得物を地に突き立てたそのままの姿勢で力なく膝を突いて崩れた。
頭目は次に宗風へ狙いを定める。
「手前らは道連れだ。今宵は退くが、その首だけは浚っていく」
一対一ならまだしも、複数を相手には宗風では歯が立たない。終始、司が助けに回らねばならず、頼みの真は清の護衛で手一杯。起死回生を狙って司が必殺の二刀連撃を放つが頭目には通用しない。司は何とか宗風の攻撃の機を作りたいが、肝心の宗風は後の先狙いの戦術。ここにきて二人の連携がまるで噛み合わず、一行は瞬く間に劣勢に追いやられた。
頭目の連撃を辛うじて宗風の軍配が受け留めた。
だがもう後がない。真が背中に守る清へ呼びかけた。
「イチかバチかだ‥‥行け!清! お前しかいねえ!」
「お、おおおお俺、やるっぜ!!」
清がドラゴンバナーを手に頭目へと特攻する。その足を真がひょいと払った。バランスを崩して清がよろめき、手にしていたドラゴンバナーが頭目の方へ向かって倒れこむ。その一瞬だけ、頭目の注意が逸れた。
宗風の眼光が鋭く光った。
軍配で頭目の得物を押し返して間合いを空ける。そこへ叩き込むのは強烈な太刀の斬撃。
「‥‥‥‥悪・即・斬!」
「甘い!その程度、俺に見切れぬとでも――」
だがその切っ先は頭目に見切られる僅か前に軌道を変える。その一刹那が二人の運命を分けた。頭目の太刀は宗風の頬を皮一枚で掠め、逆襲の一撃が頭目の肩から腹を切り裂いた。
「頭目がやられた‥‥」
「かなわねえ、‥‥逃げろ!」
頭目の討死にを転機に、野盗の士気は一挙に崩壊した。
護衛についていた連中は止めていた馬に跨って柵を飛び越えた。小道へ向かって逃走を図る。正面広場での戦いを終えた陸がただちに追撃へと移る。
だが既に逃走を見越してシャーリーが林に潜んでいる。
「1人も逃しませんよ」
馬に狙いを済ませた狙撃で足を止め、そこへ逸早く行く手に回り込んだ飛鳥が立ち塞がった。馬に乗れなかった者も散り散りに逃走を図っている。幾人かは川辺を抜けようとしたが、自警団部隊がそれを許さない。
「こちらに来たとは運がなかったね」
すれ違いざまの早業で瞬く間に二人を斬り伏せる。後方で合戦後の食事の準備に勤しむ竹之屋の前にも幾人かが迷い込んだが、実は猛者揃いの竹之屋店員達の前に返り討ちとなった。
遂に野盗は壊滅したのだ。
団員を無事に帰すという仕事を終え、乱がほっと一息をつく。
「さて。野党討伐の札は誰が握るのかね」
その後、村の捜索が行われ、噂となっていた野盗の財宝も村の蔵から発見された。
美術品や反物など2,3百両相当の代物。
兵糧や残された武具なども残らず回収され、討伐隊は帰路へついた。
そして三日後。
限間以下討伐隊は遂に凱旋を果たした。
「討伐隊34名、全員無事にて帰還を果たしました」
「よう帰ってきてくれた。ほんに、よう無事で‥‥」
感極まってアルスダルト・リーゼンベルツがその顔をくしゃくしゃにしながら限間の手を取る。野盗問題は金山の命運を左右しかねない問題。だが執務に追われて同行を果たせず歯痒い思いをしたアルスダルトにとって、この結果は何よりも喜ばしいものであった。
さて、同じく凱旋を果たした竹之屋勢。店長の朱は真っ先に、留守番の香月八雲を訪ねた。
裏戸を潜ると、八雲の明るい顔。
その手には愛情たっぷりの特大おにぎり。照れ笑いの顔でそっと朱の横へとそっと並ぶ。朱が微笑を浮かべ、その肩を抱き寄せた。
「ただいまや、八雲はん」
キヨシ村の診療所では伊珪ら怪我人の治療も行わ、また城でも戦利品の分配が行われた。財宝が噂より少なかったが、有志による援助のお陰で見通しは明るそうだ。またシャーリーが今回の報酬の代わりにと上申した職人ギルドも由良の快諾で承認され、税の免除などの優遇措置が検討されることとなった。
その夜、キヨシ村では竹之屋の好意で祝勝会が開かれた。
飾り付けられた竹之屋新店舗には、「優勝おめでたう」と拙い字で書かれた垂れ幕が下がっている。陸が暖簾を潜ると、もう皆が集まっていた。
「やぁっ!朱くん並びに皆さん、今日はお疲れ様です」
「皆さん、お帰りなさい! それでは始めますね!アルスダルトさん、お願いします!」
八雲の音頭で鏡開きが行われ、宴が始まる。
酒は村長のアトゥイが華人と作った濁り酒だ。
「キヨシ村の新作地酒『清わか』ですわ」
早速、天山が盃を汲み、鷲落と久々に杯を酌み交わし始めた。同じく義勇の士として凱旋した氷雨の姿はいつの間にか消えていた。討伐で4名もの部下をなくした秋村も江戸へと引き返している。それでもこの夜は40人を越す賑わいだ。
八雲やお千と一緒に忠臣も給士に走り回っている。陽姫も手伝いにと腕まくりするが、忠臣が首を横へ振る。
「陽姫ちゃんも桐ちゃんも、今日くらいは客体験ってのも良いんじゃね?」
「だが、山岡殿。あの垂れ幕の文字はまだ練習が必要なようだ。筆を」
賑やかに夜は更けていった。
朱は疲れも我慢して厨房に立ち、手伝いに名乗り出た司も一緒になって腕を振るっている。店の奥ではシャーリーがミキの面倒を見ている所だ。
「縦縞の手拭いが横縞になっちゃった〜」
「ぅぁー???」
その向こうで紅葉と限間が談笑する横では、飛鳥と久方の姿。
ふと視線が合った四人は、誰ともなく微笑みあった。
「‥はて、この既視感はなんでございましょうか?」
「何か酷く懐かしい。そんな気がする」
その四人を視界の端に、乱が軒先から夜空を仰ぐ。
傍らでは自警団の面々も盃を酌み交わしている。今回の件はサウティの道場のよい宣伝にもなったに違いない。戦勝の立役者となった宗風やレジーも隅の方で静かにこの夜を楽しんでいる。また、話を聞いて立ち寄ったサランとクリスも静かに夜を楽しんでいた。それを見て、フィヲがテーブルヘ両肘を突いて体を投げだした。
「あーあ、どっかに強くて、不器用だけど優しい人で、独り身の格好いい人居ないかなぁ?」
ふとそこで真が盃を運ぶ手を止めて清を振り返った。
「そういや、清。今回は侠をあげたな」
「へへ。俺も頑張ったんだっぜ」
「素敵だったわ清くん、ご褒美よ♪」
シェリルが熱い接吻をかわすと、清はすっかり骨抜きのだらしない顔。
「デートはまた後日ね♪」
それだけ残してシェリルは帰っていった。宴は遅くまで続けられ、そろそろお開きの時間。功利も大きないびきを上げて眠っている。店員達も片付けに忙しい。
休む間もなく走り回るお千へ、忠臣が呼び止めて頭を撫でた。
「お千ちゃんは今日は御苦労さんだ。片付けは俺様に任せて、後はゆっくり休みな」
「‥はい。山岡さんも、無理しちゃだめですよ?」
「宴も終わりか。よーし! 〆はこれしかねぇよな?」
真を皮切りに、嵐以下塾生達が互いの健闘を讃えて塾歌を斉唱していく。
歓喜の声はこの日遅くまで金山の地に木霊し、苦難の末にもぎ取った輝かしいこの勝利を讃え続けた。