禁猟区の掟

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:6人

冒険期間:02月07日〜02月12日

リプレイ公開日:2005年02月15日

●オープニング

 江戸を二日ばかり離れたとある宿場町。そこへ男が一人逃げ込んだのがすべての始まりだった。
「なぁヤベぇンだよ。頼む、何とか助けてくれよゥ」
「馬鹿野郎。面倒持ち込みやがって」
 その若い男が震える声で一方の壮年の男へよりすがった。その手を払いのけ、男が首を振る。
「恨むんなら手前ェの間抜けさを恨むんだな。無理だ、諦めろ」
「匿ってくれとは言わねぇ。せめて、こっから逃げる手助けだけでイイんだ。このままじゃ、このままじゃ俺、殺されちまゥ」
 若い男は哀れを誘う声を男へ向けた。その悲壮な表情とは対照的に、男は眉間に刻んだ皺を深くして押し黙っている。
「後生だ。助けてくれよ! なぁ親父!」
「帰ぇれ。もう助けらンねえんだよ」
 押し殺した声で男が呟いた。
「お前ェも分かってんだろうが。こうなっちゃ、どうにも出来ないってことくらはよ」
 この街には掟があるのだ。絶対に破ってはいけない掟が。
「もしもこの街で刀を抜けば――」


 江戸から逃げた罪人がそこへ逃げ込んだというのが数日前のこと。
「その男を捕まえてほしい。それもなるだけ手早く、そして穏便に」
 まだ若いその罪人は江戸で男を斬り、官吏に追われていた。殺ったのは博徒崩れのやくざ者。依頼主は、その殺された男と旧知の仲だという侠客である。
「官吏に捕まるより先に男を捕らえ、引き渡してほしいというのが依頼だ。だが話はそれだけじゃない」
 その宿場町では古くから一帯を仕切っているやくざの一家と、博徒崩れの的屋が共存を保っている。ここ最近になってからは命知らずの若い連中からなる新興の勢力も伸してきている。三竦みの状態だ。
 宿場町で刃傷沙汰を起こせば組同士の問題になる。いつからか、街中で刀を抜いてはならないというのが暗黙の了解となっていた。
「依頼主はその宿場町を昔から根城にしているやくざの親分だ。面倒なことに罪人というのが的屋の一家のせがれでな。まさかそこの組の連中に狙われてるとは知らずに親父を頼って逃げ込んだらしい」
 組同士の問題となればどちらも容易には手を出せない。街は殺気立っている。新興勢力も今は静観しているが、血の匂いを嗅ぐ鮫のように諍いの火種を探して街中をうろついている。的屋の親分はこの件が引き金になって組同士の争いになるのを恐れ、息子を追い返した。
 街の出入り口はやくざ連中が押さえている。男が逃げ出すのは容易でない。男は街中に身を隠し、やくざはそれを官吏の手に掛かる前に捕まえようと躍起になっている。
「報酬は金子にして弐拾、この手のヤマにしちゃ破格の額だ。面倒ごとというのはつまりそのことでな、的屋の親父も一家の親分である前に人の親、せがれを街から逃がすために用心棒を雇ったのだ」
 それも金四拾五という大金を報酬にしてである。身内がやられれば別だが、金で雇われた流れ者が斬られても一家の面子を潰すことにはならない。つまりはそういうことだ。
「男が官吏に捕まればまず死罪。そうなる前に手早く、しかも穏便に片をつけて欲しい。厄介な話ではあるがな」
 宿場町の中ではどの組も荒事は起こせない。的屋の用心棒を出し抜いて男を捕えればやくざの勝ち。逆にやくざの目を掻い潜って無事に逃げおおさせれば的屋の勝ち。互いに睨み合っている内に男が官吏の手に落ちるようなことがあれば依頼は失敗だ。

「分かってるだろうが念を押して言っておく。街中で組の者相手に刃傷沙汰はご法度だ。くれぐれも、組同士の争いにはしないことだな。そうなれば――」
 番頭は人差し指を立てると、それを喉に当てて真横に切った。
「生きて、街からは出られんぞ?」

●今回の参加者

 ea0063 静月 千歳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2369 バスカ・テリオス(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea7871 バーク・ダンロック(51歳・♂・パラディン・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8531 羽 鈴(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9771 白峰 虎太郎(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9884 紅 閃花(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9924 ネイフェリア・ディブレーク(22歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb0812 氷神 将馬(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0871 片東沖 すみれ(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb0891 シェーンハイト・シュメッター(22歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

巴 渓(ea0167)/ 伊珪 小弥太(ea0452)/ クリス・ウェルロッド(ea5708)/ 堀田 左之介(ea5973)/ 片東沖 苺雅(eb0983)/ 二階堂 夏子(eb1022

●リプレイ本文

 ギルドに保管された報告書の冒頭には、ヤクザ側の四名に対して的屋の用心棒となった者が五名、数に勝る後者が下手人を無事に町の外へ逃したとある。この時点で的屋側は官吏にも見つかることなく依頼を遂行した。官吏側の記録にも、宿場町を逃げ出した後の下手人の行方は杳として知れず、と記されるに留まる。男は無事に街の外へ逃げおおせたのだ。では、報告書を読み進めて行こう。


 初日。
 的屋の依頼を受けたネイフェリア・ディブレーク(ea9924)は早速盛り場を回って情報収集を始めていた。
「って訳なんだけど。居所に心当たりないかしら?」
 しなを作ってネイが媚を売るが、賭場でも酒場でも反応は似たり寄ったりだ。
「知んねえな。‥‥それより姉ちゃん今日は一人かい?」
 男の一人が薄笑いを浮かべながら舐めるような視線をネイへ向けた。
「どうだい、的屋の代わりに俺が雇ってやるよ。もっとも別の仕事になっちまうけどな」
 男がネイの肩へ手を回す。胸元へ伸びようとしたその手をネイが摘んで振りほどくと、微笑んだ。
「貴方のお相手をするのも私は一向に構わないのよ? でも今夜は私のお友達の方が相手をしたがってるみたいなの」
 隣に控えていたのは屈強な用心棒。思わず男が腰の物に手を掛けるが、素早く伸びた手が男の腕を掴み、刀を持った手を強引に押し戻した。小気味よい音を立てて鞘へ刀が収まり、用心棒が男達へ凄んで見せる。
「ホント、残念だわ?」
「けっ‥‥いい気になンなよ!」
 クスリと笑みをこぼすと、ネイは唇に指先を当てて思案顔を作る。
「どうやらヤクザについた連中ももう動き始めてるみたいね。こっちも負けてられないわね」
 多くの冒険者達がこの日の夕刻には宿場町へ入り、行動を起こしていた。酒場を回っていた氷神将馬(eb0812)もその一人だ。
「随分とやくざ者がピリピリしているようだが何かあったのか?」
 柄の悪い連中の卓を見定めると彼は声を掛ける。
「何でも的屋の方で腕の立つ用心棒を雇ったとか」
「俺も倅の居所をそいつらに聞かれたよ」
 そこまで聞くと、氷神は男の隣へどっかりと腰を下ろした。
「ほう、その話もっと詳しく聞かせてくれ。おい親父、人数分の酒を頼む」
 界隈を回って来た彼だが成果は芳しくない。だがまだ初日、今は地道に聞き込みを続けるだけだ。
 とそこへ。
「よう氷神。聞けよ、連中こんなものを寄越してきやがったぜ!」
 現れたバーク・ダンロック(ea7871)がその卓へ割り入り込むと、皿を押しのけてそこへ文を広げた。
「的屋の奴ら町の外で会いたいとよ。しかも倅直々にときた!」
 その文を握りつぶして氷神が嘆息する。彼もまた、江戸の仲間に文を届けさせて敵を誘い出そうと手筈を進めていた。考えることは同じということだ。
「よし。お前たち、もう行っていいぞ」
 憮然として氷神が男達を追い払う。理不尽な仕打ちだが強面のバークがいては逆らえない。
「では、お互い報告を始めましょう」
 空いた席へ紅閃花(ea9884)が腰を下ろした。彼らはヤクザについた冒険者達。
「俺からは人相書きだ。特徴を聞いて描いた奴だが中々の出来だろ?」
 冒険者仲間の伝を頼りにした彼は幾つか有力な情報を手にしたものの、まだ居所は掴めない。氷神が酒を煽る。
「まあ、どっちが成功しようが恨みっこ無しだ」
 静月千歳(ea0063)が小さく頷いた。仕掛けてくるとしたら今晩が一番危険だ。見張りの強化には氷神があたることとなった。
 その彼に報せが入ったのは夜半になってからだ。何でも見張りの子分達に異変があったらしい。
「お前等は持ち場を維持してくれ。俺が様子を見てくる」
 いつの間に毒でも盛られたのか子分達は痺れて動けないで入る。ふと、それを脇目に通り過ぎようとする二人連れがいる。咄嗟に氷神が呼び止める。
「待て、そこの二人。止まれ」
「はい。何でしょうか」
 振り返った片東沖すみれ(eb0871)が一方の男を庇いながら怪訝な視線を向けた。
「この俺を出し抜いたつもりであろうが、そうはいかないな。顔を見せろ!」
 だが笠を取ったその男は倅ではない。風体は似ているが別人だ。
「こちらは私の従兄弟。今日で江戸へ発つというのでこれから見送る所ですが」
 歯軋りする小峰へ一言。片東沖はその場を後にする。
「刃傷沙汰はご法度。お忘れではありませんよね」
(「私は的屋につくことにしました。人を斬るのは性に合いませんので」)
 事を大きくするのは依頼人の意向に反する。氷神も黙って見送る他はなかった。結局、初日はお互い倅の居所を突き止めるには至らず、互いに牽制が行われただけだった。二日目も両者共に進展はなく、数に勝る的屋側が漸く倅を保護したのが三日目の晩であった。
「もはや心配はご無用。後は我々の手筈に従えばもう安心だ。囮を使って陽動し、夜陰に紛れて無事に街の外へお届け致そう」
 白峰虎太郎(ea9771)が倅へ図面を広げて今後の作戦を丁寧に説明し、父親から預かった替えの着物を手渡した。仲間の用意した隠れ家へ密かに倅を移した一行はいよいよ作戦を実行に移す段階に入った。だが事態はここで急変を見せる。
「何だ手前ェらは!」
「おうおう、こんな所に隠れてやがったのか」
 的屋の子分達を蹴散らして踏み込んだのはバークと氷神だ。
「そんな馬鹿な‥‥尾行されている気配は微塵もなかった筈なのに‥‥!」
「てめぇら、退きやがれ」
 取り囲んだ子分達へバークが吼える。
「っ野郎!」
 子分の一人がバークへ殴りかかったが、彼を包んだ闘気がそれを阻んだ。お返しに今度は鉄拳が男を殴り飛ばす。
「あんたら、運が無かったな。俺は――こういう状況はすこぶる得意だぜ」
 威嚇するようにバークが肩を鳴らして的屋連中へ睨みを利かせる。
「おら、怪我したくなかったら、もっと下がりな」
「どうやってここを嗅ぎ付けたか知らぬが」
 ゆらり。
「このまま倅殿を渡す訳にはいかんな」
 バークの前へ歩み出たのは白峰。その隙に片東沖が倅を連れて裏口から逃げ出す。白峰は戸板のつっかえ棒を手に取ると静かに構えを取った。
「俺が相手になろう」
「アンタが噂の用心棒さんかい。でも先に手ぇ出したなぁ、そっちだって話だぜ」
 向こう傷で睨みを利かせるが、多くの修羅場を潜って来たバークもそれくらいでは怯まない。
「相容れない二手に分かれちまったからにゃ仕方がねぇな。こうなりゃ食うか食われるかだ」
「無論」
 先手を打ったのは白峰だ。バークの足を素早く棒が打つ。闘気に任せ、ものともせずバークも反撃を見舞う。
「だが生憎と肝心の腕の方はお粗末だな」
 一瞬の隙を突いて白峰が一撃を叩き込んだ。
「ちぃ、衝撃波か! だが俺のはもっとキッツイぜ!!」
 バークを覆う闘気が弾けんばかりに膨らんだ。爆発せんとしたその時。不意にネイがその背へ腕を絡ませる。
「滾らせるならもっと別のモノがあるでしょう? 私なら貴方をメロメロにして見せるわ」
 背中からバークの胸へその手を這わせ、吐息を吹きかける。
「食うか食われるかなら、たまには食われる側もどうかしら?」
 ちらりと白峰を窺うと油断なく棒を構えている。
「ち、これ以上は割に合わねぇか」
 一度小さく身震いしてバークは闘気を収めた。随分時間が経った。今からではもう倅に追いつけまい。
「邪魔したな。だが次は逃がさねえぜ」


「しかし何故私達の動向をああも正確につかめたのでしょうか」
 倅を連れて通りを走りながら片東沖がふと疑問の声を上げた。
「まるで筒抜けでした。もしや裏切り者でも‥‥」
「この手の世界だと裏切りは命がけアル。内通者はいないと考えてもいいネ」
 路地裏に落ち着くと、羽鈴(ea8531)が倅へ手早く化粧を施して変装させる。
「いずれにせよ警戒は怠るべきではありませんね」
 倅を連れ二人は闇に紛れて街中へ姿を消す。そのやり取りを物陰から窺う者がいた。
「たとえ人でなしと言われても。騙し合い騙され合う快感、やめられませんわ‥‥」
 紅が街に着いてまず行ったのは的屋の用心棒の割り出しだった。倅の居所は彼らに探させ、見つけた所を浚えばいいだけだ。町人に変装した彼女は彼らを徹底して尾行し、隠れ家を突き止めていたのだ。
 尾行の腕自体は手習い程度でしかない彼女だが、人遁の術をもってすれば話は別だ。下手にコソコソせずとも逆に堂々と後を尾ければいいだけのこと。怪しまれても顔を変えればよいだけなのだから。片東沖、リン、ネイ、白峰、顔を覚え尾行するのは容易いことだった。
「ただ一人、目深に被いを被った女性の顔を確かめられなかったのが気掛かりですけれど」
 だが今はそれよりも。
「この機に片をつけられなかったのは手痛いですね。そろそろ期日も終わる。おそらく敵の警戒は最大限に引き上げられる筈ですね」
 その読み通り翌日から的屋側の動向はさっぱり入らなくなる。別の隠れ家に逃れた的屋連中は鳴りを潜めた。夜陰に紛れて数度の陽動はあったがヤクザ側の守りは堅い。最後まで倅は姿を見せなかった。そして遂に街は五日目の夜を迎える。
「ご苦労だな。必ず下手人を捕まえよう」
 街の出入り口ではヤクザが交代で目を光らせている。握り飯や酒を差し入れての氷神の見回りも日にきっかり三回。これまでも数度の陽動を見抜き、備えは万全だ。動きがあったのは人通りの増える頃。
「倅を捕まえたぞ!!」
 それはやはり陽動だ。
「惑わされるな!」
 氷神が檄を飛ばす。今夜こそ的屋も行動に出るはずだ。
「いたぞ!倅だ!」
「逃がすな!」
 騒ぎに紛れて男が一人街の外へ向けて駆け出し、ヤクザ達がそれを追って通りを駆ける。
「ほう。陽動に気づいたか」
 往来から現れたのは白峰だ。
「今宵は美しい月をしているな。こんな夜は俺を冗長にさせるらしい」
 行く手を阻んで白峰が構えを取る。そこに感情の色は読み取れない。ただ刺すような殺気だけが仄かに立ち上っていた。
「夜は長い。ゆっくりと先日の決着をつけようか」
 脱出を賭け、街の門の前では最後の攻防が始まった。

 同じ頃。手薄になった別の出口から抜け出す人影がある。
「上手く行ったネ」
 これまでの囮作戦は言わばこのための撒き餌。勝ちが込めば自然と油断が生まれる。全てはこの日この時に最も警戒が緩むように計算されていたのだ。作戦の肝となったのはこれまで敢えて見抜かせてきた囮。そして変装術である。化粧を施して衣装を設えればある程度は化けられる。その点、リンの腕前はかなりのものだった。
「ったくよォ、女装なんてもう二度とゴメンだぜ!」
 白粉と紅を無造作に拭って倅が悪態を吐いた。今頃ヤクザたちは倅の服で変装させた囮を追っかけていることだろう。
「羽さん、手筈の方は」
「馬に乗って逃げてもらうネ」
 片東沖に答えてリンが合図を送ると、待機していたシェーンハイト・シュメッター(eb0891)が馬を引いて現れた。
「では、もう行きますね」
 シェーンハイトが一礼し、馬に飛び乗った男がその背にしっかりと手を回す。仲間達は頷き合った。
「それじゃあ私達は見張りの足止めにいくアル」
「ネイさんばかりには任せて置けませんからね」
 二人を見送ると、シェーンハイトが馬の腹を蹴る。不意に周囲を灯りが取り囲んだ。
「おい! どーなってンだよ! 話が違ぇじゃねえか!」
 シェーンハイトの背を乱暴に叩きつけて倅が叫ぶ。伏兵は十分警戒したはずだった。だが。
「ご存知ですか? 街の外へ出てしまえば私達も自由に動けます」
 そう言って小柄な影が足音もなく進み出た。千歳だ。
「街中でやるよりもずっとやり易いんです」
 千歳が笑う。取り囲んだヤクザ達が一斉に刃物を抜いた。
「偶にはこう言う仕事も悪くは無いですね」
「おい、何とかしろよ! 手前ェに払う金も安かねぇンだぞ!」
 この数では難しい。馬首を巡らせシェーンハイトは静かに呟く。
「私は別に、組同士の争いに興味はないですし、息子さん、あなたに同情した訳でもありません。ただ」
 シェーンハイトがまっすぐ千歳へ視線を突き刺した。
「親でありながらも人の上に立つ身として、一度は息子の手を振り払ったお父さんのため、です」
 刹那、彼女の体が魔力の輝きに包まれる。それは濃い闇となって千歳を襲った。
「その程度の腕前で私を出し抜けるとでもお思いですか?」
 それをものともせず、千歳が杖を振りかざして襲い掛かる。そこに仕込んだ刃が二人を捉え様としたその時。
「このガキ!食らいやがれ!」
「!」
 倅が投げつけたのは小袋だ。但し山椒がたっぷりの。シェーンハイトにはその一瞬の隙で十分だった。千歳を除けば後は烏合の衆だ、馬を駆ると彼女は一気に囲みを突破した。
「逃がすか!」
 すぐさまヤクザも後を追おうとしたが、涙を拭いながら千歳がそれを制する。馬の背は疾うに遠くなっていた。
「今から追いつける距離ではありませんね。ですが――」
 千歳が浮かべた笑みは総毛立つようなぞっとしないものだ。
「逃げた先が分かれば何のことはありません。あっちへ追っ手を差し向けて片をつければ良いだけのこと」
 もっとも、それは期日を終えた千歳らの仕事ではない。後はヤクザ連中が落とし前をつけるだろう。ともあれ男が街の外へ出た今、冒険者達の仕事は終わったのだ。


 翌日。陣営の小競り合いで倅の動向を掴んだ官吏は夕刻にも次の宿場町へ捜査の手を伸ばした。だが、男を捕縛するには至らない。その記録にもただ、宿場町を逃げ出した後の行方は杳として知れず、との記述に留まるのみである。ともかく、街の外へ倅を逃すという依頼を果たした的屋の用心棒達へ報酬が支払われた。その後の男の行方は永遠に闇の中、である。