●リプレイ本文
「遂に、お祭りの日を迎える事が出来ましたわ♪ 思い起こせば半年前、金井宿がここまで活気溢れる村になるなんて‥‥感傷に浸っている場合ではありませんわ。お祭りを恙無く終えませんと」
「暫定村長殿、これまでのご尽力、この上杉いたく感動致した。この上は祭りが恙無く終わることを願うばかりだ」
アトゥイを訪ねて来た学者の上杉藤政がこれまでのキヨシ村の経緯を話しに聞き、アトゥイへ敬意を表して深々と頭を垂れた。
「そうですわね。ここまで来たからには成功させませんと」
警備を担当する自警団は白九龍が一手に取り仕切っており、祭りに向けて強く意気込んでいるようだ。
「収穫も済んだことだし、祭りも終われば団員の皆も活動ににも集中できよう。自警団の面子にかけても、今回の祭りは成功させる!」
期間中はペットコンクールなどの催しのほか、シャーリー・ザイオンが城の後ろ盾を得て企画した金山土産物物産展なども行われる予定だ。
「木工産業の振興に努めてきたこれまでの成果を試されるものと心得るべきでしょうね。職人の皆さん、心して掛かりましょう」
「一時の休息か。それもまた良し。だが‥‥義侠塾生として、羽目を外しすぎないようには自制したいものだな」
惨号生筆頭である嵐真也(ea0561)はよい骨休めの機会だとばかりに、祭りへ足を運んでいる。
会場の入り口には、お宿『歓楽街』を間借りして総合案内所が立てられている。
「へぇ〜、随分賑わってるみたいだね〜」
ミキの手を引いてふらりと現れたのは村娘の真砂だ。
「ペットコンクルールに、お神輿も出るんだ。楽しみだな♪」
「ペットコンクールは午後の予定ですね。ミキちゃんも楽しんでおいで」
案内所は救護室と迷子センターも兼ねている。脇に立てられたテントには診療所からケイン・クロードが詰めて迷子の対応を行う他、怪我や体調不良などへの手当てにも当たる。こちらで手に負え無そうな急患には、すぐに診療所へ運んで七神斗織(ea3225)や空間明衣(eb4994)ら医師の治療を受けられるよう手配済みだ。
そこへ清を連れ立ってシェリル・オルレアスが通りかかった。
「あら、美味しそうな匂いね♪」
案内所ではケインお手製の牡丹鍋を無料で振舞っている。
「早速いただくっぜ。どれどれお味は‥アチっ!」
清は慌てて食べようとして舌を火傷したらしい。
ふうふうと冷ましている清を横目にシェリルは小さく肩を竦めて見せた。
(「ずぅっとへタレなのはポーズだと思っていたのだけれど、本物だったのね‥‥‥でも頑張ったからちゃんと約束は果たすわね♪」)
手の掛かる子ほど可愛いものだ。微笑を浮かべ、シェリルが清の手を引く。
「さ、キヨシ君。今日は二人で楽しみましょうね。うふふ。大人のデートよ♪」
「‥‥私も遊びたいですわ」
そんな二人がアトゥイには羨ましそうだが、暫定村長としてはやるべき仕事も多いので辛い所だ。
一方で竹之屋の店員達も金山店オープンの宣伝に出張ってきている。
「いよいよ竹之屋の正式オープンです。ぜひ遊びに来て下さいね♪」
お手伝いの結城夕貴(ea9916)と共に、香月八雲が看板を手に可愛らしい制服姿で会場中へ張り紙をして回る。ミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)も新作のハーブクッキーを手に愛想を振りまいている。
「美味しいお茶に美味しいお菓子が待ってるよっ♪」
そこへ露天を見て回っていた山岡忠臣が声をかけた。
「頑張ってんな。俺様は村祭りの役員で店は手伝えないけど、成功を願ってんぜ」
それに八雲は幸せそうな照れ笑いを浮かべた。
「朱さんの晴れ舞台なのですから、沢山の人に見て貰いたいですし!」
会場は随分な人出だ。この分なら竹之屋の客足も上場だろう。当然治安の面も気になる所だが、そこは華僑自警団が目を光らせている。
普段はそれぞれの正業に忙しくしている団員もこの日ばかりは総出の出動だ。
「祭りの喧騒に紛れて悪事を働こうなどという不届き者に容赦する必要もない」
白の提案で臨時の増員も行われ、特に賑わうであろうと思われる華僑商人達の出店の立ち並ぶ区画を中心に警邏が行われている。その徹底振りには、太田自警団のロックハート・トキワも舌を巻くばかりだ。
「金井の連中は随分仕事熱心なことだ。ま、俺は非番だし適当に出店でも見て周るかな。なになに‥‥開運キヨシ君人形?」
お一つどうですか、とシャーリー。
「これを持っているだけで無病息災立身出世、家に飾れば家内安全、先の野盗討伐に参加した人達で、無傷で帰って来た人の実に7割がこの人形を持っていたという実績付き」
「コレ。‥‥すさまじく胡散臭い気がするのは気のせいか?」
特別にあつらえた金箔貼りの『逆転チャンスのスーパーキヨシ君人形』が見物客の目を引いている。ちゃっかり嵐も一体買わされてしまっていたりしたが。
「こういう出店では多少無駄遣いするくらいが丁度いい。こんなにのんびりと時を過ごすのは久方ぶりな気がするな。うむ。たまには良いだろう」
さて、祭り会場ではそろそろペットコンクールが始まる頃合だ。真砂がミキの手を引いて会場へと向かう。
「ミキちゃんも審査員で出るんだよね。じゃあ僕も見にいってみようかな♪」
「‥‥ペットコンクールか」
見物に来ていた菊川旭(ea9032)がふと会場の傍で足を止めた。
「兄が留守にしてる間金山の情勢は気にしておいてくれと言われてることだし、祭り見物のついででやってきた見たが。せっかくだし参加してみるのもいいかもしれないな」
コンクール会場は中央の特設ステージだ。
舞台では審査員の紹介が終わり、司会のアトゥイが諸注意を簡単に説明している所だ。出場者は各自舞台で観客にアピールを行い、審査員からの得点で優勝者が決まる。制限時間はミキに飽きられるまでだ。
「優勝は審査員の方々の嗜好に左右されますが、恨まないで下さいね? 尚、頭部を破壊された場合は失格となります‥‥え?これは誰が書いたのかしら?」
アトゥイのおとぼけに会場からクスクスと笑いが漏れる。
「という訳で、トップを切るのは天堂朔耶(eb5534)さんと愛犬の総司朗さんですわ」
「目指すは優勝だよー♪」
袖から元気よく駆け出してきたのは一人と一匹。
「総司朗は、今年の夏祭りの時にお兄ちゃんが貰ってきてくれたんです。だから、まだ数ヶ月しか一緒に居ないんですけど、とーっても仲良しなんですよ。ねー、総司朗?」
「わん♪」
お座りしてぱたぱたと尻尾を振るお利口さんの総司朗。
「まだ子供だから、芸とかはあんまり出来ないんですけど、『待て』は得意なんですよ♪ 総司朗、待て!」
とはいうものの。総司朗は餌をぱくついている。
「あ、あはは♪もう、食いしん坊なんだからー。誰に似ちゃったのかなー?」
きょとんとした総司朗が飼い主を見つめてワント鳴くと、会場からどっと笑い声が起こった。
「あらあら食いしん坊の総司朗さんは似た者同士さんなんですわね」
「元気で健康ってことですしいいことですよね♪ それに、お仕事で忙しいお兄ちゃんの代わりにいつも一緒に居てくれるし。‥‥ありがとうね、総司朗♪」
ぎゅっと抱きしめると総司朗も答えて一声。
万雷の拍手に包まれながら退場する。
「とっても元気なペアでしたわね、審査委員の重一おじいちゃん」
「愉快なお嬢さんじゃの。食いしん坊じゃが元気があって宜しいな」
「そんな食いしん坊さんへは本日開店の竹之屋がおすすめだぜ」
舞台袖ではちゃっかり忠臣が宣伝しながら、『戦馬・魁』と書いた看板を立てた。
朔耶と入れ替わりに現れたのは愛馬魁に跨ったテラー・アスモレス(eb3668)だ。
「我は征騎魔都覇王‥‥金山を我が闇の底にて永久に支配してくれよう」
黒いマントの下には悪の帝王風にアレンジした防寒具。
と、今度は忠臣が「忍犬・斬鉄」の看板を掲げる。
それを合図に舞台袖から宙返りして斬鉄が登場だ。激しく吼える斬鉄。義侠塾の塾章入りの鉢巻や襷のその姿へ、テラーが馬を下りて立ち向かう。
「やはり我に仇なすか、宿敵・斬鉄よ‥‥良かろう、貴様を血の祝祭の最初の贄とせん」
固唾を飲んで見守る観客。
舞台では激しい殺陣が演じられる。押される斬鉄。
「大変ですわ、皆さんで斬鉄さんを応援しませんと!」
アトゥイの呼びかけで観客からも応援の声。
刹那。斬鉄の一閃が駆け抜けた。
テラーは瞬く間に褌一丁に。
「どうとでもするが良い‥‥」
がっくりと膝をついたテラー。だがその頭へ肩前足を乗せた斬鉄はそっと額を撫でた。
「許すというのか‥ふ、その器の大きさ‥‥完敗だ」
――金山はまたひとつ平和になったのだった。
ここで忠臣のナレーションが演目を締め括ると会場から拍手が巻き起こった。
「素晴らしい演技でしたわ。もう一度拍手を!」
審査員席では由良や太巌親分の反応も上々だ。続いて、同じく義侠塾から出場の久方歳三が舞台へ上がり、闘狂琥密苦翔(とうきょうこみっくしょー)。かつて古の高名な拳法家がペットの蛇と人形の蛇を操り、3つの壷の中から次々と蛇を繰り出し人々を楽しませたという(太公望書院館『ジャパンの伝統芸能』)。
「亡くなられたショ○ン猪狩さんに哀悼の意を込めて‥‥棲寝威苦華悶(れっどすねいくかもん)!」
嵐も義侠塾の同輩後輩の雄姿を頼もしそうに観戦している。
「久方もまた腕をあげたな。同じ形意拳を使う俺も負けてはおれんな‥‥」
いよいよ最後の演者の番となった。
鷹の山桜桃(ゆすら)と熊犬の磯馴(そなれ)を連れて現れたのは飛び入り参加の旭。
「山桜桃ちゃんと磯馴ちゃんは、今日はどんな技を披露してくれんですの?」
それに、旭は持っていた手拭を丸めて見せる。
「いくぞ、山桜桃、磯馴‥‥いいな?」
手拭いを両足で掴んだ山桜桃がふわりと舞い上がる。そうして上空で手拭を落とすと、待ち構えた磯馴が鮮やかにジャンプキャッチ。
「お見事ですわ」
「よぉしよくやっ‥‥あ、山桜桃!戻ってきていいぞ!」
山桜桃も磯馴も、大勢の観客を前に堂々としたものだ。景大人からも拍手があがる。
「一番緊張してるのは俺かひょっとして。‥‥えーっと、じゃあ、最後に手拭い綱引きでも」
解いた手拭いを一匹と一頭の足へ結び、いざ勝負!‥‥の筈が、磯馴が引いて走ると犬の凧揚げのような絵になってしまう。これには旭も照れ笑い。
「まあ、そこはご愛嬌ということで」
「以上、4名の出場者の素敵な演技でしたわ。もう一度、皆さんに盛大な拍手を!」
こうして全ての演技が終わり、表彰式。
「栄えある第一回キヨシ村ペットコンテストの優勝者を清さんから発表しますわ」
「それじゃあ行くっぜ! 優勝は、元気な演技で会場を沸かせてくれた朔耶と総司朗のペアだっぜ」
「みんな、応援してくれてありがとう♪ 飼い主共々まだまだ未熟ですけど、一緒にいっぱい修行して、ジャパン一の忍者と忍犬を目指してがんばりまーす☆」
「わん♪」
朔耶に続いて総・司朗も前足を上げてご挨拶。
「おめでとうですわ」
朔耶へは副賞として、金井宿のお宿『歓楽街』の特別優待券と、竹之屋金山店のお食事券が送られることとなった。
そうして数日に渡って行われた村祭りのフィナーレは神輿の奉納によって飾られた。
クリスとサランの二人も見物に訪れている。
白い頬を朱に染めながらサランが上目遣いにクリスを見上げた。
「その、お願いしたい事があるの。腕を組んでも良いかしら‥‥?」
それにクリスがそっと肘を曲げて促した。そっと寄り添った二人は、人込みへと分け入っていく。
真砂も様子を覗きに来ているようだ。
「あの悪趣‥‥もといド派手なお神輿がどうなるやら」
原色で鮮やかに彩色された神輿の上では清が扇子に仕込んだカンペを見ながら檄を飛ばして義勇兵を募っている。
「京都では戦が起きて、上州も戦火に巻き込まれるかもしれないんだっぜ! こうなったら如何にこの松本清の天賦の才、鬼神の如き強さがあっても体一つでは苦しいっぜ! だから松本軍に入って金山を護るんだっぜ!」
「清さん、素敵ですわ♪」
「アトゥイちゃん! 見てるかっぜー?」
手を振るアトゥイに見とれた清が調子に乗って落っこちそうになるというハプニングはあったものの、無事に奉納は執り行われた。神社に立ち寄って座禅を組んでいた嵐もその様を目にし、祭りの華やいだ空気を存分に楽しんだようだ。
たまの休日。一休みをして今一度、己と向かい。見えて来たものもある。
「惨号生となるこれからは、これまで以上に精進が必要となる事だろう。うむ、先のことを考えていたら、黙ってはいられなくなるな」
更なる教練に気持ちを逸らせながら嵐がそこを後にする。
境内ではサランが御神籤の列に並んでいる。
「欧州でも願いを成就させる魔法は沢山あるけれど、ジャパンの御呪いもとても楽しみ」
――まじない。
その字がもう一つの意味を持つことにふと思い当たり、何かひっかかりを感じたサランがその整った眉を歪めた。それは浮かんだそばから掻き消えてしまうような微かな違和。
「サラン嬢、どうかしたかな」
「いいえ、何でもないわ。行きましょう?」
一方のトキワはというと、金井をふらりと流していたがそろそろ飽きて太田宿へ引き返したようだ。
村では旭がペット達を連れて頑張ったご褒美にと出店を探して回っている。奉納が終わり、そろそろ店仕舞いになる所も増えてきた。忠臣がお千と祭りへ繰り出したのは、漸く仕事から解放されたそんな頃合だ。
「終わる間際ってのも風情があってオツなもんさ」
まだ騒ぎ足りないものが舞台周辺で酒盛りをし、アトゥイも口琴「レラ」で故郷の唄を奏でている。
それを耳にしながら、忠臣が懐からペンダントを取り出した。
「梅花をあしらったもんなんだが、お千ちゃんの誕生花ってヤツだ。花言葉は澄んだ心‥‥お千ちゃんにピッタリさ」
ここで斜め45度の決め顔で笑顔。
「気にいってくれっと嬉しいぜ」
「あ、ありがとうございます‥」
気恥ずかしそうにしながらも素直に受け取るとと、お千がさっそく首にかけて見せた。
見詰め合う二人。
どちらともなく手を繋ぐと、二人の背中が喧騒の中へと消えていった。
こうして祭りは終わった。
その帰途、嵐は息を切らして金山を走っている。
「悪鬼殺済ぼけ等と思われたくはないからな。一時の休息は終わりだ」
心身ともに充分。
惨号生筆頭の席は重大だが、覚悟はもとよりついているのだ。
「どんな試練とて、越えてみせよう」