●リプレイ本文
「なんだ手前は、ガキィ!誰が帰って来ただと!?」
「三下じゃ話にならねぇ。十年経って、俺の顔だけじゃなく先代への恩義までも忘れやがったか?」
「ま、まさか‥‥いやそんな筈は‥」
「そうさ、すぐに野郎へ伝えな。先代の残した一粒種が、今宵、跡目を継ぎに帰って来たぜってなァッ!」
「ああ、それも、最高に凶悪なオマケ付きだ」
夜十字信人(ea3094)の斬撃が大輪の血華を咲かせた。
三下が一人、腹を切られてその場でもんどりうつ。
場を包む空気が一変した。
「場末の侠客風情がそういきがるな。教えてやろう‥‥悪の、格の違いというものをな」
返り血を浴びてまだらになった白鉢巻を信人が片手で締める。
傍らのアラン・ハリファックス(ea4295)が夜空を見上げた。
「良い月だな‥‥良い夜だ」
「寺根組、お前らの悪行も今日が最後だ! 行こうぜ、増田」
佐竹康利(ea6142)の大音声が屋敷を奮わせる。
気圧された寺根組の若い衆を睨みつけながら依頼人が門を潜り、その後へ結城友矩(ea2046)がその身に薔薇色の闘気を宿しながら続く。
「まだ若いが、仇討ちとは天晴れな心掛けでござる。その熱き思いに拙者感動いたしたでござる。此処は一肌脱ぐでござる」
「取り立て屋のお出ましだ! カタは手前ェ等の命のみ! 充分生き飽きた奴だけ支払いに来やがれ!」
玄関口の戸板を風羽真(ea0270)が蹴破った。それを合図に、依頼人を先頭にして一行は屋敷へとなだれ込んだ。
屋敷の中には、寺根一家の侠客達30名ほどが待ち受ける。
狙いは、親分の首一つ。
「意気込みだけで事を成そうとは‥‥無謀だが、そう言うのは俺は嫌いではない」
行く手を阻む侠客を、陸堂明士郎(eb0712)が先駆けとなって斬り伏せていく。信人も脇に並んで斬り込んでいく。
「明士朗、お前と肩を並べる日を、少しは楽しみにしていたぞ‥‥!」
「戦場において、信頼できる漢は何よりも得がたい。それが夜十字殿なら、これ以上に頼もしいことはないな」
(「親友であり戦友‥‥何より、好敵手。自分も負けてはおれん!」)
陸堂の目の前で、待ち受けた数人の侠客へ向けて信人が剣圧の一撃を放った。だが室内は狭い。大技は思うようには決まらない。危うく隙を突かれ様とした所を、脇に控えていたアランが攻撃を阻んだ。
「気をつけろ、信人。詰まらん怪我で俺に余計な手間を掛けさせるなよ?」
手練3人が1組となって動けば、ヤクザ達も迂闊には手を出せない。
「‥‥こ、この異人風情が!」
「邪魔だ」
激昂して襲い掛かるヤクザを紙一重で躱わし、すれ違い様の敵の胸へ刀を深々とうずめる。鮮やかな手際に信人も思わず舌を巻いた。
「アラン、そういえば妹が世話になっていたな。後で一杯奢ってやる」
「忘れるなよ。それも飛び切り上等な酒を頼むぜ!」
「その話、自分も一口乗らせてもらおう。だが、まずは五体無事に屋敷を出てからだな」
陸堂の刃が、侠客の一人を突き殺した。侠客の体を蹴倒して刀を抜き、滴る返り血を拭いもせずに次の獲物と切りかかる。
同じ頃、裏口。
「さて、カチコミだ!」
表の騒ぎの音を耳にし、氷川玲(ea2988)が腕まくりをしながら路地から姿を表せた。助走をつけて通りを走り、塀へ飛び乗って瞬く間に内側へと。拳打の音と同時にくぐもった悲鳴が続けて二つ聞こえた後、勝手口の扉が静かに内側から開かれた。
顔を出した玲が、物陰に隠れていた壬生天矢(ea0841)を手招きする。イキイキとしたその顔を目に、天矢は苦笑いをしながらも屋敷へと踏み入った。
(「こういう荒事になると、どうしてまああんなに活気付くもんかね」)
そんな思いは知らずにか、玲は気が逸る様子で天矢を急かす。
「さて、裏口は押さえた。後は挟み撃ちだ」
戸は天矢が縄で固く縛った。忍犬を見張りに立てたし、他にも仲間達が屋敷の外から見張りに付いてくれている。猫の子一匹逃がしはしない。
屋敷からは行灯の明りが漏れているが、視界は満足には利くまい。仲間には白鉢巻を目印にと言ってある。それをつけていない者は皆すべて敵だ。玲が鉢巻を締めて天矢を振り返った。
「大立ち回りと行こうか。鬼道が玲、暴れさせて貰うぜ」
「同じく隻眼の若獅子。どこまでもお供しますぜ、若!」
(「と任侠風を習ってみたはいいが、やっぱ、俺には似合わねぇ‥‥」)
駆け出した玲の背を追って、苦笑交じりの天矢が勝手口から屋敷へ踏み込んだ。
屋敷のあちこちで剣撃を交わす鋭い音が立っている。行灯は倒れ、視界は利かない。屋敷は混戦の様相を呈し始めている。真は康利と背中合わせになりながら、玄関付近の敵を相手にしていた。
「はっはっは、久々に暴れられそうな依頼だな。ここ最近平穏過ぎて体が鈍っちまいそうだったが‥‥まぁ、一人頭三人叩っ斬りゃいいんだ。楽勝だな」
真の二刀が敵を蹴散らし、康利の木刀が力強い唸りをあげて空を切る。
「余計な殺生はしたかぁねえが、打ち所が悪かったら知らねえぜ!おらおらおらぁ!死にたくねぇ奴はどけぇ!」
乱戦だが力量は圧倒的にこちらが上だ。手数と力に任せて、雑魚どもを次々に蹴散らしていく。打ちもらした者も、そのまま逃がしはしない。真闇を一筋、薔薇色の光が切り裂いた。
「乱戦、それも多勢に無勢とはいえ、問題はござらぬな」
友矩が小太刀の大振りで、打ちもらしを確実に屠っていく。場末のヤクザ風情にもはや打つ手はない。かといって、捨て鉢になって飛び込んでこようものなら、友矩の思う壺だ。狙い済ました左拳が、得物ごと敵を粉砕する。
屋敷の見取り図は仲間の忍者の手を介して事前に手に入れてある。真達の狙いはあくまで陽動。雑魚をひきつけ、信人達が親玉を打つ。
襲い掛かってくる博徒の剣撃を払い、時には組み付いて刀を奪いながらの応戦を見せる。アランも蹴りから不意打ちまで使った泥臭いが強かな闘いを演じてみせる。多勢を相手取って、陸堂達といえど囲まれることは避けられない。だがこれぐらいの修羅場は幾度となく潜り抜けてきた。降りかかる剣撃を刀で受け止め、背後から迫る敵へは裏拳の一薙ぎ。正面の相手には、鍔迫り合いの最中にすかさず足蹴を食らわす。
「これぞ陸奥流‥‥!」
追い討ちは胴への強烈な横薙ぎ。敵は慌てて飛び退こうとしたが、その爪先を陸堂が踏み抜いた。その時には遅い。悔恨の表情を浮かべたまま、首から上は畳を転がった。
「‥‥寄らば斬る!死にたい奴は前に出ろ!」
一行が屋敷へ踏み込んで半時。
仲間達へも疲労の色が見え始めた。陸堂達の後ろには、黒崎流(eb0833)が付き従っている。三方を囲まれるのは已む無しといえ、後背を突かれれば彼らとはいえ苦戦は必至。依頼人の増田にだけは万が一のことがあってはいけない。滾る闘気を静かにその身に抑え込みながら、流は油断なく戦場を窺った。
「地の利、人の利、どちらも敵方にある。勢いがあるうちに押し込めるだけ押し込んでしまいたいね」
そのための障害は、敵が抱える用心棒。
玄関口で戦う真達へは二人の用心棒が立ちはだかっている。真と康利がそれぞれ一人を相手取り、残りの雑魚を引き受けた友矩は囲まれて劣勢に立たされている。
その時だ。
敵の後背を突いて氷川が雑魚へ襲い掛かった。鳩尾への強烈な拳打の後、崩れた所に頚椎へ肘打ちを叩き下ろす。降りかかる刃も難なく見切って躱わし、懐に潜り込んで立ち回る。
玲に気を取られた所へ、今度は天矢が剣撃を見舞う。
「こっちも忘れてもらっちゃ困る」
屋内戦では柱や梁、下手に刃を引っ掛けて動きを止めれば命取りだ。
大振りは自然となくなり、突きを主軸とした攻撃が組み立てられていく。
「示現の技は思うようには振るえないが‥‥ま、雑魚の露払いにはこれくらいで十分だろう」
後の先を取っての鮮やかな切り返しで瞬く間に数人。得物の姫切が雑魚の血を吸って小さく震えた。懐から取りだした薬瓶を一口あおると、玲へ残りを放って寄越す。
「玲!」
「天矢、助かる。ものはついでだ、あっちの活きのよさそうのも喰っちまおうぜ」
飲み干した瓶を打ち捨てて玲が用心棒へと飛び掛る。木刀で応戦していた康利が、入れ替わりに飛びのいて間合いを空ける。
「助かったぜ、玲、天矢!」
体を入れ替えながら、目の前の相手は玲達に任せて脇で戦う真の横へ。
これで二対一。勝敗は決した。
「真、俺が盾になる。止めは頼んだぜ!」
「任された!」
斬撃を康利が盾となって阻む。その一瞬の隙だけで真には十分だ。真が懐へ飛び込む。用心棒は咄嗟に刀を引き戻すが、この間合いでは真の脇差の方が早い。
「まずは一人!」
「こちらも片付けたでござる。狙うは親玉の首一つ、先を急ぐと致そう」
周りの雑魚は友矩が確実に止め、残る用心棒へは鬼道衆の二人が相手だ。天矢が姫切を腰溜めに構え、重心を落として深く構えを取った。
「少しは腕が立つようだな。ならば見せてやろう天壬示現流――覇凰の技を」
「鬼道が玲、てめぇらに恨みはねぇが壊させてもらう。悪く思うな」
手下の大半は斬られ、或いは逃亡し、残るは寺根の親分と用心棒が一人。
流が見た所、勝敗の行方はほぼ決したように思える。
「‥‥という訳なんだが」
まだ屋敷に残っていた三下の一人へ刀の切っ先を向けて対峙する。
「そろそろ厄介事は終わりにしたいんだ。親分の居所を教えて貰えるかな。物分りがよくいてくれると、こちらの手間が省けるんだけどね」
声音は穏やかだが、瞳は有無を言わさない。
男は見るからに百姓あがりのチンピラ風。流はふと表情を緩め、刀を鞘に収めた。
「もっとマシな生き方をして‥‥長生きした方が良いと思うよ」
「‥‥奥だ、向こうの部屋にいる筈だ」
同じ頃。
襖を蹴り飛ばして、友矩が奥の間へ踏み込んだ。
数人の手下を従え、親分と最後の用心棒の姿。
「居たぞー!!」
「組長だ!!」
康利も声を張り上げる。屋敷中へ響き渡るような大声に呼ばれ、すぐに仲間達が駆けつけてきた。
「今宵、十年間の無念晴らすでござる。我らが助太刀いたす」
友矩に促され、増田がすらりと剣を抜いた。隣に並んだ康利が依頼人へ不敵な笑みを向ける。
「仇ってのは自分で討ってこそだ。増田、存分に戦って来い。後の事は俺らが何とかしてやる」
「それじゃあ、そこの目つきの悪い野郎は俺が遊び相手になってやろうか」
取り巻きは康利達へ任せ、アランは用心棒を相手と見定める。
「信人、明士郎。こいつは誰の獲物になるんだ? 3人で山分けも一興だがな」
アランが直刀の血糊を払った。それが、合図となった。
十年に及ぶ雪辱の戦い。
月は天中でその行方を見守り、遂に裁きの時が訪れる。剣撃十数合。依頼人の刀が、寺根の親分の腹を横一文字に切り裂いた。
もう一つの戦いも決着を迎えた。
「楽しい!ここまで楽しい戦いは久し振りだ!!ならば全攻手段を以ってお前と対峙する!」
最後を守るだけあって、敵は相当な手練。流石のアランも無傷とはいかない。
不意に、羽織っていたローブをアランが投げつけた。
だが用心棒に動揺は見られない。すぐさま、視界を塞ぐローブごとアランを切り伏せんと袈裟の一撃を黒布へ見舞う。
「馬鹿が、こんな子供だましに‥‥!」
だが刀は空を切る。切り裂いた布地の向こう。そこへ一歩退いて、アランが待ち構えている。剣撃一閃。今宵の決着は、唐突にその幕を下ろした。
こうして、討ち入りの一夜は終わった。
煙管片手に真が心底うまそうに煙を吐き出す。
「暴れた後の煙草はまた格別だねぇ」
「実に見事でござった。男の本懐を遂げ、晴れ晴れしい気持に御座ろう」
友矩に讃えられ、増田はまんざらでもない様子だ。
その後ろでは信人が陸堂と血糊を落としている。
「‥‥屋敷では助けられたな。約束だ。明士朗、お前にも奢らせて貰おう」
「夜十字殿の背中は自分が守る。それが以前交わした約束でもあるのでな」
「それより、奢りの約束は忘れてないだろうな。あぁそうだ、言い忘れていたぞ信人。妾の件‥‥割と真面目に考えてとこうか?」
ニヤリと笑うアラン。それに肩を竦めて返しながら、信人もまた帰路へ着く。不意に、思い出したように彼は増田を振り返った。
「そのうち、子分の誰かが、俺やお前に仇討ちに来るかも知れんな? 因果応報と言うのも、また一興だろ? なあ?」