●リプレイ本文
白井鈴(ea4026)が見たのは、里に広がる一面の銀世界。
「頑張って立派な雪像を作るぞ〜!!」
駆け出した鈴の後を追って、愛犬の龍丸がまっさらな雪原に足跡を踏み出した。鈴たちの吐く息も白く煙っている。目をまん丸にしたアゲハ・キサラギ(ea1011)が興奮した声を上げた。
「‥‥寒いけど、雪って大好きー!」
雪原に3つ目の足跡が楽しげに加わると、レラ(eb5002)が北の故郷を思い出したのか少しだけ眼差しを遠くする。
「雪像ですか〜。昔はよく姉様と一緒に作ってましたっけ〜」
祭りを目前に控えた村社の参道にはコンテストのために用意された石組みの台座が並んでいる。ここで彼らは4日間に渡り、雪像製作に取り掛かるのだ。澤田桔梗(ec0804)が恋人の瀬崎鐶(ec0097)と二人で台座の一つの前へ陣取った。
「ほな、初共同作業といこか‥‥」
「‥‥うん、梗ちゃん」
「お二人も参加者の方ですか? 私もどなたかお誘いすれば良かったかしら。水の志士、高川恵(ea0691)と申します。よろしくお願いいたしますね」
境内へ集まった参加者たちへ恵は丁寧に挨拶回りをしているようだ。そこへシャオヤンこと陽小娘(eb2975)とアルディナル・カーレス(eb2658)の二人も姿を見せた。
「雪像コンテストか!親衛隊の腕の見せ所だねっ!」
「ええ。舞姫親衛隊として、どこに出しても恥ずかしくない立派な像を作りましょう」
境内で鈴と一緒になってはしゃぐアゲハへアルディナルが視線を向ける。と、そこで漸く、荷物を載せた馬を引いたクーリア・デルファ(eb2244)が二人へ追いついた。
「さて、準備に取り掛かろうか」
彼らはチームを組んで大掛かりな雪像を作ろうという冒険者達。長期戦とあって、境内へテントを持ち込んで泊り込みで作業する意気込みだ。
戻ってきたアゲハが、ふと思い出したように仲間達を横睨みにする。
「‥‥微妙に親衛隊員に囲まれてるような気がするけど‥‥だ、誰かの差し金‥?」
アゲハのじと目を躱わしながら、アルディナルがぎこちなく白を切ってみせる。
(「舞姫殿を陰ながらお守りすることは勿論、他の皆様にもご迷惑をおかけしないように。筆頭の厳命ですからね」)
(「京都の副長さんからもきつく言われて来たし‥‥副長さん怒らせたら『下僕』だからね」)
小さく身震いするとシャオヤン。そんな二人をよそに、クーリアが工房から運び込んだ道具を下ろしていく。
「時間がない。さっそく取り掛かろう」
「だねー♪皆があっと驚くような、スゴい雪像を作る!」
4日間の期間で全ての工程を終えるのはなかなかにハードだ。
レラは早速作業に取り掛かっている。時間を見て手伝いに来た仲間と二人で雪をかき集め始めた。北国生まれだけあって随分と手馴れたものだ。
桔梗と鐶も作業に取り掛かった。
鐶が雪へスコップを突き入れて柔らかくなった所を、今度は桔梗が手際よく掬って積み上げていく。
「梗ちゃんとの初、共同制作だね」
「せやな。二人の記念になるような立派なもんを作りたいな」
隣ではまるごとわんこを着込んだ鈴が小さな体で悪戦苦闘している。
見かねたクーリアが手を差し伸べた。
「苦戦しているようだな。どれ、代わってみよう」
木板を筒状の方に組んだものを藁縄で縛り、水を掛けて締め固める。そこへ雪を詰め込んで踏み固めると雪のブロックの出来上がりだ。大まかな造詣はこれを積んで作りあげるのだ。
「わあ‥‥ありがとうお姉ちゃん♪」
「雪像作りは初めてだけど、作り手としては新鮮だな。腕試しのつもりで楽しませて貰おう」
「なるほど、そうやって作るんですね。勉強になります」
横で見ていた恵も興味深そうに一頻り頷くと、クーリアに習って下地作りを始めた。
「ちょっと寒いですけど、無理せずやっていきたいですね」
「その意気だ。さて、あたいらも負けてられないね」
舞姫親衛隊チームはクーリアが指揮を執っての製作になる。
「なんだかボクの雪像を作ってくれるみたいだけど‥‥ちゃんと可愛く作ってよねー?」
「アゲハさんの意見もお聞きして細かい箇所まで丁寧に作りたいですね。例えば胸を大きめにとか‥‥げふんげふん‥‥」
「何が大きめだって?」
と、シャオヤン。
「ふ〜ん、副長さんに言いつけちゃおうかなあ? カーレスさんは『副長付き御遊戯役見習い』だって聞いたけど? 下僕の中の下僕、親衛隊の最末席じゃないの?」
鉄扇片手ににじり寄るシャオヤンにアルディナルはたじたじだ。そんな二人をよそに、当のアゲハは雪像の構想に夢中になっている。
「んっと、全体的にバランス良く、顔は小さめでー‥‥」
延々と続く注文へクーリアだけが熱心に耳を傾けている。隣で作業していたレラは、完成図を描いていた絵筆の手を止めて思わずくすりと笑みを零した。
「向こうは随分手が込んでるみたいですね」
雪はあらかた積み上げた。夜間の冷え込みを利用してこのまま固めてしまい、そこから彫刻の要領で削り出す作戦だ。
「まぁ、優勝は無理でしょうけど、一生懸命作ります〜☆」
鐶と桔梗の二人も一段落したようだ。桔梗がようやく腰ほどの高さまで雪を積み上げると、鐶がスコップで押し固めて形を整えていく。鈴も何とかブロックを積み終えたようだ。雪塊をぽんぽんと叩いて、具合を確かめる。
「これくらいの大きさだったら僕でも乗っかれるかな?」
作業は翌日も続けられた。
泊まり込みで臨んだ親衛隊は、早朝からさっそく作業に入っている。木製の心棒を使いながら組み立てたブロックを削りながら、形を整えていく。細かい部分は水で表面を溶かしてから、シャーベット状に再び凍らせて溶接する。
「石工の技は習い始めたばかりだが、なかなか役立つものだな」
「アゲハさんの素晴らしさと明るさが滲み出るような美しい雪像に仕上げたいですね」
アルディナルは竹ヘラと刷毛を手に、これから細部の造詣に取り掛かる所だ。技術が伴わない部分は情熱でカバー!と頑張っているようだが、なかなか苦戦している様子だ。午後になると、他のチームも大まかな造詣が出来上がってきた。鐶と桔梗の二人もスコップで雪と格闘してたが、漸く形が見えてきた。
「こないな感じでええやろか」
「うん。番いの猫さんだね」
寄り添うように座る、二匹の猫。
雄と雌の番だ。
「うちらもこないな風に仲がええ夫婦になれるように願掛けもかねてるさかいなぁ」
一方でレラの雪像はもうあらかた出来上がりつつある。
「あまり細かい物はできなかったですけど、一生懸命作りましたよ〜☆ でも、ちょっと簡単すぎたでしょうかね?」
「あら、レラさんもうさぎさんの像を?」
恵がそれを見て驚いた声を上げた。
二人が作ったのは、いずれも雪うさぎ。思わず二人は顔を見合わせて笑いあった。
「こんなこともあるんですね。奇遇ですね〜☆」
「うさぎさんは可愛らしくて大好きなんです。私の所は、うさぎさんの親子をと。うさぎさんで家族をイメージしてみました」
まだ形にはなってこそいないが、完成すれば、お母さんうさぎに群れる子うさぎたち、その様子を少し高い所から見守るお父さんうさぎといった按配になる筈だ。
舞姫チームを除いて、雪像は皆動物をモチーフにしているようだ。鈴も愛犬の龍丸をモデルに犬の雪像を作っている。
「龍丸、凛々しくてカッコイイ感じになるように作ってあげるね」
犬の着ぐるみ姿のちびっ子が、犬と一緒に犬の雪像を作る光景は何とも微笑ましい。白い息を吐いて主に付き従う龍丸へ、鈴が笑いかけた。
「寒いけど、一生懸命頑張るろうね。ほら、こうやって体を動かしてれば温かくなるよ」
「それもいいけど、どうせならこれで芯から温まるっていうのはどうだろうー?」
と、温かい汁物の椀を差し出したのはアゲハ。
「困ったときはお互い様だからねー♪」
「あったかい物食べてがんばろ!」
シャオヤンも一緒になって皆へ椀を配っていく。村で台所を借りて二人して作ったのだ。恵も魔法で新鮮な水を提供したりと、そうやって参加者同士で励ましあいながら製作は続いた。
そして四日目の昼。
いよいよ追い込みだ。鐶と桔梗の二人は、難しい尻尾の造詣を終えて、これから仕上げに取り掛かる。
「梗ちゃん、言われたもの集めてきたよ」
「ほな、仕上げに入ろうかたま」
枯れ枝や枯れ葉を使って目や髭を再現していく。納得のいく表情が出来るまで何度もやり直しながらの作業だ。
舞姫チームも仕上げに取り掛かっている。ヘラと刷毛で再現した柔らかな曲線の上から、アルディナルが竹串で細部を整えていく。
「ビューティー・オブ・ジ・アース二年連続ジャパン代表の方ですから、その名に負けない造りにしなくては」
鈴は一足先に像を完成させている。
今はというと、境内の隅でアゲハと二人で何やら遊びの最中のようだ。
アゲハが持って来たスカーフに雪を詰めて絞ると、固い雪玉の出来上がりだ。目を輝かせた鈴へ、アゲハが得意げな顔を作る。二人は顔を見合わせた。
出来上がった雪玉を二つ重ねて雪だるまにすると、雪を掬って達磨の頭に耳をつけて‥‥。
「これで‥‥にゃんこだるまの完成!」
葉っぱと小枝で表情を作ると、鈴も負けじとにゃんこだるま作りを始める。
恵の雪うさぎも漸く完成だ。
ちょうど真ん中にお母さんうさぎ、寄り添う子うさぎたち。その後ろにはこんもりと雪を盛って作った丘の上に、家族を見守るお父さんうさぎ。赤い目は、レラの助言で南天の実で表現した。耳は葉っぱだ。
当のレラはというと、もう一つフクロウの像を作っている。
「昔近くの森に住んでた主みたいなフクロウさん‥‥大きくて立派でしね。本当は羽を広げた状態がいいんですけど、今回はこれでよしとしましょう」
いよいよ明日は村祭り。
鐶が村で貰ってきた夕食を手に、桔梗の元へと駆け戻ってきた。出来上がったばかりの像の横に二人で毛布に包まりながら、明日のコンテストの成功を祈る。ふと、鐶が桔梗の頭をそっと撫ぜた。
「‥‥年取っても一緒だよ」
それに任せたままにしながら、桔梗が微笑む
「たまが笑顔でいてくれたらそれでええよ。うちは裕福でも特別美形なわけやないけど、それでもたまが好きやから幸せにしてあげたいんや‥‥」
それに鐶は不意に居住まいを正すと、江戸を発つ時にそうしたように三つ指をついて桔梗へ頭を下げた。
「‥‥不束者だけど、よろしく」
舞姫チームの雪像が完成したのはもう日も暮れてからのことだ。素人ながら、かなりの出来栄えになったようだ。アルディナルが誇らしげに
「タイトルは、『翡翠の舞姫』ではいかがでしょう?」
恵も魔法を使いながら水を掛けて手拭で磨き、最後まで仕上げに余念がない。
そして、4日目の夜が明けた。
祭当日。
噂が人を呼び、祭りは盛況。境内には出店も立ち並び、なかなかの人出だ。
シャオヤンが出店を覗きながら様子を窺う。
「兄ちゃんこれちょうだい。そうそう、この近くに有名な舞姫様がいるんだって。拝めば願い事が叶うってよ。舞姫様に会うと幸せになれるんだって」
「ああ、社の方は随分賑わってるみたいだぜ。是非行ってみるといい」
境内では雪祭りの催しで大勢の見物客が押し寄せている。
鐶と桔梗の二人もその列に混じって境内へ足を踏み入れる。
「緊張するなぁ‥‥優勝できなくても作った過程が大事やさかい。でも優勝はしてみたいなぁ」
緊張した面持ちの桔梗の手を、鐶も同じような様子でぎゅっと握っている。
二人が鳥居を潜ると。
そこに待っていたのは、思わず息を呑む光景だ。
雪の舞姫と、それを囲む動物たち。うさぎに犬に、猫、フクロウ。そして、境内のあちこちに顔を出すにゃんこだるまの姿。
「姫さん、ずいぶんいっぱい作ったんだねー」
「だって、いっぱい並んだほうが少しは華やかでしょー?」
「それもそうだな。あたいも一つ、自分の作品でも作ってみるとしよう」
趣向を凝らした雪像は期せずして調和を見せている。
雪の舞姫が動物たちと戯れる姿は、それ自体が既に一つの作品のようだ。
「‥‥優勝作品は、該当無し、ですか?」
「えぇー‥‥! 絶対優勝できると思ってたのにーー!」
アルディナルが思わず声を裏返しながらオウム返しに言うと、アゲハも頬を膨らませて不満の声をあげる。蓋を開けてみると。雪の舞姫と動物たち、との投票が多数を占める結果となったのだ。ある意味では舞姫親衛隊の一人勝ちともいえなくはない。シャオヤンがクスリと笑みを零した。
「やっぱり、ビューティー・オブ・ジ・アースは伊達じゃなかったねー」
こうしてコンテストは盛況のうちに終わった。
どの雪像が一番かを決める事はできなかったが、祭りを盛り上げてくれた感謝の気持を込めて、賞品は冒険者全員に贈られることとなった。思わず上州金山への旅行券を手にすることになり、レラは心底驚いた様子だ。
「こうなるとは思いもしなかったですけど、面白かったです。そうだ、これから温かいお鍋か何か食べたいですね〜☆」
「それはええな。たま、うちらもご一緒させて貰おうな」
「うん、梗ちゃん」
「せっかくです。私もご一緒させてもらってもいいでしょうか。それと、この子達にも」
恵も、ももとかすみの二羽のうさぎを連れて社へと向かう。その最後に続きながら鈴が満面の笑顔を見せる。
「村の人に喜んでもらえてよかったな。みんなが頑張ったんだもんね。だから、みんなにおめでとうだね♪」