その姫は、笑わないのです。
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■ショートシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月12日〜05月17日
リプレイ公開日:2007年05月21日
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●オープニング
江戸落城の報は、瞬く間に全土に知れ渡った。
関東王たる源徳が威信を失ったことで、東国は次なる覇者を探して騒乱を深めている。この波紋はいずれ日の本全土へと及ぼう。敏い者は早くも立ち、列島各地で雌伏していた龍たちは静かに首をもたげようとしている。
民は不安に恐れおののき、悲嘆と諦観が無言の声となってが国中で渦巻いている。この国は、全身に巡った毒にもだえ、苦しんでいるのだ。動乱がどこへ向かうのか。これからどれほどの血が流されるのか。列島に割拠する群雄が織り成すそれは、有史始まって以来の巨大な動乱となろう。
これは、そんな英雄たちの物語とは無縁な、武蔵の辺縁の小さな国のお話。
小領主の国で不安におののく民草と、そして、小さな姫君のお話だ。
――冒険者ギルド、江戸。
「神聖の世から一千年が過ぎ去り、この世はいまや末法の世と仏道にいうが‥‥。民を治める我らは坊主どものように世を嘆いている訳にもいかぬのだ」
江戸に新たに舞い込んだ依頼の主は、武蔵国の外れに領地を構える小さな領主。
その国は小さかった。
地勢にもツキにも見放され、時代のうねりに翻弄される辺鄙な小国。伊達や新田、上杉に武田といった英雄達の起こした荒波になすすべもなく揉まれて悲鳴を上げているような、そんな小さな国だった。
「領民は不安におののいている。このような大戦は百年ぶりだ、民草の心を思い計れば無理もない。不安がこれ以上広まるようでは、領地を守る兵たちにまで動揺が及びかねない。領民を慰撫するため、我が領で祭りを開こうと思うのだ」
しかし政情の不安を嫌ってか、旅芸人たちもこんな武蔵の外れにまでは立ち寄らない。
そこで、折り入って江戸のギルドに依頼を出したというわけだ。
「江戸の冒険者には、歌や踊りといった芸事にも長けた者も多くいると聞く。その腕をぜひ買い上げたいのだ」
祭りは来週に迫っている。
領主の館のある高台に門を構える寺院の、その境内で一晩かけて祭りは行われる。この世相ゆえ余り派手なものを催す力はこの小国にはないが、領主一族も民の前に顔を見せ、民の心を鎮めるのだ。
冒険者が担うのは、催しの目玉。
境内に作った舞台での出し物だ。
「――なるほど、事情は分かりました。お任せ下さい、暗い世相への不安を吹き飛ばすような、立派な舞台を作り上げてみせましょう」
「頼みにしている。それから、これは別件なのだが‥‥」
と、領主。
「実は、わしには今年7つになる娘がいるのだが」
年を取ってからもうけた一人娘ということで、姫君は領主の愛情を一身に受けて大切に育てられた。領民からも愛され、心根の優しい娘へと成長したが、それが禍いしたのだ。戦の様子を伝え聞いた姫君はすっかり怯えてしまった。この戦で命を落とした多くの兵や民の心を思い、そしていま不安に揺れる領民の気持ちを思い、小さな娘は悲しみ、涙している。
「まだ幼い身空で、娘は領民の心を思って悲嘆に暮れているのだ。親として見るに絶えぬ。もう何日も前から、娘は悲しい顔で塞ぎ込んだままだ」
姫君は笑顔を失ってしまったのだ。
「民を統べるべき領主である以前に、私も人の親だ。今度の催しは、娘も出席して観覧することになっている。舞台を通じて、どうか娘の笑顔を取り戻してくれまいか。この通りだ」
●リプレイ本文
境内に無数のかがり火が浮かび、祭りの中心にある舞台をぼうっと浮かび上がらせていた。まだ肌寒さの残る5月の夜へ、民の熱気が炎とないまぜになって舞い昇っていく。
聴衆の耳目を一身に集めながら、壇上のリフィーティア・レリス(ea4927)の涼声が空を振るわせた。
「光よ‥‥。導く光よ‥‥‥」
きらびやかな衣装に身を包んだレリスが、しなやかにその手を空へ伸ばす。その指先へ、空から降った燐光が、宵空の幻のようにふわふわと気紛れに舞う。それがレリスの華奢な肢体をくるくるりと周ると、一転、矢のようにさっと舞台脇へと飛んだ。
そこには一人の少女。飛び込んだ燐光に目を瞬かせている。みすぼらしい襤褸をまとった少女は、ちらちらと舞う光へ戸惑ったような表情を浮かべている。風魔隠(eb4673)だ。くるくると飛ぶ燐光を追って隠の視線が中を彷徨っている。
ふと、光は再び風を裂いて宙を飛ぶ。
その先にはレリスが。視線が重なり合い、レリスが笑った。突如、舞台袖から陽気なリュートの旋律と笛の音が響く。レリスの唇から異国の歌が漏れると、聴衆からわっと歓声が上がった。
「あ、あたしも‥‥!」
隠が叫ぶ。
見よう見まねで我もと踊り出した。聴衆の視線が一斉にその身に注がれるが、隠の舞いは素晴らしい踊り手のそれとは比べるべくもない。足はもつれて上手には踊れない。声も調子外れで格好が付かない。いつの間にか音楽はやんでいて、しんと静まり返った中で、隠はもう一度喉を震わせるが、大きく音を外して、そのまま歌声は夜に掻き消えていった。
落胆した隠は、寂しそうな背中を見せてその場でへたり込んでしまう。ふと見回すと、もう踊り子の姿はない。隠の視線が地へ落ち、最後に嘆くようにして空へとあがる。暗い虚空には俯き加減の月と、ぽつぽつと星の明かり。
それを掻き分け、小さな影が舞台へと降ってきた。
かがり火の炎に透かして淡い緑の薄羽がまたたき、舞台へ無数の影が躍る。シフールだ。見惚れる隠の目の前へ、影はふわりと舞い降りた。
「どうした、娘よ。なぜ踊りをやめる?声を遊ばせぬ?」
覗き込むその目に、隠は瞳を揺らして小さく首を振る。
「だって‥‥あたしは、うまくできないから。ひとりぼっちだから。見せる相手もいないから。だから。‥‥‥教えて、あなたは、誰?」
「私は天に愛されし舞師を目指して舞を舞うレダ・シリウス(ea5930)じゃ。わが国では人は太陽を崇めるのじゃ、天が曇るのも人の心が暗く曇るのも良くないのじゃ、私達がひとつ舞うのじゃ。きっと心も晴れ渡るに違いないのじゃ」
すっと、小さな手が伸びる。
隠の視線がそれを追って水平に動いたかと思うと、レダの腕が柔らかな円を描いた。その丸みを転がすようにしてくるくると肢体が宙を舞い、薄羽を回せて軽やかに宙へ踊る。レダが振り返って隠へ笑いかけた。その目に促されるように、隠が真似てレダに続く。頼りなく、戸惑いがちに。だが、少しずつ伸びやかに、大胆に。動き始めた二人の舞には、いつしか寄り添うようにして笛の音が流れ始めている。
見ると、舞台袖からシィリス・アステア(ea5299)が笛を奏でながら、しずしずと歩み出てくる。
月の雫に濡れたような彼の銀髪がふわりと風に舞う。笛の音を奏でる華奢な指は、舞でも踊っているかのようだ。心の鎮まるような、不思議に澄んだ音色だ。音曲に誘われるように隠は、いつしかレダを離れて自ら踊り出していた。その音色は、人の心へ笑顔をともす灯火のよう。
(「今はひとときでも心を安らげ、祭りを楽しんで貰えたなら。一楽士としてそれに勝る喜びはありません」)
舞台では陽気な音楽に合わせて歌い踊る演者たちが祭りを盛り上げているようだ。裏方として衣装を担当した羽鈴(ea8531)は、舞台の賑わいを前に満足げな笑顔だ。
「なんだか凄く技量レベルの高い人が集まってるネ、このクラスを一般で呼んだらとても高くつきそうアルな」
ひとりぼっちの少女を演じる隠は素人だが、他の者は皆、達人と呼んで相違ない技の持ち主だ。特にレダの舞いの冴えは、国中探してもこれ程の踊り手は数えるほどしかいないのではと思わせる程のもの。これだけの名人たちが一同に会するのだから、江戸の芝居小屋など霞むほどの舞台になるのも当然というものだ。
と、そうは言うものの、実際、鈴の腕前もこの世界ではずば抜けている。この賑わいにしろ鈴の衣装と化粧合わせの巧みさが引き立てている部分も大きい。演者それぞれの個性を的確に見抜き、際立たせる。舞台がこれだけ素晴らしいものになったは鈴の確かな目と腕あってのものだ。
舞台は、ひとりぼっちの少女が様々な異国の踊子や楽士と出会い、海の向こうの世界に憧れていくという筋書き。同じく衣装合わせを手伝った陽小娘(eb2975)が誇らしげに舞台を眺めている。
「せっかく舞姫さんがいるんだし、ソレに合った舞台が一番だもんね。これならきっと、みんなでお姫様を元気づけられる内容になったはずだね!」
様々な国の踊り手や歌い手が集まったのだから、それぞれの見せ場を作りたい。そのシャオヤンの考えを汲み取る形で、隠が筋書きをしつらえた。準備の余りにも短く、舞台作りは苦しいものだった。シャオヤン自身も演出に取り組みたかったのだがこの日数では何もよいアイディアは浮かばず、ほとんど稽古も出来ぬままに臨んだ本番だ。
芝居としての完成度はお世辞にも褒められたものではないが、それでも歌に踊りにこれだけの技量の者が揃っていることもあり、観衆の反応は上々である。
「豪華な祭りでなくても芸事はとてつもなく豪華ネ」
いよいよ舞台は最高潮を迎えようとしている。
舞台袖には南天桃(ea6195)の姿。楽士として袖でリュートを奏でていた彼女だが、そろそろ出番が近い。その時を、息を殺して今かと心待ちにしている。
(「広いですねぇ〜、私〜とても楽しみです」)
袖から覗き見た舞台へは、集まった大勢の領民たちの耳目が一身に注がれている。桃は微笑を浮かべ、小さく呟いた。
「お祭りですか〜♪ 楽しみです〜。わたし〜異国に出た事もないので〜皆さんの踊りや歌とても興味があったんです〜」
これだけの賑わいの前で演奏と踊りを披露する機会などそうはない。会場を歩き回って宣伝した甲斐もあるというものだ。やがて、舞台上の隠が袖へ向けて手を伸ばした。桃の出番だ。
(「踊り子さんも綺麗ですね〜。私も私の〜歌を歌うので〜領民の皆さんも〜楽しんでくださいね」)
リュートを奏でながら桃が舞台へと躍り出た。あがった歓声に応えるように、桃がリュートをかき鳴らして踊る。シィリスが桃と視線を合わせると、笛の音が陽気に調べを変じる。いつの間にかレリスも舞台に姿を見せている。最後の舞が始まったのだ。
リュートを奏でながら踊る桃。異国の歌を口にして舞うレリス。隠も音に体を委ねて心のままに全身を遊ばせる。レダも負けじと肢体を宙へ舞わせた。
(「これ程の舞い手や楽士が集まったのじゃ。私もまだまだ楽しんで舞わねばの。舞師の心が明るければ自然に見るものも惹かれて明るくなるのじゃ」)
ふと、レダが客席へ何かを探して視線を泳がせた。
(「確か姫さんも観に来るのじゃな、何処じゃろうの?」)
客席の右端、お堂の中に設えられた観覧席に領主一族の姿がある。父の膝に座り、幼い娘は真剣な顔で舞台に見入っていた。
不意に、シィリスの笛が長く虚空に尾を引いたかと思うと、調子を変えて静かに緩やかに優しげな旋律を奏で始めた。それに合わせて桃が歌い始めたのは、この土地に伝わるわらべ歌だ。
シィリスが皆に目配せを送ると、演者たちは揃って桃に続いて歌い始めた。
(「領民を愛した姫君の笑顔を取り戻せる歌はなにかと考えた時、それはきっとこのわらべ歌だと思いました。これが私たちからのプレゼントです」)
領民たちも一緒になって歌を口ずさんでいる。
それに、いつしか幼い姫君の歌声も加わり、人々の心を一つに結びつけながら祭りの夜は更けていった。
舞台が終わった後も、祭りの熱はなかなか覚めやらなかった。
鈴は出店を出して、訪れた娘達に化粧や着付けをして見せている。
「お姉さん? 舞台で演じている方の化粧は私がしたネ。江戸風の化粧はどうネ? いつもと違う気分で彼氏さんを驚かして祭りを楽しむのも良いと思うネ」
舞台の演者達のような美しい姿に近づけるということで、出店には多くの娘たちが詰め掛けた。鈴はその一人ひとりに合わせて華やかな化粧を施していく。
(「領民が祭りで少しでも笑って楽しむ姿を見れば、姫様もきっと少しは安心すると思うネ」)
その頃、舞台を終えた冒険者達は姫の部屋へと招かれていた。
「子供あやすの得意なんだよねー」
「陽殿、領主殿の語側女ゆえ失礼のないようにせねばでござるよ」
舞台を降りて元の口調に戻った隠がシャオヤンを窘める。
姫君へは普通ならば冒険者のような下賎な者は目通りも叶わぬが、姫たっての願いということで演者たちは特別に招かれたのだ。シャオヤンは一緒にこの国までついてきた知人も合わせたがっていたようで、少々残念そうな様子だ。
「煌姫様だっけ、姫さんの名前?」
「煌く姫君と書いて煌姫――美しい名ですね」
「縁起がいい名前だねー、シィリスさん。きっと綺麗な子に育つよー」
部屋の奥で待つ姫の前に、飼い犬の背に乗ったレダが進み出た。
「姫さん、私はレダ・シリウスじゃ。どうであったじゃろうの私たちの舞は」
微笑を浮かべるレダへ、姫は大人びた口調で舞台を労う。
「素晴らしい舞であった。民の喜ぶ顔が見れて妾も晴れやかな気分じゃ」
幼いが、賢い娘のようだ。
(「可愛い子じゃな、きっと笑うともっと可愛いのじゃろうな」)
「犬は好きかな? 猫のほうが良いじゃろうか?」
「妾は命ある者はみな好きじゃ。ときに、その犬は名をなんという」
「スペードというのじゃ。私と一緒にこの国を旅していてこの間も‥‥」
レダの話に耳を傾ける姫の顔に、漸く年頃の娘のように屈託のない笑顔を見せた。
シィリスが安堵の微笑を浮かべる。冒険者達は、その役目を全うしたのだ。
(「この時は‥‥一時の安らぎかもしれません。ですが、悲嘆に暮れ暮らすよりも、また、明日への活力を見出していただければ幸いです」)