混み合う市場で捕まえて。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月03日〜11月08日

リプレイ公開日:2009年11月09日

●オープニング

 彼は頭を抱え、石畳の上にぺったりうずくまった。なんてこった。頭のてっぺんから爪先まで探してみても、彼の中から出てくるのはその言葉だけだ。
 なんてこった。
 ぺったり座り込んで、散乱した荷物を見る。今日の市場で売ろうと持ってきて売れ残った鍋や木彫りの置物や妻が刺繍をこらした布やら蔓を編んだ籠やらが、そこらかしこに散らばり、転がっていた。幸い壊れたものはない。ないけれど。
 なんてこった。
 男はのろのろと顔を上げ、どよめいて彼を取り囲む人々を見た。心配そうに、驚いたように、或いは単に興味本位でのぞき込む人々。
 そのうちの一人の主婦らしき女性が「大丈夫かい、あんた」と声をかけ、助け起こそうと手を差し伸べてくれた。大きな町の方ではこういう助け合いの精神がないと聞くが、どうしてなかなか、まだ捨てたものじゃない。
 だが、ああ、なんてこった。
 手を借り、よろよろと立ち上がって、男は人垣の向こうの人混みを見晴るかした。遠くの方を青灰色の頭が慌ただしく上下し、市場の人混みの中に消えていくのが見える。
 彼を取り囲んでいた人々は、どうやら男が勝手に転んだだけらしいと結論付け、早くも散り始めていた。先程彼を助け起こしてくれた女性が、娘らしき子供に指示して散乱した品物を広い集めてくれる。
 それから彼を振り返った。

「大丈夫かい? 一体、何だってこんなところで」
「‥‥‥てくれ」
「は?」

 掠れた声をようやく絞り出した彼に、主婦が怪訝そうに眉をしかめた。その顔をしっかりと見据えて、彼はようやく強い言葉を吐き出した。

「捕まえてくれ! 泥棒だ!!」

 ああ、なんてこった。
 あれは今日の市場での稼ぎで買った、妻へのプレゼントだったのに。ボロボロになった髪留めを後生大事に使う妻の為に、きっと妻に似合うだろうと思って買った木彫り細工の新しい髪留め。
 捕まえてくれ、と叫ぶ男に主婦が目を白黒させた。だがきゅっと唇を引き結び、手に持った買い物かごを子供めがけて放り投げると、人混みをかき分け勇ましく駆け出した。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb4637 門見 雨霧(35歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

『捕まえてくれ! 泥棒だ!!』

 その叫び声を土御門焔(ec4427)が聞いたのは、お目当ての品物を探して市場をさ迷っていた時だった。市場はその日によって微妙に品揃えが違うし、店によって値段も違う。
 故にあちら、こちらと店先を覗く彼女の耳に、その叫び声が届いたのだ。

「‥‥ッ」

 咄嗟に身を翻し、叫び声のする方へ駆け寄ると、猛ダッシュで走っていく女性の背中と、散らばった野菜を買い物籠に拾い集める子供と、真っ青な顔で『誰か捕まえてくれ!』と叫ぶ男の姿がある。転んだのだろうか、膝から細い血の筋が垂れていた。
 焔は男に駆け寄り、簡単に応急処置を施す。幸い酷い怪我ではない。一先ず本人もピンシャン立っているし、血を拭ったら怪我からの流血もほぼ止まっている。

「大丈夫ですか?」
「あぁ‥‥だが泥棒が‥‥」

 焔の言葉に男は頷き、それから首を振った。頷いたのは、体が大丈夫、と言う事。首を振ったのは、彼を取り巻く状況が大丈夫じゃない、と言う事。
 先の叫びでそれは判っている。焔は小さく頷いて安心させると、盗られた物を確認した。買ったばかりの木彫りの髪留め。その意匠や大きさまで事細かに確認すると、念の為そのイメージをファンタズムで再現し、男に確認した。
 目の前に現れた幻に目を丸くした男は、驚きながら間違いないと頷く。それを確認して、焔は携えていた荷物の中からパパ・ヤガーの空飛ぶ木臼を取り出し、念じた。

「追いかけます。待っていて下さい」

 そう言い残し、ふわりと人ごみの上に浮いた彼女に目を白黒させて、男と買い物籠に拾い終わった子供は顔を見合わせ、頷いた。





 巴渓(ea0167)はその騒ぎを聞きつけると、両手に抱えていた荷物を手早くバックパックに詰め直し、人ごみの中を見当を付けて走り出した。本日は馴染みの孤児院の子供達に持っていくお菓子を物色して市場を歩いていたのだが、騒ぎとあれば捨て置けない。
 いつでも万全フル装備の彼女が疾走し出したのに、市場の買い物客がギョッと目を剥いて道を開けた。こんな重装備の人間が走り出すような、どんな凶悪犯罪がこの平和な市場で起こったというのだろう?
 中には反応し切れず転んだり、立ち竦んだりする者も居たが、渓はそれらの人間は可能な限り避けて走りながら、前方を見据えた。泥棒、というからには逃げている怪しい人物が居るはずだ。それを見つけ出そうと目を凝らす。
 居た。遥か向こうに、人ごみを突き飛ばすようにして走って行く青灰色の頭が見える。それだけしか見えないが、突き飛ばされた人間が忌々しそうに振り返っている仕草を見れば立派に迷惑行為だ。
 一先ず、アレを目標にしよう。そう定め、渓は青灰色の頭に向かって走り出した。足に履いたセブンリーグブーツは、残念ながら加速出来るほど距離もなく、人も多すぎて本来の威力を発揮できずに居たが。





 天界風ハロウィンランタンを配り終え、ちょっと良い気分になっていた時に耳に入ってきた騒ぎに、キース・レッド(ea3475)は軽く肩をすくめて愛馬の首を叩いた。叶うならこのままのんびり自宅に帰りたい所ではあるが、騒ぎを聞いてしまったからには見ないフリは出来ない。
 愛馬ハリケーンに声を掛け、鞍から滑り降りて手頃な場所に手綱を結わえる。大きな市場では馬をとめる専用の場所があったりもするが、ここの市場にあるかどうかも判らなければ、探している余裕もない。

「ここで良い子で待っててくれ――すまない、馬を見てて貰えるかな? 大丈夫だと思うがむやみに手は出さないように」

 ハリケーンに声を掛けた後、近くに居た子供にも頼んでおくと、両者はこっくり頷いた。よほど危険な目に合わない限り、愛馬がキースの言う事を無視して暴れだす事もないと思うが。
 周囲の他の人間にも軽く声を掛けておき、さて、と辺りを見回す。騒ぎが聞こえてきた方向を見やると、明らかに乱れた人の流れの中で幾人かが駆け回っているのが目に入った。

(身軽な格好で良かった、かな?)

 配達先に向かうのに礼服着用が求められたので、今の彼は礼服姿。つまり非武装の丸腰。だが逃げる人間を捕まえるのならば、身軽な方が良いだろう。
 駆け出したキースの背中を、愛馬と子供が尻尾と手を振って見送った。





 村雨紫狼(ec5159)は突然騒がしくなった周囲に、思わず手の中の毛糸のパンツを握り潰した。この頃めっきり寒くなってきた事もあり、愛する嫁達のお腹を守るべく市場に買い物に来た最中の出来事だ。
 せっかく愛する嫁達との平和な一時を満喫していたのに。そんな思いを込めて振り返ると、目の前をばびゅんと青灰色の髪の男が通り過ぎていった。僅かに立ち上った土煙に、ふーかがクシュンとくしゃみをする。
 ピク。紫狼は僅かに目を吊り上げ、手の中の毛糸のパンツを露天の親父に放って返す。むしろ返すな、という親父の心の声は勿論一切無視して男の去った先を睨みつけると、その横をまたバビュンと通り過ぎる主婦の姿。
 ん? とその後姿も見送ると、遠くから泥棒と叫ぶ声が聞こえてきた。それで、騒ぎの片鱗を理解する――つまりあの青灰色が泥棒で、主婦が追っかけているんだと。
 そこには愛する嫁に土埃を吸わせた恨みも少なからず含まれていたが、そんなら協力するぜ! と先ずは猛然と主婦を追いかけた。一応、正確な情報を把握しなければと考える理性は残っていたようだが。
 ゼーゼー肩で息をしながら、血走った目で青灰色を睨み据える主婦に追いつき、叫ぶ。

「おい! アイツが悪者だな!?」
「ゼーッ! ゼーッ、ハーッ、ゼー‥‥」
「よっし、解った! 俺に任せとけ! ふーか、よーこ!」

 今の会話で何が解れたのかは不明だが、とにかく何かを理解したらしい紫狼は愛する嫁達の名を呼んだ。ぴょい、と飛び上がった娘達がきゅっと可愛らしく紫狼の首に両側からしがみつく。
 そして彼は叫んだ――「秘儀・美幼女ツインカムターボォオアぁ!!」。何だか美幼女スキーならではの秘儀らしく、デレッと伸びた鼻の下の代わりに両目がやる気に萌え‥‥じゃない、燃え上がる。
 ふぉぉぉッ! と雄叫び逞しく市場を疾走し始めた見るからに怪しい青年に、たまたま通りがかった官憲が目を剥いた。そして市場の平和の危機を俺が救う! という素晴らしい決意を持って、猛然とその後を追い始めた。





 ヒュン、と空を切り裂く銀の光。焔が空から放った幾度目かのムーンアローが、ついにまっすぐ空を飛び青灰色の髪の男に突き刺さった。

「ギャッ!?」

 ダメージを受けた男はビクリと跳ね上がり、痛みに悲鳴を上げる。それを見た渓は、それが焔によるものとはさすがに気付かなかったが、好機とばかりに最後の距離を詰めた。
 同じ光をキースも目撃し、身軽な格好で走って来た。それから、空をフラフラ飛んでくる木臼に気づき、ギョッと目を剥く。
 ムーンアローで相手を補足する、という考えまでは良かったが、実際に男に当たるまでに何度か失敗し、自らもダメージを負った焔がぐったり地上に舞い降りた。途中で木臼の効果が切れなかった事と、間違って他の人間に当たらなかったのは幸いだったが。
 否、間違っていないかどうかはこれから確かめるのだ。渓は焔にリカバーポーションとモリツの実を投げ渡し、自らは青灰色の髪の男に向き直った。最後の僅かな魔力を振り絞ったムーンアローは、それ程ダメージを与えては居なかったようだ。最初の達人級だったらちょっと、一般人では重傷だったかもしれない。
 見た所、男はまったくの一般人のようだった。武装などしている筈もなく、左手に持っていた何かを懐に押し込み、右手で短刀を抜き放つ。そして当然ながら、装備の薄そうなキースに向かってくる。
 懐に入られたらやばい。そう考えたキースは咄嗟に、軸足に力を込めて蹴りを放った。無防備にはなるが、リーチを稼ぐならこれが一番。
 さすがに獲物を弾き飛ばすまではいかなかったものの、蹴りはまっすぐ懐に吸い込まれた。ゴフッ、と男が肺の空気を吐き出しよろめく。
 よし、と渓がその背後に素早く回りこんだ。一般人相手に彼女が本気を出せば、フル装備状態ではちょっとやばい。バランスを崩した男の両腕を捕え、羽交い絞めにするだけでも十分効果はある。
 そこに回復した焔が高速詠唱でスリープを唱えた。カクン、と足が崩れたが、それでもしばらく待って動きが完全に止まったのを確認して、渓は慎重に男を解放し、その場に転がす。
 そして、仲間達を見た。

「よッ! 偶然だな」
「ああ、仕事帰りに聞きつけて、ね」
「私も買い物の途中で‥‥あら?」

 口々に言い合っていた中で、焔がふと首をかしげ、視線を巡らせた。向こうの方からまだ、こちらに近付いてくる声がする。
 釣られて残る2人も視線を向けたのと、その一行が猛然と姿を現したのは、同時。

「どこだ泥棒ーッ!!」
「待たんかそこのあからさまに怪しい男ーッ!!」
「ゼーッ、ゼーッ!!」

 両肩に美幼女こと愛する嫁達を乗せて何だか近寄りたくない空気で走って来る紫狼と、その背を正義の炎を背負って猛然と追いかけてくる官憲と、もう色々精一杯な感じで走り続ける勇敢な主婦だった。彼らは冒険者達の元までやってくると急停止して(何しろ先頭の紫狼が停まったので)、複雑な表情になった3人と魔法の眠りに落ちた男を順番に見比べる。
 主婦が男を見、揺り起こす勢いで猛然と掴みかかった。その態度に紫狼が「よっし!」と叫ぶ。

「泥棒か? そいつが泥棒だな! ってーかもう捕まってんじゃん、さっすが先輩達! で、何でここに居んの?」
「君達、このロリコン男の知り合いかね? 関係は?」
「えーっと‥‥」

 なんか、冒険者仲間です、って言いたくない空気だなぁ。
 眦の釣り上がった官憲にそう問い質されて、3人は何となく揃って視線を空に向けた。空は今日も、陽精霊の輝きが眩しかった。





 さて、無事に泥棒は捕まったが、問題はこれからだ。つまり、この男が本当に泥棒だと証明する必要がある――あんな騒ぎの後では特にしっかりと。
 渋々紫狼の身分を証立てした事で、ロリコン云々はうやむやに流れたものの、案の定官憲の眼差しは冷たくなった。これで誤認逮捕だった日には多分、ちょっと言い訳が出来ない事態だ。
 幸い、物証自体は男の懐からすぐに出てきた。木彫り細工の新しい髪留め。まずは焔が被害者から聞き取った特徴をファンタズムで再現して比べ、呼ばれた被害者も間違いないと興奮した様子で頷いた。
 だが眠りから覚めた犯人の方はそうは行かない。

「は? これは俺が買ったんだよ!」
「嘘吐け! 僕を突き飛ばして髪留めを取っていったのは確かにお前だった! これは僕が妻の為に買った髪飾りだ!!」

 終始こんな調子で水掛け論が続き、官憲の眦は上がる一方だ。
 せめて髪飾りの方に何か特別な特徴はないかと考えたのだが、一つ一つ手で彫った細工はだが、よほど細かな所まで見なければ差異が判らない程度の量産品である。そして買ったばかりのその細工を、そこまで詳細に覚えても居ないようで。
 これは目撃者を何としても探すしか、と冒険者達は頷き合った。話が進まないのなら、揺るぎようの無い第三者を引っ張ってくるしかない。だがここまで名乗りを上げない相手が、これから出てきてくれるだろうか? それ以前にまだ付近に残っているだろうか。
 それでもやるしかないと、冒険者達が覚悟を決めた、その時。

「えぇい、見苦しい! アンタこの辺りじゃ面が割れてるんだよ、白状しな! ちょいと、さっさととっ捕まえとくれ!」

 単身男を追いかけていた勇敢な主婦は、ここでも勇敢に言い逃れる青灰色の髪の男の前に仁王立ちすると、フンッ! と気合を込めてその頬を殴り飛ばした。グーで。思いっきり。
 へ、と全員の動きが止まる。クイ、と主婦が官憲に顎で合図をすると、はっと我に返った官憲は速やかに男をひっ捕らえた。別段、彼女が権力を持っているとかそういう訳ではない。怒れる主婦には逆らってはいけないものなのだ。
 連行されていく男を鼻息荒く見送って、主婦はクルリと冒険者達を振り返った。

「ありがとうね、助かったよ。あたし1人じゃどうにもならなかっただろうし‥‥騒ぎを聞いてすっ飛んできてくれるなんて、なんて良い人たちだろう」
「本当に助かりました。これで妻を喜ばせてやれます」

 男も取り戻した髪留めを大事そうに懐に抱き、深々と頭を下げる。それに、無事に取り戻せてよかった、と冒険者達は微笑んだ。何しろ、困っているのを見て放っておく訳には行かない。
 もう一度頭を下げて去っていく男と主婦を見送って、さて、と冒険者達はまたそれぞれの方向に散っていった。渓は孤児院の子供達にお菓子を。焔は買い物の続きを。紫狼は嫁達の毛糸のパンツを。
 そしてキースは、愛馬の元へ戻ろうとしてふと、足を止めた。

(髪留めか‥‥そうだな、うん、彼女には真珠の髪飾りが似合うな。いやいやエメラルドも捨てがたいが、アクアマリンでもいいかも知れない。渋くプラチナやシルバーも、彼女の銀髪を引き立たせるな‥‥)

 妻へ木彫りの髪留めを買った男のように、彼もまた脳裏に最愛の女性を思い浮かべる。空を見上げれば、まだ時間はあるようだ。
 せっかくだから何か見繕っていこうと決めて、キースは再び市場の人ごみの中に紛れ込んだのだった。