オリーブに秘められし花の記憶を。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月08日〜11月13日

リプレイ公開日:2009年11月15日

●オープニング

 控えめに見ても、失礼ながらその女があまり、現実に足を踏まえているようには見えない、というのが第一印象だった。どこがどう、と言うのではない。強いて言えばまとう空気が。
 色街に生きる、生きる事に疲れた女。多分彼女を言い表すならそれ以外に適切な言葉はなくて、だがそう表現してみるとただの言葉遊びをしてるようにも感じられる。
 そんな女だった。そして、色街の中ではさして珍しくはない女だった。

「あの時、オリーブの花があればよかったのに」

 それが女の口癖だった。

「誰か、私にオリーブの花をくれれば良かったのに。そうすれば私は選ばれなくて済んだのに。ねぇ‥‥あなた、私にオリーブの花を、くれない‥‥?」

 意味は判らない。ただ、その言葉を繰り返す女に、気まぐれにオリーブじゃない別の花を持って来てやる者も居たし、ただ鼻で笑うものもいた。オリーブの花は春頃、数日間だけ蕾を解く。それは余りにも早く、儚すぎて、わざわざ女のために望みを叶えてやろうと言う者は居ない。
 オリーブの花。それがあればどうだったのか、女は語る言葉を持っていない。多分これから思い出すこともないだろうと、仲間の女が哀れんで頭を撫でてやるのに子供のように目を細める女だった。

「‥‥で、その話を聞かせてどうしたいって?」
「面白いと思わないか?」

 友人の話にそこまで耳を傾けた男が溜息を吐いたのに、友人はけろりと笑ってそう言った。

「オリーブの花を欲しがる女。持ってきてやったら何が起こるのか、見てみたいと思わないか?」

 特に思わなかったが、それを言い出しては話が進まないので男は黙って友人に話の先を促した。促されて、ああ、と男は頷いた。

「それで、その女の仲間から、その女の為にオリーブの花を持ってきてやってくれないか、って事でね」
「‥‥今、秋の終わりだぞ?」
「だから、ドライフラワーだよ。そういうのを作ってる里が、どっかにあるんだと。それを持ってきてやれば、その女は何か思い出すかも知れない。思い出さないかもしれない。だが何とか都合してきて貰えないか、ってね」

 なる程、それで話は見えた。そのドライフラワーを買いに行くのに付き合って欲しい、という事だろう。
 その推論を口にすると、そうだ、と友人は笑って頷いた。冬先の一人旅は、腹を空かせた獣がうろつき始める危険な季節でもある。

「けど、場所は判ってるのか?」
「ああ。その里まで行く馬車も見つけてあるんだ。だがその条件が、腕の立つ護衛を紹介すること、でね」

 だから誰か護衛を出来る冒険者を紹介してくれよ、と友人は言って。冒険者ギルドに勤める男は、依頼料はお前が出せよ、と念押しした。

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

ラフィリンス・ヴィアド(ea9026

●リプレイ本文

 冬枯れがちらほら見え始めた草原を、馬車はガタゴト進んでいた。乗っているのは商人風の男と、どこか軽薄に見える若い青年。そしてギルドから護衛の依頼を受けたレフェツィア・セヴェナ(ea0356)と村雨紫狼(ec5159)だ。
 馬車の傍を行くのは愛馬に乗ったキース・レッド(ea3475)。トレードマークのテンガロンハットをいつもより深めに被り、無言で辺りを警戒している。
 静かな道行きの原因は、商人は知らぬ事だが、依頼人の青年オライオンとの間に交わされたやり取りにあった。

(戯れの代償、安くはないぞ‥‥)

 チラ、と青年を見たキースはまた、胸中で呟き息を吐く。「面白そうだから」という理由で色町の女にオリーブの花を買ってやろうという、彼の動機がキースには些か受け入れ難いものだったのだ。
 記憶障害すら見せている女にショックを与えるのは、乱暴な行為。それを敢えてやろうというのだ、覚悟はあるのかと問いつめたキースに、青年はニヤリと笑って、ひょいと肩を竦めただけだった。
 だがレフェツィアの意見はちょっとだけ違う。そりゃあ確かに、面白半分で何か事情がありそうな女性にちょっかいを掛けるのは、それは問題あると思う。だがそれでも――今まで、例え戯れでも女の為にオリーブの花を手に入れてやろうとする者は、居なかったのだ。
 ならばオライオンは良い人、ではないかとレフェツィアは思う。少なくともどんな理由であれ、女の望みを叶えてやろうと言うのだから。
 その里までの道行は割合に平和で、時折腹を空かせた山犬の類が姿を見せたものの、大抵はレフェツィアの連れて来たフロストウルフを見ると回れ右して逃げていった。そうでないものはコアギュレイトで拘束したり、キースと馬車から飛び降りた紫狼が追い払う。

「うー、寒くなってきたなぁ。先輩、大丈夫か?」
「僕は毛布を借りてるからね」

 それなりに動く紫狼とキースはともかく、魔法で援護するレフェツィアは身体が冷えやすい。それを気遣った紫狼の言葉に、笑って彼女はクルンとくるまっている毛布を軽く持ち上げた。出発前にキースが貸してくれたものだ。
 幸い盗賊等には出会わず野営地に着き、そのまま平穏無事に翌日の夕方には里に到着した。商人はこの村で運んできた荷を捌き、新たな買い付けをしてまたメイに戻る。
 里の入口でじゃあ明日の昼過ぎに、と言い置き、商人はわしわしとフロストウルフの頭を撫でて去っていった。当初はおっかなそうにフロストウルフを見ていたが、レフェツィアの言う事を聞いて実に大人しいのを見て考えを改めたらしい。
 そのフロストウルフは、さすがに人里では目立ち過ぎるんじゃないか、とオライオンが言う。幸い里の入口近くにも宿があり、今夜はそこに泊まる事にして部屋に置いておけば、それ程支障もないだろう。
 早速宿屋で手続きをし、世間話がてら話を聞くと、里の名産だというオリーブのドライフラワーは、今日はもう店じまいをしているという。

「明日の朝には開きますよ」
「そうか、すまない」

 キースは宿の主に頷いて、仲間の元に戻ってそれを伝えた。とにかく、今夜はどうしようもないのなら、宿でのんびり道中の疲れを癒して明日からの帰路に備えるべきだった。





 翌日、宿の主に教えられて目的のドライフラワーを手に入れた一行は、昼を待って商人と合流し、メイディアへと旅立った。構成は行き道と同じ、馬車の傍をキースが愛馬で走り、残るメンバーが馬車に相乗りする。
 寒さは相変わらず厳しかったが、紫狼の嫁こと精霊達は寒暖をあまり感じないとかで、ご機嫌で移り行く景色を眺めていた。そんな光景を羨ましそうに眺めた紫狼が、ふと仲間を――レフェツィアとキースを振り返る。オライオンは商人と一緒に御者台に乗っていて、こちらの会話は多分聞こえない。
 だから小声で、だが轍の音にかき消されないよう、言葉を紡いだ。

「なぁ――やっぱその花、その女の人に見せるのやめね?」

 その花、と言いながら彼が指差したのはレフェツィアの懐。どう考えても男性陣では粗雑に扱い壊してしまいそうなので、彼女が最後まで見届けたいと希望した事もあって、問題のオリーブのドライフラワーは彼女に一任している。
 キースも、レフェツィアも釣られるようにそこを見て、それから紫狼を見た。一応彼だって空気は読める、と口をへの字に曲げている顔。
 言いたい事は判る、と2人は沈黙する。過去の記憶があやふやで、ただオリーブの花を欲しいと訴える女――そんな女に欲しがるオリーブの花を与えたとして、一体その後、女に何が起こるのだろう?
 何も起こらなければそれで良い。だが何かが起こってしまった場合、そして『何』が起こるか予測がつかない現状で、女を刺激するような一石を投じる事が果たして、正しいものか。
 オライオンに問うた覚悟は、そのまま冒険者達自身にも当てはまる。彼女の人生に、責任を彼らは取れない。それでも行かせて良いのだろうか?

「‥‥だとしても」

 レフェツィアは首を振る。彼女は花を欲しがっている。そして与えると決めたのはオライオンだ――冒険者ではなく。
 だから冒険者達に出来る事と言えばせいぜい、それを見守り、例えば女が暴れ出すなどの危険が訪れた時に取り押さえる手伝いをする位のものだ。それから先の事は関与できない。
 止めた方が良いのだろうか、と思わないではないが――
 幸い、という言い方は間違っているだろうが、それでも幸い商人が獣の襲撃を告げて、彼らは考える事をやめ、それぞれの持ち場に戻った。レフェツィアがフロストウルフに威嚇と追撃を命じ、それでも向かってくる獣にコアギュレイトを仕掛ける。さらにそこから漏れた獣を、キースと紫狼が迎撃する。
 少なくともこうして戦っている間は、本当に正しいのか、という疑問を考えずに済んだ。





 その色町は、メイディアの一角に存在する。彼らが辿り着いたのは夕暮れに近い時間帯で、それはつまり色町全体がこれから営業ムードに染め上げられる時間帯と言う事だ。
 娼館に属する女達は殆ど自由に出歩けはしないので、行き交うのはごく一握りの娼妓か、後は訪れる客を目当てに良い場所で客を引こうとやって来た女達。それらの幾人かはオライオンの顔見知りらしく、気軽に声を掛けてくる女達に、気軽に彼も手を振って応えた。
 問題の女は、さる娼館に居るという。オリーブの花を欲しがる娼妓と言えば少しは名が知れているとかで、主人も無碍に追い出そうとはしない。
 憐れんでるのかもな、と男は肩をすくめた。

「碌な事情でやってきた女は居ないからな。大抵は商売と割り切っちまうもんだが、時々女の事情に同情して置いてやる主人も居る」

 過去の記憶を閉ざし、オリーブの花を求める女の様に。そう言ったオライオンに、キースは僅かに瞳を伏せた。
 同じにしてはいけないが、それでも過去に目をそむけて生きる女と聞けば、妻の事を思わずには居られない。辛い過去ゆえに心を閉ざし、笑顔を失った彼女の傷はきっと、キースが考え、支えたいと願う以上に深いはずで。
 それでも彼女は過去と向き合う事を決めた――だから願わくば、その女も。その為にも彼は今回、事の推移を見守ると決めた。ただ懸念があるとすれば――
 厳しい眼差しがキースから向けられるのを感じ、紫狼は顔を顰める。出発前にもこの問題はデリケートだから、と『余計な事を言ったら殴る』宣言を頂戴した。
 確かにいつも嫁シャウトはしているけれど、この状況で嫁語りはさすがにしない。しないのだがしかし、何となくキースの気持ちも想像出来るので顔を顰めるだけで言い返さない。
 オライオンは娼館の主と話を付け、冒険者を伴って慣れた足取りで狭い廊下を通り抜け、幾つ目かの部屋の扉をノックした。だぁれ、と返る声に名を告げると、クスクス笑いが聞こえてくる。
 ギュッ、とレフェツィアは知らず、拳を強く握った。もし彼女が暴れ出したりしたら、コアギュレイトで止める。その為の精神集中をして、いつでも発動出来るように身構えて、その扉を潜る。
 そして、その部屋に女は居た。生きる事に疲れた面立ちの、だがどこかあどけない表情。クスクス笑いは彼女の喉から響いていて、彼女の頭を撫でていた女がオライオンに頭を下げた。
 頼む、と眼差しで告げられて、懐から慎重にオリーブのドライフラワーを取り出す。紫狼の両腕にしがみ付いた精霊達が、不思議そうにそれを見た。
 それを、オライオンは受け取った。ハッと目を見張る女に眼差しで頷き、笑う彼女の前に膝を突く。女が夢見る眼差しで男に告げた。

「ねぇ、あなた。私に、オリーブの花をくれない‥‥?」
「ああ、やるよ、ほら――お前が欲しかった花だ」
「‥‥‥ぁ‥‥‥」

 女が、震える指でドライフラワーを受け取った。ゴクリ、と冒険者達が息を呑んだ。
 オリーブのドライフラワー。勿論生花とは違って色褪せてはいるが、確かにそれはオリーブの花だ。件の里のドライフラワー技術は中々、目を見張るものがある。
 それをそっと、掌に大切な宝物のように乗せて、女は瞬きも忘れて花を凝視した。同僚の女がはらはらした眼差しでそれを見つめ、オライオンはそれを笑んだ瞳で見守っている。

(‥‥見守ってる?)

 そう、彼の眼差しを表現した自分に首を捻り、紫狼はオライオンの表情を見た。あまり人の事を観察するのは得意じゃないが、それでも彼の表情はただ単純に面白がるのとはまた違った色が見受けられた。
 だがそれが一体どんな感情なのか、そこまでは判別がつかない。クイ、とレフェツィアとキースの服の裾を引っ張って、だから紫狼は大人しく先輩達に判断を譲る。
 引っ張られた2人もまた、オライオンを見た。唇をわななかせ、何かを必死に紡ごうとする女を見た。きゅっと両手を握り、祈るように様子を見つめる同僚を見た。

「‥‥‥あぁ、オリーブの花‥‥」

 冒険者達が見守る中で、女は吐息のように囁いた。囁き、子供の様にぽろぽろぽろと涙を零した。

「嬉しい‥‥あの日、オリーブの花があれば‥‥誰かが私にオリーブの花をくれれば、私は選ばれずに済んだのに‥‥‥」

 ぽろぽろ泣きながら掌のドライフラワーを見つめ、嬉しいと呟き、それから繰言を訴える女に同僚が憐れむ視線を向ける。そして涙の滲んだ声で『良かったわね』と女の頭を撫でて、冒険者とオライオンに頭を下げる。
 あの日、オリーブの花があれば――女の言葉は、まだ続いていた。





 その里では年に一度、オリーブの花が咲き誇る時期に男から女に、オリーブの花を渡して求愛する習慣があると言う。それは長らく続いてきた儀式で、だがもう行われては居ない。

「酷く飢えた年だったそうですよ」

 それを冒険者達に語ったのは、オリーブの花を欲しがる女を引き取った娼館の主。煙管をカツンと叩きながら、女の望みを叶えてくれた人達にぽつり、ぽつりと事情を語る。
 酷く飢えたその年、ついに里は年頃の娘を奉公に――つまりは娼館に売り渡す代わりに金銭を得るより他なくなった。だがどの娘を売り渡すのか、俄かに決めかねた里の年寄り達は求愛の儀式にかこつけて、その年オリーブの花を貰えなかった娘を選ぶ事に決め。
 女はその年、誰からもオリーブの花を貰えなかった。そして娼館に売り渡され、引き換えに得た金銭で里は収穫の季節までを無事に乗り切る事が出来た。
 好いた男が居たと聞く。だが女は涙を飲み込み、必死に働き、働き、働き続けた。働き続けて身体を壊し、心を壊して、いつの頃からか呟くようになった――誰かオリーブの花を、と。

「‥‥よくある話ですよ、この町じゃね」

 静かにそう呟いて、主は冒険者達とオライオンを入口まで見送った。見送られ、まだ眠りを知らぬ賑やかな色町の中で、レフェツィアはオライオンを見上げた。

「これから、どうするの?」
「さて。オリーブが求愛なら、受け取られた以上ちょっとはまじめに考えないとマズイかな、とか」
「考え過ぎかもしれないが、君はもしかして、その事を知っていたんじゃないか?」

 キースが探るような視線を向ける。オリーブの花を見つめる女を、見守るような表情を見せたオライオン。単なる同情で済ませるにはちょっと状況が揃い過ぎている。
 だがオライオンは無言でひょいと肩をすくめ、つきあってくれてありがとな、と冒険者に手を上げた。そして紫狼の精霊達の頭を撫でて、ニヤリと笑って雑踏の中に姿を消した。
 ――その後、オリーブの花の女とオライオンがどうなったのか、ギルドには聞こえてこない。だがきっと、女は子供のように誰かに微笑んで、オライオンは誰かにひょいと肩をすくめてオリーブの花をやっているのだろう。