【浚風】悪意、吹き寄せる風。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月14日〜11月19日

リプレイ公開日:2009年11月22日

●オープニング

 その盗賊団は5年前、ウィルの北方を中心に暴れ回った。村を襲い、奪い尽くして殺し尽くした事もあったし、そこそこ名のある貴族やら富裕の商人の身代金を頂戴する事もあった。とは言え、後者は記憶にある限り殆どない。そういう足がつきやすい仕事はしないのが、盗賊団の首領スネークの主義だった。
 彼らは自分達を、強奪騎士団と名乗った。何か由来があったのか、或いは単に首領がそう名付けただけなのか、シルレインは聞いていない。立ち上げたのはザンバラ髪の首領スネークで、その当時からの仲間は禿頭のイーグルともう1人バットと言う男だけだ、と言う話。
 シルレインが居た頃からそうだった。そして先日、冒険者達が作った人相書きの中でも、変わらないのはその3人だけだった。残る3人は見覚えがなかったし、以前に捕まった連中も知らない相手だった。
 そしてレイリー。かつて盗賊団が滅ぼした村で拾われ、盗賊団に育てられた娘。親も兄弟も亡くしたシルレインにとって、まさに幼馴染、妹と呼べる唯一の相手。
 通称で呼び合う盗賊団の中で、彼ら2人だけが本名だった。否、レイリーは本名自体が不明だったから、呼び名が通称の様なものだ。その違いはただ単に、現場で標的と顔を合わせるか否か。鍵開け師だったシルレインは、標的と顔を合わせれば終わりなので通称は必要なかった――それは生き残った誰かに聞かれても正体を掴ませない為だったから。
 そうやって、首領が大剣を中心に何でも人並み以上にこなし、イーグルが鎖鎌を振り回し、バットが両手にダガー2本を構えてやたらめったら切り回して、時々新しいメンバーを加えて鍛えながら、盗賊団は活動し続け。5年前、壊滅と同時にシルレインは、逃げた。
 でも、考える。盗賊団の中で生きてきた彼が、変わりたいと願ってウィルまで逃げてきても尚つきまとう過去の罪。シルレインに言う事を聞かせる為に浚われた子供、シルレインを脅すために殺されかけた黒猫。
 それらすべてを背負う覚悟があるとして、被害者は「今は違う」と言う弁解を受け入れるか? その答えがキーオだと、シルレインは思っている。あの後、多分また首領が一から立ち上げた盗賊団に婚約者を奪われ、復讐を望んでウィルまでやって来た少年。
 盗賊団の事を自分でも調べてみると、ギルドの報告書を読みに行ったキーオが帰ってきて、シルレインを見て嫌悪に眉を顰めた。彼の過去に関わる報告書に、行き着いてしまったのだろう。
 シルレインはそれに気付き、そして何も言わなかった。ただ諦めたように苦く笑った。





 ティファレナ・レギンスは冒険者ギルドの受付嬢である。シルレイン・タクハの顔見知りであり、これまでも色々親身になって協力してくれた。
 だからその日、冒険者ギルドを訪れたシルレインが迷わず彼女が座るカウンターに向かったのも、当然の帰結だった。何しろシルレインの出自を知っている数少ない(と信じている)ギルド職員でもあるわけだし。

「姐御、依頼を出したいんすけど」

 どっかとカウンターの前に腰掛けて、いつも通り若干ひねくれた態度でそう言った知り合いに、ティファレナは苦笑した。

「珍しいですね、シルレインさん。何かあったんですか?」
「ああ、ちょっとその‥‥昔、盗賊団のアジトがあった、って聞いた、町まで何か残ってないか調べに行こうかと思って」

 そう、言い淀みながらチラ、と背後のキーオを振り返ると、キーオは冷たい眼差しでふい、と視線をそむける。どうやらこれはもう何かあったらしい、とティファレナはため息を吐いた。
 以前に、2人を鍛えて欲しいと依頼を出した時には結局、シルレインの過去には触れないまま終わったと聞いた。そのまま盗賊退治までこぎつけられるか、と思ったのだがどうやら、甘かったようだ。
 だが先ずはシルレインの『依頼』とやらを聞いてから、とティファレナは慣れた手つきで依頼書を取り出し、カウンターに広げた。羽ペンを持ち、どうぞ、と微笑む。
 シルレインが告げたのは、ウィル北方、リハン領の国境を越えて少し行った所にあるドーハンという町。地図には載らない小さな山のふもとにあるドーハンから、山を登った中腹辺りに、5年前まで盗賊団はアジトを構えていたという。
 だがそのアジトはとある冒険者によって壊滅寸前に追い込まれ、その折にそのアジトも放棄された。そのはず、なのだが。

「その‥‥レイリーの奴が言ってた事が、気になるんす。『待ってる』って、あん時は盗賊団に戻って来いって意味だって思ってたんすけど‥‥」

 キーオには聞こえないよう、小声で話すシルレインに小さく頷く。その話しは彼女も聞いている。そして彼女もシルレイン同様、彼が盗賊団に戻ってくる日を待っている、という意味だと受け取ったのだが。
 もしかしたらそれは、それまで二人が家族として暮らしていたあのアジトの事を指していたのかも知れない、と最近になってようやく思いついた。だがその予測が当たっているなら、そこには罠なり何なりが仕掛けられている可能性もあるだろうし、盗賊団の跡地ということで箔のような物を求めた連中がネグラにしていた事もあると聞いている。
 だから、冒険者にも一緒に行ってもらえないか。そう考えて、シルレインはギルドにやって来たのだった。
 ティファレナはそこまで聞いて、判りました、と頷いた。キーオはともかくシルレインは見事に武術の才能はあまりないと証明されたわけだし、そのキーオにしてもその後は弓の練習しかしていない筈だ。そしてそれ程、腕前が上がっているとも思えないし。
 そうして依頼書を書きつけ始めると、ほっとした顔になったシルレインはいつも通り、ギルド内に張り出された依頼を眺め始めた。と、それを確認したキーオが代わりに、ティファレナの前に座り込み。

「どうしてあんな人を‥‥ッ! あの盗賊団の一味だって聞きました!」

 押し殺した怒りを、吐いた。その言葉を聞いて、ティファレナは無意識に眉を潜めた。

「元、ですが」
「でも盗賊団だったんでしょう? だったら同罪じゃないですか!」

 キーオの怒りに、変わらぬ暗い瞳にティファレナは目を細めた。言いたい事は判るし、向けられる怒りも判る。だから黙っていろと言ったのに。
 不意に怒りがこみ上げた。復讐。復讐に燃える少年。大切な人を奪われた怒り。

「‥‥だったら、むしろ傍に居たらチャンスなんじゃないですか? 過去、シルレインさんが盗賊団だったのは事実です。ならシルレインさんを狙えば、キーオさんの復讐も、果たしやすくなるんじゃないですか?」
「‥‥ッ」

 少年は息を呑み、うろたえた様に無言でガタガタ椅子を立ち上がると、ふいとギルドを出て行った。それを見てシルレインが息を吐く。こちらの会話は聞こえてなかった筈だが、様子で何かを察したのだろう。
 ティファレナはそれを見ながら一気に依頼書を書き上げた。書き上げて、ふと呟いた。

「‥‥私、何を言ったんでしょう?」

 なんだか酷い事を言った気がする。そんな気がするけれど、もう彼女の中にその言葉は残っていなかった。

●今回の参加者

 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec6278 モディリヤーノ・アルシャス(41歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

 冒険者達が2人と合流した時、すでに2人の間には些か微妙な空気が漂っていた。微妙な距離感に、微妙なぎこちなさ。ついでに微妙に目を逸らして、ろくに言葉も交わさない。
 フォーレ・ネーヴ(eb2093)はそっと弟子の傍に近寄って囁いた。

「シルレインにーちゃん、何かあったかな?」

 弟子の過去がばれ、キーオが敵意を持っているらしい、という事は出発前に聞き及んでいる。だがそれを匂わせず、あえて促す様に尋ねたフォーレに、弟子は苦笑いして「こればっかは仕方ないッす」と肩をすくめた。
 一方、微妙な空気を放って明らかに一行の雰囲気を悪くしているキーオは、モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)に切々と怒りをぶちまける。かつての出来事から少年は彼の事を信頼しているらしい。
 モディリヤーノ自身ですら、シルレインがかつて盗賊団の一員だったという事に、怒りを覚えずに居れなかったのだ。当の被害者であるキーオにすれば許し難い、と言う気持ちも理解できる。
 故にモディリヤーノは言う。

「彼は、君達が襲われた時はすでに足を洗っていた。だから直接は君達の仇ではないよ‥‥過去に、君達のような人を増やした‥‥」
「‥‥事もなかったわねッ! 今大事なのはそんな事じゃないでしょッ!」

 内心のわだかまりが思わず口をついて出かけた仲間の言葉を、ハッと気付いた加藤瑠璃(eb4288)が強引に割って入って否定した。勢い余って馬が接触し、モディリヤーノが悲鳴を上げて落馬する。
 はぁ、と不審そうな顔になったキーオに「復習よ、これから行くアジトに何が待っているか、考えておいて」と言いおいて、きっ、とモディリヤーノに向き直った。落馬させた事を詫びて彼に手を貸しながら、押し殺した声で注意する。

「余計な事を言って、キーオさんが『じゃあその人達の仇も討つ』とか言い出したらどうするのよ?」

 憎しみに心が染まっている時は、耳に優しい言葉や都合の良い言葉しか心に届かないものだ。真実を告げる事は、良い事ばかりではない。もしシルレインが盗賊団の鍵開け師として、良心の仮借なく被害者を増やす手助けをしていたと知れば、少年は迷わず彼に矢を打ち込むだろう。
 例え今は過去を悔い、償おうとしていると説明しても、誰の目にも明らかな事実が憎しみに曇る目には見えない。
 だがそのような激しい憎しみは、時にカオスの魔物に付け込まれたりもするものだ、とオルステッド・ブライオン(ea2449)は案じる眼差しをキーオに向けた。恐らく婚約者を亡くして酒浸っていたという昔より、今の彼の方が何倍も生き生きとしている筈だ。だが憎しみを原動力とする目的は、果たされた時に更なる虚無となって襲い掛かってくる。
 その意味でも、実際にキーオが思い余って何かしないかと言う意味でも、常に気を払っておく必要がありそうだ。オルステッドは冷静な眼差しでそう考えた。





 盗賊団が実際にどこかの騎士の家柄であった事も否定は出来ない、とエリーシャ・メロウ(eb4333)は考えていた。
 『強奪騎士団』を自称する盗賊団が壊滅寸前に追い込まれたのは5年前。結成はさらに前だろうが、その頃と言えば前王の治世下、多くの一族がお家取り潰しの憂き目にあった頃でもある。
 その頃の騎士の成れの果てが盗賊に落ちぶれた可能性もある。エリーシャはそう考え、敢えて仲間とは別行動で、アジト周辺を調べて回った。
 幸いドーハンから少し離れたカンパスと言う町で、人々は好意的に自分達の知っている事をあれやこれやと教えてくれた。この町の酒場にも昔は盗賊団がやってきて、だが酒場で特に暴れるでもなく大人しく酒を呑む連中だった、と言う。
 その酒場の若い娘はひょいと肩をすくめた。

「首領が昔は騎士様だったって話は聞いた事あるわ。どうせ酔っ払いの戯言でしょうけど――そうそう、お仲間の赤毛の若い人に危ないからもうこの町に近付かないよう伝えてね」

 気付いてるのはまだ私位だけど、とグッと声を低くして付け加える。恐らくシルレインの事だろう、とエリーシャは小さく頷いた。
 よろしくね、と微笑む娘に礼を言って愛馬にまたがる。今からドーハンに向かえば、さほど仲間に遅れず辿り着けるだろう。





 ドーハンは余り治安が良くない町だった。町を覆う空気がどこか荒み、世の中を斜に構えて見て「俺達は理解されない」と自己憐憫に酔う連中が、そこかしこに溢れている。
 そこは、そう言う町だった。そしてやって来た一行を見て、シルレインに目を留めてひそひそと噂し合った――盗賊団だよ、と。
 冒険者が顔を顰め、キーオが怒りの眼差しでシルレインを見た。だがシルレインは気にしてない素振りで冒険者を振り返り「あれがアジトッす」と山の中腹程に見える建物を指差した。
 仕方ないッす、と諦めた笑いを浮かべた青年を思い出す。ウィルでは馬鹿がつく程素直で下町の皆から愛される青年は、だがこの町ではまだ恐ろしい盗賊団の仲間なのだ。
 何となく、褒めてやりたい気分できゅっと抱きしめたフォーレに、ほへッ? とシルレインが顔を赤くしてわたわたした。それは全くいつも通りの、彼女の良く知る彼女の弟子だ。
 町を素通りし、アジトのある山への登り口に差し掛かる。オルステッドの連れていたフロストベアが、物珍しかったのか制止の声も全く気に留めず山の中に飛び出していった。やれやれ、とため息をついた男を不思議そうに見る青年に、オルステッドは向き直って告げる。

「‥‥今回のアジトの調査は訓練も兼ねて、2人にやって貰おうと思っている‥‥」

 その言葉に、は、と青年は口を開けたまま固まった。それからパクパク口を動かした後、ひょいひょいと人差し指で自分とキーオを交互に指す。翻訳すると「オレとキーオの2人でって事ッすかッ!? マジでッ!?」。
 勿論よ、と頷いたのは瑠璃だ。キーオも盛大に嫌な顔になるが、冒険者の方針は変わらない。
 何も一から十まで総てをやり遂げて来い、とは言っていない。フォロー出来る事はするし、罠やからくり解除など、絶対的な経験不足も補いはする。だが主体はあくまで2人であり、冒険者は同行者として動く――それは先に話し合って決めておいた事。
 キーオは微妙な顔で青年を見た。その様子を見るモディリヤーノには、まだ別の不安もある。以前の訓練の時、キーオは罠類はあまり身を入れて取り組んでいなかった、と聞いた。
 恐らく、自らの手で直接一矢報いる事を望んでいるのだろう。だが。

(相手は冒険者とすら渡り合う連中‥‥そんな連中がキーオ殿のような一般人の仕掛けた罠でダメージを受けたら、プライドは傷つくと思うけれど)

 一先ず彼には弓で戦って貰うと方針は決まっているが、その辺りの認識のズレは正しておいた方が良い、かも知れない。
 ようやくアジトに辿り着くと、瑠璃が不安な顔の2人を前に、言っておいた課題の答えを確認した。このアジトの中に、果たして何が待ち構えて居る?
 罠ッすかね、と言ったのはシルレインだ。待ち伏せされているかも、とキーオも答える。だが2人とも、じゃあ具体的には、と重ねて尋ねられると途方にくれた顔で首を振った。
 ハァ、とため息。

「キーオさん。盗賊団のメンバーの解ってる特技は?」
「え、と‥‥剣と、鎖鎌と、毒‥‥?」
「そうよ。じゃあ、罠に毒が使われてる可能性も考えるべきでしょ」

 言いながら瑠璃は自分の荷物から解毒薬を取り出し、2本ずつ手渡した。本来なら出発前にそこまで考え、用意しておくのが冒険者の最低限の嗜みだ。保存食なら現地で譲って貰ったり、仲間に分けて貰うという事も出来るが、それも望ましい事ではない。
 まして、彼らが相手にしようとしているのは極悪非道の盗賊団なのだ。次からは十分注意するように、と言う言葉に頭を下げて、2人は有難く解毒薬を受け取った。
 2人に気付かれない様、大きな危険がないかを先にこっそり調べていたオルステッドとフォーレが戻ってきて、大丈夫そうだ、と頷いた。ステインエアーワードを試みていたモディリヤーノは、些か淀みが激し過ぎたものの、何とか現在このアジトに出入りしているならず者が居るらしい事を突き止める。
 それならば大きな罠はなさそうだが、そのならず者自体が盗賊団と繋がりがある可能性も否定出来ない。油断は禁物だ。

「‥‥ッ、何とか間に合いましたか」

 遅れると言っていたエリーシャが、些か息を荒げながらようやく追いついてきた。これから調べる所だと言うと、良かった、と大きく頷く。
 といって、調査自体は少し苦手なエリーシャは、愛犬に匂いを追わせる他は灯り持ちを、と荷物からランタンを取り出した。まだ昼間なので大丈夫だとは思うが、遠くから火を見た誰かが襲って来ないとも限らないので、オルステッドは外で待つ。
 大丈夫、とフォーレが笑って肩を叩いた。

「説明した事をちゃんと覚えてればねー。傍にも居るし♪」
「は、はい‥‥」

 キーオがごくりと唾を飲み込んだ。一方のシルレインは、緊張した様子もなく無造作に扉に手を掛けて師匠にどつかれる。
 幾ら盗賊団の元アジトと言っても、彼にとっては少年時代に暮らしていた場所。何か仕掛けられて居るだろうと思っても、油断が捨てきれない様だ。
 仕方なくキーオが先頭に立つ。本来なら地の利があり、それなりに経験もあるシルレインが先に立つものだが、この調子だと真っ先に罠に掛かりそうだ。
 キィ、と開いた扉の向こうは、古臭い匂いが立ち込めていた。ならず者も頻繁に出入りしている訳ではないようだ。エリーシャが足元を照らすと、積もった埃の上に無造作な足跡が幾つも残っている。
 窓板は下ろされているが、隙間からは陽精霊の光が差し込んでいて、逆に惑わされそうだ。瑠璃は先を行く2人の背中を見ながら、こんな状況だからこそしっかり見守らなければ、と言い聞かせた。
 建物はそれ程広くない。幾つかの部屋と、後は大部屋があるだけ。モディリヤーノも2人に気を払いながら、注意深く家具などの様子を見て行った。幾つかは二重底や隠し棚のある物入れがあったが、中は空っぽだ。壁自体がはめ込み式の棚になっている場所もあり、そこには鼠の親子が巣を作っていたので元通りにしておいた。
 やっぱ変わってるッすね、ときょろきょろ見回していた青年が肩をすくめ、傍らにあった花に無造作に手を伸ばした。隠し通路などを調べていたフォーレがアッと声を上げるが、すでにシルレインの手は花を掴んでいる。
 へ、と青年が不思議そうに師匠を見て、それから自分の手の中にある物を見た。見て、げ、と顔を暗がりでも明らかなほど蒼褪めさせた。

「レイリーの花‥‥ッ」

 部屋の中に、埃臭い空気を払拭する甘ったるい匂いが広がる。咄嗟に瑠璃は仲間達に注意を促し、口元を手で覆った。毒を操る少女レイリーの花、蒼褪めたシルレイン。くらり、と眩暈がする。
 閉ざされた窓板をぶち破り、そこから外へ飛び出した。何かは判らないが、恐らくあの匂いは良くないものだ。シルレインに視線をやると、確か神経性の毒だったと思う、と大きく頷き。
 緊張感がないにもほどがある、とフォーレと瑠璃が同時に青年の頭をぶん殴った。毒消しを飲み「スンマセンッ!」と平謝りに謝る青年を叱りつける。
 だがしかし、レイリーが毒を残していたと言う事は、それ以外の何かが残っている可能性も高い。空気が入れ替わるのを待って再び中に入り、くまなく捜索した所、フォーレが床板の下から絵が書き付けられた板切れを発見した。

「どこかの風景‥‥?」
「ふむ‥‥そう言えば以前にも‥‥」

 2人には言っていない事だったが、以前にも未来視で盗賊団の動向を調べた所、どこかの町の光景が見えた事があった。もしかしたら描かれている風景と、その町は同じなのかも知れない。
 シルレインに見せてみたが、どこかは判らない、と青年は首を振った。キーオも同様だ。これはウィルで吟遊詩人等に聞いた方が確実かも知れない、と冒険者は頷いたのだった。





 その後、念の為自分も確認をとオルステッドが建物を調べ終えるのを待って、彼らは下山しようとした。他に古びた価値のない装飾品などは見つけたものの、盗賊に繋がりそうな手がかりは先の絵ぐらいのようだ。
 だが馬の元に戻ると、どこからともなく重い足音と、複数の軽い足音が近付いてくる。ならず者達が帰ってきたのだろうか。冒険者達は警戒して足音の方を振り返った。いざとなれば戦闘出来る準備は整え、そして。

「‥‥‥」

 フロストベアに追いかけられ、必死の形相で逃げてくる男達の姿を、見た。そう言えば遊びに行ったのが居た。
 冒険者達は思わず沈黙し、男達を見た。走ってきた男達も、逃げ込もうとしたアジトの前に立つ集団を見て疑問の顔になった。フロストベアが主を見つけて全身で喜びを表現した。
 数瞬の沈黙。

「‥‥ッ、なッ、何してやがるッ!?」

 現実に立ち返ったならず者集団が、口々に叫びながら腰に差した剣を引っこ抜いた。フロストベアに追いかけられると言う恐怖体験のせいだろう、大変凶暴な気持ちになっているようだ。
 勿論、冒険者とて黙ってはいない。否、戦闘準備を整えていた分、遥かに有利だったと言える。だが意外な展開に多少の動揺はあった、その動揺が始まった戦闘の中で刹那の油断を呼び。

「シルレイン殿ッ!」

 モディリヤーノが叫び、瑠璃が腕を押さえて膝を突いた青年に駆け寄った。ならず者達を追い返したオルステッドが、キーオに厳しい目を向ける。逃げていく男達は、エリーシャの愛犬エドが追い立てた。
 キーオが放った矢が、シルレインの腕に命中したのだ。流れ矢、だと思いたい。フォーレがキーオから弓を取り上げ、腕を掴む。
 青年は微かに呻いただけで、歯を食いしばって腕に刺さった矢を抜く。どうやら腕の筋は痛めてないようだが――途端に流れ出した血を拭いながら、瑠璃が厳しい口調で言った。

「連携というのは信頼で成り立つものよ。味方を信じられなくなれば連携は簡単に崩れるの。連携が取れなければ勝てる戦いも勝てなくなり、守りたいものも守れなくなる。冒険者は戦場では絶対こんな事はしないわ」
「す‥‥すみません」

 瑠璃の警告に、さすがに蒼褪めた顔で頭を下げたキーオに、エリーシャは息を吐いた。彼の憎しみは、彼自身にしかどうすることも出来ない。キーオの村への襲撃と直接関係ないシルレインへの感情を制御出来ないのは、彼自身の心の弱さの顕れだ。
 それでも、実際に流れた血を見て些か理性が戻ったのか。復讐という言葉が意味する現実を見て、興奮が冷めたのか。今は、少年の顔から最前のような憎しみが消えている。
 それでも2人の関係を変えるのに、言葉だけではない抜本的な荒療治が必要だと感じた。だが一体どうすれば良いのか具体的な方針は、今はまだ誰の胸のうちにも見出せなかった。