●リプレイ本文
火霊祭、1日目。昼前にその村に到着した冒険者達は、参加者の目を見張るほどの少なさにまず、何とも言えない視線を向けた。
元々、人助けの気持ちも兼ねて祭りに参加しようと決めた風烈(ea1587)だったが、それにしたってこの少なさはどうだろう、と思う。とはいえ3日もの間全く火を使えない、という苦行の如き祭りであれば、この少なさにも頷けるのだが。
(この所なまった身体を鍛え直すのにも良いだろう)
華国出身の武道家はそう己に頷いた。常に自らを鍛え高める精神があればこそさらなる高みに上る事が出来る、それを体現するのが彼だと言っても過言ではあるまい。
そんな見上げた精神とは対照的に、始まる前からすでにやる気をなくしている面々もちらほらと居る。主に人数合わせで参加を余儀なくされた不運な村人とか、今年こそ実行委員から降りてやると誓ったが果たせずがっくり膝を突いてる村人とかだ。実行委員は強制参加らしい。
持ってきた食料品などの荷物を村人に預ける際、そんなどんよりした空気をつぶさに見てしまったクリシュナ・パラハ(ea1850)が、その空気が感染したようにちょっとブルーな表情で参加者の待合い所まで戻ってきた。そこで熾されている火が、参加者に許された最後の温もりだ。
数少ない参加者と一緒になって火に当たりながら、知らず、ため息を吐く。
「炎使いとしてこの祭は外せないとは言え、中途半端な我慢大会って訳ですからねぇ」
「だよな。パァーッと盛大にたき火してみんなで騒ぐだけで良いんじゃねぇ?」
クリシュナの呟きを聞いた村雨紫狼(ec5159)が、うんうんと頷いた。実際、地方によって差があるとはいえ多くの祭が、紫狼の言うようなスタイルを取っている事は否めない。
なのに一体なぜ火を禁止。我慢大会。そう思ってしまうのも無理のない話だろうか。
やがて運営係の村人がやって来て、開会式とルール説明が始まるから、と参加者達に声をかけて回った。見れば先ほどクリシュナが荷物を預けた民家の隣に若干高い木の台が置かれ、その上にびっくりするするくらい嬉しそうな顔で中年の男がピンと背筋を伸ばして立っている。
あぁ村長、と強制参加の村人から恨めしそうな呻き声が上がった。あれこそが諸悪の根元‥‥ではなく、この苦行の如き祭りの推進派の最有力者。気のせいか、村人達からは殺意のこもった眼差しすら向けられている。
嫌々、ぞろぞろとそちらに向かって参加者達が歩き出すと、呼びに来た村人がたき火に土をかけて消した。それにますます絶望に近い声が上がる。こっちまでやる気がなくなりそうな声だ。
(これでは他の参加者もますますやる気がなくなるだろう)
職業柄フィールドワークにも慣れているキース・レッド(ea3475)ですらそうなのだから、と周囲の人間に視線を走らせる。火を使えない状況下での行動や食事には慣れているが、それでも好き好んでやりたいとは思わない。文字通り、修行か何かのつもりでやらなければ。
村長が集まった参加者達を前にまずは謝辞を述べ、それから得々と祭の起源から歴史、注意事項などを語り始める。この手の話というのは確実に、聞き手の都合など全く考えず長びくもののようだ。
参加者達はあからさまに、そもそもこの地を見つけた村の祖先が旅の苦難を忘れないために〜だの、多くの人間がこの祭で精神的に鍛えられ〜だの、火打ち石1個火事の元だのといった話を聞き流した。特に村人、もう耳にたこが出来ている。
たまに、話が長すぎてぱったり倒れる参加者の救護を行いながら、無事つつがなく村長のありがたいお話は終了した。多分全員、もう2度と聞きたくない、と思っているだろう。
その日はもう遅くなった事もあり、野菜を塩と酢で和えたサラダと切った果物、よく叩いて伸ばして塩と香辛料を擦り込んでさらに叩いて柔らかくした塩漬け肉の薄切りで夕食となった。当然ながら焼かなければならないパンは出ない。
味気ないとは言えそこそこ豪華に見える夕食に、案外頑張れるかも、と参加者達は冷たい食事を味わって、案内された寝床に潜り込んだ。手足をぎゅっと縮めて、冷えた寝床が暖まるのを待つ。
だが紫狼は2人の嫁の精霊達と一緒に寝床に潜り込みながら、がっくりした表情だった。
「火が使えねぇって事はそりゃ、風呂もダメだよなぁ‥‥」
当然ながら、火が禁止という事はお湯も使えない、と言うことはお風呂も入れない。元々家庭内で風呂を沸かして入る、と言う文化のない地ではあるが、いろんな意味で雑多な文化のある冒険者街では風呂をしつらえている家も当然あり、紫狼はその恩恵に与る日々を送っていたので。
その辺が全く関係ない精霊達は、楽しそうに両側からきゅっと紫狼にしがみついた。そういう遊びだと思っているのかも知れない。
何はともあれ、1日目の夜はそうして更けていったのだった。
◆
2日目。陽精霊の光が朝を告げると同時に目覚めた烈は、軽く身支度を整えるとならい覚えた武術の型を、基礎から丹念にさらい始めた。
まだ寒さが深刻ではないとは言え、朝晩の冷え込みは十分厳しい。体を温める意味も込めて鍛錬に励むうち、少しずつ体がぽかぽか温まってくる。
(これは、火の大切さを再認識出来る、有意義な祭かも知れないな)
一通り型をさらい終え、知らず吹き出した汗を布で拭いながら烈は考えた。普段、当たり前のように火がそこにあるので気にした事はないが、火がないと言うだけで途端に出来なくなる事の、なんと多いことか。
その思いはやはり火を使わない朝食を食べ、昼食を食べればますます強くなる。多少の差異はあれど、火を使わない料理にそれほどバリエーションはない。おかげで殆ど代わり映えのしない食事を食べる羽目になり、しかも温かいものが少しもないのでお腹から冷えてくる。
この辺りで参加者の行動は大きく分かれた。少しでも体を動かして暖まろうとするものと、とにかく与えられた寝台に丸まってこの時間をやり過ごそうというものだ。
冒険者達は当然、烈を筆頭に圧倒的に前者。とは言えこの祭、他にやる事が用意されているわけでもなく。
「なぁ、なんかイベントねーの?」
ついに退屈を持て余した紫狼が、村人に声をかけて薪割などをさせてもらっている烈を見て、村長を捕まえてそう聞いた。村の仕事と言ってもそんなに余っているわけではないので、烈がやっている仕事すらもう幾らもせずに終わりそうだ。
だが村長は、はい? と本気の顔で首を傾げた。心から、一体紫狼が何を言っているのか解らない、と言う顔だった。
どうやらイベントなどはないようだ、と悟ったキースがため息混じりに助言する。
「村長。来年は何か、スポーツ大会や遊技大会のような、体を動かして暖まる企画もあったら良いんじゃないかな」
「ほ‥‥ッ! それは初めての試みですぞッ!」
何故か村長はものすごく驚いた顔になって、それから感動に興奮した様子で叫んだ。え、今まで全くナシですか。と言うか思いつきもしなかったんですか。
村長はこの素晴らしい助言を村人達にも伝えるべく、興奮した様子で走り去った。結果、置いていかれた紫狼とキースが顔を見合わせ、微妙な表情で肩をすくめる。
そりゃ、祭参加者も減るって。
だが、ないものはないのだから仕方ない。となれば参加者の方で暖かく楽しく過ごす為に創意工夫をするよりない訳で。
「皆さん、鬼ごっこしませんかね」
クリシュナが悩む参加者達の所にやって来て、楽しそうな口調でそう言った。おにごっこ、と幾人かが呟くのに大きく頷く。
地域によって微妙なルールの差違はあれど、鬼ごっこでやる事は至ってシンプルだ。鬼と子に分かれて、鬼は子を追いかけ、子は鬼から逃げる。子が鬼にタッチされたら、その時点で子と鬼が交代する。
やる事は単純だが、真剣にやろうとするとなかなか体力を消耗する遊びである。つまり身体を動かして暖まるにはうってつけのゲーム。
そうは言っても子供の遊びである事には違いなく、クリシュナの言葉を聞いた良い大人の参加者達は一瞬、エー、と言う顔になった。と言って他に良い提案があるわけでもない。
一方、冒険者達は良い意味でその辺りのこだわりがない。キースと紫狼はすぐに賛成の声を上げ、薪割を終えて少し休憩をしていた烈も構わないと頷いた。真剣にやればどうしてなかなか、体力作りにもなる。
そうして当初、冒険者達と幾人かの参加者のみで、鬼ごっこは始まった。
「ではまず言い出しっぺの私が鬼になりますよ。い〜ち、に〜、さ〜ん、し〜‥‥」
「うっし、逃げるぜふーかたん、よーこたん!」
「こんな遊びをするのも久しぶりだ。手は抜かないよ」
「これはこれで良い鍛錬になる」
「ふっふっふ、実は僕は昔ちょっと強かったんだぜ」
口々にそんな事を言いながら、クリシュナが数える声に背を向けてあちらこちらに向かって走り出す。建物の中と家畜小屋の近辺は禁止区域に指定された。前者はもちろん隠れられては意味がないからで、後者は家畜を脅かして乳やら卵やらが出なくなってはいけないからだ。
村は決して広いわけではなく、どこに逃げてもクリシュナの声は聞こえてくる。それはつまり、追う方はもちろん逃げる方も油断出来ない、という事。
「に〜じゅく〜、さ〜んじゅうッ! さぁ、行きますよッ!」
気合いとかけ声と共に鬼が走り出す音が聞こえ、逃げる方にも緊張が走る。どちらから向かってくる? どっちへ向かっている?
しばし意識を研ぎすませ、聞こえてくる音に集中した烈は、よし、と頷き別方向へと走り出す。良い鍛錬になりそうだ、と言ったのはつまりそういう事だ。
だがそこはレンジャーのキースも負けられない。さすがに罠を仕掛けるのはルール違反、と言うか本職レンジャーの罠なぞに一般人がかかったらえらい事になるので勿論しないが、建物などの配置から盲点を見つけ出すのは案外、お手のものだったりする。
と言うわけで、本気を出した先輩2人に爽やかに置いてきぼりにされ、紫狼と2人の精霊の嫁達は全力猛ダッシュに追い込まれた。
「うっひぃッ! 先輩マジになってんじゃね!?」
「なってませんとも!」
叫びながら速度を上げるクリシュナ。十分マジだ。開始前に「冒険者は熱くなりすぎないよう」と注意した彼女だが、この手の遊びはまぁ、知らず知らずのうちにテンションが上がるもの。
だがしかし、残念ながら基礎体力の差で逃げきられ、クリシュナは別の村人に標的を変更した。一般人にしてはなかなか体力がありそうな男性だったが、クリシュナ相手だとほぼ互角。僅差で何とかタッチに成功し、鬼と子が交代になった。
やりましたよ♪ とクリシュナが逃げるのを悔しそうに見て、鬼になった男が大きな声で数を数え始める。そうして数え終わって辺りをきょろきょろ見回し、人が居そうな方に向かって走り出す。
ひたすらシンプルに、ただそれだけを繰り返す鬼ごっこだったが、やがて「あの、俺も参加しても良いかな‥‥?」と照れ臭そうに声を掛けてくる者が現れ始めた。純粋に寒かったのと、見ているうちにだんだん羨ましくなってきたらしい。
勿論、と大きく頷いてメンバーに声をかけ、いつの間にやら外に出ていた参加者全員総出の大鬼ごっこ大会になる。勿論鬼が1人では追いつかず、途中で鬼3人対残り全員、という戦いになって。
「ふむ‥‥では来年は鬼ごっこを催すかの」
「村長、オリジナリティーって言葉をご存知ですか」
汗を流して駆け回る人々を感動の眼差しで見つめてそう言った村長に、通りがかった村人が冷静に突っ込みを入れた。そんなものがあったらそもそも、参加者激減の危機に陥ってまで昔ながらの祭を強行する事はなさそうだが。
冬の声が聞こえ始めた寒空の下、真剣に走り回る大人達の歓声が響き渡る。限界まで体力を使い果たした参加者達は、夕食の相変わらずなサラダとハムと果物を一気に平らげ、ベッドに潜り込んだ瞬間泥のような眠りに落ちたのだった。
◆
3日目。今日も陽精霊の光と共に目覚めた烈は、昨日の鬼ごっこの快い疲労もほぼ残っていない事を確かめながら、前日と同じ様に一から武術の型をさらい直した。昨夜も寝る前に身体をほぐしがてらさらっている。彼にとって、ある意味では実に有意義な祭の様だ。
いつの間にか集まってきた近所の子供達が、面白そうな瞳で見様見真似で拳を振り回し始める。子供というのはとかく、変わった遊びや新しい遊びが大好きなものだ。烈の鍛錬もその延長だと思ったらしい。
苦笑して、変な動きをすれば本気で筋を傷めかねないのでそれだけ注意しながら、自由にさせて烈は演武を再開する。多くの武術は技と技を組み合わせた流れがあり、それを骨の髄まで叩き込む事で実戦でも戦える武術を身につけるのだ。基礎がしっかり出来ていれば応用は何とかなる、というか。
心地よい汗を乾いた布で拭った頃に他の参加者達も起き出してきて、鬼ごっこで筋肉痛になった全身を持て余しながらも、どこか清々しそうに相変わらずな朝食の卓についた。一方、とにかく寝台に潜り込んで時間が過ぎるのを待っている者は、どこかどんよりした顔つきでモソモソとサラダを咀嚼している。
精神力の差が出た、と言おうか。ただ無為に火を使わない生活を、というのはキースが考えていた通り、ひたすらの我慢大会という意味合いだけが強調されるものだ。だが身体を動かして皆でわいわい盛り上がり「寒いなぁ」などと文句を言いながら過ごせば、3日は拷問というほど苦痛を伴う時間では、ない。
冒険者のみならず他の参加者も、陰気な顔で寝床に帰っていく人々に一緒に遊ぼうと声をかけたが、頷く者はほとんどいなかった。もしかして、そんな気力すらないのかも知れない。
まさか無理に引きずって止める訳にも行かず、今日で終わりですよ、と励ましの言葉をかけて、陰気な人々を見送った。最初の村長の説明によれば、祭は3日目の夕方まで。陽精霊の光が消えたら終了の合図が出て、その後に温かい食事を振る舞ってもらえるのだという。
その料理を作る為だとかで、今日も烈が声をかけると、ここの薪を割ってもらって良いかしら、と村の主婦が申し訳なさそうに結構な量を指さした。勿論と頷いて斧を手に取る。案外、薪を割ると言っても体力は勿論、腰や肩を痛めない力配分や一本一本の薪の中心を見定め綺麗に割るための観察眼など、難しいものだ。
これも鍛錬、と黙々薪を割っている最中にも、よろしくねと言い残して消えていった女性の家の中では包丁の音や鍋とかまどが触れ合う音、油の跳ねる音などが聞こえてくる。お料理上手でもある烈は、それらの音を聞いて何をしている所か想像した。
(炒める、揚げる、蒸す、煮る、すべて火を使う調理法ばかり‥‥火が使えなければそれも出来ない、か)
そして料理と名のつくものはほぼすべて、これらの調理法を使わなければ作れないと言って過言ではない。全く火のありがたみがよく解る、と斧を振り下ろしながら烈は考える。
一方、その気持ちは他の参加者達も同じだったようだ。
「さすがに温かい飲み物が恋しくなりますねぇ」
「運動した後は冷たい水、と言っても限度があるね」
本日は紫狼提案『おしくらまんじゅう』で、村の広場で背中合わせに丸くなって両脇の人と腕を組みながらお尻で互いを押しまくった人々は、休憩の最中にそんな事を話し合う。何しろお湯も当然アウトなので、温かいお茶も出てこない。
もうそろそろ温かい飲み物や食べ物が恋しい、としみじみ七色の空を見上げる。まだまだ陽精霊の光は目に眩しい。
だがとにかく今日の夕方まで、と頷き合う。そうなると時間の経つのが遅く感じられるものだが、ここまでを鬼ごっこやおしくらまんじゅうで乗り越えてきた人々の中には何か、連帯感のようなものが生まれていた。
これが最後のはずの冷たい昼食を終え、午後からは少しまじめに、クリシュナが炎使いとして火の取り扱いなどに関する講話を催すと言った。午前中、美幼女か美人妻限定でおしくらまんじゅう、という意見を当然のごとく却下されて男性参加者が多数を占めるおしくらまんじゅうでもみくちゃにされた紫狼が、もううんざり、と諸手を上げて賛成する。ちなみに彼の嫁こと精霊達はと言えば、結構楽しそうにきゃぁきゃぁ声を上げて喜んでいたのだが。
「冬場は何と言っても、密閉した空間での火の使用が一番危険ですね。どんなに小さな火でも舐めて扱っちゃいけません」
暖かそうな日溜まりでひなたぼっこしながら、クリシュナ先生が色々な例を挙げて火の恐ろしさを説明する。それに参加者はうんうん頷いたり、なるほどと手を打ったり、或いは疲れが溜まってうとうとうたた寝を始めたり。最後の筆頭が紫狼であることは言うまでもない。
そんな話をよそに、村の広場では太い木が組まれ、合間合間に烈にも手伝って貰った薪を差し込んで、盛大なたき火の準備が始まっている。祭のフィナーレに火を点し、この周りで食事を取って貰うのです、とは陣頭指揮を執る村長の言。
その頃になるとようやく先が見えてきた安心からから、籠もりきりだった者達も少しずつ顔を見せ始めた。と言って寄ってくるわけでもなく、遠巻きに他の参加者達が集まって過ごしているのを「若いね、俺はもう無理だけどさ、へっ」とでも言いたげな、斜に構えた視線で眺めるだけだ。
苦い視線を送りながら、キースが苦言を呈した。
「こう言っては何だけれど、一応は寝るところも食事も用意されているわけだし、ただ単に火を使わない、って言うだけではやる気が出ないのじゃないかい?」
「ふむ、確かに仰るとおり、我が村の原始の祭は火の一切を使わず衣食住すべてを己の才覚一つで確保する、いわゆる生き残りを賭けたロマン溢れるものでした。じゃが十数年前に死者が出た折りに、もうこんな祭は野蛮だという意見が若い者から出ましてな、仕方なく妥協したというわけですじゃ」
「出たんかよ、死者‥‥」
まさかの衝撃告白に、うたた寝から目覚めた紫狼がひくりと顔をひきつらせた。とはいえ、そんな文字通り命がけの祭なら、確かに出てもおかしくない。反対意見を出した若い者、グッジョブ。
そこまでされると一般人のみならず、間違いなく冒険者でも命が危うそうだ、とキースはため息を吐いた。彼と手火を使わない生活の経験があると言っても、『衣』まで自力でと言われるとさすがに。
衝撃の事実で祭参加者達にしみじみと幸運を噛みしめさせつつ、陽精霊の光はゆっくりと弱くなり、広場には宴の準備が整い始めた。そわそわし始める参加者達をじらすように、時間はゆっくり過ぎていき。
ようやく、陽精霊の最後の光が消えた。息を呑んでその瞬間を見つめていた参加者達の歓声で、時間潰しも兼ねて鍛錬に勤しんでいた男もそれを知った。
よっし、と両手で拳を握り、愛する精霊達を抱きしめて感動する男がいた。やっぱ精神的にキましたねぇ、とケロリとした顔で笑いながら、たき火の点火役に立候補した女性がいた。ようやく終わったか、とため息を吐きながらそっと指から何かを外した男がいた。
「皆様、お疲れ様ですじゃっ!! まずは熱いスープからたんと召し上がってくだされっ!」
そんな人々に向かって声を張り上げた老人の言葉が、この苦行の如き祭の終焉を知らせたのだった。
◆
炎使いクリシュナは、この3日間の火と隔絶された生活を焼き払うように、組み上げられた薪に向かって景気よく炎魔法をぶっ放した。
「さーあ、行きますよ皆さんッ!」
もとより朗らかな人ではあるが、それ以上に弾んだ様子が伺えるのはやはり、ようやく火のある生活に戻ってきたことで高揚しているのか。
ボンッ!
彼女に応えるように景気よく燃え上がった薪に、囲んでいた人々から「ヤッタッ!」「やるな姉ちゃんっ!」「いっそ全部燃やしちまえっ!」と感動に満ち溢れた暖かいかけ声が浴びせられる。いかに人々が火を熱望していたか判ろうというものだ。
まずは温かいスープから、という言葉通り、烈が薪割を手伝った民家から運ばれてきた大きな鍋には、一杯に野菜スープが作ってある。そこから木椀にどんどんよそい、どんどん配っていくのだが、次から次へとおかわりの声がかかってあっという間に底をついた。
やはり温かい食事は良い、とスープの木椀を大切に両手で持つ。手の平に伝わってくるほのかなぬくもり。祭の間中、冷たい食事を取るたびに知らず味わっていた失望が癒されるようだ――決して、大げさな話ではない。
スープの鍋が空になっても、もちろんそれで終わりにはならない。次の料理はどんどん運ばれてくるし、たき火はますます燃え上がって辺りを昼間の如く輝かせ、飲み物もホットワインからハーブティーまで。
普段は気にも留めない位に、当たり前に享受出来る火の温もり。やっぱこうでなきゃな、と紫狼は満足そうに焚き火を見上げ、それから運ばれて来る料理にきらりと目を光らせた。
誰かが陽気に歌を歌い出し、それに誰からともなく唱和の声が上がり、やがて焚き火を囲んだ人々が楽しそうに、高らかに唄い出す。その間を行き交い料理を運んだり皿を下げたりする村人も、うきうきした様子で小さく歌を口ずさんでいる。
火の精霊への感謝を噛み締めるために、火のない生活を――そんな願いで続いてきた祭はきっと、来年も様々の反対を受けながら敢行されるのだろう。その時にはきっと、冒険者から受けた助言も生かされているはずだ。
それらはすべてこの、火の恵みに心から感謝する人々の笑顔を見る為、なのである。