【火霊祭】焚き火賑わうその空の下。

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月17日〜11月17日

リプレイ公開日:2009年11月26日

●オープニング

 この頃めっきり寒くなり、ウィルの街でも前かがみに歩く人の姿が見られるようになった。自然、街を行き交う人々の足も速まって、枯葉を舞わせる風も頬を切り裂かんほど。
 そんな中、

「シスター、勝負です」

 なぜかそんな、思い詰めた様にも聞こえる言葉を、ウィルの教会の小さな庭の片隅で通いの庭師は突きつけた。突きつけて、そのままむっつり相手をねめつけた。
 そして、突きつけられたウィルの教会の押しかけ弟子は。

「はい‥‥? シーズさん、何かヘンなもの食べましたか?」
「食ってません」
「じゃあ風邪引いたとか? 急に冷えましたから、気をつけた方が良いですよ?」
「引いてません」

 真剣な表情でコクリと首をかしげ、お悩み相談室こと懺悔室にやって来た人を見送りに出て来たままの格好で、言い返したシスター・ヴィアに、庭師のシーズはきっぱりと首を振った。それ以前に、懺悔室の利用者を見送りに出てきてる時点で懺悔室の根底が崩れている事に、ヴィアが気付いているかどうか。
 そんな事はともかくとして、じゃあ一体何が、と真剣に眉を寄せて考え出したヴィアに、シーズは重々しく言葉を紡ぐ。

「先月の収穫祭はシスターの流儀でやりましたけど、今月の火霊祭はうちの実家の流儀でやらせて貰います」
「そう言えば今月は、アトランティスでは火霊祭というお祭があるんでしたね! で、それが何の勝負ですか?」

 ジ・アース出身のヴィアには元より馴染みのない祭である。勝負と言われても、一体何を言いたいのかがまったく見当も付かない。
 故に、目をパチクリさせてじっとシーズを見上げるヴィアに、彼が語った所によれば。
 シーズの実家のある町では、火霊祭には盛大な焚き火を熾して、その火で料理をして火の精霊への恵みの感謝を捧げる。それはつい先日のヴィア主催の収穫祭(もどき)で、実家の火霊祭に似ている、とシーズが思ったとおり。
 だがその、盛大に焚き上げる焚き火の火種を、火打石など一切の道具を使わず、実に原始的に木の棒と板で火種を熾して取る、というのが珍しい所で。
 その年、一番最初に火種を熾せた者はそれから一年火の精霊の恵みが篤くなると言われている。さらにその火種から熾した焚き火で作った料理を食べて町の者も火の精霊の恩恵に浴し、同じ火種から取った松明で町中を巡って軒先に吊るした飾りに火を点して魔物からの加護を願うのだ。

「その飾りを燃した灰がまた、魔物避けになるって事で翌朝家族で一番に汲んだ井戸水で飲むって言うのがうちの町の祭で‥‥シスター、聞いてますか?」
「は‥‥ッ!? はい、勿論聞いてますっ! シーズさんがこんなに喋るなんて珍しいとか思ってませんっ!!」

 語るに落ちるとはこのことだが、真剣に握りこぶしを作って力説するヴィアは当然、まったくもってそんな事には気付いていない。
 はぁ、とシーズは溜息を吐いた。吐いて、何だかぐったりしながら最後の言葉を搾り出した。

「とにかく、俺がシスターに世話になってるって言うんで、伯母がシスターも是非ご一緒にと言ってます。俺としても是非、正しいアトランティスの祭ってものをシスターにお見せしたいわけですが」
「そうですねッ! 土地の事を詳しく知ってこそ、聖なる母の慈愛も皆さんにお伝えできると言うものです! 是非参加しますっ!」

 相変わらず何かがずれた方向で大きく頷き、じゃあ師に断ってきますねッ! と早速教会に駆け込んでいったシスターの後姿を見送って、ひとまず大きな仕事は終えた、とシーズは肩から力を抜いた。余り愛想の良い方ではない彼にとって、あのお騒がせシスターを火霊祭に誘う、と言うのは実に苦労の要る作業だった。
 そしてふと、王城の方を見やる。そちらには毎度お馴染み、冒険者ギルドもあって。

(‥‥あのシスターにはそのうち、冒険者ってのはお祭要員じゃないって事を、しっかり理解して貰わないと)

 多分恐らく間違いなく確実に、一緒にお祭行きませんかと誘いに行くであろうヴィアの姿を思い浮かべて、シーズはまた深い溜息を吐いた。吐いたのだがしかし、これからそこまで教え込む気力は彼の中のどこを探しても残っていなかった。

●今回の参加者

ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ ジュディ・フローライト(ea9494)/ ソード・エアシールド(eb3838)/ イシュカ・エアシールド(eb3839)/ ラマーデ・エムイ(ec1984)/ ミーティア・サラト(ec5004

●リプレイ本文

 さてその日、冒険者ギルドにはいつもの様に、物騒な依頼からほのぼのと心暖まる依頼まで、数多の依頼が並んでいた。どこぞのシスターではないが、冒険者を何でも屋だと勘違いしている依頼人って、結構多い気がする今日この頃。
 これまたいつもの様に、はたから見れば完全に仲良し親子にしか見えない風で、その冒険者達は揃って依頼を眺めている。事情を知らなければきっと、冒険者の旦那さんとの僅かな家族団らんを大切にしたい奥さんと子供、と温かい眼差しで見守ってしまうことは請け合いだ。或いはせいぜい良い線をついて、冒険者夫婦が僅かな子供との時間を大切にすべく、一緒にギルドまで依頼を見に来たのかと思うだろう。
 だがしかし、旦那さん(=ソード・エアシールド(eb3838))のみならず、奥さん(=イシュカ・エアシールド(eb3839))も冒険者と言う所までは正しいが、よもやその2人と両手を繋いでキラキラした目であちらこちらを見ている娘さんが、ルーナだとは思うまい。何しろ何度も見ているはずの受付係や記録係からして一瞬戸惑うのだから。
 家族は仲良く張り出された依頼書を見て、時折短い言葉を交わした。が、その言葉が不意に不自然に途切れたのに気付いたソードが、どうしたのだろうと親友を振り返る。振り返り、親友の視線がじっと1枚の依頼書に注がれているのを、見て。
 もう一度、今度はイシュカの視線を追って振り返ったソードは、そこにあった見覚えのある依頼人からの依頼書を、見つけた。

「火霊祭の参加者募集‥‥?」

 読み上げた声が怪訝そうだったのは、勿論内容が解らなかったからではない。翻訳すれば『あのシスター、今度は何を始めるんだ?』。
 ソードの言葉を聞いた精霊娘スノウホワイトが、両のおめめをキラキラ輝かせ、期待に満ちた顔でソードを見上げた。翻訳すれば『お祭? ねぇ、お祭って言った? お祭行くの?』。
 そんな様子にじっと視線を落とし、優しくスノウの髪を撫でた親友もまた、両の瞳を潤ませて(いるように見える表情で)懇願するようにソードを見上げた。翻訳すれば『ソード‥‥スノウが、スノウがこんなにお祭に行きたがっているんです‥‥』。
 考えて見て欲しい――この状況で、しかも事情をまったく知らない見物人(がいた、なぜか)から「たまには奥さん子供にも良い思いさしておやりよ旦那」なんて肩まで叩かれて果たして、行かないと言える人間がいるだろうか。いや、居ない(反語)。
 故に、特に行きたくない訳でもなかったはずなのに何故か断腸の思いで頷いたソードに、イシュカとスノウは手を取り合って喜んだ。この頃すっかり祭準備のトレードマークになったねこさんキャップを被らせて貰うと、精霊娘の興奮は最高潮。
 彼らが家族揃ってその村に現れたのは、だからそんな訳だった。





 火霊祭。火の精霊への感謝を捧げる、アトランティスの祭である。多くの町では感謝の印に、街頭などに篝火や提灯などを飾って町を華やかに彩るものだ。
 という事を説明されてなお本気で首を傾げていたシスターに、同じく本気のため息を吐いてぐったり肩を落とす庭師のシーズを、少し離れた所からラマーデ・エムイ(ec1984)が右手を挙げたまま目を丸くして見つめていた。右手を挙げたままなのは、2人を見つけて挨拶がてら手を振ろうとして、そこに漂う空気の何かこう、微妙なお砂糖臭に気付いて動きが止まったから。

(‥‥あれ? もしかしてそういうこと?)

 ニヤリ、と表現するのにふさわしいどこかのお砂糖大好き天界女子高生を思わせる笑みを浮かべたラマーデだ。悲しいかな、明らかにお砂糖臭はシーズの方からしか漂ってきていないが、そんなのは今後どう転ぶか判らない。
 じゃあ2人っきりにしてあげた方が良いのかしら、でもお祭りは沢山人が居た方が楽しいのよねー、と真剣に悩むエルフっ娘である。それ以前の宗教上の理由云々は、残念な事にアトランティス出身の彼女には、知ってはいてもそれほど重要な事項には捕らえられていない。
 閑話休題。
 奇しくも同じような悩みを抱える‥‥いや、どう見ても肝心のヴィアの方にその気配が全く見られないのだが、一応同じような悩みを抱えていることになるジュディ・フローライト(ea9494)が、その気配に気付いて知らないフリをしたものか、或いは本当に気付いていなかったのか、特に気負った様子もなく2人に丁寧に挨拶した。

「この度はお招き頂いてありがとうございます」
「ああ‥‥ようこそ」

 無愛想に頷いたシーズが、受付を済ませたかどうかなどと地元人らしい気配りを見せた。多くの人間がそうであるように、彼もまた地元の祭りに親しみと誇りを持っているのだろう、日頃から比べれば格段に愛想の良い口調だった‥‥あまりそうは見えないが。
 祭りの趣旨は至って簡単、せーのの合図で一斉に火種を作る早さを競い、一番早く火を生み出す事が出来た者が勝者。その人はそれから一年、火の精霊の加護がもっとも篤くなる、と言われていて、その火を使って作った料理を食べて加護をみんなで分かち合う。
 あまり‥‥もとい、かなり身体が丈夫ではないジュディではあるが、この頃は少しずつ運動を始めて身体を鍛えたりもしている。火種を熾すというのはなかなか大変な重労働だが、逆に日頃の成果を試すチャンスだろう。
 そんな静かな闘志(?)を秘めた微笑みはあくまで穏やか。ご参加の方はこちらにー、と係らしい男が呼ぶのにも気負った様子もなく頷いて、それでは頑張りましょう、と2人に微笑みかけた。
 急な呼びかけだったにも関わらず、呼びかけに応えて集まった面々の中にはちらほら冒険者の姿も見える。基本的な道具や方法などは祭りの係が教えてくれることになっているが、野宿なども珍しくない冒険者の中にはユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の様に、それぞれに火種を熾す道具なども揃えて参加の者も少なくはなく。

(万一の時の火熾しの方法は教わった事があるわね)

 実践する良いチャンスだと頷くミーティア・サラト(ec5004)も、自前の道具こそ持ってきてはいないが、火熾しの方法は頭の中に入っている。鍛冶師である彼女にとって、火種は命の次に大事なもの。日頃から炉の火種は切らさないようにしているが、万が一火種が絶え、火打ち石も失われた時の方法は、先々代の祖父が教えてくれた。
 家業の鍛冶師を継いだ彼女にとって、火の精霊はもっとも感謝を捧げなければならない相手だ。さらにゴーレムニストでもある彼女は、魔法の属性も火である。となれば火の精霊の恵みを頂きたいと、力が入るのも当然だろう。
 集まった人々に係から簡単な説明があって、希望者には火熾しの道具一式が貸し出される。だいたい半数の人間が手を挙げて、残る半数はその間に荷物から自前の道具を取り出した。
 最後に、祭りの係達が告げる。

「これは火霊祭です。我が町では一番の勝者が火の精霊の恵みを頂くと言われてますが、勝ち負けにこだわるのではなく、火の精霊への感謝を込めて皆さんの火を熾して下さい」

 参加者達がそれぞれに頷いたのを、確認して係達は会場となる町の広場へ案内する。そこには余所の町からの見物人と、参加する住人達が待っていて。

「皆さん、お好きな場所でどうぞ。よろしいですか? それでは、よーい‥‥始め!」

 開始の合図が高らかに、寒空の中に響き渡った。





 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)が選んだのは、実にシンプルかつオーソドックスな火熾し方法である。すなわち、一本の棒に紐を巻き付け、しなやかな木の枝などの両端に紐をくくりつけて弓を作り、左右に引っ張るのだ。
 オーソドックスかつ、誰にでも出来る簡単な火熾し方法。ただし『簡単な』は方法にのみかかる言葉であって、『火を熾す』という目的にかかる言葉では、ない。
 シフールの身には些か大きすぎる感のある火熾し道具を、キュッ、キュッ、と引っ張るご主人様をじっと見て、ルーナの銀華がコクリと首をかしげた。どうやら興味を持ったらしい。或いは新しい遊びだと思ったのか。

「月華もやってみますか?」
「‥‥♪」

 主にそう声を掛けられた銀華は、ぴょい、と喜んでディアッカと反対側の弓の先を持った。二人で息を合わせてごし、ごし、ごし、と向かい合って弓を引き合い、押し合う。
 キュッ、キュッ、ごし、ごし、キュッ、キュッ、ごし、ごし‥‥‥
 ‥‥‥‥

「‥‥お前は来なくていい」

 その光景がとっても羨ましかったらしく、自分もお手伝いをッ! と文字通り飛んできた精霊娘に、苦い顔をしたソードが低い声で叱りつけた。途端、悲しそうに潤んだ瞳になって『ダメなの、ダメなの?』とでも言いたげになるスノウ。早くも親友に手伝ってもらいながらぎこちなく手を動かすイシュカが、そっと微笑んで「‥‥危ないですから、ね‥‥」と言い聞かせるが、ジッ、と視線は銀華の方へと向いている。
 だがしかし、ご家庭にはご家庭の教育方針というものがある訳で。しばらくそうして向こうとこちらを見比べていたものの、どうにも首を盾に振ってくれなさそうだと悟ると、スノウはしょんぼりした様子で再び、見物人たちの方へと戻っていった‥‥そもそもルーナが火を熾したがるって、どうなんだろう。
 チラ、とユラヴィカは、自身が連れてきたミスラのネフェルタリとアータルの辰砂に視線をやる。途端、目を輝かせる精霊達。基本、個体差はあれど賑やかなことは大好きなようだ。
 と言ってネフェルタリはともかく、辰砂に手伝ってもらうわけには行かない。火打石は勿論、火魔法の類も禁止のこの祭で、火の精霊の助力などもってのほか。
 なのでユラヴィカは両者に大人しく見ているように言い聞かせ、まずは取り出した水晶のペンダントで光を集めることを試みていた。球形の水晶で、特殊な加工を施したものの中には、光を一点に集める事が出来るものがある。そうすると光が熱を持ち、炎に変化する、らしいのだが。

「なかなか上手くいかぬようじゃの」

 ため息を吐いたのは、幾つか連なる水晶球を試してからの事だ。あくまでペンダントとしての加工しか施されていない水晶球では、そもそも光を一点に収束できるものが殆どない。あちらこちらに陽精霊の光を反射して人々の目を楽しませているが、思うように光を集める事が出来ず。
 やはり普通に火を熾すか、と火熾し道具に目をやると、すちゃッ、とネフェルタリが嬉しそうに控えている。お手伝いの出番ですねッ!! と言いたげなミスラの隣で、しょんぼりするアータルも居たりして。

「火霊祭って変わったお祭ですねッ!」

 それらの光景を眺め、自らも木をごしごしこすり合わせながら、力強く頷くお騒がせシスターが1人。普段はウィルの教会のご近所でもある、シーズの伯母の声援を背に受けて、ありがとうございますっ! と手を動かす速度をアップする。
 隣にはシーズが無愛想に控えていて、シスターの勢いばかりでおぼつかない手つきをじっと見ている。この位置設定は勿論、2人をお砂糖に目覚めさせたいと1人萌え‥‥じゃない、燃えるラマーデだ。確実に、彼女は天界女子高生と仲良くなれそうな気がする。そちらに気をとられ、肝心の自分の手元が時々止まっているあたりなんか、特に。
 とは言え彼女もアトランティスの人間だ。精霊への感謝はきちんと持っている。どうにも埒が明かない2人は気になるものの、まずは火の精霊への感謝を込めて、と意識を切り替え、猛然と手を動かし始めた。あらあら、とそんな様子に苦笑するミーティアは、勿論順当にやるべき仕事をこなし、棒に巻いた弓をこしこし引いている。彼女が行っているのもディアッカと同じ、弓ぎり法。祖父から教わったと言うのがこの方法だ。
 祖父であるという以上に、鍛治師の先々代でもあった人の事を思い出しながら、一つ一つの仕事を丁寧に、確実に、手早く。それは鍛治師の仕事にも通じる概念だ。熱い鉄を打つには手早く、だが出来上がりを見据えて丁寧に、確実に仕事を施さなければならない。
 木と木がこすれる辺りに木屑を置いたり、わらを置いたり。その辺りは参加者によってもまちまちで、何人かで1つの道具を使って火種を熾そうとする者達も居れば、1人で何とか最後まで、と頑張る者も居る。
 それで言うならジュディは後者。せっかくの火の精霊の恵み熱き火霊祭だから、と連れてきた火の精霊たちが心配そうに見守っているが、にこ、と微笑みかけて彼女はまた真摯な眼差しで火熾し道具に向き直る。

(何とか、自分で、やり遂げねばならないの、です‥‥っ)

 正直に言えば早くも腕がクタクタで、ずっと同じ格好で同じ動作を繰り返しているものだから若干の眩暈すらもある。それでも何とか頑張って、自分の手で、火打石から生み出されるのではない火を生み出したい――彼女はそう願い、大きく肩で息をしながら教えられた通り、道具を動かして火種を生み出そうとしていて。
 ジュディのみではなく、幾人かがそろそろ肩で息をし始めている。そんな人々を見て回って、時折祭の係が肩を叩いて少し休憩するように促した。これは競争だが、火の精霊への感謝の祭。この町では、必死の思いを振り絞った思いより、楽しみながら感謝を捧げた方が精霊は喜ぶ、と考えている住人が多い。だからこそ、必死に根を詰めるのではなく、適度に休憩しながら、と言うわけだ。
 だがそんな、成し遂げたいという乙女の願いを火の精霊が聞き遂げたのか。或いはダイスの精霊の悪戯か(←
 はい、と頷きながらもう一頑張り、と新たに力を込めたジュディの手元で、きな臭い匂いがした。文字通りの、何かが焦げる匂い。アッ、と声を上げたのにまるで合わせたように、ミーティアからも声が上がった。

「2人同時!?」
「今年は火の精霊様が大盤振る舞いだなっ!!」

 そういう問題ではないと思うが、にわかに活気付いた係の男たちが、2人の所に駆け寄って行った。ここから、火種にまで成長させられるかが勝負の分かれ目。まだ勝負はついていない、と気合を入れなおす者も居る。または、火って実際につくんだなぁ、と諦めかけてた自分の手元を見下ろすもの。特にシスター。
 人々に見守られて、火は少しずつ形を整えていく。燃えやすい穂口を傍に置き、いっそう強く弓を動かすように言われて、ジュディは最後の気力を振り絞った。一方のミーティアは日頃の仕事の成果か、一定のペースで弓を動かし続け、やがてうっすらと目にも見える煙を立ち上らせる。
 その頃になると、我も続けとばかりに誰もが真剣に手元に集中し始めた。そうするうちにちらほらと、あちらこちらから煙の匂いが漂い始め。

「‥‥ヨシッ、ついた! 誰か、こっちにもっと藁と、火を移す松明を」
「こっちもだ!」

 やはり、そんな声が上がったのは同時。あらあら、と微笑むミーティアがジュディを見て、お互いお疲れ様だわね、と流石に少し息を乱して微笑んだ。
 ええ、と頷きジュディも松明に移された火を見る。煙からやがて小さな火種になり、こうして大きな炎となった火を。それは彼女が一から、自分の力で熾したものなのだ。

「やり、ま、した‥‥」
「あらあら、ジュディさん?」

 それを見届け、満足そうな顔で口の端から何か赤いものを垂らしながらふぅっと意識を失った乙女に、目を丸くしたミーティアが駆け寄って介抱した。その頃には冒険者仲間達も、それぞれに自前の火を熾す事に成功したようだ。
 一緒に手伝った精霊達が誇らしげに飛び回って、見ていなさいと言われた精霊達が待ちかねたとばかりに主に飛びつく。冒険者街では当たり前すぎる光景だが、見慣れない町の人々はその様子を見て、これは精霊の加護篤い祭になった、と精霊達を嬉しそうに眺めやって。
 広場のあちらこちらでは、まだ『ヨシッ!』と達成感に満ちた声を上げる参加者達が、ひっきりなしに手を上げていた。





 ミーティアとジュディの熾した火で作った松明で、町中に用意された飾りや篝火に火を灯す。その間に、同じ松明から取った火で熾した焚き火から火を選り分けて、別の場所で祭の料理が作られた。
 そちらを手伝いに行くと言ったイシュカの代わりに、ソードがスノウの面倒を見ながらあちこちの飾りを見て回った。この頃、祭と言えばこのパターンが定着しているので、精霊娘も当たり前のようについてきて、色々な形に組んだカンテラの影だとか、篝火が盛大に燃える様なんかを見て回る。

「無事に火を熾せて何よりじゃ」
「ところで、私たちが起こした火種はどうなるのでしょうね?」

 祭と言えばこちらも忘れてはいけない、ディアッカの楽の音にあわせて踊って皆様の目を楽しませていたユラヴィカの呟きに、そう言えば、とディアッカが手は止めぬまま首を捻った。祭の趣旨は、一番に熾った火種で料理をし、それを食べて火の精霊の加護を皆で分かち合う、だったはずなのだが。
 踊りを見ていた人々が、くすくす嬉しそうに笑って「それは私達が家で使わせてもらうのよ」と悪戯を告白するように教えてくれた。その火種が、火の精霊の為に熾された感謝の火である事に変わりはない。だから参加者が熾した火種はすべからく、希望者が家に持って帰ってささやかに火の精霊の加護を願って暖を取るのだとか。
 同じ事をお気に入りのシスターに説明していたシーズの伯母が、ヴィアちゃん気に入ってくれた? と尋ねる。はい、とヴィアはそれに頷く。

「アトランティスには本当に、様々な精霊への信仰があるんですね。一日も早く理解して、師のお役に立てるように頑張りますっ」
「そう言えば、カンティーナ様‥‥少し耳に挟んだのですが‥‥」

 ぐっ、と拳を握ったお騒がせシスターの言葉に、ふと不安なことを思い出してイシュカが声を掛けた。この祭に、何故ウィルの教会のシスターが? という疑問をシーズにぶつけた際に、これこれこうで、と説明を受けたのだが。

「‥‥あの‥‥悩み事相談室なら、良いのですけど‥‥懺悔に来られた方の場合は‥‥お見送りしてはいけないと‥‥ご存知‥‥ですよね‥‥?」

 最後になればなるほど弱々しい口調になるのは、このシスターなら何をやってもおかしくない、と言う思いからだろうか。実際、何をやってもおかしくない。ジ・アースの先輩シスター達からは、アトランティスに行くと決めた時には本気の心配を(主に迷惑をかけられる相手に)頂いたものだ。
 そして案の定、シスターは期待を裏切らなかった。

「‥‥‥‥‥‥アアァァァッ!? ついうっかりッ!?」

 かなり長い沈黙がイシュカの顔をポケッと見上げて過ぎたあと、ヴィアは盛大に頭を抱えて悲鳴を上げた。懺悔室、その趣旨は本来、聖職者が個室の片方に入り、姿を見せないまま他方の個室に入ったものが罪を告白する、という場所である。このとき聖職者は決して、相手を見てはならず、相手に姿を見せてはならない、のだが。
 アトランティスにはそもそもジーザス教の概念がなく、当然懺悔室という概念も理解されなかった。故にお悩み相談室と化していたに過ぎないその趣旨を、当のシスターがころっと忘れていたらしい。
 母なるセーラよお許しください、私は罪深い子羊です‥‥と茫然自失の体で呟くヴィアである。まぁ気にしないのよ☆ とラマーデが肩を叩くと、さすがに引きつった笑みで『ありがとうございます』と頷いて。

「ところでヴィアちゃん、シーズさんのことはどう思ってるのー?」
「‥‥シーズさん、ですか? そういえばお風邪、治ったんでしょうか。どうもこの頃体調が優れないみたいで」

 ワクワクしながらそっと尋ねたラマーデに、ヴィアは期待通り的外れな心配顔でそう言った。この激ニブなシスターをお砂糖に目覚めさせ、愛か信仰か、なんて高尚な悩みに身を焦がさせるには多分、あと十年はかかるに違いない。
 苦労性ね、と同情の眼差しを向けられて、良く判っていなかったシーズは目を丸くし、首をかしげたのだった。





 その日の夜は火の精霊の恵みの詰まった美味しい料理をお腹一杯に食べ、参加者達が熾した火種で暖まった部屋で人々はぐっすり安らかな夢を見た。そして翌朝は祭のファイナルイベント。食事の間中燃え続けていた焚き火の灰を、朝一番に汲んだ水で飲んで魔物除けとする。
 そうは言っても灰は灰だ。微妙な顔で配分された灰を睨むように見つめる参加者が居る一方で、縁起物だから、とありがたく押し頂く参加者も居る。

「せーの、で飲み込めば味はわかりませんよ」

 アドバイスをするのは祭の係の男だ。ほらこんな風に、と灰をひょいと口に放り込み、ゴクゴクゴクッ! とカップに汲んだ水を一気飲みして見本を見せると、ふぅむ、と唸り声が上がった。

「魔物除けよね。勿論あたしも飲むわよー☆」
「変わった習慣だわね。ありがたく頂くわね」
「折角ですもの、皆様も如何で‥‥けふっ」
「ジュディ!? イシュカ、ジュディが倒れた。頼めるか」
「はい‥‥少し、見させて頂きますね‥‥お疲れだとは思うのですが‥‥」
「これは、銀華に飲ませても良いのでしょうか。せっかく一緒に頑張ってくれましたし」
「そうじゃの。縁起物じゃが、火の精霊の加護があると言うことじゃし‥‥」

 冒険者達も賑やかに、口々に言葉を交わしながら灰を飲み込んでいく。若干名、まだ回復しきってなかったらしくぱったり倒れたが気にしない。
 火の精霊への感謝を込めて、火の精霊の加護を願って。そんな町の火霊祭は、こうして幕を閉じたのだった。