何はともあれお掃除?
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月23日〜11月28日
リプレイ公開日:2009年11月30日
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●オープニング
ムンティア湖。ウィル北方、リハン領の山奥に位置する、領民ですらめったに近付く者は居ない小さな湖である。
地図にすら載らないその湖を取り囲む深い森には、昔からクレイジェルが棲みついていて、ますます人の足を遠ざける。だからその畔に存在するものはと言えば、一体いつ頃うち捨てられたのだか解らない潰れかけた漁師小屋と、その傍にひっそり鎮座する墓標と呼ぶにもためらわれる石だけ。
その、おおよそ人が住むには最悪な湖の畔には現在、旅の魔法使いを名乗る少女がひっそりと暮らしていて。
「もう耐えられません」
そんな言葉と共に目の前に現れた部下を見て、ウィル中央軍の一部隊長エルブレン・ラベルはまったく動揺の欠片も見せず、そうか、と頷いた。動揺しなかった理由は、このごろ妹の様子がおかしいという友人の相談が気になっていたからでもあるし、部下からこの言葉を突きつけられるのが初めてではないからでもあった。
ムンティア湖、その畔に滞在する旅の魔法使いの少女は、エルブレンも定かには知らないが、その正体はカオスの魔物が欲しがる強力なマジックアイテムを所有するアルテイラなのだと聞いている。そんな相手を寂れ切った漁師小屋に置いておくのは、と言う意見は実は彼女がアトランティスを訪れた当初から出ていた話題ではあるが、当の少女がそこが良いと言って譲らない。
が、じゃあそういう事でと放っておく訳にも行かず、リハン領主と交渉の上で中央軍からの世話役を1人置く事で話を付けた。だが今度は世話役の方が「こんな環境では‥‥」と根を上げる始末だ。
結論、エルブレンはその言葉を突きつけられる事には慣れていた。だから彼が咄嗟に考えたのは、理由を聞く事でも引き止める事でもなく、じゃあ次は誰を行かせようか、という所だった――軍属女性は珍しい訳じゃないが、多い訳でもない。ましてエルブレンの部下の中でと言う事になると。
だが彼女、レミール・グリュンデは固く拳を握りしめ、エルブレンの予想とは正反対の言葉を吐いた。
「尊き月精霊のお方をあんな環境に置いておくなんて冒涜です! 隊長、私にあの方のお住まいを整える権限をお与え下さい!」
「‥‥は?」
あまりに予想外の発言だったので、思わずエルブレンは部下を見上げて間抜けな言葉を吐いた。それにきゅっと眉を寄せ、何で解らないんだとでも言いたげな眼差しを向けるレミール。他の部隊はどうだか知らないが、彼の部下の女性は結構生真面目な性格が多い。
レミールは握った拳を震わせながら、エルブレンに切々と訴えた。何しろ元が潰れかけた漁師小屋なので、雨漏り隙間風は当たり前。さすがに最低限の手は加えてその辺りは改善したが、ちょっと強く風が吹けば小屋全体がきしんで吹っ飛ばされそうになる有様。
外側がそれなら中身もアレで、家具も最低限の物しか揃っていない上にかまどすらないので食事は湖の畔で火を焚いて作るしかない。今はまだそれでも良いが、これからどんどん寒さが厳しくなってくる中で、家の中で火を焚けないというのは暖を取れないと言う意味で致命的。
ふむ、とエルブレンは唸った。
「マリン殿は精霊だから、その辺りは関係ないんじゃないかな?」
「そういう問題ですか隊長!? 幾らあの方が寒暖は関係ない精霊でいらっしゃるからと言って、時にはクレイジェルすら忍び込んでくるような小屋にお泊めして、それがウィルの持て成しですか!?」
何度も言うが、その物騒な小屋に好き好んで留まっているのは当のマリン・マリンである。だがしかし、レミールの言いたい事もまぁ、判らないでもないわけで。
エルブレンは首をすくめ、さてどうしたものか、と考えた。何しろ本人がそこが良いと言うのだ、それを無理矢理ウィルまで引っ張って来るわけにも行かないし、そうした所で彼女の旅の相棒である魔杖を使えばどこにでも行けてしまう。と言って新しくマリンの為に家を建てるというのは時間も掛かるし、何より本人が嫌がりそうな気がする。
思い悩む上司を睨むようにじっと見て、レミールは強い眼差しで訴えた。
「せめて辺りのクレイジェルを駆逐し、近付かぬよう罠などを仕掛け、小屋に手を入れるだけでも随分変わります。しかし私一人ではとても手が足りません。隊長、どうぞ私にあの方の住環境をも整える権限をお与え下さい」
その熱意に後押しされるように、思わずエルブレンは頷いた。ぱっとレミールが顔を輝かせ、ありがとうございます! と軍人らしい礼をする。
そして出て行くレミールを見てからふと気付いた。人手、どうやって集める気だろう? その辺りは何も言ってなかったが。
◆
冒険者ギルドの受付係ネルトス・ジョウファスは、今しがた自分が書き上げた依頼書を前に、だが首を捻って悩んでいた。
「依頼内容が大掃除で、依頼場所は当日伝達で、条件が口の堅い人間――? 一体どこを大掃除させる気なんだ、レミール嬢は?」
一応、ムンティア湖の畔に滞在する少女の事は、その正体も含めてあまり公にしない方向で軍部は動いている。それ故に不可解極まりないものとなったその依頼に、受付係の疑問は膨らむ一方だった。
●リプレイ本文
謎の大掃除依頼。場所も不明なら規模も不明、解っているのは依頼人の名前と身分ぐらいのもので、その身分が軍人でなければ間違いなく、何かの怪しい裏依頼だと思う事だろう。
その2人が依頼を受けたのも恐らく、依頼人の身分が比較的しっかりしていたから。或いは軍からの依頼という事で、何か感じるところがあったのか。
「依頼は大掃除とクレイジェルの退治、ですね。それだけ解れば後は現地で調達します」
「ああ、それだけでも十分だ。詳しい事情は聞かないさ‥‥私は家事は苦手だから、クレイジェル相手がメインになるか」
ギルドで受付係から簡単な概要を聞いたシファ・ジェンマ(ec4322)とサイクザエラ・マイ(ec4873)は異口同音にそう頷いた。機密というものをよく解っていると言うべきなのか、或いは似たもの同士と言うべきなのか。
別に気が合ったわけではなかろうが、彼らはほぼ同時にギルドを出た。シファの方はまずは市場で、何かに使う事もあるかもしれないと木材を購入していくという。聞けば依頼の場所はリハン領の山の中、木だけは豊富にありそうな気はするが、それが即建材として役に立ちはしない。
一方のサイクザエラは荷物の中からフライングブルームを取り出し、まっすぐに現地へと向かった。時々休憩をしながら、指示された場所へと向かう。
口外禁止の大掃除依頼。そこには一体どんな秘密が隠されているというのだろうか?
◆
「マリンさんの問題と言うより、滞在しているウィルの人の問題なのですが」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)のそんな説得から、大掃除依頼は幕を開けた。説得されているのは言わずとしれた、旅の魔法使いを名乗るアルテイラのマリン・マリン。
人間を愛し、人間の中で暮らす事を好む彼女は、だがやはり人間とは異なる感覚を持っているのだろう、ぎょっと目を剥く行動に出ることも多い‥‥彼女が地獄に捕らわれる契機となった、『ちょっと地獄までカオスの魔物やデビルをお仕置きしに行きましょうツアー』のように。
今回、こんな不審な依頼がギルドに並んだ背景も、聞けばマリンが世話役の人達に無理、ではないのだが些か自由すぎる行動を取っていた事に起因するらしい。そうと聞いての、ディアッカの冒頭のセリフだった。
しゅぅん、とその度に肩を落とすマリンである。だが彼女の場合、地獄でカオスの魔物に捕まってなお「お仕置きしに」なんて言葉がちらりと飛び出すように、反省があまり活かされない。
「マリンさんがこういう所で暮らしていると、余所の人から見るとウィルの人がマリンさんを蔑ろにしているように見えてしまいますので」
「そうなんですか? 私、前に来た時もここに居たんですけれど」
「まぁ‥‥シフールも実はあまり掃除って気にならない気が‥‥」
故に、かみ砕くように説明したディアッカの言葉に、ふと不思議そうにきょろきょろ辺りを見回すアルテイラだ。思わず同意してそんな事を呟いたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)に、嬉しそうに笑って「そうなんですか?」とのたまう。
が、じっと見つめるディアッカの眼差しに、今度は2人で肩をすくめて小さくなった。さらに後方からは、ウィル中央軍から派遣された世話役、つまり今回の依頼人のレミール・グリュンデがぐっと拳を握り「もっと言って差し上げて下さいッ」と応援の視線をディアッカに注いでいる。
割合ピンチな状況に、マリンは不自然に目をそらし「じゃあ、お邪魔にならない様にちょっと遊びに行ってきます、ね」などと嘯きながら、相棒の月の魔杖と共に姿を消した。ウィルの友達(どこかのシスコン馬鹿の事である)に会いに行ってきますね、などと言う言葉が最後に、月道が姿を消す。
小屋の主が逃げてどうする。
と思ったかどうかは知らないが、サイクザエラは辺りの森に視線をやりながら依頼人に確認した。
「私はここで、クレイジェルの退治と大掃除しかやらない。他には何も見なかった、それで良いか?」
「そのように」
レミールはサイクザエラの言葉に頷いた。他の冒険者にも改めてその旨を念押しすると、もちろん冒険者達は大きく頷いた。
それでは、と言い出したのは誰だったか。
「あの方がいない間に、まずは小屋の中の掃除だけでも済ませてしまって貰えますか? あの方がいらっしゃると何一つ出来ませんから」
「かしこまりました」
シファが大きく頷き、購入してきた木材を並べて置いた。事前に簡単な予想は立てていたが、思った以上に漁師小屋はぼろぼろだ。
こうして、ムンティア湖の畔での大掃除大作戦は幕を開けたのだった。
◆
この小屋に文明的な生活を、と試みた者がレミール以外にいなかったかというと、答えは否だ。何とかウィルに、と願い出た者もかつての冒険者以外にも何人か居たし、それが叶わないとなればせめて身の回りを整えて、と言う言葉は世話役のほぼ全員が一度は口にした。
だがしかし、それでも今なおマリンの住環境が全く整っていない理由はただ1つ。
「今までもこれでやってきたから要りません、とあの方は仰るのです」
ガシガシと親の仇のように鋸を動かしながら、レミールは怒りの面持ちでそう言った。
相手が単なる貴人でもまぁ、遠慮しなければならないのだが、それにしたって対処の方法はある。だがアトランティスは竜と精霊の祝福の国、その精霊が要らないと言っているのだからと遠慮が先に立ってしまって動く事が出来ずにいたのだ。
これで不興を買うなら自決する覚悟、とまで決意を固めているレミールに、それは大丈夫だろうとひきつった笑みを浮かべるユラヴィカである。つか、そんなことしたら逆に気にして暴走しかねない。
ひとまずは家の中をということで、連れて来た精霊達にも手伝って貰ってユラヴィカとディアッカが高い場所からほこりを落としたり、塞ぎ切れていない小さな穴などを魔法の光で照らして確認する。その上で穴を塞いだり、古くなった木はシファとレミールが切った材木と置き換える。
余り新しい木を入れすぎると、周りと強度が違ってきて逆に痛みやすくなる。その辺りの加減をしつつ、不要になった建材は随時庭に出して、薪として使えそうなものをユラヴィカがより分け、そうでないものはアータルとサイクザエラが魔法の炎で焼き払った。
炎を利用してお湯を沸かし、拭き掃除などに利用する。その後に残った灰を見て、ふとサイクザエラは確認した。
「周囲に蒔いておけばいいか? もし小屋の主が畑を作るのなら、良い肥料にもなると思うが」
「あの方が畑、ですか‥‥?」
サイクザエラの提案に、レミールのみならず冒険者達はそろって旅の魔法使いを名乗る少女が畑仕事に精を出す姿を想像した。‥‥‥違和感があると言えば良いのか、ないと言えば良いのか。面白そうだと思ったら、喜んで草取りとか夢中でやってそうな気がする。
アルテイラが畑仕事、という未来が実現するかは不明だが、灰はそのまま辺りに蒔いておくことにした。それこそ将来、誰かが住み着いて畑を作らないとも限らないので。
そんな風にかいがいしく働く間に、旅の魔法使いはまたふらっと月道で帰ってきて、がっかりした表情で「目当ての人にはお会い出来なかったんです」と報告した。それから早くも綺麗になり始めている小屋の中を見回して、あら、と目を丸くする。
「とっても綺麗になってますね! 皆さん凄いです」
否、今でも十分に人が住むにはちょっとアレな環境なのだが。
だが世話役は軍人らしく、踵を鳴らして「お褒めに預かりまして光栄です」とマリンに律儀な、軍人らしい礼を取った。それに微笑んで「ありがとうございます」と深々と礼をする。
それからふと、辺りを見回して言った。
「でもこれだと、時々遊びに来る子が入ってこれません、ね。この辺に出入り口をつけられませんか?」
「‥‥‥‥その、クレイジェルはやっぱり、危ないと思いますが?」
世話役の何とも言えないぐったりした顔を見て、ディアッカはそう苦言を呈した。そうだそうだ、と廃材の運び出しを頼んでいた馬が大きく頷く。
ちょっと残念そうな顔になったアルテイラは、やはり感覚が人とは大変異なっているようだった。
◆
クレイジェル。地面に擬態して近付いてきて、酸の攻撃で生き物を弱らせ補食するインセクト。リハン領の山奥に位置するムンティア湖周辺の森には、なぜかこのクレイジェルが住み着いている。
そんなモンを「遊びに来る」と表現するマリンは遙か彼方に置いておいて、依頼人の懇願により一行はクレイジェル退治に乗り出した。否、元々依頼内容に入っているが。
まずはサイクザエラがバイブレーションセンサーで辺りを動くものが居ないか確かめ、居なければ他の獣が来ないとは限らないので、シファが前衛に立ち進む。しばらく行ったら立ち止まってまた魔法で、動くものが居ないかを確かめる。
幸い、空を飛ぶユラヴィカとディアッカはセンサーには引っかからないので、その間に地面に目を凝らして回った。バイブレーションセンサーは、相手が動いていれば良いのだが、そうでなければ目視で探した方が早い。
そうして見つけたクレイジェルは、主に魔法で焼き払って退治していった。それだけでも結構な数のクレイジェルが精霊界に召されていき、さらにおっつかないものはシファが武器で実力行使を図る。
「アノール!」
「ファイアーボム!」
「なかなか多いのじゃ‥‥そっちにもサンレーザー!」
「これは、駆逐するのは大変かもしれませんね」
森を歩く度に遭遇するクレイジェルに、最後にはうんざりしながら到着初日が過ぎ、翌日も朝からクレイジェル退治をした。その合間に休憩を取り、またクレイジェルを探しに向かう。
帰りはマリンが月道で送ってくれると言ったので、一行は遠慮なく、最終日までクレイジェル退治に奔走した。どうにか辺りのクレイジェルは駆逐出来ただろうか、と首をひねりながらひとまずの合格ラインを出したのは、最終日の昼頃である。
レミールはこの成果に、胸の前で拳をぐっと握りしめて震わせながら感涙に咽んだ。さすがに家の中に暖炉を作るまでの時間はなかったのだが、それはまたどうにかすれば良い。とにかく、あの忌々しいクレイジェルが居なくなっただけでも諸手を上げて歓迎したい快挙だ。
退治の合間の時間に、だいぶん人間の住居らしくなってきた漁師小屋の中には、シファが作った新しい椅子やテーブル、タンスなどが並んだ。案の定「私、使いませんから」と断ろうとしたマリンには、ディアッカがすかさず釘を差す。
「何度も言いますが、これはマリンさんの問題と言うより、滞在しているウィルの人の問題なんです」
「ぅ‥‥‥すみません」
飽きるほど繰り返された会話だが、いざタンスに物を入れてみたり、新しい机と椅子を使ってがたがた揺れないのを確かめてみると、目を輝かせて「これ、便利ですね!」とのたまった。ユラヴィカがより分けて置いた薪を燃やすと、いつぞや巨竜の前でたき火をしたのが楽しかったらしい旅の魔法使いは、これまた楽しそうに火のそばに寄っていく。
結論。
このアルテイラはとりあえず、使ったことない物は断ってみるが、いざ使ってみたら結構はまりやすいらしい。
だがしかし、相手が月精霊だと思うと非常に遠慮しがちなレミールが冒険者と同じようにマリンの態度改善に乗り出せるかというと、非常に微妙なところだ。みんなでクレイジェル防止用の罠にする溝を掘りながら、冒険者は無言で頷き合ったのだった。
◆
こうして、アルテイラの住まう漁師小屋の大掃除、という極秘任務は幕を閉じた。おそらくこの冬、ムンティア湖の畔に立つ漁師小屋は、すきま風にも雨漏りにもクレイジェルにも悩まされない、快適な年越しを出来るだろう。