幸せなお届け物をどうぞ
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月06日〜10月13日
リプレイ公開日:2008年10月13日
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●オープニング
この町は昔から彫金や鋳物が盛んだ。住人の大半が金物細工に携わっていて、作った細工物や壊れた金物の修理の代金として近隣の村々から食料などを貰って生計を立てている。
作る細工物は様々。鍋やフライパンなどの生活用品から、剣に防具に、果ては貴婦人を飾る精緻な細工を凝らした髪飾りまで。出来合いのものを売る時もあれば、しつらえだってこなして見せる。
パンが下働きをしているソーイ工房も勿論その一つで。
「パンッ! パーンーッ! どこに居る、パンーッ!?」
今日もソーイ工房からは、カーン、カーンと軽快に金属を打つ槌の音と、親方の怒鳴り声がする。
「パンッ!! この愚図ッ! 呼ばれたらさっさと来ねぇかッ!」
「うわわわッすみません親方ッ!」
マジ切れ寸前の親方の怒鳴り声に、パンは手にしていた斧を放り出して慌てて工房に飛び込んだ。ひっきりなしに火を入れている炉のおかげで、工房はいつでもむっとした熱気が立ち込めている。
バタバタ飛び込んできた弟子を、親方はじろりと睨みつけた。
「手伝いも放っぽらかしてどこで油売ってやがった!?」
「すみませんッ! あのその、裏で薪を割っていたら妙に楽しくなってきてスパンスパンと」
「バカ野郎ッ!!」
ゴベキィッ!
若い頃はやんちゃで鳴らした親方の黄金の右ストレートが炸裂し、パンは「げぶぅ‥ッ!」と呻いて吹っ飛んだ。いや本当に。壁の端から端までピューッと。
「テメェは薪割りに来てんのか? アァッ!?」
「い、いえ、細工師の修行に‥‥」
「だったらピンシャン働きやがれ、この愚図ッ!」
「親方! 槌は当たったら死にますッ、投げないでッ!」
わりとデンジャラスなやり取りだが、これがソーイ工房の日常である。この師弟のことはご近所でも有名、以前に珍しく、本当に珍しくパンが何もへまをせず親方が一度も怒鳴らなかった日には、ご近所の奥様方が「親方、具合が悪いのかい?」「パンに逃げられたのかい?」と心配して見に来た始末。
閑話休題。
かろうじて槌を投げることは思いとどまり、弟子を呼んだそもそもの理由を思い出した親方は、作業台に置いてあった細工の品を取り上げた。一面に花の細工を施した女性用の指輪だ。もちろん親方の作ったものである。
パンがコクリ、と首をかしげた。
「あれ、親方それ、ずっと置いてた奴じゃないですか? 依頼人が婚約者に贈るって言ってたわりに取りに来ないってカッカしてた。ついに売りに出すことにしたんですか?」
「ンなわけねぇだろッ、このバカッ! テメェが依頼人に届けに行くんだよッ!」
「え‥ええぇぇッ!? 僕がですかぁ!?」
「何を情けねぇこと言ってんだ、ああッ!?」
親方が凄むとそんじょそこらのゴロツキも顔負けだ。若い頃は町を歩けばストリートファイトで連勝の日々だったと言う。
ガツンッ! とパンの頭に拳骨をお見舞いしながら親方が説明する。というか怒鳴り散らす。
「よぉく聞けやッ!? 依頼人からシフール便が来てだなぁ、依頼人の村の辺りに凶獣がうろついてて指輪を取りに来れねぇんだとッ! だったらお代は頂いてんだ、こっちから届けに上がるってのが筋だろう、違うってのか、アァッ!? だが俺ァ工房を離れるわけにゃいかねぇんだから、弟子のお前が行くのが筋ってモンじゃねぇのかッ!?」
「そ‥‥れはそうかもしれないですけれど、親方、凶獣って言いましたッ!? そんなトコに本気で届け物に行くんですかッ!!」
悲痛な叫びを上げるパン、25歳。細工師見習いだけあって腕力はそこそこあるが、戦闘の心得はまったく無し。むしろ近所の子供とチャンバラ遊びをして負ける弱さを誇る。その彼がよりにもよって凶獣の居る村に行くなど、死にに行くも同然である。
だが、そこで思い止まるようならソーイ工房の親方ではない。案の定、彼は弟子の泣き言にクワッ! と目を見開いて鬼神の如き形相になった。
「当たり前だッ! テメェ、この俺の細工に毛の筋ほどでも傷をつけてみろ、伸してたたんで炉にくべてやらぁッ!!」
「いやでも凶獣がッ!!」
「それぐらい気合で何とかしやがれッ!!」
「さすがに無理ですッ!!」
普段なら折れるところだが、さすがに事情が事情だ。いくらパンが気が弱くて親方に逆らえないとは言え限度がある。
ギンッ!と睨み合うこと数十秒。
「‥‥チッ! 仕方ねぇ、冒険者ギルドに行って護衛の依頼を出して来い。冒険者さんについて行って貰やぁ愚図のテメェでも使いの一つや二つ出来んだろ」
「あ、ありがとうございますッ!」
「だが届け物にも期日があるって事を忘れんなッ! 期日に間に合いそうになかったらその時テメェ一人で行けッ!」
「さすがに死にますよッ!? うち母一人子一人で」
「テメェんトコのカカァくらい俺が養ってやらぁッ! 心置きなく死んで来いッ! きっちり指輪を届けてからなッ!」
‥‥本当に怖いのは凶獣ではなく親方かもしれない。今更ながらにしみじみそう思ったパンは、どうか依頼を受けてくれる冒険者が居ますように、と祈りながら冒険者ギルドへ向かうのだった。
●リプレイ本文
依頼を受けて集った4人の冒険者を前に、依頼人のパンは涙目になりながら頭を下げた。
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
「セシリアです。よろしくお願いしますね」
「おいらはレオンだ。よろしくな。パンさんは遠出とかって初めて?」
セシリア・カータ(ea1643)とレオン・バーナード(ea8029)がそれぞれ頭を下げながら言う。
パンは「初めてです」とレオンに頷き、ほんの拍子に垣間見えたセシリアの悩ましい曲線に茹蛸のように真っ赤になった。初心な反応を見せるパンをゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)は何か我が子を見る思いで微笑ましく見守り、エリーシャ・メロウ(eb4333)は
(婚約者への贈り物とあれば、是非期日までに届けねばなりませんね。ですが、村近くに凶獣が? 民の安寧を守る騎士たる身としては聞き捨てなりません。騎士団に討伐要請がありませんから、然程大型・凶暴な種ではないでしょうが‥)
真剣な表情で考え込んでいてパンの様子にはまったく気付いていない。
やがて一通り自己紹介が済んだ所で、セシリアがポンと手を打った。
「ではパンさんのご準備がお済みなら出発しましょうか」
「そうですね。とまれ、まずは村に急ぎましょう」
「おいら、荷物に少し余裕あるから少し持ってやるよ。その分指輪は何があっても大丈夫なようにしっかりと頼むな」
レオンの言葉にパンはたちまち真っ青になって、こぶし大ほども布でグルグル巻きにした指輪に、まだ手薄な部分はないか真剣に確認し始めた。よほど親方が怖いらしい。いや怖いだろうが。
(おいらも漁師の業を覚えるまではよく親父に怒鳴られたなぁ‥。親方ってのはどこでも一緒なんだな、きっと)
自身の過去を振り返り、懐かしむ目になるレオンである。
やがて指輪がもう一回り大きくなり、パンの荷物の中から特に重そうなものをレオンに預けると、一行は目的の村に向かって出発した。
旅は概ね順調に進んだ。
目的の村までの道中、村は2つ程存在したが行程の関係で宿は取れず、野宿だった。だが旅慣れた冒険者達は心得ていて、慣れない旅に戸惑うパンにあれこれ教えたり、夜陰にまぎれて旅人を狙う山賊や獣の類を警戒して交代で見張りについた。ことにゾーラクはムーンフィールドで周囲に結界を構築したので、パンのみならず冒険者達も安心した夜を過ごせたものだ。
パンは取り合えず戦闘のみならず野営の際にも役に立たず、唯一役立てそうな簡単な武器防具の補修などもなかったが
「せめて親方の指輪は精一杯守って見せます!」
自分に出来る所から頑張ろうと決めたらしい。というかその為に冒険者達は居るので守ってもらわないと困る。
食事はそれぞれ持参の保存食に、レオンが持参した魚を加えたもの。「保存食も少し魚を足して一緒に温めるだけで出汁が出て結構うまくなるからさ」というレオンの言葉は嘘ではなかった。是非試してみて欲しい。
順調でなかった部分としてはエリーシャが同行していたグリフォン・セラで、パンは最初にセラを一目見た瞬間、ヒッ! と喉の奥に悲鳴を貼り付けて固まってしまった。見上げんばかりの大きさの魔獣は、十分に恐怖の対象だ。
「パン殿、魔獣であってもセラは私の心強い愛騎。どうぞご安心を」
そう説明を受けてギクシャク頷いたものの、セラと目が合うたびに一瞬動きが止まるのは、仕方がないと言うべきか。
とは言え、それ以外は概ね、ゾーラクの子供の話や治療院の話を聞いたり、セシリアの豊かな曲線にやっぱりパンが真っ赤になったり、エリーシャがすれ違う旅人や通過した村で聞き込んだ凶獣の事を話し合ったり、レオンが冒険の話や漁師仕事の話をしたり、パンが泣きながら普段の仕事の話とか愚痴とかを吐き出して過ごした。
やがて目的の村が近くなり、途中の村の住人が凶獣が出没すると言っていた辺りに近づいた一行は、そこで足を止めて改めて情報を整理する。
聞き込みに寄れば凶獣は3匹。大きさは胸の高さほどまでだが、すばしこく、また恐ろしい牙と爪を持っていると言う。件の村ではすでに襲われて亡くなった村人も居るとか。
「パンさん、皆さんも、先ずは空から村に向かいませんか?」
ゾーラクが空飛ぶ絨毯を出しながら提案する。
飛行種は居ないようなので、空から行けば安全だ。セシリアがおっとりと頷いた。
「空からいくですか‥。戦闘は極力避けていくべきでしょうね」
「私はセラで向かいます。村人にグリフォンを危惧させぬよう、先に下りて貰えますか」
異口同音に女性二人が同意して、遅れて男性二人もそれぞれ首肯する。どうも、一行の過半数が女性なので、男性陣は嬉しいような肩身が狭いような、複雑な心境なのだ。
万一の時のため、パンは小回りの利くグリフォンに同乗した方が良いのではないかと思われたが、尋ねられた当の本人は
「ヒョエ!?」
情けない悲鳴を漏らしたので却下になった。
グリフォンと魔法の絨毯でひとっ飛び、一行はすぐに森と草原の狭間にある小さな村に辿り着いた。打ち合わせ通りに先ず魔法の絨毯が、そして冒険者達と空飛ぶ魔獣に驚く村人にギルドの依頼の事を説明した所でグリフォンが舞い降りる。
その頃には村中の人々が突如現れた冒険者一行を取り囲むように集まっていて、殆どの人々が冒険者達に釘付けになっている中、パンと村の青年が
「あ、ソーイ工房の」
「あ、ご依頼の。あの、ご注文の指輪を」
「わざわざすみません。実は今夜が婚約パーティーで」
しっかりお届け物を完了させていた。どうやら期日には間に合ったようだ、と冒険者達は胸を撫で下ろす。
となれば、彼らが後やるべき事は唯一つ。
「凶獣退治ですわね」
「だな」
セシリアとレオンが頷き、エリーシャとゾーラクは集まった村人の中に居た村長に、改めて凶獣討伐を申し出た。もちろん村長は二つ返事で頷く。住人を食い殺し、今なお辺りの草原を徘徊して人々を恐怖に陥れている凶獣を退治してくれると言うのだ。断る理由はない。
どうか村を救ってくだされ、と頭を下げる村長に力強く請け合って、パンを残した冒険者達は再び村の外へ向かった。
始まりは、風にたなびく草原に忽然と姿を現した、身の丈3mはあろうかと言うサラマンダーだった。
凶獣達は腹を減らしていた。狩猟の性を持つ、肉を食らうモノである凶獣達は、だから現れた見慣れぬ存在を餌と認識し、1匹、また1匹と近寄っていく。もちろん警戒は忘れない。獲物は抵抗するものだ。
だがサラマンダーの向こうに人間が居るのを見つけた時、彼らの警戒と理性の糸はぷっつり切れた。人間は非力なイキモノだ。この草原に来てからも幾らか人間を食い、そして彼らは総じて非力だった。
たちまち凶獣達は人間に向かって殺到する。それは女だった。凶獣たちが間近に迫ってきているのに、身動ぎもしない。恐怖で足が竦んでしまったのか。
凶獣が大きな口を開き、ぞろりと生えた牙がむき出しになる。だがその瞬間、彼らは何か見えない壁に盛大に体当たりしていた。ドォン! と大きな音。やはり身動ぎせず、艶やかに笑う女。
ゾーラクのムーンフィールドが凶獣達を阻んだのだ。先のサラマンダーも彼女のファンタズムによるもの。早い話が囮だ。もちろん恐怖で足がすくんだ訳ではない。ちょっとハラハラしたが。
ドォン、ドォン、と凶獣達に体当たりされるとさすがに危うい。しかしその時には上空から、グリフォンに乗ったエリーシャがランスを構えて降下してきており、そのうちの1匹にランスチャージを食らわせた。同時にレオンとセシリアが残る2匹を攻撃する。
この思わぬ攻撃に、凶獣達は即座に標的を切り替えた。空に居るエリーシャはさて置き、明確に自分達を傷つけた2人の冒険者に向き直る。
先の攻撃を受けて1匹は重傷、残る2匹もかなりの手傷を負っていた。だが元々すばしこいのだろう、凶獣はあっという間に冒険者達の懐に迫り、強力な顎で噛み付こうとする。
「アブね!」
事前に空から凶獣の様子を観察していたレオンだったが、危うく腕を持っていかれそうになって慌てて飛びのいた。ガチン! 牙の噛み合う空しい音が響く。すかさずセシリアが一撃を加え、反撃が来る前にさっと飛びのいた。
レオンは攻撃をスマッシュに切り替える。素早く動き回る凶獣達に攻撃を当てるのは中々に難しかったが、空振りしつつも着実に凶獣に傷を増やしていった。
タイミングを見計らい、再びエリーシャが上空からランスチャージを食らわせる。ドゥッ! と倒れた凶獣にセシリアが駆け寄って止めを刺した。1匹完了。残り2匹。
すでに1匹は重傷だ。そちらは後回しに、先ずは残るもう1匹に対峙する。仲間を倒され、凶獣は怒りと共に警戒心も強めたようだ。こちらはやや苦戦した。
凶獣はぞろりと牙を剥き、鋭い爪を振るい、次の瞬間には逃げている。と思えばすぐ傍まで迫っているといった具合で、爪に引っ掛けられてセシリアが傷を負い、エリーシャの攻撃と同時に剥かれた牙が肩をかすめて血を流した。しかし放ったランスチャージは当たっている。すかさずレオンのスマッシュEXで止めを刺した。2匹目完了。
重傷の残る1匹も難なく倒れ、草原には濃い血の匂いと共に平穏が戻ってくる。
ゾーラクが傷を負った仲間を診察し、応急手当を施した。数日で治る傷だ。問題ない。
無事に使命を果たした冒険者達は、ほっとお互いの顔を見合わせ、村への岐路に着いたのだった。
見事凶獣を退治してくれた冒険者達に、村人達は惜しみない感謝を捧げた。
予定されていた婚約パーティーも無事行われ、命がけで婚約指輪を届けてくれた冒険者達とパンに、改めて若い二人と村長から感謝の言葉と共に、ぜひ二人に祝福をと請われた場面もあり。一行の前には村中の食料を出してきたのではと思わせるほど豪華な料理がずらりと並び、村人達の深い感謝を示していた。
たくさんの幸福を届けてくれた冒険者達の事は、しばしの間、村の語り草となるだろう。