その剣の、秘められた祈り。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月02日〜12月07日
リプレイ公開日:2009年12月11日
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●オープニング
その場所には確かに、他とは違う空気があると思っていた。商人の御用聞きだったレイナ・ハルスタットに、それを表すに十分な語彙はない。だが確かに、肌に感じる空気が違う感覚。
ソーイ工房に満ちる感覚と、まだ熱を持つ炉と、死んだように眠る工房の男達を眺めやった。この所ずっと、何かに衝き動かされるように不眠不休で働いていた。そう、レイナがやってきて、一緒にきた冒険者が剣の試し振りをしてから。
その成果がこれなのだろう、とレイナは工房の作業台の上に置かれた一振りの銀の剣を見る。何もかもが乱雑な中で、ただそこだけが恭しい。
「‥‥ぅ、嬢ちゃん、か‥‥?」
「ええ、親方。もう朝よ」
朝食を持ってきたのだ、と籠を示すと、文字通りぼろ切れのようになったソーイ親方がムックリ起き上がった。それからぐったり眠る弟子達を眺めやり、「起きねぇかこのバカ野郎ども!」と蹴り飛ばすのは、いつもの光景。
ゆらりと起き上がり、運ばれてきた食事をむさぼり食って、ようやく人心地つくまでにはしばし、時間がかかった。その間もレイナは飽く事なく、銀の剣を見つめる。レイナは商人ではないが、御用聞きとしてそれなりに目は肥えていると自負している。その彼女をしてただならぬと思わせる、それはそんな剣だった。
真っ先に弟子を蹴飛ばしながら朝食を食べ終わったソーイ親方が、おぅ、とレイナが見ているものに気付いて誇らしげに胸を張る。
「この俺の渾身の剣だ。これ以上のモンはもう、俺には打てねぇ」
「魔法の剣、よね? いったい誰が‥‥」
「んなこたぁどうでも良い。剣にとって大事なのは切れるか切れねぇか。魔法剣なら加えて魔物に利くかどうかだ」
切り捨てるような言葉だったが、それもそうだとレイナは頷いた。銘はあくまでその品をはかる目安に過ぎない。結局の所、実際にそれが良い品かどうかが大切なのだと、幾人かの商人も言っていた。
ソーイ親方は熱の籠もった眼差しで純銀の剣を見つめた。見つめて、無骨な指から想像がつかないほど丁寧に剣を布でくるみ、レイナにひょいと手渡した。
反射的に受け取って、それから戸惑い親方を見る。親方の真剣な眼差しと、ぶつかる。
「嬢ちゃん、頼みがある。そいつを持って、冒険者ギルドへ行って来ちゃぁくれねぇか。ウォルフも行かせるから、いざって時の身代わりぐらいにゃなるだろ」
「‥‥親方っ!?」
名指しを受けて、朝食を貪っていた少年は目を見開いて駆け寄った。その眼差しが不安に揺れているのが解る。追い出されるのかと、怯えているのだ。
だがそんな二番弟子を、親方は黄金の右ストレートでぶっ飛ばした。
「がたがた言わずに行けってんだよ! この俺の傑作を弟子のテメェが売り込まねぇでどうするってんだ、あぁッ!? 遊びに行かせるんじゃねぇぞ、嬢ちゃんとギルドに行ったらたらたら遊んでねぇでさっさと戻って来いッ!」
「ひゃ、ひゃい!」
「‥‥売り込み、と言うとギルドにこの剣を売りに行くの?」
感動的な指定の場面だったが、生憎じんじん痛む頬を押さえて締まらない返事しか出来なかったウォルフを見ながら、レイナは親方に尋ねた。ギルドがこういった物を個人から買い上げている、という話は聞かないが。
レイナの指摘に、だろうな、と親方は頷いた。
「だから狙うのは冒険者だ。良いか嬢ちゃん、そいつは魔物を倒すための剣だ。そういう相手を嬢ちゃんの目で見抜いて、これぞって奴に託してくれたら良い」
「‥‥お代は要らない?」
「ああ。そいつぁ、この俺が死んだカカァと約束した、魔物を倒す為の剣だからな。その為に使ってもらえんなら、金なんざ要らねぇよ」
実に男気良く言い切った親方に、だからこの工房って貧乏なんだわ、とレイナは呆れたため息を吐いた。だがそういう馬鹿な男気は、どこかの誰かを思い出して嫌いじゃない。
だから良いわと頷いた。ようやく立ち上がったウォルフにも尋ねると、もちろんご一緒します、としっかりした頷きが返ってくる。
そうして2人が出立の準備を整え、ウィルへと旅立ったのはその日の午後の事だった。
◆
そこまでの話を聞いて、冒険者ギルドの受付係ネルトス・ジョウファスは大きく首を捻った。
「それで、何でリフェラ嬢が来てるんです?」
「その2人が余り風体の良くない人達に絡まれていたと、親切な人が町に知らせてくれたからです」
ネルトスの前にぴんと背筋を伸ばして座った少女は、無表情に当たり前の口調で淡々とそう言った。リフェラ・ガイン。ソーイ工房のある町の親戚の家で暮らす、かつて魔物に住んでいた村を滅ぼされた少女。親友だと思っていた相手に裏切られ、その弟であるウォルフ・バーベルを憎んでいると公言して憚らない。
だが、或いはそれ故に、リフェラは一歩引いた瞳で周囲を見つめているようだ、と言うのが話したネルトスの感想だ。自分自身の事すら他人事のように、リフェラは冷静に事実だけを言葉に紡ぐ。
「純銀製の剣と言えば、それなりの値段で売れるでしょう。剣の価値など知らなくとも、溶かして銀塊にすれば十分価値があります。その場合、ウォルフ・バーベルとレイナ・ハルスタットが無事で居るかどうかは判りませんが」
「その人は何か、手がかりを言っては?」
「暮らし向きに困った様子だったそうですが、他には特に。町の人間ではないようです。ソーイ親方が剣を心配して私をこちらに」
「なるほど‥‥それは、けれど見つけるのはちょっと難しいかもしれませんね」
考えながらネルトスは依頼書に要点をしたためた。2人が絡まれていたという場所には争った跡があって、周辺には農村と、あまり人は踏み入らない山がある。跡がどちらに向かっていたのかは、素人目には判断がつかない。辺りで泥棒などが出ているという噂も聞かない。
「町の人間はまた魔物では、などと噂していますが――何か?」
「あ、いえ。その、失礼ながらリフェラ嬢が、彼らを助けて欲しい、という依頼を持って来られるというのは不思議な気がすると‥‥」
「私が頼まれたのは、あくまでソーイ親方の剣です。そのついでに2人が見つかったなら、それは助けて頂けば良いでしょうけれど」
ネルトスの言葉を、リフェラは淡々とした言葉で否定した。否定して、だが小さく息を吐き、何事かを呟いた。
え? と問い返すと、何も、と少女は首を振る。そうしてピンと背筋を伸ばし、剣を宜しくお願いします、と淡々と頭を下げてギルドを出て行く。
けれどネルトスの耳には、少女は『死んで欲しいわけではないですし』と呟いたように聞こえた。
●リプレイ本文
消えた剣と、消えた2人。それを届けられた手がかりからだけで探し出すのは、如何に冒険者と言えど些か困難さがつきまとう。
「リフェラ殿、ありがとう。お気をつけて」
その僅かな手がかりをギルドに届け、冒険者達を現場まで案内した少女が「私はこれで」と去っていくのを、モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)は感謝と心配の入り交じる眼差しで見送った。それに、小さな頷きを返すだけで町の方へ歩き去っていくリフェラを、見送る。
道中、彼女は彼女の知る限りの事を冒険者の求めに従い話してくれた。例えば、この街道の先にあるのはソーイ工房のある町だけで、それを知っている者ならばここで襲われていた2人が町の者だと思いつくだろう事。そうでなくとも情報提供者が、細工物を買いに来た先の町で「実は道中こんな事があって」と自身の体験を買い付け先の工房で話す事は、不自然ではない。
それらを鑑みれば、情報提供者はシロだろう。だが、これまでの状況を鑑みれば、見過ごせない共通点は、ある。
「ここで魔物が動かないはずがあるまいよ」
その可能性を考え、アルジャン・クロウリィ(eb5814)は険しい顔になった。
消失した剣を取り巻く人物は、悉くカオスの魔物に寄って浅からぬ傷を受けた者ばかり。そして魔物は今までにも二度、ソーイ工房の剣を狙ったとおぼしき動きを見せている。となれば今回も、と考えるのはむしろ当然だ。
恐らくは、魔物を切る為に打ったという剣を狙って。さらには嫌がらせの為に、という理由すら考えられ。
それにしても、とエリーシャ・メロウ(eb4333)が感嘆の声を上げた。
「魔法剣を鍛え得るとは、ソーイ親方はかなりの腕前なのでしょうね」
彼女は以前、ソーイ工房から結婚指輪送達護衛の依頼を受けた事がある。その印象が強いせいか、細工物以外にも魔法剣まで、という驚きが一際強い様だ。
だがしかし、過去はともかく魔物が関わる可能性があるとすれば捨ておけない。そう言った彼女に、オルステッド・ブライオン(ea2449)も重々しく頷いた。
何故かしら、名のある剣と言うのは知らず、血を求める者を引きつけがちだ。ソーイ親方が打った剣は名の知れた剣ではないが、あの親方の熱い情熱で打ち上げた魔法剣。同じ効果を持っていても不思議ではなく。
(‥‥負い目があるからな‥‥)
その時その時で、正しい選択だったと信じていても。魔に堕ちたウォルフの姉を討ち、レイナの弟を討った償いはせねばならないだろう、とオルステッドはため息を吐く。
その為にも、何としても2人は無事に見つけなければ。
◆
現場には確かに荒らされた跡が残っていて、一見して足跡すら判別するのは困難だった。それはある程度、依頼が持ち込まれた段階で判っていた事実だ。
何より探索魔法の使い手が複数居るのだから、まずはそちらに任せるか、と使い手でない者は丹念に地面を見つめ、辺りを調べて遺留品などがないかを確認する。一見して何もなくとも、目を変えれば判る事もあるし。
その間に、まずは導蛍石(eb9949)がデティクトアンデッドで周辺のカオスの魔物の気配を確認した。魔物が絡んでいる可能性があるなら、そこは何をおいても必要だ。
幸いと言うべきか、残念ながらと言うべきか、魔法探査に引っかかってくる魔物は居ない。さらにルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が陽精に頼み、サンワードでウォルフ、そしてレイナを順に指定して居場所を確認して貰う。
「東、遠く、だそうです」
結果を陽精から聞き取ったルエラの言葉に、一同は揃って東を、つまり農村があると聞いた方向を見やった。それぞれに指定して、全く同じ答え。2人はまだ一緒にいる可能性が高い、と言う事だ。
だが、村へ? その言葉を土御門焔(ec4427)は否定する。
「見えました。貧しい風体の男2人に追われて、山側へ逃げる少年と女性です」
パーストで過去視を試みていた彼女は、その言葉通りの光景をファンタズムでも再現する。彼女は2人に会った事がないので、知っている仲間に見て貰った方が確実だ。
果たして、生み出された幻が形作ったのは確かにウォルフとレイナ。しっかりと胸に棒のような物を抱えている。あれが例の剣だろうか。
やはりな、とアルジャンが得心に頷いた。2人の事は話でも聞いているし、実際に会ってもいる。その印象として恐らく、彼らは他者に迷惑をかけない事を選ぶはずだ。
だが、サンワードでは東の村側。この差違はどういう事だろう? すでに捕まったのか、或いは‥‥
「まだ逃げている所なのかも‥‥それか、逃げている間に迷ったか」
ステインエアーワードを試みていたモディリヤーノが呟いた。魔法探査ではカオスの魔物の他に、争いによる淀みの名残がある、という。
レイナは勿論、人々に忌み嫌われ恐らくあまり外に出ていないウォルフも、この付近には詳しくないだろう。当初は村を避ける様に逃げ出しても、見通しの利かない木々の間を駆ける内、正反対の方へ逃げてしまったのかも知れない。必死に逃げていればそんな事もあるだろう。
とにかく、まずは村に。目撃者が居るかも知れないし、そこに2人が捕まっているかも知れない。或いは村の鍛冶屋などで剣を銀に鋳潰す依頼を受けているかも知れない。
「無事で居れば良いのですが」
誰ともなく呟いた言葉は、全員の気持ちを代弁していた。
◆
最初に村に辿り着いたのは、ペガサスに乗って先行したルエラだった。村の手前でペガサスを降り、人を捜してやって来た事を告げると、村人達は怯えた表情で顔を見合わせ、「何も知らない」と首を振った。
見知らぬ人に怯えている、と言う風情でもない。何より誰1人視線を合わせようとしないのは、明らかに怪しい。
険しくなった眼差しに、追いついてきたエリーシャが軽く肩を叩いた。
「この村に鍛冶場などはないようです。渡り鍛冶までは調べがつきませんでしたが」
「そうですか」
少し、肩の力を抜いてそれに応える。恐らく他の村人も同じ様な調子で、エリーシャの問いに答えなかったのだろう。
だが逆に言えば、明らかに何かを知っている、と告げてるも同然の態度。蛍石が魔法でカオスの魔物を探索してみると言っていたが、果たして結果はどうだっただろう。
ふと視線を巡らせると、険しい顔の蛍石が居た。向けられたルエラの眼差しにコクリ、深く頷く。魔物の気配があった、と言う事だ。
では、この人達の中の誰かが操られている? 或いは魔物に脅かされているから、この様に挙動不審な対応なのか。そして2人と剣はどこに?
事前に蛍石からレジストデビルの付与は受けている。それでも最大限の警戒を払い、冒険者達は村の中を捜索したいと申し出た。それに迷いを見せる村人‥‥頷きたい衝動と、怯える感情が見え隠れする。
アルジャンもハデスの帽子で気配を隠しながら、注意深く村の中を捜索して回った。あの反応は恐らく、魔物に唆されたか脅されての事だろう。ならばどこかに元凶の魔物が居るはずで。
「‥‥やれやれ、興味深い、ね」
不意に、そんな声が沸いた。それはまさに沸いたとしか表現出来ない。
はっ、と冒険者の鋭い眼差しが声のした法へと向けられ、村人が小さく悲鳴を上げてガタガタ震えだした。それらの村人を心地良さそうに眺めやって、いつの間にそこに居たものか、額に2本の角を持つ異形が冒険者達を眺めやった。
足下に、エリーシャが撒いた灰の水。それすらクスクスと楽しそうに見下ろし、パシャ、と子供が水遊びをするようにはね散らかす。
「お前達は本当に興味深いね。我はとてもとても退屈しているのだよ‥‥お前達が我の玩具を壊してしまったからね」
あれはあれで暇潰し程度にはなったのだけれど、と嘯く魔物だ。暇潰し。壊した玩具。その言葉からだけでは、魔物が一体何を指しているのかは不明だ‥‥ただ判るのは、この魔物が『とてもとても退屈』していて、その為にこの事件を起こした、と言う事。
ギッ、とオルステッドが怒りに瞳を燃え上がらせた。同時にルエラやアルジャン、エリーシャも得物に手を伸ばして魔物を睨みつける。その背後で蛍石やモディリヤーノ、焔が魔法詠唱の準備に入り。
クスリ、と魔物は嗤った。
「ふふ。その調子で、もっともっと我を楽しませておくれ。ここに居る人間どもは、その手土産にくれてやろう――ほら」
す、と魔物が手を上げ、振り下ろす。ただその動作だけで、怯え竦んでいた村人の1人がぱっと血飛沫を咲かせて地に倒れた。ヒッ、と引き攣れた悲鳴が漏れる。
村人の血に、周囲の人々が恐怖に逃げ惑った。少しでも魔物から遠ざかろうとするのに必死で、そこに居る冒険者達など構った事じゃなく逃げ惑う。
「こ、殺さないで‥‥ッ」
「助けて‥‥ッ!!」
「ちょ‥‥、危ないです、押さないで‥‥ッ」
慌てたのは向かってこられた冒険者の方だ。混乱には慣れていて、魔物が背後に居るのは予想した事態。だが、人々がこれほど混乱すると想定していなかった。
体力的に弱い魔法使いが、あっさり人ごみに飲まれた。はっと気付いたものの、助けに行くにも混乱する村人を掻き分けねばならない。
それらの混乱を見晴るかして、魔物はくすくすと心底楽しそうに笑い声を上げた。
「実に楽しいね‥‥その調子でもっと我を楽しませておくれ」
剣はお駄賃にくれてやろう、と。
あくまで優位を崩す事なく、魔物は嗤い声と共に冒険者から遠ざかった。どうやら本当に、ただ嫌がらせの為だけに――または暇潰しの為だけに、この場に姿を現したようだ。
ギリリ、と唇をかみ締める。だが一先ずは目の前の、傷付き倒れる人々の救助を。そしてこの混乱を鎮め、魔物が他に潜んでいないかを確認し――ウォルフとレイナ、そしてソーイ親方の剣はどこだ?
やるべき事は山積みだ。まずは恐怖に駆られる人々を鎮めなければ。
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村の中に、2人は囚われて居なかった。
魔物を追い払い、魔法探査などによって最早魔物が一匹も残っていない事を確かめた冒険者達が改めて尋ねた問いに、村人達は最大限の感謝と共にそう言った。先のカオスの魔物によって、長い棒のような物を持つ2人組を『生かして』捕える事。生きてさえいれば、後は不問だと言われた――あの2人は魔物にとって『特別』だからと。
そんな相手を、たとい魔物に脅されていても村の中に入れる事は出来れば避けたい。そんな思いが2人を村から遠ざけ、少し離れた所に流れる川沿いにある小屋に閉じ込めさせ。魔物はそれを知って、それもまた一興、と笑った。
大体の場所を聞き出し、だが念の為グリーンワードやサンワードなどの探索魔法を使って歩みを進める。デティクトアンデッドに寄れば魔物の反応は残っていなかったが、村人達が正しく情報を伝えているとは限らない――すべてが茶番かも知れないのだ。
幸いにして、村人達が教えてくれた通りの場所にその小屋はあった。念の為、ここでも魔物の探索を試みてみるが、反応はない。代わりに怯えた表情の男達が、ともすればへっぴり腰になりそうな己を奮い立たせるように、棒を頼りに見張りに立っている。
見覚えのある相手、パーストで焔が見た2人を追いかけていた男達だ。ではやはり、2人はそこに居るのだろう。
「失礼、村の人ですね」
石の中の蝶でも魔物の気配がない事を確かめたエリーシャが、男達に声を掛けた。ビクリ、と文字通り飛び上がって、泣きそうな顔で棒を闇雲に構え、振り回そうとする男達を、ルエラとアルジャンが軽くいなす。
その上で男達に村に居た魔物は追い払った事を告げると、彼らは涙を流して『ありがとうございますッ』と何度も頭を下げた。それからハッと現実に気付いたようで、真っ青になる。彼らがやった事はつまりは、2人の人間の拉致監禁だ。
だが、事情が事情。公になれば何がしかの罪は背負わなければならないが、今ならまだ不幸な行き違いで許される範囲。
果たして、2人は縄で拘束されてぐったりし、細かな傷が全身にあったものの、致命的なダメージは負った様子もなく救出に現れた冒険者達を見た。その姿に、アルジャンがほっと息を吐く。
「ここは危険だ。剣など良いから工房に戻ろう」
ぐったりし、だが布に巻かれた棒のような物を放さないレイナと、彼女より多く傷を負っているウォルフに告げた。勿論本心ではない。もし本物ならば、あれ程に親方が情熱を注いでいた剣を放り出す事など、しないだろうから。
火を入れ、鉄を熱し、槌で延べる。叩き、畳み、延べ、鍛え、また叩く。ただそれだけの単純な動作で生み出される『剣』は、それ故に一つの祈りの結晶だ。文字通り、命を込めて打ち出す物だ。
それを、親方が認めた弟子であるウォルフや、親方が預けるに足ると見込んだレイナが無碍にするはずはない。例え命が危ういと言われても、本物の2人ならきっと。
案の定、レイナは警戒の眼差しでぎゅっと剣と思しきぐるぐる巻きの棒を抱きしめ、ウォルフがその前に立ちはだかった。少年が負った傷がレイナより多いのは、つかまった折もこうして庇ったからだろうか。
モディリヤーノが「無事で良かった」と心からの安堵の息を吐いた。蛍石が彼らの傷を癒し、エリーシャとルエラがかけていた剣から手を放す。
サンワードで逃げた魔物の行方を確認しようとしていた焔が、判らない、という応えにため息を吐いた。魔物の首領を指定しても『判らない』という答え。それが本当に不明なのか、対象が曖昧すぎるのかは不明だ。
だが一先ずは、2人を本当に村へ。勿論ソーイ親方の剣も一緒に――だが、レイナが首を振る。彼女が頼まれたのは、冒険者に会い、これぞと思う相手にこの剣を託す事。このまま持って帰る事など出来はしない、と。
その言葉に、オルステッドが進み出た。村で双角の魔物に出会ってからずっと、考えていた事。
「‥‥剣は、出来れば預かりたい‥‥」
何としても斬りたい魔物が居る。それはきっと間接的に、レイナやウォルフの仇でもある魔物――その仇を、この剣で。
そう告げたオルステッドを、じっとレイナは見つめた。初めて会う相手ではない、以前に弟がカオスの魔物と現れた時にも会った相手。その時の事をも思い出し、レイナはだが首を振った。
「確かに、貴方はその魔物を真剣に倒そうとしていると思うわ。でも‥‥」
彼女は視線を巡らせ、アルジャンの前に立つ。
「私は御用聞きだから難しい事は判らない。でもきっとあなたなら、親方の気持ちを受け取ってくれると思う」
そう、レイナは彼に剣を恭しく差し出した。ウォルフが恥じらい、だが誇らしげに「その魔法は僕が」と告げる。工房で暮らすようになってから、必死に勉強した。前の試作剣も彼と親方の合作だ。
その剣。そこに秘められた祈りと願いを、どうか受け取って欲しいとまっすぐに告げる女性に、男は深く頷いたのだった。