【浚風】天より吹き降ろす、そは凄凄たる
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月09日〜12月14日
リプレイ公開日:2009年12月17日
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●オープニング
盗賊『強奪騎士団』の昔のアジトから見つかった一枚の絵。シルレインがその絵と、隠していて悪かったという謝罪と併せて受け取った冒険者のフォーノリッヂに寄る未来視の絵をつき合わせた所、それは恐らく同じ場所だろう、という結論に達した。
特徴的なものではないが、どちらの絵にも描かれる尖塔。周りの町並みなどを比べてみても、恐らく同じものだろう、と下町の仲間は断言した。下町連中は、世に認められていないだけで実はプロも裸足で逃げ出す鑑定能力を持つものも、稀にいたりする。
サンキュ、と手を挙げて仲間の家を出て、今日も変わらぬ平和な町並みを眺め歩きながら、思いを馳せた。
(レイリー‥‥)
親も兄弟も亡くしてやさぐれていたシルレインの、文字通り唯一の身内と言える少女。妹だと思ってたし、それ以上だと思っていたかもしれない。少なくともあのまま盗賊団で腐っていたら、なし崩しにせよ彼女と所帯を持ち、盗賊団の鍵開け師として生き続けていただろう。
その未来に、陰鬱なものしか感じない事実に自覚する。すでに彼にとって、妹と思う少女も捨て去りたい過去の一部にすぎないのだ、と。
帰りがけにニナに会って、バカな話をした。年が明けて春が来たら彼女は正式に、今勤めている屋敷を辞して元の主の所に戻るらしい。秋頃、冒険者達と疫病の復興に勤しんだ町だ。
頑張れよと肩を叩くと、くすぐったそうな笑みが返った後で「シルレインさんもまた、手伝いに来て下さいね」と言われた。それも良いかもしれないと思う。すべてが終わったら共に暮らそうと約束した子供と2人なら、某かの食い扶持は見つけられるだろう。
だがその為にも、盗賊団を。過去をこの手で捕まえて、すべてを終わらせなくては。
レイリー。手がかりを残していったのは、気持ちはシルレインと同じはずだ‥‥過去にケリを付け、新たな未来を。その未来がシルレインと対立するだけで。
だからレイリーを捕まえる。親代わりだった首領と、兄貴分だった仲間を捕まえる。そうしなければシルレインは、どこにも進む事が出来ない。
シルレインは息を吐いた。カタルスはどうしているだろう。手紙って奴を書いてみても良いかもしれない、せっかく字が書けるようになったのだから。
◆
少年は思い悩んでいた。自分の気持ちに。そして人々の気持ちに。シルレインに。キーオなら必ず出来ると見送ってくれた双子の姉と幼なじみに。
婚約者の仇を討つべく、復讐の為にウィルまでやってきた事に後悔はない。だがその言葉が意味する事はつまり、血で血を洗う陰惨な争いだ。奪われたキーオが、今度は奪う側になるだけ。
その事実に気付いてしまって、キーオは思い悩んでいる。ならず者との戦いの最中、シルレインに向かって矢羽を放した瞬間は爽快感すらあって、だが彼が血を流してうずくまり、冒険者達が手当をしているのを見るうち恐ろしくなった。
復讐。奪われたキーオが、奪う側に回ると言うこと。婚約者を殺されたも同然のキーオが、今度は殺す側に回ると言うこと。
「‥‥復讐は諦めるんですか?」
いつの間にか、側に居た女性が囁いた。冒険者ギルドの受付嬢、シルレインを紹介してくれた人。彼を殺せば復讐を果たせると、キーオに教えてくれた人‥‥今日は休みなのだろうか?
判らない、と首を振った。復讐を諦めたくはない。だが人を傷つけたくはない。所詮は悪逆非道な連中だからと、割り切ることが出来なくなった。
「でもキーオさんが婚約者を殺された事は事実でしょう? 彼女が生きてたら、復讐を望むのではないですか? だからお姉さん達もキーオさんを送り出したんでしょう?」
女性は畳みかけるように、静かな言葉でキーオに囁きかける。そうかもしれないと思い、そうじゃないかもしれないと思う。セーラもリッタも、キーオには優しくて厳しい。だからもしかしたら他に何か理由はあるのかも知れない。
そう言うと、女性は残念そうに息を吐いた。それからそっと、慈しむようにキーオの頭を撫でて。
「‥‥キーオさんなら一緒に行けると思いましたけれど。私は私の復讐を一人で果たす事にします。キーオさんもお気をつけて」
ぽつり、言葉を残したきり、女性はどこかへ去っていった。復讐。その言葉にまたキーオは思い悩む。
果たして自分は本当に、盗賊団への復讐を望んでいるのか? 彼らを殺したいと、心から願っているのか?
かつて盗賊団にいたシルレインを、キーオは許す事が出来るのか?
◆
冒険者ギルドには今日も、各地から依頼が届けられている。その日ネルトス・ジョウファスが担当するカウンターに座ったのは、些か派手なほど身なりの良い商人風の男だった。
困ったように脂汗をかきながら、実は是非助けて欲しい事が、と訴える。
「もうそろそろ、うちの町でも年越しの祭の準備を始めようとしている所なのですが」
12月は月霊祭。最近では聖夜祭という、冒険者や天界文化に詳しい者などが催すジーザス教の祭も知られてくるようになったが、アトランティスの12月と言えば月精霊と月道の恵みに感謝する祭を置いて他はない。
派手さとはほど遠いこの祭を、毎年の様に今年も祝うべく、その町では準備を進めていた。だがしかし、装飾品や、保存の利くお酒や小麦粉など、先にと注文をかけたものがどうやら、途中で荷車ごと奪われたらしい。
「と言うのは御者が命辛々逃げて来てそれを知らせてくれたからでして。中には珍しいガラスの飾りなどもありましたので‥‥」
それを何とか取り戻して貰えないだろうか、と言う商人に、さらに詳細に手がかりなどを聞いた上で、判りました、とネルトスは頷いた。依頼書を取り出そうとして、顔馴染みの何でも屋から預かった模写の絵に気付く。
この町の事を知らないかと、聞きに来た青年に「依頼人にも聞いてみてあげよう」と請け負ったのは数日前のことだ。未だに知っているという人間には会っていないが。
この依頼人は商人のようだから、もしかして知っているかも知れない。あまり期待せずにネルトスは絵を取り出し、ところで、と声をかけた。
「こちらの絵に描かれた町について、何かご存じではないですか? いえ、友人が手に入れた絵なんですが、どこの絵か知りたがってまして」
「ほぅ‥‥この尖塔や町の感じは、我が町の光景にも似ていますね。そう、ちょうど町を見晴らす丘に登ったら、こんな感じに見えると思いますよ」
「へぇ‥‥ッ! そう言えば町のお名前を聞いていませんでしたね」
「ええ、うちの町は‥‥」
依頼人は自分の町の名前を告げて、実に暮らしやすい町であるので、ご友人も是非月霊祭には来て下さると嬉しいものです、と満面の笑みを浮かべた。それから顔を曇らせて、その為にも荷を取り返して下さい、と訴える。
食料はもちろん、ガラスの装飾品までとなれば、なくなったから再発注という訳には行かない。脂汗をかく商人の気持ちも解ろうと言うものだ。
必ず、と頷いてネルトスは依頼書を書き上げ、依頼人を入り口まで見送った。それから依頼書を張り出しはせず、まずはシフール便へと向かう。
顔馴染みの何でも屋、シルレイン・タクハ。どう考えてもこれは、彼を呼ばなければならない依頼だった。
●リプレイ本文
さぁ、と男の声がした。
「テメェのヤマだ」
「うん、パパ達」
ありがとう、と微笑む。彼らはただ彼女のわがままの為だけに、この場に一緒に立ってくれている。勿論収穫はあったけど、それでもこの町を襲う事を決めた事すら、彼女のわがままだから。
ありがとう、と微笑む。優しい養い親達の、いかめつらしい顔に。
「行こう。あの町のすべてを奪いつくして、シルリィを取り戻すの。強奪騎士団の名の下に」
「あぁ。欲しいモンはテメェで掻っ攫え。それが俺達の誇りだ」
『オゥッ!!』
男達は、少女は鬨の声を上げた。そして6人は動き出した。
◆
町からの依頼を受けて、オルステッド・ブライオン(ea2449)は背後にシルレインを乗せ、町へと急行していた。忘れず、手がかりの絵は持たせている。昔のアジトから見つかり、またかつて未来視の魔法で描かれた絵。
まずは町を見晴らす丘の上から、その絵と町並みを見比べた。依頼人に寄ればこの絵は、彼の町を見晴らす丘の上から見たものに良く似ているという。
目の高さに絵を持ち上げ、眼下の町並みと比べる。若干違和感を覚えて場所を移動し、また見比べる。
依頼人は尖塔から続く町並みが良く似ている、と言っていたという。確かに眼下の町並みにはすっと高い尖塔があり、その辺りを中心に何度か移動を繰り返すと、やがてピタリ、とハマる景色があった。
そう言った青年にオルステッドも覗き込み、確かに景色が同じだと確認する。
「‥‥やはり襲撃目的の町を描いたもの、か‥‥だが奴らのアジトもあるかも知れん‥‥」
「単にシルレインさんを呼んでる罠かも知れないけどね。それより、町に行く前に2人とも、徹底的に話し合ってもらうわよ」
先行した2人に追いついてきた加藤瑠璃(eb4288)が、青年の前にグイ、とキーオを突き出した。逃がさないよう、文字通りひっつかんで連れてきたのだ。
キーオはシルレインを見て、ふい、とぎこちなく視線を逸らした。だがグキッと良い音をさせて瑠璃が向き直らせる。
前回の様に、戦闘中にトラブルが発生するのは御免だ。ならば今のうちに徹底的に話し合わせなければ。その方が、例え取っ組み合いの喧嘩になってよっぽどマシと言うものだ。
厳しい顔で腕を組み、ほら、と促す瑠璃を見て、それから互いを見やって2人は沈黙する。どうすればこの話題を避けて通れるか考えているようだったが、勿論許される筈もなかった。
◆
フォーレ・ネーヴ(eb2093)がまず目を付けたのは、どこの町にも1人は居る辻売りだった。彼らはたいてい、どこにでも居る。よっぽど特殊な場所でない限り、そこに居る事をあまり気にとめられない。
だから、簡単な情報収集をするにはうってつけの相手。これも修行とシルレインと一緒に向かおうとしたのだが、生憎まだ『話し合い』が終わっていなかったのでフォーレは今、1人だ。
「ああ、あの御者は最近町に来たの」
彼女と同じ位の年に見えるその辻売りの少女は、月霊祭の飾りにと売っていた茶色の木の実を買ってやると、相手が同じ少女だと言う事もあってか気軽にそう言った。
やって来たのはここ一年ばかり。時折実家に帰ると数日休みを取る事はあるが、それ以外は真面目な男らしい。故に、今回の悲劇に町の者は皆、御者の不運を気の毒がっている。
他にもしばらくお喋りをして、お礼も兼ねてもう幾つか木の実を購入すると、少女はにっこり笑って「毎度あり」と手を振った。
一方、気まずい沈黙のままの2人には話し合いが終わるまで来るなと厳命し、後の事はオルステッドに任せておいて、瑠璃はひとまず依頼人に話を聞きに来ていた。オルステッドからも頼まれている、第2陣の積み荷の到着予定も含めて確認しようと思ったのだ。
追いついてきたエリーシャ・メロウ(eb4333)と、一緒にセラに乗ってきたモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)と商家の入り口で合流する。簡単に聞く事を示し合わせ、ちょっと話を聞かせて欲しいのだがと商人を訪ねると、彼は快く3人を迎え入れた。
「御者も呼んで貰えるかしら?」
瑠璃の言葉に頷いて使いをやった商人に、まずは襲撃の事や積み荷の事を聞く。先に襲撃現場を調べた限り、争い合った跡などは存在しなかった。その割にフォーレが、蹄の跡がはっきりしない、と首をひねっていたが。
その事を告げると、商人はギルドでも聞いた言葉を繰り返す。御者は襲撃に怯え、顔を伏せて震えていたので、抵抗などはしなかったのだ、と。
「積み荷の中にはガラスの飾りがあった、とも聞きましたが」
「そうなんです! あれが一番価値のあるもので」
「どんな形をしているんですか?」
「この位のガラス玉を針金で幾つも組み合わせたものです」
エリーシャとモディリヤーノの言葉に、この位、と親指の先ほどを示す商人。光を反射するときらきら輝いて美しく、月霊祭に飾る為に思い切って奮発したのだという。
語るうち、またがっくりと肩を落とした商人は、どうやら嘘をついている様ではなさそうだ。ひとまず別の目撃者も探してみる、と断って商家を出たエリーシャとちょうど入れ替わりに、例の御者がやって来た。
男はチラッと瑠璃とモディリヤーノを見、それから主に「何かご用で」と尋ねる。
「この人達が、おまえが盗賊に襲われた時の事を詳しく聞きたいそうなんだが」
「はぁ‥‥ですが何度も申し上げた通り」
「何か、特徴的な音は聞きませんでしたか?」
首を振りかける御者に、モディリヤーノは尋ねた。音? と首をひねる御者。その様子をじっと瑠璃は観察する。
しばし考えた御者は、馬の蹄の音がうるさくて他には何も、と首を振った。盗賊が襲ってきた方向などを尋ねても、霧に紛れて近付いてきて気づけばそこにいた、と首を振る。
特に不自然ではない答え。やがて居心地悪そうに「あの、そろそろ」と断って部屋を出ていった御者を、だが瑠璃はじっと見ていた。
◆
次の荷は昼頃到着する予定だという。それを商人に確認し、周囲の地形から襲撃予定の場所を割り出して、冒険者達は手分けして現場に張り込んだ。
この季節、辺りには不定期に霧が立ち込める。到着予定のその日も辺りにはうっすら霧が漂っていて、これ以上濃くならなければ良いが、と心配顔で冒険者は話し合った。
が、祈り虚しく霧はだんだん濃くなってくる。荷馬車がそろそろ着くか、という頃には数m先を見渡すのがやっとで、自然固まった布陣を取らざるを得ない。
仲間達の装備を思い起こし、それらが立てる音にモディリヤーノはじっと耳を澄ませた。武具は、特徴的な音を立てるものは少ない。だが少しでも役に立てば。
遠くから轍の音が聞こえてくる。霧を警戒してだろう、ゆっくり近付いてくるその音は、視界が効かないせいか驚くほど大きく感じられた。
馬車を引く馬の蹄の音。積み荷だろうか、カチャカチャ音がする。馬を宥めるような男の声も聞こえ始めて。
‥‥ヒュンッ!
「グァ‥‥ッ」
空気を切り裂く音の直後、苦悶の声が上がって、途切れた。ドサッ、と重いものが落ちる音。馬の蹄の音が驚いたように乱れる。
はっ、と冒険者は息を飲み、霧の向こうを透かし見ようとした。エリーシャとオルステッドが険しい顔で声の上がった方へ走る。
フォーレは弟子に背中を任せ、もう1人のにわか弟子は大丈夫だろうか、と素早く視線を送った。キーオは得物が弓と言う事もあり、少し離れた場所で待機している。だがこの視界では使えない。
「野郎どもッ、全員ぶっ殺せ!!」
『オゥッ!』
霧の中から怒号が聞こえ、応える6人の声が聞こえた。総勢7人という事だ。キラリ、反射した光の筋に、察した瑠璃が剣をかざして攻撃を受け止めた。
「やれるものならやってみなさいよ!」
「‥‥お相手しよう‥‥」
「年貢の納め時と心得なさい!」
瑠璃の叫びに、荷馬車の側を確保したオルステッドとエリーシャも得物を抜く。濃く漂う血の臭い。御者は喉笛を真一文字に切り裂かれ、すでに事切れていた。
フォーレは辺りを警戒しながら、キーオの方へ行こうとした。戦いの気配に身を竦めているか、或いはついに現れた仇に、怒りに我を忘れているかも知れない。
俺が、と青年が師匠に声をかけ、代わりに向かおうとする。話し合いの結果、少なくとも彼が仇ではない事を、少年は理解してくれた風だったから。
だが。
「‥‥待ってたよ、シルリィ」
霧の中、現れた少女がにっこり微笑んで、キーオの首筋に刃を突きつけながら青年を呼んだ。ギクリ、と動きが止まる。
不意打ちをかけようとしたフォーレにも牽制をかけ、少女レイリーは霧で髪を張り付かせてクスクス喉を鳴らした。
「やっと帰ってきてくれるんだね。大丈夫、パパ達はもう、シルリィが裏切った事も、あたし達から逃げた事も怒ってないよ」
場違いに無邪気な様子で、ねぇパパ達? と振り返る。無造作な仕草にキーオの首がかすかに切れ、細い血の筋を流した。
少女の言葉に振り返った男達の1人を見て、瑠璃は「やっぱり」と呟く。それは商人の御者を名乗ったあの男だったから。
何とも迂遠な策を取る、とエリーシャはため息を吐く。青年が元アジトに戻り手がかりの絵を見つけ、それを見計らって事を起こす。その為に1年も前から盗賊団の一味を潜り込ませる。ねじくれてるにも程があり過ぎだ。
シルレインもため息を吐いた。目撃者は殺して回る首領達が、御者を殺さないなんておかしいと思っていた。
それからキーオを見た青年に、少女はクスクス笑う。
「知ってるよ。この子、守りたい大事なものなんだよね。他にもたくさん守りたいものがあるんだよね。だから‥‥シルリィの大事なもの、全部壊してあげるッ!」
「キーオ‥‥ッ!」
少女がぐっと刃に力を込めようとしたのを悟り、モディリヤーノが風の刃を放った。もしかして少年に当たるかもとか、そんな事は言っていられない。勿論出来る限りの注意を払い、放った刃が幸い少女の手の刃のみを弾き、気配に避けようとした少女と少年をわずかに離した。
チッ、と少女が舌打ちする。だが人質に固執はしない、その危険性は知っている。フォーレが素早く駆け寄り、キーオを少女から引き放した。
「グォ‥‥ッ」
「チクショウ‥‥ッ」
霧の中、無念に毒づく声と倒れ込む音が聞こえた。だが激しい剣戟はまだ聞こえている。「こっちにも居るわよ!」「ヘッ、姉ちゃん、生意気だぜ!」「‥‥逃がさん‥‥」「俺らを舐めんなッ!」「かかりなさい、セラ!」入り乱れる声の合間に金属の触れ合うガチャガチャ、ガキッ! とうるさい音。
少女がキーオを背に庇ったフォーレと次の呪文を唱えるモディリヤーノ、そしてシルレインを見た。見て、あーあ、と唇を尖らせた。
「今日の稼ぎはなし、か。パパ達に怒られちゃう」
「逃がすか‥‥ッ!」
「パパ達、引き上げるよッ! シルリィ、またね。大事なものはちゃんと、全部壊してあげるから」
待っててね、とクスクス笑って、少女は何かを放って寄越した。毒使いの彼女の不審な動きに、素早く口元を押さえ、フォーレは他の仲間に注意を促す。
だが何も起こらぬまま、少女の号令に従い男達はよく訓練された動きで素早く逃げ出した。辛うじて捕まえたのは御者だった男と、もう1人。
瑠璃がつと目を細め、逃げていく盗賊達を見る。強奪騎士団。かつては騎士だったと言う話、案外真実なのかも知れない。
◆
少女が残して行ったのは付近の地図だった。大きく×印がある所を探索すると、もぬけの空のほったて小屋の中に、先に奪われたらしい品がガラスの飾り1つだけ欠けて見つかった。
何とも不可解な、と首をひねる。今回の彼らの目的は本当にシルレインだけで、ガラスの飾り1つが駄賃か‥‥それでも庶民には十分な値になるが。
それは後で依頼人に了承を得るとして、今はキーオだ。エリーシャは少年の前に、盗賊達を蹴り転がした。少年がどうしても、血による復讐を望んでいる事は知っている。その為の荒療治。
「裁きでも死刑は間違いなき者。私が騎士の権能で許します、その手で喉を掻き切りなさい‥‥貴方の愛する者が本当に其を望むと思うなら!」
その言葉に、キーオはゴクリと喉を鳴らした。愛する者。セーラ、リッタ、亡き婚約者。順番に蘇った顔は、最後に喉笛を突いて絶望の眼差しを虚空に向けた、彼女の死に顔に重なる。
ギュッ、と両手で矢を握り、盗賊の喉元めがけて振り下ろした。だが矢は、かすかに皮一枚を切り裂いただけで、盗賊の首のすぐ側にザックと突き立つ。
ヘッ、と死を免れた男が嘲った。それをシルレインが冷たい眼差しで見下ろす。
「スネーク。今のが俺でなくて感謝しな」
俺なら躊躇わないからな、と寂しそうな顔で付け加える青年だ。それからキーオに向けた眼差しは、憐れみ。
少年は真っ青に怯えた、もどかしそな顔でギリギリとスネークを睨みつけていた。憎しみと、迷い。人を殺す事への躊躇い。魔物の如き所行を犯した憎い仇なのに。
ふとオルステッドが眉を潜めた。
「‥‥なぜ殺害にこだわるんだ‥‥? そんなやり方、死んだ婚約者も幼なじみも姉も望んではいまい‥‥」
それよりは盗賊どもを法の下に突きだし、裁きを。その方がよほど立派な復讐だろうに、と首をひねる彼の脳裏によぎった、女性の影。
冒険者ギルドの元受付嬢、この依頼の始まりは彼女がシルレインにキーオを引き合わせた事。まさか彼女が、といぶかしむ彼に、キーオは激しく顔を上げ、違う、と強い口調で否定した。
「だってナキアはこいつらに殺されたんだ‥‥ッ!」
年頃の娘だったが故に暴行され、絶望して死んだ婚約者。ナキアだけじゃない、他にも多くの娘が同じ目に合い死を選んだ。姉は免れた代わりに一生消えぬ醜い傷を背に刻まれた。父は盗賊から町を守ろうとして殺された。
その罪を、苦しみを、憎しみを、誰かに委ねる? 誰かがこいつらをこらしめてくれるのを待つ‥‥?
出来るはずがない、とキーオは暗い眼差しで吐き捨てる。どうかこの手で同じ苦しみを。ナキアが味わった絶望をこいつらにも。
それこそが、彼が罠に乗り気でなく、彼らを殺したいと願う理由。モディリヤーノがそっと、少年の肩に手をおいた。
「それでも‥‥復讐は武器で傷つける事だけじゃないよ」
そう簡単に割り切れないだろうけれど、という言葉に少年は肩から力を抜き、小さく頷いた。セーラ、リッタ、ナキア。彼女らが果たして本当に、キーオの手が血に汚れる事を望んでいるか?
考えなければ、と冒険者達を見回して少年は思う。この人達はきっと正しいと、何となく判っている。そして大切な彼女達はいつも、キーオに優しく厳しかった。
エリーシャが町まで官憲を呼びに行き、捕まった2人が連行されていくのをじっと見ながら、少年はそう考えていたのだった。