【雪合戦】かの地で君と雪遊び。

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月14日〜12月14日

リプレイ公開日:2009年12月22日

●オープニング

 さてその日、旅の魔法使いを名乗る少女マリン・マリンは、珍しくメイディアの冒険者ギルドの方に顔を出していた。もちろん相棒の白亜の魔杖も一緒である。
 マリン・マリン、月のエレメンタラーフォーススタッフと呼ばれる『いつでもどこでも』月道を繋ぐ事の出来る強力なムーンロードの魔法を秘めた魔杖・皓月の、現在のところ唯一の使い手であるアルテイラ。最近はアトランティス・ウィルの小さな湖畔で療養生活中。
 と言って、彼女がメイディアに居るのがおかしいのかと言われれば、件の魔杖を使えばジ・アースとアトランティスのどこにでも月道を繋げる彼女に居ておかしい場所はない。むしろなんだか懐かしそうにきょろきょろ辺りを見回して「久しぶりです、ね」などとのたまっている辺り、結構メイディアにも入り浸っているものと思われる。
 そのメイディアの冒険者ギルドで、お散歩に来たんですけれど、とスケールの違うことをにっこり言い切ったマリンは、ジ・アースからやってきたというギルド職員の前に陣取ってにこにこ笑いながら、故郷の話を聞いていた。メイディアのギルドには比較的、あちらからやってきたという受付係が多い。
 彼女がウィルから『お散歩』にやって来たという話をどこまで信じたかは知らないが、相手をしてくれた受付係は大変気の良い人物だったらしく、差し障りのない範囲でいろんな話を聞かせてくれた。その中に、故郷ジャパンで聞いたという伝説の話も、あって。

「‥‥雪女さん、ですか?」
「ええ。雪山だと割合多くある伝説なんですけれどね、私の故郷の村の近くにもそういう、雪女伝説がある村がありました」
「へぇ‥‥雪女さんには、あまりお会いした事がないんですよね」

 マリンは目を輝かせ、それは会ってみたいです、と頷いた。あまり、であって全く、ではないのだが、比較的好奇心の赴くままに生きている彼女にはそれで十分だ。
 ならば即行動あるのみ、とマリンは早速手の中の杖に視線を落とした。皓月、と囁きかけると、応えて魔杖は銀光を放ち始める。
 そうしてすぐさま月道を繋ぎ、その向こうへと消えていった少女の姿を、受付係は目を丸くして見送った。





 ジャパンと一口に言っても広い。特に明確な理由があったわけでもなく、旅の魔法使いを名乗る少女が月道を通り抜けて姿を現したのは、偶然か必然か江戸の冒険者ギルドであった。
 ある意味では一番正しい選択。本人が割とのんびりしているように見えるのでアレだが、こう見えて彼女は『特別』と冠せられるアルテイラであり、相棒の皓月はいまだ地獄のデビルとカオス界のカオスの魔物、双方から狙われる強力なマジックアイテムだ。
 もしかしたらマリンではなく皓月が、主の身を心配して冒険者ギルドへと繋いだのかもしれない。とにかくマリンが久々のジャパンで最初に姿を現したのは、冒険者ギルドの一角であった。
 当たり前ながら、アトランティスとは違う空気。世界中をくまなく回っているマリンにとって、どこに行ってもまず感じるのは「懐かしい」という感情で。
 そんな「久しぶり」を噛み締めながらいつもの様に、ギルドの受付へと向かう。そこに居る職員や依頼人も当然ながらジャパンの衣装を着ていて、それがまたむず痒い様な気分だ。

(雪女さんは、どこに居るんでしょう‥‥)

 こんな所に居たら色々騒ぎになると思うが、気付かないマリンはキョロキョロギルド内を見回しながら人の良さそうな顔をした職員に話を聞こうとした、その時。
 ふと、まさに捜し求める雪女の事を話している娘の言葉が、耳に入った。雪女。いっそ駆け寄って詳しく聞きたい位だが、そうしない程度の常識は驚くべき事に、マリンも兼ね備えている。
 全神経を耳に集中し、依頼内容を委細なく聞き取って、頭に刻み込んだ。それからマリンは、うん、と大きく頷いて、再び皓月と共に姿を消す。
 そこに居た少女にだから、気付いたものは余り居なかった――と信じたい。幾人かが目を見張っていたような気はするが。





 さて、再び舞台は戻ってメイディアの冒険者ギルド。

「居ましたよ、雪女さん!」

 戻ってきたと思ったら興奮の口調でそう報告した少女に、はぁ、と受付係は大変曖昧な返事をした。まさかホントにジャパンまで行って来た? いや、まさかな。
 だがそんな、受付係の自問自答を打ち砕くようににっこりと、旅の魔法使いを名乗るアルテイラは言い切った。

「というわけで、皆で一緒にジャパンに行って雪女さんと一緒に雪合戦しましょう」
「何故そうなるんですかッ!?」
「だって1人で行っても楽しくありませんし。せっかく雪女さんが居るんですから、ね、皓月?」

 同意を求められた白亜の魔杖は、きっと口が利けたなら全力でマリンの言葉を否定したに違いない。或いは動けたならぶんぶん首を振ったことだろう。
 だがしかし、生憎言葉も喋れなければ動けもしない皓月はただ、静かに月魔法の名残の銀光の残滓をまとわりつかせているだけだった。



 ――というわけで、旅の魔法使いマリン・マリンと一緒に雪合戦に行く人、募集。



※簡単ルール説明※
試合形式
参加者の体力の続く限り投げ続ける。

ルール
○途中で雪玉作成は可能。事前に用意しておいても良い。
○魔法使用は適時OK。ただし著しく試合進行を阻害すると審判が判断したものは不許可。
○ペットやアイテムによる空中戦は、上空3メートルまで。
○チームや連携相談はお好きにどうぞ。

判定
○参加者が時間内(一定ターン)に雪玉を投げ合って、一番被弾数の少なかった人が勝者。
○ただし、雪玉を一度も投げずに逃げ回っていた場合は次点とみなされるPCが勝者に繰り上がる場合があります。

●今回の参加者

巴 渓(ea0167)/ 伊達 正和(ea0489)/ アマツ・オオトリ(ea1842)/ クリシュナ・パラハ(ea1850)/ 美芳野 ひなた(ea1856)/ キース・レッド(ea3475)/ シャクティ・シッダールタ(ea5989)/ エヴァリィ・スゥ(ea8851)/ マスク・ド・フンドーシ(eb1259)/ 忌野 貞子(eb3114)/ 布津 香哉(eb8378)/ 水無月 茜(ec4666)/ トンプソン・コンテンダー(ec4986)/ 村雨 紫狼(ec5159)/ レラ(ec5649

●リプレイ本文

 さてその日、月道をはるばる越えてジ・アースはジャパンの地に、雪女を見に&雪合戦をしにその一行は降り立った。何の冗談かと後世まで語り継がれそうな理由だが、残念な事に色んな意味で本気の理由。
 だがしかし、その辺りの細かい所はその辺の雪の中に埋めておくとして、彼らは今江戸に立っている。その事実にまずはなんだか感慨を覚え、布津香哉(eb8378)はきょろきょろ辺りを見回した。

(ここが、俺が元いた世界じゃない江戸か‥‥)

 天界人の彼にとって、江戸という地名は何となく馴染み深い、気がする。と言うか、かつて天界でも歴史書などで眺めていた場所に、世界が異なるとは言え自分が立っているのだ、と言う感覚がまず不思議だ。
 故に、辺りを見回す視線も興味津々。本来ならゴーレムニストの彼はメイディアから出国する事も許されないので――物理的な拘束はないが、メイディアの管理する月道を通るには許可が必要なのでモロバレだ――そういう意味でもマリンの『いつでもどこでも月道』は有り難く。
 一体どんな世界なんだろう、まんま歴史書に載った感じなんだろうか、と落ち着かない眼差しがあちらこちらに向けられるのも、無理のない話だ。
 そんな香哉とはまた別の、だが同じ様に感慨深い眼差しを向けている男もいる。

(こういうのもたまには良いな)

 雪原を見渡しながら1人頷くのはキース・レッド(ea3475)。メイディアでは、一面に積もる雪という物を見ること自体が珍しいし。
 一方で、感慨的ではない物の、やはり初めて見る江戸、と言うかメイディア以外の光景に感嘆の声を上げるトンプソン・コンテンダー(ec4986)。

「天界人のご歴々もそうじゃが、異邦人の気持ちを味わってみたくてのぉ」

 生まれも育ちもメイディアの彼は、ジ・アースなり地球なりからやってきた人々を常に迎える側。故郷を離れてやってくるのは心細かろうと思えど、では実際どんな気持ちなのかというのは想像に頼るより他はなく。
 だからこの異境の地で、どんな気持ちになるのだろうかと興味があった。まぁ何事も、実際に体験してみなければ解らないものだし。
 とは言えやはり不安はあって、出発前にきっちり旅の魔法使いに、ちゃんとメイに帰ってこれるのかを確認していたのだが。あくまで興味があるのであって、行ったきりになりたいわけじゃない。
 そんな男に力強く「勿論です!」と頷いた、当のマリン・マリンと言えば。

「あっ、雪女さーんッ!」

 ジャパンの方に集まった人々の中にお目当ての雪女を見つけ、ご機嫌でぶんぶん手を振っていた。水無月茜(ec4666)がそちらの方を見やり、想像していたのとはちょっと違いますねぇ、と首を傾げる。正直、雪女に会いに行く、と聞いた瞬間に思い浮かんだのは、親友の忌野貞子(eb3114)の姿だったりしたので。それも酷くないですか。
 雪女さん陣営(?)には他にもたくさんの冒険者がいて、雪んこさんなんかと戯れてたりして、はっきり言ってとっても楽しそうだ。中にはお友達の猫まぢん嬢や吟遊詩人、さらに色々ご縁があったりする人も居たらしく、そちらにもぶんぶん手を振ったり、握手したりと忙しい。
 だがしかし、彼女は目的を見失う事はなかった。

「じゃあ頑張って、みんなで楽しく雪合戦しましょうね!」

 ‥‥‥訂正。来る前にもう目的を見失っているので、これ以上脱線する事はなかった。
 よし、と燃え立つメイディア冒険者軍団(の一部)。かくて江戸の雪原に、雪合戦の火蓋は幕を切って落とされたのだった。





 簡単に言おう、彼女は燃えていた。なぜと無粋な事は聞くなかれ、どんな戦いにでも戦いと名の付く限り全力をそそがずには居られないのだ、多分。
 故に彼女、巴渓(ea0167)は敵陣(としておこう、敢えて)を睨み据え、そこに居並ぶ面々をじっと観察した。不足はない、と笑う。

「チーム・ゲッター復活だ、底力を見せてやるぜ!!」

 かつて仲間と組んだチーム名を叫び、拳を突き上げた彼女に呼応したのはその時の仲間。及び、一緒に全力で雪合戦を戦い抜こうと協力する仲間。

「敵が同じ歴戦の冒険者となりますとね〜、ぶっちゃけ、半端な魔族より手強い相手ですよ」

 そのうちの1人、クリシュナ・パラハ(ea1850)がしみじみと呟き、たらり、と冷や汗を垂らした。メイディアを振り返ってみても、竜やらゴーレムやらと差しで戦える冒険者も存在する。怖いな、冒険者。
 翻ってジャパンの冒険者。文字通り、世界に名だたる冒険者も顔を揃えているのを見れば、まったりといえど気は抜けない。まぁ、まったりじゃないガチバトルならこの辺、血の海になりそうだが。
 これは全力でお相手せねば、と気を引き締めるアマツ・オオトリ(ea1842)だ。江戸の名だたる猛者との戦、メイディアにいる身ではなかなか叶うものではない。例えそれが雪投げという児戯であろうとも油断は禁物、誇りにかけて全身全霊で、と高まる気合いも十分だ。
 そして今1人、熱く滾る思いを雪原に迸らせる男が居る。

「んんぶるわああッ! 我輩こそイギリスの愛と正義を体現する真実の人! その名も! 『マスク』! 『ド』!! 『フンドォォォシッ』!!!」

 いちいちビシッ! バシッ! とポーズをつけながら高らかに名乗りを上げた男に、相手チームのみならず味方チームからも全力で目を逸らす者が現れたりしたのだが、その男、マスク・ド・フンドーシ(eb1259)は全く気にしない。ここで気にするようならきっと、長い彼の人生のどこかでもうちょっと違う道を選んでいる事だろう。
 ちなみに彼、旅の魔法使いの防衛も全力で名乗りを上げたのだが、当のマリンはちょっと涙目になって丁重にお断りした。どうやらジャパンに来る前に目撃してしまった遥か北の地のアレなデビルを思い切り思い出してしまったらしい。そうでなくとも婦女子の眼前で褌一丁と言うのは、色々な意味で危険だが。
 閑話休題。
 雪原の染み入る寒さも多分アレな気合で我慢して、マスクは共に戦う友人を振り返った。エヴァリィ・スゥ(ea8851)。彼女も本気の覚悟を見せている。何しろ、普段はひた隠しにしているハーフエルフの最たる証、狂化を自ら行ってでも、と言うのだ。
 ジャパンでも勿論、ハーフエルフは禁忌の存在。アトランティスのように一目でばれると言うほどではないにせよ、強化すればさすがにその差異は顕著であり。

「あれをやるであるか、スゥ嬢」

 マスクの色んなものが迸る熱い言葉に、言葉少なにこっくり頷いたエヴァリィは、そのまま彼の顔面を竪琴でドゴッ! とぶん殴った。ヒッ!? と唐突な行動に目を見張り、何か見守った人々の視線の中でタラリ、垂れた鮮やかな血の赤にエヴァリィの様子が変わる。
 日頃、ハーフエルフである事を隠すべく身に着けている赤頭巾とマントがバサァッ! と翻った。下から現れたのは――こう、なんて表現したら良いんでしょうね、熱く迸ってソウルで叫んじゃう感じのお召し物。気のせいか髪まで逆立ってる気もしますが。

「戦争なんてくだらねーぜ! あたいの歌を聴け―――っ!!」

 熱すぎる魂の叫びに、再び双方陣営からかなり全力で目を逸らす方が続出した。逆に度肝を抜かれすぎて、何が起こっているのかわからず呆然と立ちすくむ村の方なんかも居たりする気がする。
 そして旅の魔法使いはにっこり笑った。

「あら、最近の冒険者さんはこういうのが流行なんです、ね♪」

 その認識、後で全力で訂正しておいた方が良いと思われる。
 狂乱の歌姫モードに突入しあそばされたエヴァリィの激しすぎるメロディーと、協力する茜の拳の効いたメロディーをバックに、憤然と突撃開始するマスク。そんな彼に負けてはならじと、攻撃を開始するチーム・ゲッター。
 シャクティ・シッダールタ(ea5989)が美芳野ひなた(ea1856)と一緒に雪玉を作りながら、せっせと夫に手渡した。これも立派な内助の功。夫を支えるのも妻の役目、と時折飛んでくる雪玉を炎の壁で防いだりしながら、戦いが終わった暁のお砂糖ラブに萌えている。

(終わりましたら、夫婦水入らずで‥‥うふふ)

 くねくねと身をよじって恥らいながら、頬を染めてアレやコレやを想像するシャクティ。そう思えばこの雪球も、何となく愛し合う2人を祝福する愛の礫のようにも思えてくるではないか!
 うっとり夫を見つめる新婚を過ぎても愛冷めやらぬ仲睦まじい2人を見ながら、いつかステキなお嫁さんを夢見るひなたはせっせと後方支援に勤しむ。前線で「ウィンドスラーッシュ!」「よしッ、投げろッ! 気功砲!!」とか掛け声が聞こえてくるが何のその。後方支援、大事だ。
 規定数の雪玉を作り終え、ひなたは前線を眺めやった。もたなければ彼女も前線に出て大がまの術で壁になろうかと思っていたのだが、その心配はなさそうだ。と言うかこのジャパン里帰り自体、マリンの特別すぎる月道へのあれやこれやと言う謎はあるのだが、最前線をふらふら歩き回ってる(その割になぜか雪玉には当たっていない!)アルテイラを捕まえて聞いた所で笑って流されそうだし。

「よーし、頑張りましょう、貞子さん!」
「くっくっく‥‥戦意を喪失しなさいなぁ‥‥ほらほら、たっぷりとろとろ、呪ってあげる‥‥」

 気合を入れるまでもなく、貞子さん、別の意味で絶好調。文字通り雪原を幽鬼のようにさまよって、手近な相手を見つけては薄ら笑いを浮かべて追いかけている。ちなみに、幽鬼のように、なんて表現が出来るのもジャパン故である。
 何となく同情すら覚える光景ではあったが、それもまた楽しい(?)雪合戦のひとコマだ。雪原の片隅では微笑ましく、実に微笑ましく香哉やトンプソンが普通に雪玉を投げあい、雪まみれになってまったりと遊んでいる。こちらは実に心和む光景だ。

「せっかくこういう場所に来たんだから、何か美味しいものか甘いものを食べたいな」
「ワシも終わったら、エドの食事もしてみたいぞなよ。あっちの方で何かつくっとるようぞな」
「ああ、じゃあ行ってみるか。西洋的な世界から日本の風景に触れると凄く懐かしさを覚えてしまうな」
「ワシは見るもんが全部珍しいのぅ」
「俺はこういうトコに住んでたからな」

 暖まったらまた雪まみれで楽しく遊ぶとするか、と話し合いながらすたすたと、休憩所(?)らしき方向へ歩いていく2人。背後では全力で雪を投げる連中が居たが、そこはもう関係ない世界と言うことで。
 ちなみに休憩所では、集った人々がもう他人事の顔で、雪原の阿鼻叫喚を見つめながら甘酒にお汁粉に豚汁に紅茶にハーブティー、お腹に溜まる焼きおにぎりは味噌味と醤油味を取り揃え、大根の鶏そぞろ餡かけ煮に蜜柑や果物のシャーベット、さらにこれだけの雪を活かさない手はないと思ったのか、かき氷ジャム添えなどなど、多数の甘いモンや美味しいモンが揃っている様子。心なしか、カマクラや雪ダルマ、雪兎も『おいで、おいで』と手招きをしているようで。
 それらを指差し、何か話しながら歩いていく2人を見送って、ふ、とキースは遠い目をした。雪原、それは何もかもを覆いつくし別世界へと変えてしまう不思議な場所。そう、すべてを――地上の罪や穢れすらなかったことのように、或いは浄化するように。

(ふ‥‥そう言えば、布津君も伊達君も村雨君も、この僕も。異種族の女性への愛に生きる同志、か)

 胸に思い出したのは勿論、今や妻となった愛する銀糸の歌姫。雪原の真っ只中でなぜか驚異的な反射速度で雪玉を避けまくりながら、激しすぎるメロディーの呪歌をシャウトする女性と同じハーフエルフで――勿論、彼とは異種族で。
 例え愛を語ってもそれは禁忌だ。何処へ行ってもそれは変わらない――このジャパンでだってそれは変わらない。異種族で愛を語る事は禁忌。
 だがそれでも諦められないから、キースは彼女を妻と呼び、香哉は人魚姫に愛を誓い。

(まったく僕らも罪深いな。お互い、愛しい女性に愛想を尽かされないように頑張ろうじゃないか)

 そう、戦友のような気持ちで甘いモンを求めて雪原を歩く青年の後姿を見つめ、再び雪を蹴って走り出す男だ。彼の今日の役割は遊撃手。こちらもたいがい大人気ない攻撃を仕掛けているが、あちらも若干本気でこちらチームを狙い撃ちしている参加者が何名か。仲間の為にもかく乱しておきたい所だ、勿論紳士らしく女性と子供は狙わずに。
 そうして駆け出した男の、今1人の戦友村雨紫狼(ec5159)は。

「ふぉおおー美幼女ツインカムタァーボッ!!」

 いつぞや、メイディアの市場でも官憲のお世話になる原因となったあの伝説(?)の変態技、両肩に愛する妻という名の精霊二人を乗っけて鼻の下をだらしなく伸ばしてパワーチャージするという色んな意味で困った必殺技を繰り出していた。

(敵っつっても女の子には投げないぜ! 野郎は容赦なくブッツブスッ!!)

 思想は大変紳士的だったが、この光景がすべてを跡形もなく台無しにしている。ジャパンの参加者たちの意識が何となく、はっきりとドンピキしたのを空気で感じた。気のせいだろうか、彼の周りを除く雪原全体の気温も下がったような。
 だがしかし、愛に生きる男の変態パワーは強い。全力で渡される雪玉をひたすら投げまくる紫狼に、見ていた精霊が肩の上でキャッキャッとはしゃいだ。どうやら楽しいイベントだと思ったらしい。真実はきっと、知らないままの方が良いだろう。

「うおおおお〜〜〜!!! 幼女だいすき――ッ!」

 誰か官憲呼んで来て、いやマジで。
 この凄まじすぎる強烈なアピールのせいだろう、元々メイディアチームを狙っていた雪玉が一気に紫狼に集中した。その流れ弾がアマツやシャクティ、渓にも流れていく。いけませんわ、とシャクティは夫を振り返った。

「正和さん」
「任せろシャクティ」

 恋女房の眼差しに、伊達正和(ea0489)は強く頷いた。何だかすでに乱戦を通り越して遊撃戦の様相を呈してきているが、あくまでルールにのっとって戦うのが武士道と定める正和は未だ、陣地と定めた雪穴付近にいる。勿論、開始前にスコップでザクザク掘っておいたものだ。
 渡された雪玉を手に、雪穴付近に仁王立つ。ざっと戦況を確認し、一番人の集まってそうな所を見定めてぶんッ!! と全力で雪玉をぶん投げ、

「ソニックブームッ!!」

 すかさず、その雪玉を追いかけるように刀を吹き、振り払った。迸る衝撃波。舞い散る雪片。一応ルール違反じゃない。ルール違反じゃありませんとも、直接攻撃しない限りは魔法もコンバットも一応は。
 パラパラパラ、降り注ぐ雪の欠片に雪原で入り乱れる人々は、だが全く動じなかった。すでにこれ以上なく雪まみれ。今更多少の雪やら衝撃波では驚きようがない状況だ。

「行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」

 恋女房にそう断って雪穴を飛び出せば、追いかけてくる恋女房の温かい言葉。彼女の支えがあるからこそ、正和は安心して飛び出し無茶も出来るというもので。だからこそ、逆に無事で帰らねばならないと思えるのだが。
 飛んでくる雪玉を出来るだけ避けながら、恋女房に渡された雪玉を手に走る正和に、ヨシッ、と気合を入れる少女が居る。

「頑張ろうね、キムンカムイ!」

 レラ(ec5649)の呼びかけに、なにやら面倒くさそうな表情になって小さく鳴く相棒の金色の熊。キムンカムイ、コロポックル達の神の使いとされる金色の毛並みを持つ熊で、某所ではなかなか良い味を出す熊として有名だったりもする。
 ちょっと面倒くさがりな相棒らしい反応に、レラは小さなため息を吐き、だがその分も頑張るぞッ! と気合を入れなおした。彼女の故郷アイヌとはまた違う、それでいてどこか懐かしさを覚える瞬間すらあるこの場所。見渡す限りの雪原、地上を覆い隠す白。
 やっぱり良いな、と頬を緩ませる。仲間の中には寒いだの凍えるだのもう死ぬだのと大騒ぎをしている者も居るが、彼女にとっては雪はそこにあって当たり前の光景だ。むしろ、殆ど雪の降らないメイディアの光景の方がどこか、あるべきものがないという落ち着かなさを覚えるわけで。

(みんなも頑張ってるし、おいらも頑張っちゃうよ!)

 なかなかハイレベルな戦い(?)が繰り広げられてはいるが、それでもそこで行われているのは雪合戦だ。彼女は素早く動き回るのも、雪を投げるのも得意。そしてキムンカムイは面倒臭がりだけどきっと、たまには、もしかして、気が向けば盾になってくれるかもしれないし。
 頼むよ、とちょっとすがる眼差しで相棒を見ると、しょうがないな、とでも言わんばかりの重い動作で腰を上げ、のそり、とレラの前に立つ。他の相手はともかくとして、相棒の盾くらいにはなっても良い、と思った模様だ。
 ぱっと顔を輝かせ、首元にぎゅっと抱きついた。

「ありがとう、キムンカムイ! ヨシッ、そうと決まったらおいらも張り切って行くぞ!」

 少女はそう宣言し、ぱっと身を翻して雪原を駆け出した。勿論キムンカムイも一緒に。飛び交う雪玉はまだ、参加者をびしょ濡れにしながら止む気配を見せていない。





 閑話休題。
 雪合戦にしては色々と間違っている熱い戦いの末、びしょ濡れになったメイディアの冒険者達は、ひなたが作った簡単お吸い物で暖を取りながら判定を待っていた。全身を覆う心地良い疲労感の中では最早、眠さがこみ上げてきて勝負の行く末などどうでも良くなって来ていたのだが、それでも勝負は勝負。結果は結果だ。

「はぁ、ありがとうございます‥‥地球でも真冬に裸で行うお祭りってあるんですけど、やっぱりさむ〜い!!」
「まだたっぷりありますからどんどんお代わりして下さいね!」
「あら、じゃあお願いします」

 にっこり差し出した旅の魔法使いマリン・マリン。正体はアルテイラなだけに、心から暑さ寒さは関係のない彼女だが、人間が大好きで旅を続ける彼女は旅先で出会った人間と同じ事をやってみるのが楽しみだったりする。
 そんな人間臭いアルテイラを横目で見て、苦笑するキース。彼は以前に、マリンの魔術師としての噂も聞いた事がある。勿論それは噂の域を過ぎないものに違いないが、それにしたってその正体が明らかに少女としか表現の出来ない容姿を持つアルテイラと言うのは、予想外でもあり、何だか納得出来る事実でもあり、だ。
 ジャパンの冒険者の中にも、マリンの噂を知っていたり、さらにこの機会に話を聞いてみたいとワクワクした眼差しを向けてくる者も居て。友人も居たりするのでマリンもあちらに行ったり、こちらに行ったりとふらふら楽しそうにお喋りを楽しんでいる様子だ。
 そんな1人であるレラは、羨望の眼差しでマリンがしっかり抱える白亜の魔杖をじっと見つめた。

「おいらも欲しいなぁ、その杖。ねーどこで売ってるの?」
「ふふ、皓月は世界中でたった一つ、なんです。とっても特別な杖ですから」

 自分も旅がしたいと唇を尖らせた少女の問いに、にっこりマリンは涼やかに笑った。こう見えて、皓月と呼ばれマリンの気ままな旅の手段として使われている白亜の魔杖は、月のセブンフォースエレメンタラースタッフという地獄の皇帝の封印の鍵。『特別な』アルテイラであるマリンしか扱いきれない強力な魔力と威力を秘めた杖だけに、未だにカオスの魔物などにも付け狙われているのだが、本人の性格ゆえかあまり危機感が感じられない。
 さらにここにも、天界出身のせいか余り細かな事に拘らない、というか多分自分の欲望に忠実すぎる男が1人。

「つかさ、マリマリたんもサンタコスしねー? いますっげー準備中だからよ!!」
「アホ、村雨ッ!」

 さすがに初対面でのこのノリに、渓からドゲシッ! と激しい突込みが入った。世界ひろしと言えど、初対面の少女、しかもアルテイラに向かっていきなりあだ名呼びの上にコスプレに誘う男は、彼をおいて他にないだろう。
 サンタコス、ですか? とまったく事態が判らず首をかしげるマリンに、気にしなくて良い、と香哉とトンプソンが同時に手を振った。そそっ、気にしなくって良いわよ、とジャパン陣営からも明るい声がかかる。
 その様子に、クスクスとマリンが楽しそうに笑った。何だか予想外に激しい乱戦になったけれど、皆で楽しく遊ぶのはとっても楽しいと、いつも1人で旅をしている彼女は知っている。そうやって楽しそうにしている人間達を見るのも、彼女はとっても大好きだから。
 上機嫌に笑うマリンに、自然笑みが毀れた。何と言っても彼女はこの馬鹿騒ぎの主催でもある。その彼女が楽しんでくれたのならば、勝利が誰の元に舞い降りたにせよ、この雪合戦は大成功と言って差し支えないだろう。

「なぁ、シャクティ?」
「ええ、正和さん‥‥♪」

 少し離れた人目に付かない雪原の木陰で、ぎゅっと抱き合いそれ以上に熱く愛し合う寸前の男女2人が、そう囁き合い、微笑み合った。こんな機会を与えてくれたマリンは、2人にとってはまさに愛の使者と呼んで差し支えないだろう。

「判定、出ました! 一番被弾数が少なかったのは、メイディア・エヴァリィさんと‥‥」

 真っ白な雪原に勝利の声が響き渡る。エヴァリィとジャパンの冒険者が同点。だがしかし、エヴァリィは狂化して激しくシャウトし回っているうちに意識までぶっ飛んで倒れてしまったので、最後まで立っていた者が、というルールに乗っ取り今回の勝利はジャパン側の猫まぢんの異名を名乗る冒険者に決まり、だ。

「残念であったな、スゥ嬢」
「良い線行ってたんスけどねぇ」
「‥‥仕方ありません、から‥‥」

 友人を気遣うマスクとクリシュナの言葉に、ふる、と再び深くフードを被ったエヴァリィは首を振る。狂化が覚め、戦いも終わった今となっては彼女は元の、ハーフエルフであることをひた隠す慎ましやかな女性へと戻っている。
 やっぱり勝てなかったのは残念だ、けれど。それ以上の楽しい思い出は、この前代未聞のイベントに参加した全員にとって何よりの宝物になる事だろう。

「さぁ、雪合戦は終わりましたけれど、まだまだ甘いものも美味しいご飯もありますからねー」
「雪女さんと雪ん子さんともお喋りしたい、です」
「あ、お名前が決まったのですよ♪ 僕達で一生懸命考えたのです、まず雪女さんが‥‥」

 雪原に響き渡る賑やかな声、楽しそうな笑顔。この一時はまだ、もう少しだけ続くようだ。