【月霊祭】あなたと過ごす優しい時間。

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月29日〜12月29日

リプレイ公開日:2010年01月05日

●オープニング

 アトランティスの12月は月霊祭。月精霊と月道の恵みに感謝を捧げる、過ぎ越しの祭である。
 と、言う事をウィルの教会で押しかけ弟子をして居るシスター・ヴィアが知ったのは、アトランティスに来て間もない頃だった。そう、ちょうど彼女が月道を通り、故郷からジーザス教の布教を志してアトランティスに足を踏み入れたのが、その季節だったのだ。
 もうすぐ、月霊祭の時期だから。そう言われ、耳慣れない祭に首を捻り、アトランティスでは聖夜祭の事をそういうのか、とぼんやり考えた事を、ヴィアは今でも覚えている。そしてそれが彼女の、布教の最初の躓きだったことも。
 あれからもう1年‥‥否、2年が経っている。最初の1年を布教の末の挫折で過ごし、だがこの地で新たな師を得た次の1年。

「聖夜祭、今年はどうなるんでしょう、ね」

 去年と一昨年の彼女は、1人でアドベントを祝い、当日には聖なる母への祈りと御子の誕生への感謝を捧げて静かに過ごした。今年も勿論、アドベントは欠かしていない。
 が、問題はこの教会だ。
 去年は冒険者主催で、師や師の友人も一緒にささやかながら盛大に聖なる夜を祝ったと言う。綿密な準備を重ねて、当日には豪華なお料理も出して、ダンスパーティーを行い、教会ではミサで静かに過ごす人々が集い。
 だが今年は誰もが忙しいらしく、教会も主である師が多忙に追われている為クリスマス・ミサも開けそうにない。一応、ヴィアもシスターを名乗る事を許された身ではあり、簡単なミサなら執り行えない事もないが、やはり聖なる夜のミサは特別だ。
 何となく、故郷に居た頃からの習慣でそれらしく飾った聖堂を見回す。ご近所の皆様達も良く判ってないなりに色々と、華やかな色の布やドライフラワー、綺麗な石などを持ってきてくれたので、見るだけなら少しは賑やかで。
 うーん、とヴィアは腕を組んで考える。
 せっかく飾り付けたこの聖堂で、もっとたくさんの人に過ごして貰いたい。クリスマス・ミサは出来ないけれど、それに似た何かは行いたい。
 そして今は12月、アトランティスでは月霊祭と呼ばれる過ぎ越しの祭が行われる時期。

「‥‥竜と精霊の国でジーザス教の祭を行って良いのなら、ジーザス教の聖堂で竜と精霊の祭を行っても、聖なる母は許してくださいますよねッ!」

 ぽむ、と彼女は最後に結論付け、じゃあご近所の皆さんにも声を掛けなくちゃ、とパタパタ忙しく動き始めた。出掛けに入口の所で庭師のシーズとすれ違い、満面の笑みでたった今決めた事を怒涛のように報告して、そんなわけで宜しくお願いしますねッ! と走り去る。
 そして残されたシーズは、持ってきた庭仕事道具を抱え直し、今日は居るのか居ないのか判らない教会の主の居室を見上げた。

(シスター‥‥ちゃんとあの人の許可は取ったのか‥‥?)

 シーズの懸念通り、お騒がせシスターが師に許しを得てなかった事に気付いたのはその後、あちこちに触れ回って教会まで帰ってきた時の事だった。

●今回の参加者

倉城 響(ea1466)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ ルスト・リカルム(eb4750)/ モディリヤーノ・アルシャス(ec6278

●リプレイ本文

 月霊祭。月道の恵みと月精霊の恵みに感謝を捧げる過ぎ越しの祭は勿論、少年の町でも毎年のように行っている。去年は秋頃に盗賊に襲われ、町の蓄えの多くも奪われて例年通りとは行かなかったが、一昨年までは物心ついた時から毎年、この時期になると町中で感謝の祭を行ったものだ。
 少年、キーオが馴染みの冒険者モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)に月霊祭に行こうと誘われて、最初に思い出したのはだからその事だ。道すがら、向かう先がウィルの教会であり、主催はそこに居候しているシスターなのだと説明を聞く。

「ジ・アースの聖夜祭というお祭も兼ねて、らしいけれど」
「せいやさい‥‥ですか?」
「うん。ジ・アースには癒しの精霊と言う精霊に仕える信仰があって、12月は癒しの精霊が生まれたのをお祝いするらしいよ」
「精霊が生まれたお祝い‥‥?」

 キーオの当然の疑問に、モディリヤーノはそう説明する。ジ・アースから伝来したジーザス教は、かなり知名度は上がってきたものの地方に行けば今だ『知る人ぞ知る』レベルの知名度であるのは珍しい事ではない。
 モディリヤーノの説明に、とにかくそういう祭があるんだな、と言う事だけをキーオはどうにか理解したようだ。お姉さん達への良いお土産話になるんじゃ、と言うと、そうかもしれないと頷く。
 そんな話をしながら辿りついた教会では、すでにご近所の人達がちらほらと姿を見せ始めていた。ウィルでは冒険者も多いし、天界文化の好きな貴族も多い事から、割合ジーザス教は知られている。それでなくともお悩み相談室(と言う名の懺悔室)はちょっとだけ知られていて、春頃には結婚式を挙げたいカップルの相談所にも利用されたりした。
 今日、訪れているのはだからその時に結婚式を挙げた若夫婦や、いつも朝の掃除でシスターと挨拶を交わす奥様方。ついでに気を聞かせた庭師も幾らか、口下手をおして宣伝したりもしたらしい。
 やっぱり結構お料理は拵えないといけませんねぇ♪ と訪れる人々を見てのほほんと微笑む倉城響(ea1466)だ。もともと教会で用意されているお料理もあるだろうから、そちらにそぐわない物を作ってはいけない、と考えていた響だが、シスター・ヴィアが1人でそれ程豪華なお料理を作れるはずがなかった。何しろ猪突猛進の人だ。
 用意されていたものと言えばたっぷりのハーブティーに果物を絞ったジュース、赤ワインにパンにハムにチーズ。そういえば去年、聖夜祭の料理はとアンケートを取られてハムとチーズと答えたギルドの受付嬢が泣き出したりもしたものだ。
 とにかくそんなものの他には、せいぜいがクッキーやフルーツケーキを焼いておくのがせいぜいだったらしく、響が助力を申し出ると彼女の料理の腕前を知るヴィアはがっしと手を取り『ぜひッ!』と頼み込んだ。今あって使って良い物を聞き、ならこんな料理は、と提案する。
 彼女個人が用意してきた甘味もあるが、そちらは暖めるだけで済むよう自宅で下拵え済みだ。だからそれはさて置いて、鶏肉や根菜、牛乳などを使った簡単煮込み料理や焼肉などもメニューに加え、早速準備に取り掛かった。そもそもここの教会の台所は余り、大人数の食事を賄う様には出来ていないので、手順も考えつつ、外でも火を熾して出来る事はやって良いかと尋ねると、

「シーズさーん。お庭で火を熾して良いですかー?」
「‥‥ああ」
「良いそうです!」
「‥‥ありがとうございます」

 このやり取りは、どっちが教会の仮の主だかわかりませんね、と思いながら響はにっこり微笑んだ。本当の主は例によって例の如く、今日もとってもお忙しい様子だ。そのおかげ(?)でこんな祭が開けているわけだが。
 そんな事はさて置いて、響は友人達を振り返る。

「ちょっと量が多くなりそうですから、ルストさんも手伝ってもらえますか?」
「あ、響ん、味見は任せてね♪ それまであっちで近所の子供達と遊んでるから‥‥」
「‥‥貴女も手伝うのよ。ディーネ‥‥」

 シュタッ! といの一番に手を上げてそう宣言し、さっさとそちらに移動しようとしたディーネ・ノート(ea1542)を、低い声でそう言いながら手を伸ばしたルスト・リカルム(eb4750)がむんずとヒッ捕まえた。しかも耳。時々出てくる頭の上の三角の耳じゃなく、本物の耳。
 ミギャッ! 本物の猫のように悲鳴を上げたディーネを無視して、全く同情の欠片も見せずルストは容赦なくぐいぐい耳を引っ張り続ける。あれ、地味に本気で痛い。恐ろしい攻撃だ。
 くすくす笑った響が「じゃあディーネさんは、足りない材料を買ってきてくれますか?」とのほほんと告げた。いーわよ、と気軽に頷いたディーネに足りないものを告げて送り出す。暴食の王の二つ名を最近どこかで獲得したディーネを、製作途中のお料理の傍に置くほど危険な事は‥‥

「私だって真面目に手伝うわよ! 味見とゆー名目で一品食べつくしちゃったりなんかしないわよッ!」

 ‥‥やっぱり危険なようだ。響さんグッジョブ。
 お料理班がそんな風にわいわいと盛り上がって居る一方で、お料理を完全にそちらに任せて来てくれた人々を出迎えに回ったヴィアと、結果として彼女を手伝う形で祭の恒例、得意の占いで恋人たちや若夫婦を相手に営業しているユラヴィカ・クドゥス(ea1704)や、お客様からのリクエストを受け付けて楽の音を奏でるディアッカ・ディアボロス(ea5597)たちの方も、しっかり盛り上がっていた。というかむしろこっちが本来の盛り上がり方。
 今日は教会主催の月霊祭。聞いた所に寄ればシスター・ヴィアがささやかなミサも営む事になっているらしいが、それでも月霊祭である以上、まずは月精霊と月道に感謝を。
 それを見越したディアッカは、今日はお供に月精霊達を連れていた。見た目は幼い少女だが、実は彼女は月精霊で、とご近所の人達に紹介すると、あらまぁありがたいこと、とにっこり笑顔で頭を撫でてくれたり、いつもありがとう、と頭を下げたり。下げられた月精霊の方は、きょとん、と目を見張った後に楽しそうににっこり微笑んで、ディアッカの方を振り返った。
 他方では、この辺りではちょっと見慣れない見目麗しい青年がキョロキョロと辺りを見回しながら、時折女性に声を掛けて回っている。そちらの方をも振り返って、ディアッカはふむ、と考えた。
 日頃は竜の姿をしている月精霊ルームだが、さすがにその姿ではまずいだろうという事で、今日は人間の姿に変化させている。見慣れない青年はつまりそのルームなのだが、ああして女性ばかりに愛想を振りまいているのは良かったのか、悪かったのか。

(まぁ、楽しそうではありますし、ね)

 声を掛けてるルームの方も、掛けられてる女性達の方も。だがしかしとりあえず、カップルと若夫婦にだけは声を掛けないように釘をしっかり刺しておいたほうがよさそうな――

「ねぇ、シフールの小父様! 私とこの人の相性を占ってくれない?」
「あらその次は私とよ!」
「んむ‥‥」

 ルームとの相性占いを頼まれたユラヴィカが、ちょっと困り顔でカードをめくったのを見て、やっぱり程ほどにするように釘を刺そう、とディアッカは考えを改める。祭の余興と割り切ってくれる相手はまだ良いが、ルームの周りに居る少女の中には何か、かなりマジな瞳でカードの行方を見守っている者も居るし。
 とは言えそれもまた祭の一場面。ご近所の人達も手作りのキルティングの飾りを持ってきてくれたり、色々混ざりながらも聖夜祭に備えて飾られた聖堂を見て「ジーザス教はにぎやかなのねぇ」と感心したり。
 ヴィアも楽しそうに指をさして「あれは○○さんが作ってくださったもので」「あちらはアドベントというジーザス教の行事に使用するもので」などと説明を加えていく。彼女にしてみれば、今年はアトランティスに来て初めて味わう『マトモな』聖夜祭。特に去年、一昨年はまだ師の事も知らず、一人ジーザス教の布教に奮闘して理解を得られず挫折していた。

「こんなに皆さんが喜んでくださるなんて、本当にありがたい事です!」
「ん、良かったわね♪」

 お台所までお客様に振舞うハーブティーを取りに来たヴィアが頬を高潮させてそう言うのに、お買い物から帰ってきて大量の荷物を下ろしたディーネが何となく頭を撫でる。日頃は思い込んだら一直線で、うっかりさんで、もしかして余り深く考えてないんじゃと思うヴィアだが、こう見えてそれなりに悩み苦しみがあったのだろう、多分。
 買ってきた物を確認したルストが、元気良く去っていくヴィアを見送るディーネに命じた。

「じゃあ次、食器の準備して頂戴。まだまだやる事はたくさんあるわよ」
「了解♪」
「‥‥ッて言ってるそばからこの手は何でしょうね」

 元気良く返事したディーネがこっそり伸ばした手を、目ざとく見つけた響がぺしりと引っぱたく。チッ、と目を逸らす暴食の王。世界をやがて食糧危機に陥れるに違いない彼女の野望(待って)は、第一関門の友人達で何とか止まっている様子。
 クスクス、見ていた子供達から楽しそうな笑い声。こういう時は何でも楽しいもので、僕らも手伝うよと無邪気に手を上げる子供達に、じゃあ競争ねッ! と食器を抱えて走り出す。
 日頃静かな教会は、まだまだ賑やかになりそうだ。





 さてその日、彼女はちょっとだけ悩んでいた。見る者をすべからく畏怖させる威風堂々とした体躯の事について、ではない。彼女はあくまで、外見がどうであろうとあくまで心は乙女だ。
 そんな恋する乙女は日頃、立派な淑女たるべくとある貴族のお嬢様に教育を受けていて。この頃では蹄の運びもずいぶんおしとやかになった(当人比)と褒められもしたし、鳴き声も淑女らしい(あくまで当人比)ものになってきたと思っている。
 だが、ああしかし、彼女は恋する乙女。憧れの白羊の王子様にこの姿をお見せしたい、否せめて一目だけでもお会いしたい、むしろ咥えて放したくないわなんて、がしがし馬場の土を蹄で引っかいて思い悩んだりもするわけだ。
 結論を言えば彼女、キャシー号は年末を迎え、ほんのちょっぴりアンニュイだった。憧れの白羊の王子様は冒険者、彼女はしがない競争羊。王子様がお忙しいのは判っているけれど、今すぐお会いしたいと思い悩む日は恋する乙女ならあるものだ。
 例え村では不戦勝の女王(なぜなら彼女が羊レースに出場すると乗り手を振り落として勝負にならないので)の名を欲しい侭にしていても、憧れの君を思う心はそこらの可憐な乙女となんら変わらない(様な気がする)。だがしかし、ウィルの町に駆け出して行って王子様の姿を捜し求めたら、多分色んな意味で大騒ぎだ。
 故にキャシー号はアンニュイな眼差しを七色の空に向け、いつもなら世話係がヒィヒィ言って運ばねばならないほど山盛り食べる干草も一羊並み程度しか喉を通らず、憧れの君は今どうなさっているのかしらと想っていた。ええ、多分。普段鋭く釣り上がっている目じりが心なしか下がっているからきっとそんな感じ。
 だがしかし、月精霊の恵みか聖なる母の慈愛かは不明だが、彼女を訪れる人は居たのである。

「キャシー号、頑張っているみたいですね」
(ああン‥‥ッ、王子様‥‥ッ)

 訪れたシフールの冒険者、憧れの白羊の王子様の姿にキャシー号はブホッ! と鼻息を荒げ、蹄でがしがしがしがしと馬場の土をモジモジ掘り起こした。たとえすごい勢いで足元に穴が開いていようとも気にしてはいけない。大切な事は心の目で見なければ、本質は掴めないものだ。
 だがしかし、妄想したように白羊の王子様に飛び掛って咥えて思いのたけを、なんて淑女らしからぬ行動はグッと全力で自制して、涎を垂らしながらキャシー号はブメェ、とご挨拶をした。その様子にキャシー号を預かるお嬢様が『良かったですねキャシー号、立派ですよ』とそっと涙を拭う。このお嬢様も最近ネジが色々緩んでるようだ。
 そんな全力の愛を一身に受けるディアッカも、まぁ色々と思う所は絶対にあるはずだが、これほど一途に慕われれば悪い気はしない。何くれと機会があれば顔を出すようにしてるのも、一つにはそんな理由があるだろう。

「今日は何か、音楽を弾いていきましょうか」
「ブメエエェェェッ!」

 竪琴を取り出しながらのディアッカの言葉に、力強くいななくキャシー号。王子様のしてくれる事なら何だって、と多分心の中ではグッと拳を握っている。
 そうして始まる小さな音楽会はただ、キャシー号と僅かな人々だけが楽しむ穏やかな時間だった。





 聖夜祭のミサは特別だ。現在は自ら師を求めて修行中とは言え、シスターを名乗る事を許されたヴィアも一応、簡素なミサは出来ない事はないけれど、聖なる母とその御子の誕生を祝福し、感謝を捧げる聖夜祭は、やっぱりとっても特別だ。
 故にあえて聖夜祭とは銘打たず、特別ミサと称して参加希望者だけがそっと聖堂の片隅に集う。ジーザス教の行事と言うと普段は縁遠いけれど、せっかくだから参加してみるか、と興味本位で椅子に腰をかけてヴィアを見上げる者も居る。
 ルストもそんな人々の中で、静かな気持ちで座っていた。日頃の行動が少し――結構それらしくないとは言え、彼女も一応クレリック。聖なる母への愛と信仰を告白した身の上であり、ミサと聞けばやはり参加したい。
 台所の方は一段落が着いたので、響ものほほんと笑って送り出してくれた。子供達と食器配り競走に精を出し、引き分けに持ち込まれたディーネもまたミサがあると聞いて、ちょこん、とルストの隣に座っている。
 アトランティスでは珍しい行事でも、ジ・アースのジーザス教全盛の国からやって来た彼女たちにとっては、ジーザス教のミサはやっぱり特別。

「――今日、ここにお集まり下さいました皆様に、まずは心からの感謝を。至らぬ身ではありますが、精一杯努めさせて頂きますね」

 日頃とは違い、静かな面持ちで人々の前に立ったシスターが、まずはそう言葉を切った。それから他愛のない出来事を語り出し、聖典の言葉を引用し、聖なる母の愛を説く。
 ミサ、と言うと堅苦しいイメージを持たれがちだが、それは完全に説教する聖職者の個性だ。あくまで厳粛にミサを進行するものも居れば、ヴィアのようにフランクな日常から聖なる母の愛を説くものも居る。
 もともとジーザス教に馴染みのない人々にとっては、その方がずっと判りやすい。ましてここに居る人達はあくまで興味本位の人が殆ど。厳粛に神の愛を説けば理解できないか、すぐに退屈で眠り込んでしまうだろう。

「――聖なる母はいつでも皆さんの傍に居て、皆さんを見守って下さいます。私達の母は慈愛のお方、その慈愛に感謝してミサの最後のお祈りを捧げましょう」

 こうやるんですよ、と目の高さで両手を組み合わせるヴィアを手伝い、ルストやディーネ、いつの間にやらそっと参加していたユラヴィカなども周囲のものに、こうやって、と祈りの姿勢をとって見せる。両手を組み合わせ、頭を垂れる。ただそれだけの簡素な祈りではあるけれど。

「愛する慈悲深き聖なる母よ、今日、こうして竜と精霊の国で皆様と祈りの機会を持たせて下さった事に感謝します――」

 シスターの静かな感謝の祈り。それに思いを重ねるように、頭を垂れた冒険者達もそれぞれの祈りを胸の中で呟いた。全ての人に幸せを。生きる希望を。友人達の無事を。
 最後に聖句を唱えて締め括られた祈りを終えて、目を開くといつもの元気なにっこり笑顔に戻ったヴィアが、ありがとうございました! と今度はぺこんと勢い良く頭を下げた。そのギャップにクスクスと、どこからともなく笑みが零れ出す。
 もうそろそろかな、と聖堂の隅に視線をやった響が声を掛けた。

「皆さん、お料理も揃いましたからこちらへどうぞ♪ ルストさん、ディーネさん、手伝ってもらえますか?」
「判ったわ。後少しだけ祈ったら――聖なる母よ、今年は駄目でしたが、来年こそは禁煙を。今から止めます」
「‥‥それ、絶対に無理だと思う‥‥」

 友人の真剣な祈りを耳にしてしまったディーネが、ひくり、と口の端を引きつらせながら思わず呟いた。何しろルストは依頼のたんびに『今吸っちゃいけない、今吸っちゃ不味いさすがに』と悶々としているヘビースモーカー。それが禁煙なんて出来るわけがない。
 ピク、とこめかみに青筋を立てたルストが、口の中で呪文を唱えた。

「コアギュレイト」
「ク‥‥ッ!?」

 実に大人気ない不意打ち攻撃に、全身拘束されたディーネが声にならない苦悶を上げる。――姐さん、まずはちょっとばかし気を長く持つことから始めたら良いんじゃないだろうか。





 月霊祭の夜、やって来た恋人たちやら恋人未満やら新婚生活まだお砂糖絶賛増量中の若夫婦やらを相手に、ユラヴィカはひたすらカードをめくっていた。恋人達の悩みと言うのは尽きないもので、終いにはない所から悩みが生まれてきたりするもの。そんなものは花占いかサイコロでも転がしておけば案外上手く行ったりするが、やはり誰かに助言を貰って背中を押してもらえると勇気付けられるのだ。
 そんな訳で、占いを得意とするユラヴィカの前には恋人達がひっきりなしに列を為す。依頼での真剣なものならともかく、お祭の余興としての占いなら悪い事は言わないし、多少のリップサービスだってする。それがまた好評な様で、一度占ってもらったカップルが「次はこんな悩みが」ともう一度列に並んだりするのだ。

(ま、かき入れ時じゃしな)

 お祭を楽しみたい気持ちもあるが、こんな時こそ商売商売、とユラヴィカは時折シフール用に入れてくれたハーブティーや小さく切られたお菓子を食べながら、こちらも精を出して占いを続けていて。
 そんな人だかりの一方で、子供達はお菓子やジュース、お料理に大喜びをしてお腹一杯詰め込んだ後、モディリヤーノが作ってくれたおもちゃでご機嫌に遊んでいる。これから子供が生まれるという若夫婦も何組か、貰って行って良いかしら、と木作りのおもちゃを手に声を掛けた。

「どうぞ、まだありますから」
「ありがとう」
「おじちゃん、僕も頂戴‥‥」
「ちょっと待っててね」

 言いながら手を動かすモディリヤーノに、にこ、とヴィアが微笑んだ。

「ありがとうございます! 手馴れてらっしゃいますね、お子さんがいらっしゃるんですか?」
「まさか! 結婚もしてないしね」
「あら、でもどなたか、良い人がいらっしゃるんですか?」

 未婚の割には手馴れてますけどねぇ、と主におもちゃ作りの手元を覗き込んで首を捻るシスターだ。
 台所の方から「ちょっとッ! ここに置いといたお皿がなくなってるのはアンタの仕業でしょッ!?」「ど、どーせ怒られるんなら食べたもん勝ちッ!?」「いけませんね、そんな風に開き直ると、ちょっとだけ怖い目に合っちゃうかもしれませんよ♪」「怖い目って何ッ!?」「‥‥良いから今すぐ謝りなさいなんか血の雨が降る前に」「あらあらそんな♪」などという賑やかなやり取りが聞こえてくるのにじっと耳を澄まし、いや、とモディリヤーノは首を振った。

「二十歳そこそこの頃、婚約者はいたんだけどね」

 小さく浮かんできた笑みが、苦いものになったのはきっとまだ、それを乗り越えては居ないからだ。病気という不可抗力の理由を盾に、婚約は解消されることになって。それは結果としてアルシャス家の掟を破る事になり、家からも放り出されかけた。
 そんな事をポツリ、と重く告白するモディリヤーノに、ほむ、とヴィアはいつしかしゃがみ込んで木のおもちゃを見つめて居る。

「まぁ、助けてもらったけどね。それで今ここでこうして、おもちゃを作れている訳だし」
「‥‥じゃあそのおかげで、私は今日モディリヤーノさんの作ったおもちゃを見て、楽しい夜を過ごせているんですね。私はまずその事を聖なる母に感謝します」

 聖なる母の慈愛の御手がなさる事には、何一つ無駄な事なんてないんですよ、と。
 微笑んだヴィアはそう言って、おもちゃを一つ取り上げた。それからピッと指を立て、もし何かあれば今度は懺悔室にもおいでくださいね、と営業(?)する事も忘れない。
 了解、と苦笑した冒険者に背を向けたヴィアは、聖堂の入口から帰ってきたシフールの冒険者に目を留めて、あっ、と声を上げた。

「ディアッカさん! 精霊さん達はとっても良い子にしてましたよッ、羊さんはお元気でしたか?」
「ええ、まあ。あの子も相変わらずと言いますか‥‥」

 ヨロヨロヨロ、と何だか力尽きそうな感じで飛んでくるシフールに、ルームと月精霊が心配そうな眼差しを向けた。恋する暴れ羊キャシー号を刺激しないため、会いに行く時は女の子ペットなどは連れて行かない事にしているディアッカだ。
 どうやら何かあったらしい、とその疲れ具合とボロボロ具合から想像する親友ユラヴィカ。何しろ彼らの出会いを振り返れば、とある村の羊レースで一目惚れされた上に咥えられて疾走する、という中々刺激的過ぎるものだった。そんな彼らの交際(違)が波乱万丈でないわけがない。
 ぽむ、と肩を叩いた親友に、小さなため息を吐くディアッカ。それから竪琴を取り出して、演奏活動を再開しようと気合を入れる。そろそろ一心地がついた頃かと、台所の方からは響が自宅で作成してきたお汁粉が運ばれてきた。

「ジャパンのおやつなんですよ♪ 小豆をお砂糖で煮て‥‥」
「お砂糖! すっごく高価なお菓子なんですねッ!」

 ありがとうございます、と満面の笑みを浮かべるシスター・ヴィア。全員に配り終えても鍋にはまだたっぷりお汁粉が残っていたのだが、お料理班は全く心配していなかった。なぜならこの場には暴食の王ディーネが居るのだから。





 美味しい料理と楽しいおもちゃ、ステキな音楽に良く当たる占い。賑やかな月霊祭は、まだまだこれから盛り上がるようだ。