【月霊祭】月に捧げる感謝の宴。
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■イベントシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月30日〜12月30日
リプレイ公開日:2010年01月05日
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●オープニング
年の瀬も迫る今日この頃、各地では年越しの祭準備が行われている。月霊祭。月精霊の恵みと月道の恵みに感謝を捧げる過ぎ越しの祭。
勿論メイディアの町でもあちら、こちらと月霊祭の催しは僅かに開かれている。或いは来る催しに向けてささやかに準備を進めている。
そんな中、メイディアの王宮内で一部から『麗しの女将軍』の異名を取る彼女、セルラッティーナ・バルグスタッツェは親友を尋ね、冒険者ギルドを訪れた。
「今度、我が小隊で月霊祭を執り行う事になってな。そこで冒険者諸氏にも日頃の労苦をねぎらう意味を込め、招待を持ってきたのだが」
「やぁ、ラッティ! もちろん君の頼みならいっそ僕1人だって」
「貴様だけはいらん」
親友こと冒険者ギルドマスターのステファン・バールの言葉を、きっぱり言下に断るセルラッティーナである。視線は一度もそちらに向かず、受付係の方に据えられているのだから徹底している。
右耳の下で結った朱金の髪は胸の下まで緩いカーブを描き、平時でも胸当てと腰に下げた長剣だけは何があっても離さない、王宮勤めの麗人はなぜだか、時折ギルドマスターとは酒を飲み交わしながらカードゲームに興じる仲。彼女達の友情が何処から始まっているのか、それは誰も知らない謎だ。
また連れない事を、と人好きのする笑みでまったく応えた様子もなく言った親友に、チラリ、と冷たい視線だけを投げかけて、セルラッティーナは自分の用事を優先した。
「華やいだ事など知らぬ部下どもだからな、どうせ酒を飲んで騒ぐだけだが。冒険者諸氏ならばそういう場でも楽しんでもらえよう。すまないが、部下どもに多少の風流なぞも叩き込んでやってもらえると助かるが」
「バルグスタッツェ将軍は?」
「ラッティは部下以上に風流って言葉を知らないからねぇ」
当然の受付係の言葉に、横から答えたのはギルドマスター。余計な口を叩いた親友に、女将軍は鋭い視線を走らせるや否や、ドゲシッ! と遠慮なく蹴り飛ばした。ちなみに、割といつもの光景。
親友に鉄拳制裁を加えはしたものの、親友の言葉自体は否定せず、そういうことだ、とセルラッティーナは頷いて。
「近くの酒場を借り切っての無礼講だ。冒険者諸氏も遠慮なく来てもらえるとありがたい――ああステフ、くれぐれも貴様は来るなよ、闇討ちされたくなければな」
「‥‥‥それはつまり、こないだ別れ話をしたエルザの酒場かい?」
「その前に貴様が別れたリーナがウェイトレスをしている酒場だ。あの娘は未だに貴様とよりを戻したがってるらしいと聞いたが」
貴様の女癖も治らんな、といっそ感心の溜息を吐いた親友に、絶対に近付かないと両手を挙げてギルドマスターは約束した。彼の手には常に、20本前後の『運命の赤い糸』が結ばれたり切られたりしている。
そんな上司とその親友のやり取りを聞きながら、受付係はそっと溜息を吐いた。『麗しの女将軍』の異名をとるこの将軍は、戦場では勇猛果敢で知られており、多数の部下から慕われていると聞く。そしてそんな部下達の一部には、親友に収まっているステファン・バールを何とか闇討ちしたいと願っているものも居るとか居ないとか。
とにもかくにも、悪いのはすべて上司の女癖だ。そう結論付け、受付係は勤めて無心に依頼書を作成したのだった。
●リプレイ本文
冒険者ギルドに張り出された、月霊祭を掲げる酒場での宴。それを見て、今年一年を締め括るには相応しい賑やかな宴だな、と思ってその夫婦は参加を決めた。
伊達正和(ea0489)とシャクティ・シッダールタ(ea5989)。晴れて結婚式を迎え、仲間たちの祝福を受けて夫婦となり、半年ほどが過ぎ去った今になっても尚、恋人なのか夫婦なのか判らない仲良し熱々ラブラブカップル。
「今年もあと少しで終わりですわね」
ギルドの受付で宴への参加の手続きをして、会場である酒場の場所を教えてもらって、夫婦肩を並べてギルドを出て。もう年の瀬を迎えるメイディアの町を歩きながら、シャクティはしみじみと呟いた。
こんなに感傷的な気持ちになるのも、隣に居るのが愛する夫だから、だろうか。振り返ればこの一年どころじゃなく、何度も挫けそうな時があった。もうダメだと思った時だってあった。
それでも彼女が立ち上がり、背筋を伸ばし、まっすぐ前を見て歩いて来れたのはこの人のおかげ、と自分より遥かに視線が下になる愛する人を見下ろすと、気付いた正和が「どうした?」と柔らかく優しい眼差しで妻を見上げる。それが幸せだと、素直に思う。
さりげなく正和が愛する妻の腕を取り、自分の腕に絡ませた。
「宴は無礼講だというが、周りの人を不快にさせないようにしないとな」
「ええ、ご招待頂いたのですものね」
言いながらシャクティもまた、愛する夫に絡めた腕に力をきゅっと込める。見るからに冬将軍も逃げ出しそうな熱々カップルは、そんな風にメイディアの町をそぞろ歩き、酒場へと足を勧めた。
◆
女将軍セルラッティーナ・バルグスタッツェが冒険者達を招いた酒場は、メイディアの町の中程に、他の酒場がそうであるように雑然とした雰囲気の中に存在する。決して広いわけでもなければ、お偉い人が好んで足を運ぶような格式ばった店ですらない。
だがしかし、セルラッティーナはその店に、ひどくしっくりと馴染んでいた。王宮勤めの麗人というに相応しく、華やかな容貌は確かに宮廷で見ても決して引けをとる事はないだろうが、それよりはこの下町と言ってすら良い酒場で無骨な部下達と共に杯を交わしている方が、よほど自然に見えるというか。
初めて会った人だというのにそんな感想を抱きながら、クリス・ラインハルト(ea2004)は酒場に足を踏み入れた。いらっしゃいませー、と明るい給仕の少女の声。
「バードさん? 今日は営業かしら、それともごゆっくり?」
「あ、いえ、ボクはあちらにお邪魔しにきたのです」
あちら、と言いながらセルラッティーナの――実はクリスは初めて彼女に会うのだが、この酒場に足を踏み入れた瞬間から彼女が依頼人である女将軍だと何となく判った――方を指差すと、ああ、と振り返った少女が肩をすくめる。
「バルグスタッツェ将軍。お連れ様ですよ」
「ああ、ありがとう。――冒険者の方かな? お初にお目にかかる、私はセルラッティーナ・バルグスタッツェ、メイディア王宮軍の一翼を預かる身だ。今日は良くお越し頂いた、遠慮なく楽しんでいってくれ」
「クリス・ラインハルトと申します。今日はお招きありがとうございます」
女将軍の勇ましい名乗りに、クリスも礼儀正しく腰を折って名乗りを上げた。それを聞いていた部下達の中から、顔見知りの男がクリスに満面の笑みで手を振ってくる。
そちらを見たクリスの顔にも、自然笑みが浮かんだ。トンプソン・コンテンダー(ec4986)。過日、とある旅の魔法使いを名乗る少女が「ちょっとジャパンまで雪女さんを見に」お行き遊ばした際、メイディアから少女と共にトンプソンは遥かジャパンへと旅立った。その際、ジャパンの方で雪女さんと遊ぶべく集まった冒険者の中に居たのがクリスだ。
あの折は人数も多く、雪合戦という立場では敵味方でもあったので、メイディアの冒険者ギルドでクリスを見かけた時には『どこかで見かけたぞいな』程度だった。だが彼女がトンプソンも参加しようかと思っていた依頼書を見ながら「楽しそうですけれど‥‥月霊祭って一体どんなお祭なんですかねー?」と首を捻っているのを聞き、どうやら来訪者らしいと声を掛けて話を聞いて、あの時同じ雪原に居たのが判ったのだ。
「クリス嬢、よー来て下さった、歓迎するぞい」
「トンプソンさん、ギルドでは教えて下さってありがとうございます!」
「いやいや、ワシも江戸とかいう異界の町まで行って解ったが、やっぱり故郷を離れるのは一時であれ寂しいもんじゃ。ノルマンからわざわざお越し下さったクリス嬢に、メイディアを楽しんで頂ければ良いが」
うんうん、と頷き合いながらのほほんと頭を下げ、手を振り合う冒険者達の会話を聞いて、女将軍がふとクリスに興味を向けた。彼女の親友であるギルドマスターも、元はジ・アースからの落来者だ。何処の国と言っていたかまでは覚えていないが、今日は絶対に何があっても顔を出したら殺すと宣言しておいた親友と同じ場所からやって来た人、というだけでも興味深い。
良ければジ・アースの事を聞かせてくれないだろうか、と杯を傾けながら所望するセルラッティーナに、勿論、と頷くクリスだ。謝辞を述べ、それからトンプソンにも視線を向けてエドなる地の感想を尋ねる。
アトランティスではない異界の地、と言うのはそれだけで珍しく感じられるものだ。トンプソンもエドの物珍しい光景を身振り手振りで話しつつ、クリスの生まれ故郷キエフや今の住まいであるノルマンの話を、目を輝かせて聞き入る。
そうこうしているうちに、酒場の娘が新たな来客を告げた。シャクティと正和の夫婦だ。ぴっとり寄り添って訪れた彼らもまた、女将軍に招待の礼を丁寧に述べ、空いていた席にやっぱり寄り添い並んで座る。
それからふと、目を瞬かせた。
「他の方は、後からお見えなのでしょうか?」
「かも知れんな。元より、集合時間など定めていない無礼講だ。諸氏も存分に楽しんでくれ」
首を傾げたシャクティに、重々しく頷く女将軍。それでもトレードマークの胸当てと剣は外さない辺り、融通が効かないと言えば良いのか、真面目と言えば良いのか。
そうですわね、とシャクティが頷き、ワインを取り上げ正和に酌をする。短く礼を言って受けた正和がふと、妻は宗教上の理由で酒や肉、魚が嗜めないのでと断ると、そう言えばジ・アースにはそういう風習があったのだな、と女将軍が頷いた。
竜と精霊に感謝を捧げるアトランティスに、宗教と言う概念は本来ない。だが癒しの精霊を奉るジーザス教はこの国にも伝わってはいるし、ジ・アースでは他にも色々な精霊が定めた規則に従って生活している人々が居るらしい、と言う事も王宮勤めでジ・アース出身のギルドマスターを親友に持つセルラッティーナは聞き及んでいる。
故に気分を害した様子もなく、酒場の娘を呼びつけこちらの夫人にはハーブティーかジュースを、と注文した。煮込みも肉や魚を抜いた物をと指示すると、判りました、と娘は頷く。どうやら女将軍はこの酒場のお得意様らしい。
そんな酒場の娘が実は、ギルドで話題になったギルドマスターの元恋人だと言う事は、きっと知らない方が良い。月精霊に感謝を捧げるこの夜に、あまりに無粋が過ぎると言うものだろうから。
◆
やがて料理が卓に並び始めた頃、賑やかな一団が酒場の入口に現れた。いらっしゃいませー、と明るく声を上げた酒場の娘が、現れた人達の姿にギョッと目を見張る。
ヨッ、と手を上げてまず入ってきたのは、赤と白のコスチュームを身に着けた巴渓(ea0167)。何やら白い布袋を肩に掛けて、やれやれ、とぼやきながら少し疲れた様子で入口を潜る。
アトランティスでは見慣れない衣装。ずいぶん派手な、と目を丸くした娘の前を通り過ぎ、次にも同じような格好をした美芳野ひなた(ea1856)や忌野貞子(eb3114)が現れ、どうも遅れて、と盛り上がっていた人々の方に会釈した。
おや、とトンプソンや正和、シャクティが主に貞子に視線を向けて大きく目を見開く。彼女が身に纏っていた赤白の衣装が、かなり際どい切れ込みの入ったセクシードレスだったからではない。
クリスやセルラッティーナ、部下達は全く知らない事だが、日頃は大変陰鬱な様子の貞子は時たま、酷く明るく快活な美少女に変貌する。変貌すると言う事は仲間達も理解しているのだが、何度見てもいまだに慣れないのだ――或いは親し過ぎて、だろうか。
共に現れた貞子の友人ひなたと水無月茜(ec4666)ですら戸惑った引き攣り笑いをしている位だ。そちらを見て、いい加減慣れてくれないものかしら、と唇を尖らせるのにすらそっと目を逸らす。
が、その茜の衣装もまた奇抜だ。いや、コレは衣装と言って良いのだろうか?
「ゴーレム‥‥か?」
眉を寄せながらセルラッティーナがじっと茜を注視した。その言葉に大きく頷いた茜の顔も、全身も木の枠で形を作り布を張ったハリボテ。ゴーレムをイメージして作ったコスチューム、らしい。
彼女達は宴当日の今日まで、今まで縁のあった各地の孤児院などを回って慈善事業を行っていたと言う。最後にメイディアに帰ってきて冒険者ギルドに立ち寄ったらセルラッティーナの招待を見つけ、その足でここまで来たのだとか。
衣装がどうと言えば、女将軍の目には赤白の衣装も十分物珍しい。そちらは何か由来が、と尋ねた女将軍に「あの赤白の衣装はサンタクロースと言ってですね」と説明したのはクリスだ。彼女の故郷ジ・アースで主に見られる、この季節の祭典『聖夜祭』の風習。
そう説明してからクリスは感心の声を上げた。
「アトランティスにも聖夜祭はあるですね〜」
「アトランティスッつーか、俺達有志でさッ! 何ならまだ衣装あるし、アンタもそっちの姐さんもサンタコスしねー?」
もともとそういうのはこっちはないんだけどな、とパタパタ手を振って否定しながら、村雨紫狼(ec5159)がのっそり現れる。彼もまた、渓が仲間に声を掛けて集めた企画に参加して、こちらに駆けつけてきたところ。
そっちの姐さんも、と言いながらセルラッティーナを見た紫狼は、少し目を見張って『何だ、花見の時の姐さんかよ』と肩をすくめる。ギルドで名前を聞いただけではさすがに思い出せなかったが、春頃、天界由来の行事だという『花見』なるバトルをセルラッティーナが主催した折にも彼は居た。ギルドでも久々にそわそわしているギルドマスターに会い、思わず『同士よッ!!』と叫んだとか叫ばなかったとか。
その彼の姿はと言えば、ひなた自作のまるごとトナカイさん。それで街中を歩いて来たと言うのは十分目を引くが、先の茜に比べれば普通に見える。うん、普通です。
一団は圧倒される人々を尻目に続々と酒場の中に入ってくると、主催であるセルラッティーナに参加希望を申し出た。勿論、否を唱える女将軍ではない。簡単に「良く来てくれた」と礼を延べ、好きにやってくれと告げると、止まったままだった酒場の娘が慌てて注文を取りに来た。
「キンキンに冷えたビールか清酒、って言いたいトコだけどねぇ」
「ビール? 最近は寒いから冷えてるとは思いますけど」
「ならそいつをくれるかい。後は串焼き、サーモンのマリネ、じゃんじゃんつまみはもってきとくれ!!」
豪快に言い放った鷹栖冴子(ec5196)に、毎度ありッ! と娘が厨房へ戻っていく。それから部下達のところにやってきて、どっかと豪快に座った見習いゴーレムにストに、先に彼らと一年の労苦を語り合ったり、職務規定に違反しない範囲で愚痴などを言い合っていたトンプソンが、ひょい、と軽く杯を掲げた。
「冴子嬢、お疲れさまじゃったのぅ」
「ま、村雨の坊やに協力してくれと頼まれてたしねぇ。そちらさんも、ジャパンまで行って大活躍だったそうじゃないか」
「んむ。異界の食事も上手かったぞな」
「ああ‥‥でもまぁ、ひどかったですね〜、雪投げ」
うっかり聞こえてしまったクリシュナ・パラハ(ea1850)が、その時の事を思い出してがっくりと肩を落とした。クリスやトンプソンの思い出がまったりのほほんとしていたのとは対照的に、全力で参戦したクリシュナ達は雪に笑い、雪に泣く熱戦バトル。おまけにその直後、今度はキエフの方へも足を伸ばしてちょっとアレな相手と交戦し、やはり涙なくしては語れない雪の戦いを繰り広げてきたのだ。
何か美味しいものを食べたかったのに、とがっくり肩を落とすクリシュナ。今日はその代わりだとばかりに目が据わっているのは、決して雪投げのためばかりではなく、慰問ツアーでも何だか色々トラブルがあったかららしい。
気を落とさぬよう友人の肩を叩き、運ばれてきたビールを手に、改めて乾杯する。月霊祭という名は何のその、こういうメンバーが集まれば結局はただの酒盛りだ。
「よし、茜さん、貞子さん、歌を歌いましょう」
「良いですね、慰問で歌ったクリスマスソングなんか」
「童謡やノリのいい『じぇいぽっぷ』かしら? あれは歌ってて楽しいわ」
そのうち興が乗ってきて、最初に立ち上がったのは仲良し3人娘だった。それまでもさすがは本職のバード、クリスが何がしかの曲を奏でたりはしていたのだけれど、珍しい天界の歌という事で注目が集まる。
ゆったりとした曲調の短い歌から、聞いているだけで体が動きそうなリズミカルな歌まで。各地で歌ってきた順番に、歌声を披露する友人の声を聞きながら「どうだい? あたいと飲み比べしてみるかい!」などとセルラッティーナの部下にコップを突きつける女傑も居て。
一通り歌い終わった所で、よしじゃあ俺も、と渓もコップを置いて立ち上がる。彼女も天界では本職の歌い手だったという茜にこっそり特訓を受け、どうにか一曲レパートリーを納めていた。
これまた選んだのは、地球で良く歌われているという流行の歌。地球の歌と言うのはジ・アースの人にとってもアトランティスの人にとっても珍しいものだ。決して聞きほれるほど見事というわけではなかったが、どうにか人並みに歌い終えた渓の歌声にも、珍しいものを聞かせてもらった、と拍手が上がる。
「皆、色々やるなぁ。素晴らしい」
「そうですわね‥‥はい、正和さん、あーん‥‥♪」
「ん‥‥シャクティも、あーん‥‥」
褒め称えながらイチャイチャする事にも忙しい熱愛夫婦はとりあえず置いておくとして。人目を忍んでこっそり接吻なんかなさっているの、見てないですよ、ええ。
勿論こちらも見ていかったクリスが、ここは僕もバードとして、と竪琴を手に席を立った。祭と言えばバードは欠かせず、バードと言えば歌や音楽、弾き語り。例え異世界に来ていたとても、こちらの吟遊詩人ギルドにもちょこっと顔を出してご挨拶もしたのだから、バードの名に恥じぬ歌を披露しなければ。
「月霊祭は月精霊の恵みに感謝するお祭だと聞きました。ボクはこの世界では、アルティラさんや月竜さんにお会してますし‥‥」
月の精霊に捧ぐ感謝の歌。普段ジ・アースで使っている、バードとしての実力を助けてくれるような魔法の品は、全部ジ・アースにおいてきた。だからこれから奏でる歌は、彼女のバードとしての掛け値ない実力のみの勝負。
だが月精霊という、高位の存在に奉げる為に奏でる歌ならば、逆に補助用具などは失礼に当たるかもしれない。そう思い、心を込めて弦を弾く。
♪月の光に照らされし
二つの世界を渡る歌
人の心の架け橋に
なれと爪弾く竪琴の
音色を今は楽しまん♪
優しい音色に、酒場の中の喧騒も僅かに静まった。賑やかな音色の地球の歌は心を楽しませてくれるが、こちらは心を落ち着かせてくれる音色だ。
他の友人たちの誰もが歌を披露した時のように、パチパチパチ、と手を叩いた正和が些か酔いに意識を遊ばせながら立ち上がった。
「俺も拙いながら、詩歌を吟じてみるかな」
「もし良ければ、そちらにもボクが曲を付けてみたいのです♪」
即興の弾き語りもバードの技の一つ。この余興に、それは良いぞ、と部隊の方からやんややんやの歓声が上がった。つまり、気持ち良く酔っ払っている。
クス、と目を見合わせて苦笑した。良ければ後でもう何曲か合わせてもらえませんか、と3人娘からも声がかかる。
勿論、と頷いて再び、今度は即興の詩歌を奏でだした冒険者達に、主催の女将軍は満足そうに目を細め、クリシュナやトンプソン、冴子や紫狼らのほうに話を向ける。
「諸氏らは、今年一年はどうだった?」
「まぁ色々ありましたけど」
「メイディアにはカオス以外の脅威もあったこともわかったしのぅ」
「ゴーレムの運用についてはあたいはまだまだ戦う気だけどねぇ」
「俺は嫁も貰ってハッピーだなッ! て訳で姐さんコスプレーッ!!」
楽しそうな笑顔、楽しそうな笑い声。そういうもので溢れるこの宴が、まだまだ和やかに続けば良いと願いながら、更なる月精霊への感謝を捧ぐ歌を紡ぐ。その歌声ははるか夜空へと、きっと届いていたのに違いない。
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文字通りの無礼講となった宴は、夜もふけた頃にようやくお開きとなった。特に見事だったと思われる幾らかの冒険者にはセルラッティーナから感謝の気持ちが送られたようだが、それはひどくこっそり行われたので、他に知られる事もなく。
ただ確かなのは、セルラッティーナとその部下達がこの宴を楽しみ、そして参加した冒険者達も一年を締め括るに相応しい感謝の宴を過ごす事が出来た、ということである。