●リプレイ本文
いつぞやと同じ様に、リリーは町の入り口で冒険者達を待っていた。ピンと伸ばした背中を包む、新年という事で少しばかり華やいだ様子の、だが貴族の貴婦人が身に纏うには余りに粗末なシャツとスカート。寒さを防ぐ為に肩から厚手のケープを羽織り、冒険者達を見てそのまま優雅に一礼した。
生まれながらに貴族として振舞う事を義務付けられた貴婦人でありながら、今の彼女はかつての夫の恩情で命永らえ、町の為に身を粉にして働く身。それでも幼い頃から染み付いた所作は消えないものらしい。
そんな彼女の人となりは、以前に町の病人達の看病を手伝いに来た冒険者は多少なりとも把握している。だからその他の様々の事も含めてまったく気にせず、リリーの前に進み出た。
「あけましておめでとうございますね。今年もよろしくおねがいします」
「おめでとう。また来て下さって喜ばしく思っていることよ」
彼女に会釈し、そんな新年らしい挨拶で微笑んだ倉城響(ea1466)にリリーは小さく頷き、彼女なりに大変砕けた新年の挨拶を返した。彼女なりに。ちゃんと来訪の感謝を述べた辺りがとっても進歩してるのだ、こう見えて。
解説を加えなければ解らないようなリリーの努力はともかくとして、まずは出会ったらご挨拶、とっても大事なことだ。まして今は新年、日頃無愛想な者だって新たしき年を言祝ぐぐらいはする。
ならば一番最初に告げるべき言葉は決まっているわけで。
「おめでとーね。今年もよろしくお願いします♪」
「去年もお世話になったよ。今年も宜しく」
「あけましておめでとう。よろしくね」
口々に新年のご挨拶を述べる元気なお嬢さん達に、リリーはやっぱり同じ口調で「よろしくお願いすることよ」と頷いた。流れで、おめでとうッす、とどこか居心地悪そうに頭を下げた見習い冒険者にも。くどいようだがこれでも一応進化している、本当に。
その代わりとばかりに、元気なお嬢さん達は賑やかだった。
「にーちゃーん♪ 今年もよろしくだね、ね?」
「わっぷ!? お、おめでとうッす、師匠‥‥ッ」
「こっちもよろしくーっ!」
「どぁッ!? ディ、ディーネ姐さんもよろしくッす!?」
打って変わって元気にぴょんッ! と飛びついたフォーレ・ネーヴ(eb2093)に、うっかり潰されそうになった弟子である。さらに連係攻撃のようにディーネ・ノート(ea1542)にバシコンと背中をぶったたかれ、勢い余って転びかけて危うく踏み止まる始末。
シルレイン・タクハ、正月ボケをしているのか、或いは油断し切っているのか。どうやら師匠、ちょっと鍛えなおす必要を感じたらしい。にこぱと良い笑顔のまま、無言で弟子にタックルをかけてみた。案の定、ベショッ、と情けなく潰れる弟子。
リリーさんが見てなくて良かったわね、とため息を吐くルスト・リカルム(eb4750)だ。幸い彼女は今現在、顔見知りではない冒険者達と対面し、丁寧な挨拶を差し上げたり頂いたりしているところで、これまでのやり取り、まったく見てない。まぁ見てたとしても、彼女のおっちょこちょいな侍女のお陰でどたばた騒ぎには実は慣らされているので、普通にスルーされそうな気はするが。
そんな賑やかなやり取りを置き去りにして、そのリリーにゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)は頭を下げた。
「治療院勤務のゾーラクと申します。よろしくお願いします」
些少ながらお役立て下さい、とリリーに挨拶と共に手渡したのは200Gと言う大金だ。元は生まれも育ちも貴族の娘であるリリーとて、そうそう手にしたことのある金額ではない。
これは、と瞳をわずかに戸惑いに揺らして真意を探ろうとするリリーに「これで必要な物資などや薬作成に必要な材料を購入して下さい」とゾーラクは告げた。冒険者ギルドから誘いの話を聞いた時点で、この町がそれなりに困窮していることは聞いている。そして手っとり早くゾーラクに出来ることはと言えば、その為の資金を提供することだ。
さらにもう一つ、彼女は医者だ。ならばその観点からもと、持ってきた写本「薬物誌」に記載された薬の中で幾つかを指し示しながら、もしこの中に該当するものがあればその薬を作るためにも、とずっしり金貨の詰まった皮袋をリリーの手に握らせる。
しばしの後に、ではありがたく使わせて頂きますことよ、とリリーは皮袋を受け取った。実際の所、元貴族とはいえ家族から勘当された彼女に、さしたる財源はない。かつての夫だった領主からわずかな手当は渡されているが、それだけだ。
そして病人を看護するにしても何をするにしても、先立つものは必要。今回の新年祝いの宴だって、食事の材料費だけでも馬鹿にはならないのだから。
馬鹿にならないと言えば人手も相変わらず足りないのだが、そこはヴァラス・シャイア(ec5470)が出来る限りでお手伝いさせて下さい、と申し出てくれた。さらにリリーご指名のシルレインも揃っている‥‥今回シルレインが呼ばれた理由が、ニナの仲良しだからと言う理由以上に以前手伝いに来てもらった時にとってもよく働いたから、というのは決して触れてはいけない秘密だ。
だがしかし、こんにちわ、と進み出たミフティア・カレンズ(ea0214)の明るい笑顔があれば、祭りの目的は半ば達成されたも同然と言えよう。
「私、お祭で踊るね。どこででも踊るよ? お祭大好き、踊るのも、楽しいことも嬉しいことも」
「まぁ‥‥」
ぺこん、と元気良く頭を下げての可愛らしい宣言に、日頃はあまり感情豊かとは言い難いリリーの頬にかすかな笑みが浮かぶ。先ほどの元気なお嬢さん達にせよ、手伝いを申し出てくれた2人にせよ、彼女が提案したことを楽しみにしてくれる、というのはとてもとても嬉しいことで。
かすかな笑顔になった彼女に、私一生懸命楽しく踊っちゃうよっ! とミフティアは満面の明るい笑顔になる。さらに、軽くステップだけ踏んで見せたりなんかして。
とはいえ、ミフティアの胸にほんの少しだけ罪悪感があるのは、彼女がアトランティスの人間ではないからだろう。ジ・アースからお祭を楽しみにやってきただけの、アトランティス在住ですらない冒険者で‥‥アトランティスの事はもちろん、この町がどんな苦しみを背負い、どんな悲しみを乗り越えてきたのかすら、知らない。
でも、お祭がそこにあって、お祭を楽しもうと言う人がいる。それはジ・アースだろうとアトランティスだろうと世界共通のはずだから。
(見てる人も一緒に、楽しんで貰えたら嬉しいな)
その為にも心を込めて、見てる人が楽しくなっちゃうくらいに楽しい踊りを。新たしき年の始めに、暗い顔をしてたらダメだ。
そうして見やった町の中では、僅かずつながら祭準備が進められているような気配だった。
◆
ルストがまず最初に行ったのは、街中を巡って今現在も病を患っている者や、以前に訪れてから新しく患った者の様子を伺って回ることだった。
この街に蔓延した病は、カオスの魔物が媒介した疫病。媒介の手段は魔物によるものとはいえ、疫病自体は他のそれと何ら変わりない病だ。
勿論、病はそれだけではない。季節がら、単なる風邪で体調を崩している者もいるし、怪我等を負った者も居る。そういった者に対しても等しく、治療や介護を。
同時に医者の本分、ゾーラクもまた未だ町に根強く残る病人達を診察して回る。彼女がまず向かったのは隔離病棟だ。
「予想してたよりはマシ、ですが」
ゾーラクが居た天界に比べれば、アトランティスの衛生観念は遙かに劣る。酷いところであれば物資の不足も手伝って、使用済みの包帯を使い回すなどしてよけいに病が伝染することもあり。
だがこの町では最低限、洗濯済みの包帯や布を使用する、と言う部分だけは守られているようだ。疫病が起こった初期にも天界医学に詳しい冒険者がやってきて、隔離病棟を診察して回ったと言うから、その折りに指示でも出していったのだろうか。
その当時、死を待つ人ばかりが集められていた隔離病棟には今は、伝染病と思しき症状を見せている患者が症状の区別なく集められている。部屋も見える範囲では埃もなく綺麗に掃き清められているが、ふと思いついてベッドの下をのぞき込めば分厚い埃が降り積もっている状態。
少なくともそれだけは何とかしなければ、といつもの日課だとかで隔離病棟を見回っていたリリーを捕まえ進言すると、解りましたことよ、と彼女は素直に頷いた。
「掃除をお願いしている者にも申し伝えますことよ」
「ありがとうございます。後、町中の病人が居る建物も同じようにして頂いた方が良いかと思いますが」
「お約束出来ませんけれど、申し伝えますことよ」
隔離病棟ならば主に看病をつとめているリリーの意思が尊重されるが、町中の建物では家主の意思が尊重される。あまり豊かとは言いがたいこの町で、仕事とは別に掃除にも労力を払えと言うのは、立場的にも現実的にも、頼むことは出来ても強制は出来ない。
せめて仲間にも頼んで今日の所は自分たちで、との申し出にも似たような答えだが、ひとまず頷きが返ってきただけでも上々だろう。話の持って行き方さえ間違えなければ、拒絶も多くはないだろうし。
それは後で段取りを取るとして、まずは目の前の患者だ。死を目前に、という者は一年も経てばさすがに少なくなっているものの、医術も薬も高価なもの。さらに病が病を呼ぶと言うこともある。
決してゼロではない患者達を、ゾーラクは順番に診察し、必要とあらば投与出来る薬から順番に処方していった。今日の今日では材料が揃うはずもなく、そういう薬は処方と投与料を書き記してこの通りにと念押しする。
一方で、やってきたルストの明るい声が、隔離病棟に知らず積もった陰鬱を吹き払うが如く響き渡った。
「じゃあ体拭かせて貰いますね。すっきりしますよ♪」
「あら良かったわねぇ。お兄さん、そっちから手を体の下に入れて、そう、そっと一気に‥‥」
「こ、こうッすか?」
どうやらシルレインも早速こき使われているらしい。病人の看護はくどいようだが体力勝負。怪我人などは無理して動かせないのでなおさら男手は必要だ。
「後でこちらも手伝って貰いましょうか」
「ええ、それがよろしいことよ。あの赤毛のお若い方は本当によく働くことよ」
呟いたゾーラクの言葉に、大きくリリーが頷いた。一瞬落ちる、何とも言えない空白。「後で、料理を届けるのでなるべく食べてください♪」と告げるルストの明るい声が、何だか妙に大きく響き渡ったとか。
◆
一頃に比べればずいぶん寂れてしまった町ではあるが、辛うじて市場は機能している。だが元々冬で食料も限られていることもあり、相談してヴァラスは少し離れた隣町の市場まで材料の買い出しに向かった。
買ってくるものはお料理部隊(?)に確認し、しっかり頭の中に刻み込んでいる。町で馬車を借りて行き、市場でそれらの物資を積み込んで買い忘れがないかを確認した。
町の建物の中で、若干すきま風が入ったり立て付けが悪くなっていたりする扉や窓板があったので、その修繕の材料も揃っている。そこまでを確認し、町へ戻るとぐったり疲れきったシルレインが、道ばたで文字通り死んだように眠り込んでいた。
まだ寒いのに大丈夫だろうか、と案じる視線を向けると、トコトコ、と近づく少女の姿。ミフティア・カレンズ、浮かべる笑顔も愛らしく純粋だと一部の元探偵っぽい誰かに評判らしい。
ミフティアは眠り込んでいるシルレインの側に立ち、ひょい、と顔をのぞき込んだ。だが相手からは反応はない。ぴく、とちょっとだけ瞼が動いたがそれだけだ。
うーん、と首をひねり、膝を抱えてしゃがみ込んでじっとのぞき込んでみるもやはり無反応。ちょいちょい、と指先で突っついてみたりなんかしたが、やっぱり変わらず無反応で。
「おにーさん」
「ぐぉッ? ふぐぉ‥‥グー‥‥」
「おにーさんってば」
「‥‥っす、ししょ‥‥」
熟睡してる。全力で熟睡している。
無言でミフティアはにっこりと愛らしい笑顔を浮かべ、ぎゅむっ、と安らかに眠るシルレインの鼻を摘み上げた。これは痛い。窒息するとか言う以前に痛い。案の定、数秒後には青年は悲鳴を上げて飛び起きた。
「‥‥ッだアァァァッ!? 何事ッすか!?」
「おはよう、おにーさん‥‥えっと、シルレインさんだっけ? こんな所で寝ると風邪引いちゃうよ?」
それ以前にこんな所で本気の熟睡体勢に入れる事がすごいと思うが。そういうと、ちょっと体力消耗したんす、とぐったりした顔になって肩を落とす。一日中、病人の介護の手伝いや、師匠を始めとするお料理部隊に頼まれた重労働に、と働き尽くめだったらしい。
そうなの? とミフティアはちょっと考える様子で首をかしげた。リリーにも宣言したとおり、場所があればミフティアはどこででも踊れる。けれども出来るならやっぱり、皆で楽しく踊れる広場などで踊れたら一番良い。
だが慣れていないアトランティスという場所ではどんな『お約束』が存在するかも判らず、許可を貰う手順などもやはり、地元(?)のシルレインに手伝ってもらった方が良いだろう、と思っていたのだけれど。
ああ、とシルレインは頷き、よいこらせと立ち上がった。
「こんくらいの町なら多分、関連ギルドってもそんなにないんじゃないすか? 仕切ってるチンピラも居ないでしょうし、リリー姐さんと町のお偉いさんと、あとその辺の店とかに話つけとけば‥‥手伝うッす」
「いいの? ありがとう、シルレインさん♪ あとは楽士さん居るかなぁ‥‥」
「んじゃ、その辺も聞いてみるッす」
頷いて歩き出したシルレインの様子を、毛布を持って見に来た師匠フォーレが、あの調子なら大丈夫そうかな、と頷いた。それから、馬車を止めてやっぱり2人の様子を見守っていたヴァラスに気付く。
ニパッと笑い、声を掛けた。
「にーちゃん、お帰りー、だよ☆」
「ただいま戻りました。何か、お手伝いする事はありますか?」
「んー、響がもうちょっと薪が欲しいって言ってたかな?」
ヴァラスの問いかけに、ひょい、と視線を巡らせてフォーレは言う。病人達にもおいしいお料理を楽しんで貰えるよう、じっくりコトコト煮込んで柔らかくするのに薪が結構必要らしい。
判りました、と頷いて馬車をそちらへ向ける。じゃあ一緒にとフォーレがぴょいと飛び乗って、それほど広くはない町をガタゴトと揺られながら、新年祝いの宴のお料理を作っている民家の一つまで。
たどり着いて積み荷を降ろし、食料を家の中へ運び込む。待っていた響が揃った材料を見て、ありがとうございます♪ と微笑み。
「じゃあすみません、薪割りを少し、お願い出来ますか?」
「水はディーネのおかげで何とかなるけどね」
薪ばかりは、とため息を吐いたのは、隔離病棟を出た後こちらに手伝いにやってきたルストだ。もちろん、しっかり手洗いうがいはしている。病原菌をまき散らしては元も子もない。
判りました、と頷くヴァラス。家の修繕などは後でやるとして、今は薪を急いだ方が良いようだ。
それにもう一度、お願いしますね、と微笑んでから響は再び台所へと戻り、鍋の中身を確認した。残念ながらそれぞれに個別の料理をあつらえて、ということは時間の関係上も出来ないのだが、逆にみんなと同じものを出した方が喜ばれることもある。
煮え具合を確認し、お肉は出来るだけ柔らかい部位に隠し包丁で切れ目を入れて噛みやすくして。出来上がったものは一人一人のお皿に盛りつけ、病人食だと判るようにする。
新年祝いの宴の料理は、大人数が参加することもあって大皿や鍋から直接取り分ける形式だ。運ぶにも体力は必要そうだが、シルレインやヴァラスに任せれば良いだろう。
「‥‥で、あんたは何をしてるの、ディーネ」
「はッ! 敵に接近を許したッ!?」
響とそんな相談をしながら、別の鍋の火加減を見つつゆっくりかき回していたルストは、おもむろに手にしたおたまをゆらりと振り上げ、そろそろこっそりと台所の隅に置いた大皿に近付いていく人影を睨みつけた。びくぅッ!? と大きく肩を揺らして振り返るディーネ。と、一緒にそろそろ忍び足をしていた子供達。
あらあら、と響が微笑んだ。何だろう、ちょっとだけ凄みがある気がする。たぶん気のせいじゃないよねそうだよね。
この友人が、いったい何を狙ってこの場にいるのかは聞くまでもなく明白だ。暴食の王たる彼女が大人しく、料理のお手伝いで収まっているとは誰も思っていないわけで。
ニコパ、とフォーレが空気を読んでるんだか読んでないんだか微妙な感じで声をかけた。
「ねーちゃん。どしたのかなー?」
「いあ。ちょっとこの子達とね、響んのご飯の味見をしてあげよっかなー、とかね‥‥」
「う♪ 味見ーかな?」
「味見なのー」
「お腹すいたからご飯なのー」
代わりに答えるご近所の子供達。最後、なんか本音出てますが。
だがしかし、そうなのよっ、とディーネはぐっと拳を握った。
「だってこんなに美味しそうな匂いがしてたらお腹空くじゃないッ! みんな働いた後なんだしッ」
「ディーネねーちゃんも魔法いっぱい使ったしねー♪」
「いやー、そうなのよ。だからお腹空いたからなんか食べたいって言われると私もほら、お腹空かす苦しさは判るし‥‥って、何で拳握るのぉ!?」
「あんたはもう良い大人なんだから我慢しなさいッ!!」
「う♪ 僕も手伝うー♪」
プチッ、とぶち切れて全力で拳を降り上げたルストに、素早くフォーレが日頃鍛えてやまない隠密スキルを駆使してディーネの死角に回り込み、捕縛した。動けないッ!? と愕然とするディーネ。ケラケラ楽しそうに笑うフォーレ。迫るルストの拳。
ガツンッ!
盛大に正義の鉄拳が炸裂し、うわぁ、と両手で目を覆った子供達の横で、どうにか広場の手配も終えてこっちの様子見てきてくれと言われた下働き(違)シルレインが、すげぇ、と目を見張った。
「師匠ッ! さすがッす、俺もいつかそん位動けるようになりたいッす」
「シルレインにーちゃんも出来るようになるからね、ね? まずディーネを攻略する時はねー」
「何で私限定なのッ!?」
「一番重要な仕事だと思うけど」
賑やかすぎる友人達に笑顔で背を向けて、響は困り顔で立っている子供達におっとりと微笑みかけた。
「ご飯はまだなんですけれど、早く出来るようにお手伝いしてくれますか?」
「‥‥っ、うん!」
「お手伝いしていーのー?」
「ええ、もちろん♪」
大きく頷くと、やった、と会心の笑み。火を使うのが危ないとか包丁で怪我をしてはいけないとか、或いはもっと単純にろくに料理の出来ない子供たちでは邪魔になるとか、そんな理由で野菜を洗ったり小麦粉を運んだり、という単純な用事は任されても、それ以上にはやらせてもらってはいなかったらしい。
もちろん響とてそこまで難しい事はさせられないが、お鍋をゆっくりぐるぐるとかき回したり、包丁の持ち方を教えて雑に切った方が味のある煮物に使う野菜をざっくり切ってもらったり。見ていた町の人達にももちろん、私が見てますから、と断って。
やがて出来上がってきた、実に大小さまざまな大きさに切られた野菜の煮っ転がしに、子供達の目がキラキラし始める。ふふ、と響は微笑んで煮っ転がしを1つずつ、その口に入れてあげた。ホクホク、はふはふと懸命に口を動かす子供達にまた、可愛いですねぇ、と微笑を漏らし。
「ディーネさんもどうぞ♪」
「うぇ? 私も良いのッ!?」
「1つだけですよ。魔法でお水を出したり、火をつけたり、お手伝いして貰いましたから♪」
「やりぃッ!!」
大きな子供にもお口に煮っ転がしを1つ。喜んでホクホク、はふはふ、猫舌ゆえにかなり苦労しながら満面の笑みで口を動かす姿はまさに、子供たちと同じに見えたとか何とか。
◆
そして宴は始まった。大人数でもあり、さらにミフティアの要望もあって町の広場の一つを貸し切っての盛大な宴。周辺の店も協賛し、或いは参加するためにお店を閉めて。
「シルレインさん、拍手頂戴☆」
その広場の真ん中から、師匠フォーレと共にご近所の人たちに声を掛けて回っていたシルレインに、ミフティアはそう声を掛けた。ぅをッ!? と驚きながらも素直に手を叩き始める青年。そうそうまずはそんな感じ、と頷いてミフティアは、まずは軽くステップを踏み出した。
最初はそのまま、羽のように軽やかに。それで居て、広場の人の視線をひきつけずにはいられない鮮やかさで。
なるほど、と心得たシルレインが手拍子の音を大きく響かせ始める。広場で躍らせて欲しいと許可を貰うのとついで、楽士も探したもののやはり、この町にはそんな洒落たものは居なかった。流しの吟遊詩人などもまだ、疫病を恐れてこの辺りには近づかないという。
ならば音楽の代わりに手拍子で。きっとそう考えたのに違いない。
そんな事を傍らの師匠にも説明すると、りょーかい☆ と笑って彼女も手を叩き始める。にっこり、ミフティアがステップを踏みながら笑った。
「どんどんリズム変えて! 私、それに合わせてステップ変えるから♪」
「はいッす」
「ねーちゃん、こんな感じー?」
「そうそう♪」
「‥‥それは俺らも混じって良いのかい?」
「もちろん皆さんもご一緒に!」
おずおずと声を掛けてきた町のものに、動きは一寸たりとも止めないまま、ミフティアは大きく頷く。嬉しそうに、見よう見まねで手を叩き始めた町のものに、そのうち興が乗ってきたら駆け寄って手を取り一緒に踊りだし。
そんな楽しげな様子を見ながら、響は町の奥様達と一緒にお料理を運んだり、行き渡っていない人が居ないかを声を掛けて回った。
「まだ、お料理が手元にない方はいらっしゃいませんか?」
「あちらの方は大丈夫みたいです。この鍋はどこに置きましょうか?」
「あら助かります♪ あっちの方に置いといて頂けますか?」
同じく町の人々を見て回り、また大皿や大鍋の料理を運ぶ手伝いをしていたヴァラスが、響の言葉に「判りました」と頷き料理を抱えていく。見ていたリリーが軽く目を細め、あの冒険者の方も良くお働きになることね、と頷いた。そんな彼女ももちろん、奥様達に混じってお料理を人々に配って回っている。
本音を言えば、リリーは今も苦しむ者が居る隔離病棟の者たちの所に行き、伝わってくる宴の喧騒のみを楽しもうかと思っていた。だがせっかくなんだから今日くらいはリリー奥様も楽しんできてくださいよ、と彼女に奨めたのは当の病人たち。
だから代わりに彼らに食事を届けたのはルストだ。街中の者たちにはもう配り終え、此処が最後。
「他に欲しいものがあったら遠慮なく言ってくださいね」
「ありがとう‥‥町は随分賑やかなようだね‥‥」
「ええ。来年は参加するためにもしっかり食べてくださいね」
そう告げると、そうだねぇ、と微かな笑み。そうしたいものだと告げて痩せた手で匙を取る男のとなりのベッドでは、本当にそうですよ、と微笑みながら女性が病人の口に匙を運んでやっている。
修繕が必要な衣類やシーツなどはゾーラクの指示で一箇所にまとめられ、明日に冒険者皆で洗ったり繕ったり交換したりする事になっている。歪んだ扉や隙間風の入る窓板は、ヴァラスが合間を見て修繕していった。
広場に戻るとミフティアの踊りは一旦終わり、ディーネとフォーレが漫才をしている。否、はたから見れば漫才だが、一応彼女達なりには――少なくともディーネなりには真剣に会話をしているのだと思うが。
ちょっと、と声を掛けたのは、宴に参加したいと希望し、おそらく周囲に移すような病気ではないだろうと判断して空飛ぶ絨毯で連れてきた病人を宴の輪の隅の方に座らせたゾーラク。
「あの2人、何やってるか知ってる?」
「さぁ‥‥先程伺った時は確か、最後の1つの肉団子に関する話題だったと思いますが」
「‥‥それが何でモノマネ対決になってるわけ?」
「‥‥‥‥‥さぁ?」
もちろんゾーラクにも判らないので、しきりに首を捻るしかない。「よしっ、次は動物の鳴き声よッ!」「ねーちゃんなら猫の鳴き声が得意かなー?」「もちろんよッ、んにゃーご‥‥って、乗せられたッ!?」とオーバーリアクションも交えてのやり取りに、見守っている町の人々も楽しそうだからまぁ、良いだろうか。
さてご飯ご飯、と隅の方で響が用意してくれたご飯を食べる。招かれはしたものの、冒険者はどちらかと言えばにぎやかし要員というか、余り表には出ないでおこう、というのが共通認識。故にもちろん、隅にいることに不満があるわけでもなく、むしろ久々に聖職者らしい事ができた、という満足感で匙を口元に運ぶ。
「さーあ、おねーさん達もご一緒に♪ 美味しいご飯を一杯食べたから、また私、踊るよ♪」
「う♪ シルレインにーちゃんも☆」
「俺は踊りとかはあんまし得意じゃねぇっすよッ!?」
突然手を引っ張られ、わたわたわたっと両手を振る青年の姿にまた、宴の席から笑みがこぼれる。それは多分本当に久々の、町の人々が心から出した笑い声で。
「‥‥願わくば今年はこの町にとっても良い年でありますように」
小さく呟いたヴァラスの祈りはきっと、竜と精霊にも届いたのに違いなかった。