【浚風】巻き吹く風の告げるもの。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月09日〜01月14日
リプレイ公開日:2010年01月18日
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●オープニング
バシッ!
頬が鳴り、次いで熱い痛みがジワリと脳に到達した。反射的に押さえた手から滲み出るように、それは少女の視界を赤く染める。
カッと怒りが脳を突き抜けた。だが少女は無言を貫き、キッ、と鋭い眼差しで目の前に居る男を見上げる。少女の養い親であり、この『強奪騎士団』の首領でもある男を。
「判ってんだろうな、レイリー?」
「判ってるよ、パパ」
ナイフの様に鋭い言葉に、つんと唇を尖らせて睨んだ。レイリーの望みに応えて強奪騎士団は動き、そして目的は果たされなかった、先日の一件の事を叱られているのだ。
シルレインを誘き出したまでは良かったけれど、結局目的は果たせなかったばかりか、新たな積荷を奪う事も出来なかった。おまけに仲間の2人が捕縛されると言うケチまでついた‥‥1人は新入りだが、もう1人のスネークは首領と共に強奪騎士団の立ち上げから所属していた仲間だ。
それらを鑑みれば、今回の作戦を立てたレイリーへの怒りは正当なもので。殴られた事への不満はあっても、怒られる事に不満はない。
不満そうながらも一応は従順に唇を噛み締めたレイリーを、フン、と鼻を鳴らして首領は見下ろした。それから残る3人の手下達をも振り返る。
「良いか、次の作戦は俺が指揮する。野郎ども、ぬかるんじゃねぇぞ」
「「「おぅッ!」」」
「レイリー、テメェはどうした」
「もちろんやるよ、パパ」
唇を尖らせた娘の宣言に、首領は満足そうに頷いた。それから、ぽふ、と胸の高さ辺りまでしかない少女の頭を撫でる。
シルレイン・タクハ、かつて盗賊団の仲間であり、てづから鍵開け技術を仕込んでやったにも関わらず、盗賊団を裏切り冒険者になりたいなんて世迷言を抜かす、彼の許しがたい養い子。だがもう一人の養い子レイリーがこれほどに執着するのなら、もう一度だけチャンスをくれてやっても良い。
シルレインの大切な娘と、シルレインの大切な未来の家族。そのどちらをも失えば、流石にシルレインも腹を決めるだろう。その結果が盗賊団と対立するのなら、今度こそ容赦なく殺せば良い。
(テメェは出来の良い息子だったけどなァ)
いつか帰ってくるのなら、それでも良いと思っていた。だが戻らないのならもはや、生かしておく理由はない。裏切り者は始末しなければこちらの身が危うくなると、思い知ったはずなのにまだ甘かったか。
首領はそう考え、ニィ、と凶暴に歯を剥いて笑った。その笑い声に、どこかで誰かが身をすくめた気配がした。
◆
考えてみればそもそも、シフール便が返って来た時点でおかしいと思うべきだったのだ。せっかく字が書けるようになったのだからと、頑張って書いてみたカタルス少年への手紙。お届け先には居なかったよ、と言われてそんなものかと思ってしまったのが間違いだった。
年明けて、カタルスの父ヒューステッド・ヴァディンからの使者がやってきて、その事をシルレインは思い知る。
「え‥‥カタルスが行方不明‥‥ッ!?」
「はい。旦那様も八方手を尽くされておりますが」
ヒューステッドとカタルスは表向き、親子関係ですらない赤の他人だ。だが愛する人の忘れ形見であるカタルス少年を、ヒューステッドは以前とある冒険者に叱責を受けてから前向きに、影ながら見守り支え続けていたのだが。
祖母がついに儚くなり、カタルスは以前に冒険者と一緒に探した宿屋に頼み込んで、前倒しで雇ってもらった。その宿屋からお使いに出かけたきり、カタルスはふいと姿を消してしまったのである。
使者は溜息と共に息を吐いて、シルレインは何か知らないか、と尋ねた。だが勿論、久しぶりに連絡を取ろうと思ったぐらいの相手の現在など知るはずもない。
そう言うと使者はがっくりして帰っていったが、聞いてしまったシルレインも心配になって、落ち着かず冒険者ギルドへと足を向けた。もしかしたら何か、カタルスが巻き込まれてそうな事件の依頼が入っているかもしれないし。
そう考え、市場の雑踏をすり抜けようとしたら、ゴスッ! と胃の腑の辺りに子供の頭突きがめり込んだ。ゴフッ!? と目を白黒させるシルレインに、ごめんね兄ちゃんッ! と返る声。
良く見たら、カタルスと同じくらいの年の、友人ニナが勤めるお屋敷のお坊ちゃんアルスだった。どこかに遊びに行く所だったらしく、パタパタ走っていた少年もまた、自分が頭突きをかました相手が顔見知りの青年だと気付いて『なぁんだ』という顔になる。
「シル兄ちゃんか。どっか行く所?」
「ああ、ちょっと厄介な事が起こってさ。‥‥そーだアルス、ニナ元気?」
ふと思いついて尋ねたのは、多分嫌な予感がしたからだ。それが何とまでは明確に、シルレインの中で形になっては居なかったのだが。
多分? とアルスは首を捻る。
「ニナ、今お休み中でおうちに帰ってるんだ。もうちょっとしたら帰ってくると思うけど‥‥」
「そっか‥‥なら良いや」
不安は拭えなかったが、一先ずその言葉にシルレインは頷いた。ニナが帰ってきたらシル兄ちゃんに知らせる? と首を傾げた少年に、首を振りかけて、頷く。
そうして、判った、と手を振って走っていった少年が、真っ青な顔をして下町のシルレインの所までやってくることになるのは、そう遠い事ではない。
◆
下町のシルレインの家に居候を続けているキーオは、その日、家の扉の前に一枚の羊皮紙が落ちているのを発見した。恐らく隙間から突っ込んだのだろうと思われたが、あいにく彼は字が読めない。
同居人の仕事関係だろうと、そのままそれをシルレインに手渡すと、紙面にじっと目を走らせていた青年はやがて真っ青な顔になり、グシャリ、と羊皮紙を握り潰した。
「‥‥? どうしたんだ?」
「やってくれるぜ、首領‥‥ッ」
直接の答えは返らなかったが、その言葉で十分だ。首領。あの忌々しい盗賊団どもが、一体どんなメッセージを寄越したというのか。
キーオはじっと、シルレインの手の中の潰れた羊皮紙を睨みつけた。彼にはやっぱり読めなかったけれど、そこにはこう書いてあったのだ。
『テメェの大切なもの、まずは二つ。黒猫の解毒剤は何処にあったか覚えてるか?』
覚えてるさ、とシルレインは忌々しげに呟いた。レイリーの毒で殺されかけた黒猫をすくう為、解毒剤になる花を採りに行ったあの森。これはあの森にシルレインを呼び出すものに相違なかった。
●リプレイ本文
ギリ、と唇を噛み締める音が酷く大きく響いた。
(く、ニナ殿がまたも‥‥)
かつて3度、彼女は命を狙われた。2度は自分や仲間と救い、残る1度は左足と引き換えに生き残り。これで4度目、だがさせてなるものかとエリーシャ・メロウ(eb4333)は馴染みの少女の顔を思い浮かべる。その思いでエリーシャはニナや盗賊の特徴を捉えた似顔絵を描き、さらにニナの衣類を借りて愛犬に覚えさせ。
そのエリーシャに助力を頼まれてやってきた木下陽一(eb9419)はと言えば、ああそう言えばこんな顔だった、とシルレインを眺めている。以前に会った時の印象は『昔の不良仲間に引き込まれそうになった球拾い高校球児』。いずれにせよ、知らない相手じゃない。ましてエリーシャの頼みなら助力は惜しまない、と盗賊との決着を強く誓う女騎士と、険しい顔の青年を見比べる。
「大体の場所は判りました。ですが人質を無事に助けるには少し、策略が必要ですね」
似顔絵を見終わり、相手が呼び出してきた場所を仲間に確認した白銀麗(ea8147)が、仲間を見回してそう告げる。チラ、と見たのは青い顔をしたキーオ。
真正面からぶつかっても戦力的に厳しい相手、さらに極悪非道の二つ名で呼ばれる盗賊団。つけこむ場所があるとしたら、盗賊団の身内意識の強さ。幸い銀麗はミミクリーを習得している、キーオに以前捕えた盗賊に変身してもらい、人質交換を持ちかければ2人の命の時間稼ぎが出来るかもしれない。
そうね、と頷いた加藤瑠璃(eb4288)が忌々しげな息を吐く。ニナとカタルスまで巻き込むとは、強奪騎士団、見下げ果てた外道な連中だ。逃がすわけにはいかない――何としても。
だがキーオの意思もある。提案を聞き、さらに顔を青くしたキーオにモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)は気遣わしげな眼差しを向けた。
「キーオ殿はどうしたい?」
冒険者すら梃子摺る相手だ。迷いがあれば命の危険が増すだけだろう。だが彼の胸中を考えれば、どうしてもその場に立ちたいという思いはあるだろうし。
しばしの逡巡の後、キーオはかすかに震えながらも「やります」と頷いた。自分で、役に立てるのなら。そう言った2番弟子の背中を叩き、フォーレ・ネーヴ(eb2093)がそれで良い、と頷いた。まずは自分に出来る事を確実にやっていく事が大切だ。
とにかく時間が惜しい。それぞれの移動手段で目的地へと向かう中で、フォーレは1番弟子を振り返り、改めて強奪騎士団の獲物や特徴を確認する。特に飛び道具を使う人間が居るかどうか。それによって、救出作戦はまったく方向性が変わってくるからだが、生憎彼も知らない、という。
馬を走らせながらシルレインは唇を噛み締め、俯いた。今度こそ、何としても盗賊団を捕えるのだ。誰もがそう考えているように、彼もまた強くそれを願っていた。
◆
狼の四肢で草を蹴散らし、魔法で変化した銀麗は森を走る。当初は大鷲に化けてみたものの、森は深く、上空から地上を見透かすのは難しかった。
故に狼の姿で地上を、まずは解毒草が生えていると言う場所を目指して。その間も辺りの匂いや気配に十分注意して、新しい人間の匂いがないかを確かめながらひた進む。
残る者達は森の入り口で銀麗の帰りを待ちながら、人質の救出について作戦を相談する。詳細は銀麗の情報を待つにしても、ある程度までは役割分担をしておいた方が良い。
「私はニナさんを担当するわ」
「僕はカタルス君を助けるよ。シルレインにーちゃんは出来るだけ時間を引き延ばして、ね?」
瑠璃とフォーレの申し出に、それが妥当だろう、と頷く。2人が同じ場所に捕えられているとは限らないし、見張りは確実についているはずだ。そして救出後、速やかに安全な場所に2人を避難させる必要もある。
だが大人数で救出に向かっては、助け出す前に見つかるかも知れず。呼び出しを受けた当のシルレインは確実に盗賊団との交渉に回った方が良いし、幾度も盗賊団と顔を合わせているエリーシャもその場に居た方が良いだろう。
それで良いかと確認し、了承を得て先にキーオの弓を預かる。捕まっていた盗賊が武器を持っていてはおかしい。だがいざと言うときには返すと告げると、逆に少年は不安そうな顔になった。
武器を持ち、人を傷つける事。それに恐怖を覚えるようになったのなら、キーオは1つ成長したと言う事だ。モディリヤーノは肩を叩いて「わざと外して罠に誘導するとか」と励ます。もし今、何を犠牲にしてもやり遂げる覚悟があるかと聞いたなら、違う答えが返ってくるだろうか。或いは真の覚悟を備えた答えが。
やがて狼の姿をした銀麗が帰ってきて、盗賊団と人質を発見した、と告げた。人質の2人は首に縄をかけられて、その先を枝に括り少しでも体勢が崩れれば首が絞まるような状態で立たされていると言う。
卑劣な、と冒険者達から漏れる舌打ち。いつからその状態で立たされているのかは不明だが、2人の体力が尽きればそこで終わりだ。
銀麗から森の中の様子も詳しく聞いていた陽一が、解った、と頷いた。彼は森の植生などには詳しく、初めて入る森でも大体辺りの木々や植物の様子から勘を働かせて進む事が出来る。他にも若干詳しい者は何人か居るし。
改めて手順を打ち合わせ、魔法で盗賊の姿に変化したキーオにフォーレは告げる。
「キーオ兄ちゃん。盗賊団を発見しても焦らない事だよ♪」
何度も教えてきた基礎はしっかり復習した。注意事項も叩き込んだ。今のキーオならばきちんと実践できるはずだ。師匠の言葉にキーオは頷き、エリーシャの元に向かった。すぐに解けるように、だが傍目にはしっかりと縛り、盗賊の元まで移動するのだ。
フォーレと瑠璃にも変化の魔法はかけられている。恐らく救出可能な距離まで近付く事は難しい。故に変化の魔法で手だけを伸ばし、遠距離から人質救出を狙う――叶うならば傍に居るであろう盗賊にも、一太刀なりとも浴びせられれば。
だが何より大切なのは、ニナとカタルスを無事に取り戻す事だ。
◆
エリーシャの犬と銀麗、そして陽一を先頭に森の中を進んだ。道中、魔法で呼吸探査や透視を行って潜んでいるものが居ないか警戒する事も忘れない。足元にも盗賊団が仕掛けた罠があるかも知れない――森の猟師が仕掛けたものならある程度は判るが、盗賊団相手ではさらに用心が必要だろう。その辺りはフォーレとシルレインも警戒する。
さらにあちらには毒使いも居るので空気の淀みも探った。閉鎖空間ならばともかく、森の中にただ撒いただけなら毒の効果も薄れるが、触れた拍子に毒を散布する罠があれば、瞬間的に高濃度の毒に晒されるだろう。
だが逆に、道中は無事かもしれない、とエリーシャは考える。
(斯くも手間を掛ける以上、シルレイン殿を即座に殺すつもりはないでしょう)
わざわざ人質を取ってまでして呼び出した相手を、ただあっさり切り捨てるとは、かの盗賊団の性格上考えられない。だからこそ人質を救い出す好機がそこにある、と考えられるわけだが。
そろそろです、という言葉にテレパシーリングを発動させる。銀麗が再びミミクリーを唱え、狼に変化して盗賊団の背後を目指して走り出した。瑠璃がミラージュコートで姿を消し、気配を殺して人質救出の場所を見定め動き出したフォーレの後をついていく。
インビジブルの効果は長くない。その度木陰などに隠れてインビジブルを発動しなおし、頃合を見て富士の名水を飲み干した。絶対に気付かれる訳には行かない。瑠璃とフォーレの動きがばれれば、人質だけではなく仲間の身も危険に晒される事になる。
陽一は3人の後ろに立ち、いつでも魔法で攻撃出来るよう身構えている。元々彼は視力が良く、透視魔法も持っているので視界確保には困らない。合図を待ってる、と告げた青年にエリーシャは頷き。
「よぅ、遅かったじゃねぇかシルレイン」
覚悟を決め、姿を現した青年に、男は凄みのある笑みを見せてそう言った。強奪騎士団を名乗る盗賊の首領。ざんばらの髪に頬の傷が禍々しい男。
むくつけき男達の只中で、少女がぱっと顔を輝かせ、シルリィ、と笑った。無邪気にすら見える笑みだが、彼女こそがシルレインに執着する毒使いレイリー。シルレインの大事なものを全部壊す、と宣言したその人でもある。
盗賊達の向こうに憔悴した様子のニナとカタルスが見えた。どちらも体力の限界は近そうだ。それを確認し、此処からは見えないどこかに救出の仲間が居ることを信じながら、エリーシャは一歩進み出た。
「交渉に来ました。そちらの要求次第では、この男を解放しても良いと考えています」
「ほぅ? そんな都合の良い話を信じると思ってるのか?」
「かつて騎士の道にあったならばそれなりの誇りを見せてはどうです」
エリーシャの言葉に、ニィ、と首領が笑った。奪いつくす事が誇りと叫ぶ強奪騎士団の、素性はかつて取り潰され追われた騎士らしいが、はっきりいって興味はない。たとえ地位を追われても、心が誇り高くあれば騎士の道は貫けるはずだ。それが出来なかったと言う事は即ち、この男は騎士道から逃げ出したに過ぎない。
だが今、彼女が為すべきなのは人質を助けるまでの時間稼ぎ。その為に彼女は、口が過ぎました、などと思ってもいない言葉も口にして、何とかこちらに気をひきつける。
幸い、首領はこの交渉に興味を持ったようだ。恐らく、最後には圧倒的に自分たちが優位だと信じての事だろう。時にシルレインやキーオ(の化けたスネーク)にも嘲るような言葉を掛ける。彼に縄だけでなく猿轡も噛ませていたのは幸いだった、もし何もないままだったら反応の薄さにあっさりニセモノと見破られただろう。
じりじりと機を測る、それは救出班も同じ。こちらは特に連携が大切だ。フォーレが木陰に身を潜めたのを確認した銀麗は、姿を消した瑠璃が同じく配置に付くのに必要だろう時間を待って、素早く人間の姿に戻ると同時に高速詠唱でディストロイを唱えた。狙うはニナの首を戒める縄。次にカタルスの。
びく、と人質二人が身を震わせ、破壊音に盗賊達が一斉に振り返った。それを待たず、フォーレと瑠璃がかけて貰った変化の魔法で両腕をぐんと伸ばし、それぞれの担当の相手を引っつかみ、引き寄せる。
「助けに来たわ、歩けるッ!?」
「カタルス君、僕の背中に捕まって!」
突然の出来事に混乱する相手に呼びかけると、あ、と目を見開いた後にあたふたと行動をし始めた。だが盗賊達も馬鹿ではない。一瞬の沈黙の後、それぞれに得物を抜いて人質を追いかけ始める。
く、と瑠璃もニナを背中に背負い、フォーレと共に走り出した。空飛ぶ絨毯で逃げられれば一番良いが、ここは森の中。木々が邪魔で絨毯が広げられず、已む無く安全圏まで救い出した2人を背負い走るしかない。
そのままなら無論、あっさり追いつかれただろう。だが銀麗とモディリヤーノがすかさずフォローに回り、攻撃魔法を唱えて追っ手の行く手を阻んだ。さらに陽一もヘブンリィライトニングを唱える。幾つかの雷は木々を倒すには到らなかったが枝を落とし、無事に直接届いた幾つかが盗賊達の足を止め。
なるほど、と首領が笑う。にやりと、凄みを帯びた顔で。
「時間稼ぎ‥‥そうかも知れねぇと思っちゃいたが、な」
やるじゃねぇかと、首領は傍らに突き刺していた剣を引っこ抜き、ゆらり、と立ち上がった。立ち上がり、最早変化をといて震える手で弓を持つキーオと、ギリギリと睨みつけるシルレインを見、最後に怒りに燃える眼差しの女騎士を見て。
女如きが勝てると思ってんのか、と吐き捨てた言葉に、最早エリーシャは遠慮しない。
「騎士道から逃げた者と騎士道に生きる者、どちらが強いか分からせてくれよう!」
「ほざけッ!!」
気迫と共に吼えた女騎士を、せせら笑うように首領は犬歯をむき出しにして叫び、同時に手にした剣を鋭く突き出した。ガキンッ! ギリギリで受け止め、弾く。さらに返す剣を避ける。
性根は見下げ果てたものといえ、戦闘能力で侮れない相手。生きて捕えるつもり、では逆にこちらがやられる。殺すつもりで全力で――運が良ければ生きて捕縛。その位でなければ。
何とか無事な場所まで助けた2人を逃がし、後をフォーレに任せて戻ってきた瑠璃が、オーラ魔法を発動させてその真剣勝負に助太刀する。人質を追おうとしていた2人の男も、すでに冒険者と戦う意志を固めている。魔法で向けられる攻撃を気合で跳ね飛ばし、迫り来る盗賊に他方から仲間が攻撃魔法を仕掛けて凌ぐ。その繰り返しだ。
キーオが震える手を宥めすかして弓を引き絞り、盗賊の1人に向かって矢を放った。当たらない。チッ、と軽く首を動かし避けた男に、すかさず銀麗と陽一が魔法を集中させて。
まずは1人。首領と女騎士達の戦いはと見やれば、激しい剣戟の中で互いに傷を増やしている。やれるか。いや、まだ決着は付かないか。
そこで動いたのが――レイリー。
「飽きちゃった」
少女は無邪気にそう言い放ち、何かを放って寄越した。ハッ、とモディリヤーノがレイリーに魔法を放つ。幾度かも彼女を攻撃し、その度に傍らの男が防いでいる。同じ様に魔法の刃は男に防がれ、レイリーはそれを完遂した。
ポムッ、と俄かに立ち上る煙。見た首領が目を見開き、それから流石は俺の娘だ、と笑った。
「パパ、バイバイ。行こ、イーグル」
「あぁ‥‥良くやった、レイリー‥‥ッ」
言い終わる前に、首領はカハッ、と赤い血を吐いた。冒険者が目を見開き、口元を押さえる。空気散布の毒。瞬発性ならば、その効果は十分に発揮できる――そして彼女は毒使い。
モディリヤーノが魔法を放った。攻撃の為ではなく、辺りの空気を拡散させる為に。解毒薬を口に押し込む。押し込み、無邪気に養い親を死に追いやった少女に叫ぶ。
「シルレイン殿と共にいたいのなら、そこを離れようという事は少しも思わなかった!? 母親は今でも君を捜しているのに」
「ハハオヤ? だぁれ?」
クスクス、少女は可笑しそうに笑った。物心つく前から盗賊団で育てられ、愛されてきた少女にとって、家族は盗賊団の男達だけ。その男達ですらあっさり毒殺してしまえる程に、彼女の心は病んでいるのか。
軽やかな笑い声と共に少女と禿頭の男は去った。いつの間にか、捕えられなかった残る1人も消えている。残されたのは血を吐き倒れた首領と、捕えられたままやはり血を吐き事切れた盗賊1人だった。
◆
その後、消えた少女らがどこに行ったのかは不明だ。だが、無事に取り戻した『大切なもの』を前に青年と少年、そして冒険者達は誓う――必ず見つけ出し、捕えるのだと。
きっとその傍らには、取り戻した2人が居てくれるのに違いないから。