母の腕は今いずこ‥‥?
|
■ショートシナリオ&プロモート
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月21日〜11月26日
リプレイ公開日:2008年11月26日
|
●オープニング
ローゼリット・ジュレップは悩んでいた。この3ヶ月ばかりずっと、彼女の15年に過ぎない人生の中で、これほどに悩んだ事は恐らくないほどに悩み続けていた。
彼女の前には重厚な木の扉があり、その向こうは弟のアルスの部屋だ。今は勉強をしている時間。今年8歳になるアルスの、それが日々の日課。
わずかに息を整え、小さくノックする。中から「はい!」と幼いアルスの声が返ってくるのを待ってドアノブを引く。たとえ家族であっても礼節はきっちりと。それがローゼリットの信念だ。
ドアを開いた向こうには予想通り、床に座り込んだアルスと侍女が、子供向けの本を間に向き合って座っていた。文字の勉強をしていたようだ。
訪れたローゼリットに、彼女と歳近い侍女のまっすぐな眼差しがじっと向けられ、
「ローゼリット様」
アルスが他人行儀に瞳を伏せる。
彼女はため息を吐きたい気持ちをぐっと堪え、努めて穏やかな笑みを浮かべた。だが、視線をゆっくりと動かし、暖炉の上に飾ってある木彫りの玩具を見てまたため息を吐きたくなる。それは彼女が、これならアルスも喜んでくれるだろうか、と手づから市場で購入したものだったのだが。
「アルス。しっかり学んでいましたか」
「はい、ローゼリット様」
「先日上げた玩具は、そなたには退屈でしたか」
「いいえ。ローゼリット様から貰った玩具を、うっかり壊してはいけないと思って」
それで暖炉の上に飾っている訳らしい。
気遣われている、と言えば聞こえは良いが、つまりアルスにとってローゼリットは
(まだ他人、なのですね)
それもこんな幼い子供が遠慮を覚える程度に、彼にとって自分は縁遠い存在と言うわけで。
つまる所、これがこの3ヶ月ばかり彼女の頭を悩ませている問題だった。
アルスは、正確にはローゼリットの従弟に当たる。一応は貴族に名を連ねるジュレップ家の次期当主と目されていたローゼリットの父の兄は、けれど身分違いの恋に走って出奔した。その伯父の子がアルスだ。
以来、とある村で身分を捨ててひっそりと暮らしていたのだが、3ヶ月前、伯父が不慮の事故で亡くなり、自分一人では育てられぬと悟った母親はアルスを手放す事を決めた。託されたジュレップ家はアルスをローゼリットの弟として迎え入れ。
そうして今、現在に至る。
「あたくしに至らない所があるのでしょうか」
ため息混じりに弱音を吐いたローゼリットに、髪を梳る侍女は苦笑を返す。ニナと言う名の侍女は髪を結うのが得意で、とても優しい心根の持ち主だ。アルスも良く懐いている。
ニナはゆっくりと髪を梳りながら笑って首を振った。
「そんな事ないですよー。お嬢様は良くなさってると思います」
「ですがアルスは、未だにあたくしを他人だと思っているでしょう」
「あははー‥‥」
それは否定できない事実だったので、ニナは笑って誤魔化した。他人どころか多分、別の世界の生き物位に思っていると言ったら多分、ローゼリットは傷つくだろう。
何しろ、ただの村の子供として育った少年が、いきなりこれからあなたは貴族です、と言われたのである。どっちかと言えばアルスの気持ちの方が、侍女のニナとしては強く共感出来るのだった。
ニナは梳った髪をまとめながら、そう言えば、と首をかしげる。
「お嬢様。坊ちゃまのお母様はどうされてるんですか?」
「行方不明です」
「‥‥え?」
「アルスを当家に預けて以降、足取りがまったく掴めておりません」
「それ、は‥‥」
ローゼリットはさらりと言ったが、結構、いやかなりヘビーな内容ではないだろうか。
「坊ちゃまはその事を‥‥」
「知りません。ニナ、そなたも言ってはなりませんよ。ただでさえ慣れぬ環境にあるアルスに、これ以上無用な心配をさせたくはありません」
「ですよねぇ‥‥」
心配するだけなら良いが、この状況でその情報はむしろアルスに、母親に捨てられた、と思わせかねないだろう。そうすれば、端から見ても日々緊張に神経をすり減らしている幼い少年は、挫けて二度と立ち上がれないかも知れない。
判りました、とニナはしっかりと頷き。頼みましたよ、とローゼリットが念を押す。
その二人のやり取りを、物陰からこっそり見つめている二つの瞳。
数日後、真っ青になったニナによって、ローゼリットの元に一通の手紙が届けられた。
『ローゼリットさま ぼくは いえに かえります
ニナ あそんでくれて ありがとう』
幼く拙い字で綴られた言葉と、忽然と屋敷から姿を消した幼い少年。屋敷の者は少年が忍び出て行くのに誰も気付かなかった。
「何てこと‥‥ッ! 誰か‥‥誰かアルスを探してください‥‥ッ!」
顔色を紙のように白くしたローゼリットは、そう叫ぶなり自身も弟を捜しに行こうと屋敷を飛び出しかけ、すんでの所で使用人達に押し留められたのだった。
●リプレイ本文
ジュレップ家を訪れた5人の冒険者を、依頼人の侍女ニナが出迎えた。
「ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げて感謝を述べ、お嬢様の所にご案内しますね、と明るく笑って冒険者達を促す。促し、先頭に立って歩きながら、
「皆様が来て下さって助かりました。坊ちゃま、結構微妙なお立場なんですよ〜。大奥様、坊ちゃまのお祖母様なんですけど、その方が坊ちゃまの事をお嫌いなんで、あんまり捜索に人が割けなくて。それでお嬢様はマジ切れしちゃうし、奥様と旦那様は御領地に視察に行かれててお留守だし」
明るく、かなりプライベートな内情を暴露した。良いのか、侍女。
だがニナは、思わず心配する冒険者達に、良いんですよ〜、と笑う。
「お嬢様があたしに、皆様に事情をご説明するように、って仰ったんですから」
多分そのお嬢様も、ここまであっけらかんと内情をばらされるとは思っていなかっただろう。
案の定、辿り着いた部屋で待っていたローゼリットは、ニナが冒険者に語った事を聞いて複雑な表情になった。だが気力で立ち直り、冒険者達に向かって一礼する。
「ようこそお越し下さいました。ローゼリット・ジュレップと申します。どうか皆様、弟を宜しくお願い致します」
仕草こそ優雅だが、表情には弟を案じる色が濃い。
晃塁郁(ec4371)は頷いた。
「恐らくアルスさんが向かう場所と言えば、自分が住んでいた家の他は思いつかないと思います。ローゼリット様、アルスさんが住んでいた村はどちらになりますか?」
「ウィルから馬車で1日程の場所にある村と聞いています」
「このお屋敷へはお母様に連れられてきたでしょうけれど、一度で道を覚えられるものでもないでしょうし。ニナさん、アルス君とは村への道の話をした事あるかしらね?」
「いえ、坊ちゃまは元のお家の事は全然お話しになりませんでしたし」
ミーティア・サラト(ec5004)の質問にはニナがフルフル首を振る。するとラマーデ・エムイ(ec1984)が聞込み用にアルスの似顔絵を描きたい、と言うのでニナはそちらに協力することになった。他にも色々確認したい事がある、と言うラマーデをアルスの部屋に案内する為、ニナは部屋を出て行く。
二人を見送ったセイヴァー・アトミック(ec5497)が呟いた。
「馬車で1日‥それ程近ければ既にそちらに向かっている可能性もありますね」
「ええ、普通に村に育った子なら、荷馬車に潜り込む知恵もあるでしょうし。時に、この3ヶ月は他人行儀なまでもずっと此方にいらしたのに、急に飛び出した理由には何か心当たりはおありですか? それが解決しなくば、例え見つけてもまた同じ事の繰り返しになるやもしれません」
ギエーリ・タンデ(ec4600)が首を傾げて尋ねれば、少女は瞳に後悔の色を浮かべて頷いた。アルスが居なくなる前日、アルスの母が行方不明だとニナに告げた事、もしかしたらアルスはそれを聴いていたのかも知れない事を話す。
生みの母の失踪。それを知った少年が、生まれ育った家に戻って母の姿を確かめよう、と望むのは当然の衝動かも知れない。
先ずは事前に話し合った通り、ギエーリが一足先にアルスが暮らしていた家へ向かう事にする。その後を残る4人で、アルスの手がかりなどを探しながら追う。上手く見つかれば良いのだが。
手がかりに塁郁はアルスの手紙を借り、ボーダーコリーに匂いを覚えさせた。友達を訊ねたミーティアの質問には否定が返る。彼はこの屋敷に来て以来、せいぜい庭で運動する位で、後は大人しく自室に居たらしい。
あまりにも、子供にしては不自然過ぎないだろうか。冒険者達は首を傾げたが、ローゼリットは疑問を抱いていない様子だ。それが貴族と言うものなのだろうか。
だが、この様子ではアルスが無事に戻っても。
「ローゼさん。無事見つかったらちゃんと抱き締めて喜んであげて、勝手に出て行った事を自分でちゃんと叱ってあげたらどうかしらね? こんな時まで礼儀に拘っては、アルス君には本当に心配されてたか分からなそうだものね」
ミーティアがおっとりと言ったのに、ローゼリットは目を見張った。叱る? と心底驚いた様子で繰り返す。
そうです、と塁郁やギエーリ、セイヴァーも言葉を添える。
「アルスさんがローゼリット様の本当の家族だったとしまして。家の人に心配をかけた家出するような子供には、どう接しますか? アルスさんの事が心配でしたら、目一杯叱って怒って抱きしめてみてはいかがでしょう? 置き手紙を残したのは、心のどこかで構ってもらいたいとアルスさんが思っているからだと思います。自分がどれだけ心配して、どれだけアルスさんを家族として愛しているか。それを表現してアルスさんと家族になるのは、今からでも遅くはないと思いますが、判断はお任せいたします」
「僕からもひとつご提案が。連れ帰った後、全てを話しては如何でしょう? 無論彼を案じての隠し事だと重々承知しておりますが、そもそもご家族の間で隠し事は禁物。事此処に至ってこれ以上は逆効果です。その上で母君を全力で探すとお約束される事。そしてもし出来るなら、母君が戻られた時すぐ分かるよう元の家の近くに別邸を設け月に幾日かは共にお住まいになる‥というのは?」
「そうですとも。お姉さんもそう構えずに少年と付き合ってあげて欲しいものです。片一方が警戒してしまえば、相手も警戒してしまうものですよ?」
冒険者達の言葉は、一つ一つがローゼリットにとって新鮮なものだった。まだ15年しか生きていない少女にとって、経験豊かな冒険者達の言葉はまさに、学ぶべき所の多い貴重なもの。
ローゼリットはしばし、沈黙してその言葉の一つ一つを理解した。理解して、少女は深い感謝を込めて冒険者達に礼を取る。
「お言葉、心より感謝致します。やはり、あたくしに至らぬ点があったのですね。アルスが戻ってきたらきちんと話をしてみようと思います」
その為にもどうかアルスを見つけてください、と。
再度深く頭を下げたローゼリットに、全力を尽くす事を冒険者は約束したのだった。
ラマーデもまたニナに、ローゼリットへの伝言を告げていた。
「あんな接し方じゃ、幾らロゼさんが弟だと思っててもずっと村の子だったアルス君には伝わらないわよ? いずれ貴族教育するとしても、ちゃんと家族に為るまではアルス君に合わせてあげた方がいいんじゃないかしらねー?」
「そうなんですよねぇ。でもあれ、お嬢様の素なんで」
相槌を打つニナは、さらりと酷い事を言いながらアルスの衣服や好物のお菓子などを用意し、ラマーデに託す。似顔絵は無事完成した。なかなかそっくりだ。
預かった物を仕舞い、ペットのオロにアルスの寝台の匂いを覚えさせながら、ふとラマーデは声を潜めてニナに囁いた。
「ね、ニナちゃん、その後大丈夫?」
以前ラマーデはニナに関する依頼も見た事があり。さらには彼女の知り合いがニナの命を救った事もあって、その彼女もその後を心配していた。
尋ねられたニナは僅かに目を見開き、かつて出会った冒険者の名前を聞くとふわりと嬉しそうに笑った。そっと左足を撫でる――上手く動かないのか、歩く時に引き摺っている。
そしてニナは、ラマーデを見て明るく笑った。
「大丈夫です! でもあたしの足、こんななんで、坊ちゃまを捜しに行く事も出来なくて。だから」
どうか坊ちゃまを宜しくお願いしますね、と。
笑ってニナは頭を下げた。
さて、ギエーリはアルスが住んでいた村に直行した。向こうで村人に聞き込みしつつ、元の家で待機する予定。
残った冒険者達は、まずは屋敷をぐるりと囲む塀を調べる。常に門衛も居るのにアルスが居なくなった事に誰も気づかなかった、と言う事は塀を乗り越えて行った可能性が高い。案の定、庭の隅の目立たないところに生えている木の枝が折れているのが見つかり、その傍の塀の上には何かが擦れた跡があった。
そこを起点に、オロとボーダーコリーの鼻を頼りに、アルスの捜索を開始する。
少年が姿を消したのは夜中。さらに出来るだけ身を隠して移動したようで、屋敷周辺を聞き込んでみても目撃者は見つからない。ラマーデの似顔絵にも首を振るばかりで、少年がろくに外に出かけなかった、と言うローゼリットの証言を裏付ける形となった。
2匹の犬は必死に匂いを辿りながら、市場の方へと向かう。それはアルスの住んでいた村とは逆方向だが、
「母親と来た時は、前日に宿を取ってから屋敷に行ったのかも知れませんね」
セイヴァーが推測した。もしそうなら、母親と辿った道程を逆に進んでいるのだと思えば辻褄は合う。
市場に近付くにつれて人は多くなり、アルスの匂いを辿るのも困難になってきた。2匹が迷ってウロウロする時間がだんだん長くなる。
仕方なく、一旦匂いを辿るのを中止して、手分けして聞き込みする事にした。これだけ人が居るならば、アルスを目撃した人間も居るだろう。
案の定。
「ああ、その坊主。俺、荷馬車に乗せてやったぜ」
半日も聞き込みをしていると、そんな人物に行き当たった。似顔絵を見せても、間違いない、と頷く。
「勝手に潜り込んでやがってよ。聞けばおっかさんとはぐれて村に戻る所だって言うし、乗っけてくれりゃ働くってんで、村まで水汲みやら何やら頼んだんだが――もしかして家出かい?」
不安そうに尋ねた男に、冒険者達は曖昧に言葉を濁して情報への礼を言った。家出、には違いないのだが、目的が『家に帰る事』なのだからして、単純に家出とも言い難い。
男は昨日アルスと別れ、ウィルに戻ってきたらしい。アルスは母親には再会出来なかったが、村で帰って来るのを待っている、と言ったそうだ。
こうなれば、先行したギエーリは有難い。無事アルスを保護出来れば良いのだが。
冒険者達も後を追うべく、目的の村へ行く馬車を探し始めた。
翌日、一足先に付いたギエーリによって、アルスは無事保護された。青褪めて、落ち着かない様子で座っていたアルスは、追ってやって来た冒険者達にビックリして目を丸くし、次いでその後ろから現れた人物に
「ローゼリット、様?」
ギクリと身体を強張らせ、泣きそうな顔になる。
結局、村まで行く馬車を見つけられなかった冒険者達は、ジュレップ家に馬車を出して貰えるか相談した。結論から言えば可。ただし条件は、ローゼリットを村まで連れて行く事。
止めたものの彼女の意思は固く。またアルスを直接迎えに行く事は彼らにとっても良かろうと、冒険者達はその条件を受け入れた。そうして丸1日、馬車を走らせ。
ローゼリットはアルスの前に居る。
アルスはガチガチに畏まって、ローゼリットを窺う様に見た。その表情は何を考えているのか、すぐ傍に居る冒険者にも読み取れはしない。
そして。
「一体どれ程そなたの身を案じたと思っているのです!?」
ローゼリットは鋭く右手を閃かせ、アルスの頬をパシリと打った。少年の目が丸くなる。
「ロ、ゼリット、様?」
「母君に会いたくばそう申しなさい! 黙っていては判らないではありませんか!」
「は、はい!」
「‥‥そなたの大切な母君でしょう!?」
言葉に、嗚咽が混ざった。アルスの目がますます丸くなり、ローゼリットを見上げる。
泣き顔を隠す様に、ローゼリットはふわりと腰を屈め、小さなアルスをきつく抱きしめた。
「そなたの大切な母君ではありませんか。ならばこのローゼリットが必ずや、そなたを母君に会わせてみせましょう」
「‥‥はいッ、ローゼリット様‥ッ」
誓いの様に囁かれた言葉に、アルスの瞳が涙で潤む。たちまち声を上げて泣き出した少年に、セイヴァーが告げる。
「アルス君。母親というものは、腹を痛めて産んだ子を捨てることなどできないのですよ。君にだけは幸せになって欲しい、と願ったからこそこちらのおうちに預けられたのでしょう」
告げられた言葉はアルスの胸の中に落ち、更なる涙を溢れさせる。身も世もなく泣き続けたアルスの涙が枯れるには、夕暮れを待たなければならなかった。
翌日、二人をウィルの屋敷まで送り届け、冒険者達の依頼は終了した。はずなのだが、何故か屋敷の中にはセイヴァーの姿があった。
「さて‥一息ついたところで、ニナさんでしたかな? 一杯お酒でもいかがです?」
「え、あの、あたし‥‥」
その結末がどうなったのかは、勿論、依頼とは何の関係もない話である。