思い思われ、恋焦がれ‥‥

■ショートシナリオ&プロモート


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月15日〜11月20日

リプレイ公開日:2008年11月19日

●オープニング

 その日、冒険者ギルドを訪れた依頼人は、色々な意味で周囲の目を引いてやまない御仁だった。
 『美しい』と言うよりはいっそ『妖艶』とでも表現した方が相応しい、実に艶かしい美貌をもった女性。腰の下まである長い黒髪は、ただ梳られただけでわずかにも結われた様子はなかったが、逆にそれが女性には良く似合っている。
 身につけた衣装は目のやり場に困る、つまりは非常に露出の高いもので。大胆にカットされた胸元と、歩くたびに太ももまで露わになる深い切れ込みの入ったスリットが、否応無しに周囲の好奇の視線を引いてやまない。
 あまたの依頼人が訪れる冒険者ギルドにおいてもそれは変わらず、その女性が姿を現した瞬間、その場にいた男性職員は揃って視線を釘付けになった。書類作成や受付整理などをしていた手がピタリと止まり、女性の一挙手一投足に至るまでごくりと息を飲んで見つめている。
 もっとも女性の方は慣れっこのようで、周囲からガンガンに向けられる視線をそよ風ほどに気にした様子もなく、空いていた受付カウンターにひょいと腰掛けて大胆に足を組んだ。うおおぉぉッ!? と男性職員の小さなどよめきが、見えそうで見えない禁断の聖域へと集中する。
 そんな男性陣の殺意にも似た羨望の視線を一身に浴びて、女性の座ったカウンター担当の受付嬢は半眼になって背後を振り返った。

「仕事中ですけど?」
「う‥‥ッ!」

 後ろめたそうに視線を逸らし、コソコソ各自の仕事に戻っていく男性陣。それでも名残惜しそうにチラチラとこちらを見るぐらいは仕方があるまい。
 受付嬢はため息を吐き、この妖艶なる依頼人に向き直った。

「‥‥大変お待たせ致しました。それで、本日はどういったご依頼で?」
「ちょいとね、懲らしめて欲しい奴がいてね」

 後で男性陣をどうしてくれようか、と胸のうちで考えながら営業スマイルを浮かべる受付嬢に、依頼人はひょいと肩をすくめてプカリと手にした煙管を吸う。吸って、紫煙を吐く。その仕草すら艶かしく、どうしてこうフェロモンダダ漏れなんだか、と受付嬢は恨みがましく考えた。勿論何も言わなかったが。
 プカリ、プカリと煙管を口に運びながら、依頼人は語り出した。

「アタシはフィレナって言って、華艶楼って娼館で働いてるんだがね。アタシの妹分のユーレリアがちょいとやっかいな客に気に入られっちまってさ。こちらの冒険者さんの力を借りたいんだよ」
「はぁ‥‥と言う事は、懲らしめて欲しいと言うのはそのお客様の?」
「ああ。ま、こんな商売だ、ヤバイ客なら幾らでも居るさ。それでオマンマ食ってんだから文句を言う筋合いでもないさね。だがその客はそういうんじゃあないのさ」

 フィレナは吐き捨てるように言い、目の前にその男が居るかのように顔を歪めた。

「アタシら商売女は閨の中じゃ、惚れたやら愛してるやら言うさ。客を送り出す時は『次はいつ来てくれるんだい』『アタシの事を忘れておくれでないよ』って客の気を引くもんだ。もちろんその場限りのモンだがね。だが一ヶ月ほど前にユーレリアが取った客は、それを本気にしちっまったみたいでね」

 ユーレリア目当てで足繁く通ってくるまでは良い。だがユーレリアが他の客を取ろうとすると『ボクというものがありながら!』 と喚き散らす、さらにはユーレリアが接客真っ最中の部屋に飛び込んで相手の客に殴りかかること数回。
 たまりかねてユーレリアがやんわり、彼は客の一人であり特別な感情は持っていないことを言い諭せば

「『そんな嘘をつくなんて可哀想に。でも大丈夫だよユーレリア、ボクにはキミの本当の気持ちがちゃんと判ってるから。必ずボクがキミを助け出してあげるよ』っつって聞く耳を持ちやしなくてねぇ」
「そ‥‥れは確かに厄介なお客様、ですね‥‥」

 厄介と言うか、イタイと言うか。そう言う妄想は脳内だけで補完していてくれればいいのに。
 まったくだよ、とフィレナは苛立たしげに煙管を吸う。

「当然ウチは出入り禁止さ。だが相変わらずウチの周りをウロウロするは、他の客にある事ない事吹き込むは。昨日はついに、壁をよじ登ってユーレリアの部屋に行こうとした所をウチの用心棒が見つけてねぇ。このまんまじゃあいずれ取り返しのつかない事になる。その前に何とかしてもらえたら、って事で依頼に来たのさ」

 プカリ、と紫煙を吐き出しながらフィレナはまた大きく肩をすくめた。

「どうだろね。こんな依頼は受けてもらえるのかい?」
「はい、承りました。そのお客様の特徴などをお聞かせ願えますか?」
「ロベルトって名前のちっぽけな男さ。度量もちっぽけなら○○○も‥‥」
「すみません、ここは公共の場なのでそう言う発言は控えて頂けると。依頼にも関係ありませんし」
「そうかい? 必要かと思ったんだがねぇ。アンタ男運なさそうだしね、そう言う男は止めといた方が良いよ」
「余計なお世話です」

 受付嬢の冷静な言葉に、そうかい?とフィオナは妖艶に唇を吊り上げて笑う。
 そんな彼女から問題の客の特徴を聞きだすことが出来たのは、実にその後30分も経ってからのことだった。

●今回の参加者

 eb0605 カルル・ディスガスティン(34歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 華艶楼。そこは数ある娼館の一つであり、花街の一角に古びた石造りの佇まいで存在している。
 そこの娼妓である依頼人フィレナが妖艶を体現する女性であるとすれば

「この度は私の不始末で皆様方にご迷惑をお掛け致します」

 そう言って深々頭を下げた今回の被害者ユーレリアは、見ているだけで庇護欲を掻きたてる、とでも表現すべき女性であった。
 身に纏う衣装はやはり布の少ない、露出の高い物ではあったが、不思議と下品な印象は受けない。それは恐らく面に浮かぶ、穏やかな微笑のせいだろう。
 だが、その微笑にも翳りが見える。それは恐らく、隣に立つフィレナとの対比だけでは、ない。

「大変だな。話を聞いていると、ロベルトもいろいろな意味で哀れなやつだが」
「ユーレリアさんの事は私達がお守りしますので」

 クロック・ランベリー(eb3776)とアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)から自己紹介と共に向けられた言葉にも、穏やかに微笑んだまま「ありがとうございます」と頷いたが、その翳りは拭えず。

「‥カルル・ディスガスティンだ‥」
「‥‥これは?」
「‥銀は魔を退けるという‥キミもある意味‥今は魔に憑かれているといっても良いだろう‥」

 あまり人と話すのが得意ではないカルル・ディスガスティン(eb0605)が、銀のネックレスを渡してそう言った途端、ユーレリアは目を大きく見開いたかと思うと、ポロポロポロと涙を零し始めた。
 何か悪い事をしただろうか。贈り物でもして機嫌を取っておくか、と考えただけなのだが。
 あまり表情の出ない面の下で考えていると、アルトリアが少し慌てた様子で、ユーレリアさん、と呼ぶ。

「何か、お気に障りましたか?」
「いえ‥‥いいえ。すみません、私‥‥私、嬉しくて‥‥」
「銀のネックレスが、か?」

 クロックの言葉にユーレリアは一瞬首を振り、それから深く頷く。

「こんな事になって、お店にも女将さんにもフィレナ姉さんにも迷惑をかけて、私、申し訳なくて‥‥それなのに、こうして皆様に優しくして頂いて、こんな素敵なものまで頂くなんて、私、何て言ったら良いのか‥‥」
「馬鹿だねぇ、ユーレリア! アンタはアタシの妹分じゃないか、迷惑なんて思っちゃいないさ。ホラ、アンタが泣いてたんじゃあ、冒険者さん達が困っちまうよ! この方達は、アンタの為に来てくださったんだからねぇ」

 フィレナの暖かい叱責に、何度も頷きながらユーレリアは涙を拭う。それでも眦に新たな涙を浮かべながら、カルルの手から銀のネックレスを受け取り「ありがとうございます」と微笑む。
 わずかに翳りは残っているものの、先程とは比べ物にならない晴れやかな笑み。それを見れば、今まで彼女がどれほど思い詰めていたか、想像に難くなかった。




 フィレナとユーレリアから問題の男ロベルトの詳しい情報、娼館の見取りや生活範囲などを聞き、護衛範囲等の相談を済ませると、早速冒険者達は行動を開始した。
 紅一点のアルトリアは主にユーレリアの身辺警護。女同士だから遠慮は要らないだろう、とユーレリアに与えられた部屋に一緒に泊り込む様に頼まれた。
 ロベルトが窓から侵入を試みた事を鑑みれば、確かに同じ部屋の方が守りやすい。提案したのはフィレナだが、ユーレリアもまるで少女の様に手を叩いて喜ぶので、何となく断り辛くもある。
 半ばなし崩し的に同意して、案内されたユーレリアの部屋でアルトリアは、何か仕掛けられていないか、窓やドアの鍵は大丈夫か、などを確認した。多少強度に不安はあるが、体当たりされてもすぐに破れると言う事は無さそうだ。
 後は聞いた娼館の見取り図を頭に浮かべながら、侵入されるとすればどこか、万一の脱出経路などは? を見て回る。途中で幾人かの少女とすれ違った。娼妓達だろう。
 部屋に戻るとユーレリアは先程よりも派手な衣装に着替え、化粧の真っ最中だった。

「アルトリア様。私の仕事中は、別室にいらっしゃいますか?」
「いえ、いつ襲われるとも限りませんから」

 反射的にそう答えてからアルトリアは気付く。ユーレリアの仕事と言うと‥‥ナニですよね。仕事中と言うとつまり、ナニをアレする訳ですよね。
 だがしかし、アルトリアの役目はユーレリアの護衛。それに過去、仕事中にロベルトが乱入した事もある訳で。それを思えば、目を離すなど考えられない。
 だが、しかし‥‥

「そう言えばそうですね。さすがアルトリア様。今日のお客様は人が居てもお気になさらない方ですし、どうぞお願いしますね」

 ニッコリと嬉しそうに微笑んだユーレリア。この瞬間、アルトリアの運命は確定した。
 勿論誇り高き冒険者は任務を途中で投げ出したりはしない。しかし、色々な意味で彼女にとっては試練だった。




「騎士様、ステキだったわ〜♪ またいらしてね〜♪ 他の女に浮気なんかしちゃイヤよ♪」

 娼妓の甲高い声に見送られ、クロックは娼館から姿を見せた。ゆっくりと伸びをして、いかにも女遊びをしてきました、と言う雰囲気を必要以上に醸し出す。
 彼の役割は囮。娼館の客にある事ない事吹き込んでいると言うロベルトを誘い出すには、自らも客のフリをするのが一番だ。もちろん娼館にも許可は取っていて、今の娼妓も協力者である。

『良いかい、こちらの騎士様はユーレリアを助けに来てくだすったんだからね、しっかりサービスして差し上げるんだよ!』
『ハイ、フィレナ姉さん!』

 という事で一昨日も、昨日も、今日もしっかりサービスしてくれた。いや、具体的に何とは言えないが。
 不自然でない程度に辺りを見回し、辺りの人影を確かめる。昨日も一昨日も、ロベルトらしき人影は見ていない。別行動でロベルトを調べているカルルも、まだ本人は見つけていないらしい。ユーレリアに張り付いているアルトリアも見ていないと言っていた‥‥何やら複雑な表情をしていたが。
 だが今日は違ったようだ。目の端に、事前に聞いていた通りの小柄な男が、多分さりげなさを装って、実際には何か企んでいるのが丸判りの様子でクロックに近付いて来る。多分こいつ、あんまり賢くない。
 あえて気付かないフリをして様子を見ていると、ロベルトはクロックの傍に近寄ってくると

「騎士さん、ここの娼館から出てきたね」

 唐突にそう言った。ああ、と頷くとニタリと笑う。

「ボク、ここの娼館の事はなんでも知ってるんだ。騎士さん、一昨日から毎日通ってたね? でも止めた方が良いよ、あの女、病気持ちだから」
「‥‥ほう?」
「ここの女はみんな病気持ちさ。ユーレリアは別だけどね。ボク達は愛し合ってるのに、魔物憑きの女将がユーレリアを閉じ込めちゃったのさ」

 何だ、そのストーリー展開。
 その後、ロベルトはいかに自分達が固く愛を誓い合ったか、無理解な連中がいかに残酷に自分達を引き裂いたか、と言う事を延々と語ってどこかに姿を消した。ちなみに女将が魔物憑きなら用心棒は魔物の手先で、病気持ちの女達に客を取らせてメイディアに災いを振り撒こうとしている、と言う壮大な物語になっていた。

(こりゃやっぱり、ひん剥いた上で路上で放置、とかか?)

 クロックは白々明け行く花街で考える‥‥どうにも、説得なんて生温い方法では行動は改まりそうにない。




 さて、カルルはようやく現れたロベルトの尾行をしていた。
 これまでに周囲を聞き込んで、ロベルトの情報を可能な限り調べている。それに寄ればこの男、花街では結構な有名人。華艶楼に来るまでにもあちこちの娼館で問題を起こしている。

『やれ客を馬鹿にしてるだの、こっちは金を払って来てやってるんだだの、とにかく煩くてね。ユーレリアはあの男の理想だったんだろうよ』

 渋い顔でそう語ったのは別の娼館に勤める娼妓で、ついでに艶めいたお誘いも頂いたがカルルはきっぱり断った。自分は自分の仕事をこなすだけだ。
 ロベルトは自分がつけられているとは露程も思わず、まっすぐメイディアの一角にある集合住宅に入って行った。悟られないよう気をつけながら部屋を確認する。
 それから再び外に出てロベルトが仕事に出かけるのをまた尾行し、職場を押さえた所で集合住宅に舞い戻った。鍵空けスキルを立派に活用し、家捜しに精を出しては何かを見つけ、頭の中に叩き込む。良い子は真似しちゃいけません。
 目ぼしい物を探り終わると元通りに鍵をかけ、カルルは再びロベルトの職場に戻って観察した。ちなみに何かの事務所に勤めていて、30分ごとに隣に座る美人だが気の強そうな女に怒鳴り散らされていた。

(‥職場でのストレスが原因か‥?)

 あれだけ怒鳴り散らされていれば、商売とは言え従順で優しいユーレリアに惹かれ、妄想逞しくしてしまう事もありうる、のかも知れない。はた迷惑な事は変わりないが。
 一日を終えて家路についたロベルトを見届け、カルルは仲間の元に戻る事にする。
 必要な情報は手に入れた。後はどうやって任務を成功させるかだ。




 華艶楼には箱庭がある。
 勿論、不審者が侵入出来ないよう、そして何より娼妓達が逃げ出せないように高い壁でぐるりと囲まれており、それがますます玩具箱の中に居る様な気分にさせる。だがフィレナの様な特別な娼妓は別として、唯一の外界との接点である箱庭は、娼妓達の憩いの場所でもあった。
 その箱庭の中に設置されたベンチに、ユーレリアの姿がある。月精霊の光を浴びる彼女は美しい。胸元に輝く銀のネックレス。
 しばらくそうして夜風を受けていると、やがて壁の向こうからガサガサと音がした。音はやがて大きくなり、しばらく止んだかと思うと

「ブギャッ!」

 情けない悲鳴にドサッ! と鈍い音が続く。
 またガサガサと、今度は草木を掻き分ける音。

「イタタ‥‥ユーレリア?」
「‥‥ロベルト、様」

 現れた小柄な男の姿に、ユーレリアはほんの少し唇を噛み、縋る様に胸元のネックレスを握り締めながら名を呼んだ。嬉しそうにロベルトが顔を綻ばせる。綻ばせ、さらにユーレリアに近付いて来る。

「助けに来たよ、ユーレリア」

 当然の様にユーレリアの手を掴む。
 ユーレリアはロベルトの言葉に困った様に微笑み、きっぱりと首を振った。掴まれた手を振り払い、ロベルトから大きく身を離す。
 同時に、辺りに隠れていた3人の冒険者が姿を現した。素早くユーレリアとロベルトの間に割って入り、目つきを険しくして威嚇する。ビクリ、と怯えた表情になる男。
 どうやってロベルトを遠ざけるか? これは難しい問題だった。たっぷり仕入れて来た情報を元に脅しを、と言うカルルの提案はあまりに卑劣だとアルトリアに反対され、クロックの提案も同様に却下される。と言って他の案がある訳でもなく、頭を抱えていた冒険者達にユーレリアが言ったのだ。
 私にロベルト様ともう一度お話させて下さい――と。
 反対したが彼女の意志は固く、仕方なく偽の情報を流してロベルトを誘き出した。わざわざ侵入出来るように縄梯子まで用意して。そうでなければロベルトがあの高い壁を越えて来れる訳がない。
 冒険者達に守られて、ユーレリアは真っ直ぐロベルトを見た。

「どうか止めて下さい。貴方は私にとってただのお客様。私の愛は貴方ではなく貴方のお金に捧げたもの。これ以上関わらないで」
「ユーレリア? またそんな嘘を」
「嘘じゃありません。貴方、迷惑なんです」

 かなりキツイ事を言った。
 ロベルトは唇を戦慄かせ、ユーレリアを見、冒険者達を見た。その中に顔見知りの男を見つける。娼館から出てきたあの騎士だ。
 不意に憎しみが湧き上がった。

「そうか、貴様がボクのユーレリアを!」

 叫ぶなりロベルトは、クロックめがけて殴りかかった。しかし武術の心得以前の問題として、運動不足のロベルトの動きなど避けるのは容易い。ひらりと避けたクロックは細心の注意を払ってロベルトの腕をひねり上げた。素人相手にヘタな事をすると、思いも寄らない怪我を負わせかねない。
 あっさり拘束されたロベルトは、抵抗するかと思いきやピタリと動きを止めた。殆ど力も入れてないのに「痛ッ」と呻いている。
 そうして、ふ、と息を吐いた。遠い瞳になる。

「判ったよ、ユーレリア。今の君はこの男のものなんだね」
「‥‥は?」
「ボクも男だ。ボクの拳を避けた彼は、ボクよりよほどキミに相応しい。完敗だ‥‥」
「‥‥え?」

 何かまた妄想が膨らんでいるようだ。
 取り合えず抵抗の様子が見えないので解放すると、ロベルトはクロックに『ユーレリアと幸せに』と言い残し、壁の向こうへと消えていった。後日、死闘の末にユーレリアを潔く譲り渡した、と言う事実と乖離した妄想話が男によってばら撒かれたのはまた別の話。勿論誰も信じなかったが。




 こうして花街の騒動は幕を下ろした。その影にあった様々なドラマを、人は知らない――