繰り返す悪夢、舞い上がる竜
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月20日〜11月25日
リプレイ公開日:2008年11月25日
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●オープニング
それが夢だと、痛いほどに判っている。
目覚めればたちまち、跡形もなく消え去る夢。
なのに、何故この夢はこんなにも忘れがたく、この心を揺さぶり離さないのか。
「キャアアァァァ‥‥ッ!」
鼓膜が破れんばかりの悲鳴が、夜の帳を引き裂いた。ガバッ! と跳ね上がるように寝台の上に飛び起きた。起きてから、今の悲鳴が自分の喉から迸ったものだと、気付く。
ハッ、ハッ、ハ‥‥‥ッ
ふいごの様に胸が上下して、苦しいほどに大きく激しい呼吸を繰り返す。もう冬の声が聞こえて久しいと言うのに、全身が嫌な汗でびっしょりと濡れていた。
ブルッ、と大きく体を震わせたのは、けれども、汗に濡れた身体に夜気が染みたからでは、ない。
(またあの夢‥‥ッ!)
ガチガチと歯が鳴っていることに、他人事のように気付く。もちろんこれも、寒さのせいなどではない事は彼女自身、嫌と言うほど判っていた。
ならば、そこにある感情はなんなのか?
それは恐怖。得体の知れない、だからこそ純粋な。
彼女は昔から勘の鋭い子供だと言われていた。もっとも彼女に言わせれば、勘が鋭い、と言うのは正確ではない。正しくは彼女は、眠りの中で見る夢の中に、ほんの少しばかり現実の出来事を垣間見ることがある、のだ。
もちろん、それはただの夢だ。ただの夢の中に『何か』が混じっている。それを彼女の鋭敏な感覚が感じ取り、現実の『何か』に結びつける――そういう意味では確かに、勘が鋭い、と言えるのかもしれない。
そんな彼女が、ここしばらく見続ける悪夢。詳細はほとんど覚えていないのに、思い返した時にそれが悪夢だと判る、そんな夢。
何か邪悪なモノが迫ってくる。
何かが世界を悪意で塗り潰そうとしている。
押し潰されるような恐怖。
人々の悲鳴、怒号、怨嗟、嘆き、そして――――
「‥‥‥竜」
さやけき月の光を浴びて西の空より舞い来たり、ウィルの街を見下ろしながら優雅に天空を舞う黄金竜。夢の中の恐怖に怯える彼女に、時折、泣きたいほどに穏やかな凪のように訪れる微かなイメージ。
やがて黄金竜はもの言いたげ、えも言われず悲しそうな瞳をして、また西へと戻っていく。険しい山脈に見下ろされた草原と森。その懐に黄金竜は消えていく。
(‥‥怖い、怖い、怖いッ!)
竜の夢と、繰り返す悪夢。ふとした瞬間に彼女の胸を捕えて止まない、胸騒ぎどころではない恐怖と焦燥感。これらがすべて無関係の、彼女の気のせいとは思えない。
一体、彼女の身に何が起ころうとしているのか?
得体の知れない恐怖は、これから彼女の身に、そしてウィルの街に降りかかる悪意の前兆なのではないか‥‥?
カタカタと、震える己の右手を、左手でぎゅっと掴んだ。こんなに恐ろしい気持ちになったのは、そう、彼女の母が死ぬ事を夢で見ていたと知って以来だ。あの時、母は彼女が死の夢を見て一月とせず儚くなった。儚くなって初めて、あの夢は母の死を示していたのだ、と知った。
もう、あんな事は繰り返したくない‥‥ッ!
(‥‥あの竜を探せば、何が起ころうとしているか判るの、かしら)
だが黄金竜が消えていった場所を、彼女は今まで見たことがなかった。彼女はウィルの街で生まれ、ウィルの街で育った。それ以外の場所を彼女は知らず、それ以外の風景を彼女は思いつかない。
それなのにあまりにもリアルに描かれたあの場所が、現実にある場所だと彼女は確信していた。だが、どうやって探せばいい?
「‥‥そうよ、冒険者ギルド」
ギルドに集う冒険者たちならきっと、彼女のこの不安も笑わずに聞いてくれる。そしてきっと、何が起ころうとしているのか調べてくれる。あの場所を探し出し、黄金竜を見つけてくれる。きっと、きっと。
彼女はジワリと眦に滲んだ涙を乱暴に拭い、祈るように、挑むようにじっと闇を睨み続けた。朝になったら冒険者ギルドに行くのだ、そう心の中で思いながら‥‥‥
●リプレイ本文
ウィル西方。険しい山脈が壁の様にそそり立ち、懐に抱かれた森がやがて草原へと変化していく。
この山に求める黄金竜が居る筈だ。冒険者達はごくりと息を飲み、山へ向かって歩を進めていった。
数日前、ウィル。
冒険者ギルドから出たとある依頼の為、集まった冒険者達は依頼人の少女トーリャを訪ねていた。悪夢に怯える少女を落ち着かせ、より詳しい話を聞くために。
「ふむ‥いわゆる予知夢というやつか。フォーノリッヂのように暫定的なものかどうかはわからないが、いずれにせよ見るほうはたまったものではないだろうな」
「そういった類の才があるのやも知れぬな。一概に悪いものでもない。ジプシーの魔法の場合、『何もしなかった場合の未来』という但し書き付きじゃし、未来は必ずしも決まったものとは言えぬから、頑張ってみるのじゃ」
アリオス・エルスリード(ea0439)の呟きにユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が同意を返す。かつて母の死を夢見た少女が、今またウィルに降りかかる災厄の夢に怯えるのは、偶然とは思えない。
訪れた冒険者達を迎え出たトーリャは、足取りこそしっかりしていたが顔には憔悴の色も濃く、瞳も不安げにキョロキョロと彷徨っていた。
「はじめまして。私は僧兵の導蛍石と申します」
「‥果物を持ってきたのだが」
導蛍石(eb9949)が出来る限り穏やかに名乗り、グラン・バク(ea5229)が敢えて明るく見舞いの品を渡しながら言ったのにも、不安げな表情を崩さない。しばらくぼんやりとして、はっと気付いたように
「あ、すみません。どうぞお入りください」
冒険者達を招きいれた。
明らかに情緒不安定な様子に、アリオスが心配になって尋ねる。
「大丈夫か?」
「‥‥え? あぁ、はい‥‥すみません、あまり寝てなくて‥‥」
やっぱりぼんやりとトーリャが答える。聞く所によるとこの数日、悪夢を見るのが怖くてろくに寝付けず、うとうとしてもすぐに夢を見て飛び起きてしまうらしい。
これは、かなり追い詰められている。蛍石は事前に断ってから、メンタルリカバーで少女の心を和らげた。パチパチと、驚いたトーリャが瞬きする。それから冒険者達を見回して、まるで初めてそこに居る事に気づいた様に顔を真っ赤にする。
ようやく少女の心が上向いた所で、アリオスが雑談やこれまでの冒険譚、メイや、イギリスなどの話などをして気を紛らわせた。それに合いの手を入れたり、自らの体験も語ったりするグランの軽快な発言にも、トーリャの心は軽くなる。
やがて少女の表情が、訪れた時に比べて遥かに柔らかくなった所で
「ではそろそろ、おぬしの見たと言う夢の話を聞かせてもらえるかの」
ユラヴィカの言葉にトーリャははっと表情を引き締め、ピンと背筋を伸ばして姿勢を正した。はい、と頷く。生真面目な表情。
だが何から話せば良いのか、言葉を捜すトーリャにディアッカ・ディアボロス(ea5597)が助け舟を出す。
「トーリャさんがよろしければリシーヴメモリーで夢で見たという景色や竜の姿の情報を見せていただいて、それをファンタズムで形にしてみましょうか」
つまり、魔法でトーリャの心の中の夢の記憶を見る、と言う事。
説明を受けた少女は、そんな事が出来るのかと驚きの表情になった後「お願いします」と頭を下げた。自身が見た夢を言葉に紡ぐのはまだ怖い。
頷いてディアッカがトーリャの記憶を探り、幻を紡いだ。まずは恐怖と混乱の中にあるウィルの街。天空を舞う黄金竜。そして黄金竜が舞い戻る場所――西方の山脈の光景。
素早くグランがその光景を絵に写し取り、アリオスとユラヴィカはじっとファンタズムの幻を見つめていた。これは一体どこなのか。記憶の中にある風景と比べ、その場所を特定しようとする。
と、トーリャが消え入りそうな声で、言った。
「あの、ごめんなさい‥‥こんな、あたしの夢なんかで皆さんにご迷惑を」
「いえ十分に検討に値する事項です―そのあたりの事情に関しては私がご説明しましょうか」
少女の言葉に答えたのは、丁度やって来たシャルロット・プラン(eb4219)だ。彼女はまず騎士団を訪れ、航路設定に使用した地図や地形図をできうる限り調達して来たのだ。もちろん持ち出し可能なものだけだが。
シャルロットはトーリャに告げた。かつて聖地を訪れたとある姫が精霊竜の夢を見、某の啓示を受けたこと。故にそれを知るものは、同様に竜の夢を見たという人の言葉を傾聴に値すると考えること。
「同じことを考えている方はいらっしゃるとおもいますよ」
と視線を軽く横に走らせて微笑めば、幾人かの視線が同意を返す。蛍石は再びトーリャにメンタルリカバーをかけて落ち着かせた。少女の表情が和らぐ。
グランのスケッチとシャルロットの地図を見比べながら、冒険者達は該当の地域を絞り込んだ。聞くべき竜の居場所については辛いというわけではないのが幸いな所だ。トーリャが怯えているのはウィルに降りかかる災厄であって、黄金竜ではない。
蛍石がトーリャをユニコーンに乗せ、上空からも方角を確かめてもらえば、彼女が指差したのは確かに西方。その遥か先にはシーハリオンの柱が存在するが
「しゃれ抜きで遠いぞ。確かめろといってもな‥いっそ騎士団からフロートシップを一台チャーターするか?」
グランの言葉に、それならばとディアッカが再びリシーブメモリーとファンタズムでシーハリオンの幻をトーリャに見せると、ここではない、と少女は首を振った。改めて地図を見れば、シーハリオンの手前にも山脈がある。
シーハリオンでないならば、該当するのはこの山脈だけだった。
こうして冒険者達は、ウィル西方に連なる山脈へとやって来た。それでも十分遠かったので、ギルド総監に掛け合ってフロートシップをチャーターしたが。
同行したトーリャに確認すれば、間違いなくこの景色だ、との事。道中、少女が夢見た災厄や黄金竜の詳しい特徴などを、さらに詳細に聞き込んでいる。ここから先は危険を伴う可能性が高いため、トーリャは留守番だ。
不安そうに冒険者を見送る少女に
「大丈夫。夢がトーリャさんに伝えたい事は私達で成し遂げます」
蛍石が請け負えば、はい、と笑顔。彼のメンタルリカバーのおかげで、彼女はこの数日ばかり、久々の安眠を享受した。
彼らの前にそびえる山脈は険しく、だがこのどこかに居る黄金竜を思えば否が応にも気分が高揚する。トーリャが夢見た災厄――ウィルの街に満ちる怨嗟や怒号、嘆き、恐怖、何か邪悪な意思が世界を押し潰そうとしている。それが何を意味するのか。
確かめる為にも、黄金竜を。
夢で黄金竜が消えゆく辺りを指差したトーリャを残し、冒険者達は西方山脈へ足を踏み入れた。
ディアッカのファンタズムによって、探すべき竜の姿は判っている。ユラヴィカのドラゴン知識で、それが高い知性を持つ月の竜ムーンドラゴンである事が判明した。後は件の竜を探し出すだけ。
これは難航するか――と思いきや。
「‥ッ! 居ました、黄金竜です!」
地上を行く冒険者達の前に、黄金竜ムーンドラゴンは姿を現した。シャルロットが声を上げ、同時に上空から探していたユラヴィカとディアッカからも黄金竜発見の知らせが届く。
場所はまさに、トーリャが夢見たその場所。冒険者達を見下ろす瞳には確かに知性が感じられる。
「――良くぞ参った」
穏やかに告げた声色には、聞く者に無条件の畏敬を感じさせる何かがあった。
かつて竜と見えた経験のある冒険者は、敬意を込めて目礼し。そうでない冒険者も、居住まいを正して黄金竜を見上げる。
アリオスが言った。
「貴方に聞きたい事がある」
トーリャが見た災厄の夢の話をし、そしてその夢の中にムーンドラゴンが出てきた事を告げ。
「少女は貴方がここに居ると夢を見たので、わしらは貴方にお会いしに来たのですじゃ。ウィルを襲う災厄の事を、貴方はご存知かの?」
ユラヴィカが言を継いで尋ねれば、黄金竜はわずかに瞳を細め、ゆったりと大きく頷いた。
「いかにも。少女に夢を与えたのは我。そなたらを呼んだも我」
「貴方が俺達を?」
冒険者達は驚きに目を見張った。トーリャが竜の夢を見、その意味を冒険者ギルドに問い、彼らがここにやって来る。そこまでをムーンドラゴンは見越していたと言うのか。
だが竜の深い知性を湛えた瞳を見上げれば、そんな事もあるのか、と言う気がしてくる。何しろ相手は人知を超えた存在、アトランティスの人々の敬意と信仰を集めるのだ。
竜は6人の冒険者を順に見つめた。何故か憂いを感じさせる視線。
「聞け、冒険者よ。地の底より闇の軍勢が押し寄せてくる」
そして、告げた。少女が夢見た災厄の、その意味を。
「カオスの魔物と呼ばれるモノども、彼奴らが日毎に力を増し、各地で災いを振り撒いている。彼奴らは地上へ攻め上り、総てを滅ぼし尽くそうとしている」
「‥‥なんと」
「その日はすぐそこまで迫っている。心せよ。カオスの魔物より救えるのはそなたらのみ。そなたらの戦いが、少女の夢の行方を決めるのだ」
少女が見た災いの夢が、真実となるのか。或いはただの夢で終わるのか。
それらは総て、冒険者達の手の中に。
「冒険者よ、行くが良い――何かあれば訪ね来よ。我の知識と力が及ぶ限り、助言と託宣を与えよう」
つまり、黄金竜が助力を約束するほどに、事態は深刻だと言うことか―――
ムーンドラゴンに、冒険者達は深々と礼をした。竜の言葉を一言一句、違わず胸に刻み込んで。
フロートシップに戻った冒険者達は、待っていたトーリャに差し障りのない範囲で竜の言葉を告げ、今後もし気になる夢を見ればすぐに知らせてくれるよう頼んだ。黄金竜が少女を選んだ理由は判らないが、再びかの竜が少女の夢を通じて何かを告げようとする事は、十分に考えられた。
ウィルに戻ったシャルロットは竜の言葉をギルド総監に報告すると共に、竜の夢を見、結果として重要な情報をもたらした少女には報奨金を支払ってはどうか、と訴えた。どうやら前向きに検討して貰えるようだ。
依頼は、一応の解決を見た。だが、黄金竜の託宣―――カオスとの来るべき戦いを知らされた今、災厄の到来を防げるのは冒険者達だけだった。