【黙示録】封じられた願い

■ショートシナリオ&プロモート


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月26日〜12月01日

リプレイ公開日:2008年11月30日

●オープニング

 ラシェット・ディーンは屋敷の奥、普段は誰も近づかない重厚な扉の前で佇んでいた。
 地方の一領主であるディーン家の屋敷は、それ程広い訳ではない。執事1人にメイドが5人も居れば十分に屋敷の中の事は賄えてしまうし、後は馬丁が1人に料理人が2人。使用人はそれだけだ。
 だがこれからは、メイドは4人で良いかもしれない――そう考えて、ラシェットは深いため息を吐く。

 先日、妻が死んだ。

 活発な性質だった妻リーリアは乗馬が趣味で、週に一度は馬を駆って領内を見て回るのが習慣だった。領民達もリーリアがやって来るのを楽しみにしていて、どうかすれば領主のラシェットよりも人心を集めていたかもしれない。
 だがリーリアは死んだ。いつもの様に領内を視察している途中で、獣の集団に襲われたのだ。それも今まで見た事のない、巨大な牙を持った、大きな肢体を持つ猫のような獣。
 それまで領内には獰猛な肉食獣の群れなど居なかった。否、居ても人里離れた山の中などであって、決してリーリアが襲われたような、集落に程近い街道には居なかったのだ。
 一体どうして。どこからやって来たのか。

(リーリア‥‥)

 獣達が去った後、ようやく現場に近づけた者達が見たのは、無残に食い荒らされた馬とリーリアの遺体だった。身に着けていた衣服がなければラシェットは到底、それが変わり果てた妻の姿だと信じられなかっただろう。
 その瞬間を思い返す度、やりきれない憤りが沸き起こる。そうして思うのだ――なぜ、一体どうして、と。
 ラシェットは目の前の重厚な扉を見上げた。無残な姿になったリーリア、そして結婚したばかりの頃に言われた言葉が交互にフラッシュバックする。

『ねぇ、ラス。この部屋は、私が良いと言うまで決して開けてはダメよ? この中にあるのは私の父が色々な伝手を使って、時には後ろ暗い事だってして集めた文献なの。とてもとても大切なものなのよ。だから良いこと、ラス、いつか必要になるその日までは、文献達はこの部屋で眠らせておかなければならないの』
『判ったよ、リーリア‥‥でも一体どんな事が書かれているのか、それ位は教えてくれたって良いだろう』
『ダーメ。と言うより私も何が書いてあるのかは知らないの』
『知らない?』
『ええ、全くね。父はいつも言っていたわ。この文献はいつか、世界が闇に覆われた時に真価を発揮するのだ、って。それまでは、この文献はただ世界に無用な恐怖をばら撒くだけのものだ、って――だから私は中に何が書いてあるのか知らないわ。父が私に言ったのはただ一つ、世界に闇の兆しが現れた時には、この文献を世界を救う者達の手に委ねるように、と』

 だからこの部屋は、その時までは開けてはダメよ、と。
 そう言ったリーリアは果たして本当に『その時』が来ると信じていただろうか。信じていたかも知れない。ラシェットが結婚を申し込んだ時、彼女が唯一望んだのは窓のない鍵のかかる部屋を彼女の為に用意してくれる事、だった。そうしてラシェットが用意した部屋に、リーリアは件の文献を仕舞い込んで封印した。
 重厚な扉を、見上げる。
 リーリアが封印して以来、メイドだってこの中には立ち入っていない。鍵はリーリアしか持って居なかったからだ。

 だが今、その鍵はラシェットの手の中にある。

 リーリアの死の知らせを受け、失意のどん底で葬儀を済ませて、ふと気付くと白い封筒に入れられたこの鍵がラシェットの執務机の引き出しにあった。
 『時が来たわ。ラス、後はお願いね。愛してるわ。 リーリア』。同封されていたのはそれだけが書き付けられた手紙。だがそれこそがリーリアの夫への無上の信頼を表している様で、ラシェットは号泣した。
 それから気付いた。彼女は自分の死を知っていたのか。だからこんな手紙を残し、鍵を託したのか。来たとは――彼女と彼女の父が恐れながら待っていた『その時』が、今まさにやって来た、と。
 あの日のリーリアを想い、無残な最後を想う。

(リーリア、君の最後の願いを叶えよう―――)

 最後の、そして最初からたった一つ、彼女が望み続けたもの。
 世界を救う者の手に、この部屋の中にある物を、託す。
 それがリーリアの望みなら、何としても叶える事こそがラシェットの望みだった。

●今回の参加者

 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2613 ルゥナ・アギト(27歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4666 水無月 茜(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 執事に案内され冒険者達が通されたのは、依頼人ラシェットの執務室だった。草臥れた様な表情をしている――状況を思えば無理もないが。
 ラシェットは椅子から立ち上がり、5人の冒険者に深々と頭を下げる。

「よく、来て下さいました」
「奥さんの敵を取れるよう頑張りますね」
「ラシェットさん、奥さまが遺したものはひなたたちが頑張って解読しますからね」

 美芳野ひなた(ea1856)と水無月茜(ec4666)の言葉に、ラシェットはまた深々と礼。扉の傍に控えていた執事も、何かを堪える様にしきりに瞬きを繰り返す。
 続けて忌野貞子(eb3114)が、これで礼服を着れば立派にお城でも通用しそうな礼儀作法を披露して、ラシェットから妻が襲われた状況、場所、それ以後の獣の目撃証言等を確認する。事前の打ち合わせでは、リーリアが襲われた地点もしくは獣が通りそうな場所に罠を仕掛け、誘き出して退治する、と言う予定だったのだが

「目撃されてない、ですか」

 ラシェットの言葉に導蛍石(eb9949)が難しい顔で呟く。
 件の獣が目撃されたのは、リーリアが襲われ、食い殺された時のみ。それ以前は勿論、それ以降も目撃情報は入っていないらしい。
 とは言えリーリアが無残に殺されたのは事実。ならばその獣は存在するはずで、今はどこかに隠れているだけだろう。ならば誘き出すしかない。当初の予定通りだ。ただ、範囲が広くなっただけ。
 ラシェットから領内の地図を借り受け、冒険者達は獣討伐の為に行動を開始した。




「‥‥うーん。やっぱりカオスの仕業なんでしょうか?」
「どうなんでしょう‥‥ぐず‥‥あうう〜、なんでこんな不幸が起きたんでしょう」

 ディーン家の厨房。獣を誘き出す為ひなた特製の餌を作りながら、茜とひなたは話し合っていた。他の3人は取り急ぎ、貯蔵されていた干肉を仕掛けて回りながら情報収集を行う事になっている。遠方はペガサスに乗った蛍石、近隣は貞子とルゥナ・アギト(eb2613)が担当。
 ちなみに干肉や材料はすべて依頼人が提供した。ひなたは事前に準備してきたのだが、頼んで来て貰っているのだから、と代金を渡されてしまい。リーリアへのせめてもの慰めと思ってくれ、と頭を下げられれば、返す事も出来なかった。
 餌は生肉に、引き付けやすいよう香辛料で匂いと味付けした物だ。ちょっと美味しそう。出来上がったら茜とひなたも餌を仕掛けに回る予定だ。まずは獣が居る地点を絞り込まなければならない。
 茜は考える。自分の運命が分かっていたなら、リーリアは危険を避ける事が出来たのではないか。それなのに、死の運命を受け入れてでも残したかったものとは‥‥?
 時々メイドや料理人が厨房を覗きに来ては、彼女達の知るリーリアの事を話していく。口を揃えて彼女たちは言う――『良い奥様だった』と。そして、宜しくお願いします、と頭を下げて去っていく。
 こんなにも慕われていた人。それらを棄てても伝えねばならぬ、と彼女に決意をさせたものは一体、何なのか。

「頑張りましょう!!」

 ひなたの言葉に頷く。そうだ、頑張らなければならない。考えるのはそれからだ。




 情報収集で判った事は幾つかあった。確かに獣を見た者は居ない事。だが以前から噛み殺された動物が時々見つかっており、それは今も続いていると言う事。そして生前、それを聞いたリーリアがこう呟いた事――『ついに来たのね』。
 やはり己が死を予見していたと見えるリーリアの言葉。思わず冒険者達は押し黙り、その胸の内に思いを巡らせる。
 噛み殺された獣が発見された場所を地図に書き込んでいた貞子が笑った。

「‥‥やっぱり、あの忌々しい‥‥闇たちの仕業、ね。魔物をけしかけて‥‥奥さん、暗殺した。そんな‥‥ところ、でしょ。だったら尚のこと、連中が世に出すことを嫌がった‥‥奥さんの遺産。私たちが‥‥役に立たせて見せる、わ。世界を救う者じゃ、ないけどね‥‥くーくく!」

 カオスの魔物らしきモノの姿も、同様に目撃されてはいない。リーリアの襲撃現場に居たのは歪な、人の様な姿の翼持つ魔物で、獣はソレに従っている様に見えたとの事。ならば貞子の推測はかなりの部分で正しいだろう。
 何れにせよ、餌は仕掛け終わった。後は翌朝、仕掛けた餌が喰われた場所を確認し、可能性の高い所に罠を仕掛けて張り込むのみ。
 それまでに更に情報収集を、と思った冒険者一行に、執事が提案した。

「それでは今の内に、奥様が遺された文献をご覧になっては? 旦那様から鍵は預かっておりますし、奥様を襲った獣の事も判るかも知れません」

 言われて見ればその通りかも知れない。執事が熱心に薦めたのもあり、確かに明日朝まで対獣は何もする事がないのも事実。
 ――封印の間は、長年扉を閉ざしていたとは思えない程静かに、冒険者の前に口を開いた。窓のない部屋とは言え、完全密閉されていた訳ではない。埃と湿気の混じった古臭い匂いが鼻につく。
 ルゥナは邪魔にならない様、部屋の外で待っていると言う。アプト語に不自由しないのは蛍石と貞子だけ。執事は灯りを用意すると言ったが、流石に空気の悪い中では病気になりかねず、別室を用意して貰って羊皮紙の巻物やら書付やら書物やらを運んでは目を通す――古びて破れそうだったので、慎重に。
 ひなたはちょこちょこ文献を運んだり、溜まった埃に我慢が出来ず封印の間を掃除したり。茜はその間、邪魔にならない様に小声で、眠気をさまして集中力が出るように想いを込めて歌う。

(終始無言だと逆に疲れちゃいますし。適度な刺激を耳から脳に伝えると、効果バツグンです)

 彼女が受験勉強の時に学んだ事だが、生憎その思い出を分かち合える仲間は居ない。
 仲間達の励ましに支えられた文献解読は、だが難航した。湿気でインクが掠れて読み取り難く、虫食いで単語自体が不明な物もある。何かの専門書らしいものもあり。
 何とか判明した事は

「カオス8王――というモノが居る、様ですね」

 その名を破壊の王、美しさの王、守護王、海の王、蝿の王、富貴の王。他にも2つの名前が書かれていた痕跡はあったが、インクが掠れていて読めない。
 彼らはカオスの魔物を支配する存在であり、非常に強力で残忍。何故かは判らぬが地上の人々の魂を求め、悪意ある策略を編むと言う。
 そこまで判明した辺りで、気付けば一夜が明けていた。獣討伐作戦開始だ。残念ながら続きは獣を退治してから。
 一同は元通り文献を封印の間に収め、獣退治へと意識を切り替えた。




 餌が喰われていた箇所は数箇所あった。だが位置を地図で確認し、リーリアが襲われた地点、噛み殺された動物が見つかった地点と比較すれば、怪しい箇所は1つに絞られる。
 そこに手分けして簡単な罠を複数設置。更に蛍石が強烈な匂いの保存食を火で焙り、辺りに匂いを充満させる。わりと拷問の一時だ。
 木陰や藪などに身を隠しながらじっと待つ。カオスの魔物の襲撃も考えてディテクトアンデットを唱えつつ、待機してその日は過ぎた。
 そして、翌日。

「‥‥出ましたね」
「ウン」

 呆然と呟く茜に、頷くルゥナ。他の者も息を呑んで、姿を現した獣を注視する。
 巨大な、30cm程もある長い牙を持った、虎の様な身の丈2mの獣。現れた数は5体。これだけ揃うと迫力がある。

「サーベルタイガー、ね‥‥」

 魔物に詳しい貞子が一人ごち、彼女の知る特徴を仲間達に語る。牙による強力な攻撃と敏捷な肢体を備えた狩人。アレらを退治するのが依頼。
 幸い獣は特製餌に夢中になっている。初手は冒険者に有利。蛍石は素早く飛び出した。

「少林寺流、蛇絡!」

 技を発動する。決まれば敵を昏倒せしめるCOだが、四足の獣では急所を掴みかねた。結果、1体の体勢を崩す事には成功したものの、昏倒には至らない。
 その隙にルゥナが飛び出し、素早く獣達の間を駆け巡った。すでに彼らは敵の存在に気付いている。隙を見てダブルアタック、フェイントアタックと攻撃を仕掛けるが、かろうじて1撃を入れるのが精一杯。

「よーしごぉ、ちゃっぴい☆」

 ひなたが大ガマの術で大ガマのちゃっぴいを召還。魔法攻撃の貞子と茜の前に壁の様に配置し、二人はその間に詠唱開始。その気配に気付いた2体が、トンと軽く地を蹴ったかと思った次の瞬間、チャッピイの前に鋭い牙を剥いていた。
 気付いた蛍石が慌てて駆け寄り、蛇絡を発動。だが今度は獣も警戒しており、体勢を崩す事もままならない。逆に牙を剥かれてガブリと肩口を一噛みされれば、骨が砕け、驚く程の出血が彼を襲った。

「ク‥‥ッ!」

 辛うじて意識を集中して高速リカバー。だが治癒した端から獣達は牙を剥く。いたちごっこの様相を呈した。
 残る1体はその間にちゃっぴいを噛み殺している。ギリギリ詠唱を完成させて貞子がアイスブリザード、茜はレミエラで5分割したムーンアローを発動。総てが命中するも、やはり獣を足止めする事すら出来ない。次の瞬間には獣の牙が二人を噛み裂いた。

「キャアアァァ‥‥ッ」

 悲鳴。すでに誰のものかも判らない。1人で3体を相手にしていたルゥナが、流石に攻撃を交わし切れず血の海に沈んだ。そのうち1体が蛍石に向かい、2体同時に攻撃されては流石にリカバーも追いつかず、同じく血の海の中に。獣は未だ、傷らしき傷も負わぬまま。
 そして5体が茜、ひなた、貞子へと牙を剥く――!





 冒険者達は、瀕死の所を辛うじてペガサスの呼んできた村人に救われ、一命を取り留めた。獣達が止めを刺さなかったのは不思議だった。幸運と言わざるを得ない。
 事態を聞いた依頼人は顔を真っ青にしながら冒険者が助かった事を喜び、冒険者ですら叶わぬ相手に殺された妻はどうやら只ならぬ事態に巻き込まれていた様だ、と悟ったらしかった。後日、改めて文献の調査を冒険者ギルドに依頼すると言う。
 依頼期間を終え、冒険者達はメイディアへと帰還した。その胸に様々な思いを抱きながら――