【黙示録】紐解く遺志
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月09日〜12月14日
リプレイ公開日:2008年12月17日
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●オープニング
執務室の窓から外を見つめる主人の背を、執事はじっと見守っていた。
もう随分と長い間、主人は窓の外を見つめている。窓の外を――その遥か向こうにあるはずの、領民達の日々の営みを。
見える筈はない。屋敷からは一番近い集落でも歩いて半時ほど。だから目視できるはずはないのだが、それでも執事には、主人がそれを見ている、見ようとしているのだと判っていた。
冬の今、領民たちは蓄えた食糧や猟で得た動物などを食べ、男達は夏の間では畑仕事で出来ない街道の修繕など、女達は繕い物をしたり、大きな町に売りに行く刺繍をしたり――そんな風に生活しているはずだ。
それは先日亡くなった奥方が何より愛した営み。
執事は黙って、主人の背中を見つめる。
亡き奥方は気さくな女性で、執事のみならず屋敷に勤める使用人にも分け隔てなく、家族のように接する人だった。何度か『ご身分をお考え下さい』と苦言を呈した彼に、『それはラスに任せてるから大丈夫よ』と悪びれずに笑ってしまうような人。
亡き奥方はそんな女性だった。それなのに不思議と人心を集める人だった。
「リーリアは」
不意に、ぽつり、主人がこぼした。は、と頭を下げる。
主人、ラシェット・ディーンは振り返りはしなかった。ただ、己に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「リーリアは一体、どんな恐ろしい事に関わっていたんだろうか。あんな惨い死に方をしなければならないような、どんな」
亡き奥方、リーリアは獰猛な獣の群れに食い殺された。冒険者ギルドに退治依頼を出したものの、叶わず返り討ちにあったほどの恐ろしい獣。そんな獣に食い殺されねばならない、一体どんな理由がリーリアにあったと言うのか。
執事はもちろん知らない。知るはずもない。
彼が知っているのは、リーリアが封印の間に残した、たった一つの遺産。リーリアが彼女の父から引き継いだ、古い古い文献の数々。どうやらそこには、世界を闇から救う手がかりが書かれている、らしい。
他にリーリアは何も持っていなかったし、他にリーリアは何も遺さなかった。
だったら執事が主人に進言出来ることは唯一つ。
「リーリア奥様が遺された文献の調査をご依頼なさるべきかと」
「‥‥‥」
「それが奥様のご希望でもあられました。そして旦那様の望みでもあられたはずです」
リーリアの望みを叶えること、それがラシェットの望みだったはず。
ならば、と静かに言葉を終えて頭を下げた執事に、そうだな、とラシェットはため息のように頷きを返す。
「そうだな――それがリーリアの、たった一つの願いだった」
『世界に闇の兆しが現れた時には、この文献を世界を救う者達の手に委ねるように』。彼女の父が遺した言葉を、果たすことを彼女は望んでいた。
ならば文献を冒険者ギルドに委ねるのが最短の道筋。だが同時に妻の形見であるそれを、手放す決断もラシェットには出来なくて。
「ギルドに依頼を出そう。リーリアが遺した文献を解明してくれるように、と」
それが彼に出来る、ただ一つの決断だった。
●リプレイ本文
依頼人はその時も、執務室の窓の外を見つめていた。冒険者がやってきた事に、気付いているのだろうか。執事に連れられてやってきた3人の冒険者に、入室の許しを与えたのは彼自身。だが視線が振り返る事はない。
しばしの、沈黙が流れて。
「旦那様」
執事がそっと呼びかけたのに、ああ、と始めて夢から覚めたような声色で頷き、男は振り返った。会うのは、忌野貞子(eb3114)はこれで2度目。だがあの時よりも遥かに疲れた顔をしている。
依頼人もまた、顔なじみの冒険者がやって来た事に軽い驚きを覚えたようだ。
「‥‥先は、お役に立てなくて。汚名は‥‥今回の働きで返す、わ」
「ありがとう、ございます。回復なさったようで何よりです」
声には安堵の響きがある。少し前、彼の依頼に応えてこの地を訪れた冒険者一行は、獰猛な5体の獣に太刀打ちできぬまま瀕死の重傷を負った。その事を愁えていただけに、元気な姿を見てホッとした様だ。
それから残る2人の冒険者を順番に見、居住まいを正す。
「よく来て下さいました。ラシェット・ディーン、この地を預かる領主です」
「鎧騎士のフラガ・ラックと申します。できる限りのことはさせて頂きますので」
「トンプソン・コンテンダーと申すぞな。領主殿、よろしく頼むぞな」
ラシェットの挨拶に、フラガ・ラック(eb4532)とトンプソン・コンテンダー(ec4986)は騎士の礼を取って応えた。特にトンプソン、己が恥は己が仕える主の恥、と気合が入っている様子。
ラシェットは疲れた顔を無理矢理引き締める様に大きく頷き、執務机の引き出しから古びた鍵を取り出した。さっと傍に控えた執事が受け取り、冒険者達に手渡す。先の依頼でも使用した、封印された亡き奥方リーリアの遺品の眠る部屋の鍵。
受け取ったフラガがさらに言葉を重ねようとしたのだが
「旦那様、お時間です」
ラシェットを呼びに来たメイドに、それを断念した。うん、と頷いたラシェットが非礼を詫び、執務室を出て行く。残されたのは冒険者と、彼らを案内してきた執事のみ。
ご案内します、と頭を下げた執事が、そういえば、と冒険者に告げた。
「リーリア奥様が亡くなられてから領内も物騒になりました。皆様方、夜には特に、お一人で出歩かれませんよう」
今も、領主自ら指揮を執り、自警団と共に領内を見回りに行ったらしい。地方の小領主はとかく、忙しいのであった。
さて、件の部屋は屋敷の奥まった、陽精霊の光も容易に届かぬ場所にある。以前に冒険者が掃除をしていったものの、湿った様な埃臭い空気は変わらぬまま。
以前と同じく程近い場所に別室を用意して貰い、そこに文献を運び込んだ。この依頼の為に言語学者並にアプト語を学んできた貞子、以前目を通した文献にも再度目を通す。
だがしかし。
「むーん‥‥フラガ殿、男二人で肩身が狭いぞな」
「せめて荷物の運搬や、資料の整理などをお手伝いしましょう」
そう囁きあう壁際の男2人。この頃の物騒な情勢を憂え、少しでも仲間の役に立つ情報が得られれば、と意気込んでやって来たものの、実はアプト語が読めなかったり、簡単な手紙程度なら読めるが書物となると厳しかったり。
となれば出来る事は唯一つ、貞子の邪魔にならない様、彼女の文献解読の手助けをするのみ。その為、トンプソンは大量のスクロールと筆記用具を持参しており、フラガも文字の必要のない紋章判別などは任せてくれ、と請け負った。
せっせと文献を運び、片付け、また運び、片付け。一度目を通して片付けたものが必要になることもあり、そういった場面でも2人は勿論嫌な顔一つせずこまめに働いた。そしてそんな外野は知った事ではなく、貞子は朝から晩まで古びた文献に目を通し続け。
(‥‥さすがに疲れた、わね‥‥)
そんな日々が続けばそりゃあ、疲労も溜まる。ふと友人の手料理や歌を思い出し、今頃どうしているものかと想いを馳せていると、貞子とフラガの前に芳しいハーブティーとお菓子が差し出された。
顔を上げれば微笑むメイドの姿。
「トンプソン様からです。冬はどうしても男手が足りなくて、薪割とか自警団のお仕事をトンプソン様に手伝って頂いてまして。貞子様とフラガ様がお疲れだろうから、と仰いましたので」
いつの間に姿が見えないと思ったら、彼は彼で出来る事をやっていたらしい。確かに文献解読の助手は2人も要らないし、それなら困っている人間を助けるのは当然の事。
トンプソン・コンテンダー、なかなか出来る男であった。
『アトランティスは水と大地の狭間にある。言い伝えでは空の彼方に精霊界が広がり、その上には『天の海』があって、『天界』に繋がっている。
反面、はるか地下には混沌界とも呼ばれる、カオスの世界が存在する。その中に在るカオスの魔物を統べるはカオス8王。その名を破壊の王、美しさの王、守護王、海の王、蝿の王、富貴の王、境界の王、〜〜。それは非常に強力で残忍であり、地上の人々の魂を求めて悪意ある策略を編む。
カオスの穴はこのカオス界と繋がる場所で、その周辺では人も動植物も奇怪なものに変わり果て、カオスの魔物の尖兵と堕ちていくという。今はアトランティスの地に暮らすカオスニアン達も、元はこの世界の住人ゆえに無秩序と破壊を好み、悪行をそうと理解しない心根を持っている。
このカオス界に到達した者はおらず、どんな世界かは分からない。
カオス界のような世界は、『天界』にもあると天界人は伝えたようだ。
『天界』を創造した『神』なる存在にそむき、後に『天界』におけるカオスの魔物、『悪魔』の王と後に呼ばれることになる『神』の僕天使のひとりを皮切りに、神々に仕え人々を見守っていた天使の一部が神に反抗をはじめたという。
これら反逆者−悪魔の勢力と神々の勢力の争いの結果、悪魔たちを率いたルシファーと呼ばれる堕天使が地の底に落とされたと同時に、デビルたちは神々の作り出した世界から放逐された。彼らは虎視眈々と地上を自らの世界となす謀略をめぐらし、カオスの魔物のように人々を堕落させようとしている。
この『悪魔』の世界、『地獄』の入り口には番犬ケルベロスが在り、侵入者を引き裂こうと待ち構えている。だが他にも門は複数あり、あまりの多さゆえに忘れ去られた門すらあるかも知れないとも伝わっている。
カオスの穴以外にも、こうした門がアトランティスにも存在しないとは言い切れまい。』
依頼期間ギリギリまでかかって貞子が調べ上げたのは、概ねこんな所であった。とはいえ一人ではやはり限度があり、最後の方は殆ど流し読みだったので、これが総てとは言えないが。
冒険者達は今、報告用のスクロールを持って依頼人の執務室に居た。ラシェットがスクロールに目を通し終わるのを待っている。
実は報告書には写しがあり、これらを改めてセトタ語でも簡単にまとめたスクロールも在った。対カオス戦の実働部隊を担う冒険者ギルドにも情報共有をしたい、叶うならアトランティス西方ウィルのギルドにも、と考えた結果だ。
最初はこれらをこっそり持ち出そう、と言う意見も出たのだが、幾ら重要な情報でも無断持ち出しは冒険者の、ひいてはギルドの信頼にも関わる事。トンプソンやフラガの意見を入れて、とにかく依頼人の了承を得て、叶うならその旨一筆書いてもらってから、と言う事で落ち着いた。
その、ラシェット・ディーン。
「これは‥‥」
そう言ったきり絶句している所を見れば、明らかにこの情報をどう受け止めて良いのか判断しかねている様子。或いは亡き奥方が残した文献に書かれた恐ろしい光景に、思考が付いていかないのか。
やはり無断持ち出ししかないか。貞子は胸の内でそう考える。総力を上げて調べ上げたこの情報、ここで潰されたくはない、という思いが強い。
トンプソンとフラガが、代わる代わるラシェットを説得した。もしくは懇願。
「ご領主殿、このとーり!! この情報、すぐに使えるようにお願いするぞな! わしの故郷の領民たちの命を、この情報で救って欲しいぞな‥‥」
「私からもお願い致します。貴殿の了解を得られれば、ウィルにも報告したいと考えます」
「お2人とも‥‥」
ラシェットは戸惑いの表情を浮かべた。その隣に立つ執事は、何を考えているのか知れない無表情。
「リーリアが残したこの情報が、必要なのですか?」
「うむ。今、奴らカオスの軍勢を予見して、奥方殿とそのお父君は備えたぞな。その資料、役立てるときが今ぞな。今も、ジ・アースとかいう天界でも似たような状況らしいぞな。非情な闇の軍勢どもが、奥方を手に掛けた様に‥‥民を。ご判断つきかねるお立場なのは、わしも重々承知ぞなよ。だが」
今は決断をして欲しい、と。
トンプソンが改めて頭を下げれば、ラシェットは執務室の窓から外を眺める。外を――その向こうにある、彼の領民の営みを。リーリアが愛した日々の営みを、透かし見るように。
或いは妻は、何よりも民を守るためにこの資料を夫に託したのかもしれない。
ラシェットは視線を冒険者達へと戻し、一度瞑目した。そして、頷いた。
「‥‥判りました。元より妻はそのつもりだったのでしょう。それを私が止める権利はどこにもありません――どうぞ、その情報は皆さんのお役に。念の為私は、王宮にもこの報告を上げねばなりませんが」
構わないか、と尋ねられ、勿論、と冒険者達は頷く。それが領主たるものの義務でもある。それこそ、冒険者達にそれを止める権利はない。
こうして冒険者達は、それぞれにラシェット・ディーンの書状を携え、小さな屋敷を後にした。この後これらの情報がどうなるか、それはラシェットの知る所ではない。恐らくそれぞれがそれぞれの思う所に従い、必要な場所に情報を伝えるのだろう。
今、彼の意識は冒険者達に渡された手紙に注がれている。古びた封筒。宛名は『敬愛なる領主ラシェット・ディーン様』差出人は『リーリア・クレッシェンド』。封印の間の奥の資料に挟まっていた、という。
きっと妻が、結婚した当時にラシェットに宛てた手紙。だがなぜ直接渡さなかったのか、なぜ封印の間に隠すように仕舞ったのか。
読めば、判るのかも知れない。だが読めば、何かが終わる気がする。
ラシェットは封筒を見つめ、物思いに耽っていた。長い間、そうしていた。