【聖夜祭】求ム!料理助手!

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月21日〜12月21日

リプレイ公開日:2008年12月30日

●オープニング

「無理だ‥‥」

 暗い、絶望的とも言える響きが伝わってきて、調理場にいたものは一様にギクリと背筋を強張らせ、調理場の入り口の方を眺めやった。
 そこに居たのは壮年の、リンデン侯爵家の別荘の管理を任された男。つまり管理人。蒼白い顔色で目が虚ろだ。
 ここしばらく、別荘で催される事になった『聖夜祭』なるパーティーの為に、多くの冒険者が別荘に出入りをしていた。さらにはその総責任者として侯爵家の子息ディアス・リンデン、お目付け役のイーリス・オークレールも滞在中。その上『聖夜祭』当日には跡取りセーファスまで顔を出すと言う。

「絶っっ対に無理だ‥‥」

 その為に管理人の指揮の下、別荘に勤める使用人達は一丸となって働いた。そりゃもう不眠不休の勢いで働きまくった。おかげで先頃結婚したばかりのとある馬丁が新妻と不仲になったとかでノイローゼになり、メンタルケアまでやっていた。ちなみに管理人の妻にはもう諦められているので。それはそれでアレだが。
 閑話休題。
 途中、見かねて手伝ってくれた冒険者もいたものの――あれは嬉しかった。ヒトの思いやりと言うものをしみじみ感じ入った出来事だった――根本的な解決になるわけもない。多少人員は増えたが、それ即ち教育しなければならない人員が増えたと言う事で、つまりは管理人の仕事が増えたと言うことで。

「やってられるかーッ!!」
「ああッ、管理人が!?」
「管理人、落ち着いてッ!」

 ドガッシャーンッ!!
 盛大な音を立ててボウルやら鍋やらをひっくり返した管理人に、調理場にいた者たちは慌てて駆け寄った。壊れ物や食材をひっくり返さなかった辺り、キレていてもさすがは管理人。
 彼の手の中にはぎゅっと握り締められたスクロールがある。中に記されているのは冒険者が以前に提案していった当日の料理。なるほど、それで調理場に来たのか。
 手分けして床にぶちまけられた物を拾い集め、幾人かが管理人を取り囲む。虚ろな目でブツブツ「無理だ」と呟いていた。かなり不気味だ。

「管理人、管理人。どうしたんですか?」
「‥‥料理‥‥皆様にお出しするのに相応しい料理と演出を考えなければ‥‥」
「いや、料理は冒険者の方が考えてくれたり、下拵えまでしてくれた奴もありますよね!?」
「だが味付けは私にかかっているだろう!?」

 あ、またキレた。
 とはいえ無理からぬことだ。別荘の管理人と言えば、お屋敷で言う執事みたいなもの。執事といえば主人の代わりに屋敷内の使用人の一切を取り仕切り、銀食器も磨けばスープの味見もする。どんな味付けが良いか主人が決めたものを料理人に指示を出し、主人の望む味になっているか最終チェックをするのだ。
 普段からそれをやっている本職の執事なら良い。だが彼は所詮、別荘の管理人。侯爵家の方々が来られる時は執事も同行している事がほとんどだし。
 なのに今回、それがない。かなりのプレッシャーだ。おまけに招待客を迎える手筈から部屋の準備に馬車の手配、決まった事を実行するのは全部、管理人以下使用人。
 そりゃあボールをひっくり返したくもなると言うものだろう。

「か‥‥管理人? ほら、どうせだから、管理人も依頼を出してみられたらどうです?」
「‥‥‥‥依頼?」
「そう、そうです! 冒険者ギルドに、料理とか材料の買出しとか手伝ってくれる人を頼むんですよ!」
「そうですよ、管理人! 今回は冒険者がお決めになった味なんですから、味見も冒険者にしてもらえば管理人は味見しなくても良いでしょうし!」

 一同、必死である。何しろこの暗い顔でいつまでも調理場に居座られては、迷惑な事この上ない。それに実際、人手は幾らあっても良いのだ。

「ああ、依頼、依頼ね‥‥出してみるか‥‥」

 管理人がブツブツと呟きながら去っていく。その疲れきった背中を見つめながら使用人達は願った。どうか管理人を助けてくれる冒険者が来てくれます様に、と。

●今回の参加者

風 烈(ea1587)/ クリシュナ・パラハ(ea1850)/ 美芳野 ひなた(ea1856)/ ルイス・マリスカル(ea3063

●リプレイ本文

 リンデン侯爵家、その別荘にて行われる聖夜祭パーティー。数多の参加者が集うことから、半ば必然的に、料理は立食形式となることが決定している。
 その調理場の隅で

「‥‥もう駄目だ‥‥‥」

 何か燃え尽きている男が一人いた。にわかには直視しづらい空気を醸し出し、背後には何やら澱んだ気配を背負っている彼こそ、この別荘における管理人。別名、今回の唯一にして最大の被害者。
 調理場につめている者達は全員、そっと視線をそらし、管理人から半径1メートル以内には近付かないよう細心の注意を払って行動している。うっかり近付いたらカオスに飲み込まれそうだ。いや本当に。

「いやー管理人さんの心中、お察しします。お察ししますけど、ねー‥‥」

 言いながらクリシュナ・パラハ(ea1850)も気まずく目をそらした。アレ、完全に営業妨害になってませんか。
 調理場に入った他の仲間も、ああ、と口々にため息を吐いて視線を交わす。料理とか以前にこう、ここのどんよりとした雰囲気から何とかした方が良かったかもしれない。
 その難しい役目を買って出たのはルイス・マリスカル(ea3063)だ。

「管理人さん? かなりお疲れのようですが、大丈夫ですか?」
「‥‥ッ!? ああ、確か、ルイス様!?」

 ガバァッ!
 カオ――もとい、管理人は途端、弾かれたように顔を上げ、眼前のルイスを確認すると抱きつかんばかりの勢いでズザザザザァッ! と近寄っていく。その勢いに身の危険を感じたルイスが、咄嗟に同じぐらいに激しく後ずさったとて、一体誰が責める事が出来ようか。いや、出来まい(反語)。
 ガシィッ! 管理人の手がルイスの腕をガッツリ掴んだ。

「いやいやいやいや本当によく来て下さいました先日は本当にお世話になりまして手伝って頂けたお陰でもう使用人一同感涙が止まらずッ!」
「あ、いえ、お役に立てたのでしたら何よりで‥‥」
「そりゃもう助かったなんてもんじゃなく本日はどの辺りまでお手伝い頂けるのかとそういえば客室のシーツの張替えが終わったって報告あったっけ!?」

 管理人、息継ぎ、息継ぎ忘れてますよ! ついでにこっちの世界に戻ってきてください!
 と。

「ええ、見苦しい!」
「ハゥッ!?」

 スパーンッ!
 混乱する管理人の後頭部で、かなり良い音がした。ギョッ、とその場に居た一同が目を見張る。
 いつの間にやら管理人の背後には、上品な灰銀の髪の壮年の女性が立っていた。無表情に近い、怒りの表情。銀のトレイを握る手はわなわなと震えている―――十中八九、凶器はアレ。
 じゃなくて。

「あなた! 家に寄り付かないと思ったら、こんな所で人様にご迷惑をお掛けして!? 先様がお困りでしょ、お謝りになって!」
「ああッ、お前なんでここにッ!?」

 奥様でした。しかも修羅場っぽいです。
 ずるずると管理人の首根っこを捕まえ、どこかに連れ去っていく奥様。呆然と見送る冒険者達。そして調理場に居た他の使用人達は

「奥様、グッジョブ!」

 大歓迎だった。え、あの、なぜ奥様がここに居るのか、という疑問はなしですか?

「だって、あの状態の管理人が居ても、役に立ちませんよ? 奥様にお任せした方が良いですよ」

 いえまあ、それはそうなんですが。

「それより、お料理は味見させてくださいね♪ すっごく楽しみにしてたんですよ〜」

 メイドが実に楽しそうに言うのに、そうそう、と応える声があちこちから上がる。中には真剣な瞳をして、どんな料理が出てくるのか、どんな作り方をするのか盗んでやろう、と思っているものも居たりする。
 侯爵家に仕える料理人たちは、もちろん料理の腕を磨く事とレパートリーを増やすことにも余念が無いのだった。





 今回、冒険者達が考えたメニューは次の通りである。
 鳥の丸焼きに手羽先のフライドチキン、魚介ピザや焼きたてのパンにチーズとハンバーグ、野菜をはさんだハンバーガーにサラダはフレッシュ野菜と温野菜で。生牡蠣も貴族向けには良いかもしれない。あと、同じ鳥でも鶏だけではなく鴨や雉の丸焼きオレンジソース添えとか、鹿肉のローストなども喜ばれるだろう。ケーキにクリスマスツリー、サンタを模したクッキーなども子供には大人気に違いない。
 料理を得手としている冒険者は風烈(ea1587)と美芳野ひなた(ea1856)の2人だけ。彼ら2人だけでこれらすべての料理を作るのは、いかに冒険者が人並みならぬ体力を備えていると言っても無理のある相談だが

「指示をして頂ければ良いんですよ。冒険者さん達がお考えになった料理を、忠実に再現するのが私らの今回の仕事ですから」

 聖夜祭パーティーにおける料理団の料理長が、力強く胸を叩いてそう言った。単純に量産するなら、人海戦術で同じものをどんどんこしらえて行った方が効率がいい。
 せっかくなのでお言葉に甘え、量を作らなければならないものは先ず冒険者で作り方を見せ、都度指示を出しながら料理人達に同じものを再現してもらう事にした。彼らとて侯爵家に仕えるひとかどの料理人だ。腕は信用していいだろう。
 先ず、ひなたと烈は食材の下拵えに取り掛かった。これまでの準備で、肉や魚などはある程度めぼしをつけて、下味をつけたりはらわたを抜いたりといった処理を施したりしている。残るは、鳥の詰め物や添え物にする為の、またはサラダにするための野菜類に、下拵えをしておいたものだけでは足りなさそうな食材の追加の下拵えなどだ。
 温野菜サラダにするための野菜は大きめの角切りにしておく。出す時間を見て湯通し、幾種類かのドレッシングを添えて暖かい内に楽しんでもらうのがベストだ。そう言ったタイミングは、料理人たちとてもちろん熟知している。
 パンは大量に生地をこねて醗酵させ、その間にケーキのスポンジを仕込んでオーブンに放り込み。もちろんお砂糖控えめで、甘さは蜂蜜でカバーしてお財布にも優しい仕様。
 ある程度の体力仕事は侯爵家の料理人が引き受けてくれたとは言え、ひなたと烈にかかる負担は並みのものではない。

「オーラエリベーション!」

 体力をカバーする為に、ついに魔法まで飛び出した。
 なんなら少し休憩してください、と慌てる料理人達に、爽やかに笑って烈は言う。

「気にするな。一宿一飯の恩を忘れるとは、仁義にもとるというものだ」

 武夾の男は、いついかなる時でも恩義を忘れないものなのである。どころか、大皿料理がある程度めどが付いてきた、と見るや、鉄人のナイフを駆使して細工切りの妙を見せ始めた。

「中華4千年の英知の結晶をお見せしよう」

 そう言いながらナイフを華麗に操って生み出すのは、かつてシーハリオンで会ったヒュージドラゴン、その姿を再現した細工料理。魚介類やらロースやらを薄切りに盛り付け、野菜にも精緻な飾り包丁を惜しげもなく施した一品である。
 一方ひなたはひなたで、各種鳥の丸焼きの詰め物も終え、オーブンの火の具合を確認した後は、パーティー会場で饗するドリンク類のほうに取り掛かった。

「寒いですし出せるならホットワインがあるといいかな〜」
「お酒もいいですが、お子さんやお酒の苦手な方用の飲み物もあったら良いですよね」

 クリシュナとそんな事を話しながら、赤ワインと白ワインを何種類かずつ用意する。ノンアルコールドリンクは暖めたオレンジジュースに、ハチミツとハーブを加えたホットオレンジエード。山と詰まれたオレンジを相手に、鉄人の大包丁を振るって二つ切りにしては、侯爵家の料理人と共に果汁を絞る。
 ちなみに赤ワインをオレンジジュースで割っても、なかなか美味しいカクテルになります(これ豆知識)。
 そうこうしている内にパン生地の準備が出来、適当な大きさに丸めて天板に並べ、これもオーブンに突っ込んだ。同時にパンの間に挟むハンバーグをフライパンに放り込む。貴族の方々も珍しさに目を見張るだろうが、冒険者の多くは懐かしさに喜ぶに違いない。

「あっ、ダメです、そのお肉はもうちょっと後から出すので」
「フランベ用の肉か? ワインは用意出来ているのか」

 烈の言葉にひなたが出したのは、会場でフランベをしたら良い演出になるのでは、といったルイスの言葉に従って用意した、アルコール度数の高いワイン。これを鉄板に乗せたまま運んだ肉にふりかけ、炎を点してアルコールを飛ばすのだ。
 パーティー開始までもう少し。調理場に詰めた人々の間には、否応無しに緊張感が高まっていた。





 一方立食パーティー会場では、演出を担当するルイスが蝋燭の位置やら照明の明るさやら、これまでに準備してきたものと折り合いを付けつつ、最後の調整に望んでいた。彼は今回、あちこちの催し物に顔を出している為、べったり演出についているわけには行かない。その為にも出来うる限りの事はやっておかねばならなかった。
 調理の手伝いも出来ることがあればするつもりだったが、料理人達が手伝いを申し出てくれたので、ありがたくお任せした。彼が行ったのは買い出しが幾つかと、会場に置くためのキャンドルの確保。キャンドルライトを邪魔しない程度に飾りの位置を付け替えたり、フランベなども行うことから火災にだけはならないよう、周囲に燃えやすい物を配置したりしないよう何度もチェックを行いもした。

「温かい料理とともに、『火』も心を満たすものですからね」

 談笑やらダンスやらを楽しんでいる人々の心に、明るい火と温かな料理と共に、暖かな気持ちを灯すことが出来れば。この演出にはそんな心が込められている。
 出来上がった料理が随時運び込まれてくると、ルイスは手際よくそれらの料理を置くべき場所の指示を出し、場合によっては再度キャンドルの位置を調整した。調理場を覗きに行けば、今まさに烈の大作が仕上がらんとしている所。ケーキはある程度場所の目処はつけていたとして、さて、あれはどこに置けば人々の目を引くだろうか?
 あとは生牡蠣。貴族向けには喜ばれる一品だが、生で食せるような新鮮な牡蠣を用意するとなれば、実はかなりの人手とコストがかかる。なのであまり用意することが出来ず、だが招待客には喜ばれるに違いない、と言う事で会場には並ぶ事になった。あれは小ぶりの上品な皿に盛り付けられる予定だが、さて、どこに置くべきか?
 そんな事を考えながら、ルイスは忙しく別荘の中を動き回っていた。





 さて、パーティーが始まれば今度はクリシュナの出番だ。パーティーの計画段階から色々な試行錯誤を重ねてついに完成した、紅白ヒラヒラにエプロンな格好―――つまりはサンタコスメイドに扮して、酒のお酌やら料理の運搬やらで会場を駆け回る事になった。
 その頃には何とか復活していた管理人も、使用人達を立派に指揮して足りない料理があれば速やかに調理場から搬送し、空いた皿があれば速やかに引き上げて調理場へ運ばせた。その背後に常に銀のトレイがあった事は、気が付かないのが大人のマナー。
 忍者メイドを自認するひなたも同じコスチュームに身を包み、パタパタ元気に駆け回る。その向こうにもなにやら不思議なサンタコス集団が居たが、‥‥‥うん、多分そこも気付いちゃいけないお約束ですね。
 予想通り、烈の作ったヒュージドラゴンは会場の注目を集め、大きなケーキに各種クッキーはディアスなどの数少ない子供達の歓心を惹いた。ルイス提案のフランベも

「さぁ、お見逃しないよう、よ〜く見ててくださいよ〜。あ、危ないのでそれ以上は近付かないで下さいね〜」

 そう良いながら熱い鉄板に一気にアルコール度数の高いワインをかけ、火をつけるパフォーマンスが大受けだった。クリシュナの芝居がかった口上もその一端を担ったものと思われる。
 こうして聖夜祭のパーティーは、美味しい料理で彩られ。

「‥‥あれ? ここにもうちょっと、料理残ってたと思ったんですけど」
「そうか? だが鍋の中にも残っていないし」

 時折、調理場で頭を抱える二人の冒険者はもちろん、こっそり隙を見ては料理を胃袋に収めていた存在の事を、知らない。

(ちょっとだけつまみ食いするつもりだったんですけどねー)

 ため息をつきながら、満腹になった胃のあたりをそれでも満足そうに撫でるクリシュナ。ちょっとがもうちょっとになり、いやもう少し、まだあとちょっとだけなら、とやっているうちに一皿平らげてしまったなんて、さすがに言い出す勇気はない。
 何しろ料理が美味しすぎたのがいけないのだ。そう言う事にしておこう。