君とキミと僕との願い

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月01日〜01月06日

リプレイ公開日:2009年01月05日

●オープニング

「シシリー先輩、何してるんですか?」

 冒険者ギルドにて受付係を勤める彼、ラグス・ディナンが2年先輩のギルド受付嬢、シシリー・トラスにそう声をかけたのは、純然たる好意だった。
 何しろ、彼女のシフトが終わってもまだデスクに座って難しい顔をしているのを見れば、誰だって、何かよほど難しい依頼を抱え込んでしまったのか、と考えるはずだ。それでもって、ちょっとどころじゃなく手が空いていたとしたら、誰だって同じように声をかけるだろう。ちなみに、なぜラグスがそんなに暇をもてあましていたのかは聞いてはいけない、彼の名誉の為に。

「ラグス、ギルドマスターのパシリは終わったの?」

 言っちゃいました。

「ええ、まあ、頼まれた細工物が三つ向こうの市場まで行かないと手に入らない奴で‥‥じゃなくてッ」
「依頼書を書いてるのよ」
「‥‥はぁ、まあ、そう見えますけど」

 脈絡のない会話に、がっくりとラグスはうなだれた。うなだれて、シシリーの手元を覗き込んだ。残業してまで書いている依頼書、と言うのに興味を持った。
 が、すぐに首をかしげる。
 依頼内容、護衛。
 護衛対象、シリトー・トラス。
 依頼人、シシリー・トラス‥‥?

「シシリー先輩のご家族の護衛、ですか? 先輩、実家で何かあったんです?」
「従兄よ。ちょっと事情があって、ギルドで出そうと思ってた依頼に特攻したの」

 ちなみにこれがその依頼書、と目の前にピラリと差し出された紙に、ラグスはざっと目を通した。とある人里離れた湿地に恐獣が住み着いている。近隣の者も滅多に近寄らない場所ではあるが、取り合えず怖いので何とかして欲しい。そんな依頼だ。
 それはそれは大変だなあ、という感想を抱いてから、ラグスはコクリ、と首をかしげた。この依頼に、シシリーの従兄が特攻した‥‥?

「‥‥シリトーさんってお強いんですか?」
「親戚の贔屓目で見ても3秒保てば良い方だわね」

 それ、死亡フラグ立ってませんか?
 ラグスの言葉に、ギロリ、とシシリーが瞳だけを動かして睨みつけた。手は1秒も止まらずガリガリ羽ペンを動かしている。

「だから、あの馬鹿の護衛の依頼書を作ってるんでしょ、自腹で。自腹よ、自腹。私のせいで死なれたら寝覚め悪いじゃない」
「シシリー先輩のせいなんですかッ!?」
「まあね。何でも、私に男らしさを見せ付けるために、私の職場である冒険者ギルドで、私の担当する依頼を解決するらしいけど。いくらなんでも私だって、自業自得なんだからせいぜい死ぬほど痛い目を見てくれば、なんて思ってても言わないだけの分別はあるわ」

 迷惑よねぇ、と本気のため息をつくシシリー。やたら自腹を強調した事と言い、彼女が本気で今回の事件を面倒臭がっている事がヒシヒシと伝わってくる。
 何とも言葉を返す事が出来ず、ラグスは頬を引きつらせた。どっち寄りの返答をしても自爆する気がする。
 だらだら脂汗を流しながら沈黙を守っていると、シシリーが羽ペンを止め、ふぅ、とため息を吐いた。

「まぁ、最悪1人は確保したから良いかしら」
「あ、そうなんですか。誰ですか?」
「もちろん貴方よ、ラグス?」
「‥‥はッ!?」
「せいぜいシリトーの盾になって玉砕してきて頂戴? 私は可愛い後輩を護衛につけて出来るだけの事はしたんだし、万が一シリトーが助かれば叔父様達がきっと喜んでくれるわよ」

 『万が一』の使い方が間違っている気がしてならないが、今突っ込むべき所はそこじゃない。間違いなく、そこじゃない。

「シシリー先輩、お願いですから依頼出してください」
「でも自腹なのよ。勿体無いじゃない」
「僕が半額出しますから」

 なんなら全額出したって良い。シリトーの事は全く知らないが、ことは自分の命がかかっている。
 そぅお? となお面倒臭そうなシシリーを説き伏せ、宥め、懇願し、ようやくその依頼は冒険者ギルドに張り出される事になった。一人の青年の切なる願いを込めて。

●今回の参加者

 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 恐獣が住むという湿地帯は、メイディアから馬車で1日半ほどの場所にある。そこまでの交通手段を用意したのはシシリー‥‥に言い付けられたラグス。果たして彼が気弱なのか、シシリーが女王様気質なのか。真相は闇の中に仕舞っておいた方が良い。
 とまれ、馬車に揺られて湿地帯近くまで移動した冒険者達は、恐獣に気付かれないよう離れた所で馬車を降り、そこからは徒歩で行く事にした。途中でシリトーを捕まえられるかと思ったが、今の所それらしい姿は見かけていない。

「シシリーさんに似ているのかしら?」

 ジッと地面や辺りの藪の様子などに目を配り、わずかな痕跡も逃さぬよう注意しながら、加藤瑠璃(eb4288)が首を傾げる。出発前にシリトーの行く先や容姿をシシリーに確認してみたのだが、

「湿地には着いてるでしょうけど、昔から最後の最後で目的地には辿り着けない人だったから、その辺で迷ってるんじゃないかしら。シリトーの容姿? 私の従兄、としか言い様がないわ」

 との事だった。それはつまり彼女に似ているのか、と尋ねると、まさか、と肩をすくめる。そうして『見れば判りますよ』と送り出されてしまったのだ。
 ペガサスで先行偵察してきたルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が、上空から見た限りではシリトーらしき人影はない、と報告する。また恐獣はここから1km程の沼地に居て、時折水草や魚を食み、暴れる様子もないとの事。ざっと見、全長7m程度。
 ふむ、とレインフォルス・フォルナード(ea7641)が腰の剣に手を添えながら呟いた。

「予想よりは大きいが、近接戦闘でいけそうだな」
「わたくしは後方支援に徹します」

 保護したシリトーもお任せを、とシャクティ・シッダールタ(ea5989)も胸を叩く。とは言えそのシリトーが見つからない事には、恐獣を倒せても依頼を果たした事にはならず。
 しばし、沈黙。

「‥‥シシリーさんの言葉を信じれば、この辺には居るはずよね」
「もう1度ペガサスで回って見るか‥‥」
「ここまで来ていて、まだ辿り着けていないとなるといっそ才能だが」

 口々にそんな事を言いながら捜索を開始した1時間後、なぜか木の上で寝こけているシリトーを発見した一行は、おおいに脱力したとかしなかったとか。





 さて、今回退治依頼のあった恐獣は、移動は太い2本の後ろ足で行い、尾で身体を支えて立つと見上げるのに首が痛くなる大きさの草食・雑食恐獣である。滅多に近寄らない場所とは言え、町から半日の所にこんな巨大な恐獣が住み着けば、住人が恐怖を感じるのも無理はない。
 それはシリトーも同じ事で

「おおおおお思ってたよよより大きいんだだだだね」

 歯の根がまったく合っていない。再三引き返すよう説得した冒険者に「せめて戦ってる所を見せてくれ」と足にしがみ付いて懇願し、シャクティの傍を離れないからと約束してついて来たは良いが、恐怖で足がすくんだ模様。
 何と言うか、これがあのシシリーの従兄だと、俄かには信じ難い。容姿も似ているような、似てないような。だがしかし、このプライドのなさはある意味、女王様の如きシシリーに相応しいかもしれない。

「判ったでしょ、ゴーレムも無しに初心者が一人で恐獣退治なんて、死にに行くようなものなのよ」

 追い討ちをかける瑠璃。いざとなれば縄で縛っておこうと考えていたが、この分なら大人しくしてそうだ、と胸を撫で下ろす。自分のペガサスに乗せて守ろうか、と考えていたルエラも、この怯えっぷりでは逆にしがみ付かれて危険だったかも、とシリトーが辞退してくれた事に感謝した。
 湿地帯と言う事で、足元は非常にぬかるんでおり、あちこちに膝丈ほどの水が溜まっている。おまけにこの季節だ、うかつに水に濡れては風邪でも引きかねない。その為、ペガサスに乗るルエラ以外の冒険者達はそれぞれ、履水珠を持参して足回りの確保をしていた。
 レインフォルスが剣の柄に手を置き、飛び出すタイミングを計っている。瑠璃はオーラエリベイション、続けてレミエラを起動してオーラマックスを。ルエラがペガサスに騎乗して上空から剣を構え、やはりタイミングを伺い。シャクティは援護用のスクロールを準備し。
 バカ、もといシリトーがいきなり奇声を上げて、恐獣の群れに突っ込んだ。

「これが僕の愛だーッ!」

 ナイフを振りかざして走り出したは良いが、彼だけは湿地対策を何もしていなかったので、当然動きが鈍い。おまけに先の奇声で、完全に恐獣の注意がこちらに向いた。
 巨体の割りに結構な速度で、向かってきた人間に前足の鋭い爪をペシリと一振り。

「グフ‥‥ッ」
「シリトーさん!」

 まあ、重傷を負いますね、普通。というかナイフで恐獣に向かっていく辺り、完全に自殺願望があると思われる。
 なぜ抵抗されてもふんじばっておかなかったかと、内心おおいに舌打ちしながら瑠璃が駆け寄り、シリトーを回収した。ブンッ! と際どい所で振り抜かれた尻尾は危うく回避。
 受け取ったシャクティがリカバーをかけている間に、レインフォルスが剣を構えて水上を走り出した。すでに恐獣は気が立っている。ぶん回されるぶっとい尻尾を避け、同じく鋭い爪が閃くのを回避しながら、果敢に巨体の隙間を縫って一撃を浴びせては距離を取った。
 合わせて上空のルエラも、ペガサスを操り恐獣を翻弄する。

「セクティオ!」

 掛け声も勇ましく技を振るっては、恐獣の爪を避けて遥かな高みへ。降下と上昇を繰り返し、合間に技を繰り出して、確実に恐獣に傷を負わせていく。
 シリトーのお陰で余計な手間を増やされた瑠璃も、名刀「祖師野丸」を掲げて戦いに加わる。アニマル相手なら格段に大きなダメージを与えられるのだが、恐獣相手では特殊効果は発生しない。とは言えそれだけでも着実にダメージを与えていく。
 履水珠の効果は6分。冒険者達はその度に若干距離を置き、意識を集中させては再び水上での自由を得て戦線に戻っていく。負った傷は、履水珠を起動させる折に駆け寄ったシャクティが癒した。
 もしこの戦いが純粋に冒険者対恐獣であったならば、勝負は程なく付いただろう。だがこの戦いには、足手まといが一人いる。シャクティの傍を離れない、と約束したにもかかわらず突撃したシリトーだ。
 1撃目から重傷を負ったシリトー、今度は恐怖のあまりやたらめったら走り回る、という奇行に出て冒険者の足を引っ張った。バシャバシャ水やら泥やらを跳ね散らかし、結果として恐獣の気を引いてしまうので、その度に重傷を負ってはリカバーのお世話になる始末。
 基本はシャクティが首根っこを引っつかんでいたものの、スクロールやらリカバーやらを使うのに気を取られたり、うっかり手を放した隙にまた恐獣にやられに行くのだ。彼女がソフルの実で魔力を回復しなければならなかった、最大の要因はシリトーにあると言っても良い。
 お陰で冒険者達も、最後の1体を倒した頃には疲労懇狽。シリトーを傷つけずに恐獣を攻撃するのに神経を使って。

「‥‥な、何とか倒せた、な」
「ええ‥‥」

 何とも言えない表情で視線を交わすルエラとシャクティ。多分、叶うならシリトーを張り倒したい気持ちで一杯だろう。瑠璃も疲労の中に苛立ちを滲ませていたが、グッと我慢する。幾らお仕置きしてもたくましく復活する、どこかの子息とは違うのだ。
 レインフォルスが、1人ケロリとした顔に戻ってぐったりした冒険者達を不思議そうに眺めているシリトーの前に立った。

「シリトー。なぜ約束した通り、シャクティの傍に居なかった?」

 怒っている。静かに怒っている。
 だがシリトーは、キョトン、と目を丸くして首を傾げた。

「シシリーにカッコいい所を見せようと思って」

 それが何か? と言わんばかりの口調だった。ブチッ、とどこかで何か(多分レインフォルスの堪忍袋の緒)が切れる音がする。まぁまぁ、と怒れるレインフォルスを宥めるルエラ。
 瑠璃が忍耐をフル稼働して後を引き継ぐ。

「私達はそのシシリーさんに頼まれてあなたを護衛しに来たのよ。なのにあなたが自分勝手な行動を取って怪我をしたんじゃ、シシリーさんが心配するでしょ」
「でもシシリーは、僕より冒険者の方が好きなんだ。だから僕の方が冒険者より頼りになるって事を見せたかったんだ」
「シリトーは本当にシシリーの事が好きなんだな」

 その結果が足を引っ張りまくった挙句にリカバーに幾度もお世話になっていたのでは、どうしようもないのだが。
 一連のやり取りに、思わずため息混じりに呟いたルエラの言葉に、もちろん、とシリトーは力強く頷いた。

「僕、シシリー以外の生き物には興味ないんで」

 言い切った。え、人間じゃなく、生き物単位で興味ないんですか?
 はは、とさすがに引きつった笑みを浮かべる冒険者一同。そんな事は知った事じゃなく、シリトーは完全にトリップした瞳で「あれは僕が3歳の頃、伯母さんのお腹に居たシシリーが僕が伯母さんのお腹に触った瞬間ドンと蹴って、その時に僕は恋に落ちたんです」とか何とか変態ワールドを炸裂させている。と言うかそれ、生まれる前から嫌われてたんじゃ。
 愛に生きる女シャクティが、目をキラキラさせながらシリトーの言葉に大いに共感を示して頷いた。だが同じ女として、シリトーに女心を説いて聞かせねばならない、と口を開く。

「女人が殿方に求めるもの、それは‥‥思いやる大きな心、すなわち愛ですわっ! 今回は、己が身を都合良く見せたいという邪心に他なりませんわ。本当に相手を愛する気持ちがあるなら、飾り立てず素直になるべきです。誤魔化す男なぞ、見向きもされませんのよ」
「う‥‥ッ」

 シリトーが胸を押さえてよろめく。痛い所を突かれたようだ。

「シ、シシリーもそうなのかな?」
「当たり前ですわ」

 根拠もなく強く頷くシャクティに、シリトーも「そうだったのか‥‥ッ」と目が覚めたようにワナワナと震えている。

「じゃあ僕、シシリーに素直になるよ!」

 ‥‥爽やかな笑顔でそう言ったシリトーの言葉には、何故か不吉な響きが感じられた。





 とにかくさっさと家に送り届けるに限る、とルエラのペガサスに乗せて――馬車に乗せると途中で飛び降りるとかしそうだったので――シリトーの自宅まで送り届けると、そこには叔父叔母、つまりシリトーの両親とにこやかに、だが決して目は笑わないまま談笑するシシリーの姿があった。

「あらシリトー、無事だったのね」
「シシリー、心配してくれたの!?」
「ええ、あなたが冒険者に迷惑をかけてないか心配で」

 思いっ切り迷惑かけられました(冒険者全員の心の声)
 その声に秘められた絶対零度の響きに気付かないのか、シリトーは犬のように尻尾を振って、ステップを踏みそうな勢いでシシリーの傍に行く。そうして、とっておきの秘密を告白するようにシシリーに囁く。

「僕の愛するシシリー、キミを縛って閉じ込めたい‥‥♪」
「今すぐ死んできて頂戴(爽笑)」

 シリトー、素直になり過ぎだ。あわわわわ、と言われたシシリーより聞いていた両親の方が真っ青になっている。
 見守る冒険者達も思わず天を仰いだ――が、そっとシリトーから顔を背けた瞬間のシシリーの微笑を見る限り、全く脈がない訳でも無さそうだ、と偶然その微笑を目撃したレインフォルスはほくそ笑む。と、シシリーが目顔で「言わないでね」と合図して。
 とかく、男女の仲とは難しいものである。