新妻の試練(?)

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月10日〜01月15日

リプレイ公開日:2009年01月17日

●オープニング

「ど、どうしよう‥‥」

 その手紙を最後まで読み終えて、フィリアはまさしく顔面蒼白になった。念の為もう一度頭から読み直し、ひっくり返して裏に何か書いてないかまで確認したが、文面は変わらない。
 クラリ、と眩暈がして、危うく机に手をついて堪える。

(お義母様が来る‥‥ッ!)

 フィリアが愛する夫ドーンと結婚したのは、去年の秋の初めの事。フィリアが働いてた仕立て屋の、向かいがドーンの働く惣菜屋だったのが縁だ。
 2年ほどの交際期間を経て、昨年の春に互いの両親への挨拶も済ませ、その秋にはみんなの祝福を受けて簡素ながら結婚式を挙げた。ささやかな新居に移り住み、ほどなく二人の愛の結晶も出来‥‥と、ここまでは良い。
 だが、その報告をシフール便でそれぞれの実家に送った所、ドーンの実家から返事が来たのだ――二人の暮らしぶりも見たいし、お祝いの品を持ってそちらに行くから、と。

(マズいわ‥‥ッ!)

 チラ、と家の中に視線を巡らせて、フィリアは重いため息を吐く。視界に映ったのは乱雑に放り出された服やら小物やら、窓枠は拭き掃除をサボってるし、床だって家具だって以下同文。

「だってつわりが酷いんだもの‥‥ッ」

 涙など滲ませて悪態をつく。実際、妊娠がわかった頃から日々体調不良やら吐き気やらに悩まされ、寝ても起きても死にそうな目に合っていたのだ。仕事だって、産み月までは頑張るつもりだったのに休んでしまったし。
 それを心配したドーンがとにかく身体を休めるよう勧め、年末年始もその言葉に甘えてろくに挨拶回りにだって参加せず、実家にも同じ理由で帰らなかった。なので、ならばこっちから出向いてやろうじゃないか、と言う義父母の思いやりは正しい。
 のだが、しかし。

「どうしよう〜ッ(泣)」

 つわりが酷くて家事全般放りっぱなしで、元々料理はドーンの方が得意だったりもするのでまかせっきりです、とは口が裂けても言えないのが嫁姑の間柄。
 ううう、と涙目になりながら、必死で思考を巡らせる。そっと、確かめるように下腹部に手を当てる‥‥ここにはドーンとの愛の結晶が居る。この子の為にも、せめてこの部屋の惨状くらいは。欲を言えば義母に一目置かれる位のご馳走なんかも作れたら。
 そして、仕事から帰ってきた夫にフィリアは叫んだ。

「ドーンッ! 冒険者ギルドで助けてくれる冒険者さんを探してきてッ!」
「う、うん‥‥?」

 訳も判らず回れ右をして、妻に言われた通り冒険者ギルドへ向かう夫の姿がそこにあった。

●今回の参加者

 eb9419 木下 陽一(30歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec5004 ミーティア・サラト(29歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 ウィル、とある吉日(多分)。

「月遅れの大掃除ね。しっかり綺麗にしなくちゃね」
「オッケー」
「はい、ミー先輩!」
「よろしくお願いします」

 腕まくりをしながらのミーティア・サラト(ec5004)ののほほんとした掛け声に、集った残る2人のお掃除部隊とドーンは、やはり腕まくりをしながら頷いた。
 埃舞う――とまではさすがに行かないが、明らかにここしばらく掃き掃除をされていない床(なぜなら隅の方にうっすらと砂が積もっているから)に、ふっと吹けば何かが舞い上がる棚。食事机には衣類の山があって、しかも何度か崩したり積み上げたりした後がある。察するに、洗って乾かしたものをここに積み、その日に着る物を引っ張り出す、と言う事を繰り返した結果か。
 隣の寝室から、ヨロロ、とよろめきながらフィリアが顔を出した。

「み、皆さん、本当にすみませ‥‥ウッ」
「‥‥って大丈夫!?」

 話している途中で突然口元を押さえて走り出したフィリアに、木下陽一(eb9419)が面食らって声をかけた。が、答える余裕はないようだ。真っ青な顔をして裏口脇においてあった桶に走りより、顔を突っ込んでゲーゲーいっている。
 慌ててフィリアの背中をさするやら、口をすすぐ水を用意するやら、窓を開けて換気をするやら。

「ず、ずびばぜ‥‥ウウ‥‥ッ!」
「あらあらフィリアさん、無理せず横になってた方が良いんじゃないかしらね」
「そうそう。窓も開けるから、風邪引かないように暖かい格好しててね」

 ミーティアの言葉にラマーデ・エムイ(ec1984)も水を差し出しながら言うと、やや迷った様子は見せたものの、「じゃあお言葉に甘えて」とフラフラ寝室へと戻っていく。取りあえず、あそこの掃除は最後になるのは間違いないだろう。
 ドーンが寝室に新しい桶と水差しを持っていった。何かあったらすぐに呼ぶよう何度も念を押して、それでも心配そうな顔をしながら寝室の扉を閉める。
 端から見るまでもなく、仲良し夫婦なのだった。





 お掃除の基本は上から下へ。先ずは天井のすすを払い、壁の埃を払い、家具、そして床へと続く。
 特別の掃除の技術や、おばあちゃんの知恵袋的豆知識などは持ち合わせていない冒険者達だったが、フィリア本人がやった様に見せるのなら逆にそれはプラスだろう、と出来る範囲で力を尽くす事にした。一応ドーンにだけは断っておいたが、まったく構わない、とのこと。
 家具の配置を見て回ったラマーデが、どうせなら赤ちゃんを育てるのに暮らし易くて且つすっきりとした雰囲気になるよう、掃除も兼ねて模様替えをしよう、と提案した。
 ドーンがちょっと首をかしげた。

「模様替え、ですか?」
「そうよ。工房に勤める前は建築設計のお仕事してたから、室内装飾とかも勉強してるのよ☆」

 だから任せてくれ、と胸を叩く。そうして簡単にだが、具体的にどんな風に家具を動かすつもりなのかを指差し確認し、時には実際にその場所まで行って説明すると、ドーンはしばらく完成図を脳裏に描いた後、ならお願いします、と頭を下げる。
 だが、この流れにふと、嫌な予感がしたものが若干1名。

「なぁ‥‥それ、動かすのは誰がやるわけ‥‥?」
「もちろん、ドーンさん、ヨウイチ、頑張ってね!」
「やっぱりッ!?」
「んー‥‥今日はお天気が良いから、どうせなら運び出せる家具は一旦外に出しちゃいましょ。家具の雑巾掛けもよろしくー」
「あらあら、ラマちゃん、本格的だわね。じゃあその間に私達はハタキを掛けて箒で掃いて雑巾で拭いていくわね」

 こんな時、なぜか圧倒的に強いのは女性だ。
「じゃあ決まりね☆」
 と早速外に運び出してもらう家具の指示に入り始めたラマーデ然り、おっとり且つマイペースに用意してあったハタキを手にキョロキョロ天井を見回すミーティア然り。
 陽一は大きくため息を吐き出した。地球で大学時代を過ごしていた頃も何となく、こんな事があった気がする。と言うか、地球の女性はこちらに負けず劣らず強かったかも(遠い目)

(いや待て。大学時代って俺、卒業してないからまだ大学生の筈‥‥行方不明で退学になってなきゃいいけど)

 何やら違う心配も出てきた。が、その心配を分かち合える相手も、ここには居ないわけで。

「陽一さん、頑張りましょうね」

 打ちひしがれた空気を悟ったか、ポン、とドーンが陽一の肩を叩いて良い笑顔になった。彼なりに慰めているつもりだ。あくまで彼なりに。
 そして、ラマーデの指示に従い、冬だと言うのに汗だくになりながら家具を運ぶ二人の青年の姿がそこにあった。





 室内担当になった女性2人も、結構良い汗をかきながらゴミやら埃やらと格闘していた。
 天井や壁へのハタキがけは、身長の理由からミーティアが担当。その間にラマーデは桶に水を汲んできたり、食事机の上に放置されていた衣類をたたんで長持に仕舞ったり、ついでに放り出されていた小物も籠や箱に片付けて、流し場に放置されていた(!)食器を洗って拭いていったり。
 教訓。料理の上手な人間が、後片付けも上手とは限らない(これ重要)。
 当然ながらもうもうと埃が舞い、手頃な布で口と鼻を覆う。フィリアの居る寝室以外、窓は全開だ。お陰で家の中に居ても寒い事この上ない。
 途中で家具の拭き掃除を終えた男性陣も加わって、窓を拭き拭き、床を掃き掃き。床のゴミが無くなったらモップを絞ってごしごしと。
 くどい様だが掃除に関する特別な技能も知識も持ち合わせていない冒険者達。当然、床板の目に詰まった埃が取り切れていなかったり、モップがけにムラがあったりしたのだが、

「あんまり綺麗だと凄く家事が上手いって印象を持たれちゃって次の時にもすっごく期待されて困っちゃいそうだから、程々の方がいいのかしら」
「そうですね。お袋、フィリアの事を気に入ってるし、いっぺん『出来た嫁』って思っちゃうと傍から放さなさそうで」

 ‥‥それはあまり関係のない話の気がしたが、まぁ、程々の方が良い、と言う事だろう。
 モップがけが一段落したらちょっと時間を置いて乾かして、外に出しておいた家具を再び運び入れる。もちろんこれも陽一とドーンの仕事。ラマーデの指揮に従って、生まれた子供が伝い歩きをする頃につかまる物がある様に、だが間違って口に入れてしまいそうな小物を入れた箱や籠は手の届かない所に。それでいてすっきりと見栄え良く、部屋が一回り大きく見える配置に。
 その頃になってようやく起き上がれるようになったフィリアが、寝室からフラリ、と出てきて目を見張った。

「まぁ‥‥ッ! 見違えたわ。これなら、お義母様がいつ来ても安心ね」

 歓声を上げたフィリア、多分、彼女1人ではこの半分どころか4分の1も綺麗になってない自信があった。
 だがまだ、寝室の掃除にカーテンの洗濯、それに義母が来た時に出す料理の準備が残っている。ゴールへの道のりは、まだ遠かった。





「あぁ、そっか」

 台所で小魚の干したものの頭を取っていた陽一は、不意にポン、と手を叩いて声を上げた。ん? とドーンが不思議そうな視線を向けたのに、初めて自分が声を上げていた事に気付き、「なんでもない」と慌ててごまかす。

(なんか、このシチュエーションって覚えがあると思ってたら‥‥普段掃除とか全然してなくて無茶苦茶部屋が汚かった大学時代の友達のアパートに初めて彼女が来る事になって、慌てて掃除を手伝わされた時だ)

 そんな過去があったらしい。所が変わっても、人間の行動はそうは変わらない、と言うことか。
 そっかそっか、と何となくすっきりして、止まっていた手を再び動かす。干した小魚の頭をもぎもぎ。隣でドーンも、小魚の頭をもぎもぎ。
 簡単な料理、と言われて陽一が思いついたのが寄せ鍋だった。時期的にもいいし、何より人数が集まるのなら、寄せ鍋はこの季節に一人暮らしの学生が集まる時の定番。天界料理、と言えば多少見た目の華やかさに欠けても、珍しさでカバーできるに違いない。
 と考えたまでは良かったのだが、問題は出汁。と言うのは、アトランティスには煮干の代わりになる干した小魚は何とかあるが、昆布、と言うかむしろ海草系はあまり食卓に上る事がないのだ。つまり出汁を取る昆布がない。ついでに言うと、出汁の取り方が判る人間もいない。
 寄せ鍋が出汁、つまりこちらで言う所のスープで色々な季節の具材を煮込んだ料理だ、と言う説明は理解して貰えたものの、こちらで言うスープは鶏や牛骨に玉葱・人参などを加えて煮込んだものが一般的。が、それで寄せ鍋をするとなると、それはすでに寄せ鍋ではなくブイヤベースになる。
 いっそ水炊きでいくかとまで考えたが、「干した魚で出汁を取る」と言う言葉に料理人・ドーンの魂に火がついた。陽一に根掘り葉掘り出汁の取り方を質問し、後は殆ど試行錯誤で「最良のスープ」の為に頑張っている。小学校の家庭科でやらされた出汁の取り方を覚えていたのは奇跡だった。こんな所で役に立つとは、人生なかなか侮れない(ハラワタを取る事は忘れていたが)。
 一方、リビングではフィリア(今日は調子が良い)とミーティアが向かい合っていた。

「ところで今回やり過ごせたとして、これから先はどうするのかしらね?」
「うー、そこですよね、問題は‥‥」
「とりあえず出来るだけはするけれど、苦手という事はちゃんとお姑さんに伝えた方がいいと思うのね」

 結婚し、夫を持ち、姑を持つと言う意味ではミーティアはフィリアと同じ立場だ。フィリアのように苦手だからと言う理由ではないが、家業の鍛冶屋を継ぐ身と言う事もあって家事の得意な夫にまかせきり、と言う事情も同じ。
 その立場から出たアドバイスに、フィリアは真剣に考え込む。言われている事は判る。判るのだけれど。
 彼女の内心の葛藤を見越したように、「あのね、フィリアさん」とミーティアは穏やかな言葉を紡ぐ。
 愛する人の両親に良く思われたい、好かれたいという気持ちは自然な事だ。だが彼女達は家族として、これからずっと長く付き合っていく間柄。なのに、今回の誤魔化しがバレないよう振舞えばそれが余所余所しく相手に伝わり、打ち解けられなくはならないだろうか?

「むしろ欠点も晒して、此方にいらっしゃる機会には家事を手伝って貰ったり教えて貰えるようお願いする方がいいと思うのね。お姑さんも悪阻や育児の大変さは分かっているでしょうし、新しい『娘』が頼ってくれれば嬉しい気持ちもあるんじゃないかしらね」

 勿論甘えるだけでなく、欠点を補う努力はしなければならないが。
 その言葉にフィリアはそっと下腹部に手を当てながら、考えてみます、と頷いた。いきなり甘えるのも難しいものだ。その躊躇いも痛いほど判るから、そうね、とミーティアも頷く。
 ちなみにその間、ラマーデは寝室を掃除中だった。

「結婚って色々大変なのねー。んー‥‥そういう話はもう結婚してるミー先輩にお任せ!」

 陽一もドーンの傍に付きっ切りだし、ラマーデが頑張らなければ寝室の掃除は依頼終了まで終わりそうにない。彼女の選択は、あらゆる意味で非常に正しかった。




 何とか、季節外れの大掃除は依頼期間内に終了した。部屋の模様替えも終えて心機一転、後は数日後にやって来るドーンの両親を迎えるだけ。
 干し魚から出汁を取る方法については、依頼期間中にそれなりに確立したようだが、当日までにまだ色々研究してみると言う。煮る具材は野菜でも肉でも魚でも貝でもその時安い物でOK、という手軽さにフィリアも大喜びだった。念の為、水炊きの方法も教えておいたが、きっと大丈夫だろう。
 上手く行けば良いが、と話しながら帰る、帰り道で。

(あん時の友達、元気してるかなぁ)

 昔掃除を手伝わされた時は、一応片付けたものの男ばかりの掃除はすぐにバレ、だがそれが功を奏してその後、ちょくちょく彼女が来て掃除してくれるようになったらしいが。今はどうしているものか。
 一人の青年の胸にホームシックに似た寂しさを呼び起こしつつ、依頼は幕を閉じたのだった。