極彩の羽根の舞う先で‥‥
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月19日〜01月24日
リプレイ公開日:2009年01月27日
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●オープニング
「魔物討伐をお願いしたく、お伺い致しました」
その日、冒険者ギルドを訪れたのは、こざっぱりと身なりを整えた壮年の男性だった。カウンターに座った背筋はピンと伸び、白銀の髪もきっちり撫で付けられている。
対応した冒険者ギルドの受付係ラグスは、その端然とした雰囲気に飲まれつつ、
「魔物の討伐ですね」
頷いて依頼用紙を取り出す。取り出して、書き付ける。
そうです、と男性が頷いた。
「私はディーン家の執事を務めております。こちらの冒険者の方には、当家の主が2度ほど、昨年亡くなられました奥様が遺されました文献の事で、お世話になりました」
「文献‥‥ああ、あの依頼ですか」
ラグスは記憶の中から過去の依頼を検索し、該当の依頼を引っ張り出す。
確かそれは、昨年の末頃のことだ。メイディアから馬車で1日ほど行った所にある小さな領地、その領主家の奥方リーリア・ディーンが、獣の群れによって喰い殺されるという悲劇が起きた。奥方は亡父から受け継いだと言う文献を所有しており、結婚以来屋敷の一室に誰の目にも触れぬよう仕舞い込んでいたが、亡くなる直前に夫に宛てて、その遺産をしかるべき者に託すよう遺言を残していた。それはアプト語で書かれた古い文献で、その解読の依頼が2度ほど、当主ラシェット・ディーンの名で冒険者ギルドに届けられたのだ。
執事は頷き、その節は主がお世話になりました、と礼を述べる。ちなみに、その依頼を受け付けたのはラグスではなく別の職員だが、そんな些細な事を訂正する必要はない。
お役に立てたなら何よりです、と礼を返したラグスは、改めて執事が言った言葉を思い返す。
「魔物退治‥‥と言う事は例の、奥方を手にかけたサーベルタイガーを‥‥?」
「いえ。いえ‥‥もちろんそれもあるのですが‥‥実は年が明けてから、カオスの魔物と思われる輩が領内の彼方此方で見られるようになりまして。どうもその者は、サーベルタイガーを従えて何かを探しているようなのです」
「何かを‥‥? その、お心当たりはそちらには?」
「いえ‥‥ですが、その者に遭遇して幸い一命を取り留めた者が申すには、リーリア奥様の遺された何かを探しているようだと」
執事は一瞬暗い瞳をした。その瞳の色と、執事の言葉に状況を察したラグスは、何かを言おうとして言葉につまり、依頼書に書きつけた文章に集中する。
幸い一命を取り留めた者。ならば逆に、命奪われた者も居ると言う事。
「私共はリーリア奥様の遺された物は、先日お調べ頂いた文献だけだと思っておりました。その中に隠された何かがあるのか、それとも私共の知らないまったく別の何かがあるのか‥‥」
「それとも魔物は、ありもしないものを『ある』と思い込んで探し回っているのか‥‥ですね。ではご依頼は、その魔物とサーベルタイガーの群れを退治する事、で宜しいですか?」
「ええ‥‥それから、もし魔物どもが探している物が本当に領内にあるのなら、その捜索も。それを突き止めない事には、魔物を退治して頂いても次なる輩が来るやも知れませんし‥‥主も亡き奥様も、その様な事になって民が無為に傷つけられるのは、悲しまれるに違いありませんから」
よろしくお願いします、と執事はぴんと背筋を伸ばしたまま、深々と礼をした。
●リプレイ本文
サーベルタイガー。30cm程もある長い牙を持つ、全長2m程の肉食獣だ。その姿は虎に近いが、虎を知らなければ巨大な猫、と言う例えが一番相応しいだろう。
ディーン家の預かる領地は小さいが、それでもそこそこの広さはある。その領内を跋扈する5頭のサーベルタイガー、そしてそれらを従えるカオスの魔物がよく出没すると言うポイントは、領内で聞き込んだ所に寄れば街道筋。それは最初の被害者リーリア・ディーンが無惨にも獣に引き裂かれ、散った場所。
「この双剣に懸け、リーリア様の仇、必ず討たせていただきます」
現場を訪れたフラガ・ラック(eb4532)は怒りも露わに荷物から剣を取り出して誓う。彼は以前、資料調査の方でもディーン家を訪れた。亡きリーリアの人柄はその時にも聞き及んでいる。
ケルピーから降りた晃塁郁(ec4371)が、辺りをデティクトアンデットで探っている。ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)とグラン・バク(ea5229)はその間に、この中では唯一同じ獣と対した事のある忌野貞子(eb3114)から詳しい特徴などを聞いていた。
(‥‥親友達と血だるまになったのも、無駄じゃなかった、ようね‥‥)
獣退治の為に集まった歴戦の冒険者に、戦闘力と言う点では遥かに及ばないが、そんな彼女にも役立てる事がある。そう考え、思い出せる限りの情報を伝える貞子だ。
辺りは少し行った所に森があるが、それ以外は一面枯野の広がる草原。見晴らしは絶好。遠くからでも良く見渡せるからこそ、少ないながらもカオスの魔物の目撃証言が得られた。
冒険者を案内するようディーン家に命じられた男が、怯える様に辺りを見回した。彼はこの近くの村に住んでいて、リーリアの悲劇の折もその現場を目撃したと言う。その事に話が及ぶと、彼は口惜しそうに唇を噛んだ。
「獣共が恐ろしくて、大恩ある奥様をお助け出来なかったんでさぁ。俺達ぁ、それが情けなくて」
「あなたのせいではありません」
ルエラが肩を叩いて慰める。冒険者でも気を抜けば倒される様な相手に、何の力もない一般人が立ち向かってどうなるものではない。第一そんな事はリーリアも喜ばないだろう、と言うと、だから余計に歯痒いのだ、と肩を落とした。
あちらこちらをデティクトアンデットで探っていた塁郁が、ピクリ、と眉を動かした。まだ魔法に反応はない。だが。
「――来たか」
グランがオーラエリベイションを発動しながら、塁郁の視線の先を睨み据えた。デティクトアンデットが反応するのは不死者。カオスの魔物に従うとは言え、生きた個体であるサーベルタイガーはその限りではなく。
グランの言葉に冒険者達が身構える。そんな中、うっそりとサーベルタイガー達はその巨躯を現したのだった。
フラガは2本の剣を両手に構え、サーベルタイガーに突進した。
「タアァァッ!」
掛け声も勇ましく一番手前に居た個体に切りかかる。
もちろんサーベルタイガーも意気は十分、巨大な牙を剥き出しに唸り声を上げ、太い足で軽やかに地を蹴りながら冒険者達に突っ込んできた。迎え撃つはオーラ魔法で万全の体勢を整えたグラン。
「スマッシュボンバー!」
出鼻を挫くように薙ぎ払い、それを乗り越えて襲い掛かってきたものをデッドオアライブで攻撃する。その影から後衛に徹した貞子が邪魔にならない様気をつけながらウォーターボムで、僅かなりとも足止めを。
上空ではルエラが槍を構え、状況を見据えては降下してサーベルタイガーに一撃を加えては上空に離脱し、地上の仲間ばかりが敵ではない事を知らしめる。それでなくとも本来は群れを作らない獣だ。仮初の連携は容易に崩れ、冒険者達への攻撃にも隙が出来る。
だがまだ、カオスの魔物が姿を現していない。周囲への警戒を怠らず、魔法による探査と視界による捜索を行っていた塁郁は、ハッと上空に視線を向けた。デティクトアンデットに反応があった。同時に邪魔にならない場所へ退避していた案内人が、ふっ、と煙のように姿を消し。
「ピイィィ‥‥ッ!」
代わりに現れた小鳥が、甲高い悲鳴を上げながら小さな翼を羽ばたかせた。突然の事に混乱しているのだろう、パサパサと飛び回る。
塁郁はギッと現れた魔物を睨みつけた。冒険者達の注意も一瞬、上空へと逸れる。その中に、鮮やかな極彩色の羽根を全身にまとってソレは居た。愉悦に満ちた笑みを醜悪に浮かべ、下界の様を見下ろしている。
チラ、と己が姿を変えた小鳥に冷たい視線をくれてやりながら、魔物は悠然と腕を組んだ。ルエラがペガサスを操り、突進の体勢を整える。
冒険者に出来た隙を、魔物に操られた獣は見逃さない。すかさず飛び掛り、牙を剥いたのを間一髪体をひねって避け、グランは代わりにデュランダルを一閃した。
上空のカオスの魔物よりも、今対処すべきは襲い掛かってくる獣の群れ。フラガも歯噛みしつつ、目の前の敵に集中する。
塁郁がニュートラルマジックで小鳥に帰られた案内人の解呪を試みた。だが効果はない。何度試しても同じだ。
魔物が嗤った。
「その程度の小細工でこの『孔雀の羽を持つ者』の呪いが解けるとでも? まったく、我らから『鍵』を奪った人間と言い、『鍵』を隠した小娘と言い、何とも地上には愚者の多い事か」
「呪い‥‥ならば貴様を倒さねば、案内人はあのまま、という事ですか」
ルエラは舌打ちする。ニヤリ、と嗤った魔物がルエラを指差した。不穏なものを感じ、咄嗟に気合で跳ね除けると、ほぅ、と魔物は面白そうに目を細めた。
構わず、槍を構えた。
「セクティオ!」
ペガサスを気合で従わせ、魔物へと突っ込む。同時に魔物はカオスフィールドを展開。攻撃を跳ね返し、同時にルエラにダメージを与える。
だがこれはニュートラルマジックで解除が可能だ。塁郁はすかさず魔法を唱え、魔物を取り囲む結界を向こうにした。同時に結界を張りなおす暇を与えず、ルエラが再びチャージング。
地上ではグランとフラガが着実に獣にダメージを与えていた。動きが鈍った個体には貞子がアイスブリザードで追い討ちをかけ、グランがデュランダルで、フラガが2本の剣で止めを刺す。
残るは3体。うち2体はまだ無傷だが、倒せない相手ではない。
「スマッシュボンバー!」
大振りに薙ぎ払い、同時にレミエラを起動させた。ソニックブレードを発動、上空へと真空波を打ち上げ、魔物を狙い打つ。
魔物は身をかわしたが、衝撃を受け流しきる事ができず、グラリと体勢を崩した。すかさずルエラが追い討ちをかけ、塁郁がホーリーで援護する。魔物はレジストゴッドで神聖魔法から防御を選択。さらに呪文を唱え、手の中から漆黒の炎を打ち出し、反撃する。
「クッ!」
攻撃を受けて思わず膝を突いた塁郁を見逃さず、サーベルタイガーが飛び掛った。咄嗟にフラガが間に割り込み、2本の剣で押し返す。さらにグランが援護攻撃。その隙に塁郁は傷を癒し、体勢を立て直す。
同じく体勢を立て直した魔物が、地上を睥睨した。
「チャンスをやろう? 『鍵』の在り処を大人しく言うならば良し、あの小娘の様に下らぬ戯言で命乞いをするなら容赦はせぬ」
「‥‥リーリア様は何と言ったのだ」
「『鍵』など知らぬ、この地には何もない、誰も関係ない、殺すなら自分だけを殺せ。良くもまぁ、あれほどの戯言が出てくるものだ。大人しく白状すれば小鳥に変えて我が傍に侍らせるも良いかと思ったものを」
痛めつけて白状させようとしたものの、リーリアは拒否して舌を噛んだ。獣に命じて死体を喰わせて多少溜飲は下がったが、それで『鍵』が見つかるはずもなく、しばらく監視していたが冒険者が来た以外に大きな動きもない。故にリーリアがどこかに隠したものと判断、領内の人間を殺し回りながら捜索を開始した、と言うわけだ。
冒険者の瞳が怒りに燃えた。獣が魔物を庇うように立ちはだかったが、今の冒険者にとって獣はもはや敵ではない。襲い掛かってくる獣をいなし、狙いはただ魔物に向かう。
レジストゴッドはニュートラルマジックで解除。ペガサスを駆って攻撃を仕掛けたルエラが勢いで魔物を地上へと叩き落し、すかさず地上の仲間が剣を振るう。
魔物の危機に獣が反応し、冒険者へと牙を剥いた。やむなくそちらへの対応を強いられた隙に、魔物は再び舞い上がろうとする。
グランが叫んだ。
「津吹!」
その声に応え、駆け出したのはグランの連れた猟犬だ。誰もが戦力にすら数えていなかったが、クナイを加えて真っ直ぐに魔物に向かう姿はまさに戦士。ソレを見越し、事前にオーラパワーをかけておいたのも、この瞬間を狙えばこそ。
これは完全な不意打ちだったらしく、魔物は攻撃をマトモに食らった。まさか、と目を見開いて津吹を見つめ、忌々しげに顔を歪めて乱暴に払い落とす。
だがこれこそ、魔物が見せた隙。
「もらった!」
叫び、切りかかったのは誰だったのか。全員が武器を構え、魔法を唱え、一斉に魔物へと攻撃を集中させた。カオスフィールドを展開させる暇も与えない。
ギィヤアアァァー‥‥ッ!
耳障りな魔物の断末魔が、枯れ果てた草原一杯に響き渡った。
魔物の死によって、小鳥へと姿を変えられた案内人は元の姿を取り戻した。残る獣も魔物の支配から逃れ、混乱に陥った所を協力攻撃で撃破。残る魔物が居ない事をデティクトアンデット、そして辺りを捜索して確かめ、獣の遺体は埋葬する。
「さて、後は魔物が探していた『鍵』だが」
塁郁がデッドコマンドで獣の遺体の思念を確かめてみるも、獣達は具体的にソレが何なのか知らされていなかった。探す、『鍵』、喰う。読み取れたのはせいぜいこの位だ。
だとすれば手がかりを得られるのは領主ラシェットその人に他ならない。
「何かお心当たりはありませんでしょうか。領内であまり知られていない洞窟などがあれば」
フラガは丁重に魔物達を退治した事を報告し、ラシェットにそう問いかけた。傍らに居る執事にも取次ぎを頼む際に尋ねたが、彼は思い当たる事はない、と首を振った。
そしてラシェット・ディーンもまた。
「そんなモノは、ない」
「ですが旦那様。念の為、お心当たりを探して頂いた方が宜しいのでは?」
「不要だ。初めからそんなモノはないのだから」
冒険者達、そして執事の言葉にもラシェットは顔を歪め、力なく首を振った。
それは、聞きようによっては自嘲の響きすらあった。執事が主のらしからぬ投げやりな態度に眉をひそめる。ラシェットが生まれる前からディーン家に仕えている彼は、主が平素はこんな態度を取る人物ではない、と知っている。
冒険者達もどうしたら良いのか判らず顔を見合わせた。その様子にようやく、己の態度に気付いたラシェットが襟を正し、重い口を開く。
「妻の死後、カオスの魔物が『鍵』を求めてやって来る。それこそがリーリアと彼女の父の狙いだったのです」
「‥‥どういう事ですか?」
尋ねられてラシェットは古びた手紙を冒険者達に見せた。貞子とフラガが同時に「あ」と声を上げる。それは以前、2人が文献調査で訪れた際に文献の中から見つけたラシェット宛の手紙だった。
「要約すれば、リーリアの父は文献を集める中で、魔物達が探しているらしい『鍵』と呼ばれる何かがある事を知った。彼はカオスを詐術にかけて『鍵』を彼が持っていると思わせる事に成功したが、魔物に追われて妻を殺された。命からがら逃げのびたものの、やがて見つけ出されて自らも魔物に引き裂かれ、後を娘に託した。託された娘は偶然ディーン家の妻に望まれ、託された文献の総てを封印したのです」
だがいずれ魔物は娘の事をも突き止め、リーリアを見つけ出すだろう。リーリアが『鍵』を持っていないと知れば、領内を荒らし回るだろう。それでもここに『鍵』があると思っている限り、本物の『鍵』は守られる。
その為にリーリア・クレッシェンドはラシェット・ディーンと結婚し、ディーン家とその所有する領地総てを巻き込んだのだ。彼女はラシェットを利用しただけなのだ。
だから『鍵』は最初からこの地には、ない。
唇を噛み締めるラシェットに、グランが告げる。
「だが奥方は、後悔していたのではないかな」
「‥‥‥?」
「魔物は言っていた。奥方は『鍵』の在り処を言わず、ここには何もない、誰も関係がない、と言い続けたと。自分以外の誰も殺すな、と命乞いをしたと――初めは利用するつもりだったかも知れない。だがそれなら、『鍵』は誰にも判らない所に隠してある、と言えば良い。それをしなかったと言う事は、奥方は巻き込んだ事を後悔していた、という事にならないか」
「リーリアが‥‥」
ラシェットは告げられた言葉に愕然とし、言葉を失った。冒険者の顔をまじまじと見つめる。
手紙の中でリーリアは言った。利用した自分を恨んでくれ、と。ラシェットを巻き込む事を選んだ自分を許してくれるな、と。
いつか来るべき災厄、それから世界を救う為に数多の文献を集めたリーリアの父。その意志を継ぐ事を選んだリーリア。世界を救う為に必要だったのだ、と言われれば返す言葉もなく、だがそれで割り切れるような単純な想いでもない訳で。
だが最後の最後で、リーリアは世界ではなく、ラシェットを、民を選んだ、と言うのか?
執事が告げる。
「奥様が仰った事がありました。御自分の死が旦那様に不幸をもたらす、その事が口惜しい、過去の自分の愚かさが悔やまれると」
ただの戯言だからラシェットには言うな、とリーリアに言われた言葉。だがそれこそが主に今必要な言葉だ、と執事はあえて沈黙を破って告げる。
ラシェットの顔が歪み、引きつれたような嗚咽が喉の奥から沸き起こった。
『――だからどうか、敬愛なる領主ラシェット・ディーン様。貴方は私を許してはいけません。貴方を巻き込み、危険に晒した私を憎んでください。罵ってください。それこそが貴方の信頼を踏みにじる私に最も相応しい罰なのです。
それでも貴方の手を取る事を選んだ、罪深く呪われたこの身に降りかかる災いが貴方をも巻き込まない事を、どうか願わずには居れません。
貴方に無限の愛を込めて リーリア・クレッシェンドより』