見習い冒険者、協力者募集中。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月02日〜02月07日

リプレイ公開日:2009年02月08日

●オープニング

 シルレイン・タクハ。レンジャーに憧れ、冒険者を夢見る何でも屋の青年である。ときどき冒険者ギルドに顔を出しては本物の冒険者を憧れの眼差しで眺めたり、この頃はどんな依頼があってどんな冒険をしたのか話を聞きたがったりもするので(残念ながらシルレインは字が読めない)、ギルド職員の中に知り合いがない訳でもなく。
 例えばそう、彼女のように。

「姐御、頼む! 俺を男にしてくれ!」
「‥‥‥‥‥」

 ガバッとカウンターに手を付いて頭を下げたシルレインに、口元を引きつらせながら視線を向けたのは、シルレインとは一番親しい受付嬢だ。名前は聞いたが忘れてしまった。忘れた事は言っていない。
 受付嬢はシルレインの前後左右をじっくり眺め、ついでにギルド全体を見渡した。特に不審人物は居ない。子供の姿もない。

「いきなり何事ですか、シルレインさん? また何かトラブルでも?」

 そう尋ねたのは、年明け早々に彼が巻き込まれた事件の事が記憶に蘇ったからである。ほら、こう言うことは続くと言うし。
 だがシルレインは首を振り、それからなぜか頬を赤くした。照れ隠しのようにドッカと乱暴に椅子に腰掛け、行儀悪く足を上げる。

「シルレインさん、足!」
「それがさー、こないだ、仕事帰りに市場を通り抜けたら、途中で荷物を抱えたちょっと可愛い子が居てさー」
「‥‥足‥‥」
「その子、どっかのお屋敷に使えてるらしいんだけど、足が悪いのに買い物に行かされてたんだよ。そんなん、可哀想じゃん? んで荷物持ってやったらさ、お礼をしたいからお住まいを教えてください、って言うんだよ」

 誰も聞いてないのに話し出す。と言うかその前に人の話を聞け。
 しかし、頬を染めた理由は判った。大方その女の子に一目惚れでもして、良い格好を見せたい、と言ったところだろう。
 受付嬢は微笑ましく青年の照れた横顔を見つめた。そうして

「それでさ‥‥つい『俺、冒険者なんだ』って言っちまったんだよ‥‥」

 続くシルレインの言葉に、ピキ、と頬を引きつらせた。

「は‥‥?」
「いや、悪気はなかったんだけど、ついカッコ良く思われたかったって言うか!? だって冒険者カッコ良いじゃんよチクショー!!」
「ヤケにならないで下さい!」
「頼むよ姐御、このとーりッ! こないだ俺を助けてくれた冒険者ぐらいカッコ良くとは言わねぇから、俺を男にしてくれよッ!!」

 聞きようによっては十分いかがわしい会話であった(ソレは記録係の頭の中だけだ)。
 気のせいではなく痛み出した頭を抑え、受付嬢は情報を整理する。シルレインが市場で会った女の子に一目惚れし、自分は冒険者だと名乗った。冒険者と名乗った時点で身分詐称だが、今はそれは置いとくとして。

「具体的に、その方と何かお約束をされたりは?」
「‥‥‥‥‥冒険の話を聞きたいって言うから、つい、なら今度行く冒険に一緒に行く? とか言っちまったり」
「なんでそんな余計なこと言っちゃうんです!?」
「判ってるよ! 男の見栄なんだよ、判ってくれよ!!」

 判りたくないが、現実はもちろん受付嬢の希望など知った事じゃない。念の為相手の女の子の反応を聞くと、目を輝かせて「じゃあご主人にお休みを取れるか聞いてみる」と喜んで居たと言う。最悪だ。

(まぁ、相手の方は素人でしょうから本格的な冒険はしなくて良いとして)

 むしろ素人を魔物退治やらなにやらに連れ出したら虐待だ。嫌がらせだ。
 ソレはともかく、もちろんシルレインに『冒険の予定』などあるわけもないし、実際に冒険に蹴りこんだ所で確実に足手まといになるのは目に見えている。
 ならば、この事態を乗り切る解決方法は一つ。

「‥‥‥素人のお嬢さんが楽しめて、かつシルレインさんでも手に負えそうな冒険を、冒険者の方に考えて頂くしかありませんね‥‥‥」
「‥‥‥‥だよな、やっぱ」

 受付嬢の言葉に、さすがにその辺りはちゃんと己の実力を知っているシルレインが悄然と肩を落とす。何か手頃な冒険依頼があれば別だが、そんなもの、タイムリーに転がっている訳がないのだ。
 ため息を吐いて受付用紙を取り出した受付嬢に、申し訳無さそうなシルレインの眼差しが注がれる。決して彼に悪気はないのだ。それは判っているのだが。

「取り合えず『私は』酒場で飲み放題で手を打ちますけど。冒険者の皆様にもきっちり謝っておいて下さいね」
「わ、判ってるよ‥‥ッ! その、すまねぇ、姐御‥‥‥」
「私に謝っても仕方ないでしょう」

 受付嬢は肩をすくめ、小さくなったシルレインにため息を吐いた。ついでに冒険者に、シルレインをちょっと鍛えておいてもらったり、心得なんかを教えてもらった方が良いかも知れない、と思う。
 また大きなため息を吐き、受付嬢は一気に依頼書を書き上げたのだった。

●今回の参加者

 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec4065 ソフィア・カーレンリース(19歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)
 ec4600 ギエーリ・タンデ(31歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

「シルレインさん‥‥なんてお願いをするんですか‥‥っ」
「ううッ、レイン姐さん、すまねぇ‥‥ッ!」

 依頼初日。顔を合わせた開口一番そう叫んだレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)に、ガバッ! と全力で頭を下げて謝り倒すシルレインの姿がそこにはあった。それを見守る冒険者達も、呆れ顔なのは否めない。
 何しろ『気になるあの子にカッコ良く思われたくて冒険者と名乗っちゃった』と言う、普通に考えてもどうなんだそれ、みたいな状況である。幾ら気になるあの子のためとは言え。幾らお年頃だとは言え。
 だから、ラマーデ・エムイ(ec1984)がため息と苦笑の入り混じった、実に複雑な表情になったのも、致し方ない事だと言えた。

「仕方ないわねー。ま、お姉さんが一肌脱いであげましょ☆」
「すまねぇ、ラマーデ姐さん、恩に切るぜ。みんなも、このとーりッ!」

 シルレインが深々と、自分の為に集まってくれた冒険者達に頭を下げる。そして、おずおずと見回す。
 彼とて、自分がどんなに馬鹿な事をしたのか、と言う事は判っているつもりだ。冒険者は憧れの職業だが、だからと言って軽々しく名乗ったりしてはいけない。だが名乗ってしまい、期待させてしまった。
 だからシュンと耳の垂れた子犬の風情で見上げてくる青年の肩に、判ってますとも、と好意的な笑顔で手を置くギエーリ・タンデ(ec4600)。

「今は背伸びをして、虚構の自分を見せる事に精一杯でも構わないのですよ。ご婦人方には判らないかもしれませんが、男とは見栄無くして生きられぬもの。その虚構を現実とする為の努力が男を成長させるのですから! これで毎日修行する理由と張り合いが出るというものでしょう?」

 同じ男同士、その心情は通じ合うものがあったようだ。
 その言葉にぱっと顔を明るくした青年を見て、レインは深く深くため息を吐いたのだった。





 念の為冒険者ギルドで手頃な依頼が出ていない事を再度確認し、冒険者達は各々行動を開始した。

「彼女に冒険者らしい姿を見せられて且つ安全‥‥んー。『自作絵具材料用鉱石採取の案内と護衛と手伝い』でどうかしら」

 色々と話し合った結果、ラマーデが出した案が採用。場所の選定にはルスト・リカルム(eb4750)とギエーリがあたる事になった。出来ればウィルから2日程度の辺りで、デートも出来そうな景色の良い場所を、と意気込んでいたのだが、生憎問題の彼女は休みが1日しか取れなかったと言う事で、日帰り計画に変更となった。
 ラマーデが例として上げた鉱石のありそうな場所を思い出しつつ、各地を旅する事の多い吟遊詩人や旅商人、画商ギルド、果ては市場に来ている近隣の農夫にも当たって、場所の情報を集めていく。ただ採取するだけなら良いが、『足の悪い娘を馬に乗せて1日で往復出来る範囲で』『モンスターや盗賊の出没がなく』『足場も悪過ぎず』『質が悪くとも鉱石が採取出来る場所』となると、限られてくるどころか殆ど皆無。
 結果として絞られてしまった候補を、さらに詳しく情報を集めてはシルレインを含む全員で額を寄せ合い、どこが良いか話し合った。シルレインははっきり言って役に立たなかったが、雰囲気だけでも味あわせておくとして。
 その間にシルレインは、レインとフォーレ・ネーヴ(eb2093)からみっちり扱かれた。

「レンジャーになるなら基礎は必要だから、時間の限り徹底的に教えるからよろしく〜だよ?」
「セトタ語も覚えてくださいね。せめてご自分の名前は読めるようになってください!」

 何しろ相手は元教師と本職レンジャーである。その迫力に勝てるものではなく、シルレインは告げられた言葉にコクコクと頷き、フォーレのレクチャーを真剣に拝聴した。

「この職業は行動の慎重さが大切かな。勿論、技術に伴った実力も必須だけど。例えば斥候や侵入するのに慎重さや実力が欠けてると全滅に繋がる事も考えられるからね」
「そ、そっか、なるほど」
「そうそう、慎重さや実力をつける為に日頃から鍛錬を怠らない事も重要だよ。例えば、深夜に閉まってる宮廷とか友人の家に‥‥」
「‥‥ってフォーレ、何教えてんの!」

 あらぬ方向に進みかけた話を、危うく気付いた友人のルストが鉄拳制裁付きで諌める場面もあったのだが、それはまぁご愛嬌。
 生まれて初めてのセトタ語の勉強も、何しろ今まで文字を必要としてこなかったのでとっつきにくい部分もあったが、青年は足りない実力を情熱でカバーした。それは教えるレインの方が驚くぐらい。

「シルレインさん、少しは休憩しないともちませんよ?」

 さすがに心配になったレインに、大丈夫だ、と首を振る。確かに疲れているが、憧れの冒険者に冒険の為の事を教えて貰っている、と思うと休んでなんて居られない。
 やがて目的地はウィル郊外のちょっとした川原に決定する。その頃にはセトタ語も、レンジャー指導も付け焼刃なりに様になった。
 後は当日を乗り切るだけだった。





 さて、絵具は色味のある鉱物を砕き、膠で溶いて作る。材料となる石はざっと上げただけでもラピスラズリ、マラカイト、辰砂にターコイズなど、詳細には数え出すと切りがない。これらの石を求める色味に合わせて適当な大きさまで砕くのだ。
 今回の『依頼』はこれらの鉱石のうち、比較的見つかりやすい辰砂を探す事にした。

「洞窟でもあればより冒険らしい雰囲気が出たのでしょうが」

 残念そうにギエーリは言ったが、こればかりは仕方ない。洞窟の方が鉱石は見つかり易いだろうが、馬を連れて行ける範囲、しかも足の悪い少女を伴う事を鑑みると、手頃な場所が見つからなかった。
 少女を乗せるため、シルフィードの轡を取って待っていたソフィア・カーレンリース(ec4065)が、やがて待ち合わせの場所に左足を引き摺りながらやって来た少女の姿に気付き、シルレインを肘で小突いた。迎えに行けば良かったのにと思うが、あんまり目立つ事は困るから、と少女に断られたらしい。
 少女の姿を見たシルレインが、鼻の頭を寒さだけではなく赤くした。口は悪いが、根は純情らしい。

「ニナ!」

 シルレインが呼ぶと、少女が遠目からでも判る笑みを浮かべて手を振った。駆け寄ろうと一生懸命足を動かすのを、急がなくて良いよ、と青年が笑い。
 ラマーデとギエーリは互いの顔を見合わせた。以前とある屋敷から失踪した少年を捜索した事があり、その屋敷に勤めていて似顔絵作成などに協力してくれたのがニナなのである。まぁ、世間は狭いものだ。
 ニナも2人の冒険者の姿を見て目を丸くしたが、そう言う事もあるだろう、とすぐに納得したようだった。

「初めまして! 僕、ソフィア・カーレンリースだよ。今日はシルフィードに乗ってね」
「初めましてだね、だね? 私、フォーレ♪」
「ニナと言います。今日はよろしくお願いします〜」

 冒険者達に頭を下げ、ニナは大人しく馬上の人となる。乗せたのは、そこは勿論シルレインだ。冒険者達に小突かれ、耳まで真っ赤になりながらだったが。
 目的地へと向かいながら、今回の『依頼』について説明する。冒険者であるラマーデが依頼人、と言う部分でニナは不思議そうな顔をしたが、冒険者だが戦闘方面は得手ではないので、と言う説明に彼女の絵の腕前も知る少女は容易く納得した。
 先頭に立ったギエーリが出来るだけ負担が少なそうな道を選び、ソフィアがシルフィードとニナに交互に気配りの視線を向ける。

「大丈夫? 無理はしないで、きつい時には言ってね」
「良かったらマフラーや手袋も使ってくださいね。足がお悪いのに体を冷やしたら、痛みが走ったりするかもですし‥‥」

 さらに向けられるルストとレインの温かい言葉に、ありがとうございます、と少女は満面の笑みを浮かべ。
 冒険者すげぇ、と感動の眼差しになって傍観している青年が一人。

「シルレインにーちゃん、自分も『冒険者』だって忘れてるのかな、かな?」

 満面の笑みで厳しい突込みを入れるフォーレに、アハハ、と乾いた笑い声が返る。忘れていたようだ。ドスッ、と笑顔で容赦なく肘鉄を入れる。さすがにニナの前でナイフは投げられないし。
 その後、

「シルレインさん。この道はこのまま行った方が良いでしょうね?」
「さぁ、ギエーリ兄貴についてく(ドスッ)‥‥ッ、あ、うん、このままで良いんじゃないっすかね?」
「シルレインにーちゃん、周りに変わった事はなさそうかな、かな?」
「いや師匠、俺に聞かれても(ドスッ)‥‥ッ、そ、そうだな、大丈夫そうかなッ!」

 一事が万事突っ込みを入れられつつ、何とか進んでいく状態。
 これがシルレインだけならとっくの昔に崩壊しているような綱渡りだが、フォローするのはあらゆる意味で歴戦の冒険者達である。突っ込みを入れるのみならず、誰かがニナの気をそらした隙に残る全員で青年を言い含める、という連係プレーも多々見られ。
 お陰で昼前、目的地についた頃にはニナはすっかり楽しそうな表情になっていた。

「シルレインさんって、皆さんに頼りにされてるんですね!」
「あは、ははは‥‥」

 ここで素直に頷けたならどんなにか楽だっただろう(全員の心の声)。嘘が苦手なレインなど、必死で目を逸らしつつなんでもない顔を装うのに精一杯だった。
 綺麗な景色の中でお弁当を食べた後は辰砂を探す。この依頼はニナを楽しませシルレインを『冒険者』と思ってもらうのが目的だが、だからってニナに言った『依頼』を疎かにして良い理由はない。むしろ本当の依頼の雰囲気をシルレインに味あわせる為にも、ここは真剣に取り組むべき所。

「シルレインくん、良い鉱石がありそう?」
「や、正直ワケわかんねーって言うか(ゲシッ)‥‥ッ、こっちにはないっす! って言うか今、蹴り入らなかったか!?」
「気のせいじゃないかしら?」
「ッてあんたか、ルスト姐さん!」
「まぁまぁシルレイン君、ニナちゃんが見てるよ?」

 ホラ、とソフィアが指差した方向を見て、グッ、と己を律して再び川原の石と格闘しだす青年。2人きりにしてあげよう、という気遣いは「冒険のお邪魔は出来ませんから」と手を振った当のニナによって固辞された。
 それでも1人きりには出来ず、時々冒険者達が交代で声をかけ、少女が退屈しないよう幾許かの話をする。それを少女は目を輝かせて聞き、川原で辰砂を探す冒険者達の姿を飽く事なく見つめていた。





 帰り道。結局辰砂は見つからなかったが、冒険の様子を見れただけでも少女は大満足だったようだ。

「今日は本当にありがとうございました〜。すっごく楽しかったです!」
「ニナ、ホントに送ってかなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ〜。シルレインさんみたいな冒険者さんに送ってもらったりしたら、お屋敷の同僚にびっくりされちゃうもん‥‥精霊さんやドラゴンさんのお話もとっても楽しかったです。また聞かせてくださいね!」

 そう言う少女をお屋敷街の手前まで送り、勿論シルレインが馬から下ろす。立つ分には危なげなく地面に降り立った少女は、それじゃあ、と全員に丁寧にお辞儀をすると、クルリと背を向けてゆっくりと歩き出した。ゆっくりと、足を引き摺りながら。
 そのニナを見送る、シルレインの背中に。

「シルレインさん。嘘付いたままで良いんですか?」

 レインの静かな、だが厳しい一言が向けられた。ギクリ、と背中を強張らせた青年に、ラマーデも小声で追い討ちをかける。

「シルレインくん。お望み通り格好良く見せてあげたけど、お膳立てして貰った活躍を褒められて嬉しかった? これから先あの子はずっと、本物のキミじゃなくて作られた偽物のキミだけを見る事になるけど、それでもいい?」
「‥‥ッ」

 2人の言葉にシルレインは唇を噛み締める。その通りだった。今日ニナが見た彼は、彼じゃない。冒険者達に頼んで取り繕ってもらったに過ぎない。
 救いを求めるように視線を巡らせても、勿論救いの手はどこからも差し伸べられはしない。皆が解っている事だ。これは虚構――ここから先は彼自身が、自分で決めなければならない。
 頼りない表情になったシルレインに、ルストがタバコを吸いながら「しょうがないわね」と言った。

「後悔してるのよね? ならやる事は1つよ」
「時間が経つほど、嘘は謝れなくなるわ。ホラ、今ならまだ追いつけるわよ?」

 ホラ、と手の掛かる弟をあやす様にゆっくりと遠ざかって行くニナの背を指したのを、見て。

「ニナ‥‥ッ!」

 吐き出すように、叫んだ。突然呼ばれ、ビックリした表情で少女が振り返り、コクリと首を傾げる。それが見える。
 それだけで挫けそうになりながら、シルレインはぎゅっと両手を握り締めた。

「すまねぇ、俺は嘘をついてたッ! 俺は冒険者なんかじゃねぇんだ、この人達に頼んで冒険のフリをして貰ったんだッ! 俺はニナを騙してたんだ‥‥ッ!」

 叫んで、だがその言葉を聞いたニナがどんな表情をしているのか見るのが怖くて、シルレインは下を向く。きっと呆れてる、怒ってる。それは当然で、でもその感情を向けられるのが怖くて。追いかける勇気すらなくて。
 嘘を吐いた、あまつさえ誤魔化そうとした自分に、今更泣きたくて。
 だが。

「‥‥じゃあステキな冒険者になって下さい!」

 不意に耳に届いた言葉が信じられず、顔を上げた青年の眼に飛び込んできたのは、今日何度となく向けられた少女の明るい笑顔だった。

「だって私、今日ホントに楽しかったですもん。それはシルレインさんが冒険者だからじゃなくて、私の事、ホントに楽しませようとしてくださったからですよね? 嘘吐いたのだって、私を騙してやろうと思ったんじゃないですよね? だから皆さん、シルレインさんを助けてくださったんでしょ? 大丈夫です。シルレインさんは絶対、絶対にステキな冒険者になりますよ!」

 その言葉に、シルレインはクシャリと顔を歪めた。ブンブンと大きく手を振って去って行くニナの姿を、眩しそうに眼を細めて見つめ。
 小さく、呟く。

「うん、なりてぇな、冒険者」

 なれたら良いな、と小さく小さく呟いた、その背中を冒険者達は温かく見守っていた。





 主への戻りの挨拶を、した。

「ただいま戻りました、お嬢様」
「良く戻りました。ニナ、楽しんで来ましたか?」

 人形の様にも思える美しい面立ちに生真面目な表情を浮かべた主である少女に、はい、とニナは満面の笑みで頷く。その笑みを確かめるように見つめた少女も、その様ですね、と微笑を浮かべる。

「吹っ切れたようですね」
「はい。私、思い出しました――私の命は、あの方達に助けてもらった事を」
「そうですか。ではもう大丈夫ですね?」
「はい、お嬢様。あの方達に誓って、私、頑張ります」

 力強く頷くニナに、頼みますよ、と少女は頷き、だがすぐに瞳を曇らせる。

(あの人もニナ程に強く在れれば良いのですが)

 無理でしょうね、と少女は暖炉の炎を見つめた。嵐の予感がした。