●リプレイ本文
『力とは何か?』
かつて集った7人の冒険者に、巨竜は問うた。
彼らは答えた。曰く、それは仲間との連携の力である。曰く、それはいかなる相手にも屈せず己が道を貫くことである。曰く、傷ついた仲間を癒し救うべく己が業を振るい続ける事である。
ならばその力を示せと巨竜は言い、冒険者はそれに応えた。力とは何かと思考し、のみならずそれを示す事。両者を立派に果たして見せた冒険者を、信頼に足ると判じて巨竜は月が属の若子を彼らに託した。
そして今、その上で敢えて、巨竜は再び冒険者に求める。
『人の子と竜の子の力を見せてみよ』
人の子の力は示された。竜の子の力は何より巨竜がよく知る所。ならば両者が敢えて共にある、それが故に生まれる力とは何なのか?
それをどう捉え、どう示すのか。それが見たいと巨竜は求める。
とは言え、深山を踏み分けてやってきた冒険者達と竜の子達を見た瞬間の巨竜の言葉は、前述の如き深遠な思想どころか、高位竜の威厳すら危ういものだった。
「おぉおぉ、子らよ、よう来たよう来た。ほれ、傍まで来てこの竜に、汝らの姿をよう見せておくれ」
多分誰もが脳裏に、久し振りに会った孫にはしゃぐ祖父の図を思い浮かべたに違いない。
チラチラと自らのご主人様の姿を振り返りながら、言われた通りトコトコと――実際にはドスドスと言う足音も聞こえたが、気持ち的にはトコトコと巨竜の傍によって行く竜の子達。その子らを目を細めて見つめながら、鼻面を摺り寄せる巨竜。竜の言葉で何か話し合っているのかも知れないが、勿論解るはずもない。
(‥‥さてさて、これも一種の親馬鹿って奴かねぇ?)
(思った通りアル)
微笑ましいのだが竜だけに圧巻なその光景を見て苦笑するシン・ウィンドフェザー(ea1819)と、巨竜は竜の子らの顔を見ただけでも喜ぶのではないかと予想していた孫美星(eb3771)が顔を見合わせる。巨竜の傍らに侍る黄金竜も、心なしか呆れ顔に見えた。
やがて、存分に竜の子を堪能‥‥もとい成長を確かめた巨竜は、そこでようやく冒険者達に視線を向けた。静かな、何かを確かめるような視線。
無言で促され、冒険者は巨竜に腰を折って名乗りを上げた。
「ルミリア・ザナックスと申します。我は阿修羅という神に仕えるパラディンなのです。世にあだなす悪を討つのが我が使命。なお、この仮面は戒律により外せぬ事をお詫び申す」
「何、構わぬよ」
「お久し振りです。お預かりしたムーンドラパピのご挨拶に伺いました」
「うむ、息災で何より」
まだ成長しきっていない子も連れていますが、と戻ってきた仔月竜の顔の辺りを飛ぶディアッカ・ディアボロス(ea5597)に、顔を隠して巨竜に見える事を詫びるルミリア・ザナックス(ea5298)。その他の者にもそれぞれ巨竜は頷きを返し、或いは再会を寿いだ。
そして、試すように目を細める。
「して汝ら、この竜の望みは承知しておるかな」
来た、と冒険者達は背筋を伸ばす。何気ない口調で言っているが、成長を見るのが竜の子に会う目的なら、竜の子を託すに足る相手か確かめるのが人の子に会う目的。その力を見せよ、と突きつけられた謎掛けの様な望みに応えるにはどうすれば良いのか、冒険者達は話し合いを重ねてきて。
ふわり、と巨竜の前に進み出たのはユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。
「仔竜との間に築いた絆、それをお見せしようと思いますのじゃ」
それが冒険者達が辿り着いた結論。味方との協力、竜と人との協力。その間にある絆の力。それこそが、竜と人とが共にある事で生まれる力ではないか、と。
ふむ、と巨竜が興味を抱いたように、わずかに瞳を動かす。見せてみよ、という事だ。
こうして、巨竜の為の御前競技会は始まった。
競技会、というからには開会式が付き物だ。今そう決めた。
選手入場とまでは行かないが、冒険者達が見守る中で、連れてきたスモールシェルドラゴンに騎乗したオルステッド・ブライオン(ea2449)が、まさに竜騎士のごとく戦旗を手に背筋を伸ばし、粛々と行進した。これも立派に両者の間にある絆を示すもの。竜を模した甲冑に身を包み、空いた手に槍を掲げる様は、圧巻の一言に尽きる。
その後ろに流れるは、楽を奏でながら一人ではないと言う思いを込めて歌うケンイチ・ヤマモト(ea0760)と、合奏するユラヴィカとディアッカ。3人の奏でる楽が重なり合い、1つのハーモニーへと昇華する。それぞれに連れた仔竜が、ハミングのつもりか小さく鳴き声を上げている。
同時に上空ではシンがグリフォンに乗り、月仔竜ガグンラーズと編隊飛行。口笛の数で上昇、下降、急旋回等を指示し、息の合った動きを見せ付け。さらに、先の竜の試練とは打って変わって優美なロイヤルホワイトに身を包んだフルーレ・フルフラット(eb1182)が、同じく月仔竜シャルルマーニュと地上と上空でダンスを披露し、華を添えた。
となると好奇心旺盛な仔竜達が気を取られ、もぞもぞと動き出すのを必死で大人しくさせようとする場面も見られ。竜との人とのワルツが終わると、今度はジャン・レノン(eb5998)が礼服を身につけ、シフールの竪琴を抱えて登場した。
『うちのイエスタデーの成長が遅いので、その相談にまいったのですが、先日無事成長を果たしましたので、その祝いも兼ねて、歌と踊りを披露したいと思います』
そう話していたジャンはウイングドラゴンパピーのイエスタデーと共に、歌と軽業を使った踊りを披露した。と言ってもようやく気心が知れてきた所、ジャンの歌声に合いの手を入れるイエスタデーの羽音は若干ずれていたが、大切なのは共に何かをやり遂げようと言う気持ち。
やがて上空を駆けていたシンの合図でガグンラーズとシンが別々の方から急降下し、地上に設置した標的に同時に攻撃する、というパフォーマンスを見せて、開会式はクライマックスを迎え。無意識に反応を伺う視線を向けた冒険者達に、巨竜は小さく頷きを返す。
事前に練習をしておいたおかげでステップも間違えなかった、とほっとした表情になったフルーレが言った。
「竜と人とが共に在るが故の力、とは‥‥その形は様々でしょうが、やはり新しい何かを生み出す事の可能性、ではないかと。まだちょっと、ぎこちないッスけど‥‥『剣』とも『盾』とも違う、例えばこんな新しい可能性‥‥如何でしょうか?」
「ふむ。人の子らよ、歌舞音曲は立派な力よ。それは人の子は勿論、竜や精霊の心をも奮い立たせる故な――この竜が汝らを『剣』と呼び『盾』と呼ぶは、人の子の持つ武具を指すではない故な」
各々が世界を守る『剣』たり『盾』たるという事。その意味を考えてごらん、と一同を見渡した巨竜は深い声色で呟いた。
続くは、竜の子と人の子との絆があってこその団体競技。種目は綱引きに障害走、空中レースなどが上がったのだが、ここで一つ問題が出た。引く綱はルミリアと美星がそれぞれ持ってきたロープを繋ぎ合わせたのだが、そこで巨竜が首を傾げたのだ。
「それを竜の子らが引っ張り合うと切れんかな?」
そう言われ、各々の連れてきた竜の子を見やって考え込む。綱引きとは力の限り綱を引き合い、どちらの力が勝るのかを競うもの。で、子とは言え竜が複数頭で全力で引き合うとなると‥‥どうだろう? 一応耐荷重200kgだが。
考えているうちに巨竜が今度は反対側に首を傾げ。
「ま、綱が切れんように引っ張り合えば良かろ」
つまり、切れない程度に力をセーブしろ、と言いたいらしい。それはすでに綱引きの定義から外れているが、巨竜は多分そんな事は気にしてない。というか綱引き自体知らない。
という訳で綱引きはパワーバランスゲームに変更と相成り、飛べない竜の子が地上で綱を引き合いつつ、飛べる竜の子は空中レースを開催する事になった。
審判(?)を務めるのはシフールの皆様達。空を飛べる彼らは、空中レースはもちろん、パワーバランスゲームを監督するにも適している。
ただ早さを競うだけでは面白くないので、空中レースはディアッカ持参のビーチボールを奪い合いながら飛び回る形式。仔竜の全力で奪い合ったビーチボールが無事かどうか、それはまた別の物語だ。
何度も首をひねりながら種族ごと、或いは力のバランスなどを考えてチームを振り分けたのだが、次第に竜の子達も見知らぬ竜や人が沢山いる、と言う状況に慣れてきたのか、仔竜同士でじゃれ合ったり、時には高じて取っ組み合いのけんかになったり。
子とはいえ、竜がじゃれ合ったり、取っ組み合ったりする姿など、普通に生きていては先ずお目にかからない光景である。おまけに竜なだけに身体も大きければ力も強い。
そんな子らはディアッカのメロディーで宥めたり、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)と美星がテレパシーを駆使して意思の疎通を図ったり。力技が必要な時は、すでに成竜となっているが月の高位竜と会わせてやりたい、とセイル・ファースト(eb8642)が連れてきた月竜オードが頑張った。
こうして戯れあうのも、自分の力や感情をセーブしたりコントロールするといった学習機会になるだろう。呟くユラヴィカに頷いた巨竜が、さて、と少し離れた所からこの様子を見守っている冒険者達に眼を向ける。
「汝らは良いのか?」
「はい‥‥とりあえず言う事を聞いてはくれますが、まだ私とこの子の間には示せるだけの絆は紡がれてはいませんから」
「俺は冒険で出ることはあっても、こいつらと一緒に遊んでやったりはしてやってないからな。さて、どうしたものか」
アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が腕の中でじっと他の仔竜達と冒険者達の姿を見ている仔竜を眺めやりながら言えば、グラン・バク(ea5229)もお行儀良く座る仔月竜すえぞうと、その前足辺りで「竜の何が偉いのよ」と言わんばかりのふてぶてしさで悠然と寝そべる忍犬の津吹を振り返って苦笑する。
例え竜の子であろうと特別扱いはしない、と言うのが彼の教育方針。勿論、新参者と軽んじる訳ではない。他のペットとも平等に扱いつつ、だが守るべき順列はきっちりと、と言う事だ。
「とはいえ、この津吹がお姉さんとしてよく面倒見てくれているので、俺がとくにすることはないな。今は一緒にこの世界を見て回っているところだ――これから暫くもな」
そう語ると、巨竜はそれで良い、と頷いた。竜の子を竜の子として敬うべく、人の子に預けた訳ではないのだ。
そんな2人の話を聞きながら、アレクセイは眼前の光景を見つめる。竜の子がはしゃぎ、成竜がそれを諌め、冒険者が苦笑し、時には青ざめながら己が竜の子に語りかけ、竜の子が嬉しそうに、時にしょんぼりしながらその言葉を聞く――そんな光景。
ここに在るのは、彼女達の未来の姿。少しずつ寄り添い、心を通わせる事。そうして種族の垣根など無くしてしまって、共に歩み、助け合う事。それはいつか必ずやって来る未来。必ず実現する事の出来る姿なのだ、と。
ただ、それを見せてあげたかった、この子に。この、いずれの竜になるかすらもまだ判らぬ、稚い竜の子に。
そうですね、と元馬祖(ec4154)が微笑む。
「私も、巨竜への竜の子との力の示し方、と申しましても行き着いた答えは『感謝』でした。出会いは卵からでしたがこの子が生まれて、この子が元気に成長して、この子が私に話し掛けてくれるたび、笑いかけてくれるたびに私は幸せを感じました。それを教えてくれたのはこの子でしたから」
それはきっと答えじゃない。でも率直な心情。
判ります、とアレクセイが頷くと、また微笑んで馬祖は森仔竜の蒲牢を伴い、人々の輪の中へ入っていく。次は蒲牢とクルト・ベッケンバウアー(ec0886)の森仔竜アースがロープを引っ張りあう番だ。バランスを取るのが目的なだけに、引っ張りすぎた方が負け、と言うそこそこ難易度の高い競技。
頑張りましょう、と蒲牢の背を馬祖は叩き、頼むよ、とクルトがアースに語りかけ。
合図で同時に加えたロープを引っ張り出した竜の子達に、馬祖とクルトのみならず、冒険者達も暖かい眼差しで声援を送ったのだった。
競技会最後は、ルミリアとセイルの御前試合。各々巨竜に剣舞などを披露しようと考えていたのだが、どうせなら手合わせ願いたい、とセイルが願い出た。
趣旨は竜の子と人の子の力を見せるという事なので、相棒と頼む月竜オードは見学。同じく連れてきた水仔竜のヨルムと共に、連係の力を力を見せん、と意気込むセイルだ。
一方ルミリアは鷲仔竜ブレンヒルトに見守られつつ、ラージクレイモアを構えてセイル達に対峙する。正直を言えば彼女は、ブレンヒルトを戦いに巻き込みたくない。それにブレンヒルト自身も、どちらかといえば戦うよりも戦いを見つめている方を好む。
だが、ブレンヒルトがそこに居て、自分を見ていてくれるだけで力が湧いてくる気がする。頑張れる。それもまた、竜の子との連係の力だと彼女は考える。
「始めッ!」
引き続き審判役のユラヴィカの声に、2人の騎士は同時にぶつかり合った。剣が激しく火花を散らし、一瞬拮抗し、また離れる。ヨルムが吐いた水弾の息を、ルミリアはまともに喰らい。だがこの隙にとばかりに振りかぶったセイルの剣は、危うい所で受け止めた。
元々陸上での戦闘はあまり得意ではないヨルムは、いつの間にかブレンヒルトの隣で主の姿を見つめている。2頭の仔竜の眼差しの向こうで、2人の主は己の持てる技の限りを駆使し、地を削り、岩を砕きながら、相手を打ち倒す一撃をどこに入れれば良いのか本能で考える。
剣戟の鈍い音と、入れ替わり立ち代り激しく場所を変える足音、武具の触れ合う音は、永久ではないかと思えるほど響き続け。
「‥‥ッ、それまでッ!」
ついにルミリアがセイルの喉元に切っ先を突きつけ、戦いは終幕を迎えた。向かい合い、肩で荒く息をする2人。
どちらが優れていた、という訳ではない。強いて言うなればその時の流れがルミリアの方に流れていた、ただそれだけの事だ。何かが違っていれば全く逆の結果になっただろう。互いの健闘を称え、握手を交わす。
ふむ、と巨竜が眼を細めた。
力の限りに遊んだら、その後は眠くなるのが子供と言うものだ。いつの間にやら寝息を立て始めた竜の子達に、冒険者達は苦笑して、各々の竜の子の傍で身体を拭いてやったり、互いに情報を交し合ったり。
ケンイチは子守唄代わりに竪琴を奏で、行き道で彼から歌を教わったゾーラクがおっかなびっくり、だが優しい声で歌声を紡ぐ。ならば我らも、とユラヴィカやディアッカも加わり、そこにジャンの竪琴とセイルの横笛も重なって。
(やれやれ。よっぽど気に入ったらしいな)
以前に赴いた依頼で楽と踊りを精霊に捧げて以来、月仔竜は歌舞音曲がお気に入りだ。今も寝ながら尻尾を振っているガグンラーズに苦笑して、シンもハーモニカに口付ける。なりは大きいが無邪気な光景だ。
と、そんな光景を優しく見つめる巨竜に
「巨竜よ‥‥お伺いしたいことがある‥‥」
そう声をかけたのはオルステッド。傍らには、こちらはちゃんと起きて静かに主に寄り添うスモールシェルドラゴンの姿がある。
ふむ? とわずかに目を細めて続きを促した巨竜に、己が竜を気遣わしげに見上げながら言葉を紡いだ。
「‥‥我が子、スモールシェルドラゴンは以前月姫に見てもらった限りでは、精霊に近い存在のようだが、竜であることは間違いない‥‥一体、この子は何者で、どのようにすれば成長するのか、成長すればどうなるのか知りたい‥‥」
「月姫、と言うと先頃からセレの地に在る月精霊殿の事かの」
巨竜はスモールシェルドラゴンの姿を、小さき子を慈しむ眼差しで見下ろした。
「そうさの、確かにこの子は姿こそ竜だが、在り様は精霊。いずれは立派なシェルドラゴンとなろうが、それには時間がかかろうよ。長じて遥かな時を過ごすのが竜なら、遥かな時をかけて長じるのが精霊ゆえな。そう急ぐ事もあるまいよ――大切なのは汝がその子をあらん限り慈しんでやる事よ」
それは勿論の事だが、やはり心配なのは仕方がない。親と言うのはとかく、子の成長を気にかけるものなのだ。
表情からそれを察した巨竜は、かすかに苦笑の気配を見せた。
「その子はもはや、この竜の助力の及ぶ所ではないよ。人の子が人の子の速度でしか成長出来ぬように、竜は竜、精霊は精霊の速度でしか成長出来ぬ故な。それに――」
「‥‥それに‥‥?」
「ふむ。お聞き、人の子よ。世界の剣たり盾たる子らよ。汝らが預かる竜は人の力とならんべく、人の中で育った――その子らはそれ故に、人の中にあっては人たりえず、竜の中にあっては竜たりえぬ子らとなろう」
限りない慈しみの眼差しを竜の子らに向けながら、だが巨竜はそう言った。感情の窺い知れない、深い声色でそう言った。
「子の成長を見届けるは親の喜び。だが竜は、力が過ぎれば人と共に暮らす事は出来んよ。竜の子の成長を我が子の如く案じてくれる事には礼を言おう。だが真実我らの子を慈しむなら、どうかその事を忘れないでおくれ」
人と共に暮らした竜は、竜の中で育った竜と共に在ることは難しい。だが育ち過ぎれば今度は逆に、竜が人の子と暮らす事が難しい。
それは他の者にも言える事だ、と巨竜は冒険者を見渡した。その視線を受け、クルトは同じく疲れて眠るアースと水仔竜アクアの姿を見下ろす。
彼にとって、2頭はまだ出会ったばかりであり、これから信頼関係を築いていかなければならない相手。今日も空いてる時間があれば餌をあげたり、話しかけたりして信頼を得ようと努力していた。
その彼にとって、巨竜の言葉は遥かな未来の様でもあり、否応無しに彼らとの付き合い方を意識させられる言葉でもあり。だが
「なんにしても、これからよろしく、な」
眠りを貪る2頭の仔竜に囁きかけると、くぅ、と返事のような寝言が返った。
ゆったりと流れ続ける旋律に、持参したものを思い出した美星が巨竜を見上げる。
「あたしのお友達の歌も聞いて欲しいアルよ」
そう言いながら荷物から取り出したのは精霊招きの歌声。『精霊招きの歌姫』と呼ばれる友人の紡ぐ歌声を、天界の機器に閉じ込めたものだ。ふむ、と美星の掲げる小さな機器に巨竜の大きな顔が近付き、そこから流れる旋律に耳を澄ませる。
歌姫の歌が精霊を呼んだ、その光景を大きな身振り手振りで話す美星。巨竜は面白そうに眼を細めた。
「なるほど。汝のような友を持てて、歌姫殿は幸いであろうよ。それは恐らく、歌姫殿にとって得難い力となっただろうからの」
「そうアルかな」
人と人の結びつきは、ただそれだけで大きな力をもたらす。ならば竜と人もまた協力し合い、それぞれのできない事を助け合うならば――それは新たな、大きな力になるのではないか。
そうかも知れません、と頷くゾーラク。彼女は今回、再び巨竜と見えるに当たって、今一度『力とは何か』と考えた。巨竜から預かった仔月竜ベロボーグと共に在る事、それによって生まれる力。
答えらしきものは彼女の中にあり、そしてそれをどうすれば巨竜に示せるのか考え。
「あるべき未来を真剣に考え、共に力を合わせ未来を拓く強い意志を持ち自分達を信じてくれた竜の子達の想いに応える事、自分にできる形でそれを示す事、それが私の力の示し方です」
それが結論。想いは力を呼び、想いに応えたいと言う願いはまた力を生む。それを彼女は今日、竜の子と人の子の間をテレパシーで取り持ったり、巨竜に歌を捧げたりして示さんとした。
巨竜はそんな人の子らの思いを見透かす様に、深遠な眼差しで彼らを見つめている。竜である彼には、人の子とは異なる竜の行動原理があり、思想がある。竜ゆえに人の子を識りはするが理解出来ないし、その必要もない。
だから何を考えているのかは知れなかったが、確かなのは集った子らを見つめる眼差しには柔らかな感情が含まれている、と言う事だった。
帰りもまた、巨竜に仕える月竜が冒険者達を麓まで先導する事になった。
たっぷり眠ってまた元気を取り戻した竜の仔に帰り支度をさせたり、持ってきた荷物を括ったり、と準備する。巨竜が竜の子らの成長を促すものだ、と言ったアイテムは、成竜は勿論、未分化の稚い竜の子にも与えられなかったのだが。
「稚き子は、周りに在る精霊の力の影響を受け易い故な。それに汝らといかな月日を過ごしてきたのか、それによって汝ら自身からの影響も受けて育つものよ。そこにこの竜までが力を貸せばややこしかろ?」
ミスラをつれるアレクセイの子と、月魔法の使い手であるディアッカの子は、その影響を受ける可能性が高い。だが絶対ではない。そこに巨竜が後押しをしてしまえば、本来育つべき道を誤らせる事になりかねない。だから今はただ慈しんでおやり、と告げられて、アレクセイとディアッカは各々の連れてきた子を見つめた。
一足早く準備を終えたセイルが「こんな時にだが」と巨竜を振り仰ぐ。
「デビルの情勢については何か、知っているだろうか。できれば、奴らを覆う黒い霧等への対応策等を聞けたら‥‥」
その言葉に、聞いていたフルーレと馬祖もはっと巨竜を振り返る。ジ・アースではデビルが猛威を振るっているように、アトランティスではカオスの魔物が攻勢を強めている。両者は似て非なるものだが、全く異なるものではないし、アトランティスにもデビルが現れたらしい、と言う話ある。
巨竜は冒険者達の顔を見て、ふむ、と僅かに瞳を細めた。
「そうさの。月並みだが、強力な得物や魔法で対する、位しか直接に人の子に打てる手はないかも知れんの」
もしくは、黒い霧を纏う時間を与えない、とか。一番良いのは彼奴らの本性との繋がりを絶つ事だろうが、そんな事はまず人の身では不可能。それでも地上で戦うならば、光の中で闇の力を引き出せるのはせいぜい1日1度が限度だが、地獄と言う魔物達が本来暮らす場所にあってはその制限すらなくなってしまう。
だがそれには制約も、ある。
「見ていた限りにおいては奴らは、己が意思で霧を纏う事は出来ても、己が意思で霧を払う事は出来ないようだよ」
霧を纏える時間は魔物自身の強さによる。そして1度霧を纏えば、効果が続く限り魔物自身ですら本体との繋がりを断ち切る事は出来ないようだ、と。
助けになるとも、ならないともつかない助言。反応に困る冒険者達に、巨竜は苦笑する。
「汝らは、ここに集うた者達ですらそれぞれに異なる力を持つのであろ。ならばここに集わぬ者の中には、この竜の言葉を闇に打ち勝つ契機となす者も居るだろうよ――人の子らよ、汝らは無限の可能性を持つが故に人の子である事を、忘れるでないよ」
力とは何か? それを考えよと、改めて巨竜は冒険者に告げる。
「知略を駆使する参謀は、数多の魔法を駆使するウィザードよりも優れて居るのか? 歌舞音曲で人の心を奮い立たせる吟遊詩人は、強力で魔物を打ち伏せる戦士に劣るのか? 人の子は、真実の意味で1人で戦う事など出来ぬのだと言う事を、どうか覚えていておくれ」
今の答えはいずれ、また見えた時に教えておくれ、と。
巨竜の言葉に送られて、冒険者達は帰路についたのであった。