痛みの過去を呼び覚ます君。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月16日〜02月21日
リプレイ公開日:2009年02月24日
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●オープニング
「彼が死んだわ」
そう言われた瞬間の衝撃を、リリーは覚えていない。あまりにも大き過ぎる衝撃に、心が麻痺してしまったのかもしれない。
目の前に居るのは暗い栗色の髪と瞳を持つ少女。気の毒そうな表情で、哀れむようにリリーを見ている。
「リリー。こんな事を貴女に言うのは私も辛いわ。言いたくないわ。でも本当の事よ。彼は、トニオンは死んだわ。冷たい牢獄の中で、たった一人で」
「‥‥ッ!」
告げられた言葉、その一つ一つがリリーの胸を抉り、突き刺さる。その衝撃はリリーの体をも打ちのめし、ああ、と彼女は喘ぎ、よろめいた。
トニオン。彼女が心から愛したたった一人の人。彼は彼女の夫の弟で、つまり二人の関係は不倫だったのだが、彼女達は真剣に愛し合っていた。
引き裂かれたのは半年近く前。二人の秘密の手紙を盗んだ侍女が冒険者を呼び、彼らの介入によって彼女達の間柄は夫の知れる所となった。夫はリリーを離縁し、さらにリリーを守ろうと夫に切りかかったトニオンを『兄を傷つけた』という罪で牢獄に入れたのだ。
そのトニオンが死んだ。牢獄で、たった一人で。
「酷いわ‥‥」
リリーはその事実を想い、堪え切れず涙を流した。その様を痛ましげな表情で見つめた少女が、嘆き悲しむ女をいたわる様にそっと手を伸ばし、抱きしめる。
「解るわ、リリー。貴女はあのお屋敷で一人ぼっちだった。その寂しさに気付いてくれたのは彼だけだった。解るわ、リリー、私のお友達。彼が貴女を残して死んでしまうなんて、どんなにか辛いかしら」
「ええ‥‥ええ、メリッサ。私がどんなに寂しくて辛いのか、解ってくれたのはあの方だけだったのよ。夫だって解ってくれなかった気持ちを、あの方だけが」
年下の友人から向けられる優しい言葉に、縋り付くようにリリーはポロポロポロ、と涙を零す。涙を零し、訴え、その自分の言葉にまた傷ついて涙が溢れる。
リリーの結婚した相手は、リリーより遥かに年上の仕事一筋の人だった。領地の運営であるとか視察であるとか、そういった事に精力的に心を砕く一方で、妻は屋敷を切り盛りして社交界で花のように笑っていればそれで良い、と考えている人だった。
リリーはそれが寂しかった。せっかく夫婦となったのだからもっと自分を見てくれれば良いのに、と思った。
だから言ってみた――私一人では屋敷を切り盛りするのは大変ですから、貴方も手伝って下さいませんか、と。だがその答えは、手伝いに弟を呼び寄せる、と言う物だった。それほどに自分は夫に興味を持たれていないのかと、リリーは本当に悲しくなった。
その気持ちを解ってくれたのは、やって来たトニオンだけだった。最初は彼は、兄夫婦の仲が上手くいっていない事を察してリリーを励ましてくれたものだったが、やがてそれは秘密の恋へと発展した。
だがすべては、密告した侍女とやって来た冒険者、そして事実を知った夫によって水泡に帰した。実家に戻されたリリーを、家族は厄介者として扱った。リリーがどんなに辛く寂しい思いをしたのか知らないで。何も聞かないで。
支えは友人のメリッサが時々教えてくれるトニオンの消息だけ。だがその支えすら彼女は失ってしまったのだ―――
「泣かないで、リリー。貴女の痛みは私の痛みよ。私達は同じ。誰からも省みられない。理解されない。そうでしょ?」
「ええ、そう、そうよ、メリッサ。私、ただ寂しかっただけなのに。あの方だけが解ってくれたのに、私はあの方までも無くしてしまった」
「そうね、リリー。でも泣かないで。彼は最後に、貴女に自分の無念を晴らして欲しい、復讐をして欲しい、と望んでいたわ」
「無念‥‥?」
メリッサの言葉を、リリーは子供の様に繰り返す。無念。それはきっと、数え切れない位にあっただろう。すべてが志半ばで無理やり引き裂かれた。誰にも理解されないまま。
「でも、どうやって‥‥」
「簡単な事よ、リリー。貴女達をこんな目に合わせたのはだぁれ? 貴女をこんなに悲しませているのは誰なのか、解るでしょ? 貴女を裏切った侍女と、貴女を苦しめた夫。それに貴女の寂しさも解らずただ責め立てるだけの家族‥‥ね?」
一つ一つ、歌うように数え上げるメリッサの言葉に、そうだ、と思う。彼女が苦しみ、悲しまねばならないのは彼らのせいだ。リリーは何も悪くないのに。何にも悪くないのに。
だが、無念を晴らす。どうやって?
そこで思考停止したリリーの心を見透かしたように、メリッサは先と打って変わった冷たい声色で言った。
「怖いの、リリー? 彼は貴女を信じていたのに、貴女はそんな彼の最後の望みも叶えられない臆病者なの? 見損なったわ」
「‥‥ッ、待って! そんな事ないわ、私、彼の望みなら何があっても叶えるわ! だからメリッサ、そんな事を仰らないで」
「本当に? 臆病な貴女を私、お友達だなんて思わないわ」
「本当よ! 本当にだわ。だからメリッサ、そんな酷い事を仰らないで」
「‥‥まあ、リリー! 私、貴女を信じてたわ」
「ええ、ええ。だからメリッサ、私のお友達で居てくださるわね?」
「勿論よ。私だけが貴女の気持ちを解って上げられるのよ」
「ええ、ええ。あなただけが私の気持ちを解って下さることよ――私、何としてもあの人達に復讐して見せることよ」
「そうよ、リリー。だってそれが彼の最後の望み。貴女はその為にも、あの人達を殺さなくては、ね?」
いい子ね、と微笑んだメリッサに、何度も何度もリリーは頷く。それを満足そうに少女は見下ろし、じゃあ作戦を練りましょう、と囁きかける。
リリーが頷くと、少女は恩人で精霊の声を聞くことが出来るという青年を彼女に紹介した。知恵を貸してくれるという。
彼らにすがるしかない、と強く思う。だから、青年がいつの間にか彼女の部屋に忽然と現れた事実には気付けぬまま、リリーは青年の前に頭を垂れたのだった。
「リリー嬢ちゃまをお救い下さい」
その日の夕刻冒険者ギルドを訪れたのは、リリーの乳母を務めたという老婦人だった。
「嬢ちゃまはあの者達に騙されているのです。あの二人を嬢ちゃまは昔からの友人だと仰いましたが、私はあのような者など存知ません。それに私は確かにこの耳で、良い混乱が招けそうだ、と嗤うあの者達の言葉を聞きいたのです。ですが嬢ちゃまはこの婆の言葉に耳を傾けては下さいません」
ですからリリー嬢ちゃまをお救い下さい、と。老婦人は真摯に頭を下げた。
●リプレイ本文
リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)とケンイチ・ヤマモト(ea0760)は護衛対象の1人、ニナの元を訪れていた。
「現在ニナさんの身に危険が迫っております。よろしければ護衛をさせていただけないでしょうか?」
通された一室で、やって来た少女にそう言うと、苦い表情になる。心当たりはある、と言う表情だ。
そんな彼女に、改めて簡潔に事情を説明すると、無意識にだろう、左の太股を擦りながらニナは視線を彷徨わせ、自分の一存では、と首を振った。だが。
「あたくしは構いませんよ、ニナ」
不意に現れた少女の言葉に、ニナは驚いた顔をした。そんな侍女に手を上げて合図し、少女は人形めいた美しい面立ちでリュドミラを見る。
少女の背後には、今1人の標的ルディウスと、彼を説得に当たると言っていたエリーシャ・メロウ(eb4333)の姿があった。彼女は以前、そもそもの発端となった事件の解決にも関わっている。そして諸事情からリリーの事情を一切汲まない解決方法を採らざるを得ず、責任を感じていた。
とは言え、始まりの非があちら側にあった事は明白な事実。それはエリーシャから事態を聞いたルディウスも認める所だ。
故に、守る為にも一箇所に集まって欲しい、と言う要請を受け入れ、彼は今ここに居る。そしてルディウスとエリーシャを案内してきた少女は、3人の冒険者を前に優雅にドレスの裾を捌いて一礼した。
「ニナの主、ローゼリット・ジュレップと申します。リリー叔母の不始末、真にお恥ずかしい限りです」
その言葉に、わずかに辛そうな顔をしたニナには、気付かぬふりをしたのか。
少女は視線を揺らさぬまま、ただ冒険者だけをまっすぐ見つめた。
「必要なものはジュレップ家がご用立てしましょう。何なりと仰って下さい」
「それでは‥‥」
少女の言葉にエリーシャが、護るに適した周囲に迷惑のかからない場所はないか、と尋ねると、わずかに考え込んだ。横からルディウスが、郊外の別邸はどうか、と言う。
とんでもない、と少女が首を振った。
「ルディウス様にご迷惑をおかけする訳には参りません。貴方を逆恨みするだけでも、叔母の愚かさに恥じ入っておりますのに」
「いや‥‥そもそもは私と彼女の間の問題だ。ならば責任の一端は私にもある」
リリーが今回の凶行に及んだ事情は聞き及んでいる。その理由の一つとして自分が居る事も。むしろ親類で、ニナの主と言うだけでローゼリットが責任を感じる必要もない。
その言葉に少女はしぶしぶ頷き、当面必要そうな食料等の手配を取った。別荘までの馬車を仕立て、ケンイチの手を借りて乗り込むニナを心配そうに見つめ。
「あの子は以前、逆恨みしたトニオン様の部下に左足の自由を奪われました。この上叔母に命まで奪われる事など、決してあってはなりません」
どうか宜しくお願いします、と冒険者達に頭を下げた、少女の背中は小さかった。
冒険者達がリリーの実家に駆け付けた時、すでに惨劇は始まっていた。
「ヒィィ、魔物‥‥ッ!」
「イヤァッ! 助けて、誰か‥‥ッ!」
悲鳴、逃げ惑う人々、蠢く魔物の群れ。屋敷の主一家のみではない、使用人達をも巻き添えにせんと魔物は爪を、牙を剥く。あたりはうっすら霧に覆われていて、視界があまり利かない。
今まさにメイドの少女の喉笛を噛み裂かんとしていた霧吐くねずみを、アシュレー・ウォルサム(ea0244)のダブルシューティングが傍に居た別の固体と共に貫いた。導蛍石(eb9949)が素早く少女を助け起こして避難を促す。
オルステッド・ブライオン(ea2449)も険しい表情で目に付いた魔物を打ち払い、襲われた人々を助け起こした。騒ぎが広がっている、と言う事はすでにリリーは家族を手にかけてしまったのか。
蛍石のレジストデビルの付与を受け、ファング・ダイモス(ea7482)も手近な魔物から攻撃していく。空中に居る魔物にはスマッシュEX+ソードボンバーで遠距離攻撃も行い、同時にアシュレーの弓が唸りを上げる。
このどこかにリリーと、彼女を唆した者が居るはずだ。蛍石は混乱の中、その姿を探そうとデティクトアンデッドを唱える。反応のあった順から仲間に伝え、それを受けて霧を裂くようにアシュレーが弓を放ち、ファングが剣を振るう。
屋敷の外に居た魔物は、全部で6体程度。歴戦の冒険者にとっては手強い敵ではない。デティクトアンデッドで打ち漏らしがないか確認した4人は、未だガタガタ震える使用人に主一家の居る場所を尋ね、屋敷の中に飛び込んだ。主一家は自室に居る筈で、少し前にリリーが兄である当主の部屋へフラフラ歩いて行くのを目撃した者が居る。
立ち塞がろうとする魔物は容赦なく切り捨て、魔法で魔物の反応を追う。一際大きな反応。その反応を追って駆けた冒険者達の行く手にある重厚な扉の向こうで、壮年の男の引き攣れた悲鳴が聞こえた。
「ヒ‥‥ッ、何をする、リリー!?」
そこか、と見定め半ば体当たりで扉を開くと、まさに短剣を振りかざした女性と、逃げ惑う壮年の男の姿があった。
突然の乱入者に、女性が忌々しそうに冒険者を振り返る。ヒィィ、と腰砕けになって床を這う様に逃げる男。それを楽しそうに眺めていた暗い栗色の髪の少女が「あら」と首を傾げた。
「久し振りね、冒険者達」
「‥‥メリッサ‥‥!」
まるで友人に会った様な朗らかな態度だった。
すかさず彼女を確保しようと動きかけたオルステッドに、ムダよ、とメリッサは嫣然と微笑む。微笑み、いらっしゃい、とリリーを手招いた次の瞬間、少女達と冒険者の間に立ち塞がる様に、青年の姿が現れた――かつて、別の町で精霊の言葉を騙り、人々を魅了したカオスの魔物。
アシュレーがキリリと弓を引き絞り、ファングがソードボンバーを放とうと構える。だが青年は悠然と本性の獣の姿に立ち返り、少女達を背に乗せた。
「待て!」
逃すものか、と放った矢を魔物は大きな翼で弾き飛ばした。続くソードボンバーは受け流し。同時に放たれたローズホイップを、窓を突き破ってひらりと避ける。
少女の哄笑。
「アハハハハッ、やるじゃない! 仕方ないからこの場は譲ってあげる。さ、リリー、行くわよ。貴女が殺すべき相手は他にも居るわ」
「ええ、メリッサ」
「‥‥メリッサッ! これ以上活動を辞めないなら、カオスの魔物ごと斬って捨てるまでだ!」
叫びながら再びローズホイップを振るったオルステッドに。
「期待してるわ」
少女は、少女を背に乗せたカオスの魔物はそれを軽々よけ じゃあね、と冒険者達に手を振った。
数日後、ルディウスとニナが護られている屋敷に、冒険者に護られたリリーの家族も到着した。道中、邪気振りまくものや霧吐くねずみが追い縋って来たがすべて止めを刺し、或いは追い払っている。
彼らはリリーがカオスの魔物に誑かされた経緯を冒険者から聞かされ、何と恥知らずな、と怒りを顕わにした。不倫の上に夫を殺害しようとしただけでも家名に泥を塗る行為だと言うのに、離婚で済ませてくれたルディウスや、恥を忍んでリリーを受け入れた家族を逆恨みするとは!
だが彼女はカオスの魔物に誑かされただけで本心ではないだろうし、今は襲い来るカオスの魔物をどうにかしなければ、という冒険者の説得に、渋々応じて彼らはウィルまでやって来た。そしてルディウスに、愚妹の行為は当家とは一切関係ない、と弁明した。
用意された別邸の周りには魔物の透明化対策に、足音のする砂利や小枝を周囲に敷き、かけて姿を現させるよう染料と灰を混ぜた水樽を用意した。護衛対象には出来るだけ3階の一番広い部屋から出ない様告げ、すでに一度敵と対峙した仲間の助言を入れ、夜や霧中での視界用に灯りも増やし、交替で見張りを置く。
リリーが、メリッサがあれで諦める筈はなかった。必ず彼女はどこかで隙を伺い、こちらを襲う機会を狙っている筈だ。冒険者達は油断なく警戒し、守備を固め。
篭城2日目、ついに彼らは来た。
「お行き! 我が王の為に混乱を運んでおいで!」
リリーの傍らに立つ女が魔物達に号令を掛けた。その言葉に、魔物達は一斉に屋敷に向かって進撃を開始する。
エリーシャの呼笛が闇夜を切り裂き、急を知らせた。ビクリ、と身を強張らせた護衛対象に、険しい表情のリュドミラが「大丈夫です」と聖剣アルマスデビルスレイヤーを構え、窓の外を睨みつける。アシュレーもいつでも弓を放てる様に息を整え、同時にケンイチがムーンフィールドで護衛対象者を包み込む。
魔物の吐いた霧が辺りに漂い出した。殆ど視界が効かないが、砂利や小枝の音でおおよその位置を判断し、更に蛍石がデティクトアンデッドで位置を補足。それに従ってエリーシャやオルステッド、ファングがそれぞれに得物を振るい、少しずつ、だが着実にその数を減らしていく。
一方、霧は上空までは及ばず、空を飛んで直接襲いに来た邪気振りまくものの一団は、視界良好のアシュレーの弓に射落とされ、逃れたものもリュドミラの剣やケンイチのムーンアローの餌食になる。数は多いが、対処さえ確実に行えば、集まった冒険者達の敵ではない。
その様子に、見ていたリリーはギリリ、と唇を噛んだ。傍らの女が何か囁き、リリーは頷く。スルリ、と女の姿が解けるようにリリーと重なった。そうして短剣を握り締め、決死の覚悟で走り出す。
魔物との戦いが繰り広げられる別荘の庭を駆け抜け、砂利を蹴散らし、憎い憎い敵の下へ。
「トニオン様の仇――ッ!!」
「‥‥ッ!」
抜かれまい、と咄嗟にファングが手を伸ばす。寸での所で捕まえる事に成功。ガクン、と動きを止めた女性に蛍石がニュートラルマジックを試みるが、魔物の魅了は魔法ではない。細腕を掴まれ、憎しみに溢れた瞳で前方の別荘を見、周囲を見回し
「お前‥‥ッ!」
以前も彼女の前に立ちふさがった冒険者エリーシャの姿に、闇雲に手にした短剣を投擲した。勿論当たらない。わずかな仕草で短剣を避けたエリーシャは、逆に厳しい瞳を彼女に向ける。
その間にも、地上で、上空で、冒険者達は確実に魔物を殲滅する。1体として別荘に辿り着けはしない。
ギリギリとリリーは歯噛みし、己を捕える忌々しい腕に噛みつき、引っ掻いた。何としてもあそこへ。あそこに居る筈の憎い憎い相手の元へ。
やがて目に付く敵を殲滅し、蛍石が残党など残っていない事を確認した上で、暴れるリリーからまだ魔物の気配がする事を告げた。恐らく憑依されているのだろう、と。
険しい目付きになった冒険者達を、囚われたリリーは憎しみの眼差しで睨みつけた。
念の為、リュドミラとケンイチが引き続き護衛に残り、後の者は屋敷内の一室でリリーを取り囲んでいた。
「‥‥聞きたいことがある‥‥メリッサはどこだ‥‥言わねばッ!」
険しい言葉で問い質したオルステッドの言葉に、最初は決して答えるものかと唇を引き絞っていたリリーだったが、続く「このまま死ねば未来永劫トニオンとは一緒になれない」と言う言葉に、愕然と目を見開く。明らかな動揺。
アシュレーがそれを見て取り、あえて優しげな表情で説得に掛かる。
「本当にトニオンがそんな事を望んでたと思う?」
「あ‥‥でもメリッサが‥‥」
「そのトニオン殿ですが。確認した所、死に様はとても人の手によるものとは思えない、無惨なものだったそうです――恐らく貴女を利用する為に魔物が殺したのでしょう」
ふるふると首を振り、否定しながら、唯一の友人の言葉に縋るリリー。だが追い討ちをかける様に告げられた事実に、今度こそ顔色を失い、がくがくと身を震わせる。
「そんな‥‥じゃあ私のした事は‥‥」
グラ、とその姿が二重写しになったような錯覚。リリーの心が憎しみから離れ、心惑わすものが憑依し続けられなくなったのだ。
すかさずアシュレーが弓を放ち、オルステッドとファングが斬りかかる。耳障りな断末魔。ビクリと身を震わせたリリーに蛍石がメンタルリカバーをかける。
恐怖から、混乱から解放された女はポロポロと涙を零した。愛する人が彼女の為に命を奪われた。その事実が心に染み渡る。
「奥方殿。貴女は正直に、率直にルディオン殿に寂しさを訴えるべきだったのではないでしょうか? なのに貴女は情況を嘆くばかりで、今になってもその事実を認められずにいます」
「人を殺せば罪の意識から寂しさは消えません。あなたはニナさんやルディウスさんの気持ちに気付けず、優しい言葉のみを求め、真実に気付かずカオスの魔物に騙され、寂しさを埋めてくれた人を失った‥‥」
告げられる言葉は厳しい。でも暖かい。今ならそれに気付けるのに、どうして自分はただ人を恨み、己の身を嘆く事しか出来なかったのか。
リリーは床に伏せて泣きじゃくった。トニオンの死に、今まで気付かずにいた色々の事に。泣きじゃくり、ごめんなさい、と子供の様に謝った。何度も、何度も。
残念ながらメリッサ達の行く先は聞いていない、と泣き腫らした瞳でリリーは首を振った。
「望みを叶えに行く、と言っていましたけれど、詳しくは私は聞いていないのです」
そのリリーは、すっかり憑き物が落ちたように反省した様子を見せ。冒険者の提案もあって、ルディウスの領地内の疫病が発生した村で奉仕活動を行う事になった――教会で償いの奉仕を、という提案がいまいち理解されなかった為。
付き従うのは依頼人の乳母。ニナも一緒に、と言う言葉には、今度は双方が首を振った。リリーは合わせる顔がない、と。ニナは奥様が落ち着かれるまでは、と。
リリーの家族は今度の事で、本格的に彼女と縁を切る、と宣言した。しかしその後の事はルディウスが面倒を見ると言い、リリーはそれに深い感謝を示し。
すべてに決着がついたかに見えた、その依頼の終わりに。
「そう、ですか‥‥姉さんが‥‥」
ウィルの北にある小さな村。そこを訪ねてきたアシュレーに事件の顛末を聞いたメリッサの弟ウォルフは、唇を噛みしめ、泣き出しそうな声で呟いた。
そのまま、何を言ったら良いのか判らないように押し黙ってしまった少年に、あえて感情を殺した声で畳みかける。
「いい加減、覚悟を決める時だよ」
メリッサはもう戻れない。戻る意思がない。ならば、出来る事は以前にも別の冒険者が言った通り――人間であるうちに、人間として精霊界に送ってやる事だけ。
解ってます、とウォルフは暗い顔で頷いた。それでも瞳の奥に、定まり切らない感情がある。それに眉を寄せたアシュレーに、少年はそっと独白する。
「姉さんがどうして村を憎むのか‥‥その理由は、言ってましたか」
記憶を幾ら振り返っても、あの優しかった姉がなぜ、カオスに魂を奉げる程の憎しみを抱くに至ったのか、ウォルフにはそれが解らない。解らないから迷って、迷って、時間ばかりが過ぎていって。
唇を噛みしめる少年に、かける言葉を冒険者は持たなかった。