見習い冒険者、過去の影に囚わる。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月05日〜03月10日
リプレイ公開日:2009年03月13日
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●オープニング
「‥‥ッ、よし、今日はこの辺にしとくか」
もうすぐ夜が訪れようと言うウィルの下町で、先刻から的に向かってナイフを投げる練習をしていた青年は、額にうっすら浮かんだ汗を爽やかに拭った。
シルレイン・タクハ。冒険者に強い憧れを抱いている、何でも屋の青年だ。現在、日々の日課であるナイフ投げの練習を終えた所。
先日、シルレインのくだらない見栄――街中でとある女の子に一目惚れし、良いカッコをしたいが為に冒険者だと嘘をついたのだ――をフォローすべく、幾人かの冒険者の助力を受けた。その中にはシルレイン憧れの本職レンジャーや、その前にお家騒動に巻き込まれた時にも助けてくれた冒険者もいて。
フォローして貰うと同時に、レンジャーとしての技術やセトタ語の知識も教えて貰った彼はそれ以来、1日も欠かさず復習と鍛錬を積み重ねているのである‥‥ナイフ投げは教えて貰ってないが、見て憧れたので。
かなりボロボロになった的を片付けていると、近所の子供がどこからともなく寄ってきて投擲用のナイフを拾い集めてくれる。ナイフ投げの間は(彼自身のコントロール力もあいまって)危ないから近づくな、というシルレインの言いつけを聞き分け良く守っている子供達は、代わりに練習が終わると我先に駆け寄ってきて、暇な時には遊んでくれる気の良いお兄ちゃんの役に立とうとするのだ。
「はい、シルレイン兄ちゃん」
「おー、助かったぜ。ありがとなッ!」
手渡されたナイフを受け取りながら、笑顔で子供の頭をグリグリ撫でる。子供はくすぐったそうにキャアキャア喜びながらその手から逃れ、少し離れた所からベーッと舌を出した。
ニッ、と笑って子供を追いかけようとして。
「よう、シルレイン」
いつの間にかその子供の後ろにいた、いかにも不穏当な雰囲気をまとった男の姿に、ギクリ、と体を強張らせた。
短くザンバラに切った黒い髪に、頬に走る禍々しい傷跡が嫌でも目を引く。釣り上がった目は凶悪な光を宿してシルレインと、怯えた表情になってシルレインの陰に隠れる子供達をねめつけた。
無言で「行け」と後ろ手に合図すると、バタバタと子供達が逃げ出す。だが男の傍に居る子供だけは逃げられない。それを面白そうに眺めやった男は、強張った表情のシルレインに視線を戻すと、おいおい、と肩を竦めた。
「久し振りに会った仲間に、随分つれないじゃないか?」
「久し振りに会ったから、なんだけどさ――いまさら、何しに来た?」
全身に警戒を滲ませたシルレインの言葉に、ひょい、と不思議なことを聞かれたように男は首を傾げる。わざとらしく。
「解ってるだろ、シルレイン――仕事さ」
「‥‥ッ、俺はもう足を洗ったんだよッ!」
男の言葉に、弾かれたようにシルレインは叫び、射殺さんばかりに相手を睨みつけた。思い出したくもない、忌まわしい過去が嫌でも蘇ってくる。
シルレインには昔の仲間が居る。二度と思い出したくもない程に決別した仲間と、そうして逃げてきた彼を温かく迎えて支えてくれた仲間。
目の前に居る男は、前者。
それは5年前のことだ。ウィルから遠く離れたとある領地に、財宝や食料を目当てに町や村を荒らし回り、邪魔をする者は女子供でも容赦なく手にかけた極悪非道の盗賊団が居た。目の前に居る男を首領とした6人の盗賊達は、いかに鍵を掛けて防御を固めようと易々と侵入を果たす事から、神出鬼没と呼ばれ、恐れられた。
その、盗賊団で。親も兄弟もなくそれなりにやさぐれていた少年時代のシルレインは、手先の器用さからその筋ではなかなか並ぶ者もない鍵開けのプロとして、名を馳せて、いた。
その頃の彼に罪悪感はなかった。進んで手を出しはしなかったが、仲間を止めようとも思わなかった。
でも、とあるきっかけで盗賊団は壊滅寸前にまで追い込まれ、それを機にシルレインはそこから逃げ出して、この街までやって来た。そして、自分がやってきた事の罪を思い知り、更生したいと願い、何でも屋になって。
なのに今、目の前に捨て去ったはずの過去が、居る。シルレインを見て、醜悪な笑みを浮かべている。
男はニヤニヤ笑いながら、目の前で怯える子供に刃物を這わせた。
「おいおい、勘弁してくれよ、シルレイン。お前はうちの鍵開け師だ。今も昔も、な。なのにそんなつれない言葉で断られたんじゃ、つい、この子供の首を掻き切りたくなるだろう?」
「テメ‥‥ッ!」
「ああ、冒険者になりたいんだったか? 馬鹿だなぁ、シルレイン。今更お前がそんな綺麗な道を歩ける訳がないだろうが」
言われた言葉に、クッ、とシルレインは唇を噛んだ。
そんなことは解っている。冒険者ギルドは過去に犯罪歴がある者の登録を認めない。だからシルレインは、どんなに憧れても冒険者にはなれない。
でも、頑張れば。過去を無くす事は出来なくても、まっとうに頑張ってればいつかは冒険者になれるかも知れない、と。それは彼が抱いていたささやかな希望。
だが。
「‥‥解ったよ。お前らに協力してやるから、その子は放せ」
シルレインは選択する。なれるかどうかも解らない冒険者の道より、目の前で死を突きつけられている子供の方がよっぽど重要だ。その為に自分が再び罪を犯す事になっても、今ここで選ばなければ絶対に一生後悔する。
男はニヤリと満足そうに笑った。
「放すさ、お前が裏切らなければな――10日後の夜、2つ向こうの市場にある宝石店。来なければ、解ってるだろうな」
「‥‥ああ、解ってるさ」
彼らのやり口は、仲間だった自分が良く解っている。裏切れば確実に子供を殺すだろう事も、その事に躊躇いを覚えないだろう事も。
だから険しい表情で頷いたシルレインに、ニヤリ、と男は笑って恐怖に声も出ない子供を抱え、姿を消した。
翌日、冒険者ギルド。
「お願‥‥ッ、シルレイン兄ちゃんを助けてあげて‥‥ッ! 兄ちゃん、もう絶対に悪い事しないって‥‥ッ、でもフィーリが捕まっちゃったから‥‥ッ!」
泣きじゃくりながら口々に、大好きな何でも屋の青年を助けてくれと訴える下町の子供達に、受付嬢ティファレナ・レギンスは真剣な眼差しで力強く頷いたのだった。
●リプレイ本文
「ここでシルレインにーちゃんが修練してたんだね」
ウィルの下町の一角、お世辞にも綺麗とは言えない町並みの一角を見回したフォーレ・ネーヴ(eb2093)の言葉に、案内して来た子供達は『うん』と頷いた。同行するエリーシャ・メロウ(eb4333)とレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)は、そこがかつてもシルレインの依頼の折に隠れた家からほど近い場所だ、と気付く。
騎士の装いを解き、街娘の姿をしたエリーシャは、だが街娘らしからぬ険しい眼差しになった。
(シルレイン殿の過去は気にならぬわけではありませんが‥‥)
今大切なのは、危機に晒された無辜の命を救う事。そのためにも賊の隠れ家を探さねば、とここまで案内してきた子供に頼み、フィーリと、フィーリを攫った男の似顔絵の作成を試みる。
フォーレとレインも共に話を聞き、質問を重ねながら相手のイメージを膨らませる。どの位の背丈だったのか、どんな服を着ていたのか、どちらへ去って行ったのか。
時折怯えた様に身をすくめる子供達に、その度『大丈夫』と微笑んで頭を撫でる。大丈夫、必ず助けるから、と。
似顔絵が完成し、念の為子供たちに見せて相違がない事を確認して、冒険者達はフィーリの居場所を突き止めるべく行動を開始する。初日だけ捜索の手伝いに来てくれたミーティア・サラトがおっとりと「あんまり目立つと悪い奴等に気付かれちゃって困るわね」と呟いた。
賊は、シルレインに対する人質としてフィーリを攫った。彼女を取り戻そうとすれば、それはシルレインの裏切り行為と取られ、フィーリの身に危険が及ぶだろう。
こっそりと、だが一刻も早く。それを肝に銘じ、めいめいにウィルの街へと散って行った。
「うーん。更生して甲子園を目指してるまだ球拾いの高校球児に、昔一緒に悪さしてた暴走族が仲間に引き込みに来たって感じか」
共に聞き込みをする事にした木下陽一(eb9419)の言葉に、だがエリーシャは意味が判らず眉を潜めた。それに、今のが一部の天界人にしか通じない例えだったと気付く。
改めて説明する程の事でもない、と陽一は手を振った。
「何でもないよ。まぁその彼の事を俺は知らないけど、子供が人質じゃ放っておけないよな」
「まったくです‥‥失礼、この様な者を見かけませんでしたか?」
頷きながら、市場に店を構える店主に手にした似顔絵を見せて尋ねる。知らない、と首を振る店主に口止めすることも忘れない。
少し離れた所ではエリーシャの愛犬ホルがふんふんと地面を嗅ぎまわり、陽一は優良視力を活かして市場に集まる人々の顔と似顔絵を見比べる。戦場の様子などを捉える要領で描かれた特徴だけを捉えた絵は大雑把だが、人を探すのには十分だ。
依頼開始2日目。手分けして賊を探し始めた冒険者だが、まだ有力な手がかりを得るには至っていない。フォーレは今日も郵便配達のシフールや、狙われた宝石店の近隣の店舗に聞き込みをしている。ギエーリ・タンデ(ec4600)はシルレインを慕う子供達に協力を仰ぎ、レインは精霊の川姫フィリアクアに頼んで公園や川の水から情報収集を。
囚われた子供を救う為――子供の為に悪事に手を貸す事を決めた青年を救う為。だが問題は山積みだ、とどこにも求める者の姿がない事に落胆の息を吐いた陽一と、ホルの頭を撫でるエリーシャが険しい視線を交わした。
池の水にパッドルワードで話を聞いた川姫フィリアクアが首を振り、レインも知らずため息を吐いた。
子供を攫った男がどこへ行ったのか。大まかな方向を聞いたレインは川姫に頼み、自らの情報収集を試みているのだが、今の所有益な情報は得られていない。
今回の依頼は前の様な、恋の悩み、何て生易しいものじゃない。攫われた子供の命と、シルレインの人生の掛かった依頼だ。だから出来る限りの手は打たなければ、とあれこれ手を尽くしているのだが。
(シルレインさんもフィーリさんも、ご無事だと良いのですが)
攫われたフィーリは勿論、シルレインも下町から姿を消した。子供達の親、即ちシルレインが頼りにする友人達の言うには、盗賊の仲間に戻るならここには居られねぇだろ、と出て行ってしまったのだと言う。
会えた所で協力を得るのは難しい状況。だが自ら総てを捨てるような行動は、危うさばかりが目立って見えて。
不意に、クイクイ、と川姫がレインの袖を引く。ん? と首を傾げて振り返り、川姫の指差す方を見てみれば
「‥‥ッ!」
思い詰めた表情で路地を曲がるシルレインの姿があった。同時に向こうもレインに気付いたようで、ビクリと大きく肩を震わせて足を止め、それから気まずそうにクルリと振り返って元の方へ戻ろうとする。
慌てて呼び止めようとして、青年の背中にある拒絶に気づく。でもその前に一瞬見せたのは、明らかに縋るものを見つけた時の頼りない表情で。
だったら、放ってなんて置ける訳がない。
「シルレインさん‥‥ッ! 協力して欲しいとは言えませんけど‥‥シルレインさんが憧れている冒険者は、こういう時にどうすると思います?」
叫んだ言葉に、青年は僅かに足を止めた。だがそれだけだ。振り返らず、再び足を動かす。
でもレインの言葉は届いているはずだ。
「本当に、もう限界だっていう間際まで彼らに手を貸さないで下さい。必ず間に合うように戻ります。フィーリさんと一緒に」
その言葉に、返事はなかったけれど。
「フィーリさんの居場所が判ったよ♪」
最初にそう言ったのはフォーレだった。シフール便配達のシフールの中から、ようやく、フィーリらしき子供を連れた人相の悪い男を見かけた、と言う者が出たのだ。
その情報に従って発見した隠れ家は、意外にもウィルの町中で良く見られる一般的な家屋。問題の宝石店がある市場からは程ほどに遠く、人通りも多くはない。
まずは陽一が十分に離れた所から優良視力で賊らしき人間の出入りを確かめ、さらにブレスセンサーで大人5人と子供1人の呼吸を確かめる。1人足りないが、逆に制圧する好機と考え、冒険者達は救出作戦を開始した。折り良く辺りは雨‥‥な訳はなく、ウェザーコントロールで雨雲を呼んでいる所。
次、ギエーリ。
「‥‥おっと」
「ああッ!? ンだテメェ、どこ見て‥‥」
「おや、これは失礼しました。いや、本当に申し訳ない」
「謝って済むと‥‥ッ」
「いやいやいや、実に仰る通りです! どうでしょう、せめてものお詫びの印に僕に酒を奢らせて貰えませんか。良いお店を知ってるんですよ、料理も絶品でして。こんなご立派な体格ならお酒もさぞお強いでしょう」
「んん? まぁな。そこまで言うなら、俺様は心が広いからな、許してやらなくもないが」
「これはありがたい! さ、こっちです、こっち。ご案内しますよ」
どこかへ行こうとしていた賊の1人に軽くぶつかって気を引き、少し離れた所にある酒場に連れ込むことに成功。目標は仲間達が子供を救出するまで、この男を帰さない事。
人の命と友人の将来が掛かっているのだ、金に糸目はつけず、強い酒や良い料理をどんどん注文する。ただしギエーリは珍酒「笑神」のみを飲み、舌を更に滑らかにして男を褒めちぎり、帰るそぶりを見せればすかさず言葉巧みに引き止める。
同時に隠れ家では次の手が動いている。隠密スキルを駆使してフォーレ、すでに一度、隠れ家の情報集めに軽く忍び込んでいたりする。
出来れば見つかり難いルートを探したかったのだが、敵もさる者。フィーリが閉じ込められた一室には必ず居間を抜けねばならず、居間には必ず誰かが控えている。いかに隠身の勾玉を駆使しても、姿を消さない限り近付く事は難しい。
そこで登場するのがエリーシャだ。ようやく呼んでいた雨雲も重い雫を垂らし始めた。
「突然の雨で難儀しています。不躾ですが雨宿りをお許し願えませんか?」
しとやかな様子で幾度か扉を叩いていると、最初は無視していた賊も哀れを誘われたか、或いは良いカモが舞い込んできたと思ったか、下卑た笑みを浮かべながら出てきた賊は、目の前に居た騎士の姿にギョッと目を向き。
「とことんまで頭を冷やして下さいっ」
その陰に隠れていたレインがすかさずアイスコフィンを発動。あえなく氷漬けになった。
「不意打ちは成功かぁ。でもこっからが問題だよな」
双眼鏡で様子を見ていた陽一が呟いた通り、これはある意味成功して当たり前の作戦。相手の油断を誘い、不意を突くのだから。
問題は残る3人。当然今の騒ぎに警戒している筈だ。
再びブレスセンサーで中の人間の配置を探った陽一に、細かく情報を聞いたフォーレがまずは忍び込む。素早く手近な部屋に飛び込んで勾玉で気配を消すと、ちょうど賊が2人殺気立った様子で廊下を駆け抜けて行った。
もう1人が気になるが、陽一に寄れば裏口に向かったとの事なので、そのまま逃げ出してくれた事を祈るしかない。何度も念を入れて周囲を確認しながら部屋を忍び出て、がらんとした居間を通り抜け、フィーリの閉じ込められた部屋に向かう。そこでも罠がない事を確認し。
「助けに来たよ♪」
明るい言葉に子供は瞬きを繰り返し、やがてボロボロと泣き出した。余程の恐怖に耐えていたのだろう。えぐ、えぐ、としゃくり上げる声も恐怖で掠れている。
一方、家の外では冒険者3人と賊2人の戦いが続いていた。数では凌駕する冒険者だが、相手は人殺しのプロである。おまけに流派など知らない全くの我流。逆に言えば次の手の予測がつきにくい。
構えた大剣やら鎖鎌を自在に操りつつ、かと思えば懐に飛び込んでの掌底。次の瞬間にはこちらの攻撃の圏外まで飛び退っている、と言う始末。
それでもエリーシャとてただの騎士ではない。奇技に良く食らい付き、いなし、受け止めた。隙を見つけてレインのアイスコフィンが賊を氷付けにし、背後から襲いかかろうとした賊の上に陽一のヘブンリィライトニングが落ちてくる。
最後には何とか3つの賊の氷漬けが完成し、ほぅ、とようやく一息突いた。フォーレが救出した子供を背負い、隠れ家から脱出する。
双眼鏡で、また辺りを手分けして探しもしたが、逃げた最後の1人は行方が知れない。そして元から居なかったもう1人の事を考えれば、彼らが合流しようとしている事は容易く予想がつく。
目を真っ赤にして泣き腫らしたフィーリに寄れば、氷漬けになった者の中に彼女を攫った賊の首領は居ない。ならば最後の手段は、夜明けを待って問題の宝石店に急を知らせ、残党を待ち受けるしかなかった。
全部諦めたつもりだった。
「やれ。グズグズするなよ」
「判ってるさ」
首領に命じられ、シルレインは大人しく宝石店の裏口の扉の前にしゃがみ込む。鍵の様子を観察。幾度となく鍵開けをしてきた経験と照らし合わせ、これがどんな鍵で、どうすれば開くのか、その知識を引っ張り出す。
痛い程の監視の視線を感じる。昨夜どうやら何かあったらしく、今日来たのは3人だけだ。だが知った事じゃない。大切なのは彼らの機嫌を損ねず、フィーリを助ける事だ――自分なんかの為にフィーリが殺されて良い訳がない。
道具を手にした瞬間、頭によぎった言葉に一瞬、手を止める。フィーリを助けてくれると言った。それを疑う訳じゃない。でもそれ以上に彼は、この男達がどんなに最低か知っている。
瞑目し、深い息を吐く。
「どうした、シルレイン?」
「るせぇ。黙って見てろ」
揶揄する言葉に目もくれず吐き捨て、慎重な手つきで再び道具を手にする。神経を研ぎ澄まし、道具の先に目がある様に、道具の先が自分の指であるかの様に。
そうして鍵穴をいじくる青年に、だんだん賊達が痺れを切らし始める。
「まだか? 遅すぎるぞ」
「このタイプは時間が掛かるんだよ」
「嘘じゃねぇだろうな。まさかヘンな考えでも起こしやがったら」
「どうすると言うのですか!」
張り詰めた空気を打ち破る、凛とした騎士の声が響き渡った。ギョッ、と賊達が振り返り、エリーシャの姿を認めて中の1人がギリギリと歯軋りする。どうやら昨夜、隠れ家から逃げ出した者のようだ。
レインが厳しい顔で賊を睨む。遠くからは陽一が双眼鏡でいつでも魔法を放てるよう構え、フォーレはいつでも動けるよう意識を研ぎ澄まし。
睨み合うエリーシャと首領の目を盗むように、ギエーリがそっと教えてくれた。
「シルレインさん。フィーリさんは無事助け出しましたよ」
「‥‥ッ」
ああ、本当にやってくれた。やっぱり冒険者は凄い。
感涙に視界を歪ませるシルレインの様子と、2人の手下からの報告を加味した首領が、傷のある頬を凄絶に歪ませた。
「チ‥‥ッ、野郎ども、ここは一旦引き上げだ! シルレイン、テメェはこれで裏切り者だ! 楽に死ねると思うなよ!」
「逃がしません!」
レインが魔法を放ったが、一足早く盗賊達は逃げ出す。角を曲がったかと思うと、追いつく暇もなく馬のいななきと、激しい馬蹄の音が響いてきた。
それでもしばらく追いかけたが、脇道にでも入られたか、盗賊達はすっかり姿を消してしまい。
「昨日3人だけでも捕まえられて良かった、ね♪」
「致し方ありません」
「ほんとですね‥‥シルレインさん、信じてくれてありがとうです」
残念そうな冒険者達の言葉を複雑な表情で聞いていたシルレインが、不意に向けられた言葉に目を瞬かせた後、照れ臭そうにふいと横を向いた。普通なら2分もあれば開く鍵に、わざと時間をかけていた事に気付いて貰えた事が嬉しかった。
だが‥‥
「このとーり、助けてくれて恩に切るぜ。でも、俺は元はアイツらの仲間で‥‥」
「仲間って言うのなら! 肩書きがどうだって、カタルス君を守りながら旅した事‥‥あの時から私はシルレインさんを仲間だと思ってます」
「レイン姐さん‥‥」
「シルレインにーちゃんは頑張ったよね〜」
「こう言う展開って漫画的にはお約束だよな」
「無事に子供も救出できましたし」
「師匠、エリーシャ姐さんも‥‥そっちの兄貴も、そう言ってくれて嬉しいけど、さ」
過去は消せない。それでも未来を見つめて頑張ろうと決めていたけれど。
それにだって限界はあると、思い知ってしまった。捨てたつもりになっていた過去のせいで、何の関係もない子供の命が危険に晒され、これからもきっと迷惑をかけて。
こんな様で、何が冒険者になりたい、だ。
落ち込む青年の肩を、ギエーリがそっと叩く。
「だからこそ、冒険者になって皆を守るんです。例え前科があっても過去の償いと保証人さえあれば、ギルドへの登録も叶うやもしれませんよ?」
「‥‥‥そうかな」
そうだったらどんなに良いだろう、とシルレインは泣き笑った。冒険者になって、皆を守れたら。そう出来たなら。
それは、たった一つ胸に残された希望だった。