見習い冒険者、過去と未来に揺れる。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月30日〜04月04日
リプレイ公開日:2009年04月07日
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●オープニング
「頑張るしかないでしょう?」
話を聞き終わって、聞かされた冒険者ギルドの受付嬢ティファレナ・レギンスは穏やかに、当たり前のようにそう言った。
「どんなに頑張ったって、過去は絶対に消せません。だったらこの先ちょっとでも良い道に進む為に頑張るんだ、って言ったのは、シルレインさんでしょう」
「そう、なんだけどさ」
普段らしからぬ悄然とした表情で受付カウンターに座り、肩を落とすのはシルレイン・タクハ。冒険者に憧れる何でも屋の青年だ。
いつもならどんなに注意してもカウンターに足を上げて粋がる彼が、大人しくちょこんと腰掛けているのには訳がある。
先日、彼はかつて犯した過ちのせいで何の罪もない子供の命を危険に晒し、ギリギリの所で冒険者に救ってもらった。それ以来、また自分のせいで関係ない誰かが狙われるのでは、と思い悩んでいるのだ。
一度はこの街を出て行こうとすら考えたけれど、それは今の仲間に止められた。ていうか全力でフルボッコにされて「すみませんもう言いません」と泣きながら土下座して約束させられた。友情は時に命がけだ。
とはいえこのままでは遅かれ早かれ、先日の二の舞になる。そこで冒険者に『冒険者になって皆を守ってみては』とアドバイスされた事もあり、本当に全く可能性はないのかティファレナに尋ねてみた、その答えが冒頭のセリフだった。
頑張るしかない。5年前もそう言ったし、その通りだと思って頑張ってきたつもりだけれど、先日の事件以来、どう頑張れば良いのかも判らなくなって。
また物思いに沈むシルレインに、ティファレナが軽くため息を吐いた。
冒険者ギルドの帰り道、市場でニナと行き会った。
「シルレインさん? 偶然ですね〜!」
「あ‥‥うん、ニナ、すっげぇ偶然。何か久しぶり?」
「ですね。私、ちょっとバタバタしてて」
「あ、俺も一緒。ちょっとバタバタしてて」
言い合って、誤魔化すようにへらっと笑う。まさか昔の悪い仲間に近所の子供連れ去られて、助ける為に盗賊に逆戻りしようとしてました、とは言えない。そりゃあ言えない。
あははー、と同じように笑うニナの傍らに、こちらを興味深そうに眺めてくる10歳位の少年が居ることに気づき、シルレインは首を傾げた。
「ニナ、これ、弟か?」
「え? あははっ、まっさかー! 私がお勤めしてるお屋敷の坊ちゃまなんです。アルス坊ちゃま、こちらはシルレインさん。ほら、こないだお話したでしょう? 冒険者の方に冒険に連れて行ってもらった、って。あの時誘ってくれた方です」
「ふぅん‥‥」
アルスは困ったようにニナとシルレインを見比べ、軽く頭を下げた。なんと言うか、そう言われれば着てるものとかかなり良い服なのだが、全体の雰囲気がお坊ちゃまらしくない。
どんな人間なのか伺うような視線。それにふと、
「カタルスみてぇ‥‥」
アルスの姿に別の姿を重ねた。
ニナが首をかしげる。
「カタルスさん?」
「へ? ああ、ちょっと前、仕事で」
心情が呟きになっていた事に気付き、シルレインはちょっと顔を赤くして説明する。
年の初め、偶然護衛の仕事を請け負って知り合った少年カタルス。あの子供もまた、貴族らしからぬ少年だった――彼はさる貴族の庶子なのだが、ごく最近までそれを知らされず普通の子供として育てられたので。
それを思い出したのは勿論、偶然ではない。カタルスの祖母からシルレインにシフール便が届いたのだ。この頃カタルスが寂しがっているので、会いに来てやって貰えまいか、と。
先日の事件から、ずっと休業していた何でも屋の仕事を再開しようと思ったのも、それがきっかけかもしれない。
「それで会いに行くんですか? 優しいですね、シルレインさん」
「ば‥ッ、べ、別に優しいとかじゃねぇよ! ただその、カタルスの事は気になってたし、それに」
シフール便には追伸があった。娘を亡くしてから体調が優れず、もう自分も長くないだろう。ついてはカタルスのその後も一緒に考えて欲しい、と―――
母を殺され、父を拒絶した少年に残されたたった一人の肉親が祖母だった。それを失おうとしている事を悟ってか、カタルスは以前以上に祖母の傍に寄り添って離れない。その事をも、彼女は憂えているのだと言う。
だったら、言って、せめて頭をぐしゃぐしゃ撫でるぐらいはしてやりたいと思った、それだけなのだ。
シルレインの言葉に、やっぱり優しいじゃないですか、とニナが笑う。それが照れ臭くて、誤魔化すように慌てて言った。
「あっ、だったらさ、ニナも来ねぇか? カタルス、今住んでるトコ結構綺麗なトコらしいしさ、気分転換に」
「え? うーん、行きたいんですけど、さすがにそんなにお休みは‥‥あ、そうだ、アルス坊ちゃま代わりに行ってきます?」
「‥‥‥え?」
「‥‥‥ニナ?」
何か今、不思議な方向に話が転換した。
思わず同時に疑問の声を上げたシルレインとアルスに、気付かないようにニコニコとニナが笑う。
「だってせっかく誘ってくださったんですし! アルス坊ちゃま、カタルスさんとも年が近いみたいですし、お友達になれるかも知れませんよ? ね、お嬢様には私からお願いしてみますし、坊ちゃまのお願いだったらお嬢様も嫌とは仰いませんよ♪」
「いや、あの、ニナ‥‥俺はアルスじゃなくてニナと‥‥」
「あ、そうだ! お嬢様にお願いして、冒険者の方にも一緒に行って頂いたらもっと楽しくなるかもしれませんね♪」
「そうじゃなくて‥‥‥」
「‥‥無駄だよ、シル兄ちゃん。ニナ、すっごく鈍いから」
方向修正を試みるシルレインに、達観した様子でアルスが同情の眼差しを向ける。10歳児に同情される辺り、シルレインの未来はここでも結構多難なのかも知れなかった。
その頃、冒険者ギルド。
「何でシルレインさんに言ってあげなかったんですか? 冒険者ギルドの指名手配リストにシルレインさんは入ってない、って」
同僚にそう尋ねられ、ティファレナはひょいと肩をすくめた。
「確かに指名手配されてない以上、ギルドでシルレインさんの犯罪歴は確認出来ませんから、登録料と保証人が居れば冒険者登録は出来るでしょうけど。そういう抜け道、ギルド職員が教えちゃダメでしょう?」
「ま、そりゃそうなんですけどね」
「それに‥‥実際に登録出来るかどうかじゃなくて、シルレインさんの気持ちの問題ですし。今のシルレインさんは、冒険者になる事にも迷ってるみたいですから」
そんな状態で無理に道を示しても無駄でしょう、とため息を吐くティファレナに、同僚は納得して頷いた。
●リプレイ本文
カタルスの住む街は風光明媚な所だ。小さい宿屋も幾つかあり、泊り客相手の土産屋や飲食店も充実している。
という話を道々語ったのは、シルレインではなくアルス。そんなアルスと話しているのはギエーリ・タンデ(ec4600)とラマーデ・エムイ(ec1984)だ。
「アルスくん、久し振りねー。元気だった?」
「うん!」
「姉君とはその後、仲良くやってますか?」
「うん、大丈夫。今日も大奥様と友達の事で喧嘩してた」
とある事情で親戚の家で暮らす少年は、義姉達には礼儀正しく敬語で話す。だがその笑顔を見れば、大奥様と呼ぶ祖母はともかく、義姉にはかなり打ち解けているようだ、と2人はほっと顔を見合わせた。
一方、気まずそうにしているシルレインの傍にはレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)が居る。
「もう冒険者になるのは止めたんですか?」
「そーゆー訳じゃ‥‥」
柔らかな口調で尋ねられ、下を向くシルレイン。口篭り、自分でも何を言いたかったのか解らないまま消えていく。
冒険者になりたい、と言う気持ちは変らない。だが同時に思い出すのは、目の前で攫われた子供の恐怖の表情と、かつての仲間の言葉――「今更お前がそんな綺麗な道を歩ける訳がないだろうが」。
今もそれが蘇り、唇を噛んだ青年にレインは微笑んだ。
「また大事な事を忘れているでしょう? 冒険者は仲間を守る事にも躊躇なんかしないんです」
「レイン姐さん」
「私はシルレインさんが困っていればきっと助けたいと思う。私やフォーレさん達が困っていたら、シルレインさんはどうします?」
どんな冒険者になるかは彼次第。過去がどうだったかではなく、これからどうするかだ、と言うレインの言葉に青年は虚を突かれたように目を見張り。
「俺は、姐さんや師匠達が困ってたら、助けに行きます」
絶対に、と誓うように呟いた青年は、だがまた考え込むように馬車の外を流れる景色に視線を彷徨わせる。簡単に切り替えられる位なら最初から悩まないだろう、とレインは小さなため息を吐き、同じく流れる景色を眺め始めた。
カタルスの父ヒューステッド・ヴァディンは、ウィル郊外の屋敷で暮らしている。少年は知らないが、実は彼の住む町もヴァディン家の所領の1つ。先の事件で元の町を出ざるを得なくなった2人の為、父から祖母に現在の住居が贈られた。
そのヴァディン家の屋敷で、
「自分の事だけじゃなく、同じように彼女の死に心傷ついている『息子』の事を気遣ってあげられないの?」
面会した当主を相手に一喝する、加藤瑠璃(eb4288)の姿がある。
カタルスは母レナの死のショックで引きこもり、祖母から離れない。それはかつて、レナの死の衝撃でろくに喋りもしなかった父の姿に重なる、と思って来てみれば、似たり寄ったりの状況で引き篭もる男の姿に、思わず叫んでしまった。
普通、貴族に対してこんな態度を取れば、幾ら冒険者とは言え無礼打かも知れない。だがヒューステッドは不思議そうに瑠璃を眺めるだけだ。
その態度にため息を吐き、カタルスの今を訴える。そうして、
「直接会って話せとは言わないけど。手紙でもいいからレナさんとの思い出などをカタルス君に伝えてあげられないかしら」
「カタルス、に?」
もう一度、不思議そうに男は言って、それから初めて気付いた様に瞬いた。
「‥‥あれはまだ子供、だったな」
前に呼び寄せた時は、考えもしなかった。彼にとってカタルスはレナの子。それ以上の感慨を抱かず、年すら覚えていなかった。
だが瑠璃の言葉に初めて、カタルスがまだ幼い、母の死を嘆く子供だと気付いた。あまりにも早く母を失った子供だと。
「手紙か。レナを想うのは辛いが」
彼があの子供に出来るせめてもの父親らしい事がそれならば、と。久々に瞳に光を取り戻し、ペンと羊皮紙を用意させる主を取り戻してくれた瑠璃に、執事が深々と頭を下げた。
到着した一行を見たカタルスは、まずはシルレインにしがみついた。
「お兄ちゃん!」
「カタルス、元気してたか?」
グシャグシャ髪をかき混ぜる青年に、うん、と頷いた少年は、そのまま怯える視線を同行者へ向けた。レインにはほっとした顔になったが、後は知らない顔。
ギュゥッ、としがみ付いた腕に力を込める少年に、ディーネ・ノート(ea1542)が進み出た。
「よろしくね。ロカもよろしく♪」
イイ笑顔でVピース♪ の冒険者に、きょとん、と目を瞬かせる。警戒はされなかったようだ。続いてフォーレ・ネーヴ(eb2093)が「よろしく〜、だよ?」と笑い、ギエーリやラマーデも自己紹介をして、最後にシルレインが「この人達も冒険者だよ」と補足したのに、うん、と頷いた。少年の中で、冒険者=怖くない人、という認識だ。
滅多にない来客に、普段は寝付いたままの祖母も起き出して、わざわざ済みませんねぇ、と頭を下げた。
「この婆がもっとしっかりしていれば」
「大丈夫ですよ。カタルスさんにもお会いしたかったですし」
それよりも無理はしないで、とレインが気遣う言葉を向けると、すみませんねぇ、とまた頭を下げる。肉体的にも弱っているようで、立っているのも辛そうだ。
ギエーリから見舞いの花を受け取り、椅子に座って何か言いかけた老女の言葉を遮るように、トントン、と扉が叩かれた。
「お邪魔するわよ」
言いながら中年の女性が入ってきたのと、怯えた少年がシルレインの腕から滑り降りて隣の部屋に逃げ込んだのは同時。バタンッ! と激しい扉の音に女性が笑った。
「相変わらずねぇ」
「ええ。いつもすみませんねぇ」
「困った時はお互い様。これ、いつものおかず。早く元気になってお孫さんを安心させてあげなきゃねぇ」
女性は、隣家の主婦らしい。越して来て以来何かと気遣ってくれるのだが、見ての通りカタルスは祖母以外の人間に怯えている。
そんな彼が、このまま祖母が居なくなればどうなるのか――案じるのも無理はない、と冒険者達は改めて問題を認識した。
まずはカタルスのその後を考える事にした。勿論ここに来るまでにも考えてきたが、大切なのはカタルス自身の希望である。
「カタルス君は何か、やりたい事ってあるのかな?」
「鍛冶職人とか大工さんとかは知り合いにも居るのよ☆」
あくまで祖母に何かありそうだと言うことではなく、世間話の一環として尋ねてみた。幸いにして少年は、引き篭もってはいるものの、働かなければならない、という事実に対しては抵抗はない。むしろ、いずれは働かなければならない、という認識は十分ある。
だが、
「‥‥わかんない」
それはあくまでいずれであって、今この瞬間に決めなければならない事、という認識でもなかった。元々暮らしていた町では、住人の殆どが領主家で働くのが当然だったので、自分もそうなるのだろう、と漠然と思っていた程度だ。
ならば実際、町の職人さん達を見て回ろう! という提案に、怯えた表情は見せたものの、シルレインも一緒に行く、と聞いておずおず頷いた。右手をしっかりシルレインと繋ぎ、左手はレインと繋いで。
だが、辿り着いた町中でディーネが立ち止まる。
(うあ!! 職人さんのツテないじゃない私っ!?)
先頭に立ってカタルスの弟子入り先を探そうとしたは良いが、そんな現実に気付いて愕然とする。だがしかし。
「とにかく足で探すわよっ」
自分の生い立ちを振り返れば、ちょっと似ているカタルスを放って置けはしない。この子の未来の橋渡しをしなければ、と決意も新たに手近な店から声を掛け捲る彼女の姿は、何だか大きく見えた。
フォーレも少し先の町まで、住み込みで雇ってもらえる所がないか探しに行った。あまり遠過ぎるのは、今の状況では厳しい。だが先々の事まで考えれば、何かあった時でも住む場所がある、というのは重要な事だ。
働き手を募集している店自体は幾つかあり、弟子を取っても良い、という工房も幾つかあったのだが、住み込みで、しかも10歳の子供を、となるとなかなか難しい。10歳は働くのに早過ぎると言うほどでもないし、住み込みも珍しくはないのだが、その両方の条件が重なり、しかも満足な身請け人も居ないとなると。
幾つかの店と工房を回って見学させて貰い、「ご飯関係も探して見ましょ‥‥今お腹が減ってるからじゃないわよ?!」というディーネの言葉で手近な店に入った一行は、本日の成果を確認し合う。どうやらカタルスは、宿屋関係の仕事が一番興味があったようだ。
「明日は宿屋を中心に回ってみましょ」
「了解☆ アルス君も楽しかった?」
「うん!」
何故か一緒にいるアルス、話を向けられて元気良く頷く。
「そう言えばアルス君も、元は村の子だったのよね」
不意に思い出したラマーデの言葉に、驚いたようにカタルスがアルスに視線を向けた。下級貴族の子息、という話はすでに聞いている。だが、元は村の子?
頷いたアルスの母が消息不明だと聞き、ますます驚くカタルス。
「母様が、居ないの?」
絶句するカタルスとラマーデの顔を見比べたアルスは、話してあげて、という彼女の言葉に頷くと、ゆっくりと話し出した。母の事、義姉の事、ニナの事、他のたくさんの事を。
それがどんな意味を持ったのか、少年はアルスの話をじっと聞き、そんな少年の反応が嬉しかったようで、アルスは笑って運ばれてきたご飯もそっちのけで変わった事を色々話す。失踪と死別という違いはあれど、同じく母が居ない者同士、通じ合うものがあったのだろう。
大人達は運ばれてきたご飯を美味しく食べながら、そんな子供達を見守る事にして。
「うあっ、ここのご飯美味しいッ! カタルス君、ここどうッ!?」
ご飯に感動したディーネが弟子入りを進めた。ちょっとマジだった。
翌日、瑠璃が父親の手紙を携えて到着し、弟子入り先探しはお休みする事になった。生憎カタルスは字が読めなかったが、字が読めるレインが父親の手紙を読んで聞かせた所、泣き出して部屋に閉じこもってしまったのだ。
まだ母が恋しい年頃。しかも目の前で母を惨殺された傷は、思いの外深い。
少年は落ち着くまでそっとしておくとして、まだ問題は残っていた。
「あ〜、カタルス、結局何になりたいんだろうな‥‥」
「シルレイン兄ちゃんは、どうして冒険者になろうと思ったのかな?」
頭を抱えたシルレインに、さりげなくフォーレが尋ねて見ると、シルレインは目を瞬かせる。それに構わず、フォーレは言葉を続けた。
「私はじぃちゃんの鍵開けを真似したのが始まりかな。物凄く上手くて一分経たずにはずしちゃって、魔法かと思ってたんだよ」
「一分!? それ、マジスゲェッすよ」
鍵開け師の異名を取ったシルレインには、十分驚く内容だ。弟子入りしてぇッ! と悶えている。
だがフォーレに眼差しで問いかけられて、ちょっと照れたように視線を彷徨わせた後、憧れたから、と呟いた。
「俺が居た盗賊団を、壊滅寸前まで追い込んだのが冒険者のレンジャーだったんだ。多分、ギルドに依頼かなんかあったんだと思う。そんでそのヒトが、やり直したいんならウィルに来てみるか、って言ってくれて」
あんな風になれたら、と思った。文句なくカッコ良かった。だから一も二もなく頷いて、その人の世話で今の住処に来て、こんな自分を受け入れてくれる新しい仲間に出会って。
やり直せると、本気で思ったのだ。
「良いでしょう、お悩みなさい迷いなさい。それは若者の特権です。男というものは悩めば悩むほど成長し、どのような道を選ぶにせよ素晴らしい人生が拓けるのですから!」
横で聞いていたギエーリが朗らかに言う。その言葉に視線を向ける青年に、暖かく微笑んで頷いてみせる。
「どうでしょう。もちろん過去の総てとは言いませんが、シルレインさんの半生をカタルスさんにお話してみては? 嬉しかった事哀しかった事。成功や失敗。運不運。お祖母様の次に彼が信頼するシルレインさんの生き方を知る事は、今後の選択の助けや生きていく勇気と希望になるのは間違いありませんとも!」
「そう、かな」
ギエーリの言葉に、少し自信がなさそうに言ったシルレインは、それでも『やってみるよ』と頷いてカタルスの篭る部屋に入っていく。そこでどんな話をするのか、聞いた少年がどう思うのかは、彼らだけの胸に仕舞っておけば良い。
「時に人は、導かれてではなく逆に後輩を導く事によって、大いに成長を遂げる事があります。これは良い機会かもしれません」
「上手く行けば良いけど」
ギエーリの言葉に頷きながら、瑠璃が心配そうに閉ざされた扉の向こうを見つめた。以前に会った時、娘の死を告げなかった非礼を詫びた彼女を、祖母は快く許してくれた。逆に、気を使わせてすみませんねぇ、と謝られる始末だ。
娘の死は、老婆の心にも変化をもたらしていた。
結局、カタルスの就職先は決まらなかった。だが最終日に皆で回った宿屋のうち、一軒が、もう少し大きくなったら住み込みで雇っても良いよ、と快い返事をくれた。それが隣家の主婦の親戚の家だとは、後から冒険者達だけにこっそり知らされた。
ディーネは今日もご飯屋を堪能し、フォーレとアルスがそれに付き合う。かつて某貴族の屋敷を探検した仲である2人、結構気が合っていた。
そして、短かった滞在を惜しむカタルスに、せめて父親からの手紙が読めるように――叶えばそれで身を立てる事も出来るように、とシルレイン共々文字を教えるレインが、ポツリと呟く。
「カタルス君、シルレインさんと一緒に暮らされれば‥‥」
カタルスはシルレインに懐いているし、守るべき存在が傍にいるというのはシルレインにとっても、彼を支える強い力になるのではないか。だがそれはあくまで彼女の個人的意見であり、もしカタルスが自立したい、と言うのならそれに越した事はない。
そう、思った言葉が呟きになっていた事に気付き、レインは顔を真っ赤にする。だがシルレインは真剣な顔で、その言葉を吟味していた。
隣で一生懸命文字を覚えるカタルスを、見下ろし。
「俺はまだ、やらなきゃいけない事があるけどさ。それが終わって、冒険者になれたら、カタルス、ウィルに来て一緒に暮らすか?」
「‥‥うん!」
告げられた言葉に、少年は満面の笑みで頷いた。それに青年も照れ臭そうにはにかみ、グシャグシャと髪をかき混ぜる。支えになるとか、そんな難しい事は判らないけれど、下町のチビッ子がもう1人増える、というのは悪くない。
聞いていたラマーデが首を傾げた。
「やらなきゃいけない事って?」
「盗賊退治」
言葉短かに、決意を込めて青年は呟く。何をするにも、まずはこの手で忌まわしい過去を払拭する。そうせずには、彼は前に進めない――それがここ数日で出した、彼の結論。
「でも、俺一人じゃ絶対無理なんで。このとーり、手伝ってください」
ふかぶかと頭を下げた青年に、勿論、と冒険者達は大きく頷いたのだった。