願える少女と願い引き裂く獣の牙と。
|
■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月09日〜04月14日
リプレイ公開日:2009年04月15日
|
●オープニング
山へ行ってはいけないよ――
それは町の者なら誰でも一度は聞かされる戒めだ。山へ行ってはいけない。山には恐ろしい狼が住み着いているのだから、決して足を踏み入れてはいけない。
だがそれでも何年かに一度、山へ足を踏み入れて消息を絶つ者が居るのは、山の奥には願いを叶えてくれる精霊が居る、と言われているからだ。本当かどうかは誰も知らない。ただ昔からそう言われていて、それに縋るように何年かに一度、山へと登って行った者がそのまま帰って来ないのだ。
そして今も、また。
(キーオを助けて貰うの)
強い決意の眼差しで、きゅっと唇をかみ締めてまだ寒々とした山を登っていく、1人の少女の姿があった。
(精霊様ならきっとキーオを助けてくれる。精霊様じゃないともう、キーオは‥‥)
思い詰め、時折遠くから聞こえる狼の遠吠えにビクリと身を震わせながら、一歩、また一歩と登っていく。その様子をどこかから、幾つもの獣の目が見つめている。
半年前、町は盗賊に襲われた。町の蓄えの殆どが奪われ、半数近くの住人が殺され、怪我を負った。彼女、セーラもまた背中に醜い引き攣れのような傷跡が残って。
でもそれは、年頃の娘が負った傷としては、まだ軽い。
町で死んだ年頃の娘の殆どは殺されたのではない。盗賊達の慰み者になり、絶望のあまり自ら命を絶ったのだ。その中にはセーラの双子の弟キーオの婚約者、ナキアも含まれていた――この春、まさにこの春が訪れれば二人は結婚したはずだったのに。
以来、キーオは心を閉ざした。セーラの言葉も、誰の言葉も耳に入らないまま家に引きこもり、虚ろな瞳で朝から晩まで酒を飲むようになった。
無理もないことだ、と思う――二人は本当に仲が良かった。セーラだって、キーオとナキアの結婚を自分の事のように喜び、待ち侘びていたのだ。ナキアがあんな酷い死を遂げて、キーオが正気で居れる筈なんてない。
でも、だからって朝から晩まで何も食べず、ただ酒だけを飲み続ける今の生活が、キーオの体に良いわけもないのだ。
だから心を鬼にして口うるさく世話を焼いたセーラを、次第にキーオは疎むようになった。今ではろくに口も利いてくれない。ただ、疎ましそうな、悲しそうな目でセーラを見る。
ああ、自分はキーオに何もしてあげられないのだ――そう思った。母の腹に居た頃から2人で生きてきた彼女達なのに、今まさに苦しむキーオにセーラは何も出来ない。その心の傷を和らげてあげる事すら出来ない。
そんな時に思い出した、昔話――山には願いを叶えてくれる精霊様が居る。たった1人で御許まで辿り着いた者の願いを叶えてくれる精霊様が居る。
(なんでも願いを叶えてくれるの、なら)
セーラの願いは、キーオの心が少しでも楽になる事。生きながらに死んでいるような今のキーオではなく、昔の彼に戻ってくれる事。
狼が居ることも知っていた。精霊様の昔話なんかよりずっと良く知っていた。
でも、キーオの為に何も出来ないセーラにたった一つ出来る事がそれならば、血と肉を分けて生まれた片割れの為に命を懸ける事ぐらい、何でもない事だと思ったのだ。
世界は暗闇で満ちていた。どう生きてきたのかも解らなかった。どうしてこの先を生きていこうと思っていたのかすら。
バンッ! と玄関の戸板を叩きつける音が聞こえる。どうせまたセーラだろう。キーオの気持ちも知らないで、口やかましく酒は飲むなだのパンを食べろだの――
また心が暗闇に閉ざされた心地がして、酒瓶に口をつけ、煽る。のどを滑り落ちる熱い液体。それに酩酊して意識を飛ばしていられたのは、もうずっと昔の事だけれど。
バタバタと乱暴な足音がこちらに向かってくるのが、意識の片隅で聞こえて。
「‥‥キーオ、この飲んだくれの大馬鹿ッ!!」
女の叫び声と、バシッ! と頬に強い衝撃を受けたのが、同時。数瞬して、思い切り引っ叩かれたのだ、と気付く。
カッ、と頭に血が上った。いきなり飛び込んできて、いきなり怒鳴られて、いきなり引っ叩かれて。一体どんな理由があってそんな真似されなきゃいけない!?
だが、怒鳴ろうとしたキーオは、目の前にある魔物のごとき形相に息を呑む。こちらを睨みつける瞳には、紛れもない殺意があって。
「あんたのせいでセーラが山に行ったのよ!?」
「‥‥セ、ラが‥‥?」
「そうよ! アンタがいつまでもめそめそ甘ったれてるから、あの子はアンタの事を精霊様にお願いしてくるって! どう責任取るつもり!?」
言われた言葉を、回らない頭で必死に考える。だがようやく思いついたのは、こうして自分を怒鳴っているのが幼馴染でセーラの親友のリッタだ、と言う事だけだった。
ぼんやりした焦点の定まらない瞳に、リッタは腹立ち治まらない様子でチッと舌を打つ。
「この時期、山の狼が冬眠から覚めて腹を減らしてること位、子供だって知ってるわよ! そんな中をあの娘は、アンタなんかの為に居る訳ない精霊を探しに山に行ったの! いい事キーオ、アンタの境遇には同情するし可哀想だと思うけど、これでセーラに何かあって御覧なさい! あたしがアンタを殺してやるから!」
言い捨てるだけ言い捨てて、リッタは今度は反対の頬を引っ叩き、『冒険者ギルドに行ってくるわ』と足音も荒く家を出て行った。
そしてキーオは。
「‥‥どうしろって言うんだ‥‥」
呟いたきり、また虚ろな瞳で膝を抱えて座り込み、酒瓶を抱き寄せたのだった。
●リプレイ本文
盗賊の襲撃がもたらした悲劇。それ故に引き起こされようとしている新たな悲劇を防ぐべく、集まった冒険者の表情は怒りに彩られている。
「魔物よりも最低な盗賊だ‥‥話を聞いただけでも、怒りと悲しみが沸いてくる」
「ジーザム陛下の治世下に未だ斯様な賊が横行していようとは‥‥ご領主は己が責務を果たしておられぬのか!」
堪え切れない憤りを吐き出すモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)とエリーシャ・メロウ(eb4333)に、依頼人リッタが口惜しそうに唇を噛み締める。何故自分達がこんな目に、と呪いを吐き出す時期は過ぎ去った。だが傷が癒えた訳ではない――幼馴染キーオのように。それを我が事の様に苦しむセーラのように。
それでも、傷付き苦しむ幼馴染2人が居たからこそ強く在らねばと心に定めた少女は、セーラ救出に向かってくれる7人の冒険者、そしてせめて下調べだけでも、と手を挙げてくれたエスリン・マッカレルやラマーデ・エムイに向かっても、深々と頭を下げる。
「どうかお願いします――セーラを助けて」
勿論そのつもりだ、と頷く冒険者達に、だが何度も少女は頭を下げる。それは親友に戻ってきて欲しい、と言う少女の願いで祈りだった。
リッタには馬車と後から来るよう言い置いて、アシュレー・ウォルサム(ea0244)とエリーシャがグリフォンに、加藤瑠璃(eb4288)がベゾムに乗り、残る者はケンイチ・ヤマモト(ea0760)と元馬祖(ec4154)の用意した空飛ぶ絨毯に分乗して、一足早く現場に駆けつけた。
そこから先も一時も時間を無駄にする事なく、精霊が居ると言う山の正確な場所や簡単な地図、行くならばどんなルートを通るか確認する。それを元に少女が居そうな場所を検討する一方で、エリーシャは少女の服を借りれないか交渉した。愛犬エドに匂いを嗅がせ、後を追えないか、というのだ。
これには近所の住人が協力してくれた。聞けば、双子の姉弟の母は2人が幼い頃に亡くなり、父は盗賊騒ぎの中で町を守って命を落として、今は双子だけで暮らしていると言う。協力してくれた住人は、そんな双子の世話を時々見ているらしかった。
「どうかあの娘を助けてやって下さいよ」
セーラの衣服を手渡しながら、気の良さそうな女もリッタと同じ様に頭を下げる。盗賊の襲撃で町が失ったものは多い。だからこそ、これ以上大切なモノをなくしたくない。
人々に見送られ、町で得た情報を元にさらに空を駆け行くと、問題の山にはすぐ辿り着いた。寒々とした、だが時折萌え出る若葉の眩しい色が見え隠れする木々。このどこかにセーラが居る。
ここで冒険者は、2手に別れて捜索する事にした。アシュレーはグリフォンに乗ったまま、ムーンドラゴンパピー月影と共に上空から目視で。残る6人は地上から、狼の痕跡やセーラが通ったと思しき後を追って。
捜索するうちに木々に視界を阻まれ、はぐれる事も考えうる。間の連絡はケンイチのテレパシーで補う事とし、彼我の位置を確認しながら慎重に捜索する事にした。
「弟のためとはいえ、無茶するわね」
存外険しい山道を、足元を草などに取られないよう注意しながら登る瑠璃が、しみじみ呟いた。狼が居る事を知っていて、それでもこの険しい山道を弟の為に行くと決めたセーラ。それほどに弟を思う気持ちが深い、と言う事か。
セレのエルフの矜持にかけて真剣な眼差しで地面に目を凝らし、僅かなりとも少女や狼の痕跡を見つけんとするギエーリ・タンデ(ec4600)が頷く。詩人として数多の悲劇を詠う事はあれど、現実の悲劇に直面したキーオの心は推し量るより他はない。だがその為に新たな悲劇が生まれる事は、絶対に避けなければいけない事態だ。
だがエリーシャの意見はやや違う。
「如何なる悲劇でも、其に浸り周囲の愛情を拒み、自ら立ち直りを望まぬ者に私は同情出来ません‥‥が。それでも救う為に命を懸けてくれる姉弟の絆には、感謝すべきでしょう」
「そうだね。精霊の力じゃなくて、キーオ殿が自分で前に進まなければ。セーラ殿の想いがそのきっかけになってくれれば良いけれど」
悲劇は、長くその中に身を置き過ぎれば逃れられなくなる。自分の中で悲劇を何度も繰り返し、悲劇に浸り、抜け出せなくなる。
きっとキーオはそんな状態。そこから抜け出すには自分の意思しかない。でも手助けする事は出来る――その、良い意味での刺激になれば。
だがそれらは総て、セーラを無事に救い出せてこそ。
『中腹辺りの少し開けた所に、狼が居たみたいだけど』
アシュレーからのテレパシーをケンイチが伝える。といって、ひたすら登り続けた一行には今がどの辺りかも良く判らなかったのだが、先頭に立つギエーリが「もう少し登った辺りでしょうかね」と見当をつけ、その言葉を裏付けるようにエリーシャの愛犬エドの足取りが確かなものになる。
インフラビジョンで熱源探索を試みていた馬祖が、さらにその情報を裏付けた。
「この先に人間らしき大きさの熱源があります。後は小さな熱源が多数。大きな熱源に接近しています」
言いながら駆け出し、駆けながらオーラボディで防御力を上げ。セーラと思しき人間、その盾にならん、と感知した熱源に向かっていく。
(私は武道家としてもウィザードとしても中途半端ですから)
狼と渡り合う実力は己にない、と分析した馬祖は、ならばせめて自分に出来る事を――力でセーラを守る事が叶わないならば、この身を盾に少女を守るのだと思い定め、その通りに行動した。大きな熱源は動かない。怪我をしているのか、それとも。
駆け、木々が途切れたわずかな場所に蹲る少女を発見し、考えるよりも早く馬祖は少女を庇うように身を投げ出す。目の端に動く獣が見える。羊守防は間に合わない。だが動かない。動かないと決めた。
「‥‥ッ!」
痛みを覚悟して目を瞑る。だが次の瞬間聞こえたのは、唸りを上げて空気を裂く矢の羽音と、ギャウンッ! と悲鳴を上げる狼の声。2撃、3撃。上空からエックスレイビジョンとテレスコープで地上を探索してたアシュレーの矢が、ケンイチのテレパシーを受けて間一髪狼を退けたのだ。
追いかけてきた瑠璃が、エリーシャが剣を手に狼の群れを捕え、1匹1匹確実に屠っていく。2人とも辿り着くまでにすでに戦闘体勢を整えていた。チラ、と馬祖を見た瑠璃が少し呆れた様子で「ここにも無茶をする人が居たわね」と肩をすくめる。もちろん、2人が無事だった事への安堵の裏返しだ。
モディリヤーノが馬祖を助け起こし、それからギエーリと2人で少女の様子を見た。かなり疲労している様だが、目立った外傷はない。せいぜい草や小枝でかすり傷を負った程度。
突如周囲で起こった戦闘に、目を丸くした少女が何処から尋ねれば良いのか困り果てたように瞬きをした。その間にも、次々と狼は茂みから飛び出してくる。不意打ちを食らった先ほどとは違い、注意深く攻撃範囲を見定め、間合いの外から隙を伺ったかと思えば、何匹かが注意を引いている間に、別の個体が不意を付くと言う連係プレーを見せた。
だがその連係も、素早く群のボスを見極めたアシュレーが続け様に射立てて止めを刺すと、すぐに有象無象の集団に成り果てた。こうなれば、個対個で引けを取る冒険者ではない。レミエラで機動力をアップさせた瑠璃に、愛犬との連係で戦うエリーシャに、超越級の射撃の腕を持つアシュレーが相手なのだ。おまけに月影に狼を威嚇させる、というある意味反則技まで持ち込んだものだから。
(そりゃあ、今回は『踏み入ってはいけない』と言われている山に踏み入ったんだから、出来れば命だけは取りたくないと思ったけれど)
いわばこちらがルール違反を犯した形になるのだから、幾らリッタは討伐が希望とは言え、出来るだけ殺さずには済まないものか。密かにそう考えていたモディリヤーノの希望はある意味叶ったのだが、尻尾を巻いてほうほうの体で逃げ出した狼の後姿に、思わず複雑な気持ちになる。パピーとは言え全長3mのドラゴンと対峙し、威嚇されて踏み止まれる動物はあまり居ないだろう。
助けられた少女も、現れた金色の竜とグリフォンの姿に、ヒク、と頬を引きつらせて及び腰になっている。それでも踏み止まり、尋ねた勇気は褒め称えられるべきだろう。
「あの‥‥あなた方は‥‥?」
「冒険者よ。リッタさんに頼まれて来たの――大丈夫だと思うけれど、一応回復しておきましょ」
レミエラによる自身のダメージも回復し、人心地付いた瑠璃が、そう言いながら少女にリカバーをかけた。かすり傷程度だが、用心するに越した事はないだろう。
治癒を受け、瑠璃の言葉を聞いた少女は瞳を揺らし『リッタが‥‥』と項垂れる。ザァッと顔を青ざめさせ、慌てた様子で冒険者から身を離す。
「私はッ! 助けて下さった事は本当に、何と言って良いか判りませんけど、町には戻りません‥‥ッ!」
親友の名と共に、何故彼らがここにやって来たのかも察したのだろう。緊張の面持ちでギュッと両手を握り、梃子でも動くものかと足を踏ん張る。
だから、次に向けられた言葉を聞いた時、ポカン、とセーラは馬鹿みたいに口を開けてしまった。
「うん。だから一緒に、精霊様を探しましょ」
「其処までの想いあらば、精霊もお聞き届け下さるやもしれません」
「詩人の身としては是非ともお会いしてその様子を吟じたい処ですしね」
「え‥‥? で、でも‥‥」
精霊様の御元には、たった一人で辿り着かなければならないのだし。何よりこの人達に、セーラに付き合ってもらう理由なんて。
だが冒険者達は、戸惑う少女に優しく手を差し伸べてくれる。何かに流されるようにその手を取って、そうしてポロポロ流れ出した涙にようやく彼女は知った――キーオの為にと気を張り続けた間中、自分がずっと心細かった事に。そうと気付いたら止まらなくなった涙が枯れるまで彼らは一緒に居てくれて、それに甘えるようにセーラは涙を流し続けた。
一方、アシュレーとモディリヤーノはセーラの無事を確認した後、一足先に町へと戻り、セーラを無事に保護した事を報告した。すでに馬車と共に町に辿り着いていたリッタはその知らせを聞き、こちらも身も蓋もなく泣き出した。幼馴染を心配して、張り詰めていた緊張が一気に崩れたのだろう。
それから町の人間を集め、また盗賊に襲撃された時の備えとして、罠の作り方やら見張り台の設置などのアドバイスをする。さらに人手を募って高い柵や見張り台を作るのを、指導したり手伝ったりしているうちに、泣き止んだリッタがいつの間にか、1人の少年を冒険者達の下に引き摺って来た。
ぼさぼさに伸びた髪と髭に、もう何日も着替えていないのではないか、というよれよれの衣服。離れた場所からでも強いアルコールの匂いがぷんぷん漂ってくる、泥のように澱んだ暗い瞳の少年。
「この人達がセーラを助けてくれたのよ! キーオ、アンタからもお礼を言いなさいッ!」
「‥‥‥」
リッタの言葉に、キーオは一瞬だけ後ろめたそうに冒険者達を見つめ、それから唇を噛み締めてふいと目を逸らした。うざったそうにリッタの手を振り払い、クルリと背を向ける。
その背に、冒険者の優しい、厳しい言葉が向けられ。
「また何もできないまま、失うことになってたかも知れないよ」
「飲んだくれて身体を壊す他に、やるべき事があるよね」
ピタリ、と足が止まり、少年が怒りと共に身を翻した。そのままの勢いで殴りかかろうとするが、長らく不摂生をしていた足取りはおぼつかず、もんどりうって地に倒れ伏す。
それでも睨み上げる少年の瞳に宿った怒りは、この半年で初めて見せた、悲しみと絶望以外の感情。
「あんたらに何が判る‥‥ッ」
「そりゃ、完全には判らないけどねぇ――でもセーラはそんな君の為に、命をかけた訳だし? 今だって仲間と一緒に精霊様を探している訳で」
「ナキア殿達の敵を討つ為にも、盗賊対策、盗賊退治、何も剣や魔法だけが手段ではないよ。キーオ殿の得意な事で、役に立つ事がきっとあるはず」
2人の言葉に、キーオは身を震わせる。ナキアが失われた頃、たくさんの人が彼にそう言った。下らない誤魔化しだと思った。互いの傷を舐め合うだけの言葉だった。哀れまれ、その哀れみを有り難く受け取らない少年をもてあましていた事を知っていた。
でも、この人達の言葉はそれとは違う。自分を哀れむだけじゃない。突き放しもする。でもその一番下の根っこの所に、他の誰とも違う何かが在る。
キーオッ! と悲鳴のような少女の声が聞こえた。
「キーオ、キーオ! どうしたの、どこか痛いの? 大丈夫キーオ、家まで帰れる?」
「セー、ラ」
その声に見やると、汚れた衣服にぼさぼさの髪の、彼と同じ面立ちが青褪めた表情で駆け寄ってくる所だった。その後ろには知らない人々。きっと銀髪の冒険者の言った、一緒に精霊様を探してくれた仲間、だろう。
母の腹の中に居た頃から血と肉を分けて生まれた双子の片割れ。両親よりもずっと傍に居てくれた。ナキアと同じ位かけがえのない姉。大好きな彼女がいつまでも自分を見捨てない事に、甘えていた自分が反吐を吐くほど嫌だった。
こんなどうしようもない自分の為に、命までかけるなんて馬鹿じゃないかと思う。
「精霊、様は‥‥見つかったの、かよ」
「キー、オ?」
「どうせ‥‥ダメだった、んだろ? セーラは昔っから‥‥要領が悪くて‥‥俺やリッタや、ナキアが居なきゃ、すぐ泣いて‥‥」
「うん‥‥うん、キーオ、ダメだったよ‥‥皆がいないとダメなんだよ‥‥ッ」
グシャリと、顔を歪めてみっともない泣き顔で、ギュゥッと苦しい位に抱きしめてくるセーラの腕が、温かい事に初めて気が付いた。そう気が付いたら居ても立っても居られなくて、やっぱりみっともなく泣き出したキーオに、優しい冒険者の言葉が響く。
「その時が来たら、僕達、冒険者はきっと力になるよ」
その時が来たら。ナキアの敵を討てる程に、身も心も強くなれた、その時には。
ギュッ、と小さな、いつの間にか自分より小さかったセーラの身体を抱きしめる。
「頼み、ます‥‥セーラを、助けてくれて、ありがとう」
冒険者達の願う通り――彼の心に、ひたむきに思う姉の気持ちは確かに届いたのだ。
エリーシャの進言に従い、町長は領主に盗賊対策の嘆願書を提出する事になった。盗賊は全部で7人。頬に醜い傷を持つ男を筆頭に、筋骨隆々とした逞しい男が5人に、後1人は驚くべき事にリッタやセーラと同じ年頃の少女だったと言う。
思い出せる限りの7人の特徴を書き連ねた嘆願書に、署名をしたエリーシャの険しい顔に気付いたケンイチが尋ねる。
「どうしたんですか?」
「‥‥この特徴、どこかで見たような‥‥」
だがまさかそんな偶然はないだろう――封印を施しながら、言い聞かせるように呟いたのだった。