そのお嬢様、ただいま出奔中につき。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月14日〜05月19日
リプレイ公開日:2009年05月22日
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●オープニング
「そうですか‥‥やはり、見つかりませんか」
ジュレップ家の一人娘ローゼリットは、使用人の報告の言葉に小さな落胆のため息を吐いた。ハッ、と申し訳なさそうに頭を下げる使用人に労いの言葉をかけて下がらせ、信頼する侍女と二人になって初めて疲労の表情を浮かべる。
ドサッ、と投げ出すように肘掛け椅子にもたれかかった主に、侍女のニナが心配そうな表情を浮かべた。
「お嬢様‥‥やっぱり、アルス坊ちゃまのお母様は行方が知れないんですか‥‥?」
「これで心当たりは全て探した事になります。無論、時間を置けばまた変わるのかもしれませんが」
肉体よりも、精神的に疲れた表情で応えるローゼリット。その心中を思い、そしてその報告を聞いて落ち込むであろうもう一人の小さな主の事を思って、ニナの表情も暗くなる。
8ヶ月前、出奔したローゼリットの父の兄、つまり伯父が事故で亡くなり、その忘れ形見である息子のアルスをジュレップ家に預けて、アルスの母は行方をくらませた。それ以来、ローゼリットは人を使って思いつく限りの場所を捜索させているのだが、いっこうに足取りは掴めない。
伯父が出奔した当時の事をさすがにローゼリットは覚えていないが、恐らく祖母が強硬に反対しただろう事は想像に難くない。今でも事あるごとに伯母を悪く言い、その子であるアルスを嫌っている事からも明らかだ。
だが、そんな事情は棚の上にでも上げて置くとして、問題は母に置いて行かれたアルスの事。何としても母に会わせて見せると約束したし、そんな物が無くても何とか会わせてやりたいと願う気持ちもあって、彼女に許された権限の全てを駆使して伯母を探していたのだが。
今、報告を受けた使用人を向かわせていた場所が、最後の手がかり。そこで伯母が見つからないとなると――
「‥‥やはり、若君にお縋りするしかないのでしょうか」
そう呟いたのは昨年末、とあるお屋敷の聖夜祭準備に招かれてお邪魔した時、まぁ色々あって主たる子爵の権力を借りる事を一度は断念したからだ。あの時はまだ、切れるカードがあった。だが今はない。
まだ覚えて貰っているかどうかは解らないが、こうなったら恥をかなぐり捨てて頭を下げるしか道はないだろうか‥‥そう、考えたローゼリットの耳に、ニナの呟きが耳に入る。
「滅多な事はなさってないと良いですよねー。あんな風に坊ちゃまと引き離されたんじゃ‥‥」
「‥‥ッ!? ニナ、どういう事です!?」
耳に入り、頭に届いた瞬間跳ね起きて詰め寄ったローゼリットに、ビク、とニナが半歩身を引いた。咄嗟に軸足のバランスを崩してしまったらしく、グラリ、と身体が揺れる――彼女は左足があまり動かない。
ハッ、と我に返ってニナを支えてやる。彼女が左足の自由を失ったのは、ある意味ではローゼリットの責任でもあった。
「‥‥それでニナ、そなた、何を知っているのですか?」
「え、と。あの、お屋敷の中での噂を聞いた、だけなんですけど‥‥」
そう断ってニナが語る『噂』を聞くうち、ローゼリットの顔は怒りのあまり蒼白となった。キュッ、と唇を噛み締めてその『噂』の真偽を祖母に確かめに行った彼女は、今度は怒りと興奮で顔を真っ赤にして帰ってきて。
「あたくしはアルスと共に家を出ます。あたくしは今日ほど、お祖母様の血を真っ直ぐ引いている事を汚らわしいと思った事はありません!」
そうニナに言い捨てて、困惑するアルスの手を引いて、宣言通りローゼリットは出奔したのだった。
「‥‥って言うのが昨日の事でして。ちょっと内密で、お嬢様と坊ちゃまを捜して欲しいんですけどー」
困った様に眉を寄せ、精一杯微笑んで状況説明をしたニナに、そんな場合じゃないのだがつい受付嬢は引きつり笑いを浮かべた。
何しろニナ自身が、良くない意味で冒険者ギルドのお得意様。命を狙われて冒険者に助けてもらう事2回、彼女の勤めるお屋敷の坊ちゃまが行方不明になった時も冒険者のお世話になった。この上今度は、その時は依頼人だったお嬢様を探して欲しい、と言う。
「‥‥ニナさん、何か良くないものに憑かれてません?」
「‥‥‥あはは〜」
全力で目を逸らしながら笑って誤魔化した。彼女自身もちょっと、最近事件続きだなぁとか思っている。
まあ、何はともあれ依頼は依頼。受付用紙を取り出し、受付嬢は完璧な営業スマイルを浮かべて見せた。
「じゃあご依頼は、ローゼリットさんとアルスさんの保護ですね‥‥どこかお心当たりは?」
「ん〜、お嬢様って人を使う事はお得意なんですけど、ご自分で動く事って滅多にないんで、多分行く場所そんなないと思うんですよね。だから多分、前に園遊会でお友達になられたっていう騎士様の所か、坊ちゃまのご実家か」
「どこか宿屋を取られているとか言う事は」
「あははっ、多分そんなの思いつきもしませんよー」
割と主の事なのに酷い事を言っている。
その辺りはさっくり無視して、受付嬢はさっさと話を進めた。
「それで‥‥ローゼリットさんがお怒りになられたって言う『噂』の事も、お伺いしても?」
「あー‥‥ホントだったらそれも、ちゃんとお話しなきゃ、なんですけど。奥様に口止めされてまして‥‥すみません」
「‥‥‥?」
「あんまり外聞の良い話じゃないですからー。多分、奥様に冒険者の方から聞いて頂ければ、教えて下さると思うんですけど‥‥」
だが出来れば、その噂を表沙汰にはしたくない。ゆえに冒険者ギルドにも出来れば隠しておきたい‥‥と言う事らしい。
そんな状態で家出人を探せと言う無茶な依頼に、さすがに眉を潜めた受付嬢を見て、はは、とニナが力なく笑った。
「お嬢様と坊ちゃまが無事ならそれで良いって奥様は仰ってるんです。お嬢様がお怒りになるのも当然ですし‥‥でも大っぴらに探しちゃうと、大奥様に見つかっちゃうんで。大奥様、お嬢様が出て行ったのにすっごくお怒りで、どんな事をしても見つけ出して引き摺って来い、祖母に逆らうような腐った性根を叩き直してくれる! ってヒートアップしちゃってるんで」
「それ‥‥大奥様の方が問題あるんじゃ」
「あははっ、そんな理屈が通ったらそもそも、お嬢様は出て行かれてないですよー」
だから、とニナは意識して明るい笑顔を浮かべて言った。
「どうか、お嬢様を見つけて下さい」
●リプレイ本文
ジュレップ家は下級だが代々続く家柄である。領民からの信頼も厚く、上位君主の覚えも悪くはない、そのジュレップ家の現在を作り上げたのがアイリーン・ジュレップ。つまり件の『大奥様』。
その屋敷でまずは『噂』の真相を確かめた彼らが向かったのは、ローゼリットの侍女ニナが候補に上げた『お嬢様潜伏先』だ。すなわち、加藤瑠璃(eb4288)が既知の相手でもある『イムンの若君』の住む珍獣邸、ギエーリ・タンデ(ec4600)が以前にも訪れたアルスの実家のある村、ミーティア・サラト(ec5004)がローゼリットの『親しいお友達』新米騎士ディクセルの住むワディスン邸である。
事情を教えてくれたローゼリットの母リディアからも、改めて『出来るだけ内密に』と頼まれた。チラ、と階上を窺うような視線を見せたのは、祖母がそこに居るからだろう。
(おばあちゃんを叱り付ける役目は私になりそうね、何となく)
仲間2人を思い返し、そう判断する瑠璃である。正直‥‥どっちかと言うと、言いたい事が多すぎるかも、知れない。
とは言え、まずはローゼリットの居場所を突き止めなければ本末転倒。そう思い、珍獣邸を訪れた瑠璃は出てきたメイドと、
「‥‥ここには来ていないみたいね」
「判りますか?」
「来てたら珍獣が大暴れしてるでしょ」
「そうでしょうね‥‥」
「あなたも大変ね」
「ありがとうございます」
心温まる会話を交わし、門前でUターンした。そこで判断出来てしまう屋敷の主の人柄は、この際お空の彼方にでも放っておく。
当ては外れた訳だが、彼女にはまだ仕事が残っている。アイリーンに、いかに己の所業が間違っているかを効果的かつ効率的に思い知らせ、知っていればアルスの母の手がかりを聞き出すのだ。
計画を練りながらジュレップ邸へと戻る、彼女の足取りは知らず、怒りに燃えていた。
ミーティアがワディスン邸を訪れたのは、昼下がり、アフタヌーンティーを楽しむ時間帯だった。正面玄関の前で、しばし迷う。
(お2人が来ているとして、正面からお尋ねして教えて頂けるかしらね?)
もし自分なら、誰か尋ねてきても来訪を隠してくれるよう頼むだろう。まして原因が原因だ。
考え、正面突破は諦めて裏口へ向かいながら、義弟の手を引いて家を出た少女の心を想う。
(あれ位の歳の娘さんにはどうしても大人の言動が許せない事があるものだし、ましてローゼさんはあんなにアルス君の事を可愛がっているのだものね)
『あんな事』を聞かされれば飛び出したくもなるだろう――以前に会った、ぎこちなくも仲睦まじい義姉弟の姿と、リディアから聞かされた『噂』にそう思う。正義感と責任感の強い少女は、伯母の失踪に秘された真実を知ってどれほどショックを受けただろう。
それにアルスの母にも謝らなければ。本人は知らない事だが、失踪の真実を知らないミーティアはかつて、アルスだけをジュレップ家に置き去りにした母の選択を、残念だ、と言ってしまった――
ワディスン邸の裏口に回り、台所を覗いてエルフの青年に声をかける。着ている服からして休憩中の下働きだろうか。
「ちょっと良いかしらね」
いつでもおっとりしたミーティアの空気に感化されたか、呼ばれた青年は気さくに寄ってくる。そんな彼としばし他愛のない話で盛り上がり、折を見てさりげなく尋ねる――この屋敷に、若君ディクセルの友人の義姉弟が来ていないか。
尋ねられた青年は驚いたように目を見開いた。
「ローゼリット嬢と義弟殿? いいえ、僕の所にはお見えじゃありませんが‥‥?」
「‥‥もしかして貴方がディクセルさんかしらね?」
驚いて尋ねると、応と頷く。ディクセル・ワディスン、お屋敷の若君でありながら気さくに台所にまで出入りしてあまつさえ馴染み切っている、自他共に認める平凡な青年だった。幾ら平凡でも、下働きに間違えられるのはどうかと思う、騎士として。
だがディクセルはまったく気にした様子もなく「ローゼリット嬢に何か‥‥」と首を傾げる。どうやら信頼出来そうな人物だ、と見込んでミーティアは差し障りない程度に事情を説明した。少女が義弟の行方不明の母を捜して居る事、なかなか見つからない事、その事で思い悩むあまり家を飛び出した事――嘘は、言っていない。すべてを語っていないだけで。
ミーティアの話をディクセルは真剣な顔つきで聞いていた。そして、大きく頷いた。
アルスがかつて暮らしていた村は、ウィルから馬車で1日ほどの場所にある。かつても母を慕って姿を消したアルスを探して訪れた事のあるギエーリは、勝手知ったる足取りでアルスの家族が暮らしていた小さな家へ向かった。
ローゼリットは正義感が強く生真面目で、身内の事情で他者に迷惑をかける事を好まない。そんな彼女が珍獣邸の若君を頼ろうと思ったのは、だからよっぽど困っているのだろう。
だがそれとこれとは話が別。他者に迷惑をかける事を好まぬ少女が、家出先に他人の家を選ぶだろうか?
案の定、村は美少女貴族の来訪に浮き足立ち、ギエーリが尋ねる前からその噂で持ちきりだった。ローゼリットの1つの欠点は、己の顔立ちを自覚しながらそれが周囲に与える影響には無頓着である、と言うことだ。
そわそわと中を覗き込む村の子供を「ローゼリット様はローゼリット様なんだから近付くなよ!」と両手を広げて通せんぼしているアルスに微笑みかける。パッ、と顔馴染みの来訪にアルスが顔を明るくした。
「ギエーリ兄ちゃん!」
「お久し振りです、アルスさん。姉君は居られますか?」
「うん、中に居るよ! 兄ちゃん、この辺でお仕事だったの?」
自分達を探しに来たとは露程も思わないらしい。喜んで義姉を呼びにいこうとする少年を呼び止め、中を覗き込むと、流石にこちらは気付いたらしいローゼリットが厳しい表情でギエーリを見た。
「母ですか。或いは祖母の? いずれにせよ、あたくしに戻る意思はありません。お祖母様の気まぐれにこれ以上振り回されたくありません!」
「ええ、無理に家にお連れしようと参った訳ではありません。まずはお元気そうで何よりです」
ギエーリの言葉に、意外だったのか少女が目を丸くする。そうして外から聞こえたアルスの「兄ちゃん、ニナ元気か知ってる?」という言葉に、ほんの少し目を伏せる。
それらを見届けたギエーリは、またの来訪を告げて一先ず退く事にした。まずはローゼリット発見を仲間に知らせよう。
翌日。知らせを受けて駆けつけた2人と共に改めて義姉弟を訪ねた冒険者達に、ローゼリットは前日とは打って変わり、まずは深々と頭を下げた。
「昨日はご無礼を申しました。当家の事情、あたくしの勝手な振る舞いでご迷惑をおかけしたのでしょうに‥‥非礼をお詫び致します」
家出少女にこの様に謝られては、姿としては正しいのだが何となく奇妙な感じがする。思わず顔を見合わせた冒険者達に、ローゼリットは毅然と面を上げた。
「祖母であれば皆様にお願いせず、当家の者にあたくし共の捕縛を命じるでしょう。ならば皆様は母の依頼でお越し頂いたのですね」
「そうよ。正確にはリディアさんとニナちゃんから」
「お2人とも心配していたわね。せめて無事を知らせるお手紙だけでも書いてみないかしらね」
瑠璃とミーティアの口から出た名に、ローゼリットがまた瞳を揺らす。苦々しく呟いたのは「あの娘は本当にお人好しが過ぎます」という言葉。
それから、ニナの名にぱっと顔を明るくしたアルスを見やり、少女は強張った表情で告げる。
「それでもあたくしは、祖母を許す事は出来ません――あの方が伯母にした事を、決して許す事が出来ません」
「リディア様から伺いました」
険しい声色で告げる少女に、頷くギエーリが思い出すのはリディアから聞いた『噂』の内容。
『悪気があって‥‥と言うよりは、義母には本当に理解出来ないのですよ』
ローゼリットが怒り狂った『噂』、まずはそれを確認せねばとローゼリットの知人を名乗って母リディアとの面会を果たした冒険者達が聞かされたのは、要はこんな話だった。
『義母は、如何にしてジュレップ家を誇り高き貴族たらしめるかに、心血を注いで来た方です。ですから、身分違いの相手と駆け落ちした義兄や、それを受け入れた義姉の事が、義母には理解出来ません。義母にとって貴族と平民は歴然と区別されるもので、その垣根を乗り越えるなど有り得ないのです』
『義母はあの日、義兄が事故で亡くなり、残されたアルスを育てる為に当家に援助して欲しい、と土下座までした義姉に向かって「お前は息子を殺し、当家の孫アルスを拉致する薄汚い犯罪者だ」と罵ったのです。その上アルスを義姉から取り上げ、今後一切当家に近付く事罷りならぬ、と――義姉は泣いて抵抗しましたが、無慈悲にも義母は義姉を棒で打って追い払いました。その後も幾度も当家をお尋ねになりましたが、使用人にアルスは愚か、私共にも取り次ぐ事を厳禁して――ついには、当家の孫を拉致しようとする誘拐犯がいる、と官憲に通報したのです』
勿論リディアもその様な非道に抗議した。その結果が義母に夫と共に領地に追い払われ、ようやく戻って来た時には義姉は官憲から逃れはしたものの行方不明、それ程までして手に入れたアルスは邪険に扱われ、味方はローゼリットとニナのみ、と言う構図が出来上がっていたのだ。
それは、どうせ対面を気にする貴族の事、ろくでもない事を言ったのだろう、と予想していた瑠璃をして思わず眉を顰めさせる非道だ。ローゼリットとアルスは『従姉弟同士遊んでいらっしゃい』と言うリディアの言い付けで臨席していなかった事がせめてもの救いか。
少女は、その時の怒りを思い起こしたように頬を紅潮させる。
「祖母はあたくしに言いました。孫と思えば目をかけてやったが、所詮はあの女の子、懐かぬ子供などもはや要らぬ、と。自ら取り上げて置きながらあの言い草、一体どれ程あの祖母は恥を知らないのか‥‥ッ」
悪意あって、苦しめてやろうとの意図あっての事ならばまだ良い。だが祖母はその意図はない。悪意すらない。伯父を誑かしたと伯母を罵り、伯父の子を孫と思い、思い通りにならないなら要らないという、その行為をアイリーン自身は恐らく、一片の曇りもない正義を行っていると信じている。
それがまた、憤りを呼ぶ。
だが。
「ダメだよ、ローゼリット様」
止めたのは、他ならぬアルスだ。
「せっかくローゼリット様には奥様も旦那様も大奥様も傍に居るのに、ママみたいに会えないんじゃないのに、ローゼリット様から居なくなっちゃダメだよ」
虚を突かれた様に少女は義弟を見、義弟はまっすぐに義姉を見る。母に会いたくても会えない、その事態を招いたのはジュレップ家なのに、その家族を捨ててはいけないと幼い言葉で訴える。
自分の様に、会いたくても会えない訳じゃないのだから。
それに絶句する少女に、敢えて場の空気を断ち切るように瑠璃がぽんと肩を叩く。
「大丈夫、ローゼリットちゃん。おばあさんは叱り付けておいたから」
「‥‥あの祖母を、ですか?」
驚きの眼差しを向けた少女に頷く。ギエーリからローゼリット発見のシフール便を受けた瑠璃は、その足でジュレップ家を訪問してアイリーンに取り次いで貰い、孫の友人(と言う触れ込みだった)がどんな相手か見極めようと承諾した老婆に開口一番怒鳴りつけたのだ。
『親子の絆を引き裂いてまで、そんなに体面が大事?』『ローゼリットちゃんはこれ以上あなたの気まぐれに振り回されたくないって言ってるわよ』『子供も孫もあなたの思いどうりになる人形じゃないわ。あなたがそんなだから、みんな離れて行っちゃうのよ。少しは子供達の気持ちも思いやってあげなさいよ!』そんな、激しくも正しい言葉の数々に、アイリーンは当初目を白黒させ、次いで『生意気な小娘』への怒りを露わにした。だが瑠璃の後ろに立つリディアも同じ意見だと判ると、渋々ながら自分にも非があったのかも知れない、と呟いた。
その言葉を引き出せただけでも大きな勝利。さらにアイリーンはアルスの母の消息も知っている風だったのだが、
「生きてはいる、それ以上を知りたければローゼリットちゃんが戻ってくる事が条件ですって、まったく」
「祖母がそこまで譲歩を‥‥流石は冒険者の方ですね」
「ふむ。しかしそれはローゼリットさんを連れ戻すための方便かも知れません。どうでしょう、ここは一つ僕がアルスさんの事を関係者ならピンと来る程度に脚色し、吟遊詩人仲間に頼んで各地で詠ってもらう、と言うのは?」
吟遊詩人でもあるギエーリがそう提案する。ただしこの策は、アルスの境遇を哀れに詠い上げて耳にした母の心配を誘い、あちらから出て来て貰うと言うもの。つまりジュレップ家の人々を悪く詠う事になるし、結局ローゼリットがジュレップ邸に戻らねばならない事にもなるのだが。
そのリスクも説明するギエーリに、少女はだが真剣な面持ちで首肯する。
「お願いします。当家がアルスに辛い思いをさせているのは事実ですし――打てる手は、すべて打ちたいのです。ただ、皆様のご迷惑にならなければ良いのですが」
「心配ご無用ね。そうそう、お友達のディクセルさんにもローゼさんを助けてくれるようにお願いしたけれど、快く引き受けて下さったわね」
だから大丈夫、心配するなと冒険者達は笑い。ありがとうございます、と深々と頭を下げた少女は、アルスの手をそっと握り誓言の様に真摯に告げる。
「必ず、そなたの母君を見つけてみせます。今しばらく待っていてくれますか」
「はい!」
アルスの元気の良い返事が、この家で騒動の幕切れを告げた。
冒険者達と共に屋敷に戻った義姉弟は、まずは両親とニナに心配させた事を詫びた。そして『皆様方のお役に立てばいいのですが』と応急セットを手渡した。珍しい天界からの落来品と言う事で屋敷にあったのだが、使い方が判らずそのままにされていたらしい。
さらに詩歌に託してアルスの母を捜すという話を聞いたリディアからギエーリに、スイートドロップのペンダントが預けられる。『義姉が義兄から贈られた思い出の品だそうです。会えたらお返しして下さい』と言う言葉に、ギエーリは必ずと請け負って。
戦にでも赴くような面持ちで祖母の元へ向かったローゼリットを見送ったアルスが、冒険者達にそっと告げる。
「兄ちゃん達‥‥もしママが見つかって、ママが僕に会いたくないって言ったら‥‥ママを怒らないでね」
「‥‥アルス君?」
「ママは何にも悪くないから、ママを怒らないでね。お願い、ミーティア姉ちゃん」
真剣にそう訴える少年に、訳が判らないながらも頷いてみせると、ほっとした表情になる。それは冒険者の中に、不思議な蟠りを残したのだった。