見習い冒険者、猫の為に奔る。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月19日〜05月24日

リプレイ公開日:2009年05月27日

●オープニング

 昔、猫が居た。別に飼ってた訳じゃない。気が付いたら足元に居て、気まぐれで餌をやったらいつの間にかアジトに居付いてた。名前だって付けてない。あったかも知れないが覚えてない。
 首領は余計な厄介モノを背負い込んだ事には良い顔をしなかったけど、テメェが面倒見ろよ、と脅しつけるように低く言っただけで始末しろとは言わなかった。人間には最低な連中だったが、そう言えばそういう辺りは妙に甘かった。
 親兄弟を亡くしてやさぐれてたシルレインを拾い、鍵開けを仕込んだ事と言い。自分達が壊滅させた村の生き残りの赤ん坊を気まぐれに拾って育てた事と言い。
 とにかくあの、薄汚れた最低なゴミ溜めみたいな場所には、そこに相応しく最低な盗賊団と、盗賊団の若き鍵開け師だったシルレインと、親の仇に育てられた赤ん坊だった娘と、猫が居た。黒い、小さな、痩せこけた猫だった。
 でも猫は死んだ。ある日ふいと姿が見えなくなったと思ったら、赤ん坊だった盗賊団の娘の部屋で泡を吐いて死んでいた。そのちっぽけな襤褸切れみたいな真っ黒な身体が、だが艶々していた事をシルレインは今でも覚えている。自分達が最低だと知ってる盗賊団の荒くれ者達は、ちっぽけな黒猫を可愛がっていた。艶々した毛並みはその証だった。
 だが、猫は死んだ。そしてその後、とある冒険者によって盗賊団自体も壊滅寸前まで追い込まれ、シルレインはウィルまで逃げてきた。
 その過去を思い出したくはない。だが思い出してしまう時は、ある。

「‥‥‥お前なのか、レイリィ?」

 冒険者ギルドの報告書。春先、狼の居る山に踏み入った少女を助けて欲しいと言う依頼。その町は半年以上前に盗賊に襲われ――そのメンバーは頬に禍々しい傷を持つ男を筆頭に屈強の男が6人、そして16・7程の少女が1人。
 その少女が親の仇に育てられた盗賊団の娘レイリィだと、何故だか確信してシルレインは痛みを堪えるように瞑目した。





 シルレイン・タクハ。冒険者に憧れ、ウィルの下町で何でも屋を営む青年である。養子縁組(?)も仮決定し、その他色々やる事の為にもまずは先立つものが必要、と言う事で以前にも増してお仕事に励んでいる今日この頃だ。
 だが今日は、ちょっとばかし勝手が違う。

「シルレイン兄ちゃーん‥‥ッ」
「ああッ、解ったフィーリ、頼むから泣くなッ! マジ頼むからッ!」
「だって、だって、クロが‥‥」
「解った、解ったからフィーリ、大丈夫だから、なッ!」

 ぐったりと鼻の乾いた黒猫を抱きしめ、盛大に泣きべそをかく下町の女の子フィーリを相手に、真剣に冷や汗をかくシルレイン。つまる所、本日の彼の仕事はこの所元気のない愛猫のクロを心配し、日々泣きべそをかくフィーリを何とかしてくれ、と彼女の親でもある昔の仲間に泣きつかれたのである。ちなみに勿論無料奉仕。友達相手に金なんか取れるか、と言うのが信条の青年は、それがゆえに貧乏だ。
 何とか宥めすかして、クロもちょっと寝転んで休ませてやったほうが良いんじゃね? とフィーリから引き離す事に成功したシルレインは、簡単に黒猫の様子を見る。鼻はカラカラに乾いているし、身体も何だか熱い気がした。よく見ると腹も小刻みに上下している。‥‥病気、だろうか?
 まいった、とシルレインは困り顔になる。幾ら中央のウィルとは言え、下町では医者を見つけるのも結構難しかったりする。その上、動物の医者なんて風変わりなもの、居るとしたらせいぜい金持ちや貴族の屋敷位じゃなかろうか。
 だが、目の前でぐったりしている黒猫を潤んだ目で見ているフィーリに、このまま様子を見ているしかない、というのも言い難い。だからって病気かどうかも解らないし、病気だったとして人間が飲むような薬草とかで治るモンなのか? いや、そもそもそんなもの飲ませて良いのか?
 しかも黒猫だ、と知らず、渋面を作る。黒猫にはあまり良い思い出がない。それはシルレインの勝手な感傷だけど。
 何だか変な方向に思考が向かいそうで、慌ててシルレインはブンブン首を振る。首を振って、笑顔を作ってフィーリを見る。

「‥‥な、フィーリ。クロ、最近変わった事とかなかったのか? 変なモン食ったとか」
「わ、解んない‥‥クロ、ずっとご飯あんまり食べなかったの。お外で食べてきてるのかと思ったけど、心配してたの。そしたらお姉ちゃんがご飯をくれて‥‥」
「お姉ちゃん? フィーリんトコは兄ちゃんだろ?」
「違うの、お姉ちゃんなの。クロがしんどそうだったから心配してたら、知らないお姉ちゃんがクロにご飯をくれたの。そしたらクロ、その時はお腹一杯食べたの。でもまたご飯食べなくなって、だんだんもっとしんどそうになって‥‥」
「‥‥‥ッ」
「シルレイ、兄ちゃ‥‥ッ! フィーリがいけなかったのかなぁ‥‥ッ? あのお姉ちゃん、良くない人だったのかなぁ‥‥ッ? クロ、クロ、死んじゃうのかなぁ‥‥ッ」

 フエェェェ、と大声で泣き出したフィーリの頭を、グシャグシャかき混ぜて抱き寄せる。それに安心したのだろうか、ぎゅっと胸にしがみ付いてますます大声で泣き出したフィーリを、あやすようにポンポンと抱きしめた。
 大丈夫、と約束する。

「絶対クロは元気になるって。だから泣くな、フィーリ、な」
「ほん、とに? 兄ちゃ‥‥ホントにクロ、元気に、なる‥‥ッ?」
「当たり前だろ。だからフィーリ、それまでクロの傍に居てやれな? 泣くんじゃねえぞ?」
「‥‥うん!」

 シルレインの言葉に、涙でグシャグシャの顔を一生懸命ぬぐって笑顔らしきものを作ろうとするフィーリの頭をもう一回グシャグシャかき混ぜて、シルレインはその場を離れる。
 向かうのは、冒険者ギルド。





「薬草、ですか‥‥それで、クロが元気になるんですか?」

 事情を聞き、郊外の森に一緒に薬草を取りに行ってくれる仲間を募集したい、というシルレインに、受付嬢ティファレナ・レギンスは慎重に問いかけた。だが青年は揺るがない。揺るがない瞳で、ああ、と頷く。
 思い出すのはあの日の黒猫。泡を吐いて動かなくなっていた、小さな襤褸切れみたいな艶々した体。
 あの時の黒猫も、クロのように数日前から食欲がなくなっていった。そうして泡を吐いて死んだ。それを見たシルレインは咄嗟に、毒を飲まされたのだと解った。
 でも今は、あの時とは違う。シルレインはここに居て、守りたい仲間が居て、クロはまだ生きていて、フィーリは泣きべそをかいている。

「昔、聞いたんだ。多分クロが餌と一緒に喰わされた毒に効く薬草が、郊外の森のどっかにあるって。だからそれを取ってきて飲ませたらきっと、クロは元気になる」
「そうですか‥‥なら、良いんですけど」

 受付嬢が小さく頷いて依頼書を書く。その手元を見ながら、思いを馳せる。
 盗賊団がシルレインを仲間に戻そうとやってきて、レイリィかもしれない少女がギルドの報告書に出てきて、あの日の黒猫と同じようにクロがぐったりしている。この全てが偶然であれば良いと、勿論シルレインも思っているけれど。
 でも、予感がする。あの日、ちっぽけな黒猫の命を奪った毒を飲ませたのが、誰より可愛がってその死を嘆き悲しんでいたレイリィだと、確かめた訳じゃないけど知っている。
 だったら。

「今度は絶対、助けるから、さ」

 クロに毒餌を与えた人物がレイリィかも知れないなら尚更に、クロは絶対に助けたかった。

●今回の参加者

 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4600 ギエーリ・タンデ(31歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec6544 デス・クロウ(22歳・♂・ファイター・人間・アトランティス)

●サポート参加者

ミーティア・サラト(ec5004

●リプレイ本文

「シルレインさん、先に聞かせて欲しいんだけれど」

 加藤瑠璃(eb4288)の言葉に、シルレインは動かしかけた足を止めて彼女を振り返った。他の冒険者達の動きも止まる。
 まずは晃塁郁(ec4371)がクロの容態を診察し、その間にフィーリにもう少しだけ猫の様子を見ていて欲しいと頼んだフォーレ・ネーヴ(eb2093)がシルレインと共に図書館で薬草の事を調べ、ギエーリ・タンデ(ec4600)が目的の森近くに住んでいる者などに薬草について知らないか情報を聞き込みに行く――そんな流れで動き出そうとした、その矢先の発言だった。

「『毒を食わされた』って断言するからには、何らかの確信があるのよね?」

 続いて、疑問と言うよりは確認の響きで告げられた言葉に、「ああ」と頷く。確信は、ある。証拠はなくとも。
 だが「聞かせてもらって良いかしら?」と続けられた言葉に、シルレインは口を開きかけて、口篭った。チラ、と伺い見たのは塁郁。

「その‥‥昔の仲間が飼ってた猫が、同じような症状になった事があって。その時は、毒を食わされたんだ、多分‥‥」
「多分?」
「確証がないから。でも‥‥あれは毒だって、俺には判る。猫はその黒猫だけだけど、他にもたくさん、見たから」

 要領を得ないシルレインの言葉に、聞いた瑠璃より聞いていた塁郁の方が眉を潜めた。そもそも、たくさん見たって『何』を見たのか。
 だがそれ以上の言葉を青年は避けた。シルレインがかつてとある極悪非道の盗賊団の若き鍵開け師であった事を、はっきりと知っているのはフォーレとギエーリ。瑠璃はその時には居合わせなかったが、その後このまま冒険者を目指して良いか悩んでいた時に、他の仲間から聞いてはいる。
 しかし、塁郁とは初顔合わせだ。その上で、過去の事を語るのは――具体的に、毒が『何』に使われていたのか、そしてそれを当時のシルレインはただ見つめているだけだったと言う事を、語るのは難しい。
 ぽん、とフォーレがシルレインの頭を叩き、ギエーリが『そうですか』と相槌を打って、その場の空気を強引に流した。ひょい、と瑠璃が肩をすくめ。

「そ。だとしたらこれは、あなたを誘き寄せる罠かもしれないわよ。偶然とは思えないもの」
「はは‥‥じゃあ俺、危ないッすね」

 冒険者達の思いやりに、小さく笑ってシルレインは頷いた。驚いた様子がなかったのは恐らく、彼自身もそれを予測していたのだろう。
 この一連の出来事の全てが偶然であれば、もちろんそれに越した事はないけれど。
 世界は、結構甘くない。





 黒猫は、カラカラに乾いた鼻と僅かに開いた口と、ふいごのように大きく、激しく上下する腹とを懸命に動かして、必死に息をしていた。その傍から一時も離れようとしないフィーリは、唇を噛み締めながらジッとクロを見ている。

「一先ず、打てる手は尽くしました。恐らく薬草を取ってくるまでは大丈夫だと思いますが」

 呼気や舌の色、目の様子、毛皮を掻き分けて僅かに見える皮膚を目視などして毒の種類を特定しようとしていた塁郁が、何種類かアンチドートを試み、最後にリカバーでぐったりした猫の体力を補いながら、泣き出しそうなフィーリに優しく告げる。ほんとうに? と揺れながら見上げてくる瞳に、頷く。
 正直、人間と動物ではまるきり勝手が違う。症状の出方が同じなのか判らないし、そもそも、人間には平気なものが猫にとっては有毒である事もある。
 そんな中での、文字通り目隠し手探り状態での診察。アンチドートのどれかが効いたのか、リカバーで失われた体力を補ったお陰か、クロは僅かに首をもたげて小さな主と塁郁を見、ニー、とか細く鳴いた。
 と、入り口辺りが騒がしくなり。

「よほー♪ 薬草について調べてきたよ」
「ッす‥‥お、クロ、ちょっと元気になったな。良かったな、フィーリ」

 明るく手を振ったフォーレと、後を付いていたシルレインが姿を見せて、僅かに頭をもたげたクロを見てほっとした表情になる。だがフィーリが頷く前にクロは再びコトンと顎を落として目を瞑った。
 たちまち泣きそうになるフィーリと、視線だけで伺う仲間達に塁郁は頷く。

「大丈夫です。呼吸は少し落ち着きましたから、眠って体力を回復させようとしているのだと思います」
「クロちゃんもしんどくて疲れてるのよ。フィーリちゃん、クロちゃんを見ててあげてね」

 瑠璃の言葉に大きく頷いて、また彫像のようにじっとクロを見つめて蹲ったフィーリを気遣わしげに見ながら、母親が「それで実際の所は‥‥」と声を潜める。信じていない訳ではないが、過度の希望も持ちたくないのだ。
 だが勿論、期待を裏切る冒険者ではない。

「図書館司書さんにも聞いて調べたから大丈夫、だよ♪」
「これ‥‥ですか。確かにこの薬草なら、解毒効果もあったはずです」
「後はギエーリさんの聞き込み結果を待って薬草を取りに行きましょ。安心して」

 口々に告げられる言葉に、ほっとした表情になる母親。その横でシルレインが胸を張って「だっからお前は大人しくフィーリと待ってろって。師匠や姐さん達に出来ねぇ事はねぇよ」と冒険者への信頼度MAXで言い切った。ちなみにシルレイン、一応前に冒険者に教えて貰ってセトタ語は大分読み書き出来るようになったので、意外と役に立った模様。
 そんな昔馴染みの青年と、安心させるように微笑む冒険者達を見比べて、そうね、と母親は頷き。

「シル坊だけじゃなくって、冒険者が4人もついてるんだものね。どうかよろしくお願いしますね」

 そう、深く頭を下げた。





 森へは瑠璃の空飛ぶ絨毯に瑠璃とフォーレ、シルレインが乗り、ケルピーに乗った塁郁と共に、軍馬に乗ったギエーリに先導される形で向かった。彼は見事、目的の薬草の生息する地点を近隣の住人から聞きだし、その近くまで馬で行けるルートも確認済みだった。
 案の定、フィーリはクロを助ける薬草を取りに行きたがったが、そのクロの事を持ち出され、傍に居てあげるよう再度冒険者達に促されると、渋々残る事を承知した。
 もうこれ以上は降りなければ無理、と言う所まで来て冒険者達は森に降り立ち、木漏れ日の下でもやや薄暗い木々の合間をキョロキョロと見回す。

「この辺りか、もう少し先に行った辺りという事ですが」
「そうですね‥‥かなり育成条件に当てはまっています」

 ギエーリの言葉に、フォーレたちが調べてきた羊皮紙の絵を見ながら塁郁が頷く。といって、彼女も実際に自生している所を見た事がある訳ではないのだが、こういう木陰の多い所に好んで生息する事は知っている。
 ぽん、と祖師野丸に手を添えながら瑠璃が言った。

「じゃあ探しながら奥に行ってみましょ。念の為にあまり離れない様に。で、どんな花を探せば良いんだったかしら?」
「はい。恐らく該当の薬草は蒼双花という30cm位の、今の季節なら蒼い5枚の花弁の花を咲かせた草です」
「それなら僕も存じております。確かギザギザの葉がついていて、葉のつき方で毒になるか薬になるかが変わったと」
「ギエーリさんの仰る通り、葉が茎に対についている物と交互についている物があります。対の物は毒ですからご注意下さい」

 塁郁とギエーリの注意に、シルレインの表情がキュッと引き締まる。真面目に――と言えば聞こえは良いが、それはどちらかと言えば。

「にぃ〜ちゃん♪ こう言う時にも周囲の警戒は怠らない、だよ?」
「‥‥ッ、師匠ッ、その角度だとマジ首絞まってるッす!」

 たちまち真剣な表情が崩れたシルレインに、割と危険な角度でひょいと飛びつき首にしがみ付いていたフォーレは「油断大敵、だよ、だよ♪」とほっぺた突き回しながらケラケラ笑う。
 とは言え、彼女も無意味にふざけている訳ではない。過去にかかわる事だからかも知れないが、どうも彼女の目にはシルレインが思い詰めすぎているのでは、と思えるのだ。となれば弟子の緊張を解してやるのも師匠の役目。

「これもレンジャーの修練の一環、だよ♪」
「フォーレさん。僕の目にはシルレインさんが窒息寸前に見えるのですが」
「‥‥う?」

 ちょっと解しすぎたようだった。





 目的の花は、中々見つからなかった。この季節、森の草木は今が盛りとばかりにぐんぐんと伸びまくっている。その中で30cm高の花が、それほど目立つはずもない。
 自然、しゃがみ込んだり、各々手にした獲物で草を掻き分けたりしながら、ジリジリ進んでいく事になる。ギエーリが出発前にミーティア・サラトから借りた鎌はそう言う意味で非常に役に立った――つまり、枝から垂れ下がった蔦等を切るのに。
 繁茂する緑に、ともすれば自分の位置すら判らなくなりそうになる。しかしそこはフォーレがフォローした。

「シルにーちゃん。あまり景色が変わらない場所では、移動する時には紐やリボンで目印をつけたりして移動するのが基本だよー」
「ッす、師匠!」
「後は、洞窟なんかだと壁に石で傷をつけたりするのも有効だね☆」
「ッす!」

 実践して見せながらレクチャーする師匠に、弟子も真剣に頷く。もうそろそろ、レンジャーの卵の欠片ぐらいは名乗っても良いかもしれない。
 そんな微笑ましい光景を見ながら、祖師野丸を鞘に納めた瑠璃がふぅ、とため息。

「あまり強い獣は出て来ないけれど、油断は出来ないわね」
「シルレインさんを狙っているかも知れない盗賊の事もありますしね――ふむ、そろそろあっても良さそうなものなのですが」
「毒草の方は幾つか見つかりましたし――」

 多分この薬草探索で一番頼りになるペアが、グイ、と腰を伸ばしながら顔を見合わせた。葉のつき方が違うだけで、基本的な育成条件はまったく同じ。だったら、毒草が見つかった以上、薬草もこの辺りにある可能性が高いのだが。
 木陰を好む特性が幸いして、暑さで苦しむと言う事はない。だが不自然な姿勢を続ければ、自然、体力も奪われる。
 かぶれる草の汁などに気をつけながら、また探索する事しばし――

「――おお、これこれ! ありましたよ!」

 ギエーリが一際高い声を上げ、仲間達の注意を引いた。誰もがほっとした表情になる。
 塁郁も羊皮紙と見比べ、間違いない、と断言した。「じゃあ早く採取してクロちゃんの所に戻りましょ」と促す瑠璃の声に、すかさずギエーリとフォーレがスコップを取り出す。
 薬になるのは根の部分と言う事で、ザックザックと、余計な株を傷つけないように注意しながら掘り返す二人を、見守っていた冒険者とシルレインの表情がハッ、と強張った。

「‥‥来たね、シルリィ」

 嬉しそうな、だがどこか異質な響きを持つ少女の声が響いたからだ。
 すばやく瑠璃が抜剣し、塁郁がシルレインを庇うように進み出て。

「‥‥シルリィ?」
「昔のあだ名ッ! 良いだろ塁郁姐さん、瑠璃姐さん!」

 そんな場合じゃないのだが眉を潜めた冒険者に、苦虫を噛み潰したようなシルレインがやけくそに叫んだ。彼自身も出来ればなかった事にしたい過去だった。
 いつからかそこに居た――歴戦の冒険者にすら気配を悟られぬうちにそこに居た少女は、方々からの剣呑な視線を受けてにっこり笑う。

「良いじゃない。レイリィがレイリィで、シルリィがシルリィ。2人はずっと一緒。そう約束したよね、シルリィ?」
「シルレインさんを狙ってきたのかしら?」
「狙う? 何で? レイリィは、シルリィを迎えに来たのに」
「‥‥ッ、レイリィ、俺は‥‥ッ」
「一緒にかえろ、シルリィ。パパ達に怒られるのが怖いんなら、昔みたいにレイリィが一緒に謝まったげる」

 その言葉に、ギクリ、とシルレインの気配が強張った。塁郁が「どなたです?」と低く問いかけたのに「昔の仲間ッ」とぶっきらぼうな返答。
 それで、事情を承知している者には十分だった。昔の仲間。つまりこの少女は、極悪非道の盗賊団の一味、と言う事だ。

「レイリィ、俺はあそこには戻らない。お前とももう一緒じゃない」

 微笑む少女に、シルレインは一言一言かみ締めるように告げる。決別する。それが伝われば良いと、願う。
 だが。

「どうして? クロちゃんじゃ足りない?」
「レイリィ、お前やっぱり‥‥ッ!」
「次は誰が良い? 何を壊したら戻ってくるの? 何がなくなれば昔のシルリィに戻るの?」

 クスクスと無邪気に笑いながら、一片の悪意の欠片も感じさせない声色で少女は告げる。

「大丈夫だよシルリィ。レイリィが全部壊したげる。レイリィがシルリィを戻したげる。だって約束したもんね。あの場所でずっと一緒だって」
「シルにーちゃんは戻らないよ」
「戻ってくるよ。だって約束したもん、ね?」

 「待ってるからね」と言い残し、レイリィという名の悪意はひらりと身を翻した。草を蹴散らす音が急激に遠ざかっていく。
 ギエーリが、ほぅ、と安堵の息を吐いた。

「この森の中で、あれ程の速度で移動出来るというのは感心するばかりですが。まずは、何もなくて何よりでした」
「そうね‥‥これからもシルレインさんの周りの人間を狙う、って言ってた訳だから捕まえたかったけど」
「確かではありませんが、他にも人の気配があった気がします――深追いは危険かと」

 残念そうな瑠璃に、塁郁が言い添える。レイリィという少女もそれなりの手だれに見えた。その少女を育てたという仲間が傍に居たのであれば、このメンバーでは遣り合うのは危険だ。
 フォーレが気遣うように、ジッとシルレインを見上げる。レイリィが去っていた森の中を、怒りの眼差しで睨みつける青年を。

「‥‥シルにーちゃん?」
「あ‥‥」
「シルレインさん、まずは帰りましょう。こうなっては何も出来ませんし、フィーリさんとクロが待っていますよ」

 そも、この森へは毒で苦しむ黒猫と、黒猫を案じて涙する子供を救う為に薬草を探しに来たのだ。
 ギエーリの言葉に、シルレインは今初めてその事を思い出したように、パチパチと目をしばたたかせた。グルリ、と冒険者を見回す。その誰もが案じる眼差しで、だが今出来る事をやろう、と言っている。

「‥‥ッす!」

 その眼差しに、青年は大きく頷いた。





 冒険者達が持ち帰った薬草の根をよく洗って潰し、餌に混ぜたものを与えたクロは、翌日にはかなり回復した。最初こそ食べる気力もないのを無理矢理口に突っ込む、と言う荒業が必要だったが、それで体が楽になったのを感じたのだろう、次からはゆっくり、自分の力で餌を食べ始めた。
 それにフィーリはようやく本心からの笑顔になり、娘の笑顔を見て母親もほっとした様だ。念のため、もう一度アンチドートとリカバーを施した塁郁が、この様子なら1週間もすれば回復するだろう、と診断した。
 自然、冒険者達の顔にも笑みが浮かぶ。何はともあれ、まずはクロが助かって良かった。フィーリの笑顔が戻って良かった。
 それが、彼らの何よりの報酬だった。