【精霊の花嫁】2つの魔に魅入られた町。
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■ショートシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月24日〜05月29日
リプレイ公開日:2009年06月01日
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●オープニング
その日の朝、冒険者ギルドを訪れたのは1人の少女だった。
「わたし、セリンと言います。市場にある洋品店で働いてます」
セリンはウィルの北方、リハン領はサーフという町の出身で、単身ウィルにやってきて働いていた。たまの楽しみは、サーフに居る友達が送ってくれる故郷の事を書き綴った手紙。
だが半年ほど前から、その手紙の内容がだんだんおかしくなってきた、と言う。
「最初は、具体的にどうおかしい、って訳じゃなかったんですけれど‥‥特にこの頃は、町に精霊の使者がやってきたとか、精霊が町を守って下さっているとか、あなたも帰ってきて精霊の祝福を受けるべきよ、っていう事ばかりが書いてあって」
竜と精霊を信仰するアトランティスにあっても、これほどの精霊信仰というのはやや異常に映る。アトランティスにおける精霊信仰とは即ち、精霊に感謝を捧げる事であって、精霊に縋って何かを願う、と言う思考ではない。
それでも、それほどに精霊を信仰する者が全く居ない訳ではないし、一過性のものだと思っていた。もしかしたら友達には何か悩みがあって、そんな風に精霊に傾倒しているのかもしれない。何なら次にまとまったお休みが貰えた時に、帰ってその辺りを詳しく聞いてみよう。
だが半月ほど前、友達から届いた手紙には、こんな事が書かれていた。
「『さようなら。私は精霊の花嫁になるわ。』‥‥ですか?」
「はい。さすがに心配になってすぐに返事を送って、両親にも友達の様子を尋ねてみたんですが、全部音信不通で戻ってきてしまって」
これはもしかしたら、故郷では何か恐ろしい事が起こっているのかも知れない。そう思ったセリンは、悩んだ末に冒険者ギルドを訪れたのだ。
「もし、何にもないならそれで良いんです。わたしの取り越し苦労だったってだけですから。でも、もし本当に何かあったら、と思うと心配で」
だからサーフの様子を見て来て貰えないだろうか。それが、少女セリンの依頼だった。
同じ日の午後、冒険者ギルドを訪れたのは旅回りの芸人一座を率いる、パラの座長だった。
「ちょっと困った事がおきましてね」
一座は各地を興行して回っている。つい最近興行で訪れたのは、ウィルの北方、リハン領はサーフという町だ。もう何度も訪れている、生真面目だが人の良い住人の多い町。
だが今回の興行はちょっと違った。町の広場を借りて一週間の興行を終え、いざ次の町に移ろうとした所、一座の若い娘が口を揃えて『この町から離れたくない』と訴えたのだ。
「しかもその理由が『この町で精霊にお仕えして暮らすの』ときたモンです。そりゃ、居心地の良い町ってのは確かにありますからね。若い娘っ子なんか特に、気分のままに生きてるようなトコもありますから」
勿論座長も、他のメンバーも本気とは受け取らず、次の町が俺達を待ってるさ、と軽い口調で娘達を促して旅立とうとした。だが娘達は、この町から連れ出される位なら死んでやる! と喉に刃物を当てて拒絶した。
さすがにそこまでされては無理に連れて行くことも出来ず、かと言って娘達を置いて先に進む事もできず。
「一先ずはアタシがこうしてこちらに伺って、冒険者さんに原因を調べちゃ貰えないか、と思いましてね。幾らなんだって、若い娘っ子だけが揃って同じ反応をするんじゃ、こっちも不気味で仕方ありませんや」
だからどうかサーフの町に調査に来てもらえないだろうか。それが、パラの座長の依頼だった。
並べられた、同じ町に関する2つの依頼。それを不安そうに眺める冒険者ギルドの受付嬢ティファレナ・レギンスに、同僚が声をかける。
「やっぱり気になりますか?」
「そう、ですね‥‥全く知らない場所じゃないですし」
リハン領出身のティファレナにとって、サーフの町は首都ほどじゃないけれど、贈り物とかの何か特別なものを買いたい時には必ず足を向けた場所だ。冒険者ギルドで働くようになって、もう随分実家にも帰っていないし、サーフにも行っていないけれど。
「何も、なければ良いんですが」
それはどちらかと言えば、彼女自身の切なる願いのようにも響いた。
●リプレイ本文
サーフは今日もいつも通り、平穏無事に朝を迎えていた。早朝、まだ明けやらぬうちから商店の者達が動き始め、やがて日が登るに連れてざわめきが大きくなり、町は眠りから覚めるのだ。
そんな、まったくもって平穏無事としか表現しようのない町の様子を、エリーシャ・メロウ(eb4333)とラマーデ・エムイ(ec1984)は注意深く見つめながら散策を装って歩き回っていた。町を訪れる旅人は少なくなく、今の所は彼女達も不審を抱かれていないようだ。
とはいえ。
「油断は出来ませんね。やはり、何かが起こっているとしか思えません」
「セリンさんのご両親も友達のミレイさんも変だったもんねー」
数日前、セリンのウィルでの友達という触れ込みで家を訪ねた2人を、セリンの両親は礼儀正しく歓迎した。その様子は、一見して特におかしなところはなく、また事前に聞いていた特長と比べても間違いなく本人だろう、と思われた。
だがラマーデが、セリンから預かった両親への手紙を渡し、返事がないことを心配していた事を告げると、彼らは『娘から手紙が来た事など一度もない』と首を振ったのだ。それは次に、セリンから結婚祝いを言付かったと称して手作りケーキと共に訪ねたミレイも同じ。親友からの贈り物をミレイは嬉しそうに受け取ったが、その一方でセリンがサーフを出て以来、一度も手紙のやり取りをした事はない、と首を振った。
普通なら、ここでセリンへと疑惑が向く所だ。だが、贔屓目に見ても詳しい話を聞きに行った冒険者に『サーフをお願いします』と頭を下げたセリンは嘘を付いているように見えなかったし、
「普通、娘や親友の友達が訪ねてきたら、何かあったのかとか、少なくとも元気にしてるのか位は聞くわよねー?」
「しかしそれがなかった‥‥と言う事は、疑うべきはやはりミレイ殿やご両親の方でしょうね」
2人は溜息を吐く。出来れば『精霊』の事についても尋ねたかったのだが、セリンからの手紙の事を持ち出した途端、彼らは態度を変えこそはしなかったが『少し取り込んでいますので』と遠まわしに冒険者の帰宅を促した。そして彼らは一切、セリンの事を尋ねなかった。
一体この、一見して穏やかな町で何が起こっているのか。それを知るべく、2人は今日も歩き回っている。
交易都市でもあるサーフは、その言葉から連想されるほどには広くなかったが、1日で全てを回りきれるほど狭くもない。その中で特定の人物を探すと言うのは、だから結構大変な事だ。
ウィルで事前に購入してきた古着に着替え、いかにも気楽な旅人を装ったオルステッド・ブライオン(ea2449)と晃塁郁(ec4371)は、それをしみじみ噛み締めながら幾つ目かの辻を通り抜け、衣装市場の辺りに出た。サーフは、人々の生活用品を売る店は別として、それぞれの市場にある程度同じ種類の品物を集め、市場を形成している。
塁郁の陽霊シャラにサンワードで「精霊を名乗るもの」を調べてもらったが、判らない、という答えが返ってきた。それは2人以上存在するからなのか、そもそも存在しないのか。
答えは、聞き込みを始めてすぐ知れた。
「精霊の声を聞く青年と、精霊を守る青年、ですか」
サーフに、精霊を名乗る者はそもそも居ない。半年ほど前にまず、精霊の声を聞くと言う青年がやって来て住みつき、精霊の言葉を人々に伝えた。さらに1月ほど前に精霊を守ると言う青年がやって来て、精霊の声を聞く青年の護衛についた。
先の青年によって精霊の慈愛と加護が伝えられて以来、サーフの人々は精霊に深い感謝をささげ、精霊の祝福を受けて暮らしているのだ――と、ここまではかなり容易に調べがついたのだが、問題はその先だ。
そんなに素晴らしいのなら是非お会いしてみたい。そう告げた途端、人々は貝の様に口を噤み、警戒の眼差しになる。そして前言撤回すればまた元の、気さくで純朴な人々へと戻る――警戒の眼差しを向けたことを、忘れる。
少しでも有益な情報を集めよう、と市場を行きかう人々へ視線を向けた塁郁は、ふと難しい表情のオルステッドに気付いた。
「何か、ありましたか?」
「‥‥いや、思い出していた‥‥私の記憶違いでなければ、精霊の声を聞くと言う青年は‥‥」
脳裏に蘇る、一つの事件。とある町で混沌を招こうとしていた少女に『我が君』と呼ばれていた魔物。あの魔物も確かあの時、精霊の言葉を騙り、人々を魅了して血を呼ぼうとしていたのではなかったか。ならば、此処に居る『精霊の声を聞く青年』とは、まさか――
だが、何はともあれまずは、原因を突き止めてからだ。2人は気合新たに周囲の人間に聞き込みを始めた。
「やっぱりアレ、魔物に魅了されているみたいね」
旅芸人一座の娘達が暮らす天幕を出て、僅かに安堵の息を吐いた加藤瑠璃(eb4288)がそれでも険しい顔で呟いたのに、そうですね、とジュディ・フローライト(ea9494)は悩ましげに頷いた。事前にパラの座長から聞いてきた通り、娘達は『町を出る』以外の行動においては変化は見られなかった。ただし、やんわりと「他の町にも行ってみたくない?」と訪ねると、その時だけはキッパリ「ここで精霊にお仕えして暮らす以外、考えられません」と首を振った。
精霊にお仕えする――と言うのはつまり、精霊の声を聞く青年の言葉に従い、精霊の御心に叶う振る舞いをする事だと言う。精霊は人々をちゃんと見ていて、中でも特に御心に叶うと認められた者が『花嫁』に、つまりより精霊の側近くへ行く事が許されるようになる。
精霊の御心に叶う振る舞いを、という部分だけなら、ジュディが仕える癒しの精霊の思想に通ずるものがある。だが話を聞けば聞くほど2人には、彼女達が精霊などではなく、魔物に魅了されているとしか思えないのだ。
「ですが――魅了だとすれば、心苦しいですがあの方達を連れ出すのは危険ですね。レジストデビルでは魅了を解く事は出来ないようですし」
「下手に連れ出したら、本当に自殺しかねないわね」
魔物の特殊能力である魅了は、レジストデビルで防ぐ事は出来るが、一度かけられた魅了には効果がないようだった。ジュディがそっと試してみても、レジストデビルをかけた娘には何の変化も見られない。
だとすれば、魔物によっては特定の条件を満たす事で魅了を解く事も出来るようだが、基本的には自然に魅了が解けるまで待つしかない。そしてそれがいつになるのかは、まったく魔物の能力次第。
でも、と務めて明るい声で瑠璃が言った。
「収穫はあったわね。彼女達も精霊の声を聞く青年の事は話さなかったけど、地図が残ってるなんて」
ジュディが娘達と話している間に、さりげなく天幕の中に視線を走らせていた瑠璃は、サーフのものと思しき地図があるのを見つけたのだ。そこにはインクで大きく丸をつけて印がしてあり、偉大なる方にこの身を捧ぐ、と書き付けられていた。合言葉か何かだろうか。
その考えに、ジュディは頷く。
「可能性は高いですね。私ももう少し調べてみましょう‥‥加藤様、お願い出来ますか?」
「今日も酒場を回るの? 危険だけれど仕方ないわね」
肩をすくめた瑠璃に微笑む。人々の信仰を利用する何者かが居るのなら、クレリックとしても、人としてもそれを許す事は出来なかった。
どうやら、サーフは町ぐるみで魔物に魅了されているようだ。それぞれに持ち寄った調査結果を見れば、そう判断せざるを得ない。
魔物の魅了を受けているとなれば、旅芸人の娘達を救出するのはやはり困難だろう。塁郁のコアギュレイトで自害を防ぐ、という方法も考えられたが、効果時間が6分、魅了の効果時間が不明である事を考えればかなり分の悪い賭けだ。
ならば、せめて次に繋げる為の情報を。
「私が、偉大なる精霊に貴腐ワインを捧げると言う名目で近付きましょう。幸い、加藤殿達がアジトの場所と合い言葉を突き止めてくれましたし」
「絶対じゃないけどね。もちろん私も行くわよ。他にも行く人が居るなら、気休めかもしれないけどエリベイションで少しでも魅了に抵抗しましょ」
「‥‥私も行こう‥‥」
もし予想通りならば既知の相手だとオルステッドが手を上げ、6分という効果時間を考えれば自分も同行して直前にレジストデビルをとジュディが言い、ならば場合によっては魅了されたフリをして囮になると塁郁が言い。
「だったら、あたしはもし普通の人が居たら逃がす係ね。エリりん、頑張ってね☆」
そんなラマーデの言葉で全員行動が決定し、冒険者達は一路、瑠璃が見た地図に記された場所へと向かった。護身用と断って持ち込んだ短剣の柄に巻いた紐を、一見しただけでは判らないよう解いておく。
軍人や傭兵の出入りを断られる事があるとは事前に聞いていたが、正しくは武器の持ち込み自体に警戒を払っているようだ。護身用だろうと短剣の持ち込みは遠慮願いたい、どうしてもと言うなら柄と鞘を紐で縛って抜けないようにします、と町の入り口に立つ兵士に縛られた。
この処置を拒否したものは漏れなく町への出入りを拒否される。してみると、こんなものがなくとも我が町は安全ですから、と言った兵士も恐らく魅了されているのだろう。
問題の場所は、町に幾つかある集会所の一つだった。入り口には受付らしき中年の女性が居て、時折訪れる人々に頷き、中へと入れている。そして石の中の蝶は、羽ばたいている。
無言で頷きあい、まずは瑠璃が全員にオーラエリベイションを施した。逃走用の空飛ぶ絨毯をすぐに取り出せるようにしておく。
それらを確認し、シェリーキャンリーゼを両手に捧げ持ったエリーシャが女性に声をかけた。偉大なる精霊の話を聞き、捧げ物をしに来た事を告げると、お言葉は賜ってますか、と尋ねられる。
「偉大なる方にこの身を捧ぐ、と」
「結構です。私達を祝福して下さる精霊の為に、これから精一杯務めて参りましょうね」
ニッコリ微笑んだ女性は、冒険者達を建物の中へと招きいれた。どうやら当たり、だったようだ。ほっと胸を撫で下ろしながら、女性の後に続く。窓板を締め切った薄暗い廊下を進み、幾度か曲がり、建物の2階へ。そして、
「新たに精霊の祝福を希望する方達をお連れしました」
不意に1つのドアの前で立ち止まり、ノックしてそう言った女性の言葉に、冒険者達はゴクリと唾を飲み込んだ。石の中の蝶は、窓板から漏れるわずかな明かりの中で羽が千切れるばかりに羽ばたき続けている。
明らかに、この中に居るのは魔物だ。
疑心暗鬼の飴を舐め切ったエリーシャがまずは先頭に立ち、表向きは警戒を押し殺しながら『お入り』と言われた声に従って中に入る。やはり薄暗い部屋の中に、ポゥ、と灯された明かりが陽精霊の光の様に眩しい。
僅かに立ちすくんだ冒険者達に、クスリ、とほくそ笑む男の声が聞こえた。
「これは‥‥懐かしい顔を見るものだね」
「‥‥は? あなた、コイツラと知り合いですか? 困るなぁ、そーゆーイレギュラー持ち込まれると。うわ、ちょっと、マジあなた殺して良いですか」
「出来るならやってご覧‥‥何、このうちの1人が私のお気に入りの玩具のお気に入りだった、と言うだけの事さ」
笑みを含んだ男の声に、険のある男の声が責める様に覆いかぶさる。それを聞き、すぐに視界を取り戻した瞳でそれを言った男を見たオルステッドは、己の直感が間違っていなかった事を知った。
かつて、精霊の声を聞くと偽って町に地と混乱を招こうとした魔物。一見しただけなら多くの女性が見惚れる偽りの容姿を持つ、翼持つ獣。
途端に険しくなった冒険者の眼差しと、なぜかそれ以上に険悪な眼差しで睨みつけてくる傍らの痩身の青年を交代に見て、魔物は楽しそうに嗤った。
「さて、これはなかなか面白くなってきたね。今回の遊戯も楽しめそうだと思わないかい?」
「遊戯? ふざけてないで、町の人達の魅了を解きなさい!」
「おっと、お嬢ちゃん達、それ以上この人に近付くと死ぬよ?」
俺も人質が居るからさ、と面倒臭そうに青年はそう言って、だがちっとも深刻そうな様子ではなく腰に佩いた剣を抜き、殺気立つ冒険者と魔物の間に割って入った。その構え方で、通じるものがある――恐らく、この青年はかなり強い剣士だ。そして本気で、冒険者が魔物に襲い掛かるなら、魔物を守る為に殺しに掛かってくるだろう。
つまり、人質を盾に魔物への服従を強いられている、と言う事か。或いはまた、別の理由が?
いずれにせよ。
「‥‥ここは、引かざるを得ないようですね」
塁郁が嘆息する。彼女には詳しい事は判らないが、仲間の表情を見れば相手の実力が恐らくかなり高いのだろう、と言う事は推測出来る――その上に、カオスの魔物だ。
戦って絶対に勝てない、とは思わないけれど。魅了された町の人々を確実に救う為にも、一旦引いて態勢を立て直した方が良いのではないか――何しろこちらは護身用の短剣しか持っていない。
その言葉に、構えた剣は狙いを外さないまま、そうそう、と青年が肩をすくめた。
「俺も正直、冒険者を6人も相手に立ち回るのって面倒だしさ。今日は帰してあげるからまた来いよ」
「楽しみは後になればなるほど膨らむものだからね」
「は? あなたの楽しみなんか知ったこっちゃありませんよ」
青年の言葉に、魔物が面白そうに同意する。それを心底嫌そうな顔で一蹴して、青年は冒険者に顎をしゃくって合図した。どうやら本気で見逃す気らしい。
この場に置いて、利が相手にある事を嫌でも悟らざるを得なかった。
サーフの町で起こった異変。それにはどうやら、魅了する魔物と魔物に従う青年が噛んでいるらしい――それが、今回の調査の結果判った事柄である。
ならば、次こそは必ず魅了された人々を救って見せる、そんな決意を胸に冒険者達は、ウィルへの帰路についたのだった。