微笑む少女と、笑み曇らせる魔物の爪と。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月03日〜06月08日

リプレイ公開日:2009年06月11日

●オープニング

「私、あなたが嫌いです」

 開口一番そう言われ、そのあけすけな、いっそ潔いと表現した方が良い程の悪意と、それなのに真っ直ぐ揺らぐことなく向けられる驚くほど澄んだ眼差しに、少年は目をぱちくりと瞬かせた。
 少女は、そんな少年を静かに見ている。ピン、と一本線の入ったように伸びた背筋。一筋の乱れも無く結い上げた髪。

「だから近付かないで下さい。声をかけないで下さい。あなたを、私は許しませんから」
「あ‥‥うん」

 続く言葉でそう告げられて、だが間抜けにもそんな相槌しか打てなかった少年に「判ってくださってありがとうございます」と無表情に、だが礼儀正しく(というのもおかしな話だが)頭を下げた少女がクルリと背を向ける、その背中の小ささとやっぱり真っ直ぐに伸ばされた背筋に知らず目を奪われながら、ゆっくりと遠ざかる少女をどうしたら良いのか判らない心地で見送ったそれは、春の声がようやく聞こえ始めようとしたある冬の日のこと。





 ウォルフ・バーベル。当年とって15歳になる少年だ、多分――と言うのは彼が生まれた村ではあまり、年齢を数える、と言う事をしなかったので。
 この春から、とある事情で生まれ育った村を捨て、ウィルのとある騎士団の超下請け(どの位下請けかと言うとごくまれに騎士団からの仕事もあるかもという位)の鍛冶工房で、下働きをしている。本当は騎士団の従卒に、という紹介もあったのだが、騎士団の従卒は普通、貴族の子弟が将来騎士となるべく就く、まぁ騎士見習いのような立場に当たるので。

「テメェ、なにグズグズしてんだ! さっさと火を熾さねぇかこの馬鹿!」
「はい親方!」
「あァッ!? この程度のくず鉄も運べねぇのかノロマ!」
「すみません親方!」

 お陰で怒鳴られるやら殴られるやらの日々を送っているが、ウォルフに文句はない。それでもちゃんと自分を見てくれる親方や、親方の目を盗んで『まぁアレは親方の愛情表現だからさー』と声をかけてくれる兄弟子が居る、それがどれほど得難い幸運であるかを少年は知っている。
 2ヶ月ちょっと前――ウォルフが生まれ育った村は、カオスの魔物に襲われた。ウォルフの両親を含む村人の半数近くが殺されたその事件は、幸いにしてウォルフの願いを聞き届けてくれた冒険者達が解決してくれたけれど。
 カオスの魔物を率いて、先頭に立って村を襲い、人々を殺したのはウォルフの姉だったのだ。
 その事実は少年の先行きに、暗い影を落とした。カオスの僕を姉に持つ少年を、人々は当然ながら恐怖と嫌悪の眼差しで見た。姉が姉なら、何れは弟も――そう、見られ続けた。
 ウォルフが騎士団の超下請けの、言っては悪いが潰れていないのが不思議なほど小さなこのソーイ工房に追いやられたのも、それが原因だ。カオスに縁のある少年を、喜んで受け入れたいと思うものは居らず、たらいまわしにされた結果の現状、というヤツだ。
 だから、ソーイ親方が厄介者である――その自覚はある――ウォルフを工房に置き、新米弟子として扱ってくれる事は、本当にありがたい事で。兄弟子のパンも、最初こそウォルフに接する時は腰が引けていたけれど、親方の鉄拳制裁を受けるうちに弟弟子として扱ってくれるようになって。
 でも――

「チッ、使えねぇ弟子が2人も居ると気が殺がれるぜ。おいパン、さっさと昼飯買ってこねぇか! ウォルフ、テメェは奥に引っ込んで茶ぁ淹れて来い!」
「はいはい、じゃあウォルフ、ちゃちゃっと買って来るからお茶は頼むねー」

 当然のように命じる親方と、気にした様子もなくヒラヒラ手を振って出て行く兄弟子に、心が痛む。本来なら使い走りは自分のような新米弟子がやるべきだと思うのに、彼らがそれをさせない理由が判るからだ。

 つまり、ウォルフをウォルフとして受け入れてくれるのは、ソーイ工房だけで。ソーイ工房のあるこの町ではやっぱり、ウォルフはカオスの魔物と同一視され嫌悪される厄介者、と言う事。

 どうにかしたいとは思っても、どうにかしようとすればますます嫌疑を強める一方だと言う事は、この2ヶ月でよく理解した。ウォルフの姿を見た瞬間あからさまに逃げ出さなくなっただけマシ、と自分を慰めるのにも疲れた。
 そんな日々の中で――それは起こったのだ。





 始まりは、季節外れの霧だった。もう夏の声も聞こえるこの季節に、霧が出るような場所じゃないのにね、と不思議がっているうちに、今度はソーイ工房の隣の家の主婦があくる朝が来ても目覚めない、という事件が起きた。よほど疲れているのかと寝かせておいたが、そのまま夜になっても、次の日になっても目覚めない。
 さらに、ソーイ工房がくず鉄を仕入れているくず鉄屋の主が。パンが良く昼食を買いに行く総菜屋のおかみさんが。ソーイ工房に縁のある人々が次々と、眠りに就いたまま目覚めない。目覚めなければ当然衰弱し、死に至る者も出始めて。
 となれば当然、糾弾の矛先はウォルフと、ウォルフを弟子にしたソーイ工房の親方に向かう。

「魔物のガキめ、出てきやがれッ!」
「親方、あんたも魔物の手先になっちまったのかい!?」
「お母さんを返して、返してよぉ‥‥ッ!」

 悲痛な怒号と、号泣と、ひっきりなしに叩かれ続ける工房の分厚い木の扉をしっかり閉めて、難しい顔で腕組みをしていた親方は、おい、と低い声でウォルフを呼んだ。

「外の連中は俺が引き付けてやる。テメェは裏から逃げて冒険者ギルドへ行け」
「‥‥ッ、でも親方‥‥ッ?」
「うるせぇッ、馬鹿弟子が親方に逆らうんじゃねぇよこのグズ! いいか、アレだけは魔物に渡すわけにゃいかねぇんだ、判ったらさっさと行って冒険者さんを呼んで来ねぇかッ」

 押し殺した怒声に、はいッ、と泣きそうになりながら裏口に向かう。この期に及んでまで、ウォルフをあの人達に突き出せば親方は誰からも責められないのに、それでも逃げろと言ってくれる親方の優しさが身に染みる。
 表のざわめきがいっそう大きくなったのを感じ、親方の無事を祈りながらそっと裏口を潜り抜け、人目につかないよう道を選んで町の外に向かい。

「‥‥‥逃げるの?」

 そこに居た少女に、ギクリと足を止める。リフェラ・ガイン。ウォルフがこの町に来て一番最初に出会い、開口一番『嫌い』と言われた少女。
 嫌悪でも憎悪でもなく、ただ透明に真っ直ぐ向けられる眼差しに、首を振る。

「違う。親方を助けるんだ」
「そう」

 リフェラはあっさり頷いて、じゃあどうぞ、と道を開けた。それに拍子抜けする。
 本当に良いのか、と眼差しで訴えたウォルフを、感情の伺えない表情で見返して。

「あなたみたいなおめでたい腰抜けが、本当に魔物を引き込んだと考える方が愚かです。あの人達はあなたをリンチして、自分達の不安を紛らわせたいだけですから。アテがあると言うのなら、今度こそ何とかして見せてください」
「今度、こそ?」

 問い返した言葉に、リフェラは答えなかった。無言でクルリと踵を返し、もう話は終わったとばかりに去っていく少女の真っ直ぐに伸びた背中を見つめたウォルフは、だがすぐに我に返って冒険者ギルドへの道をひた走る。
 今度こそ。
 今度こそ、この悪夢を止めるのだ――そう、祈るように自らに言い聞かせながら。

●今回の参加者

 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea9494 ジュディ・フローライト(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ec6278 モディリヤーノ・アルシャス(41歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

「君の訴えは受理するが、君も当然知っている通り、カオスの魔物の中には姿を変えられる者もいる‥‥」

 顔馴染みの冒険者オルステッド・ブライオン(ea2449)が真剣な眼差しでそう言ったのに、少年はかすかに瞳を揺らした。

「‥‥君が本当の人間ウォルフなのか‥‥住民の主張が正しい可能性もある‥‥真実を見極めるため、君を拘束する‥‥」
「‥‥そうですよ、ね‥‥」

 唇の端を吊り上げて必死に笑みを作ろうとし、だが瞳を暗くして微かに俯いた少年に、オルステッドは沈黙する。これは彼を守る為なのだ、と己に言い聞かせる。
 かつて人の心を捨て、人間を憎み、世界をうち滅ぼす事を望んだ少女は、冒険者に討ち取られる最後の瞬間まで世界を憎み、人間を嘲笑して散った。その姉故にカオスとの関連を疑われる少年は、信じた冒険者に告げられた嫌疑に悲しみを覚えている。それはオルステッドにも、それに同意したモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)にも伝わってくる。
 だが。

「判り、ました‥‥」
「バーベル様‥‥」
「仰るとおり、村には人の姿を写す魔物が出た事もありますし。それに姉さんは――僕なんかよりずっと、辛かった筈なんです」

 気遣うような眼差しを向けたジュディ・フローライト(ea9494)に、今度は虚勢でない笑みを浮かべて言ったウォルフに、冒険者は口篭る。彼の姉が一体何故カオスへ身を落としたのか。オルステッドはそれをウォルフと共に聞き、他の者はギルドの報告書で知っている。
 ただそこに存在する事が悪であるかの様に、世界から拒まれ続けた少女。それに比べれば自分はずっとマシな立場なのだと少年は微笑む。
 そうか、とオルステッドが務めて無表情で頷いて。だが零れ落ちてしまった言葉は、或いはずっと気にかかっていた事なのか。

「‥‥姉の事は‥‥済まなかった‥‥」
「皆さんは、姉さんを殺してでも止めて欲しい、と言う僕の願いを叶えてくれただけです」

 そもそもは姉がカオスの僕となった事が原因なのだから、と微笑む少年に、倉城響(ea1466)がポンポン、と頭を撫でた。





 現場となった町は、鉄細工を中心とする工房街である。そこにはソーイ工房のみならず、幾つかの工房がひしめき腕を競い合っていて、時には上級貴族に献上するような品も創られる――というのはちょっと眉唾物だが、それに近い現状はたまにある。
 その中で、ただソーイ工房だけが魔物に狙われた。それを偶然と笑って受け止められるほど、人間、心は広く出来ておらず。

「‥‥どうですか、うちの主人は?」
「そうですね‥‥やはり、良く眠っている、と言うご様子でした。何をするにしても、まずは目覚めて頂かない事には‥‥危険ですから少し、家から離れて待っていて下さいますか?」

 ジュディの言葉に、あぁ‥‥ッ、と泣き崩れた女を支えた娘が、自身の顔も涙で悲痛に歪めながら、キッ! とウォルフを睨みつける。

「一体あたし達に何の恨みがあるの‥‥ッ! 冒険者さん、こんな奴さっさと殺してお父さんを助けて‥‥ッ!」
「‥‥我々はカオスの魔物を殲滅する為、真実を見極めに来ただけだ‥‥」
「真実? こいつが来て魔物が出た、それ以上にどんな証拠が必要だって言うの!」

 わめき散らす娘の言葉に、ウォルフは青褪めて俯いた。それがふてぶてしいと、母娘がますますいきり立つ。
 現在、ウォルフの身は縄で拘束され、いかにも連行中の被疑者、と言った体である。これが演技である事は伝えていないから、ウォルフ自身も真実自分に疑いがかけられていると信じているだろう。
 村人からウォルフを守り、かつ一緒に居ても村人に拒まれない様にする為、冒険者達が考えたのがこの、ウォルフを本物の被疑者、または参考人として拘束し、連行する、という方法だった。出発前、オルステッドがウォルフに宣告したのはその為だ。
 あくまで演技である事を伝えれば、ウォルフは安心するだろう。だがそれを見た町の人々は、演技である事を見抜き、もしかすれば冒険者達も魔物の手先と拒絶するかも知れない。故に、ウォルフには辛い思いをさせるが敢えて何も言わず、彼らはウォルフを捕縛した。
 そのお陰で、と言うのも皮肉な話だが、今の所冒険者は町の人々に受け入れられ、調査もスムーズに進んでいる。今訪れているのは被害者のうちの1軒で、眠りに就いている者の中では一番長く、つまり一番死に近い場所にいる男の家だ。彼は、ソーイ工房で作った金物を近隣の村々で売り捌くのが仕事だ、と言う。
 逆上した住人がウォルフに何かしないよう、注意を払っていた響がようやく家から出た母娘を見送って扉を閉め、ため息を吐いた。

(‥‥完全にウォルフさんが悪い、って決め付けてますね)

 どうも、冒険者がウォルフを捕まえたんだからやっぱりアイツは魔物の手先だったんだ、と言う逆効果も現れているようだ。だがそのお陰で今は誰もウォルフに手を出そうとはしないので、一長一短だろう。
 男が昏々と眠り続ける寝室に戻ると、モディリヤーノがステインエアーワードを試みている所だった。

「一週間前に霧の姿をした魔物やってきた、と言う事だけれど」
「そうですか――予想通り、死に至る眠りは『夢を紡ぐもの』という魔物によるもの、と判断出来ますね」

 空気の言葉を伝えたモディリヤーノに、ジュディが頷く。冒険者ギルドで依頼を見た当初から、彼女はもしやこの魔物が原因では、と疑っていた。
 だが、一体何故魔物が集団で、ソーイ工房縁の者を襲うのか――その原因はまだ、今日の調査からは見えてこない。けれど、今為すべき事はそれを憂える事でも、思い悩む事でもなく。

「レジストデビルで、憑依した魔物を追い出します」

 決然と言ったジュディに、残る仲間が力強く頷く。それぞれに得物を構え、すぐに魔法が放てるよう息を整える。
 今為すべきは、目の前で魔物に命奪われようとしている人々の救出。何故、という所はその後でゆっくり考えれば良い。
 男に触れたジュディの姿が白光に包まれ、ブワリと霧のような物が滲み出てくるのを、冒険者達は刹那、真剣な眼差しで迎え撃った。





 魔物退治の合間にも、冒険者達に自分達の窮状と、ウォルフの排除を求める町の人々の声は途切れる事がなかった。誰もがカオスの僕を姉に持つウォルフをこの事態を招いた犯人であると考え、憎しみを募らせていた。

「馬鹿が湿気たツラしてんじゃねぇよ」

 唯一、冒険者に拘束され、ついて歩くウォルフに好意的な言葉をかけたのは、ソーイ工房の親方だ。その彼は今現在、魔物に与する疑いあり、という事で工房に監禁され、厳重な監視下に置かれている。
 かなり抵抗したらしく、厳密な調査のためと面会を求めた冒険者にも「お気を付けて」と住人が釘を刺したほどだ。実際ソーイ親方はボロボロだったが、見かねた響が応急処置を施し、リカバーポーションを飲ませると「近頃の若い奴ァ骨がなくっていけねぇ」と嘯いた。
 モディリヤーノが他の住人にも尋ねた事を繰り返す。

「親方。ウォルフ殿の噂は、ずいぶんと広まっているようだけれど‥‥」
「チッ、あの小娘‥‥勿論俺ァ誰にも言ってねぇ。小僧の持ってきた紹介状にはしっかり書いてあったが、何せ俺ァ学がねぇ。中央の奴らの小難しい言い回しなんざ腹が立って仕方ねぇから、さっさと炉にくべちまった」
「‥‥やはりあの少女、ただの娘ではないか‥‥」

 親方の言葉に、オルステッドが腕を組んだ。ここに来るまでの間、他の住人にもウォルフの出自の噂を誰に聞いたのかを確認して回った冒険者は、その出所がたった一つである事を確認している。
 リフェラ・ガイン。ウォルフがやって来た日に、彼がカオスの僕を姉に持つ少年だと人々に触れ回ったらしい。
 ならば、リフェラこそが魔物の手先か。そうしてソーイ工房を危機に陥れ、ウォルフを追い詰めようとしているのか。
 だが冒険者達の言葉に、それは違う、と否定したのは当の親方だった。

「あの小娘は訳ありだ。あいつは‥‥」

 告げられた言葉に、ウォルフを含む全員が目を見開いた。





 長く眠りに就いた幾人かを眠りから解き放ってポーションを与え、同時に引き剥がした魔物を順番に打ち滅ぼした冒険者達は、そろそろ頃合だ、と見極めて次からの魔物退治を敢えて衆人環視の中で行う事を決めた。町の住人はそれを、ついに冒険者がウォルフの罪を明らかにするのだ、と思い込んだようだが、敢えて否定はしない。
 町の広場に眠りに就いた者を横たえ、ジュディが錫杖を掲げる。もちろん何か意味がある訳でもなく、彼女が『癒しの精霊』に使える魔法使いであり、住人に危害は加えない、と言うデモンストレーションだが、効果は上々だ。
 ぐるりと広場を取り囲む住人達は、憎々しげにウォルフを睨みつける。罵声を飛ばすのはまだ良い方で、中には石を投げつけようとする者も居たのだが、

「無用に危害を加える事はまかりなりません」
「確たる証拠が見つかる前に手出しされると、逆にあなたが罰せられる可能性が」

 ジュディとモディリヤーノがそう釘を刺し、オルステッドと響が牽制すると、不満そうながらおとなしく引き下がった。しん、と息を呑んで見守る中で、ジュディが穏やかな笑みを湛えて眠る住人の横に膝を突き、額に手を当てる。

「レジストデビル!」

 ジュディが白光に包まれると同時に、眠る住人から霧が湧き出てくる。それこそが、死に至る眠りを紡ぐ魔物の正体。

「皆さんは下がっていてください!」
「ウィンドスラッシュ!」

 すかさず響が住人達に警告を発し、モディリヤーノが霧に向かって魔法を放った。一瞬美しい女性の姿が宙に浮かび、苦悶の表情を作る。構わずデビルスレイヤー効果の槍を一閃するオルステッド。立て続けに響の虎徹が銀の残線を残し、止めを刺された魔物が黒い塵と化す。
 おぉ、と感嘆の声を上げる住人。一体ずつ、完璧に連係を持って攻撃すれば、恐ろしい敵ではない‥‥のだが。

「‥‥ッ、皆さん、後ろッ!」

 縛られた身を捩りながらウォルフが叫び、ハッ、と振り返ればそこには、寝かせていた残る3人の憑依者から霧が現れ出る所だった。敵わぬと見て逃げるのか。否――

「きゃ‥‥ッ」
「ジュディさん!」

 一体何処に隠していたのか、霧の中から現れた鋭い爪に襲われたジュディの悲鳴に、慌てて響が駆け寄った。幸い傷は浅いようだ。だが魔物は、2撃、3撃と爪を繰り出してくる。
 ガキッ、ととっさに虎徹で受け止めた。背後で住人達の悲鳴が上がっているが、動けない。残る2体の魔物に向かい、ウィンドスラッシュと槍が交互に襲い掛かるが、魔物の1体はぐにゃりとかわし、無力で容易な獲物へと矛先を変えた。

「チッ!」

 舌打ちし、追いすがるオルステッド。槍を一閃、手ごたえはある。だが止めを刺すまでには至らず、魔物は鋭い爪を閃かせて手近に居た住人を切り裂こうとし。

 ドシュッ!

「‥‥ゥッ」
「ウォルフさん!」

 肉を切り裂く鈍い音と共に血飛沫を上げたのは住人ではなく、割り込んだウォルフだった。しっかりと縄で戒められた身体が、血の紅を咲かせて地に倒れる。
 息を呑む住人達。響が素早く傷を押さえ、ジュディがもどかしい思いでリカバーを唱える。更なる獲物を求めて動き出した魔物を、モディリヤーノとオルステッドが瞬殺の勢いで討ち取り。
 癒しの光に包まれて、傷を癒された少年が血の気を引かせた青い顔で弱々しく微笑んだ。

「今度は、間に合いましたか」

 ちゃんと助けられたかな、と呟いた少年の言葉は、騒乱に沸いた広場をシンと静まり返らせた。





 多少のアクシデントはあったものの、無事『夢を紡ぐもの』を討ち取った冒険者達は他に魔物が居ない事を確かめて、ウォルフは無実であると認めた、と住人達に宣言した。ウォルフが命掛けで住人を守ろうとした事を思えば、住人達も文句が言えなかったようだ。だが町には未だ、魔物が居た事がウォルフが魔物を引き込んだ証左だ、と主張する者も居る。こればかりは、時間による解決を期待するより他はないだろう。
 ウォルフにも辛い思いをさせた事を謝罪したが、こちらは気にしていない、と首を振った。確かに辛かったけれど、それも仕方のない事、と受け止めているようだ。
 また、ソーイ工房が狙われた件について親方には何か、心当たりがある様だった。弟子達を「テメェら、まだ喋るんじゃねぇ! 喋ったらぶん殴るぞ!」と脅していた所を見ると、いずれ冒険者達にその理由は明かされる事だろう。
 ――そして。

「ガイン様」

 ジュディが呼んだ声に、全ての騒乱を揺るがぬ眼差しで見つめていたリフェラはゆっくり振り返った。そこには冒険者達と、ウォルフが居る。
 それに、感情を揺らした様子もなく「何か?」と尋ねた少女に、ジュディは瞳を伏せた。

「伺いました。ガイン様は故郷の村を魔物に襲われ、ご家族を亡くされて、親類の方を頼ってこちらに来られたのだと」
「リフェラさん、あなたの故郷を襲った魔物と言うのは、もしかして」

 その言葉に、少女は小さく頷いた。まっすぐに、揺るがぬ瞳で少年を見て、言った。

「ええ。私の故郷はウォルフ・バーベルの姉が連れてきたカオスの魔物に襲われ、家族は彼女に真っ先に殺されました」
「‥‥そうだったか‥‥」
「だから町の人達にその事を話しました。私はウォルフ・バーベルを許しませんから――許せません、から」
「でもウォルフ殿は」

 顔面を蒼白にし、リフェラの告白を聞く少年を見て、何かを言わなければとモディリヤーノが口を開いた。彼自身も姉の事で苦しんでいる。彼自身も姉に両親を殺され、迫害され、それでも頑張って。
 だが。

「彼の姉に家族を殺されて、彼を恨むのは間違ってますか? 家族ならなぜ彼女が魔に堕ちるのを止めなかったのか、そうすれば私の家族は殺されなかったのにと、思うのは間違っていますか?」
「間違ってない、よ」

 少女の切りつける様な言葉に、少年は悄然と俯き、呟いた。姉は、姉に何の責務もない事で存在すら否定され、カオスの魔物に救いを求めた。それは確かに彼と、彼の家族のせいだ。
 でも。

「それはこの人達には関係ないんだ」
「知っています。家族を殺しながら彼女は言っていました。人間は嫌いだけれど、1人だけ信用出来る冒険者が居る、と」

 少女は透明な眼差しをほんの少しだけ揺らし、自嘲の形に唇を歪めた。それはリフェラが初めて浮かべる、人間らしい表情だ。

「あの日、彼女が私の家族を殺すまで、私は彼女を親友だと思ってました」

 だから、少女は思う。彼女こそが魔物を引き込み、家族を死に追いやったのではないかと――リフェラは悔いる。それを、現れた彼女の弟への憎しみに転化した。それで自分の後悔をなかった事にしようと、した。
 そんな事もちゃんと判ってます、と少女は静かに呟いた。





 魔物に笑み曇らされた少女が、笑みを取り戻す日はまだ遠い。