とある魔物討伐記録〜図書館司書の場合。
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■イベントシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:13人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月31日〜05月31日
リプレイ公開日:2009年06月08日
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●オープニング
さてその日、ウィル王宮図書館で司書を務めるエリスン・グラッドリーは、珍しい来客を迎えていた。ティファレナ・レギンス、冒険者ギルドの受付嬢。ただし、字は読めるが純粋に興味が無いので読書の習慣はない。
エリスン自身がしょっちゅう冒険者ギルドに赴いては第二図書館よろしく報告書を読み漁っているので、顔馴染みの相手ではある。だが前述の理由によりティファレナの方はまず図書館には足も向けないので、そういう意味での『珍しい来客』だ。
故に、エリスンはコクリと首を傾げた。
「これは珍しいですね。ティファレナ殿、どうかなさいましたか?」
「ええ、まぁ、ちょっと‥‥エリスンさんにお願いがありまして」
対するティファレナは、少し気まずそうに、気鬱そうに、渋々と、だが色々と諦めた様子で肩を落としてそう言った。コクリ、と今度は反対側に首を傾げたエリスンを伺うように見た彼女は、
「つまり‥‥兄からの依頼、なんですが」
深い溜息と共にそう言い添える。
ふむ、とエリスンはティファレナの兄の姿を思い浮かべた。グウェイン・レギンス、現在はウィル中央軍に属する元冒険者。そして妹ティファレナを世界の中心の如く溺愛する、自他共に認めるシスコンバカ。
以前、とある依頼のために資料調査をしたいと言う事で幾人かの冒険者と図書館にこもった事があり、エリスンとはそれ以来の顔見知りだ。必要な書物を探したり、不要になった書物を書架に戻す為に館内を駆けずり回る姿は、今でもまなうらにまざまざと思い起こす事が出来る。
なるほど、と頷いた。
「また、お仕事で何か資料調査が必要になられましたかな?」
「そんな所です。半月ほど前、『鍵』とか言うマジックアイテムを探していたカオスの魔物を冒険者が倒して、マジックアイテムの持ち主のお嬢さんはリハンの山奥にしばらく滞在される事になったんですけれど」
「ああ、その報告書は拝見致しました。確か‥‥マリン殿、でしたか」
「そうなんです。そのお嬢さんのところに、先日兄が届けものに行ったそうなんですが‥‥そのお嬢さんが、地獄に行こう、と言い出したらしく」
「‥‥‥はい?」
受付嬢の言葉に、エリスンは首をかしげる。今なんか、不思議な事を聞いた。
目線だけで真偽を問えば、コクコク頷くティファレナ。どうやら聞き間違いでも、意味の取り間違いでもないようだ。
「地獄に‥‥ですか?」
「ええ。どういういきさつでそうなったのかは、兄が頑として白状しないので良く判らないのですが‥‥どうも、地獄の魔物をちょっと行って退治してこよう、みたいなノリらしいんですが」
それは本当に良く判らない。ッて言うか何、そのノリ。
無言の突っ込みを感じたティファレナは、深々と溜息を吐いた。
「まぁどうせ、兄が余計な事を言ったに決まっているんですけれど。とにかくそんな理由がありまして兄の方から、事前に地獄がどんなところかとか、どんな魔物が居るのかとか、カオスの魔物とどう違うのかとか調べといてくれ、と頼まれたんです。とは言え私、そういう事ってどうも苦手で、出来ればエリスンさんにお願いできれば、と思ったんですが‥‥あ、勿論お礼は兄からさせますけれど」
「はぁ、地獄について、ですか‥‥地獄は確か、ジ・アースのカオス界でしたかな?」
エリスン・グラッドリー、細かい事情は兎も角として、知的好奇心がざわざわと蠢き出した模様。
「そうですね、ジ・アースから伝わった書物の幾つかにその様な事が書いてあったかもしれません。ふむ、これは興味深いですな。ぜひお受け致しましょう――とは言え、莫大な蔵書を誇る当図書館と言えど、ジ・アースのデビルとか言うカオスの魔物の事や、ジ・アースの地獄とか言うカオス界を調べるにはいささか資料が足りないかもしれません。ふむ、ここは一つ、冒険者の方にもご協力頂いて、お話も伺うのが良いかもしれませんな」
「ああ‥‥ッ、それは良い提案ですね! 冒険者なら地獄に行った事のある方も多いでしょうし、あちら出身の方ならジ・アースのデビルと言うカオスの魔物にも詳しいでしょうし」
「ではティファレナ殿、依頼をお願いできますかな? 私は改めて、関連書物などが無いか探してみますので」
「勿論です! 依頼料は兄のお財布から抜いておきますから」
そんな訳で、ティファレナ・レギンスによってその依頼書は作成され、冒険者ギルドに張り出される事になったのだった。
●リプレイ本文
ウィル、王宮図書館。静謐を旨とするこの場所では、だが今日は多くの冒険者達が訪れ、普段は決して公開されない原書保存書架を対象に資料調査に勤しんでいた。
「結構多いのですね‥‥」
「うむ。まずは振り分ける所から始めねばの」
原書書架に並ぶ、セトタ語以外の言語で書かれた書物の数々に、思わず溜息を吐いたジュディ・フローライト(ea9494)に、飛んで上の方まで確かめながらユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が頷く。勿論、セトタ語の原書に比べればその数は決して多くないが、楽観視出来るほど少なくもなく。
ふむ、と図書館司書エリスン・グラッドリーが頷いた。
「当図書館でも判る限りでは分類して居りますが、翻訳に携わる者全てが異国語に堪能という訳ではありませんので。文脈より判断して妥当なセトタ語に当てはめる、と言う事もあります」
その結果が、時々図書館3人娘から出される天界とんでも依頼なのだが、それはまぁさて置いて。
だから例えば、ジ・アースにおける宗教哲学がこちらでは御伽噺体系に分類されるとか、そういう事態も想定出来る。否、それならまだ予測出来る範囲だが、中には『おいしいごはん』のようなお料理レシピが『薬物学』に入っていたり(恐らくアトランティスには存在しない材料があったせいだろう)まったく別の本と認識されているものすらあるだろう。
故に、まずは収集された書物を言語ごとに分ける所から、調査は始まった。
「これは‥‥ジャパン語でしょうか‥‥?」
「華国語のものはこちらに」
「ラテン語の本も多いですね。どなたかが持ち込んだんでしょうか」
「ふむ、そういう物もあるでしょうな。大半は天界より落来したものだったと記憶して居りますが」
そう言いながら手伝うエリスンも、一応全言語読めはするが、簡単な読み書きレベル。となれば彼に出来る事は、中を見て文字からおおよその見当をつけ、該当の言語の山に積んでおく、ぐらいだ。
ある程度分かれたら、集まった書物の中を確認して、さらに分類ごとに。一見して無関係と思われるものにもざっと目を通し、添え書きや、或いはまったく無関係な場所のメモ書きに何か有用な情報がないかも確認し。
「『己を知り、相手を知れば百戦危うからず』なのー。しっかりしらべてやくだてるのー♪」
それでもやる気を萎えさせそうな程残った書物の山に、明るくも気合に満ちたレン・ウィンドフェザー(ea4509)の言葉を合図に冒険者達はそれぞれの得意の言語との格闘を開始した。
地獄、と一口に言ってもそこには広大な空間が広がっている。今現在の所、冒険者達が到達したのはアケロン川の向こうにある地獄門、そしてさらにその奥にあるディーテ城砦。近隣のゲヘナの丘には、今なお魔物が数多蠢いている。
「後は、陣地作成に携わった方が、地獄の土は血のりの様だった、と言ってましたね」
「血のりですか? それは、ぞっとしないですね」
資料調査で書物と格闘する冒険者がいる一方、己が知っている事も何かの役に立てば、とやってきた者達はまた別の机で、記録進行係に立候補したリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)を囲むように、それぞれの知識を思いつく限り話し合っていた。聞いているティファレナ・レギンスが時々、顔を引き攣らせながら相槌を打つ――冒険者ギルドの受付嬢と言えど、そうそう血なまぐさい事に免疫があるわけではない。
そうですね、と穏やかに頷いたのはケンイチ・ヤマモト(ea0760)。
「いつの戦いだったか、カオスの魔物とデビルは倒した時に、消え方に少し違いがあった、と言う話もありました」
「消え方に?」
「ええ。普通、どちらも倒した時には黒い塵となって消えるのですが、地獄ではカオスの魔物は、塵と言うよりは靄になって消えた、と聞きます」
デビルは、地上と同じく黒い塵となって崩れ去り。だがカオスの魔物は、黒い靄となって四散した。
そう告げたバードに、受付嬢は首を捻る。
「でも‥‥デビルって、ジ・アースに居るカオスの魔物の事ですよね? 姿も一緒だし」
「‥‥あの‥‥そうとも限らないかも‥‥知れません‥‥」
受付嬢の疑問に応えたのは、通りがかった‥‥と言うか、新たに発見した事があってやって来たらたまたま聞こえたイシュカ・エアシールド(eb3839)だ。ん? と仲間達の視線が向けられ。
「‥‥あの‥‥確かに姿は酷似しているのですが‥‥未来視で相手の動向を探れないか、と試みた時にアトランティスの『精霊を嘆かせし者』を探す所を姿が同じデビルの『ワル』でやって上手くいかなかった事が、あるのですが‥‥」
それはかつて、彼がセレの地に赴いた時のこと。『精霊を嘆かせし者』と呼ばれるカオスの魔物相手に、同じ姿をしている魔物だからと『ワル』で未来視を試みた所、未来視の魔法は上手く働かなかったのだ。
フォーノリッヂは、指定した単語の未来を大雑把に垣間見る魔法。それが働かなかったと言う事は、少なくとも『ワル』=『精霊を嘆かせし者』ではない、つまり同じ者が別々の呼称で呼ばれているわけではない、と言う一つの証拠にはならないだろうか?
そう考え、ラテン語の書物を中心に調べていたイシュカが見つけたのは、こんな記述。
「『神知らぬ魔物は世界より隔たれ、神知る魔物は世界に取り残された。だが世界から永久に失われた訳ではない。やがて二者は出会い、忌み、喰らい、世界を打ち壊すだろう』。そして、こちらにも」
「『同じ姿をした魔物が、同じ魔物であるとは限らない。人の子よ、それを夢忘れるなかれ』。‥‥意味深と言うか何と言うか」
「‥‥神知る魔物と、神知らぬ魔物‥‥と言うのは、デビルとカオスの魔物の事を‥‥指すと思うのですが‥‥」
アトランティスに神と言う概念はない。人々は竜と精霊を信仰し、だが縋るでなく、竜と精霊の祝福と加護に感謝を捧げるのみ。だから当然、カオスの魔物にとっても『神』と言う概念は縁遠いものである事は予想できる。
そう言えば、と同じく資料の山を抱えてきた晃塁郁(ec4371)が言った。
「以前、月の鍵を探すカオスの魔物を尋問した時も『誇り高きカオスの魔物がデビル如きに使われて』と怒っていました。また、月の鍵の捜索自体はデビルから依頼され、彼らの主は面白そうだからと協力したそうです。それを考えても、両者は別々の個体なのかも知れません」
だが、それならばなぜ同じ姿をしているのか。その理由がこの蔵書の山の中に眠っているのかは、まだ未知数だった。
「オル、そっちの資料も取ってくれるかしら?」
「‥‥あ、ああ‥‥」
妻アリシア・ルクレチア(ea5513)の言葉に、微妙に目を逸らしながらオルステッド・ブライオン(ea2449)は指示された書物を手に取り妻に渡した。どうやら別の依頼で何かあったらしく、来た当初から(来る前から?)微妙な空気が漂っている。
だがしかし、夫婦仲がどうかは兎も角として、彼らは共に経験豊富な冒険者である事に代わりはない。依頼は依頼、私情は私情。その辺りの切り分けはきっちり出来ている。‥‥と、思う。
「もし精霊碑文や古代魔法語の書物があれば、かなり貴重とは言えかなり信頼度の高い資料になったのでしょうけれど」
「‥‥ゲルマン語だけでもかなりある‥‥まあ、たまにはこういう仕事も悪くない‥‥」
余生はこういう仕事でもして見るか、などと言う夫に苦笑して、アリシアは複数の本を行ったり来たりしながら情報を纏めていた。案外、王宮図書館に収められたデビルに関する書物と言うのは少なくない。しかしアトランティスの人々にとって、魔物と言えばカオスの魔物のみである事から、どうやらセトタ語に訳す時はすべて同じ姿のカオスの魔物として描写されている様だ。
まぁ、人と言うのは己の知識に照らし合わせて目の前の現実を判断するものなので、それはあながち間違いとは言えない。何より、デビルがアトランティスにまで侵攻の爪を伸ばしてきたのは本当にごく最近の事で、それまでこの地には基本、カオスの魔物しか存在しなかったのだから。
「‥‥それに、何体かのカオスの王は、以前はデビルと呼ばれていたものが変質したものと聞く‥‥」
「魔王マルバス、こちらでは境界の王でしたわね。私も、カオスの魔物の方がデビルよりもより広い概念だと思いますわ」
アンデッドや魔獣の中にも一部、カオスの魔物と呼ばれているものもあった様に思う。アトランティスではアンデッド自体が存在しないのが前提だが、何故かごく稀にアンデッドも見られるのだ。それに何より、カオスニアン、と言う人種の存在。
これはまったくの推論だが、もしデビルがカオスの力に触れてカオスの魔物化したのがマルバス=境界の王の理由なのだとしたら、他の生物もカオスの力に触れることによってカオスの魔物化し、その結果がカオスニアンのような存在とも考えられないだろうか?
だがあくまで推論。そしてそれを裏付ける資料はまだ、何処からも発見されていない。
ならば彼らがする事は唯一つ、ひたすらに積み上がった書物の中からデビルとカオスの魔物についての知識を掘り出す事だけだった。
「‥‥とまあ、メイの方で現れた『蝿の王』ベルゼビュートと言うこんな魔物と、剣を交える事になった訳だが」
言いながらグラン・バク(ea5229)が描き出した姿に、はぁ、とエリスンが興味深そうな眼差しを注いだ。
「ふむ、それはなかなか興味深いですな。一見するに、人とそれ程変わらない姿をしているようですが」
「私も直接姿を見た訳ではないですが、あれ程の惨状をたった1人で為した、と言うのは驚異的な力だと思います」
同じ依頼に参加していた導蛍石(eb9949)が、グランの絵を見ながら相槌を打つ。彼自身は襲い来た魔物の大群の相手をしていたのだが、後にグラン含む蝿の王と直接戦闘した仲間の話を聞き、その惨状を見れば、かの魔物が如何に強大な力を有しているのか、その一端が伺えると言うものだ。
四六時中資料に噛り付いていては効率が悪い、という事で今は蛍石が用意してきた手作りケーキとハーブティーを前に、ブレイクタイムとしゃれ込んでいる。時折休息を入れた方が、結果として調べものと言うのは早く終わったりするものだ。
思い思いの場所でハーブティーを飲んでいる(エリスンの要請により、流石に原書を前に飲食は禁止という事で、資料類は付箋を挟むなどして一旦別の場所に置かれている)、その真ん中の机の上には他にも、グランが描いた地獄の風景が散らばっている。アケロン川の光景、地獄門やケルベロス、ゲヘナの丘に居座り人々を睥睨するエキドナ、ディーテ城砦。さらには彼がアトランティスに来る前に体験した、ノルマンでの出来事などもある様だ。
「このエキドナは、何か尾で掴んでいるようですが‥‥?」
「ああ、それは俺だ」
「‥‥えっと?」
「なかなか苦しかったが無事に戻って来れて何よりだったな」
多分、そう言う問題じゃない気が。ていうか本当によくエキドナが離してくれましたね。
どうコメントするべきか悩む一般人2人に、土御門焔(ec4427)がさらにリアルな地獄の光景をファンタズムで作り出した。突如現れた禍々しい血色の空に、ぎょっ、と2人の視線が釘付けになる。
「ここはディーテの近くです。この先に行くとゲヘナの丘があります」
「そ、そうなんですね。冒険者さん達は、皆さんこんな所で戦って‥‥危なくないんですか?」
思わずそう聞いたティファレナに、冒険者から苦笑が漏れる。心配されているのは良く判るのだが、危ないからこそ彼らのような冒険者が行って、魔物を討ち取ろうとしている訳で。
そう言うと、受付嬢はたちまち心配そうな顔になる。そうして「まったく、そんな所に行こうだなんて何を考えているんだか」と唇を尖らせて小声で文句を言う。
ティファレナが今回冒険者達に資料調査を依頼したのは、そも、彼女の兄が旅の魔法使いの少女と一緒に地獄へ行く事になった、というのが始まりだ。日頃、激しすぎる妹への愛を心底ウザイと思っている彼女であっても、やはりこの光景を見れば兄の身が心配にもなるのだろう。
そんな心情を察し、ジュディが微笑んだ。
「地獄と言っても、あちらで戦っている冒険者も多いですし、レギンス様のお兄様も1人で赴かれるのではありませんゆえ。私も参りますし」
「私が心配しているのは、兄がまだ現役のつもりで冒険者の皆さんの足を引っ張らないか、という事です」
冒険者の言葉に、ティファレナはきっぱり首を振る。ツンデレ疑惑の浮上した瞬間だった。
休憩を挟み、冒険者達の調査はまだまだ続く。不幸中の幸い、というのもおかしな話だが、ジ・アースから伝わった書物に出てくるデビルを、同じ姿や習性を持つカオスの魔物として翻訳をしているのを逆手に取れば、たとえば『精霊を嘆かせし者』=『ワル』のような結びつけも可能となるからだ。
となれば翻訳されたセトタ語書物との比較が必要になるわけで、だが案外セトタ語のスキルも兼ね備えた者というのが少なく(或いは簡単な読み書きレベル)、今はエリスンやティファレナもセトタ語書物の調査を手伝っている。幸い、読み上げれば互いの意思の疎通は精霊力によって可能なのが便利な所だ。
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)も持ってきた参考資料を使用しつつ、まだ手付かずの書物を判る範囲で分類したり、関連がありそうな項目には紙を挟んでおくなどして補助に努めていた。最初の分類の段階では必要そうに見えたり、不要そうに見えた資料の出し入れなどは精霊の銀華に頼む。今は太陽のブランシェットで関連のありそうな資料を占っているディアッカもそうなのだが、流石にシフールよりは身体の大きい精霊の方が力持ちだ。
「これ‥‥は、恐らく、カオスの魔物にまつわる伝承資料、でしょうか」
羊皮紙をめくり、入れられた挿絵や幾つかの単語などからそれを判断して、別の場所で伝承関連を調べているチームにその資料を持っていく。飛んできたディアッカと、後ろから付いて来た資料を抱えた精霊の姿に、あら、とジュディが微笑んだ。
「ディアボロス様。仰って下されば取りに参りましたのに」
「大丈夫です――はかどっていますか」
「そう、ですね。気になる事は幾つかございますが」
例えば、幾つか見られるカオスの魔物の伝承。デビルと同様に、時にはそれ以上に彼らは世界に災厄を振りまき、混沌を招き、人々を苦悶と悲痛の連鎖へと引き擦り込む。そうして時に、人間の魂を狩り集めたりもする――だが。
デビルならば、その理由は明白だ。創造主たる神への反逆。聖書において、かつて神の傍にはべる御使いだった者達が、ある日反逆して神に敵対するものとなった――それがデビルの始まりとされる。
ならば何故、デビルが神に反逆心を抱くようになったのか、それはいまだに判然としないけれど。だが常にデビルは神に戦いを挑み、神を打ち破ろうとしている。それが良く判る。
だが翻って、カオスの魔物が何故世界に混沌を振りまくのか――その理由が、見えないのだ。ある魔物は面白そうだからと言い、ある魔物は目障りだったからと言い、また別の魔物は混沌の力を増やすためだと言う。だがそれ以上の目的が、まったく見えない。本当にそれ以外の理由などないかのように。
それはとても、些細な違いかもしれない。ジュディが気にし過ぎているだけかもしれない。伝承の記録者によって、何を観点に記録を留めるのかは変わる。
だが気になるから調べるのだ――そう、微笑むジュディに頷いたディアッカが、ふと石の中の蝶に目を落とす。
「‥‥ディアボロス様、何か気になる事が?」
「いえ、用心に越した事はないかと。私達は魔物の事を調べている訳ですし、それを敵に知られて何か起こっては遅いですから」
彼の言葉に、その通りですね、とジュディは柔らかく微笑んだ。もし万が一、魔物が知られたくない情報や、或いはのどから手が出るほど欲しがっている情報が見つかった場合、魔物達は『ここは図書館なので大声禁止』などというルールは完全無視して襲いかかって来るだろう。
そう言う部分にも気を配れる人がいるから、安心して調査する事が出来る。誰もが自分の得意な言語を活かして、或いは絵であったり、記録進行を買って出たり、知っている事を話に来たと言う者がいたりして、自分に出来る事で魔物を倒す一助たろうとしている。
それはとても――とても、嬉しい事だと思うのだ。
リュドミラの元には、色々な情報を書き付けた羊皮紙が山積みになっていく。羊皮紙は貴重なものだから、と最初は慎重に使っていたのだが、ティファレナが「必要経費は兄に出させますからお気になさらず」と良い笑顔で言い切ったので、途中から遠慮せずにどんどん書き付けていく事にした。
もっとも、後でこれを体系付けた資料に纏め上げるにはかなり苦労しそうだが、とため息を吐いたリュドミラの横に、すとん、とレンが腰掛けた。
「まとめるのをてつだうのー♪」
そう言う割りに、彼女が始めたのはかなり具体的な、地獄の簡単な地図であるとか現れる魔物の対処方法であったりしたのだが、それでもずいぶん助かる、とリュドミラは礼を言った。
「大分、上がってきたようですね」
「わからないこともいっぱいだけど、わかったこともいっぱいなのー♪」
上機嫌に彼女が言うとおり、少なくとも同じ姿を持つデビルとカオスの魔物の対比表については、それなりに成果が出たと言って良い。例えば『グレムリン』=『酒に浸る者』、『ベルゼビュートフライ』=『髑髏蝿』、『インプ』=『邪気を振りまく者』、『夜叉』=『心惑わすもの』、『リリス』=『邪なる妖精』、『アンドロアルフェス』=『孔雀の羽を持つ者』などだ。
その内の幾つかについては、デビルもカオスの魔物も知る仲間が、弱点や生態なども同じように思えた、と証言している。という事は、確実な事は言い切れないが、他のものに関しても、同じ姿を持つ魔物に関してはデビルもカオスの魔物もほぼ同じ弱点を持ち、ほぼ同じ生態系である、と推定出来る。
とは言え、その見分け方となると、これはまったく見当がつかなかった。何故なら彼らが調べているジ・アースの書物はカオスの魔物の存在など知らぬ者が書き、アトランティスの書物はデビルの存在など知らぬ者が書いているので、そもそも比較しようがないのだ。
「‥‥こうなると、実際にデビルとカオスの魔物を並べて違いを見つけるしかないか‥‥」
「どちらにせよ敵だという事に変わりはないがな」
豊富なモンスター知識を活かしてデビルの情報に補足を加えていたオルステッドが思わず唸ったのに、該当デビルの見たり、創造した絵姿を描いていたグランがあっさりそう言った。まぁ、ものすごく単純に言えばそうなのだが。全部倒していけば、それがデビルだろうとカオスの魔物だろうと関係ないわけだが。
でも、とリュドミラが口元に手を当ててため息を吐く。
「何故、同じ姿を持ちながら異なる2種類の魔物が居るのか、見分ける術はあるのか――それがいつか、地獄での戦いに有益になるかも知れません」
ならなかったとしても、その知識を知っていて無駄になる事はない。だがもしそれが必要となった時に、知らなければ致命的なダメージを受ける事すらあるかも知れず。
熱心に、絵筆なども使って情報をまとめていたレンが明るく言った。
「じゃあそれもかんさつしてくるのー♪」
そんな彼女の手の中には、力作である事が伺われる『地獄ツアーのしおり』なる書物が握られている――そういえば彼女、このあと旅の魔法使いとも一緒に地獄巡りに行く。
よもや遠足気分なのでは、とそれを見た一同、思ったとか思わなかったとか。
こうして数多の情報を書き連ね、リュドミラを先頭にセトタ語に堪能な者がまとめ、清書した資料は無事、旅の魔法使いとその一行に手渡される事になった。恐らくその道行きに、大いに役立つ事だろう。
また、エリスンに寄ればまだ原書は他にもあったようだが、今回は頼まれてからの時間も少なく、引っ張り出してくる時間も、その許可を得る時間もなかったという。ならばいずれ再び、この図書館の更なる原書を紐解く時が、やってくるのかも知れない。