オーク退治、助っ人募集中!

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月13日〜06月18日

リプレイ公開日:2009年06月20日

●オープニング

 それは少し前、冒険者達が出奔したジュレップ家の1人娘ローゼリットと義弟アルスを保護し、屋敷に連れ戻した後のお話である。

「何ですって‥‥ッ、お祖母様、それを正気で仰っているのですか!」
「ローゼリット。私はお前を、年長者に逆らい賢しら口を叩くような恥知らずな娘に育てた覚えはないよ」
「恥知らず? あたくしが恥知らずなら、お祖母様は何だと仰るのです!」

 ジュレップ家の3階のとある部屋では、美しい顔を怒りの朱に染めたローゼリットと、愚かな孫を冷たく眺める祖母アイリーンの睨み合いが展開されていた。両者、一歩も引かない。そんな辺りが実に良く血の繋がりを現している。
 正確には従弟となるローゼリットの義弟アルスの、実の母がアルスを置いて姿を消してからもうすぐ1年。必ず母に会わせて見せると約束した義弟のため、打てる手の限りを尽くして伯母の行方を追っていたローゼリットだったが、実は伯母を追い払ったのは祖母アイリーンの仕打ちらしい、と聞いて怒り狂った少女は家出を決行したのだ。
 結果は、あっさり冒険者に確保され。だが帰りたくないと告げたローゼリットに、彼らはたくさんの手土産を残してくれていた。
 そのうちの一つが、今のこの対決。アイリーンは、伯母の行方を知っている。だがその詳細を知りたくばローゼリットが自らジュレップに戻る事が条件だと、聞かされたローゼリットは迷わず屋敷に戻る事を決めた。
 だが、そうして戻った彼女に聞かされたのは、伯母を襲うあまりにも厳しい現実。

(お労しい‥‥ッ)

 伯母は。夫を無くし、子を奪われ、棒で追われ言われなき罪を糾弾された哀れな女性は、今――ウィルから遠く離れたさる町で、豪商の愛人として暮らしていると言う。伯父の心を奪った美貌は不埒者の心を奪うにも十分で、伯母は我が子を取り戻そうと身を粉にして働くうちに豪商に目を付けられ、知らぬ間に負わされていた借金を枷に愛人になる事を強要された。
 何たる非道。ローゼリットなど、伯母の境遇を想像しただけで全身の血が引いて震えるほどだと言うのに。
 祖母は、冷たい瞳で言ったのだ。『ふん。私の息子を誑かして殺した女にはお似合いの身の上だよ』と。

「あたくし、お祖母様の仰る事には敬意を持って従ってきたつもりです」

 故に、ローゼリットは怒る。伯母を苦しめたその現況を作っておきながら、あくまで伯母の身の程知らずが罪なのだと信じて疑いもしない祖母に、怒る。

「ですが、今のお言葉だけは承服出来かねます。お祖母様、今後伯母様の事で、一切そのような聞き苦しいお言葉はお言いになりませんよう」
「‥‥ッ!? ローゼリット、孫の身で祖母に逆らうつもりかいッ!」
「すでにジュレップ家をお父様に譲り渡されたお祖母様は、ジュレップ家のする一切の事に権限をお持ちではありません!」

 ローゼリットは、怒れる瞳で祖母を睨みつけ。

「あたくしはローゼリット・ジュレップ、ジュレップ家を負って立つ娘です。お忘れになりませんように、お祖母様、ウォルフではなくあたくしをジュレップに選ばれたのは、他ならぬお祖母様です」

 孫が祖母に言うのではなく、ジュレップ家当主代行としてジュレップの血に連なる者に宣言し、ローゼリットはクルリと祖母に背を向けた。そして二度と、振り返らなかった。





「つまり、ローゼリット嬢は祖母殿と対立する、という事ですか?」

 そこまでの話を聞いて、首を傾げてそう訪ねてきた友人たる騎士に、そうなります、と少女は深い溜息を吐いた。
 現実問題として、ジュレップ家内はまだ祖母の配下にある。ローゼリットは勿論、当主たる父の命令ですら動かせないジュレップ家の私兵が居て、家内の一切を取り仕切る侍女頭は祖母に忠実。そしてそれを取り除く力を、父すら持っていない。
 だが。

「いずれやらねばならぬ事です。祖母は、あたくしの目から見ても冷静な判断をすでに失っておりますから」

 かつては聡明だったかもしれない祖母は、だが今となっては己の思い込んだ正義と常識で動く、ジュレップ家にとっての障害と成り果てている。貴族として祖母の態度は正しくとも、人としてはそうではない。
 キュッ、と唇を噛み締めてそう言う少女は、だがすぐに「とは言え、あたくしも冷静な判断を失って居りますが」と溜息を吐く。そういう、自分にも公平な所が好ましい、と思う。
 だから。

「まあ、それは置いておくとして。義弟殿の母上殿はレシュアーナに居られる、と仰られてましたね。丁度、僕も今度あちらの方へ行く用事がありますから、ついでにレシュアーナに回ってご様子を伺ってきましょう」
「あちらの方へ? あたくしは伯母が居ると知って初めてあちらの方を詳しく調べたのですけれど、騎士団の方で動かれるような、何か危険な事が‥‥?」
「まさか。あったとしても、僕のような騎士学校を出たての新米騎士に、危険な任務を命じるほど騎士団も人手不足ではありません。あちらに住んでいる友人がたまには顔を出しに来いと怒ってまして、ご機嫌伺いです」
「まあ、それは是非、行って差し上げなくてはなりませんね。でも‥‥」

 心配そうに曇らせた柳眉が、パッと明るくなって、また瞬とした表情になるのを見て、ディクセルは微笑む。

「‥‥本当に良いのですか? これは当家の問題です、ディクセル様にご迷惑をお掛けするのは心苦しく」
「お気になさらず。親しい友人の為に出来る事をしたいと思っているだけです」
「そう、ですか‥‥ありがとうございます、ディクセル様。あなたの友情に心から感謝します」

 外見的にも実際年齢でも遥かに年下の人間の少女に、こちらこそ、とエルフの新米騎士ディクセル・ワディスンは微笑む。彼にとってローゼリットとは、友人と呼ぶに値する真面目で、気の合う存在だ。
 真面目な少女は、周りに迷惑を掛けてはいけないと思い定めてはいるものの、やはり協力者が居ると言う事が安心出来るようで、ホッ、といささか柔らかな表情になる。つい先刻、ローゼリットに何があったのかを訪ねた時にも「冒険者の方が」と嬉しそうな表情をしていたので、随分信頼しているようだ。
 そんな少女が帰っていくのをワディスン家の屋敷の門扉まで見送って。

「正確には『呼んだのはアタシのダチで、呼ばれた理由は村の畑がオークに荒らされるから何とかしに来い』って言われた、って事はお嬢チャンには言わなくて良かったの?」
「必要ないでしょう。僕に、オークが何とかなるとも思いませんし」

 背後からかけられた姉の言葉に、微笑んでディクセルは振り返った。それに、嫌そうな顰め面が返って来る。

「何とかしてきなさいよ、アタシの代理で行かすんだから」
「冒険者ギルドに助っ人依頼を出しますから大丈夫です。お姉さんの顔は潰れるかもしれませんけれど、大事なのはオークを退治して困っている人々を助ける事なので」
「日々の剣の稽古は何の為にやってるのよ!」

 少なくとも姉の名誉の為ではなかったが、ディクセルはそこは逆らわないまま「頑張ってきます」と無難な返答をしておいた。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb4171 サイ・キリード(30歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec4600 ギエーリ・タンデ(31歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec6624 ラフィーネ・エルリダート(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

ミーティア・サラト(ec5004

●リプレイ本文

 ディクセルの姉の友人が住む村は、少し離れた所に森林が広がり、その間に農耕地が広がる、典型的な農村である。この季節は早生りのものなら収穫期の真っ最中だし、そうでないものは少しずつ夏の力強さを感じさせ始めた日差しを一身に受け、すくすくと成長している――筈なのだが、しかし。

「無論全力を尽しますが‥‥この村のご領主はどなたでしょう」
「あ〜‥‥うん、お館にも色々あるみたいで、ですな」

 対策を講じるのが領主たる務めではないのかと、憤然と畑の現状を睨み据えたエリーシャ・メロウ(eb4333)の言葉に、彼らをここまで案内して来た青年が苦笑した。彼こそがディクセルの姉の友人で、オーク退治を依頼した大元だ。
 元々この辺りを含む一帯は紛争等が少なく、つまり平穏無事に過ごしてきたので上から回される兵力物資も多くはない。この騒ぎでお館は、今年の税の軽減と必要ならば補給物資の配布は決定したが、退治に回す人手が足りないというのが現状だ。
 だから村の守護隊(と言ってもお館から派遣された下級指揮官と兵卒2人)に協力して自警団的なものを組んでいた彼が、そう言えば友人が騎士だった、と応援を頼み。頼まれた姉は全力で弟に丸投げして、己の身の程を知る堅実な弟はさらに応援を頼んで冒険者に依頼を出した、と言うのがことの流れらしい。
 もっとも、その友人が最初にディクセル達の事を見て「やっぱり姉貴は来なかったか」と苦笑していた所を見れば、どうやらディクセルの姉は元々期待されていなかったようだが。
 ラフィーネ・エルリダート(ec6624)がプンプン言った。

「それにしても畑を荒らすなんて許せないよねッ!」
「まだ人に被害が出ていないだけ良いですが‥‥うん、あの小屋なんか良さそうですね。お借り出来ますか」
「ええ。隣が肥料小屋ですからちょっと匂うかも知れませんが」

 サイ・キリード(eb4171)の言葉に、青年が頷きながら言い添える。その言葉に一瞬表情が固まったが、畑全体を見渡すのに適した見張り小屋は、サイが指差したその一箇所のみ。
 大丈夫です、といつもの笑顔で頷いたが、ほんの少し視線が泳いでいたのは、これはもう仕方のない事だった。





 村で色々情報を集めたところ、どうやらオークは特に好む作物があるようではなく、その時その時で食べ頃に近付いた畑を狙っては荒らし回っているのだと言う。特にオークが草食だと言う話は聞かないが、この辺りの個体は特殊なのかもしれない。
 条件に合致する場所は幸いにしてこの時期は一箇所だけだと言う事で、まずはその周辺を中心に警戒する事にした。勿論、不意を狙って他の畑が狙われたりしないよう、監視は怠らない。

「私が畑を荒らす訳には行きません」
「頑張ります。剣の手入れまでして下さった事ですし」

 いざ事が起こればどのルートを通れば良いか、下見などして打ち合わせておいたが、後は予想通りの動きを相手がしてくれるかどうか。頼みますよ、と借り受けた小屋の傍に待機させた愛馬ベルトランの鬣を撫でるアトス・ラフェール(ea2179)の傍で、自らも愛馬の手入れを終えたディクセルが頷いた。
 彼が腰に下げた愛剣は、見送りに来たミーティア・サラトが、ディクセルのローゼリットへの助力に喜び、御礼に、と剣を研いでくれた。その期待に応える為にも、冒険者の足手まといにならない為にも、日頃の鍛錬をしっかり活かさなければ。
 アトスが言った。

「私は単純にオーク退治をしようと思っていたのですが、話に聞くローゼリット殿の心意気や良し! そちらも一緒にやってしまいましょう」
「この事をお知りになられたらきっと、ローゼリットさんも頼もしく思われるでしょう」

 ギエーリ・タンデ(ec4600)が請け負った。直接戦う術は持たない彼は今回、どちらかと言えばオーク退治の後、新米騎士と共に向かう道程の方を本命として来ている。だが現場が結構広い事もあり、見張りと言うよりはケンイチ・ヤマモト(ea0760)と協力し、テレパシーリングで連絡を取り合う事にもなった。
 小屋の中からは視力の良いサイが、畑に異変がないかをしっかり見つめている。畑の草取りをする村人達が、時々ぐんと腰を伸ばすついでに見張り小屋を見る。
 困り者のオークを退治しに来た一行の事は、すぐに村中に知れ渡った。故に

「こっちも注目の的だねッ!」
「そうみたいですね」
「あーあ、それにしても見張りって退屈。そうだ、歌とか歌っちゃおうかなッ!」
「それは‥‥いえ、どうぞ」

 森の中で待機する2人の間でそんな会話が交わされた後、森からはラフィーネの元気の良い歌声が響き始め、草取り中の皆様の注目をさらに集めていた。隠密行動なら相当まずいが、今回はオークに出て来て貰わなければ話にならないので、案外誘き寄せるのに良いかも、と敢えて止めなかったケンイチだ。
 注意深く辺りを見回しながら、時々ラフィーネの「あるーひ、森の中っ、オークにー、出会ったー」と言う天界の歌の替え歌に和音を提供する。それでますます調子がついて、機嫌良くふよふよ飛び回りながら5回ほどリピートを繰り返した時だ。

「花咲っくもーりーの‥‥ん? 今なんか通り過ぎた?」
「出ましたね」

 ケンイチは素早くテレパシーで、オーク出現を仲間に伝える。見事ラフィーネの歌に引っかかったようで、まっすぐこちらを目指してくる‥‥普通にピンチ、だ。
 あわわッ、と空に舞い上がり「じゃあ後方援護をするよッ!」と叫んだラフィーネに頷き、ケンイチもその場を離れる。同時にサイが森から姿を現したオークを発見し、ギエーリ経由で向かう先を仲間に伝え、自らも飛び出した。

「回り込みます!」

 別働隊で待機していたエリーシャが、愛馬ファーの背に飛び乗った。彼女の場所からもオーク達は確認した。背後に回りこむように駆け出した主人を、愛犬エドが力強く追う。
 もう慣れっこなのだろう、村人達は素早く近くの見張り小屋なり、村の中なりに逃げ込んだようだ。彼らの為にも、徹底して叩いておきたい所。
 愛馬に乗ったアトスとディクセルが、エリーシャと挟撃出来るように回り込む。勿論事前に確認したルートで、畑は荒らさない様に。生憎チャリオットを借りる事の出来なかったサイは、ギエーリと相乗りと言う形でやや遅れて現場に急行。
 当初は歌声に惹かれて来たものの、早くもそれを忘れて意気揚々と畑に向かおうとしたオーク達は、追ってくる冒険者達を見てこくりと首を傾げた。

「ぐふ?」

 可愛くも何ともなかった。

「覚悟!」

 それにイラッと来たかどうかは判らないが、エリーシャがまずは槍を掲げて突進した。全体重を乗せたスマッシュ。ドスッ、と確かな手応えと共に、ブギィィッ! と耳障りな悲鳴が上がった。
 仲間をやられ、さしものオークも彼らが敵だと認識した様である。足を止め、はっきり敵意を持って冒険者に向き直った。
 その数、8体。1体は早くも止めを刺すばかりだが、それでもまだ冒険者の数を上回っている。さらに先程と違い、奇襲は効かないだろう。
 ならば。

「奮戦あるのみ!」
「私がいる事もお忘れなく」

 騎馬で駆け出したアトスと、剣を構えて突進したサイがまずは先の1体を討ち取った。ドゥッ! と倒れ伏す巨体。下敷きにならない様に素早く身を引き、血糊を払って次へと向かう。
 これは僕も頑張らないと、とディクセルが馬首を巡らせ参戦した。鍛錬だけは怠らないが、実戦はあまり経験がない。良い勉強の機会だと考えているようだ。

「ディクセル卿、そっちに行きました!」
「はい!」
「手伝いましょう」

 エリーシャがスマッシュを放って傷つけ、追い立てたオークに、型通りの剣技で挑むディクセルにサイが助太刀する。実戦経験が少ない、と言う事は技術があっても応用が利き難いという事。案の定、よろめいたオークの予想外の動きに対応出来ずにいた新米騎士が、ありがとうございます、とこんな時にも拘らず丁寧に頭を下げる。
 だがそれ以外の基礎ならしっかり身についている様子。それを目の端で認めたアトスは、さらに気合を込めて目の前のオークに切りかかった。

「ハッ!」
「ブギィッ!」

 わずかに身をかわし、カウンターを試みてくるオークの攻撃を身を捻って避ける。自分で半数以上を討つ位の気合でなければ、殲滅する事は難しいだろう。
 さらに彼を駆り立てる理由は、他にもある。

(負けていられません!)

 アトスの獲物はディクセルと同じノーマルソード。表面上こそ『同じ武器ですね』と穏やかにしていた彼だったが、内では対抗心がメラメラと燃え上がっていた。
 そんな色々の要因で少しずつ、だが次第に劣勢に追い込まれていくオーク。顔からして打たれ強そうではあるが、騎士達の猛攻に加え、ケンイチがムーンアローで遠距離攻撃を仕掛け、ラフィーネがイリュージョンで混乱を誘う。
 堪らず、オーク達はクルリと冒険者達に背を向けた。エリーシャが愛犬に指示して回り込ませるが、必死になったオーク達はそれすらも形振り構わず乗り越える。
 ドタドタドタッ!
 重たげな足音を響かせ、元居た森へと逃げ帰っていくオーク達を、追撃で馬を走らせた冒険者達は森の入り口の手前で足を止めた。

「逃がしましたか」
「半数以上は倒しました。それにあの様子では、しばらくは大丈夫でしょう」
「これ以上はあちらに地の利がありそうですし、ね」

 ギエーリと共に相乗りで追いついてきたサイも頷く。パタパタ飛んできたラフィーネが残念そうに、やっぱりファンタズムを使えば良かった! と唇を尖らせた。それで足止めをするつもりだったのだが、その前にオークが逃げ去ってしまったのだ。
 まぁすでにこの上なく場が混乱していたので、その程度でオーク達も足は止めなかったかも知れない。ならばこのオーク退治は、成功と言っても差し支えはないだろう。





 オーク退治は終わったが、やる事はまだ残っている。むしろギエーリにしてみればこちらの方が本命と言うべきか。
 アルスの母タチアナが不遇の日々を送る町は、村から遠くない。その町に辿り着いた冒険者達は、まずはタチアナを借金で縛る商人の身辺調査から始める事にした。ちなみにエリーシャは立場上おおっぴらに協力する事は出来ず、ディクセルにジュレップ家への助言を預けるに留まっている。
 騎士達が色々、世間話を装って話を聞き込んだ所に寄れば、問題の商人は商売のやり口は特にあくどい訳ではないが、多少財に任せて我を通す所があるらしい。それで過去にもいささかトラブルになった事があるようだ。
 実際、保存食などを買い求めに行ってみても値段はやや高いものの店員も良心的であり、店内も暗い空気が漂っている訳でもない。ただし、主の事を尋ねるとため息を吐いて、悪い人じゃないんですけどね、と言い澱んだ。
 それは旅の楽士と吟遊詩人としてお屋敷の裏口を叩いたケンイチとギエーリも同様で。屋敷に勤める者達は特に虐げられている様子はないが、主人の事を聞かれると同じように言い澱み、さらにタチアナの事に話が及ぶや、深いため息を吐いて「お気の毒ですよね」と口を揃えた。
 つまり話を総合するに、人柄として悪い訳じゃないのだが、気に入ったものはどんな手段を使っても手に入れたくなってしまう、ちょっと困った性格の男性の様だ。とは言え、物品ならばともかくそれが女性ともなればさすがに――と周囲は眉を潜めているが、タチアナを虐げる訳でもなく、愛人と言う立場も妻になる事を拒否した彼女を尊重して、と言う事らしいが。

「普通に最低だよね!」

 お金がないのでギエーリに保存食を分けて貰ったラフィーネが、頬張りながら言い切る。まぁ否定する要素はない。
 何にせよ、タチアナに直接会う事は出来ないものか。翌日も屋敷の周りを調べながら頭を悩ませていた冒険者達は、不意に辺りを伺いながらこちらへと走って来る女性の姿を見つけた。

「あの‥‥ッ、吟遊詩人さん達ですか?」
「そうですが、貴女は」
「私は、この屋敷の者で――タチアナと申します。あの、最近耳にした叙事詩の事で、伺いたくて」

 その言葉にギエーリがぽむと手を打つ。以前、タチアナの耳に入ればと一計を講じ、彼女の息子の不遇を歌う叙事詩を作って広めてていたのだ。それは彼女の居場所が判明した時点で中止していたのだが、すでに耳に届いていた様だ。
 あの歌の子供の事が知りたくて、と柳眉を寄せる儚い美の女性に、ギエーリが進み出る。

「あの詩は僕が創りました。貴女を探していたのです」

 ギエーリとディクセルが説明する。アルスがどんなに母に会いたがっているか。ローゼリットがどんなにアルスを可愛がり、母に会わせてやりたいと願っているか。そして彼女とリディアがどんなに、ジュレップ家が彼女にした仕打ちに怒り、止められなかった己を悔いているのか。
 あぁ、とタチアナは瞳を揺らした。

「お嬢様と奥様が‥‥?」
「リディア様からこれをお預かりしています」

 そう、取り出したのはスイートドロップ。何の変哲もないそれは、だが彼女と彼女の夫の思い出の品だと聞いている。そして、彼女から夫の痕跡の総てを奪い去らんとした老女によって、無残にも奪い取られた品。
 あ、と女性は目を見張り、泣きそうな表情で手を伸ばした。伸ばして、だが鎖に指が触れる直前、キュッ、と手を握り。
 首を、振る。

「‥‥私には、それを受け取る資格がありません」
「ですがこれは、思い出の品ではないのですか? アルスさんとて心配されています」
「今すぐ貴女をここから連れ出す事も出来ますが」
「騙されたのなら尚更です」

 ギエーリの言葉に、アトスやサイも言葉を添える。タチアナの境遇はどう考えても非道なものだ。それを解放するのに、何を遠慮する必要があるだろう?
 だがタチアナはふるふると首を振った。

「私にはもう、あの人の妻と名乗る事は出来ません‥‥あの子の母を名乗る資格も。あの子に、合わせる顔がありません‥‥ッ」

 だから会えません、と悲痛な面持ちで搾り出したタチアナは、クルリと冒険者達に背を向けた。呼び止める暇もなく、屋敷の中へと駆け込んでいく。
 顔を見合わせた。

「資格がない、ですか‥‥」
「愛人にされてしまった事が、彼女の罪の意識を苛んでいるのでしょうか」

 もしくはまた何か、別の理由があるのか。
 だがあの様子では、彼女に再びの面会を漕ぎ付ける事は不可能だろう。そう判断した彼らは已む無く屋敷を後にする。ふと振り返ったその屋敷は、さながら小鳥を捕らえる鳥籠の様にも見えた。