【精霊の花嫁】彼が彼になった理由。

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月23日〜06月28日

リプレイ公開日:2009年07月02日

●オープニング

 その日、王宮勤めの一部隊長エルブレン・ラベルが部下で、元冒険者仲間で、親しい友人でもあるグウェイン・レギンスとその妹の暮らす借家を訪れたのは、随分久し振りの事だった。彼らが冒険者だった頃は互いの依頼の間隙を見つけて遊びに行った事もあるし、妹ティファレナが故郷からウィルに出てきて一緒に暮らす様になったばかりの頃は、彼女を気遣って良く足を運んだりもした。
 だがこの頃はブレンもグウェインも忙しく、ティファレナも冒険者ギルドの受付嬢として粉骨砕身頑張っていたから、めっきり足を向けることも少なくなり。結局王宮周辺に居るので顔を合わせる事はあれど、それ以上の、例えば遊びに行って一緒にご飯を食べて、酒を飲みながら他愛のない事を話し合って夜を明かしたり、と言った事は絶えて久しい。
 なのにブレンがその日、レギンス家を訪れたのはグウェインに頼まれたからだった。

『ブレン、お前、今日ちょっと寄ってかね?』
『それは構わないが、妹さんも居るんじゃないのか?』
『あー、うん、居るんだけど、な‥‥』

 妹を世界の中心の如く溺愛するグウェインにしては何ともハッキリしない態度に、これはまた絶交でもされて取り成しを求めているのか、と考えたブレンは(グウェインは良くそう言う事がある)何か決まりの悪そうな友人に鷹揚に頷き、手土産に美味しそうな酒とつまみを買って友人と2人、久々に肩を並べてレギンス家への道を辿り。
 扉を開け、ガランとした暗い部屋と、テーブルの上に残された一枚の羊皮紙を、発見する。

「ティーッ!? チッ、あれほど家で大人しくしてろっつったのに‥‥ッ!」
「まぁグウェイン、ちょっと落ち着くんだ」
「ヘブッ!?」

 それを見た瞬間、中も読まずに何かを理解したらしいグウェインがクルリと身を翻して駆け出そうとするのを、ひょい、と足を引っ掛けてブレンは引きとめた。背後から上がる盛大な転倒音と、口汚い罵りは風の様に受け流し、落ち着き払って残されていた羊皮紙を取り上げる。
 取り上げて、中を読んで、他に何も書いていないことを裏返したり上下をひっくり返したりして確認し。

「グウェイン‥‥これは、どういう事かな?」
「テメェに、関係は‥‥ッ」
「ああ、勿論言いたくないならそれでも構わないけれども‥‥そうすると私は、妹さんの事を案外愚かで軽はずみな女性だ、と評価を変えざるを得ないんだが」

 歌う様に告げた言葉に、ギリリ、とグウェインが歯軋りする。最愛の妹にそんな評価が付けられる事を、許容出来るような生半可なシスコンレベルではないのだ。
 それを確認し、ブレンはもう一度羊皮紙に視線を落とす――そこには確かにティファレナの筆跡で、こう書いてある。

『やはり、私はリハンに戻ってサーフの事を確かめてきます。』

 つまりそれは紛れもなく、ティファレナ・レギンスの書置きだった。





 始まりは、冒険者ギルドに2つの依頼が持ち込まれた事だ。ウィル北方、リハン領の交易都市の一つ、サーフ。その町の住人がおかしいと、サーフ出身の少女とサーフで興行をしていた旅芸人一座から調査依頼が来たのだ。
 冒険者ギルドはその依頼を受け付け、依頼を受けた冒険者達はサーフへと向かい。そこで判った事実は、サーフで精霊の声を聞くと信仰を集める青年が、今までに幾度か血を呼び、混沌を招いたカオスの魔物であり、サーフの住人はすべからくその魔物に魅了されている、と言う事実。住人だけではない、どうやら町を訪れる旅人達の中からも、旅芸人一座の娘の様に魅了され、町に留まるものが出ている。
 さらに、カオスの魔物を守るように冒険者に剣を向けた青年の存在。『こっちにも人質が居るんで』と言った彼は、真剣に、死合うつもりでカオスの魔物を庇い、冒険者達に対峙した。
 その報告は勿論、依頼から帰還した冒険者達、そして同行した記録係によってギルドへも伝えられた。それは当然ながら、受付嬢であるティファレナも知る所となり。

「それでティーのヤツがリハンに戻って、サーフに居たって青年剣士の事を確かめてくる、って言い出したんだよ」

 魔物に魅了され、占拠された町にあえて近付くなど、正気の沙汰とは思えない。当然そう言って止めた兄に、だが妹は首を振り。それはたちまち、滅多にない口論へと発展し。
 最後に、ティファレナは泣きながら叫んだ――「お兄ちゃんには判らないッ!」。小さな子供のようにそう叫ばれて、もう何も言えなくなったグウェインは、けれど妹を止める最後の手段としてブレンを家に呼んだのだ――遅かったが。
 ふぅん、とブレンは羊皮紙と、イライラした表情で語るグウェインを見比べる。結構卑怯な脅しで一旦は引き止めたものの、叶うなら今すぐにでも飛び出して行きたい、と考えているのが良く判る。

「お前の出身はサーフじゃなかったと思ったけれど、違ったのかな? それともその、青年剣士、とやらに心当たりがあるのかな」
「‥‥‥‥‥」
「まぁ、どちらでも良いけれど。確かに、今のサーフに近付くのは危険だね」
「‥‥サーフには行かねぇ。ティーが行くんなら、サーフの近くにあるドムル村だ」
「ドムル村?」
「ダチが住んでて、チビの頃から俺もティーもしょっちゅう遊びに行ってた‥‥多分そこの、ダチんトコに行ったんだろ」

 唇をへの字に曲げたグウェインに、それはつまり『青年剣士』の正体に心当たりがあると告白してるも同じなんだが、と溜息を吐いたブレンはグウェインに厳命する。

「とにかく、お前まで不用意に動くんじゃないよ。サーフに行っていないのなら、何事もなく帰ってくる可能性もある。待機して現状を見極めた上で行動するよう、冒険者時代からお前には口酸っぱく言って聞かせたと思うけれど」
「‥‥ッ、でもブレン‥‥ッ!」
「グウェイン‥‥冒険者を引退してもう7年になる私が、軽く出した足につまずくようなお前が単身、リハンに乗り込んで行って何が出来ると? 何か出来るつもりで居るのなら、それは思い上がりだ。少々、反省すべきだよ」

 いつに無い友人の厳しい言葉に、納得したわけではなかったが、ギリリ、とグウェインは唇を噛み締めて頷いた。納得は出来ないけれど、正しい事を言われているのは判る。その程度の判断力は、残っている。
 そうして、一週間の待機を命じたエルブレン・ラベルは。

「‥‥とは言え、先に依頼は出しておくべき、かな」

 本当にティファレナが戻らなかった場合、そこから人を手配しているのでは後手に回りすぎる、と判断した彼は、グウェインには黙って冒険者ギルドへと足を向けたのだった。





 その日の朝も、目覚めは最悪だった。理由は簡単、目の前に大嫌いな顔があったからだ。

「目覚めはどうかな?」
「おかげさまで、絶好調にあなたが殺したくって仕方ありませんよ。あぁもう、マジ殺して良いですか?」
「出来るものならね‥‥お前の小さな友人が、お前を訪ねに行った様だよ?」
「は? 俺に友人なんて居ませんよ。居るとしたらおせっかいな昔馴染が2人程ですが」

 だが、そう言いながら彼は、憎い魔物に願い出る。

「あなたが叶えてくれる俺の望みを、邪魔しに来たなら殺しに行きたいんですけど?」
「なら配下もつけてやろうか――私は楽しければそれで良いのだよ。後はお前の理由だ」

 そう言いながら白い石を閃かせた魔物に顔を顰め、青年剣士は傍らの大剣を引き寄せた。

●今回の参加者

 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea5513 アリシア・ルクレチア(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea9494 ジュディ・フローライト(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

「さてグウェインさん、話して貰うわよ」

 リハン領、ドムル村。そこへ向かう空飛ぶ絨毯の上で、加藤瑠璃(eb4288)は宣言した。絨毯上に居るのは彼女とジュディ・フローライト(ea9494)、アリシア・ルクレチア(ea5513)、そして3人から注視を受けるグウェインのみ。アリシアは先ほどまで夫オルステッド・ブライオン(ea2449)の馬に相乗りしていたが、今はこちらに移っている。

「グウェインさん達の幼馴染って、サーフで魔物と一緒に居たあの青年剣士なの?」
「あのブレンさんにも言えない事情のようですけれど、こうなった以上それで済まないのは判りますわよね?」
「お名前や、どういった方なのか‥‥あの方が仰られていた人質の、お心当たりも伺いたいのですが」

 向けられる言葉は異なれど聞かれている内容は同じ。それに、グウェインは口をへの字に曲げそっぽを向く。
 グキ、と瑠璃がその顔を強引に向き直らせた。

「グ・ウェ・イ・ン・さ・ん!」
「俺だってその青年剣士とやらに会った訳じゃねぇんだ、本人かどうかなんて知らねぇよ」

 だからその可能性を話せ、と言っている訳であって。瑠璃が良い笑顔で顔を掴んだ手にギリギリと力を込める。
 グウェインさん、とアリシアが真剣な眼差しを向ける。

「ティファレナさんの安全には、代えられないでしょう?」
「ともあれ、ティファレナ様を無事に連れ帰らねばなりません」
「それは‥‥ッ!」

 判っていても、感情が追いつかない。そんな様子で怒鳴りかけたグウェインは、だがどう言えば良いのか判らない様にまた黙り込んだ。
 しばしの、沈黙。そして。

「――イザヤ」

 ポツリ、呟いた言葉にグウェインの肩の鷹が小さく鳴く。その背を撫でながら、言葉を続ける。

「イザヤ・ハルスタット。昔――ガキだった頃の、幼馴染だ」

 もうずっと会ってない幼馴染。だが報告書を見たティファレナは、絶対イザヤだと主張した。主張し、確かめに行くと言い、止めたグウェインと喧嘩になった。
 お兄ちゃんには判らない。その言葉は正しい。今の妹ならともかく、彼を「お兄ちゃん」と呼んでいた頃の妹の事は、今思い返しても何一つ判らない。
 瑠璃が確認した。

「会ってないって、ウィルに出てきたからって事?」
「違ぇよ。あいつは家出したんだ、俺が冒険者になる前にな。今は姉貴のレイナだけが居る筈だぜ」
「ご両親は‥‥?」
「居ねぇ」

 だがレイナが彼に対して人質となり得るかは疑問だ、という。当時のハルスタット姉弟の仲は悪く、イザヤの性格では時間が経った位で変わると思えない、と。
 首を振り、むっつりと片膝を抱えたグウェインの言葉に、女性3人は顔を見合わせた。幼馴染ですら見当のつかない『人質』の為に動いている青年剣士、イザヤ。或いはそれは家族ではなく、その後に出来た『誰か』なのか。
 それを確かめるにはどうやら、青年剣士を探し出して直接問い質す他なさそうだ。





 ドムル村は交易都市サーフの近隣の、隊商らが好んで逗留する宿泊地である。故に村と言っても広さはちょっとした町位あり、そこを歩く人々の多くは住人ではなく、宿泊客だ。
 そのドムル村を冒険者達が訪れた時、表面上は村の人々に変化はなかった。だが話がティファレナや、彼女が訪ねたであろうレイナの事になると首を振って口を噤む。

「何かあったそうです」

 だから冒険者にそう話してくれたのは、村に逗留していた隊商の1人だ。

「我々も詳しい事は知りませんが、あの辺りには近付かないでくれ、と。そう、確かに1人のお嬢さんが訪ねた後ですよ」

 特徴を聞けばそれは紛れもなくティファレナ・レギンスそのもの。それを聞いた瞬間、グウェインが身も蓋もなくそちらに駆け出そうとしたのを全力で止める。
 具体的に何があったのかは隊商達には知らされていない。だが村人の様子と、ハルスタット家周辺に近付くな、という警告は尋常でない。
 礼を言い、見送った男の後姿と村の様子を眺めて、どうやら魅了されている訳ではないようだ、とオルステッドが一先ずは安堵の息を吐く。村人は明らかに何かがあった事を認識しており、だが理由があってそれを余所者には隠匿しているのだ。
 だが、じゃあ何があった?

「ティーがレイナんトコに居るなら連れ戻すだけだせ。イザヤの野郎が何企んでようと俺は知らねぇ」
「ええ、ティファレナさんが大事なのは良く判りますとも」

 無責任に言い放つグウェインに、アリシアがため息を吐く。妹を世界の中心の如く溺愛するグウェインが、まずは妹の安全を確保したいと願うのは当たり前かもしれない。
 だが、本当にそれだけだろうか。幾ら妹が可愛いと言っても、冷静さを欠いていると言っても、常ならば彼はこんな突き放した言い方はせず、彼女を救い出すと同時に村をも救う手立てを考えるのではないか――?
 頑な、という言葉が過ぎる。だがそれを彼にぶつけて良いものか、迷うジュディよりも先に、声をかけてきた者が居た。

「貴様、グウェインか?」
「ぁ‥‥?」
「‥‥グウェイン様、お知り合いですか?」
「この悪童どもッ! イザヤと一緒になって今度は何をするつもりじゃ!?」
「うるせぇクソ爺ッ! イザヤのボケが何やらかした!」
「グウェイン様! ティファレナ様が心配なのは判りますけど‥‥」
「そうよ、やり過ぎよ!」

 いきなり老人の胸倉を掴んだ男を、慌ててジュディと瑠璃が制止した。形振り構っている余裕がないのは判るが、これじゃこっちが悪者だ。
 だがグウェインは剣呑な表情で老人を睨みつけたまま。そして老人は、信じられないものを聞いた、と言う様にギョッと目を見開き。

「お嬢さん方‥‥そりゃ、この悪童に言うたんかの?」
「そうよ?」

 首を傾げた老人に、瑠璃も首を傾げた。グウェインのシスコンは一部ではかなり有名だ。妹の為にあらぬ疑いをかけた男に挑みかかる事数知れず。それ故に妹の怒りを買って絶交される事、また数知れず。
 しかし老人はその言葉を聞くと、ますます不思議そうに――否、不気味そうに男を見上げた。その瞳を直訳するならこうだ。誰コレ。
 胸倉を掴み上げる男の手が緩んだ隙にパッと逃れ、警戒するように冒険者達を見回して。

「‥‥2人はイザヤに捕まっとる」
「無事なの?」
「恐らく、な。レイナにはともかく、ファナに手を上げるほど腐っては居らんじゃろ」

 ティファレナがレイナを訪ねた直後、突然村に帰ってきたイザヤは抜き身の剣を手に自宅に押し込み、2人を拉致した。その後、食料を届ける他は誰1人近付く事を許さず、立て篭もっているのだと言う。
 チッ、とグウェインが舌打ちをしたのに、老人もまた忌々しそうにグウェインを睨んで「いい加減悪さは卒業せんか」と小言を垂れた。村人達の様子、どこか深刻にはなりきらず、隊商にも近付かないよう頼むだけの理由はつまり、コレが悪質な悪戯だと思っているからか。
 オルステッドが半眼でグウェインを見た。

「‥‥グウェインさんよ、何をやったんだ‥‥?」
「誰にでも過去の過ちはあんだよ!」

 男は逆切れした。それに、冒険者達はなんだかどっと疲れた息を吐いた。





 レイナ・ハルスタットが暮らす家は、村の中程にある。幸い交通の要所とかではないので人々の暮らしに大きな影響はなく、ついでに現在そこに立て篭もる相手を良く知っている事もあり、村人の大半は久々に帰ってきたと思ったらまた、と眉を顰めつつも、まだこれが深刻な事態だとは気付いていない。
 だが――

「‥‥石の中の蝶が羽ばたいている、と言う事は‥‥」
「カオスの魔物が居るわけね」

 遠巻きに見つめるその家は、窓板が総て下ろされていて中を窺う事は出来ない。だが瑠璃とオルステッドの持つ石の中の蝶は羽が千切れんばかりに羽ばたいており、それだけでもはっきりと異常事態だった。
 チッ、と舌打ちして無造作に向かおうとする男を、ジュディが引っ張って止める。此処に来るまでに何度も同じようなやり取りが繰り返され、その度に止まる位の理性は残っている様なのだが、だんだんそれも怪しくなってきた。
 オルステッドが重々しく釘を刺す。

「‥‥グウェインさん、貴方も元冒険者なら、万が一の場合は色々と覚悟しておいてもらおう‥‥」
「ん、まかせとけ。万が一の時はイザヤの野郎、生きてたのを後悔する位ぶちのめす」

 して欲しいのはそういう覚悟ではない。
 家屋の侵入と囚われている2人の安全確保の手順を打ち合わせ、まずはジュディが全員にレジストデビルをかける。さらに瑠璃がオーラマックスで戦闘力を底上げし、武器を確認する夫の背後でスクロールを用意するアリシア。
 この状態のグウェインを特攻させる訳にも行かず、まずは瑠璃とオルステッドが行く。都合良く他の侵入経路があるはずもなく玄関から。
 そっと扉を押し、鍵が掛かっていない事を確認。不意打ちに気をつけながらそのままそっと押し開く。しばらく待ち、魔物が飛び出してこない事を確認して一歩、中へ踏み入った。
 この地方独特の造りなのか、玄関を入るとまず土などを落とす小部屋があって、その次の扉が直接居間へと繋がっている。2階等もなく、後は奥の台所と、かつて両親と子供達が使っていた寝室が1つずつ、らしい。
 ならばこの扉の先が、本番だ。ゴクリ、と喉を鳴らし、慎重に扉を押し開いて。

「‥‥ッ、居たわねッ!」

 悠然とダイニングテーブルに腰掛ける青年の姿に、瑠璃は瞬間息を呑んだ。傍らに立つのはティファレナ。飛び込んできた冒険者達を見て、ハッと目を見開く。
 もう1人居るはずのこの家の住人、レイナらしき女性の姿はない。それに気付いて顔色を変えたジュディに、青年はまるで既知の相手にでも出会ったように、よぅ、と手を上げた。暴走しないようしっかりと服の端を握られている幼馴染の姿を見つけ、ニヤリと笑う。

「は? グウェイン、相変わらず女侍らせて楽しんじゃってる訳?」
「わ、私とグウェイン様はそういう関係では‥‥ッ! そ、それよりレイナ様はご無事なのですか?」
「ご無事だね、忌々しい事に。顔も見たくないから隣の部屋に押し込んでるけどさ。ああ、もう、マジ死んでてくれりゃオレも楽だったのにさ」

 今から殺すか、と物騒な事を笑顔で言う男は、前回顔を合わせた印象もそうだったが、どこか人としてあるべき姿から外れているようにも思える。それは彼がカオスの魔物と共に居てその影響を受けているからか、或いは生来の性格なのか。
 イザヤお兄ちゃん、とティファレナが呼ぶ。それにほんの少しだけ肩を震わせたのは、錯覚だったかも知れない。何故なら青年剣士は大剣をスラリと抜き放ち、躊躇いなく彼女に切っ先を突きつけたから。
 瑠璃が咄嗟に機転を利かし、グウェインに足払いを仕掛けた。ドゴッ! とかなり派手な音を立て、男が顔面から床に激突する。それがなければ今頃彼は、イザヤに切りかかっていた事だろう。
 ひょい、とイザヤが肩をすくめた。その仕草に、僅かにティファレナの喉元から鮮血が流れ落ち、胸元に滴って紅いシミを作る。いつその場に現れたのか、カオスの魔物が涎を垂らしながらそれを見た。
 嘆息。

「ったく、あの人は相変わらず殺したくなる事しかしねぇな。お前の相手はあっちの冒険者だっての。誰彼構わずサカってんじゃねぇよ」
「前と同じようには行かないわよッ!」
「グギィィッ!」

 瑠璃が迷いなくドヴェルグアックスを振り下ろした。イザヤに顎をしゃくられたカオスの魔物が、咆哮を上げながら彼女に向かってくるのを、間髪いれず叩き切る。さらにアリシアがマグナブローで攻撃し、追い討ちをかけ。
 ひゅぅ、と口笛。いつしか大剣はティファレナから離れ、冒険者の方を向いている。まだ息のあるカオスの魔物に、その剣が止めを刺す。

「何、死にたい訳?」
「‥‥グウェインさんよ、あの剣士、殺してしまって構わんのだろう‥‥?」
「止めを刺すのは俺だけどな」

 いかにも面倒臭そうに言った青年剣士の前に立ち、そう言ったオルステッドにグウェインが釘を刺した。ティファレナに傷をつけた時点で、彼の中でイザヤの死刑は確定している。
 瑠璃と、アリシアがそれに加わった。その間もイザヤの余裕は揺らがない。油断、ではない。いつ斬りかかられてもそれを捌ききる自信があるからこその余裕、だ。
 ジュディがテレパシーリングに祈りを込める。人質、と彼は言った。彼がこの暴挙に出ている理由がそれだとすれば――助けたいのだ、と。何か自分達に出来る事はないかと、訴えかける彼女に返される言葉は、なく。

「エイミが生き返るって本気で信じてるのッ!?」

 結果としてジュディに答えたのは、ティファレナの絶叫だった。

「エイミは死んだのにッ! みんなでエイミを一緒に埋葬したじゃない‥‥ッ」
「うるさいよファナ。邪魔するんなら、お前もコイツラも全部殺すよ?」

 面倒臭そうに青年剣士は幼馴染を振り返った。エイミを生き返らせるまで、魔物に従う。カオスの魔物との、それが取引。エイミを生き返らせる代わりに、何でも言う事を聞くとあの魔物に忠誠を誓った。

「ファナが邪魔するんなら殺そうと思ったけど、もう良いや。冒険者はどうする? 死にたい?」
「‥‥それはこちらのセリフだ‥‥ッ」

 挑発を受け、オルステッドが一歩踏み込んだ。薙ぎ払う、その軌跡をイザヤは読んでいる。ひらりと避け、避けたかと思うとその足でこちらに向かって飛んできた。無造作に大剣を跳ね上げる、その速度は速い。油断していた訳でもないオルステッドの聖なる御手の剣とリリスの短刀を一気に受け止め、強引に振り切り、跳ね飛ばした。
 まともな人間の膂力ではない。思わずそう呟いたアリシアに、そうかもな、とイザヤは興味なさそうに頷き、手近な窓板を殴り飛ばした。ひょい、と一足飛びに飛び越え、姿を消す。

「殺すのも面倒だから帰るわ。じゃあな」

 そんな、勝手な言い分だけを残して。





 レイナはイザヤの言った通り、隣室にカオスの魔物と共に閉じ込められていた。命令されているのかレイナに手を出しては居らず、押し入ってきた冒険者に牙を向こうとした所を叩きのめされた。
 ティファレナの傷は瑠璃が渡した河童膏で綺麗に塞がり、そこでようやくグウェインも冷静になって、彼が暴走しないか冷や冷やしていたジュディを安堵させ。それを知った妹がいつもの様に兄を叱り飛ばし。

「ねぇ、それ本当にあの、馬鹿でクズでどうしようもなくていつもイザヤとつるんでエイミとファナを苛めてたグウェイン?」
「‥‥グウェインさんよ、本当に昔、何をやったんだ‥‥?」

 呆然とその光景を見ていたレイナの呟きに、再びオルステッドが半眼になったのだが、今度は返ってくる言葉はなかった。何故なら彼は、自身を叱り飛ばす妹を抱擁するのに忙しかったので。
 エイミ・ハルスタットの過去が語られるのは、だからまだもう少しだけ先のことである。