見習い冒険者、花嫁を祝福する‥‥?

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:14人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月28日〜06月28日

リプレイ公開日:2009年07月10日

●オープニング

 世界でたった一人の誰かを守れるのなら、この命は惜しくなかった、と思う。





 ウィルの町にはここしばらく、そわそわしたような、くすぐったいような、なんだか落ち着かない空気が流れている。それはこの春頃から密やかに、だが確かな存在感で持ってそこに在り。
 6月に結婚した花嫁は、幸せになれる。
 そんな天界やジ・アースからやってきたまことしやかな噂は、由来は良く判らないが、幸せを求める恋人達にとっては「せっかくだからあやかってみても良いかな?」という具合に、少しずつ浸透していって。さらにウィルの町のあちこちで見られる冒険者や、天界文化を好む貴族達もそれにあやかってそわそわし出すとなれば、それを目の当たりにした庶民も平静な気持ちではいられない。
 だがその日、ウィルの下町で何でも屋を営む青年シルレイン・タクハが難しい顔で歩きながら、時々顔を赤くしたり、ブンブン頭を振ってみたり、さらに到底彼には似つかわしくないファンシーな店先で睨みつけるように品々を物色して店員を怯えさせていたのは、何もその『6月の花嫁』にあやかって自分もちょっと、などと可愛らしい事を考えていた訳ではなかった。いや、シルレインの奇行の理由は間違いなくそこにあったのだが、それは自分の為ではなく。

「ダアアァァッ、どうすれば良いんだよっ!」

 突然叫んだ青年に、はっきり怯えの表情を浮かべて店員が奥に駆け込んだが、シルレインは気付かずグシャグシャ頭をかき回した。かき回して、チックショー、と毒づいてしゃがみ込む。
 ちら、とまた店先を見て、ブンブン首を振って、だがまたチラッと見て、『ないない』と呟きながら首を振って――

「シルレイン君、お久し振りだね♪」

 そんな空気をあっさり打ち壊した、少女の言葉に「は?」とシルレインはグシャグシャの頭のままで顔を上げた。丁度、声をかけてきた少女もそこで初めてシルレインの様子に気付いたらしく、およ、と固まって。
 見つめあう事、数秒。

「お邪魔だった?」
「邪魔ってなんすかッ!? オレは別にやましい事は一切‥‥ッ」

 ひょいと首を傾げたその少女・彩鈴かえでの言葉に慌てて真っ赤になりながら全力で否定する、シルレインの態度の方が普通に怪しさ満点だった。なるほど、やましい事を考えてたのか、とかえでは心の中のメモ帳に書き込んでおく。
 それはともかく。

「そ、それで、かえで姐さんはこんなトコで何してたんすか?」
「ちょーっと、ここのお店に良いモノが売ってるって聞いたから見に来たんだよ♪ それで、シルレイン君はこんな所で何を遊んでたのかな?」
「遊んで‥‥って、別に遊んでないッすよ。オレは、その‥‥‥‥‥け、けっこんいわい? ってどんなもん、贈ったら良いのかとか、その‥‥‥‥」

 真っ赤になってしどろもどろに説明する青年は、一応見た目的にも実年齢的にもかえでよりは年上だ。だがかえでは精神年齢はあたしの方が上だね、と思っているし、シルレインは冒険者街に住んでいる少女の事を素直に尊敬の眼差しで見ていたので、天界女子高生に敬語を使う何でも屋、という図が出来上がっている。
 かえでは弟でも見るような眼差しをシルレインに注いだ。勿論、けっこんいわい、という言葉も聞き逃しはしない。そこを聞き逃すようでは、彩鈴かえでではない。
 ここでもお砂糖がッ! と拳を握る女子高生だ。

「じゃあ一緒に選んであげるよ! シルレイン君、渡すのは結婚式でかな? それとももう新婚生活が始まってるのかな」
「さぁ、どうなんすかね‥‥オレ、そういうのは聞いてなくて」
「ん? 下町のお仲間さんじゃないの?」
「や、違うッす。そうじゃなくって‥‥冒険者で結婚する人が多いって聞いたんで。こうゆうのは知り合いとかそうじゃないと関係なく、知ったらパァッと祝うのがオレらの流儀なんで‥‥」

 そうして、またちょっと顔を赤くしてシルレインが告げた言葉に、はへ、と口を開けたまま女子高生は真っ赤になった青年の顔を見上げた。だがふと何かを思いついたようで、ニヤリ、と笑う。
 ねぇシルレイン君、と呼びかけた声は猫撫で声と表現した方が良い様なもので。

「確かにもうすぐ結婚する冒険者は多いみたいだけど、全員に渡しにいくのかな?」
「へ? もちろんッす」
「じゃあ当然、『憧れの姐さん』にも渡しにいくんだね?」
「そっ、それは‥‥ッ、もちろんッすよ! そのッ、こ、今度結婚するって聞いたし、オレ、字を教えてもらったりとかマジ世話んなってるしッ! こーゆー義理は欠かせねぇし、その‥‥‥‥ッ」
「そっかそっか。シルレイン君は義理堅いねぇ」

 うんうん、とニヤニヤ笑いながらかえでは頷いた。その笑顔にウグッ、と喉に言葉を詰まらせた青年を興味深く眺めやる。
 そうして天界女子高生は、明らかに何かたくらんでいるニンマリ笑顔でシルレインの肩をポンポンと叩いた。

「じゃあ、あたしも手伝ってあげるよ♪ そうそう、シルレイン君、特にお世話になった花嫁さんにはお祝いを兼ねて花婿さんの前でほっぺにチューするのが天界流だからね!」
「はいッ!? 天界流って、姐さん、マジッすか‥‥?」
「大マジだよ! シルレイン君、ファイトだよッ!」

 ここぞとばかりに真剣な表情を作って激励したかえでに、そうなのか、と素直に信じた青年がまた顔を真っ赤にしたのは‥‥さて、誰の事を考えていたものやら。





 その様子の一部始終を、物陰から見ていた男達が居る。

「おい、シル坊、やれると思うか?」
「どうだろな‥‥あのお嬢が良い感じに炊きつけてはくれたみてぇだが」
「つーか、男なら惚れた女は攫って来いっての」
「ないない。シル坊にそんな根性あったら『憧れ』止まりで満足してねぇって」
「まぁ‥‥冒険者とガチ勝負でシル坊に勝ち目があるかって言われりゃ‥‥」
「ねぇな」
「うん、ねぇわ」
「じゃあ賭けっか! シル坊がボコにされるに50c!」
「意外と脈ありに30cだ!」
「いくぜ大穴! 嫁さん掻っ攫ってくるに75c!」

 ‥‥‥‥下町からシルレインのことが心配でこっそり賭けから見守りながらついてきた仲間達も、なぜかやる気になったようだった。

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ アルヴィス・スヴィバル(ea2804)/ ジュディ・フローライト(ea9494)/ ヴァイナ・レヴミール(eb0826)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ リール・アルシャス(eb4402)/ 華岡 紅子(eb4412)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ ラマーデ・エムイ(ec1984)/ レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)/ モディリヤーノ・アルシャス(ec6278

●リプレイ本文

 さて、その日。明朗快晴、暑くもなく寒くもなく、絶好のお祝い日和。心なしか道を行き交う人も足元が弾んでいるように見え。

「聞いたわよー、シルレインくん! 天界の結婚シーズンに合わせて、贈り物持ってニナちゃんにプロポーズしに行くんですって!?」
「は‥‥いぃぃぃッ!?」

 そんな中、バビュンと走ってきたラマーデ・エムイ(ec1984)の、開口一番の爆弾発言に、言われた下町の何でも屋シルレイン・タクハは盛大に悲鳴を上げた。グシャ、と手に持っていた箱が地面に落ちる。
 あ、と2人の視線が落ちた箱に注がれた。えっと、と首を傾げ。

「‥‥もしかしてお祝いー?」
「ッす。うぁッ、かえで姐さんにどやされる‥‥ッ」

 真っ青になった青年の言葉に、そうかしらー、と天界人の少女の姿を思い浮かべたラマーデだ。当人が聞いたら、心外だと怒り出すんじゃなかろうか。
 ふむ、と腕を組む。

「じゃあお姉さんが手伝ってあげるわよ☆ 経験上、結婚の贈り物って『記念になる飾り物』『生活に使える物』『一発ネタ』に大別できるけど。どれにするー?」
「‥‥オレ、もう金ないッす」
「じゃあ一発ネタねー」
「あの、そう言うのもオレ苦手なんすけど‥‥」
「何とかなるわよー。あたしは式の様子を絵に描こうかなー☆」

 どんな構図が良いかしらー? と頭の中にキャンバスを広げ始めたラマーデの耳には、シルレインの『ネタって何すればッ!?』という悲痛な叫びは届いてない。今しがた残念な事になった箱の存在も、なかった事になっている。
 せっかくのお祝い日和、後ろを振り返ってはいけない。





 会場は当然ながら下町の、その中では小奇麗な界隈の広場だった。手当たり次第にテーブルやら椅子やらを持ち寄って、足りない分はそこらの店から借り受けて。
 祝い事に、けち臭い事を言ってるようじゃ度量が知れる。それが下町の常識だから、誰もが快くテーブルやら椅子やらクロス代わりの布やら、本日の花嫁の控え室や、パーティー料理の調理場から食材に至るまで太っ腹に提供した。太っ腹に、というだけでタダではないが、ちゃんとシルレイン達の懐具合を弁えた値段設定だ。
 用意された食は最高級品と言う訳ではないが、庶民に手に入る中では上等の部類に入るバターやら肉やら、少量だが砂糖まで用意してあるのを見て、思わずアシュレー・ウォルサム(ea0244)が唸ったのは、だからそういう理由だ。冒険者とは比べ物にならないほどささやかな収入で暮らす下町の住人に、マトモな値段で用意できるものではない。

「これは腕によりをかけないと、ね」

 元より結婚パーティーに饗する料理に手を抜く気など毛頭ないが、用意された食材に込められた気合を見れば、調理する側も相応の礼儀を持って応えねばなるまい。アシュレーの目がキランと光った。
 現在、花嫁ら女性陣は控え室として提供された家で着替え中。なら今のうちに仕込んでしまおう、と下町有志(含む奥様方)と食材を前にメニューを考える一方で、会場の広場ではフルーレ・フルフラット(eb1182)やモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)が下町の男達とセッティングに勤しんでいた。

「これだけバラバラだとむしろ、味が出て良いかも知れないッス」
「高さが合うものだけテーブルをあわせて大きなものを置けるようすれば良いかな」

 場所も場所なので、必然的に皆で着席して――というよりは所々に休息用の椅子を置いた、立食パーティー形式になる。もちろん主役達の席はちゃんと用意。新郎新婦と言うのは結婚式当日は、ただそこに座って祝われるものだ。そうでないと体力保たない、いやマジで。
 キョロキョロと、飾り付けの花を手に歩き回っていたモディリヤーノの何か探すような仕草に、カコン、と椅子(足が磨り減って少しグラグラするがご愛嬌だ)を置いたフルーレが首を傾げた。

「どうかしたッスか?」
「うん――姉上が花びらを降らせたい、って言っていたんだけど」

 その姉リール・アルシャス(eb4402)は到着したラマーデと共に会場デザインなどを頭をひねって考えている最中だが、どうにも下町有志で用意した飾り付けの花だけではそこまで足りない。だが今から用意するとなると、と頭をひねったモディリヤーノは、ふと思いついてフルーレに断りを入れ、教会へと足を向けた。
 聖堂には入らず、庭の方へ。そこは今、彼自身も植えつけたり手入れを手伝った花々が、可憐に咲き誇って居る。その庭の片隅に陣取り、麦藁帽子を被って花壇の手入れに勤しむ庭師を見つけ、ホッ、とモディリヤーノは声をかけた。

「シーズ殿、お久しぶり!」

 その声に振り返った庭師の青年シーズは、顔見知りの冒険者の姿に「ああ」とわき芽をむしる手を止める。冒険者のお陰(?)で無事再就職を果たしたシーズは、今はそちらのお屋敷の庭と、時間が空いた時には教会の庭の手入れも少しだけ行っている。
 モディリヤーノが見事に咲き誇った庭の花々に目を細める。それから、無愛想に「今日はどうした」と尋ねてくる庭師に尋ねる。

「実は、今日は仲間の結婚式なんだ。それで姉上が花びらを降らせたいと言うので、シーズ殿に花の手に入り易い場所を伺えればと思って」
「それなら‥‥」
「結婚式ですか! それはおめでたい事です!」

 シーズが何か答える前に、たまたま通りがかったシスターがニュッと顔を出した。その登場に、流石に双方ビクゥッと身を引いたが、当人だけが気付かないまま、こちらの教会でも何組か挙げさせて頂きました! と胸を張る。話題に混ざりたかったらしい。
 それだけ言い、それでは! と手を振って去っていくシスターを見送って、何もなかった様にシーズはモディリヤーノを振り返った。

「‥‥それなら、うちの庭に幾らか咲いてるのと、後は‥‥」
「あ、成程。あちらにも咲いている花があったね。でも、勝手に取ってしまって怒られないかな?」
「大丈夫だ」

 こっくりと頷いたシーズの言葉に、ありがとう、とモディリヤーノは丁寧に礼を言い、言われたシーズは気にする事はないと無愛想に首を振る。
 同じような事を、華岡紅子(eb4412)も考えていた。花を売っている市場を回り、多少形が悪く値がつき難いものを、フラワーシャワーなら大丈夫だろうと集めて回る。シャリーア・フォルテライズ(eb4248)からも資金を預かり、当然買うつもりだったが、結婚式でと事情を聞いた市場の主は、お祝い事に金は取れませんや、と全部タダにしてくれた。シルレインが幹事で、と言う触れ込みも良かったのかもしれない。
 まとまれば結構な重量になる花を、持つのはもちろん紅子ではなく。

「大丈夫かしら、滝さん?」
「ま、これくらいは、な」

 両手一杯に生花を抱える滝日向が肩をすくめて応える。彼にしてもこの結婚式は、無関係ではない。何しろ主役の1人は彼が妹と思うレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)。ついにこの日が、と感慨もひとしおだ。式が始まったら娘を送り出す父親の如く泣き出すんじゃないかしら、とこっそり紅子は思っている。
 彼女の指には先日、日向から贈られた指輪。風鈴草を象ったそれは大切な宝物だ。今日は純粋に、友人2人を祝福する為に来たけれど、いつかは――

「さ、急いで行ってレインちゃん達を飛びっきり綺麗にしなくっちゃね」

 指輪から視線を放し、にっこり微笑んで日向を見上げた紅子に、若干複雑そうに、だがそれを口に出すことはなく、日向は「そうだな」と頷いた。娘を嫁に出す、父親の心中は実に複雑なのだった。





 シルレイン・タクハは悩んでいた。最近の悩みと言えば昔の悪い仲間にちょっとアレな幼馴染が殆どだったのだが、久々にそんな事も頭からすっこ抜け、真剣に頭を抱えていた。
 あっちこっち走り回り、究極のお砂糖イベントに全力を注ぐ彩鈴かえでが、その様子に首を傾げる。

「およ? シルレイン君、一緒に選んだプレゼントは?」
「か、かえで姐さん‥‥実は‥‥」

 赫々然々とプレゼントを紛失(?)した事情を話すと、あまりにあまりな出来事に、さしもの天界女子高生も咄嗟に二の句が継げないようだった。いっそ感心する。何でそこまでお約束な展開になるんだろう。
 ええと、と視線を巡らせて。

「だ、大丈夫だよッ! レインちゃんをお祝いする気持ちがあれば、後は突撃するのみッ!」
「こら、かえで殿」

 グッ、と両の拳を握り締めて力説した女子高生の頭を、コツン、と後ろから小突いたシャリーアは意識して怖そうなしかめっ面を作り、かえでを睨んだ。あはは、と振り返った少女は気まずそうに目を逸らす。
 だが、向こうからシャリーアの方を見ているエルフの騎士の姿を見つけ、またにんまりほくそ笑んだ。

「おおッ、シャリーアさんもアレックスさんと結婚式するのかな?」
「ま‥‥まあそれは、アレックスの都合を見て‥‥じゃなくて。かえで殿、そうシルレイン殿を囃し立てるのはどうかと思うが‥‥」
「うう、お砂糖を見るとつい反応しちゃうんだよ‥‥」

 顔馴染みの冒険者に怒られて、ちょっとだけ目を泳がせる女子高生だ。まぁ、シルレインが実にからかいやすい、と言う理由もあるが。
 とは言え、とシャリーアはシルレインに向き直る。かえでには後でゆっくりお説教をしておこう。

「シルレイン殿が気持ちを伝えるのなら、式の前が最後の機会だろう。無理に、とは勧めないが」
「へ? や、その、オレ、マジにレイン姐さんはそんな、すっげー世話になってるし、あああ憧れって言うか、大体姐さんには恋人がいてそう言うのは迷惑で‥‥」
「‥‥かえで殿、アレで隠してるつもりになってるシルレイン殿を思わず微笑ましく思ってしまうのは私だけか?」
「シャリーアさんとこはオープンだからねぇ」

 シャリーアの言葉に真っ赤になってあたふた言い始めた青年を、思わず生暖かく見守る体勢になってしまった2人だ。
 今時では珍しいこういう反応を、思わず応援したくなったかえでの気持ちも判らないではないが。

「レイン殿が相手ではな‥‥」
「ま、当たって砕け散るのも経験ではあるからねぇ。俺はかえでに協力するけど」
「おおっ、ありがとうだよ、アシュレー君! 一緒に実らないシルレイン君のお砂糖を応援しようねッ!」

 いや、そこまで決め付けるのはどうだろう。聞いていたシャリーアと、協力を申し出たアシュレーは同時にそう思ったが、幸い当の青年は聞いていなかったので良しとしよう。
 ところで、とアシュレーが実にスムーズに話題を転換した。

「シャリーアもメイクする? 後はあらかた終わったんだけど」
「おや、レイン殿達も?」
「まぁあそこはガードが固かったけど、ディーネ達は終わったよ」

 ほら、と指差す先を見やれば、アシュレーの作品――でなく、アシュレーによって普段の何割増しも美しく、可愛く装ったディーネ・ノート(ea1542)とフォーレ・ネーヴ(eb2093)が、少し頬を上気させてドレスアップした己の姿をそわそわ、うきうきしながら見下ろしていた。マルチタスクな男アシュレー、女の子を着飾る事にかけても超一流の座は譲らない。
 とは言え、本日の花嫁は「例え花婿であっても殿方は立ち入り禁止ッス!」と立ちはだかるフルーレにより、ドレスアップを断念せざるを得なかった。だがそのフルーレと、朝から浮き足立っているディーネやフォーレ、生憎一人での参加となったリール、レインのドレスアップを手伝う紅子らにその腕は遺憾なく発揮され、残るシャリーアとかえでを呼びに来た所。
 おおっ、とかえでが手を叩いた。

「そうだよ、レインちゃんを見に行かなきゃ!」
「はは、私も後で伺おう。アシュレー殿、それでは私も頼めるかな。自分でも出来る限りはしたんだが」
「ん、任せて。アレックスの度肝を抜いてあげるから」
「い、否、シャリーアはそのままでも十分美しいぞ‥‥ッ」

 顔を赤くして力説するエルフの騎士に、ありがとう、と微笑んだ。もちろん彼が本気でそう言ってくれている事を、疑う気持ちはまったくない。だが愛する人にはより美しい姿を見て欲しいと、思うのは女心の普遍の真理だ。
 それは先ほど話題に出た、ドレスアップ済みのディーネとフォーレも同じ事で。

「お、おかしい所はないわね‥‥?」
「アシュレー兄ちゃんに任せとけば大丈夫ー♪」
「わ、判ってるけど、その、礼儀よ、マナーよッ!」

 そう力説するこの会話ももう何度目かわからないのだが、キョロキョロと辺りを落ち着きなく見回したディーネは再び、礼服の裾を引っ張ったり髪に指を絡めたりして全身チェックを始める。かと思えばぶんぶんと頭を振り、せっかく整えて貰った髪がッ! と我に返ってまた整え始めたりする。
 挙動不審としか言いようのないディーネをケラケラ笑いながら見ているフォーレも、身に纏うのは普段とは一味違うホワイト・プリンセス。髪もアシュレーに整えて貰い、化粧は苦手なのでノーメイク。
 ようやく現実に帰ってきたシルレインが、2人の姿に首を傾げた。

「師匠にディーネ姐さん? どうかしたんすか?」

 彼が致命的に女性から意識して貰えない理由は、この天然破壊級の鈍さもあるのだろう。普通、ここまで女性が着飾っていれば何かあると気付かずとも、綺麗ですよ、くらいは言うものだ。礼儀として。
 そして彼女達が待っていたのはもちろん、その程度の礼儀は兼ね備えた男性。

「おや、随分タイミング良かったみたいだ」
「ヴィス!」
「やあ師匠、久方ぶりに遊びに来ましたよ」

 パッと顔を明るくして振り返ったディーネに、ひょいと手を上げたのはアルヴィス・スヴィバル(ea2804)。朝からディーネがそわそわし、何度も身だしなみチェックに勤しんだ原因だ。
 言葉の通り、遊びに来ないかと誘われたのは随分と久しぶりの事。それに応えて月道を通ってきてみれば、結婚パーティーの準備に勤しむ町の中で、師匠ことディーネがそわそわと着飾った己の姿をチェックしていたものだから。
 ニヤ、と微笑んだ――のだろう多分――アルヴィスの「似合いますよ」と言う言葉に、ボンッ! と顔を真っ赤にするディーネだ。だがそこで素直に「ありがとう」とは言えず、照れた様子でそっぽを向くのが彼女らしい。
 気にした様子もなく、お祝いムード一色の人々を見やったアルヴィスは、うんうん、と頷いた。

「結婚式はめでたいね。知っている人も知らない人も、遠慮も容赦も区別もなく祝うとしようか」
「容赦ってナニ‥‥」

 さりげなく混ざっている物騒な言葉に、ヒク、と唇の端を引きつらせる。つまり徹底的に完膚なきまでにという事だよ、と返された言葉はますます物騒だ。祝いの席で何をするつもりデスカ。
 時を同じくして、隣でも恋人達が再会を喜び合っている。

「えへへ♪ ヴァイナ君、似合うかな?」
「ま、まあ悪くないんじゃないの?」
「う♪ ありがとー」
「て言うかディーネは全ッ然似合ってないしね!」
「何よッ!?」

 ドレスのスカートを摘んでクルンと回ったフォーレの姿に、ほんの少し顔を赤くしながらもそっけない態度で、ディーネにちょっかいを出したりし始めるヴァイナ・レヴミール(eb0826)。彼もまたフォーレに声をかけられ、月道を通ってやってきた――のだが。

(気付いたらフォーレと婚約する事になってたし、なんかもう恥ずかしくてディストロイぶっぱなしそうだよ‥‥)

 幾ら参列者の半数が冒険者とは言え、物騒なんでやめて下さい、お願いします(ぁ
 恥ずかしさの反動なのか、元からそう言う性格なのか、ニコニコ上機嫌で笑うフォーレのほっぺたをムニッと引っ張ってみたりするヴァイナである。もっともそう言う所も承知でというか、そう言う所もひっくるめてヴァイナを好きなフォーレは、気にした様子もまったくなく。
 微笑ましい光景(?)に、ジュディ・フローライト(ea9494)が微笑んだ。

「私も、この身尽きようとも全力で皆様のお祝いを‥‥ッ」
「うむ、気持ちはありがたく受け取ろう。だが倒れるまでの無理はしなくて良い」
「す、すみません‥‥無理はいけませんね、程ほどに全力でお祝い致しましょう」

 ふらりとよろめいた彼女の言葉に、全力は変わらないのか、と咄嗟に彼女を支えたアルジャン・クロウリィ(eb5814)が呟いた。本日の主役の1人の彼は、しかしパーティーが始まるまでは待機だ。何しろ花嫁は花婿にすら面会謝絶中だし、普通ならこの間に挨拶回りやら式次第の打ち合わせがあるが、今回はそれも不要。
 懸念事項があるとすれば、何やら企んでいる天界女子高生と、一緒に挙動不審のシルレインだが――まぁ、何かあればレインを全力で守るまで。
 あちこちでお砂糖な気配を漂わせつつ、準備は着実に進行していた。





 人前式。というと聞こえは素晴らしく良いが、ようは皆で集まってわいわい騒いで今日から夫婦になる2人を全力で祝い倒す、と言うのが趣旨である。理由は様々で、現実的にお金がないという事もあるし、アトランティスに夫婦の誓いを捧げる神が存在しない事もある。
 だがそんな事は、本日の新郎新婦には関係ない。来客の揃った中、控え室代わりの家から出てきた花嫁の姿に、その瞬間を今は遅しと待っていた人々は思わず言葉を奪われた。
 ドレスの様な格式ばったものは緊張するからと、身に付けているのは清楚な白いワンピース。両手で捧げ持っているのは可憐な花を白いリボンで束ねたブーケ。長い髪にも小さな花をそこかしこに散らし、だが何より目を引くのは幸せそうにはにかんだ花嫁レインの微笑。
 ほぅ、とため息を吐いたのは、誰が最初だったか。

「綺麗よ、レインちゃん」

 溜息のように言ったのは紅子が最初だった。大切な友人。飾りなく真摯に告げられたその言葉に、ありがとうございます、とレインは満面の笑みを向けた。途端、呪縛が解けたように参列者が口々に「おめでとう!」「お幸せに!」「綺麗ねー」と花嫁と、その手を取った花婿に声をかける。
 2人の指に光る揃いの指輪は、先日細工師に作って貰ったもの。そこに刻まれた銘は「君と共に」「あなたと共に」。
 おめでとうございます、とジュディが幸せな2人の更なる幸せを願ってグットラックをかけた。感極まり、友人達をギュッと抱きしめるリール。その度に、ありがとうございます、と微笑むレインはもう、何だか泣きそうで。
 こんなに、色々な人達から全力で祝福して貰える、自分達は本当に幸せだと思う。アルジャンをそっと見上げれば、小さく頷いた彼の手がレインを抱き寄せた。そっと重なる唇に、暖かな拍手が贈られる。
 今ここに生まれた、新たな夫婦に。幸せな2人に。暖かな、掛け値ない祝福を。

「――アルジャンさんに永遠の愛を誓います」
「うむ。指輪に刻んだ文言通り、いつまでも『君と共に』在る事を誓おう」

 離れた唇の、囁きかければ吐息が掛かりそうな距離で誓う、言葉。リールが、紅子が、全員が手にした花びらを空に投げ上げ、モディリヤーノが魔法の風で吹き上げ、降らす。
 はらはらはらと、舞い散る花びらの中で再び重なった2人の影。アシュレーの妖精の竪琴が雰囲気を否応なしに盛り上げる。その空気に促される様に、ドンッ、と仲間に背中を押された青年が転がり出た。

「ゲッ?」
(シルレイン君、ファイトだよッ!)
(かえで殿ッ!)

 まさかこの場面で!? 焦りを浮かべたシルレインを、慌てたシャリーアが引き摺り戻そうとしたが、かえでの念を感じたアシュレーがひょい、と明後日を向いて足を引っ掛けた。キャ、と転びかけた婚約者を、危うい所でアレックスがしっかりキャッチ。
 騒ぎに気付いたリールがレインを背中に庇う。だがここは敢えて行かせて悔いを残さず散らせた方が、とフルーレがリールを引っ張り。花嫁とシルレインの間に、障害はなくなって。

「シルレインさん! シルレインさんがお祝いを開いて下さったんですよね。ありがとうございます!」
「‥‥その、レイン姐さんにはマジ世話んなってるんで‥‥おめでとう、ございます」

 喜んで貰えて良かったッす、としどろもどろに祝辞を述べた青年は腹を決めた。こうなれば男は度胸、この程度が出来なくて冒険者になれる訳がない!
 色々間違った覚悟を決め、ガッシとレインの肩を掴んだ青年は、ヤケクソと勢いに任せて驚き顔のレインの頬に口付けた。ああッ! と方々から上がる、色々な感情の篭ったどよめき。
 グッ、と会心の拳を握る者、ついにやらかした、と顔を覆う者。そして頬とは言え目の前で新妻に接吻された、当の花婿は。

「――ふむ、レイン」
「はい‥‥ッ!?」

 何が起こったのか、ようやく脳に情報が到達して真っ赤になった顔で反射的に振り向いた彼女は、再び驚きに目を見張り、絶句した。と言うか声を上げる事は叶わなかった――何しろその唇は、花婿の唇によって三度、しっかりと塞がれていたので。
 牽制と言うか、示威行為と言うか、先よりも深い口付けに、見ている方も気恥ずかしく目を逸らした。リールがチラ、と同情の視線をシルレインに注ぐ――何となく、彼は色々可哀想な人、という認識があったのだが、これは決定打だ。
 何はともあれ、今日、友人達に見守られ、2人は夫婦となった。どうかこの幸せが、永久に、世々限りなく続かん事を。




 失われたシルレインの結婚祝いは、こんな事もあろうかと用意していた仲間がフォローした。

「シル坊、また落っことすんじゃないわよ!」
「判ってるよっ! え‥‥と、姐さん、兄さん、コレお祝いッす」
「あ、ありがとうございます‥‥」
「うむ。ありがたく受け取ろう」

 まだ頬を紅潮させているレインと、涼しい顔で微笑んだアルジャンにまず渡されたそれは、次には結婚予定の者にも手渡され。

「はちみつマドレーヌ?」
「あら、さすがにこれは意外だったかしら?」
「う‥‥ッ! そ、そのオレ、マジ金ねぇんで‥‥」

 新しく買い直すのはムリ、と落ち込んだ青年だが、悪いとは言っていない。むしろこんな事もある事を想定していた皆さんグッジョブ。
 友人達からもそれぞれに、新郎新婦へ贈り物を手渡した。シャリーアからは手づから縫った刺繍入りハンカチ、テーブルクロス、そして有志で大きな布に各々好きな刺繍を入れたタペストリーも。アルシャス姉弟からは、2人の姿を描いたリールの絵を、モディリヤーノが作った額に納めたものを。ラマーデは迷った末、今日のスケッチに後日色を乗せて渡す、と約束した。
 ささやかな、だが気持ちの詰まった贈物に感動で涙ぐむレインに、アルジャンが微笑んだ。きっと、2人の新居にはこれらの品が大切に飾られるはずだ。
 そして、花嫁からのお返しは。

「じゃあ投げますねッ!」

 満面に幸福の笑みを湛えたレインが、手にしたブーケを軽く掲げた。フラワーブーケトス。花嫁のブーケを参列者に向かって投げ、手にした者が次の花嫁になると言う、ジ・アースや地球の習慣だ。
 せっかくだからそれがやりたいと希望していた、レインの願いを断る理由はどこにもない。たちまち花嫁の周りに未婚の女性が集まった。その中にはシャリーアや、フルーレ、ディーネもいる。

「ク‥‥ッ、これは譲る事が出来ない‥‥ッ」
「べ、別に気にしてる訳じゃないッスけど‥‥ッ」
「そーよッ、気にしてないわよッ! ただ、貰えるもんなら貰っといた方が良いでしょッ!?」

 そう言いつつ、真剣にブーケを注視する女性陣を、我関せずと微笑む紅子と、お澄まし笑顔のフォーレと、戸惑うような微笑みのリールが見つめた。まぁその、気にならない訳じゃないが、3人の真剣な様子に見つめる他ないと言うか。
 一方の男性陣は少し遠巻きになった。動じてないのはアシュレーと日向ぐらいで、その日向が動じていない理由はそろそろこみ上げてきたものを必死に堪えていたからだったりする。
 フラワーブーケトス。気にしてないと言い聞かせても思わず期待してしまう女性心理を、理解出来るのはきっと同じ女性だけ。真剣勝負、シュタ、とダッシュの体勢を整える女性陣(含む下町のお嬢さん方)。
 目を瞑り、えい、とブーケを天に向かって放ったレインは、パッチリ目を開けてその行方を見守った。ブーケ奪取組が猛ダッシュを開始する。
 優雅に弧を描いた軌跡が落下し始めた。距離と速度と風向きを即座に計算し、後を追う女性陣。だが。

「あ‥‥ッ」
「ブーケが‥‥ッ」

 宙に放たれたブーケは、落下しながら空中でバラバラに飛び散った。ふわり、と解けたリボンが風に舞う。パラパラパラと、降ってくる花に手を伸ばす人々の向こうで、にっこり微笑んだレインが嬉しそうにその様子を見つめた。
 大好きな、大切な人達全員に幸せになって欲しいから、リボンが空中で解けるように少しだけ細工した。誰もの上に花が降るように、誰もが花を手に出来るように。
 シャリーアにも、フルーレにも、ディーネにも、フォーレにも、リールにも、紅子にも、ジュディにも。他のたくさんの人達の上にも。
 優しい願いに、気付いたアルジャンが新妻の肩を抱く。それに幸せそうに、だがまだ恥ずかしそうに身を預けるレインに気付き、微笑ましく見守った皆の手の中には、降ってきたたくさんのブーケの花。それは今日、ここから歩き出す幸せな2人の象徴だ。
 自らも花を手にしたジュディが、ディーネとアルヴィス、フォーレとヴァイナに歩み寄った。そっと手を取る。

「‥‥ノート様、ネーヴ様。こっそり、お祝いしませんか?」

 アトランティスにおいて、異種族婚は禁忌とされる。冷遇される、と言うのはまだ良い方で、普通は厳しい迫害を受けたり、或いはそうならないよう事前に周囲の人間が2人を引き離してしまうものだ。
 だがここに居るのは半数が冒険者。彼らにはそう言う禁忌は割合薄く、それよりは大切な仲間が幸せであれば良い、と願う。
 きょとん、と呆けた顔のディーネがわたわた仲間を見回した。

「ふぁ!? それは? 私?」
「ええ、ディーネ様。簡単に、ですが」
「それは良い考えだ」
「ディーネ殿、フォーレ殿、せっかくだから是非!」

 ジュディの言葉に、シャリーアとリールが満面の笑みで頷いた。察したシルレインが「お前ら見るなッ!」と仲間達に無茶を言う。冒険者に憧れる青年は冒険者のする事に否やを唱えず、青年を愛すべき仲間と思う者達は、彼が言うなら、と全員揃って明後日の方を向いた。
 その反応にさらに戸惑うディーネに、考え深そうにアルヴィスが囁く。

「ふむ、どうせ普通には無理だしね。此処で祝って貰うのはどうかな、師匠?」
「うん。うん! ‥‥ふぇ、アルヴィぃ〜。嬉しいよぉ〜。ふにゅ‥‥」
「──ああもう、泣かないでも良いだろうに」

 異種族、さらにアルヴィスはクレリックなので、どんなに2人の間に確かな愛があろうと、周囲から祝福される事はあり得ない。そう、自分に言い聞かせていただけに箍が外れたようにアルヴィスの胸で泣くディーネに、苦笑したアルヴィスはその涙をそっと拭った。それはますます彼女の涙を誘ったが、何度でもアルヴィスは涙を拭う。拭い、頭を撫でて、泣かないで、と囁く。
 フォーレとヴァイナもまた、振って沸いた話に同じ様に戸惑いを見せたが。

「‥‥ねえ、祝福だけでもして貰お? こんな機会滅多にないし」
「俺は興味ない。で、でもフォーレがどうしてもって言うんなら祝福されてやらないでも‥‥」
「良かった☆ じゃあジュディ姉ちゃん、よろしくお願いしますー、だよ」
「ちょっとフォーレ、まだ俺良いって言ってな‥‥ッ」

 ツンデレ気味なヴァイナに対し、積極的な態度で話を進めるフォーレ。こういう所も含めてお互いの事を好きになったわけで、つまり惚気だ。見せ付けられている訳だ。
 微笑んだジュディが、彼女の知識にのっとって2組のカップルに永久の愛を確認した。

「――その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、互いを愛し、互いを敬い、互いを慰め、互いを助け、その命ある限り、真心を尽くす事を誓いますか?」
「誓います」

 返った答えは全員の唱和。彼らの手には幸せの詰まったブーケの花がある。それを重ね合わせるように、そっと接吻を交わした。
 こっそりだから、拍手はない。でも注がれる眼差しは確かに温かく。ディーネがまた泣き出して、アルヴィスがそっと抱き寄せた。正式なものではないけれど、誓うと言った言葉は真実だ。
 そしてフォーレとヴァイナも。

「大好きだよ、この『誓いの指輪』に誓って」
「‥‥いつも変わらないな君は、いつまでもそうあってほしいもんだ」

 瞳を交わし、言葉を交わして重ねた唇を、離したフォーレがにっこり笑った。

「戦いが終結したら僕の実家に一緒にいこね♪ 大丈夫。父さんは倒すから」
「‥‥頼むよ」

 割と真剣にヴァイナが頷いた。祝福の場には相応しからぬ物騒なやり取りだったが、色々事情があるのだろう。
 ジュディが幸せな人々に微笑んだ。慈愛の母なるセーラが、異種族という理由で彼らを幸せにしない道理はない筈だ。彼女自身は式を挙げる事は叶わぬ身だが、こうして人々を祝福する事もまた幸いでもあり。
 再びフラワーシャワーが降り注いだ。下町連中はまだそっぽを向いている。密やかな祝福の時間は、もう少しだけ続くようだ。





 お祝いはまだまだ続く。むしろパーティーはここからが本番だ。テーブルには溢れんばかりの、アシュレー謹製の美味しそうなお料理が並んでいて、幸せな若夫婦が居て、穏やかな音楽が流れている。
 フォーレにも『祝福』してお返しの接吻を貰ったシルレインがヴァイナに全力でボコられたとか、下町連中の賭けは手堅く行った男の一人勝ちだったとか、見かねたモディリヤーノが青年を酒場に誘った事は、だからもう少しだけ先のお話。

●ピンナップ

レイン・ヴォルフルーラ(ec4112


PCツインピンナップ
Illusted by あおみ