さあ、町を歩こう。

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月07日〜07月07日

リプレイ公開日:2009年07月16日

●オープニング

 その日、冒険者ギルドを訪れたのはクルトと言う名前の、小さな男の子だった。

「ともだちがね、あそびに来るの」

 ギルドの受付カウンターの背の高い椅子にちょこんと座り、ハシバミ色の瞳を見張って一生懸命に受付係を見上げたクルトは、大きな身振り手振りを加えながら真剣な顔で訴える。

「メイに来るまえのおうちで、なかよしだった子なの。パパとママといっしょにあそびに来るから、いっぱいあそぼうってやくそくしたの」
「そっか。それは楽しみだね」
「うん‥‥でもぼく、まだメイのこと、ぜんぜんわからないの」

 受付係が相槌を打った途端、しゅぅん、とクルトは肩を落とした。彼はほんの少し前に、地方の村からメイディアに引っ越してきたばかりで、まだ家の側に小さな公園があるとか、角にパン屋さんがあるとか、お隣のおばさんは怒ると怖いとか、そんな事しか知らないのだ。

「その友達って、女の子?」
「うん! ルンナっていうの!」

 ふと思いついて尋ねると、途端にパッと顔を振り上げて満面の笑みで力強く頷く。これはどうやら、ほんのり初恋フラグか。
 微笑ましく目を細めた受付係に、だからね、とクルトは一生懸命訴える。

「ぼく、ルンナにメイのことをいっぱいおしえてあげたいの。それでいっしょにあそびたいの。だからぼうけんしゃさんに、メイのことをおしえてほしいの」

 ぼうけんしゃさんはなんでもしってるんでしょ、と例えるならヒーローを見つめるような眼差しになったクルトに、一応自分は冒険者ではないことを断っておいてから、受付係はニッコリ笑った。

「そっか。じゃあクルトくんがルンナちゃんと一杯遊んだり、色々見て回る場所を教えて下さい、って冒険者さんにお願いしてみようか」
「うん! ぼく、ちゃんとイライリョウも持ってきたよ!」

 そう、自信満々の笑みでクルトがしっかり握っていたお金は、はっきり言って到底冒険者に依頼を出せるようなものではなかったが、もちろん受付係はそんな事は言わず「ありがとう」とそのお金を受け取った。足りない分は自分が足しとこう、と思いながら。





 たまには、こんな依頼がギルドに張り出される事もある。

●今回の参加者

巴 渓(ea0167)/ 美芳野 ひなた(ea1856)/ キース・レッド(ea3475)/ エヴァリィ・スゥ(ea8851)/ 慧斗 萌(eb0139)/ トンプソン・コンテンダー(ec4986)/ 村雨 紫狼(ec5159)/ 鷹栖 冴子(ec5196

●リプレイ本文

 クルトの自宅は、メイディアの郊外近くの住宅街の中にある。新しく引っ越してきた、と言っても空き家を借り受けただけなので見た目や、庭木の枝振りを見ても経てきた年月を感じさせた。
 その日の、朝。

「まぁ、冒険者さん? ええ、息子から聞いていますわ。まぁ、本当に来て下さるなんて‥‥」

 冒険者ギルドから聞いたクルトの自宅を訪ねた冒険者達の姿に、出迎えた母親はそう言って、おっとり頬に手を当てた。冒険者ギルドへの依頼は決して安いものではない。まして子供の小遣いレベルで依頼が出せるはずもなく、せいぜい冒険者に憧れた息子がギルドを覗きに行って、職員か誰かに適当にあしらわれたのだろう、と思い込んでいたのだ。
 母親の反応に、巴渓(ea0167)がドンと胸を叩く。

「冒険者の巴渓だ。今日は1日、ガキどもの事は任せてくれ」
「まぁまぁ、よろしくお願いしますわね。クルトー、ルンちゃーん、冒険者さんがお見えよー」
「はーいッ! ね、ルンナ、ぼくのいったとおりでしょ?」
「うんッ! クーくん、すごーいッ!」

 パタパタパタ‥‥ッ
 呼ばれて、軽い足音と賑やかな笑い声と共に子供達が駆け出してきた。どちらも7歳だと聞いている。外に出てきて、そこにいた冒険者達の姿に「うわぁッ!」と目を輝かせた子供達の頭を、キース・レッド(ea3475)がグシャグシャ撫でた。その表情は、テンガロンハットの影になっていて良く見えないけれど。
 ちゃんとご挨拶なさい、と母親に言われて、首をすくめた子供達は顔を見合わせ、それからペコリとお行儀良く頭を下げた。

「ぼうけんしゃさん、よろしくおねがいします!」
「します!」
「あ、ほらルンナ、ロバさんだよ!」
「すごーい! ようせいさんもいっぱいいる!」
「いや〜幼子たちとこうしてのんびり出来る、まさにワシらが守る平和そのものじゃのぉ」

 挨拶までは出来たものの、たちまち冒険者の連れているペットに目を奪われてはしゃぎ出した子供達に、トンプソン・コンテンダー(ec4986)が嬉しそうにしみじみと笑った。メイディアの鎧騎士である彼の仕事は、こんな、民のささやかで当たり前の日常を守る事だ。
 そのトンプソン、軽装とは言え、今日もしっかり鎧姿に帯剣している。一応、事前に仲間達から、街中ならそれ程危険もないだろうし、物々しい武装の大人達が年端も行かない子供達を連れまわす構図って、という意見も合ったのだが、

(メイの騎士として、最低限の武装はせんとあかんのよ)

 騎士とは民を守るもの、それゆえの最低限の武装は許して欲しい、と彼は来る道すがらで仲間にそう説明した。彼が丸腰で歩いても平気なほど、今のメイディアは平和という訳ではない。同じ事をクルトの母親にも説明すると、ご苦労様です、と了承を貰い。
 ちら、とウサ耳メイド姿のお嬢さんの方に視線を向けたのは、深い意味はない、きっと。まぁ似合ってるし、うん。
 何はともあれ、そんな風にして子供達は、メイディア探索に出発したのである。





 まず、彼らが向かったのは中央市街地である。この辺りにはちょっとした市場もあるし、人出も多く賑やかだ。クルトの家からは少し離れているので、まだ来た事はないらしい。
 賑やかな街並みに、うわぁ、と子供達がまた目を輝かせた。しっかり両手を繋いでいるのが、微笑ましいとしか言いようがない。
 きゃあきゃあと喜んでいる子供達に微笑みながら、美芳野ひなた(ea1856)とエヴァリィ・スゥ(ea8851)は、食事を売っている露店を見かけるたびに覗き込み、本日のお昼ご飯を検討していた。

「どのくらい必要でしょうか? クルト君とルンナちゃんはともかく、お姉ちゃん達は一杯食べそうですし‥‥」
「つまみ易いのが、良いと思います‥‥」

 フードも下ろさなくて済むし、とボソリと付け加える彼女は、ハーフエルフであるが故に常にフードをしっかり被り、周囲にそれと悟られないように気をつけている。冒険者の中では気にするものは殆どいないが、冒険者の中だけで生きていけるわけでもない。
 そうですね、と笑ってひなたはその露店も後にした。お昼ご飯は海岸で食べる予定にしている。それを考えても、何かつまみやすいお弁当をもう少し探してみよう。
 後ろから見ていた鷹栖冴子(ec5196)が溜息を吐いた。

「浅草のもんじゃ焼きが食べたいねぇ‥‥」
「モンジャヤキ?」
「あぁ、あたいの故郷の食べ物さ」

 天界出身の彼女は、時々アトランティスの人間はもちろん、ジ・アース出身の人間でも判らないような物事や、食べ物を知っている。広島焼きもタコ焼きも無いんだよねぇ、と呟く横顔は真剣に残念そうだった。
 その言葉に苦笑したひなたが「作れれば良いんですけどねー」とお料理上手な発言をし、エヴァリィがまた新たな露店を発見して再び今度は3人で覗き込んだ。せっかくだから美味しいモノを。
 わいわい雑踏を楽しんだり、露店を冷やかしながら歩みを進めていると、村雨紫狼(ec5159)が不意に足を止めた。おい、とクルトを手招きする。

「なぁに、おにいちゃん?」
「あっこのアクセ屋でルンナたんに何か可愛い髪飾り買ってやれよ」
「かみかざり?」

 コクリ、と首を傾げたクルトが紫狼の指差す方を見れば、まさにルンナが露店に並ぶアクセサリーをワクワクした顔で見つめている所だった。時々ポケットの中を確認するのは、先ほど「今日の小遣いだから考えて使えよ!」と念押しの上渡された、渓からのお小遣いと見比べているからだろう。
 売っているアクセサリーは勿論、一般的には高いものではない。天界のようなイミテーションジュエリーは存在しないが、その分ちょっと傷が入った輝石や、色とりどりの小石や布を可愛らしくあしらったり、ちょっとした木彫りの細工物であったり。
 だが、それはあくまで一般的には、の話。渓が渡したお小遣では、到底足りるものではなく。
 困った顔になったクルトの肩を叩いた紫狼が、金出してやるからさ、と笑う。気付いた渓もほんのちょっとだけ色をつけ。

「おチビちゃん、どうする? 買うかい?」
「買うぜ。な、クルト」
「う、うんッ! ルンナ、どれがいい?」
「‥‥ホントッ!?」

 やったぁ! と万歳して飛び上がったルンナが指差した髪飾りに、ニヤリと笑ったオヤジが「負けとくぜ」と不器用にウインクする。実は露店の中で一番高い髪飾りだった。おしゃれに敏感なのは、大人も子供も変わらない。
 嬉しそうに髪飾りを両手に持って跳ね回るルンナに、つけてあげます、とひなたが手招きした。うん! と弾むような足取りで近付いたルンナの手から髪飾りを受け取り、簡単に、だが髪飾りを付けてあげる。
 嬉しそうにルンナがひなたを見上げた。

「ありがとう、うさぎのおねえちゃん!」
「‥‥‥」

 彼女にとっては親愛の情を込めた呼び名なので、冒険者各位にはどうぞご容赦頂きたいと思う。
 クルトも振り返り、ありがとう、と満面の笑みを浮かべたルンナに、照れた様に子供が笑う。紫狼がその背をペシペシ叩いた。

「っしゃ! クルト、お前も男ならちゃ〜んとルンナたんを守れよ! 俺もふーかたんやよーこたん、二人の為に戦ってるからな!」
「ようせいさん? おにいちゃん、ようせいさんのおにいちゃんなの?」
「おう! なんたってリアル嫁だしな! この前、結婚式したんだよ三人でさ〜」

 デレ、とデッサンの狂った顔で愛する2人の妖精――失礼、嫁を見やった仲間に、はは、と仲間達が複雑な笑みで互いの顔を見合わせた。種族を超えた恋愛に理解がないわけじゃない。理解がないわけじゃない、のだが‥‥判っていても、体長1mの妖精をリアル嫁とか言われると、何となく犯罪の匂いがするのは何故だろう。
 だが愛に貴賎はない。本人達が幸せだと言うのなら、それは立派に一つの愛の形だ。まぁ、あんまり往来で叫んじゃうと、アトランティスでは異種族婚が禁忌である以上、色々まずい事も起こるかも知れないが。
 キースがさりげなく話題を変えた。

「さて、そろそろ移動しよう――昼食は買えたのか?」
「‥‥うん」
「一杯買いましたから、たくさん食べても平気ですよ! ひなたも実は冒険者街とギルドと酒場、依頼の場所とか、たまにお城に行くぐらいしかないから楽しみです!」

 嬉しそうに言った彼女が「ほらこんなに」と仲間に見せたお弁当を見た慧斗萌(eb0139)が、ええー、という表情になった。

「‥‥え、やっぱりお酒ないの〜‥‥もって来るのは我慢したのに〜‥‥っち、なんだよ昼間から呑む気だったのによ」
「シフールのおねえちゃん、おさけのむの?」
「へ? あ、いやなんでもないよ〜萌っちは可愛いシフールさんなんだよ〜☆」

 純真な眼差しでそう問いかけられて、萌は慌てて取り繕った。見た目は非常に愛らしいのだが、残念ながら中身はオヤジテイストなシフールである事を、隠せていると思っているのは彼女だけ、なのかもしれない。
 ルンナのパパといっしょね、と嬉しそうに言った子供が、遠慮容赦なく目の高さに飛んでいた萌を抱きかかえた。ひぇ、とこの暴挙に思わずまた素が出そうになったが、ぐっと堪える。相手は子供だ、子供。
 しかし、抱き人形状態の萌の忍耐がどこまで続くかは、竜と精霊のみが知るところである。




 昼下がりの海岸は、海から吹く風が潮の香りを運んできて爽やかだ。散策に砂浜を歩く者もちらほらと見受けられたが、のんびり出来る様、彼らは街から海岸へと続く道から少し離れた、岩場が丁度目隠しになる辺りで腰を落ち着けた。
 何はともあれ、まずはご飯! ひなたとエヴァリィがお金を出し合って買ったものの他に、それぞれ目に付いたものも買い込んでいたりする。子供達は果実水や干し果物を一杯買った。

「ワシ腹ペコだぞい」
「色々買ってみましたから好きなのを取って下さいね」
「こっちは坊や達用に選んでみたんだけど、嫌いなものはなかったかねぇ?」
「うん、なんでもたべれるよ」
「すききらいしたらママにおこられるもん」

 そしたらこわいもんね、と子供達なりに深刻に顔を見合わせて頷きあう。彼らなりに、彼らの世界は大変なのだ。
 紫狼はリアル嫁達と「あーん」とかやっていて、それを見たルンナが羨ましそうに自分も腕に抱いた萌にやろうとしたのだが、さすがにそれは無理だったシフールは宙に逃れて大きく息をついた。何よりまず、この気候でしっかり抱っこされると暑い。パタパタ服を仰いで涼風を入れる萌に、冒険者達が笑った。
 おなか一杯食べ終わったら、ひなたが水遊びに子供達を誘う。海のない村から来た子供達は、そもそも海というものを見るのも珍しかったようで、ましてそこで遊ぶのは初めてだ。勿論、二つ返事で頷いた。
 砂浜を駆けていった子供達を見やり、辺りの人目を慎重に確かめたエヴァリィが、ようやく細く息を吐いてしっかり被っていたフードを下ろす。彼女自身も初夏の気候でフードを被りっ放しというのはかなり暑かったのだが、こればかりは仕方ない。
 察した渓とキースがさりげなく、子供達とエヴァリィの間に移動する。冴子も何の気なさそうに遠くを見晴かして、近付いて来る者がないか確かめているようだ。
 気遣いに小さな礼を言った彼女は、バイオリンを取り出し、弓を構えた。すっと弓を引く、そこから流れてくるのは穏やかで心安らぐ旋律。小さく口ずさむ歌に、仲間達がそっと耳を傾けた。
 その穏やかな時間は、力の限り水遊びを堪能した後(いつの間にか全員で水を掛け合っていたりした)、幾つかある教会の一つの側の公園に移動してからも続き。

「おうたのおねえちゃん、つぎはどのおうたをうたうの?」
「‥‥そうですね‥‥」
「おねえちゃん、いっつもママがうたってるおうた、しってる? こんなの」

 木陰に座ってバイオリンを構えるエヴァリィの両脇には、もっとうたって、とせがむルンナと、一生懸命母親の歌を思い出して歌うクルトがしっかり陣取っていた。その向こうでは萌が芝生の上に大の字になってスカーッと寝息を立てている。日頃は地獄で伝令として頑張っている彼女にとっても、この穏やかな時間は良い休息になっているようだ。
 穏やかな木漏れ日の下で、他にもコックリコックリ、木の幹に背中を預けて舟をこぐ冒険者がちらほら居る。日頃は依頼でカオスの魔物と戦ったり、地獄でデビルと戦ったり、はたまた陰謀渦巻く中で気を張っていたりするものだから、幾ら家でしっかり休んでいるとは言え、こういう他愛のない時間を過ごすのは本当に久しぶり、という者も多い。
 気付けば子供達もエヴァリィの膝に揃って頭を乗せて、コトン、と安らかな夢の中だ。穏やかな、あどけない寝顔を見下ろしたキースがまた、少し複雑そうに瞳を細めた。
 それは、一言でいうならば感傷。彼はかつて、同じクルトという名を持つ青年に関する――正確にはクルトという名を持つ青年を愛した少女に関する依頼にかかわった。引き裂かれ、恋人を奪われ、カオスの魔物と契約したその少女もすでに、この世にはない。
 クルト、という名を見て最初にその事を思い浮かべたのはきっと、キース自身もまたあの悲しい恋人達と同じ――異種族の歌姫を恋人に持つから。

「クルト君、おじさんの友達に君と同じ名前の人がいたんだ」

 夕暮れに染まるメイディアの街。それを一望出来る丘へとやって来た冒険者達が、思い思いに朱に染まる街を見つめる中で、キースはクルトに語るともなく語りかける。まるで懺悔の様に――或いは願いを紡ぐように。

「その人も好きな人と離ればなれになってしまったんだ」
「‥‥ぼうしのおじちゃんのともだちは、なかなかったの?」
「クルト君は泣いたのかな? 友達も泣いたかもな。けど、今はきっと一緒に暮している」

 そうであって欲しいと願いを込めた言葉に、じゃあいまはうれしいんだね、とクルトが笑う。笑ってルンナの手を、小さな手でぎゅっと握る。
 引っ越して、それまで一杯遊んでたルンナともう遊べなくなると判った時、クルトは本当に一杯泣いた。メイディアに来る前も、メイディアに来てからもたくさん泣いたのだ。
 幼い2人の様子に、ふふ、とキースが笑う。

「ルンナちゃんのこと、好きかい? ならおじさんと同じだな――僕にも好きな人がいるんだ、けど彼女を悲しませてばかりだ‥‥本当に」
「だからキース、テメェは思い切りが足りないッつーかだな‥‥」
「やれやれ、惚れた腫れたはまったく複雑さね。ところで坊や達、将来の夢はあるのかい?」

 聞いていた渓がすかさずお説教を始めたのを肩をすくめて見た冴子が、軽く首を振って話題を変えた。クルトがまっすぐに冴子を見上げ、ううん、と首を振る。

「ぼく、よくわかんないの」
「そうかい‥‥あたいはね、こう見えてゴーレムニスト――魔法の使える大工さんなのさ。いつか民生用の土木建築用ゴーレムの開発をするのが夢さ!」
「ゴーレム? おタカのおねえちゃん、すごーい!」

 子供達が、良く判らないなりにゴーレムという言葉に反応して歓声を上げた。駆け出しのゴーレムニストの冴子は、今日も一緒に街を歩きながらあちらこちらの様子を――具体的には古くなった水路だとか新しく壁石を積み上げている家だとかを見て、色々思いを巡らせていたのだ。
 ゴーレムが機密だと言うのは流石に身に染みつつあるものの、天界でも大工をしていたと言う彼女にとって、やはり使える力があるのなら必要な所へ、と言うのは捨て難い発想なのだ。ゴーレムが使えれば重い資材を危険な思いをして人力で持ち上げる事もないし、水路の補修だって、拡張だってもっと簡単に、速く行えるのじゃないか、と思う。
 勿論そこまでは語らなかったが、瞳の輝きから何か熱い思いを感じ取った子供達は、キラキラした目で女ゴーレムニストを見上げた。聞いていたトンプソンがクルトの頭を撫でる。

「クルト坊、鎧騎士ってカッコいいかの?」
「‥‥? うん! きしのおじちゃんみたいなひとでしょ?」
「じゃあ、もし将来に迷ったら、ワシが後見人になるから鎧騎士目指さんかの!」

 ゴーレムも乗れるぞい、とアピールも忘れない騎士である。この仕事に誇りを持っているトンプソンは、だが若い人材がなかなか育たないのが悩みの種で。

「最近はすっかりなり手も減ってのう‥‥興味があるなら本気で目指してみんかの〜」

 機会を逃さず、若い人材を若いうちに勧誘しておきたいという、メイディアの将来を思う鎧騎士の本気の溜息に、聞いていた冒険者達は苦笑して。

「じゃあ、クーくんがよろいきしになったら、ルンナはよろいきしのおよめさんだね」
「うん!」

 微笑ましいやり取りを、夕焼けの朱に染まるメイディアの街が優しく見守っているようだった。





 夕焼けに染まる街を堪能し、冒険者達は子供達を自宅へ送り返すべく、朝も辿った道を歩いていた。大体のスケジュールと帰宅予定は出発前に伝えてあったが、クルトの家が見える辺りまで来ると、家の前でときどき通りの向こうを見張るかしながらおしゃべりをしている2人の女性が居るのが見える。
 1人は、朝も顔を合わせたクルトの母親。それではもう1人は恐らく、ルンナの母親だろう。
 冒険者達に気付いた母親達が、遠目にもほっとした表情になって頭を下げた。パタパタと駆け寄ってきて、紫狼と冴子の背中に背負われた息子と娘を見て、あら、と首を傾げる。

「まぁ、子供達が何か、ご迷惑をお掛けしました?」
「疲れて眠っちまったみたいなんだよな」
「一日中、おおはしゃぎだったからねぇ」

 それぞれの背中ですやすや寝息を立てる子供達に、ま、と母親達は顔を見合わせた。それから、しょうがない子ね、と言わんばかりの笑みを浮かべる。
 クルト起きなさい、と苦笑する母親の声に、むぅ、と子供が身動ぎした。

「‥‥ママ?」
「そうよ、クルト。疲れておねむさんになっちゃったのかしら?」
「ん‥‥いっぱい歩いたよ‥‥」

 むぅ、とごそごそ紫狼の背中から滑り降り、まだ良く判ってない様子で母親を見上げるクルトである。まだ丘に居るつもりになっているのかもしれない。
 あれぇ? と同じく目を覚ましたルンナが、冴子の背中でキョトンと辺りを見回した。そこに自分の母親が居るのを見て、また首を傾げる――こちらもどうやらまだ寝ぼけているようだ。
 だが冴子の背から下ろしてもらい、二・三度瞬いているうちに大分ハッキリしてきたらしい。ぽむ、とルンナが手を叩いた。

「ね、クーくん、あれ‥‥」
「あ! おきずのおねえちゃんたち、ちょっとまっててね!」

 ひそひそっと囁きあった子供達は、うん、と頷き合って家の中に駆け込んで行った。まぁ、と母親が困ったように息子達を見やった後、すみませんねぇ、と頭を下げる。
 子供達はすぐに、今度は小さな両手一杯になにやら抱えて戻ってきた。

「これあげる」
「パパとママがつくったの。ルンナもてつだったのよ」

 まだ眠そうな目をしぱしぱさせながら、子供達が冒険者達に差し出したのはハーブの束。隣から母親がそっと、故郷の村の名産なんですよ、と補足する。ルンナとその両親は、メイディアの商店にこのハーブの束を卸しにやって来たらしい。
 高価なものではないが、それは子供達の精一杯の感謝の気持ちだ。冒険者達は自然、微笑んでそれを受け取った。パッ、と子供達の顔が明るくなる。

「おにいちゃんたち、またあそんでね!」
「ようせいさんたちもまたあそぼうね!」
「まぁまぁ、とっても楽しかったのね。私からもお礼を申し上げますわ。特にクルトはこちらに越してきてから塞ぎがちでしたから‥‥本当にありがとうございます」

 丁寧に母親が頭を下げて、子供達とのメイディア探索は終わりを告げた。冒険者達の胸に、どこか暖かな感情を残して。