【黙示録・死淵の王】救出作戦、決行。
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■イベントシナリオ
担当:蓮華・水無月
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月19日〜06月19日
リプレイ公開日:2009年06月30日
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●オープニング
マリン・マリンは旅の魔法使いを生業とする少女(?)である。気が向けばあっちの町をぶらりと歩き、こっちの国で面白そうな事を見つけて首を突っ込んでみたりする。
その彼女はここしばらく、アトランティスはリハン領の山奥、ムンティア湖という小さな無名の湖の畔で古い友人の思い出を偲んだりして過ごしていた。過ごしていたのだが、ちょっと前に地獄でデビルを相手に友人の敵討ち――同行を余儀なくされた元冒険者グウェイン・レギンスは「いや、ただのストレス発散だろ‥‥?」と引き攣った笑みを浮かべていたが――も終え、友人との『次に会った時にはジ・アースの事を飽きる位に話してあげる』という約束も彼女なりに十二分に果たし。
放浪癖が、ひょいと首をもたげた。
「ウィルの方にも行きます、って約束もしたし、ね」
それは約束と言うよりは、ウィルへの来訪を熱心に薦めてくれた冒険者にマリンがかなり一方的に宣言したに過ぎないのだが、彼女の中では『約束した』事になっている。
ならばその約束を果たさなければ、と半分以上は自分に向かってそう言い訳をして、この一月ばかりを過ごしたムンティア湖湖畔の潰れかけた漁師小屋を片付けて、友人の墓に『また来るね』と約束して。
「じゃあ行こうか、皓月」
相棒と頼む、いつでも何処でも月道を繋ぐ事の出来る白亜の魔杖に囁いて、銀光と共に少女の姿は開かれた月道の向こうへと消えていた。
無事にウィル郊外に人知れず到着し、そこからきょろきょろあちこちを眺めまわりながらマリンが辿り着いた時、冒険者ギルドはいささか緊迫した空気が漂っていた。
もちろん表面上は常と変わらぬ(のだと思う)様子を保ってはいた。だが気をつけて眺めやれば、バタバタと動き回る職員の数の多い事。
マリンはしばらくその様子を眺めていたが、やがて一人のギルド職員に目をつけた。皓月を抱いてパタパタ駆け寄り、すみません! と明るく声をかける。
「こんにちわ! こちらに、グウェイン・レギンスさんの妹さんが居ると聞いてたんですけど、ご存じないですか?」
「はい‥‥? えっと、グウェイン・レギンスさん‥‥って言うと、ティファレナ嬢のお兄さん、かな? 今ちょっとティファレナ嬢は休みなんですけど」
「そうですか‥‥残念です」
振り返った青年にそう言われ、マリンはしょんぼりした。その様子が余程落ち込んで見えたのだろうか、青年は慌てて場を取り繕おうと右を見て、左を見て、誰にも助けを求められないと確認して。
あの、と意を決して声を掛ける。
「ティファレナ嬢に何か用事だったんですか? もし良かったら、来たら伝えておきますけど」
「いえ。レギンスさんの妹さんに、会ってみたかっただけですから」
「あ、もしかしてグウェイン氏のお知り合いですか?」
「はい! 私、旅の魔法使いでマリンと言います。グウェイン・レギンスさんのお友達なんです」
にっこり笑ったマリンの言葉に、ああ貴女があの、と青年職員は頷いた。先頃から、ティファレナの兄グウェインが依頼人となって冒険者と共に『鍵』なるアイテムを捜索に当たり、その持ち主たる少女マリン・マリンに助力を願う事に成功した、と言う話は彼も聞いている。
もしグウェイン本人が此処に居たなら、何より先にマリンの『お友達』宣言を否定した事だろうが、生憎彼にはその辺りの事情など知ったことではない。それはそれは、とマリンにふかぶかと頭を下げた青年は、ところで、と首を捻った。
「確かマリン嬢は、しばらくムンティア湖の漁師小屋に居る、と聞いてましたが?」
「あはは。アランには一杯色々な事を喋りましたので、そろそろまた旅に出ようかな、と思ったんです。それでウィルに来てみたんですけど」
フラフラしているうちに冒険者ギルドに辿り着き、そう言えばグウェインの妹が此処に居ると言っていたはず、と思い出して入ってみたのだ、と笑うマリンに、そうですか、と青年は頷いた。頷いて、
「それじゃあ、しばらくはセレの方へは行かない方が良いですよ。あちらは今、とても緊迫した状況で――多分、旅どころじゃないかと」
「‥‥‥何があったんですか?」
真剣な表情でそう言った彼に、逆に興味を引かれてマリンは尋ねる。ちなみに、これで教えて貰えなければ皓月と一緒に行ってみれば良いか、などとお気軽に考えている。
何しろ彼女の相棒は、いつでも何処でも月道を繋げる強力なムーンロードの魔法を秘めたマジックアイテム。ちょっと前に行った地獄では彼女のイメージ出来ない場所へは移動する事が出来なかったが、地上であれば大概の場所は行き尽くしているマリンに、行けない場所はあまりない。
そんな脳内思考を読み取ったかどうかは知らないが、青年は小さな溜息を吐き、実は、と告げた。
「リグとウィルの間で、戦争が起こるんです。リグの国王はカオスに正気を奪われているらしく、冒険者達が頑張ってくれたんですが国内の開戦は避けられない様で――ギルドとしても見過ごせない事態なんで、今はその対応に追われてて」
「ふぅん‥‥でもカオスの魔物に正気を奪われた王様に、従って戦う部下さんが居るんですか?」
「それがどうやら、リグの鎧騎士の中には家族や恋人など、大切な人を地下牢に閉じ込められて人質とされ、やむなく従っている者が居るみたいで」
僕も報告を聞いただけですが、と肩を落とした青年に、そうですか、とマリンはまた頷いた。頷いて、しばらくジッと考え込んで。
ぽむ、とふいに両手を打った。
「じゃあ私が皓月と行って、その捕まってる人達を助けてくれば、鎧騎士さんは戦わなくて済みますね!」
「はい‥‥? そ、れはそうかも知れません、けど、そんな簡単に」
「リグの地下牢までは行った事がありませんけれど、城の中庭ぐらいまでなら皓月で行けると思いますし! そこから地下牢に行って、皆さんを助ければ解決、ですね♪」
「あの、マリン嬢‥‥捕まっているのは少なく見積もっても、200名は下りませんよ‥‥?」
そんなにたくさんの人を助けられるんですか、と戸惑う青年に尋ねられて、うーん、と考え込む。
現実問題として、それは無理だ。皓月ならいつでも何処でも月道を繋げるが、繋いだ月道は通常のムーンロードで開いたそれと変わらない――つまり、直径6m程度の月道を6分繋ぐ事が出来るだけ。
その間に全員が逃がせるはずもないし、見つかれば間違いなく攻撃を受けるだろう。マリンは月魔法を使えるが、それだけで凌げるはずもなく。
だが、マリンはにっこり笑った。
「じゃあ、冒険者に手伝ってもらおうかな♪」
自分が出来ないなら出来る人間を探せば良いのだと、たちまち上機嫌になった旅の魔法使いに、どうやら彼女を引き止める事は不可能らしいと悟った青年は、何とも言えず引きつった苦笑いを漏らしたのだった。
●リプレイ本文
「受け入れ態勢を整えてもらえないか」
オラース・カノーヴァ(ea3486)の言葉に、セレの騎士は目を瞬かせた。
「協力してほしい。何としてもここまで人質を連れて来る。だから、無理に戦わされるリグの騎士に呼び掛けさせてやってほしい」
だが、続いた言葉に彼は顔を引き締める。
一部の冒険者が密かにリグ城へ入り、地下牢に囚われている人質を助けにいくと言う事を、その騎士も知っていた。生憎現在、指揮官は取り込み中でどうしても手が放せず、彼が代わりに対応する事になったのだが。
頼む、と真剣な眼差しで告げるオラースに、頷き、どうか頼むと頭を下げる。望まず、ただ彼らの愛する者、大切な者の為に戦場に立たされ、カオスゴーレムに乗せられるリグの鎧騎士達を、1人でも救いたいのは彼も同じ気持ちだ。
受け入れ後の担架や台車を、連れてきた精霊やベアにも手伝って貰って用意したキルゼフル(eb5778)が、傍にやってきて「そろそろだぜ」と声を掛けた。彼が指す先には、今回の事の発端(?)マリンと、共に人質の救出に向かう仲間達が居る。
オラースが頷き、キルゼフルと共にそちらへと向かった。にっこり微笑んだ少女が白亜の杖に何事かを囁くと、銀光と共に月道が現れた。そういう事の出来る少女だと、聞いてはいたがそれでも驚く騎士を、振り返った少女が少し困ったように見て、ペコリと頭を下げる。
そうして、セレの騎士の見守る前で、冒険者達や共に行動するペット達、そして旅の魔法使いの少女は月道の向こうへ消えた。リグ城地下、魔物の囚われとなっている人質達を救うべく。
月道が開いたのは、恐らくリグ城の中でもやや奥まった、特に目立つ行動を取らなければ人間には勿論、魔物にも気付かれ難いと思われる、中庭の一角だった。
じゃあ行ってくるから、と準備を整えたアシュレー・ウォルサム(ea0244)が慎重に、リグ城内へと潜入を果たす。音なしの靴で足音を消し、インビジブルや隠身の勾玉でさらに気配や姿を隠し、それに奢らず自身の隠密スキルをも遺憾なく駆使してなお、時折ヒヤリとする瞬間も幾度かあった。
そんな風に慎重に歩を進めるアシュレーと時を同じくして、ならば自分は上空から地下牢の位置をつかめないか、と導蛍石(eb9949)は連れてきたペガサスの背に乗って、地上へと瞳を凝らす。リグ城、その何処に地下牢があるのかまでは、潜入の時点では判明していなかった。オラースがセレの騎士に確認してみても、こちらもそれほど詳細に情報を持っている訳ではない様だ。
空駆ける白馬に、気付いた魔物がこちらを指差しながら何事かを叫んでいる。だが見つけた物といえばそれだけで、やはり地下牢は目視出来るような場所にはないようだ。
戻ってその旨を報告すると、そうですか、とマリンが頷いた。
「後はウォルサムさんとファーストさんに期待ですね」
「先ほどユラヴィカさんの風精霊が見つけたブレスセンサーの反応は連絡しておきました」
先に潜入したアシュレーと、別口で潜入してみる、と行ったセイル・ファースト(eb8642)の名前に、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)が補足する。うむ、とユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が頷いた。
だがテレパシーでそれぞれに確認した所によれば、あちらはまだ、何かしらの結果が出た訳ではないようだ。ならば待機あるのみ、とオルステッド・ブライオン(ea2449)は周囲に警戒を払いながら、マリンの傍らに立った。
ここまでも移動してきた強力なムーンロードを秘めた白亜の杖は、デビルやカオスの魔物にその存在を狙われている強力なマジックアイテムだ。すでに幾度かその存在を狙った魔物やデビルの襲撃も受けている。ならば今回も――と警戒するのは仕方のない事。
そんな仲間の期待を一身に受けていたアシュレーは、テレパシーで伝えられたおおよその位置を目指していた。やがて地下へと続く階段を発見。特に見張りも置かれていない。
周囲に注意を払いながら、今度は所持したブレスセンサーのスクロールで多数の呼吸がこの下にある事を確認。周囲を慎重に見回し、罠などもない事を確かめ、下る。そして。
(魔物と、人質達、かな)
牢の中に肩を寄せ合って蹲る疲れ切った表情の人々と、その前に居るカオスの魔物達。良く注意して見ていると、時折、牢の扉はキィ、と微かな音を立てて動いている――鍵は、かかっていない。
だが人々は牢の外へは出ない。魔物も、牢の中へは入らない。ただし人間をまったく襲わない訳ではないようで、牢の扉を出たすぐ傍には幾人か、すでに事切れた者の姿がある。
それらを確認し、元来た道を戻ろうとしたアシュレーはふと、城内の魔物の動きが変化した事に気がついた。ざわめいている、ように思える。そして魔物達が嬉々として向かって行く先は、アシュレーがこれから戻ろうとする方向と同じ。
つまりは。
(見つかった、かな?)
なら急いで合流しないとね、とアシュレーは胸の中だけで呟いた。
始まりは、何と言うことはない下級のカオスの魔物だった。見回り中にたまたま侵入者を見つけてしまったのだろうか、奇声を上げて襲い掛かってきたそれを、雀尾煉淡(ec0844)が気付き、低く発した警告の言葉に反応したオラースが切り捨てた。
が、その気配に気付いたものか、それとも他の要因があるのか、さらに続々とカオスの魔物が冒険者達の潜んでいた一角を目指して大挙しやってきている事を、龍晶球を使用したユラヴィカが気がついた。同時に石の中の蝶にも反応が現れる。つまり、近い。
彼らが隠れている場所は、特に目立つ行動を取らなければ気付かれにくい場所ではあるが、言い換えればただそれだけの場所だった。人目につかない、というだけで完全に隠されている訳でもない。
故に、魔物達がもしこちらに気付けば、襲ってくるのは時間の問題だったとも言える。それは別口で地下牢の捜索を進めようとしていたセイルも同じ。
「フン。どうやらオードとフレイが見つかっちまったようだな」
彼の身を隠しているインビジビリティリングは、だが連れてきたドラゴン達までは隠せない。それを目当てに涎を垂らしてやってくるカオスの魔物の群れに、効果の切れたセイルがニヤリと笑いながら姿を現した。
城内にどの程度の魔物が巣食っているのかは知らないが、ここで惹きつけて置けば幾らかでも仲間の助けになるだろう。何よりこの混乱に乗じ、人質の救出がスムーズになれば。
そう考え、ゲイボルグを構えた主の背に、ドラゴン達もまた勇敢に魔物を睨みつけた。
場所は違えど、同じように考えたフルーレ・フルフラット(eb1182)も、待機していた仲間達を庇うようにジャイアントクルセイダーソードを手に走り出した。
「ここは自分が食い止めるッス! 人質の事は頼んだッスよ! ギルガメシュ、シャルルマーニュ!」
呼ばれ、ここまで付き従ってきたグリフォンとムーンドラゴンが応えて咆哮を上げる。
本来なら地下牢発見の連絡を待ち、仲間達がそちらに向かったのを確認した上で、彼女は足止めと陽動の為に騒ぎを起こす予定だった。だが先に見つかってしまった以上、こちらから向かっていき、少しでも仲間から注意を逸らす必要がある。
濃くなった魔物の気配に、煉淡と蛍石のペガサスが不安にいなないた。そこに、戻ってきたアシュレーが素早く現状を見て取り、判断する。
「こうなったら一刻も早く人質を助けて、逃げるしかないね。地下牢はこっちだよ」
「急ぎましょう!」
木村美月(ec1847)が頷いた。駆けて行ったフルーレと、戻らないセイルにはケンイチとディアッカ・ディアボロス(ea5597)がテレパシーでその旨を伝える。
アシュレーの先導に従い、冒険者はリグ城内を駆けた。先に忍び込んだ時より、魔物は減っている。この騒ぎを聞きつけ、本能のままにそちらへと向かって行ったのだろう。冒険者を見かけて襲ってくる魔物は、すでに隠密行動の意味もないので、遠慮なく倒して進む。
なんだか嫌な予感が、と煉淡が呟いた。ん? と視線を向けたオルステッドに顎をしゃくって合図する。アシュレーの先導の元、まっすぐ地下牢へと向かっている冒険者達だが、注意して見れば、所々ある分かれ道の先には魔物の蠢く気配がある――つまり、地下牢以外へ向かうならこの魔物の山を突破しなければならない事になり。
魔物が、地下牢の人質を重視せず、カオスの魔物を途上に配していないのであれば、良い。だがもし、こちらの行動に気付いた上であえて、地下牢へと続く道を行かせているのであれば‥‥?
その答えはすぐに知れた。やはり見張りもなく、放置されたかのようにぽっかりと口を開いた地下牢への階段に飛び込み、途中で失敬した置物を核に美月がアイスコフィンで氷塊を作った。出入り口を塞ぐように置いたそれは、この気候であれば保って1〜2時間と言うところか。
これ以上魔物の横槍が入らぬよう道を塞ぎ、駆け下りた冒険者達が見たのは、一斉に向けられた数多の魔物の視線と、人質達の恐怖に怯える眼差し。突然の登場に驚いている、という様子ではない。その証拠に、先にアシュレーが地下牢を確認した時よりも、はるかに魔物の数が増えている――ひしめいている、という表現の方が正しいほどに。
「待ちかねたぞ、冒険者ども。王の命令は、貴様らの前で此処に居る人間どもを嬲り殺す事だからな‥‥ッ!」
「グルルゥゥ‥‥ッ!」
この中では一番強そうな魔物が、冒険者を見下すように禍々しい紅い口を開いて哄笑した。その言葉を合図とばかりに、先の偵察時には大人しく地下牢の前で人々を監視するに留めていた魔物達が、一斉に牢を破って人質の群に飛び込む。
「キャアアァァァッ!」
「ヒイィィィッ、助け‥‥ッ!」
「やめ‥‥ッ、ガハァ‥‥ッ!?」
途端、あちらこちらで人質の悲鳴が上がる。咄嗟にアシュレーがウルの弓を引き絞ったが、牢の中は混沌とし過ぎていてなかなか狙いが定められない。
瞬く間に漂ってくる血臭、牢の中から流れ出してきた鮮血。
「この‥‥ッ!」
「早く助けないと‥‥ッ!」
その光景に、弾かれたように冒険者達が駆け出そうとした。だがその行く手を阻むように、ずらり、とカオスの魔物が並ぶ。並び、冒険者を見てニタリと笑う。
「邪魔だッ!」
オラースがテンペストを一閃。対魔物能力はかなりの高さを誇る剣に、下級デビルは溜まらず消滅、或いは瀕死の痛手を負う‥‥が、それでも冒険者に向かう魔物の数は減らない。
一刻も早く、人質達の下へ。もっとも手薄そうな場所に、ディアッカがシャドウバインディングで隙を作った。そこにすかさずアシュレーが矢を打ち込み、それを確かなものにする。オラースが突破し、キルゼフルが後に続く。
いかんなぁ、と余裕の表情で魔物が嘯いた。
「王のシナリオは大人しく見ていて貰わぬと。その為に、我らも貴様ら如きを待っていてやったのだぞ?」
その言葉に返された冒険者の答えは、打ち込まれた矢と魔法の数々。だが堪えた様子はない。ニタリと笑い、逆に高速詠唱ブラックフレイムを展開する。
「きゃあッ!?」
「ク‥‥ッ」
打ち出される数々の黒炎に、冒険者もただでは済まない。だが、致命傷にはならない――魔物は言ったではないか。「冒険者の前で人質を嬲り殺す」のだと!
ならば何としても、彼らを助けなければ。魔法を詠唱しかけながら走り出した美月に、気付いた魔物達が一斉に襲い掛かった。その動きに咄嗟に反応が遅れ、腹を貫かれる。致命傷。幸い、泰山府君の呪符が彼女の命を救った。
だが、走り出せない。すでに行く手は再びカオスの魔物に阻まれ、先に向かったオラースとキルゼフルへと攻撃が集中している。
「させないよ!」
アシュレーが間隙を縫ってそれらの魔物を射抜くが、如何せん数が多い。オルステッドが周囲に群がる魔物を切り捨て、この場のリーダー格らしい魔物へと切りかかるが、すんでの所で交わされる。
逆に、鋭い爪が一閃。僅かに交わしきれず、血の赤がパッと飛び散る。ニタリと笑う魔物。
「ギイィィィッ!」
「数が、多すぎるのじゃ‥‥ッ」
ユラヴィカが悲鳴を上げた。此処に居る魔物は連係攻撃などは行ってこないが、そんなものがなくとも数の論理は余裕で冒険者を上回っている。必死に魔法を放ち、それでも追いつかない。追いつけない。
「テメェら、邪魔だ!」
「その首、貰う!」
先に進んだ2人もそれは同じ。すぐそこの牢で次々と襲われ、恐怖と苦痛の悲鳴を上げる人々が居るのに、今一歩の所で阻まれる。確実に倒していってはいるが、それでもまだまだ魔物は居る。
美月のアイスコフィンのお陰で、今のところ新手が来ないのが幸いだ。オラースはようやく一番手前の牢に辿り着き、中で暴れまわっていた魔物に全力で切りかかった。
「大人しく寝てろッ!」
「ギィヤァァッ!」
一閃された魔物が雄叫びを上げ、まずは自分の楽しみを邪魔する存在へと向き直る。すでにこの牢の中で生き残っているのは、恐怖に引き攣り壁際に張り付く少女が1人。
チッ、大きな舌打ちと共にスマッシュEX。ソードボンバーは人質を巻き込む可能性があって使えない。背後から別の魔物が援護で襲いかかってきたのを紙一重で避け、薙ぎ払った隙に元居た魔物がオラースの足に齧りつく。
「‥‥いい加減、そこを通してもらう‥‥」
「覚悟は出来ているのかな」
オルステッドがドワーフの斧で切りかかり、アシュレーが援護射撃でリーダー格の魔物にシューティングを集中させた。どうやら此処に居る魔物は、本能で人間を襲いつつも、この魔物の命令に従っている。ならば。
ほぅ、と魔物がニタリと笑った。瞬時にカオスフィールドを発動、すでに張られていた煉淡のホーリーフィールドを相殺する。だがすぐに冒険者の攻撃が打ち破った。
それに、興味深そうに笑い。
「ならば直接貴様らを屠るまでッ!」
地を蹴り、肉薄した魔物が煉淡の胸元を切り裂き、ケンイチの足を蹴りぬいた。踊るようにそのまま鋭い爪を閃かせて呪文詠唱に入っていた蛍石を沈め、もう片方の手で美月の方を貫く。
アシュレーのダブルシューティングEXが当たり、流石に一瞬足を止めた魔物は、だがすぐにその間合いを詰め、超至近距離からのブラックフレイム。避けきれず、マトモに食らったアシュレーがさすがに攻撃の手を止め、間合いを計る。
同時に切り込んでいるオルステッドと、コイツを何とかしなけりゃな、と戻ってきたオラースが同時に双方から魔物を攻撃した。宙を飛んでかわし、かわしながらシフール2人を地に叩き落す。そこにアシュレーの矢と、ムーンアローが飛んできたのを、身を捩ったがさすがに避けきれない。
「蛆虫どもがッ!」
予想外の反撃に魔物が咆哮した。周りからも多数のカオスの魔物が襲いかかろうとするのを、苦痛を堪えながら美月がアイスコフィンで封じ込める。煉淡のホーリーが突き刺さり、ディアッカがファンタズムで自らの分身を作って魔物を混乱させようとして。
それらを背に、キルゼフルも双剣を手に奔走する。共に居るヒグマも主を助けて魔物と戦おうとするが、襲い来る魔物の数はなお多い。だが確実に、着実に魔物を倒し。
「冒険者どもッ! 己の過信を思い知るが良いッ!」
「‥‥ふん‥‥」
リーダー格の魔物が咆哮と共にブラックフレイムを放った。今度は魔法抵抗に成功、そのまま魔物に体当たりするようにリリスの短刀を突き立てたオルステッドの耳に、グハッ!? と魔物が苦痛に呻く声が響く。
「過信したのはどっちだ!?」
「これもお見舞いしとくよ!」
「グギ‥ィヤアアァァァッ!」
すかさずアシュレーが矢を放ち、オラースが止めを刺した。上がる、耳障りな断末魔。ドサリと落ちた身体を省みず、冒険者達はようやく人質の救出に走る。
すでに満身創痍。だが魔物はまだ残っていて、1人戦っていたキルゼフルもすでに重傷だ。血の匂いが、濃い。悲鳴が、聞こえなくなってきている。
ギリリ、と奥歯を噛み締めながら文字通り死力を振り絞り、冒険者達は牢内に入り込んだ魔物を退治していく。早く、少しでも早く。
――だが。
「これで‥‥最後‥‥ッ」
最後の一体を倒した時、すでにそこには血の海が広がっていた。僅かに難を逃れ、壁に張り付いて恐怖に震える人質達はまだ幸いだ。多くは自ら血潮を流しながら苦痛に呻いて床に沈み――その殆どは、すでに息絶えている。
冒険者達も、誰もがよろめき、一方ならぬ傷を負っている。その中で自らも重傷を負いながら蛍石はその傍に近寄り、必死の形相で呪文を唱えた。超越リカバー。間に合えば、その魔力は死者すら蘇らせる。
「‥‥ぁ‥‥」
「おかぁ、さ‥‥」
傍らで血の海に沈む少女が、その光景に瞳孔の開きかけた瞳を微かに瞬かせた。必死に呼ぶ、その口元に祈るように甘露を押し込む。
あちらでも、こちらでも。冒険者達は自らの怪我をおして、持っていたリカバーポーションやチーズ・ブランシュ、それほどでもない者には応急処置を施し、その他あらゆる手を尽くして人質達の命を救うために動いている。1人でも。1人でも多く。
――打てる手のすべてを尽くし、ようやく救えた人質、50人余。彼らに、キルゼフルが重傷をおして呼びかける。
「精霊の奇跡で‥‥此処に月道をつなげてもらえる、から」
一緒に逃げよう。そう真摯に訴え、マリンを指差す。あれが月道を繋いでくれる月の高位精霊だと、告げる。
人々の怯えた、伺うような視線と、冒険者から向けられた眼差しにマリンは小さく頷き、皓月、と白亜の杖に囁いた。現れる銀光。少女と皓月がそれに包まれ、やがてその場に月道が現出する。
掠れた声を、美月が張り上げた。
「必ず2人以上で組になって下さい。組になった相手を助けて月道を通って下さい」
「向こうでは受け入れ体勢がある。怖がる必要はない」
その言葉に、怯える様にリグの人々は互いの顔を見合わせた。だが、このまま此処に居てもまた魔物がやってきて、今度こそ殺されるかもしれない。何より自分達が何故、何の為に牢に閉じ込められているか、アシュレーが切々と訴える言葉に思い出す。
ゆっくりと、人々は動き始めた。歩けない者は、冒険者が用意した魔法の絨毯に乗った。共に冒険者も少しずつ月道を潜り、マリンは月道が途切れる度にムーンロードを唱え直す。
途中、チラ、と気遣わしげに天井の方を見上げた。囮として残ったフルーレと、偵察に行ったきり戻らなかったセイルを心配しての事だったが、状況をテレパシーで受け取った彼らも方針を転換し、すでに地下牢へと向かっている。ただ、共にいるドラゴン達を目印に群がる魔物が思いの他多く、中々辿り着けないようだ。
すべての人質と冒険者の大多数を月道の向こうへ送り届けたマリンは、ふぅ、と流石に大きく肩で息をした。彼女の護衛を、と残ったオルステッドが気遣うような視線を向ける。
「‥‥マリンさん、大丈夫か‥‥」
「――ブライオンさんが守ってくれましたから。ファーストさんや、フルフラットさんも無事だと良い、ですね」
彼の言葉に、地下牢へ下りてくる階段を見つめていた少女は少しだけ笑みを作り、そう言った。だがすぐに階段へと視線を戻し。
やがて、聞こえてきた足音に、パッと顔を輝かせた。現れた2人の名を呼び、その無事を喜ぶ――満身創痍の重傷、だが戻って手当てをすればきっと。
「そちらも、無事で何より、だ‥‥」
「‥‥助けられた人は居たッスか‥‥?」
血臭漂う地下牢の惨状に、息を荒げながら2人が問う。それにオルステッドが50余人と答え、マリンが急いで月道を開いた。階上にはすでに、新たな魔物の気配がある。急いでこの場を離れなければならないだろう。
そうして、月道の最後の銀光が消失したのと、新たな魔物の群が地下牢に辿り着いたのは、同時だった。
救出された人々は当初の予定通り、セレの陣地に迎えられた。事前に用意していた担架や台車で慌しく怪我人を運ぶ中、セレの騎士達は満身創痍の冒険者と恐怖と過度の疲労に今だ震える人々を見比べ、リグ城に巣食うカオスを改めて思い知ったようだ。
いずれにせよ、そんな状態の人々をさらに苛烈な戦地に向かわせる事は出来ないと言う事で、カオスゴーレムに乗る鎧騎士には人質の内の50余人の救出に成功した事のみを呼びかける事となった。だが、その結果投降してくる者が居るかどうかは、現時点では不明。
出来る限りの事を、した。それでも救えなかった多くの者達を、冒険者は悔やみ――そして、いつしか姿を消していた彼女も、また。
静かに、彼女はそこに現れた。
その存在に気付いたのは、ただ月姫のみ。あるいは他の者が席を外した隙を見計らって、姿を現したのか。
気付き、月姫は微笑んだ。
「お久しぶり、ですね。セレネになった貴女」
月姫の微笑みに、に微かに笑み返した彼女、マリンはそう言った。古い、古い友人。最後に会った時、マリンはマリンと呼ばれていなかったし、セレネはセレネと呼ばれてはいなかった。
懐かしむ気持ちは、ある。だが彼女が月姫を訪ねたのは、旧交を暖めるためではなく。
「たくさん、助けられませんでした」
懺悔か、あるいはこの気持ちをただ吐き出したかったのか。
「セレネ。私、助けられませんでした」
『いいえ‥‥貴女があの場に冒険者を導かなければ、誰1人助けられなかったかもしれません‥‥』
冒険者達がリグ城から救い出した50余人。それは確かな成果だと、月姫は静かに微笑む。
その言葉にマリンはわずかに目を伏せた。言われていることは判る。判る、けれど。
「でも‥‥ッ」
でも、たくさんの人間が目の前で死んだのだ。それはマリンの心を苛む。誰かが死ぬのは、目の前から居なくなってしまうのは、どれほど味わった所で彼女の心を苦しめるのみで。
「セレネ‥‥今だけ、許してください、ね」
だから、そう囁いて月姫の胸に顔を埋め、小さく肩を震わせ始めた旧友を、彼女は労るように柔らかく抱きしめた。