【騒乱】少年から届いた手紙、そして

■ショートシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月06日〜07月11日

リプレイ公開日:2009年07月13日

●オープニング

 ユークリッド・ハーツロイ・リハン、愛称リッド。それがその少年の名前である。当年とって16歳、ウィル北方、リハン領を治める侯爵家の長男だ。
 リッドにとって一番心が休まるのは、馬に乗っている時だ。乗馬の訓練でも構わないし、それが遠駆けや早駆けなら最高だ。地の底から湧き上がってくる様なリズミカルな動きに、身を任せて揺られているだけでも至福を感じる。
 だからリッドは出かける時は、出来る限り馬を使いたいと思っている。実際には行き道の都合であったりとか、リッドが馬に乗るなら他のお付きや護衛も馬を揃えなければならないとか、諸々の事情でそれが叶わない事も多いけれど、リッドの乗馬好きを知っている周囲の人間はそういう時でも可能な限りリッドに乗馬の機会を与えてくれたりする。
 でも、今回はリッドの好きな、徹頭徹尾、初めから終わりまで乗馬での旅だ。もちろんそれは事情があっての事なのだが、隠していても気持ちが高ぶっていくのを、どうやら周りも気付いている様子。

「リッド様。そろそろ休憩になさいませんと、デイル号が疲れてしまいますよ」
「そうだね、皆も疲れただろう。デイル、お前もご苦労だった、少し休もう」

 傍らを行く男の言葉に、頷いたリッドは隊列を振り返り、合図を出して馬を止めた。鞍から滑り降りて鬣を撫でてやると、ブルル、と甘えた様にデイル号が鼻面を摺り寄せてくる。
 お付き、と言っても必要最小限の従者と護衛だけの簡素な隊列。本来ならばあまり褒められた事ではないのだが、今回ばかりは仕方がない。

「もう少し行けば到着しますぞ」
「ああ」

 行く先を見つめるリッドに、そう進言した男に頷いた。
 こう見えて、リッドは父侯爵の領内の視察に幼い頃から良く付き合い、あちらこちらへと足を向けている。これから向かおうとしているのは、リハン領内でも屈指の交易都市。リッドも幼い頃から何度も行ったことがある町だ。
 だが、この町に異変が起きている、という知らせが先般、領主家を訪れた女騎士によってもたらされた。町から定期的に領主家へ提出される報告書も、町に駐屯する警備兵から上がって来る報告書にも異変はなかったのだが、どうやらカオスの魔物に占拠されているらしい、と言う。
 その知らせに検討を約束した領主家だったが、それでは現にどの程度の被害が出ているのか、現場調査もするべきだ、と言う意見が家内から噴出した。ゆえに、紆余曲折の上、領主代理であるリッドが出向く事になったわけ、なのだが。

「どうやら‥‥辿り着けそうにはないね?」
「‥‥ッ、リッド様、お下がりくださいッ! アナマリア一派の襲撃やも」
「そうは見えないけれど‥‥どちらかと言うとあれは、追いはぎか盗賊か、と言った所かな」

 だとしたら僕らの事はバレてないだろうけれどね、と微笑むと、そういう問題ですかッ! と叱られる。だがリッドにとって今大事なのは、まさに『そういう問題』だ。
 彼がユークリッド・ハーツロイ・リハンだと知られているか。それによって相手の目的はまったく変わるだろうし、こちらの対処も変わるだろう。
 土煙を立てて馬車を走らせてきた追いはぎと思しき男達は、リッドを庇う様にグルリと取り囲んだ護衛達をモノともしない必死の形相で、なまくらの剣を突きつけた。

「坊ちゃん、俺らと一緒に来てもらうッ!」
「ふざけるなッ! この方は‥‥」
「お下がり、お前達。あなた達は僕を誘拐しようというのだね。誘拐してどうするのかな」
「決まってる! テメェの家からたっぷり身代金を頂くのさ!」
「悪いが、俺達には金が必要なんでな!」

 そう言い募る男達の目は血走っており、言っては悪いがこういう事に慣れているようには思えない。それに身につけている衣服もただ着の身着のままと言うだけではない、構っている余裕がない、と言った方が良いほどのボロだ。ここまで馬車を引いてきた馬は痩せている。
 それらをじっと観察したリッドは、そうか、と頷いた。

「なら一緒に行こう。君達はどこの小領主に税金を払っているのかな?」
「ティ、ティルグレイ様だ‥‥ッ」
「ティルグレイ伯爵家か。ならその旨もしっかり脅迫状には書いておく事を薦めるよ」

 微笑んでそんな事をのたまい、自ら進んで馬車に乗り込んだリッドに、追いはぎ達は目を白黒させ。
 護衛達は大きなため息を吐いて、主に付き従うべく、追いはぎをまるで護衛するように馬車の周りをグルリと囲んだのだった。





「私、リッド兄様にだけは、無茶をすると怒られたくないのだわ」

 数日後、領主屋敷に届いた脅迫状を読んだリハン領次期領主リーテロイシャ・アナマリアは、何より先にそう言った。お付きのレニが「リーシャ様は無茶をし過ぎです」とすかさずお小言を垂れる。
 脅迫状は実に単純明快。ティルグレイ伯爵家が治める小領地の農民が、伯爵家の厳しい税に耐えかねてリッドを攫い、身代金を要求した。税金に中てるのか、生活事態が苦しいのか、その文面からは読み取れない。
 そういえばティルグレイ伯は最近無駄に羽振りが良かったのだわ、と思い出すリーシャだ。ついでに町の商店から、最近ティルグレイ伯領から仕入れる青果の質が落ちた、と愚痴を聞いたばかりでもある。
 生憎と言うか、相変わらずと言うか、父領主は不在。そして共に領主代理を務めるリッドが誘拐されている以上、リーシャは自分でこの問題を処理せねばならず。

「とりあえず、冒険者ギルドにリッド兄様を助けて貰う依頼を出しましょうか」
「リーシャ様!」
「これは領内の一大事ですぞ!」
「何より、先頃リーシャ様の御身を亡き者にしようとした輩、ハーツロイ派の手の者と伺って居りますぞ!」
「確かにそれは私も聞いたのだわ」

 口うるさい父の側近達の言葉に、リーシャはひょいと肩をすくめた。ならばッ、と言い募ろうとする側近達に、でもね、とのんびり言い返す。

「リッド兄様が誘拐されたのは事実だし、ティルグレイ伯が困ったちゃんなのも事実なのだわ。かと言っていきなり領主家の兵を差し向けてはティルグレイ伯の顔を潰す事になるし、ティルグレイ伯におたくの税制に不満がある領民がリッド兄様を誘拐したから助けて下さる、とも言えないのだわ」
「そ、れは‥‥」
「何より、このままリッド兄様を助ける為に動かなかったら、私は将来『我が身可愛さに実の異母兄を見捨てて領主の座に就いた』と言われる事になると思わなくて?」
「だからと言って‥‥ッ」
「冒険者の方ならそういう意味で自由に動けるでしょうし、お強い事もこの目で確かめたし、何より私を捕まえられたのは冒険者の方だけなのだわ♪」

 だから冒険者にお願いするのだわ、と言うリーシャの言葉は絶対で。
 渋々了承して父の側近達が去った後、残ったお付きのレニにリーシャはごく真剣な顔で言った。

「ところでレニ、私、とっても気になっている事があるのだわ」
「どうせどうでも良い事ですよね?」
「以前にお会いした冒険者の中に、私とお名前の良く似た女騎士がいらしたでしょう? あの方、まさか異母姉様じゃないかしら」
「‥‥‥一応、理由を伺います」
「だって! 父様はリーシャという名が好きで私をリーテロイシャと言う名前にしたのだわ」
「リーシャ様‥‥あり得ないので寝言は寝て言って下さいね」

 大真面目な少女の言葉に、あちらにも失礼ですよ、とレニはがっくりと肩を落としたのだった。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec6278 モディリヤーノ・アルシャス(41歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)

●サポート参加者

ギエーリ・タンデ(ec4600

●リプレイ本文

 ウィル北方、リハン領。その領主代理にしてリハン領主家の長男が誘拐された。

「ふむ、前は妹、今回は兄‥‥ずいぶんとまあ、浚われるのに縁のある人たちだねえ」
「まったくだわ」

 感心した様子でしみじみ呟いたアシュレー・ウォルサム(ea0244)に、同意する少女の声。領主屋敷のある町アレンタの入り口まで冒険者達を出迎えに来た、リハン領のお転婆姫である。自分の事は全部棚に上げた発言に、胃の辺りを押さえたお付きのレニが深い溜息を吐いた。
 沈黙を保ちつつ、引き攣った笑みを浮かべるエリーシャ・メロウ(eb4333)の手を取って、少女は真剣に訴える。

「リッド兄様が居ないと私、領内の事を全部自分でやらなきゃいけないのだわ。だから引き摺ってでも兄様を連れて帰って来て下さると嬉しいのだわ」
「‥‥善処しましょう」

 これがポーズなのか真意なのかは判りかねたが、その未来を思い浮かべたらしいレニが苦悶の表情で胃を抑えたので、エリーシャはしっかりと頷いた。ありがとう、とパッと明るい笑顔を浮かべるリーシャ、ウィルで女騎士を見送ったギエーリ・タンデが心配した通り、会った瞬間に『エリーシャ異母姉疑惑』を直接女騎士にぶつけて玉砕しており。

『この身に流れる血はその一滴までも代々トルク家に仕えしメロウ家のものであり、其は私の誇りです』

 そう言い切った女騎士の態度は実に毅然とした、誇り高いものだった。まったくもって本当に申し訳ない限りである。
 宜しくお願いするのだわ、と改めて頭を下げた領主代理に頷くグウェイン。一応リハン領民の彼は、完全に無関係な話ではない。そのグウェインも大変だったと聞いているモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)は気遣う様に彼を見たが、気にすんな、と当の当人が手を振って苦笑した。
 アレンタからさらに街道を行けばティルグレイ伯領がある。その農村の1つにリッドは囚われていて、身代金と人質の交換すら馬鹿正直に自分の村を指定してきたらしい。

「では手筈通りに」
「ほい、了解〜。行くよ、グウェイン」
「ん。そっちも気をつけろよ」
「グウェイン殿も」

 打ち合わせておいたリッド救出計画を再度確認し合い、言葉少なにそう言い合って彼らは別れた。やり方を間違えたとは言え、困窮した農民を蹴散らす訳にはいかない――が、やり方を間違っている以上、それを正す事は必要だ。
 そのためにもリッドを無事救出する事は、必要不可欠なのだった。





 ユークリッド・ハーツロイ・リハン。折に触れ父領主と共に広く領内を視察して回る彼は、顔を知らぬ者は居ても、名を知らぬ者は殆ど居ない。地方では、アレンタから一歩も出てこない次期領主リーテロイシャ・アナマリアより、積極的に領内を回る次期領主補佐の方が人望が厚い村もある。
 故に。

「リッド様にこんな無礼をして、オレ達にもう未来はねぇッ!」
「そうだ、こうなったら徹底的にやり切るしかねぇんだッ!」

 まずは平和的な説得を試みたエリーシャとモディリヤーノが、領主家の使用人の制服を纏って村を訪れた時、農民達はすでに悲壮な表情でこの凶事をやり遂げる覚悟を決めていた。
 彼らは直接にはティルグレイ伯領の民であり、リハン侯爵家との主従関係はない。だが聡明で公平と噂の高いリッドが領主補佐となる事を、望んでいたのは直轄領民や他の小領民と同じだ。
 だから、別行動でこっそり村に忍び込み、エックスレイビジョンで家々を捜索し回って、無事リッドの様子を確認したアシュレーやグウェインの目から見ても、リッドへの対応はかなり良いものだった。自分達は飲み食いもギリギリまで切り詰め、空腹に耐えて、リッドにだけは3食欠かさず食料を運ぶ。
 それでいてリッドを解放しないのは、ここまで来たら処刑されるのは同じ事、ならば始めてしまった事をやり遂げるより他はない、と思い詰めているからで。

「そのうちあいつら、リッド様と心中するんじゃねぇか‥‥?」
「そうならない様にエリーシャとモディリヤーノが頑張るんだよ。グウェイン、働かざるもの食うべからず」

 そうアシュレーに促され、判った、とグウェインがその場を離れる。人目を避け、別行動の仲間に情報を伝えるべく静かに走り去った男の背を見送って、さて、と改めて部屋の中に向き直った。
 リッドの人柄は、しばらく観察していれば大体判った。村人がやって来る度に村の様子を事細かに聞き、思わしげに頷いて何事か考え込む。自分が食事に手をつけなければ村人達が悲しむから、一通り口を付けはするものの、ある程度食べたら後は「お腹が一杯だから」と村人達に下げ渡し、遠慮がちに、嬉しそうに貪る村人を複雑な笑みで見つめている。
 部屋にはお付きが1人居て、それは屈強の男だった。彼にリッドが語る声は、家の外に潜むアシュレーの耳にもしっかり届いた。

「歯痒いね。偽善に過ぎないけれど、今の僕にはあれだけしか出来ない」
「その為にも、まずはリッド様が生き延びられる事です。力を手に入れられれば、数多の領民をお救いになる事も出来ましょう」
「‥‥」

 その言葉にリッドがどう応えたのかは判らない。すぐに、男が部屋を出て行く音が聞こえてきたので、それを吟味する余裕もなくなった。
 素早くエックスレイビジョンで部屋の中を確認したアシュレーは、そっと窓の外から呼びかける。

「‥‥リッド。冒険者ギルドの依頼で助けに来たよ」
「‥‥誰だい?」

 不思議そうな声色でそう言って、窓の外をひょいと覗いた少年は、そこに潜んでいた冒険者に目を見張った。過去、異母妹が刺客に付け狙われた時にもアシュレーはリッドと顔を合わせている。
 リッドは微笑を浮かべた。異母妹を無事に確保してくれた冒険者に、彼自身は感謝をしていた。
 だが。

「リッド様‥‥ッ、何奴ッ!?」
「お下がり。この方は冒険者ギルドの冒険者だよ。僕を助けに来てくださったそうだ」
「冒険者ギルド‥‥?」

 戻ってきた護衛はそれでも完全に疑いを捨てた様子はなかったが、取りあえずは剣を収めた。冒険者ギルドの冒険者は、依頼さえ受ければどの国にでも向かう集団だ、という認識を男は持っている。何より先日、リーシャを救ったのも冒険者というではないか。
 だがリッドは無言の笑みで、男がそれ以上の動きを見せる事を許さなかった。リッドが冒険者を信用すると言うのなら、今の所はそれに従うべきだろう。
 畏まりました、と頭を下げる男に、リッドが苦笑して部下の非礼を詫びた。そうしてごくごく礼節を弁えた態度で、アシュレーに問い掛けた。

「貴方がお1人で?」
「他にも仲間がいるよ。今頃リッドの身柄引き渡しの交渉中じゃないかな」
「そうですか‥‥では‥‥」

 少し考え込む素振りを見せた少年は、次の瞬間にはアシュレーを真っ直ぐな眼差しで見上げた。その口から漏れた言葉に、護衛が『また来た』という表情になる。
 そして聞いたアシュレーは、本当に良く似た兄妹だ、と溜息を吐いた。





 一方、グウェインによって内密にもたらされたリッドの情報に、エリーシャとモディリヤーノは自分達の責任をしっかりと噛み締めた。ここでの説得何如によって、恐らく農民達は本当に、リッドを殺して自分達も死ぬ道を選ぶだろう。
 交渉の席に着いたのは、村長。それはこの誘拐劇が、村の総意である事を示している。

「あなた方がこちらに来られたと言う事は、我らの現状は領主様のお耳に届いたと言う事か」

 その言葉に、2人は深く頷く。正確には領主ではなく、領主代理たるリーシャの耳に、だがその辺りをわざわざ訂正する必要はないだろう。以前に意見を述べた時も、領主代理への陳情は正式な物と受け取って欲しい、とリーシャとリッドは言った。
 そうか、と村長の深い溜息。頬はすっかりこけ、病的なまでに痩せている。窓の向こうから子供の泣く声が聞こえてくるのは――空腹ゆえか。

「どうか、ユークリッド様を解放して頂く訳には行きませんか。身代金を奪ってもそれが役立つは一時の上、犯罪者となります」
「ユークリッド様は、皆さんの置かれている環境を改善しようとされています。それについては、お気付きでしょう」

 冒険者達の訴えに、ゆっくりと村長は頷いた。それは良く判っている。リッドは村人達に領主を確認した上で、自ら進んで囚われの身となった。領主家に送る脅迫状の草案すら、彼が考えた。
 此処に自分がいると領主家に知らせる事が、すでにティルグレイ伯爵家への示威行為になるのだ、とリッド言ったのだ。例えこの交渉が失敗しても、領主家はティルグレイ伯領の民が虐げられている事を知る。ならば自分が此処に来た価値は十分にあるのだ、と。
 失敗――それは農民達が処刑される事。もしかしたら不始末を恐れた伯爵家によって、リッドの存在すら闇に葬られ、なかった事にされる事。
 それで良いと笑った少年を、助けたいと思ったのは本当。だから領主家の使用人が交渉に来た、と聞いた時は正直、ホッとすらした。伯爵家の私兵であれば、彼らは命を賭して戦う覚悟だった。
 だが。

「もはや引けん。我らは領主家に唾吐く行いをしたのじゃ。使者殿、領主家にはその様にお伝え下され。リッド様の御身は丁重にお預かりさせて頂く」
「――村長殿、ここで皆さんの思い通りになっても、又、同じ事が繰り返されます。根本的な解決がなければ」
「人質を解放すれば、伯爵に原因たる重税を無くす交渉をすると約します」

 エリーシャとモディリヤーノの言葉に、僅かに心動かされた様子はあったものの、村長はやはり首を振った。すでに彼らはリッドを捕えてしまったのだ。その彼らに、本当に領主家が便宜を図ってくれるとしても、領主たるティルグレイ伯爵がそれに従う義務はない。
 だがこちらとしても、はいそうですか、と引き下がる訳にはいかないのだ。領主家からの依頼はリッドの救出。そしてそれは結果的に、農民達をも救う事になる筈。
 ならば、強行救出しかないのか。エリーシャが無意識に侍女服の下の隠し武器を確かめた、その時。

「村長、彼らは信じてみる価値はあると思うよ。何しろ冒険者だからね」
「リッド様‥‥ッ!?」
「リッド殿、ご無事でしたか」
「ええ、メロウ卿。貴女のお仲間が助けてくれましたから。ご心配、ありがとうございます」

 そちらの方も冒険者かな、とモディリヤーノの方を見ながら現れたのは、前をアシュレーに守られ、後ろを護衛に守られたユークリッド・ハーツロイその人だった。ほぅ、と安堵の息を吐いたエリーシャの態度に、彼女もまた冒険者らしい、と村長は悟る。
 では、領主家の話は嘘だったのか? 疑惑の色を浮かべた村長に、リッドが首を振った。

「彼らは冒険者だ、領主家を名乗ったのならそれは、領主家の依頼だと言う事だよ――リーテロイシャ・アナマリアとユークリッド・ハーツロイの名に置いて、ティルグレイ伯爵には待遇改善の要請を出す事を約束する。けれど‥‥」
「我らの身はお案じ下さいますな、リッド様。元より、富貴の方が手薄な警備でお通りになるから誘拐して身代金を奪えば良いなどと、明らかな悪事の誘いに血迷った我らの罪ですじゃ。領主様からの処罰は甘んじて受けましょう」
「リッド殿、何とかならないのかな」

 心配そうなモディリヤーノの言葉に、だがリッドは眉を曇らせて首を振った。伯爵家への警告によって、この村は伯爵家から何らかの処罰を受けるかもしれない。それを防ぐ為の直接的な手立ては、例えリハン領主家といえど取れはしない。明らかに伯爵家に落ち度があるならば別だが――この場合、村長の言う通り非は農民の側にある。
 彼ら異母兄妹の連名は、領主と同等の価値を持つ。後はその名によって出された警告を、どこまで真摯に受け止めてくれるか。
 しばしの黙考。そして、ああ、とリッドは冒険者を振り返り、にっこり微笑んだ。

「そうだ皆さん、ご一緒にティルグレイ伯に挨拶に行きませんか?」
「リッド‥‥何か企んでる?」
「まさか。近くに寄ったのですからご挨拶はしませんと」

 明らかに企んでいる笑顔でそう言い切った主に、護衛達は揃って頭を抱えて溜息を吐き、どうかついて来てくれ、と懇願の眼差しを向けた。本当にあの妹にしてこの兄ありだ、とエリーシャとアシュレーは顔を見合わせる。
 リハンを動かす異母兄妹は、揃って行動派の様だった。





 ティルグレイ伯爵家では、ちょっとした混乱が起きていた。理由は簡単、リハン侯爵家の長男ユークリッド・ハーツロイが、事前連絡もなく訪れて当主への面会を求めたからだ。
 これが格下の相手なら、不敬だと追い払う事も出来る。だが相手は上位領主で無碍に扱う事も出来ず、幾度か領主とその息子を歓待した事のある執事は彼が紛れもなく本人だと知っていた。
 故に主に許可を得た末で執事に案内され、3人の冒険者と僅かな従者に守られて堂々と姿を現したリッドに、ティルグレイは内心の驚きを押し殺し、好意的な笑みを浮かべて歓迎した。

「これはリッド様! お越しと存じて居ればお迎えに上がりましたものを」
「ご挨拶に伺っただけです、お気になさらず」

 ティルグレイの歓迎の言葉に、少年は全く引けを取らない強かな笑みで手を振った。僅かに鼻白んだ様子になる男を、まっすぐ見つめて。

「それに、歓迎はもう受けました――彼らに、僕の事を教えたのは貴方でしょう?」
「彼ら‥‥?」
「貴方の領民の事です」

 それは、糾弾の響きは持って居なかった。ただ、事実を淡々と告げるだけの言葉。或いはそのように見える態度。
 ティルグレイの顔から表情が消えた。それは、少年の指摘が正しかったからか、あらぬ疑いをかけられた事に思考がついていかないからか。

「異母姉上には貴方からよろしくお伝え下さい。後日、領主家から書状も届けさせます。それでは僕はこれで――お前達、戻ろう」
「ハーツロイ、貴様‥‥ッ」
「ティルグレイ。不用意な事は、口にしないのが賢いやり方だよ」

 次は気をつけて、と。
 にっこり微笑んでそう言い残し、落ち着き払った態度でティルグレイの前を辞したリッドは、しばらく行った所で足を止めると冒険者達に改めて「ご迷惑をお掛けしました」と頭を下げた。異母妹と同じように、彼もちゃんとごめんなさいの言える少年だった。
 それは良いけれど、と先の物騒な会話を思い返したモディリヤーノが、遠慮がちに問いかける。

「リッド殿、お姉さんが居るの?」
「ええ。今は領内のカートレイド伯爵家に嫁いでます。リーシャが生まれる前は異母姉が次期領主と決まっていたので、未だに異母姉やその息子を次期領主に、と望む声は存外大きいのですよ」

 忠誠心が高いのは良い事ですが、と何でもない事のように苦笑したリッドは、それでは、と再度頭を下げて、デイル号の背に乗った。そうしてまっすぐ前を見据えた。





 リハン侯爵家。紛糾しているのは家内のみならず、領内でもあるようだ。