【黙示録】ディーテ、攻略せし者。

■イベントシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:22人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月02日〜07月02日

リプレイ公開日:2009年07月12日

●オープニング

 濃密な瘴気。その気配を、ソレは感じ取っていた。それは遥か地獄の底、王が眠るその場所から漂ってくるように思える。その事実をソレは受け止め、その事実が示唆する未来を想う。

(目覚められるか)

 ついにその時が来たか――と。
 そう思い、ならば本格的に動かねばならぬ、とソレはもはや我が身となり、我が手足となったディーテ城砦の各所に、分身を生み出し、各所を次々と作り変え、さらに己が存在の欠片を配置してゆく。幾つも、幾つも。ソレ自身にも数えられぬほどに。
 いい加減、小さき者どもの存在を許しすぎた。冒険者、バアル軍をも下したその事実は認めるが、なればこそ王が眠りから目覚めんとする今、その存在は排除しておかなければならない。
 ソレ――地獄の王の居城をも創りし悪魔ムルキベルは、その為にゆっくりと動き始めたのだった。





 ディーテ城砦――ムルキベルによって今なお着々とその姿を変えようとするデビルの要塞。すでに幾度もの戦闘を重ねているが、今だ完全攻略には至っていない。
 その一角に、それは居た。

「出たな、デビルめ‥‥ッ!」
「フハハハハッ!」

 ディーテ内部の探索を行う、冒険者一行のうちの一つ。その行く手を阻むようにしてソレは、堂々とした体躯を見せていた。見せ、高笑いしていた。
 手に手に得物を持ち、或いはスクロールを広げ、または魔法詠唱に入ろうとする冒険者。ディーテに巣食う魔物達は、強さも千差万別だ。目の前のデビルがどの程度のレベルかは具体的には判らないが、受けるプレッシャーからして、低級デビルではないだろう。
 気付かれていなければそっと逃げると言う選択肢もあったが、ばっちり目が合った上に高笑いまでされていてはそれも叶わない。ならばやるしかない。
 姿は、さながら牛頭鬼に似ている。だがそれが本性かはわからない。デビルの中には変身能力を持つものも居るし、何より本物の牛頭鬼であれば高笑いはしない、多分。

「覚悟‥‥ッ」
「効かんわッ!」

 気合入魂、切りかかった冒険者の剣を角で弾き飛ばした牛頭鬼モドキは、次の瞬間、黒い靄のようなものに包まれた。その次の瞬間には、漆黒の炎が冒険者の1人に向かって飛んでいる。
 さらに、牛頭鬼モドキに操られたと思しき数名が、手にした武器を仲間に向け始めた。向ける方も、向けられた方も、信じられない思いで互いを見つめ、切り結ぶ。
 混沌。その中で、牛頭鬼モドキは再び、高笑った。

「フハハハハ‥‥ッ! 冒険者ども、互いに殺し合うが良いわッ!」
「ク‥‥ッ」
「やられっぱなしじゃないわよっ!」

 デビルの支配を逃れた者が、少し離れた場所からキリリと弓を引き絞った。放たれた矢は、過たず牛頭鬼モドキの腹に命中する。
 だが、それを見た牛頭鬼モドキは、ニタリと大きな口を開き、笑った。驚くほどの速度で矢を放った冒険者に肉薄し、拳を振るう。あっという間に血に沈む冒険者。周りでは今だ、凄惨な同士討ちが続いており。
 息絶えようとする冒険者達の屍の中で、そのデビルはニタリと笑った。

「無駄無駄無駄ぁッ! 我らはムルキベル様の力を受けてディーテの一角を守護する義兄弟! 我と義弟、共に倒さぬ限り貴様らの勝利はありえぬッ!」

 そうしてまた哄笑を弾けさせた牛頭鬼モドキに、どこかから「兄者ぁぁぁっ!? それは言っちゃならねぇんだすよぉぉぉぉぉっ!?」という魂のツッコミが聞こえて気た気がしたが――恐らく、空耳だったのだろう。
 運良く牛頭鬼モドキの猛攻を逃れえた僅かな冒険者は、デビルが去っていくのを息を殺してじっと待ち、ほうほうの体で仲間達の居る陣地へと駆け戻った。共にデビルを討つ、仲間を求める為に。

●今回の参加者

カルナック・イクス(ea0144)/ アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ 倉城 響(ea1466)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ 風 烈(ea1587)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ シン・ウィンドフェザー(ea1819)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ レン・ウィンドフェザー(ea4509)/ グラン・バク(ea5229)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ ジュディ・フローライト(ea9494)/ 飛 天龍(eb0010)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ クナード・ヴィバーチェ(eb4056)/ リール・アルシャス(eb4402)/ ルスト・リカルム(eb4750)/ シシリー・カンターネル(eb8686)/ 雀尾 煉淡(ec0844

●リプレイ本文

 ディーテ城砦、機巧の支配者ムルキベルと一体化し、今なおゆっくりと変化を続ける堅牢の砦。その一角を、助力を求める仲間に応えた冒険者達の一団が進んでいた。

「いがいとおちゃめなうしさんなのー、でもデビルならやっつけなきゃならないのー」
「そうだね。でもちょっと憂鬱だよね‥‥」

 元気に宣言するレン・ウィンドフェザー(ea4509)に頷きつつも、今後もそういう敵がどんどん出てくるのかな、と考えてちょっとげんなりした顔になるカルナック・イクス(ea0144)だ。まぁ、その気持ちは良くわかる。
 タダでさえ、聞いただけでかなりアレな性格である事が伺えるデビルだ。勿論デビルである以上まともな性格なぞ望む方が間違っているのは良く判っているが、今回はさらにこの城砦のどこかにもう1体アレなデビルが居て、同時に倒さなければエンドレス。その情報だけでも普通に欝になれる。
 だが、敢えてその様なデビルを創り、城砦の一角の守護として置いているのであれば、そこを突破する事で何かが得られるのかもしれない。そうでなくともレンの言う通り、相手がデビルである以上、いつかは打ち滅ぼさなければならない相手。それが今であった、というだけの事とも言える。
 オルステッド・ブライオン(ea2449)がゆっくりと変化を続ける城砦の様子を見ながら、件の牛頭鬼モドキに接触した仲間から聞いた遭遇ポイントの方を見やった。もっともその仲間も、遭遇するまでのルートは何とか覚えていたのだが、逃げて来る時は流石にそこまで注意を払っている余裕もなく、さらにその道もすでに変化してしまっているだろう、との事だった。
 ならば取り合えず、方角を合わせて道を選ぶしかない。他に不安要素があるとすれば‥‥ちら、と見やった先には鼻息も荒いウイングドラゴンパピーが居る。地獄まで連れて来たは良いものの、さすがに冒険者の拠点に預けていこうと思ったのだが、まだまだ人と気心の知れていないパピーを預かるのは無理だ、ときっぱり断られてしまった。
 今の所はレンが護衛として連れて来たスモールシェルドラゴン・げんちゃんやその養父シン・ウィンドフェザー(ea1819)が預かるムーンドラゴン・ガグンラーズ、同じくフルーレ・フルフラット(eb1182)が預かっているムーンドラゴン・シャルルマーニュが頑張って抑えてくれてはいる‥‥が、どこまで保つかは正直、怪しい。
 頑張るガグンラーズに、内心声援を送りながらシンは持参した通連刀を眺めやった。つい先日まで、紋章剣という特殊な武器を使用する為の修行を続けていた彼はついに、使用許可まで漕ぎ付けた――のだがしかし、肝心の紋章剣を未だ、ウィルに残るミハイル研究所まで取りに行けていなかったりする。故に、已む無く通常の武器でデビルに退治する事にしたのだが、次の機会には是非、紋章剣と共に戦いたい所だ。
 城砦の動きに注意を払いつつ、来た道と行き先の方向を確認した倉城響(ea1466)が、こちらですね、と曲がり角を指差した。場所にもよるが、現在の所はドラゴン達ですら入れる程の広々とした道が続いている。だがそれは逆に言えば遠目にも見つかりやすいと言う事であり、移動にはより慎重な配慮が必要だった。
 幾つ目か判らない角を曲がるが、そこにはまだ牛頭鬼モドキらしきデビルの姿はない。先に遭遇した仲間の話に寄れば、もうそろそろのはずなのだが――

「馬頭鬼モドキ側に行ったキエフの知人から連絡がありました。あちらは目標デビル他数体を発見し、現在交戦中だそうです」
「む、やはり完全に時間を合わせる事は難しかったか。ではこちらも急いだ方が良いだろうな」

 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)のテレパシーの報告に、グラン・バク(ea5229)が頷いた。元々、変容し続けるディーテ城砦の別々の箇所に、同時に到着しようと言うのはかなり無理のある話だ。だからある程度は到着時間が合うように出発し、最終的な微調整はそれぞれテレパシーでタイミングを合わせられるか、と思っていたのだが――あちらは違う考えだったのか、或いは何かアクシデントでもあったのか。
 自然、警戒は怠らないものの急ぎ足になった冒険者達だ。この戦闘は、大切なのはタイミング。あちらの戦いがすでに始まったというのなら、こちらも一刻も早くデビルを発見しなければならない。
 また幾つかの角を過ぎ、遭遇したデビルを倒しながら先を目指し。

「‥‥ッ、居ましたッ!」

 響が、押し殺したような声でそれを告げ、足を止めた。見やる先には確かに牛頭鬼の姿。雀尾煉淡(ec0844)が念の為デティクトアンデッドで、それが確かに生物ではないことを確かめる。
 はやる気持ちを抑えて角に隠れたまま、全員が揃うのを待った。ディアッカに寄れば、まだキエフは交戦中らしい。何とか間に合った、と言う所か。
 だが、こういう運不運は、続く時には続くもので。

「グルアァァァ‥‥ッ!」

 誰もの意識がデビルに集中した一瞬の隙に、鼻息荒く、ウイングドラゴンパピーがデビル目がけて突っ込んだ。アッ! と叫ぶ暇もなく、気付けばデビルの眼前にまで迫っている。
 当然気付いたデビルが何か面倒臭そうに、無造作に剛腕を振り上げた。ブゥン! と風を切る音。吹っ飛ばされたウイングドラゴンパピーが、強かに壁に打ち付けられた。激しい衝突音。ぐったりと動かなくなったウイングドラゴンパピーが、ずるずる床に落ちた。
 それをすでに完全に無視して、ギロリ、とデビルの視線が冒険者の隠れている角に向いた。息を飲み、気配を殺そうとするが、向けられた視線が揺らぐことはなく。

「‥‥ッ、仕方ないッ!」

 このまま隠れていてはデビルに優位を取られるだけだ。そう判断した風烈(ea1587)は、覚悟を決めて壁の影から飛び出した。飛天龍(eb0010)がそれに続く。どちらもオーラ魔法で武器の強化は済んでいるが、もう少し隙を見たり、準備を整える時間が欲しかったのは事実だ。
 姿を現した冒険者に、ニタリとデビルが笑んだ。フハハハハハハハハッ! と銅鑼を鳴らすような高笑いが迸る。

「我ら、ムルキベル様の加護を受けし義兄弟ッ! 貴様ら如き冒険者がどれほど束になろうとも、我らの絆を砕く事など笑止千万ッ!」
「ああいうのの存在自体が、こっちは笑止千万なんだけどねぇ」

 半ば本気で溜息を吐きながら、アシュレー・ウォルサム(ea0244)はウルの弓を引き絞った。慎重に狙いを定めて矢羽を放す、その瞬間にはデビルはさっと逃げている――超越級のシューティングを普通に避ける時点で、すでに存在がふざけているとしか思えない。なかなか狙い甲斐のある的に、ふぅん、とアシュレーの瞳が不敵に光った。
 煉淡が超越レジストデビルを唱える。その効果範囲から外れた人々の為に、ジュディ・フローライト(ea9494)がレジストデビルと、可能な限りでグッドラックを付与した。少しでもデビルと戦う人々の役に立てるように。
 ダメモトでユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が、戦闘騒ぎに隠れてデビルの周囲に犬血を撒いた。ほんの僅か、動きが鈍ったようにも見える――が気のせいかもしれない。もしく、希望的観測。
 ストーンゴーレムのフィリオネに盾になるよう命じたシシリー・カンターネル(eb8686)が、呪文詠唱の後グラビティーキャノンをぶっ放そうとした――が、1度目は失敗。気配を察知したデビルが、ニタリと笑って床をえぐる勢いで迫ろうとした。ムーンフィールドもあっさり壊す勢いだ。

「させるかッ!」

 それに気付いたクナード・ヴィバーチェ(eb4056)が咄嗟に方向を巡らせ、チャージングでデビルの行動を阻害した。かすかな手ごたえ。避けようと身を引いたのが、僅かに間に合わなかったようだ。
 厚い胸板を浅く切り裂いた槍の穂先を、無造作にデビルが引っつかんだ。ブンッ! とそのまま力任せに、思いっきり引っ張る。

「うわッ!?」
「クナードさんッ!」

 危うく槍から手を放したものの、堪えきれず2mほど引き摺られたクナードに、ルスト・リカルム(eb4750)が駆け寄った。助け起こす間に、天龍と烈がデビルの動きに追いついている。

「お前の相手はこっちだッ!」
「砕け散れッ!」

 天龍と烈の両側から挟みこむような渾身の一撃を受け、デビルは高らかに哄笑した。一瞬の後、発動する黒い霧。

「ふ、はははははッ、甘い、甘いわッ! 冒険者共、我ら義兄弟をその程度の攻撃で破れると思うたかッ!? 互いに潰し合うが良いわッ!」
「ク‥‥ッ」

 気付いたリール・アルシャス(eb4402)らがギリリと歯を食いしばり、デビルの力に抵抗した。黒い霧の発動――それがデビルの本体の力によるものなのか、或いは悪魔魔法の発動に伴うものなのかは、外見から咄嗟に区別する事は難しい。
 幸い、抵抗は成功したようだ。と言う事はこれは、悪魔魔法だったのだろう。
 ほぅ、とデビルが舌なめずりする。

「やるではないか。先の屑どもよりは狩り甲斐のある獲物らしいな」
「偉そうな事を言っているが、お前達、所詮は2人で1人の力しかないんだろう? ムルキベルにそのように創られたのか」
「ハッ! 何を言い出すかと思えば、笑止ッ! 我ら義兄弟、ムルキベル様の加護を受けて創生されしデビルなれど、兄弟の契りを結びしは我らが意志ッ! 滅びをも共にするのはムルキベル様より与えられし任務故ッ!」

 多分、義弟が知ったらまた「兄者ぁぁぁっ!?」と真っ青になって動揺すること間違いナシの重要情報をボロッと零す、やる気があるのかないのか判らないデビルであった。まぁ取りあえず、特殊能力的に現在キエフが交戦中のデビルとはなんら関係性はないようだ。デビルが言ってる事を信じるかどうかは別問題として。

「何かを守っているのは間違いないんだね」
「じゃあますます先に行かないと、だね♪」

 かなり萎え掛けていたやる気を取り戻したカルナックの言葉に、どんな時でも明るいフォーレ・ネーヴ(eb2093)がケラケラ笑いながら、瞳だけは真剣にデビルを見つめた。前衛の仲間達の攻撃の手が緩んだ隙を、縄ひょうを用いてデビルへの攻撃に変化を加える。
 話を聞くだけでもかなりの攻撃力を備えていることが予想できたデビルに、冒険者達が考えた対応策は、波状攻撃。初遭遇の際も、敗因はあっさり前衛を突破され、後衛の仲間を根こそぎやられた事にある。ならば後衛には近付けない。近付く暇を与えない。
 さらにもう一つ警戒しているのが、エボリューション。

「ハッ!」

 シルバー・ストーム(ea3651)が魔法をかけた精霊のナイフを手に、未だ頑健と立つデビルに踊りかかった。先ほどまで手に持っていた武器は手早くしまってある。
 先程より何度かエボリューションが発揮されるたび、煉淡がニュートラルマジックで解除してはいる。が、手持ちの武器が豊富にあるなら、そちらで手数を稼いで詠唱時間だけでも取った方が、魔力的な面でも効率が良い事は確かだ。
 アシュレーやカルナックも、すでに何度か矢を変えた。さらに、デビルが派手に動き回り過ぎるので、後衛がデビルと距離を取るのも難しくなっている。

「いい加減、うっとおしいヤツねッ!」

 叫んでぶっ放したウォーターボムの向こうで、ディーネ・ノート(ea1542)がダンダン苛立ちで床を蹴り飛ばした。レンも足元を狙って何とか動きを止めようとするのだが、なかなか上手くいかない。まだ、キエフ側が戦っている様な超回復能力がないだけ、マシかもしれないが――

「あちらから連絡が入りました。馬頭鬼モドキのほうは倒したそうです。今は雑魚的と交戦中との事ですが――」

 時間内に倒せますか、と心配そうにディアッカが首を傾げた。超回復能力がないだけ、当たればダメージは蓄積されているように見える。だがその攻撃自体がそもそも当たり難いので、ここまでで結構時間を消費していた。こちらも同じだけ回避に専念し、何とか致命的なダメージは避けているが。
 この上で、さらに後30分以内でこのやたら素早く攻撃を放ってくるデビルを倒す‥‥?

「やるしかない、のですけれど」
「なかなか難儀な事だな」

 本気の溜息を吐いたシシリーの言葉に、ウンザリした表情のクナードが同意した。デビルは倒さなければならない。その言葉は正しいのだが、これだけ素早く逃げ回ってくれるデビルをどうしろと。コアギュレイトも避けるような非常識なデビルを!(いや、抵抗だって)
 だが好機は、思わぬ所に転がっているものらしい。

「何と‥‥我が義弟を、貴様ら如き虫けらが倒した、だと‥‥?」
「そうみたいだねぇ。よっぽど弱かったんじゃないの?」

 ディアッカの言葉を、デビルも聞いていた。その言葉に呆然と呟いた牛頭鬼モドキに、何かに気付いたアシュレーが飄々と頷く。
 あちらがどの程度の労力でデビルを倒したのかは知らない。だが一番困るのは、ここで牛頭鬼モドキに逃げの一手を打たれ、馬頭鬼モドキ復活の時間を稼がれる事だ。そうなったら多分、グリフォンをつれているフルーレでもなかなか追いつけないだろう。
 ならば冒険者倒すべし、という戦意を掻き立て、逃がさないようにするしかない。その分、こちらはさらに気合を入れて逃げ回らなければならないわけだが。

「‥‥まぁ、貴様もさほど強いと言う訳でもないが‥‥」
「ムルキベルもお前らみたいなのを作って、後悔してるんじゃねぇの?」
「如何ほどの攻撃力かと思ったら、得意なのは逃げ足ばかりのようだからな」

 オルステッドやシン、他の仲間達も全力で挑発に掛かる。その隙に、後衛の冒険者達がレジストデビルやオーラエリベイション、フレイムエリベイションなどで前衛の仲間を中心に補助をかける。
 ほぅ、と牛頭鬼モドキの牛面がピクリ、と青筋を浮かせた(様に見えた)。

「ならばここで貴様らを屠ってくれるわッ! 我が義弟を倒したとかほざく阿呆どももそれまでの命と知れッ!」
「牛は牛らしくしてるッス!」

 フルーレが、牛頭鬼モドキを牛肉にする勢いでバーストアタックを繰り出した。フヌッ、と豪腕がそれを受け止め、受け流す。だが、それで足を止めた隙を見計らって射掛けられる矢を、今度は避ける暇がなかった。
 高速詠唱ブラックフレイム。牛頭鬼モドキが一瞬黒い霧に覆われたかと思うと、次の瞬間には黒炎が冒険者に向かって放たれている。ムーンフィールドを打ち破り、中で守られている冒険者をも傷つけた。

「キャ‥‥ッ」
「貴様の相手はこちらだッ!」
「ハッ! さように死に急ぎたいかッ!」

 背後から上がる悲鳴に、猛攻を仕掛けながら注意を逸らそうと叫んだ冒険者に牛頭鬼モドキはニタリと笑う。笑いながら再びブラックフレイムを後衛に向けて放つのを、危うくフォーレを初めとする冒険者達が守りきった。
 牛頭鬼モドキにしてみれば、冒険者を殲滅するという目的(になったようだ)は変更ない。ならば狙いやすい所から、と言う所だろう。
 アシュレーとカルナックがタイミングを計りながら矢を射掛けた。さらにレンがストーンウォール。グラリ、と足元が揺れた所をグランが攻撃を仕掛けて突き倒す。
 ――ドオォォォンッ

「ク‥‥ッ」
「ひ、響きますね‥‥」

 その衝撃に、まさかと思うが城砦全体が揺れたのではないか、と思えるほどの衝撃が冒険者をも襲い、身構えてなかった者達は揃って倒れそうになる足を踏ん張った。一体どれだけの重量を持っているのだろう。考えるだけ無駄かもしれない。
 ギリギリ踏みこたえたシルバーがシャドウバインディングで牛頭鬼モドキの動きを封じた。これは流石に、咄嗟に抵抗が出来なかったようだ。たまたま影があった事も助かった。

「貴様らッ!」
「覚悟‥‥ッ!」

 牛頭鬼モドキが怒りに吼えたが、勿論それを大人しく聞いてあげる冒険者ではない。力任せにシャドウバインディングを振り解こうとする牛頭鬼モドキの巨体に、前衛の冒険者達の全力の一撃が次々と突き刺さった――勿論、エボリューションはとっくに解呪されている。
 ――グギャアアァァァッ!!
 耳をつんざくような、聞くだけでもおぞましい悲鳴が牛頭鬼モドキの喉から迸った。一瞬、その悲鳴を聞けば即座に息耐えるという植物の効果を思わせるような禍々しい悲鳴だった。

「き、貴様、ら‥‥ッ! これで‥‥勝ったと思うな‥‥ッ‥‥お、義弟よ‥‥ムルキベル様‥‥ッ!!」

 申し訳、ございません‥‥ッ!
 それを末期のセリフとし、牛頭鬼モドキは動かなくなった。咄嗟にディアッカを振り返り、ディアッカがテレパシーでキエフチームの方に居る知り合いに状況を確認する。
 ホッ、とした表情の、僅かな笑み。言葉はなくともそれだけで判る――間に合ったのだ。やった、と色々な意味で疲れ切った冒険者達の口から、歓声が漏れた。気持ちはとってもよく判ります(ぁ
 バキッ! 何かが砕けたような音。それに気づいた冒険者が、ひょい、と首を傾げた。

「何の音だろう‥‥?」
「さあ‥‥でも、そう言えば」

 聞いた事がある、と別の者が応える。彼らが協力したキエフのチームとはまた別の冒険者の一団が、ムルキベルの分身らしきジ・アースのゴーレムを相手に戦いを挑みに行ったらしい。
 ――まさか、とは思うが。

「コレも分身の1つ、って事かな‥‥」
「あら、じゃあ案外、ムルキベルさんにもこんな一面があるっていうことでしょうか?」

 だったら案外お茶目さんですね、とおっとり微笑む響。て言うかそんな機巧の支配者、絶対嫌だ。冒険者の顔が一斉にげんなりし、がっくりと膝を突いた。





 とにもかくにも、ディーテ城砦の一角を守護する義兄弟、牛頭鬼モドキと馬頭鬼モドキは滅んだ。これによって、義兄弟が守護する一角はムルキベルの支配から解放され、変化が止まる事になるのだが――その喜ばしい事実に気付くまでには、まだもう少しだけ時間が掛かるようだ。
 咄嗟にその事実に気付けないほどの強烈なインパクトを残して散った、義兄弟の事はしばしの間、冒険者の記憶に鮮明に残されることだろう。